綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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#44 準備

 

 

体育祭の準備は着々と進んでいく。

数週間たった今でもなお、Dクラスは士気を保ち続けたまま、毎日練習に励んでいる。

 

少しでもタイムを伸ばそうとする者。

戦略で実力差を埋めようとする者。

Ⅾクラスは今、一丸となって勝利を信じて努力している。

だからこそ、今この目の前に広がるAクラスとDクラスが切磋琢磨している光景が実現した。

 

「……」

 

男子は洋介や三宅のような数少ない運動部以外は、芳しくない結果だな。

言うまでもないが、他クラスと比べた時、総合力では劣っている。

数少ないカードをどこまで有効的に使えるかが勝利の鍵だ。

 

女子の方はかや乃、鈴音の実力が頭2,3個分飛び抜けている。

他のクラスの主戦力にも十分張り合える能力値だ。

それに、どこのクラスも女子の運動能力の平均値は大差はなく団子状態。

勝つか負けるかは当日の調子次第だろうな。

 

Dクラスのスコアボードを簡単に分析した俺は顔をあげる。

 

「って、なんで俺はマネージャーポジションが確立しつつあるんだ…。」

「ふふふ。よいではありませんか。その眼鏡、よく似合ってますよ」

「何一ついいところがない。面倒なマネージャー役もこの胡散臭い黒縁の伊達眼鏡も。」

「役得ですよ。マネージャー役は私の隣に座る特権があるんです。私のクラスの人間は皆、喉から手が出てますよ。」

「…まるで、感謝すべきだとでも言わんばかりのドヤ顔だな。」

 

自己評価の高い奴だ。とは思わない。

練習風景に目を向けると不自然に目が合う回数が多い。

坂柳と俺が少し離れたベンチに二人でいる様子を伺っている奴は多いということだ。

それだけ、坂柳は注目度が高い。見た目の可愛さだけでなく人を引き込む技術を持っている。

…関係ないが、Aクラスが喉から手を生やして追いかけてくる映像は中々ホラーだ。

 

「私、最近気付いたんです。綾小路君を困らせるの楽しいってことに」

 

ここ一週間。AクラスとDクラスは合同練習をしている。その時、俺と坂柳は基本的にずっと一緒にいた。

本来であれば、俺の位置にはクラスのリーダー格の洋介がいるべきだ。

今すぐにでも、押し付け(譲り)たい所存だが、生憎サッカー部の方も忙しいようで放課後は不在なことも多い。

坂柳はその隙をついて、クラスのまとめ役兼スコア記録役として俺を指名した。

Dクラス面々は坂柳の提案を何の躊躇もなく受け入れ、とんとん拍子に事は進んだ。

…まさかとは思うが、俺を困らせるという動機でこの場に俺を居座せてないよな?

 

「俺は別に困ってない。鬱陶しいな、面倒だな、タンスの角で足の小指ぶつけないかなと思ってるだけだ。」

「構いません。私にとってそれは大差ないですから」

「大差あるだろ…。」

俺の拒絶3点セットを聞いても坂柳はニコニコとした笑みを浮かべるだけだ。

 

「お前が構わなくても俺は構うんだよ。自重しろ」

「これでも、十分自分を抑えているつもりなんですよ」

…坂柳のこのペースに飲まれると話が進まないな。

俺は半ば諦めて、話を切り替えることにする。

 

「それで?こんな小道具まで用意して一体何が目的なんだ?」

「文句を言いつつも私の我儘に付き合ってくれてる素直なところ好きですよ」

「我儘を自覚できてるだけマシだが、次はあのロン毛の男の視線責めはやめてくれ。」

あれは身の危険を感じた。あの視線を耐え続けるくらいなら、眼鏡の一つや二つかけた方がマシだ。

 

「鬼頭君のことですか。出来るだけ睨まずに、慈悲深い温かい目で見るように言っておいたのですがお気に召しませんでしたか?」

ドラ◯もんの温かい目よりも100倍不気味だったぞ。

俺は鬼頭とやらの目を再現するかのように目を細めて坂柳を睨む。

 

「冗談です。綾小路君は仮に私が可愛くお願いしても聞いてくれなさそうなので、効果的な手段を取らせてもらったまでです」

「それはやってみないと分からないだろう。参考までに坂柳が可愛くお願いするところ見せてもらっていいか?」

「ふふっ。いやで~す。」

ピンク色の舌をチロリと出して目を細めて笑う坂柳。

…なるほど。確かに可愛いな。

だが、少しでもそう思ってしまったことは一切表に出さない。

 

「それにその眼鏡にも意味はありますから。」

「出鱈目じゃないだろうな?」

「ええ。その意味に気付くかは綾小路君次第です。」

まあ、坂柳の玩具以外に理由があるなら俺としてはどうでもいい。

眼鏡の着用自体は別に大した労力じゃない。

坂柳の道楽に付き合う義理はないが、それが戦略的なものなら話は別だからな。

 

「余裕そうだな。体育祭当日までもう時間はないぞ」

「はい。楽しみですね。」

自分が失敗することなど考えていないか。その自信が結果に繋がればいいがな。

 

「あ、あのっ。あ、綾小路君…。」

内心で坂柳お姫様に、毒を吐いていると、いつもより3倍くらい挙動不審の佐藤がいた。

「どうした?怪我でもしたか?」

佐藤は勢い良く首を振って否定する。

てっきり、怪我の類のバッドニュースだったため、伝えづらさから挙動不審になっているのかと思ったがそうじゃないらしい。

 

「なら、どうしたんだ?遠慮なく言ってくれて構わない。これでも、洋介の代理でまとめ役だ。」

再度、催促しても、もじもじして中々切り出さない佐藤。

…これは。ゆっくり待つしかないようだな。。

深呼吸で準備を整えた佐藤はようやく話を切り出し始める。

 

「あの、その…。ちょっとだけ、ついてきてほしいんだけど」

「どうしてだ?」

「え。そ、それ、言わないとだめ?」

「佐藤さん。殿方を誘う際は、愚直に自分の気持ちをぶつける。これが淑女として当然の行いですよ。」

すかさず、坂柳は口を挟んでくる。ペースを乱させるような口ぶりだ。

…こいつ、内心ニヤニヤしながら適当言ってないか?

 

「ぐ、ぐちょく?…う、うん。そ、そっか。…う、うん。そうだよねっ。坂柳さんがそう言うなら間違いないよねっ。」

こいつ、愚直の意味分かっているのか?

しかも、なんか無理矢理、背中押された風になってる気がするんだが。

 

 

「あ、綾小路君。これっ!」

佐藤はポケットから一枚の紙を取り出して、勢い任せに俺の方に向けた。

 

『かっこいい人』

 

「ふむふむ。どうやら、借り物競争のお題のようですね」

坂柳が横から、現状を正確に説明する。

…どうやら、お題を作った人は相当な少女漫画脳らしい。

 

「佐藤。俺でいいのか?」

「…う、うん。」

「じゃ、坂柳。少し席を外す。」

「ええ。急がないとビリになっちゃいますよ。綾小路君。」

俺は、ほかの生徒が既に借り物を手にして、ゴールに向かって走り出しているのを見て、謎に縮こまっている佐藤の腕を半ば強引に掴む。

 

「ひ、ひゃっ。」

普段出さないような可愛らしい声を無視して俺は走り出す。

「佐藤。少し本気で走るぞ。」

 

中々、厳しい状況だ。既にゴール手前の生徒も一人いる。

このお題で無様な結果は残せない。

お題が『かっこいい人』で、俺が選ばれたのなら全力でかっこつけるだけだ。

 

沸いていた歓声がピタリと止む。

佐藤が声にならない声をあげる。

 

俺が2位でゴールした時、まるで地球外生命体でも見つけたかのような眼差しがいくつも観測された。

 

俺の意地とプライドが実を結んだわけじゃない。

普通の人なら追いつけない距離。本番じゃなくて練習。

前を走る生徒が十分に油断する条件は整っていた。

その隙が生んだ結果だ。

 

「悪いな。振り回して。」

俺が手を離すと佐藤はグラウンドに座り込む。

 

「…ぎ、ギャップ萌え…。」

 

顔を両手で覆った上に、声がか細く何を言ってるのか聞き取れなかったが、燃え尽きているのだけは伝わってきた。

 

「今、何て言ったんだ?」

「えっ。な、なんでもないよっ。ありがとうって言っただけ」

「そうか。こちらこそありがとうな」

「…ん?なんで、綾小路君がお礼言うの?」

「俺を選んでくれたからだ。あのお礼で選ばれて喜ばない男はいないんじゃないか?」

あくまで一般論の話。最近、意気消沈気味で逆に気持ち悪がられてる池や山内も飛び上がって喜ぶに違いない。

 

「そ、そっか。あ、あはは。」

「ああ。俺はもう行く。坂柳を一人にし続けるのは気が引けるからな」

「あ、う、うん。そうだよね。ほ、ほんとにありがとね。」

「お互い様だ。気にしないくていい」

俺は座り込む佐藤から視線を外して、坂柳の方に振り返ろうとするが、それは佐藤の一声で静止する。

 

「あ、綾小路君っ!」

「なんだ?」

「そ、そのさ。ほんとにすごくかっこよかったからさ…」

 

「ほ、本番もさ。もし…。もしさ、同じお題だったら呼んでもいい?」

 

「ああ。次は迷わず来てくれ。その時は一位を取ろう」

「う、うんっ!!!」

 

佐藤の元気の良い返事を背中に浴びて、坂柳の元に向かった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「お疲れ様です。はやかったですね」

「2位だったんだが皮肉か?」

「順位はただの結果です。大事なのは綾小路君がはやいという事実」

「そんな事実、お前は熟知しているだろう」

「はい。勿論です。ずっとずっと前から私は知ってます」

王子様を待ち焦がれているお姫様を連想させるような哀愁。

 

「それで、俺はお前の期待に応えれそうか?」

「ふふ。やはり全部わざとでしたか」

「まあな。今日のお前は演技臭さを隠す気がなかったからな」

『ふむふむ』なんて、現実で言ってる奴は久しぶりに見たぞ…。

 

「では、乗ってくれたということを私の本意に解釈しても?」

「ああ。そのメルヘンチックな頭で自由に解釈してくれて構わない。」

 

坂柳は俺の実力を熟知している。

当然だが、坂柳以外は俺の実力を知らない。

坂柳は俺の実力を回りに周知させることで、体育祭で俺を全面的に起用させることへの抵抗を0にしようとした。

偏差値の低そうな脳内お花畑なお題に、当て馬としてこれ以上ないくらい適任の佐藤。伊達眼鏡も注目度の底上げに一役かっていた。

むしろ、推薦競技に俺を出さないという選択肢はもうなくなっただろう。

 

だが、坂柳としては舞台を整えただけで、あくまで選択肢は俺にあった。

手を抜くこともできた状況で、俺は坂柳の策略に乗り、1位には届かなかったものの周りが目を見開くほどの逆転劇を見せた。

つまりは、坂柳に対して、今回の体育祭では坂柳の駒となり従うという俺の意思表示だ。

 

「もしかして、怒ってますか?」

「俺にそんな感情はない」

「そうですよね。綾小路君はあの場所にいた他の子供たちにボロ雑巾でも見るような目を向けてました。そんな人に生半可な感情がある方が不自然です。」

「ガラス越しにそんな細かい部分までよく観察できたな。そして、それはどんな目だよ。」

「光が乱反射するあの白い部屋で、一切の光も映さない澄みきった黒い瞳。当時9歳の私にとってそれは忘れられないものでしたよ」

毎朝、鏡を見ているが自分の目をそんな風に感じたことはない。

 

「もう、その話は結構だ。」

「そうですね。野暮な話でした。」

「話が逸れた。本題に戻る。そして先に明言しておくが、俺の敵は坂柳じゃない。」

「“今回は”ですよね。気をつけてください。その言葉は私にとって引き金です。」

「今回の結果次第では今後お前と敵になることはない。それは分かってるだろ?」

「綾小路君にはまだ見えませんか?私が勝つ未来が。」

「ああ。だから楽しみにしてる。俺がお前の期待に応えるんだ。これで負けたら赤っ恥どころじゃないぞ」

「ふふ。綾小路君もこの学校に入学して、煽り性能がグンと上がったようですね。」

坂柳は初めて笑みを崩して、俺を射止める。

 

「後悔しても知りませんよ?綾小路君は今回、自ら私の駒となることを選択したんです」

「選択肢を俺に与えてきた時点でそこに上下関係は成立しない」

「上下関係は確かにありません。ですが、今回の契約の形式的には私が上です」

「形式的ね…。あまりにビジネスな関係だな。」

「不満ですか?」

「それはこれからの展望次第だな。」

「これ以上はたらればです。結果で語りますよ」

 

心なしか、坂柳の横顔が不機嫌になったように見える。

これ以上の煽りは不要だな。

 

「綾小路君。最後に一つだけいいですか?」

「なんだ?」

雰囲気が一転変わって、自信満々に俺の顔に向かって指を指す坂柳。

 

「眼鏡か?返せばいいか?」

確かにもう眼鏡は不要なアイテムだろう。

坂柳の私物だろうし、忘れないうちに返したほうが吉だ。

俺は眼鏡を取って坂柳にすんなりと返した。

 

坂柳が眼鏡を受け取った瞬間、どこからともなくさっきのロン毛の男が現れた。

鬼頭は阪柳から眼鏡を受け取ると、すぐさまレンズ拭きでメンテナンスして、そそくさと練習に戻っていった。

一瞬、すごい形相で睨まれたきがするが気のせいだろう。うん。そうに違いない。

 

「眼鏡をたらい回しにして何がしたいんだ。」

「ああ。言ってませんでしたっけ。彼はああ見えてお洒落が好きなんですよ」

「はあ。…で?」

 

「あの眼鏡。私の物ではなく彼のですから。」

 

「…は?」

「彼は潔癖症な一面もありますから。今度謝罪しておいた方がいいかと思います。」

確かに、坂柳は自分の私物だなんて一言も言ってなかったが。

あの視線攻めは眼鏡返せアピールだったのか…?

 

てか、なんか嫌だ。騙された感が拭えない…。

 

「おい…」

「あ、綾小路君にお客さんですよ~」

俺の文句に重ねた坂柳の言葉通り、ずかずかという音が聞こえるかのように近づいてくる二人組がいた。

鈴音とかや乃か。大体言わんとしている部分は察しがつくな。

 

「人気者はつらいですね~。いってらっしゃ~い」

「坂柳…。絶対ろくな死に方しないぞ。」

「その時は一緒に地獄に行きましょう?」

…俺は今から、あのバチバチ火花散ってるあの地獄に飛び込まなきゃならないんだけどね。

 

――――――――――――――――――――――――

「綾小路君っ!!。どっちにするの?」

興奮状態のかや乃が開口一番に詰めてくる。…こわい。

鈴音も聞きたいことはかや乃と同じなのか、答えだけを求めるように無言で俺を見る。…こっちもこわい。

 

「落ち着け。話が見えてこないぞ」

「要領を得ない人ね。推薦種目の男女合同の二人三脚のペアに決まってるでしょう?」

「綾小路君。私と走ったほうが絶対いいよっ!!」

「何を基準に判断したらそうなるのかしら。スコアを見れば私の方が適任であることは分かるはずだけど?」

「そんなのちょっとだけじゃない。それに堀北さん、参加種目の二人三脚の方は記録ないし。」

「私に釣り合う人がクラスの女子にいないだけよ」

「堀北さんが自分勝手なだけだしっ!!」

 

俺を置いてきぼりにして、小競り合いを始める二人。

確かに、かや乃よりも鈴音の方が微々たる差ではあるが、全ての個人種目において結果を出せている。

体力面ではかや乃の方が優れているものの、鈴音は流石の高スペックだな。

一方のかや乃は二人三脚においては、仲のいい松下と組んで、クラス一番の成績だ。

自信満々に、俺のパートナーを申し出てくるには十分な結果だろう。

 

俺は議論に熱が入り、論点がずれて、相手の粗探しのようになり始めた二人の間に割って入る。

「口を挟むようで悪いが、二人三脚は協調性も問われる種目だ。シンプルな走力だけでは勝てない」

「…私に妥協しろって言うの?」

「勝つための手段や戦略を妥協と呼ぶのか?」

「私は別に不可能を押し付けているわけじゃないわ。よりいい結果を出す努力もせず、諦めている人に目線を合わすのが嫌だっただけ。」

「種目が二人三脚だけなら、俺も鈴音の意見に賛成だ。だがそうじゃない。種目は山ほどある。無理をすれば怪我のリスクもあがる。二人三脚の練習に割けるリソースは多くない。」

 

鈴音は不可能を押し付けていないというが、それは現実に照らし合わせた時、十分に実現が難しいラインだ。

 

「まあ、鈴音がそれを妥協というなら、俺は今からどれだけ妥協しないといけないんだろうな。」

俺は予め持っていた二人三脚に使う用の紐を鈴音に投げて渡す。

 

「さっきの走りが全力だったなんて思うなよ」

さっきの障害物競走。佐藤という足枷があったことは言うまでもない。

 

「結ぶわ。」

鈴音は短く簡潔的に俺に告げ、俺と鈴音の足が一本の紐で繋がる。

結ぶ手には不自然に力がこもっていて、緊張感が見てとれる。

 

「かや乃。悪いが合図を頼む。」

俺が鈴音を言い包めている様を見て、気圧されて黙ってしまっていたかや乃に声をかける。

「う、うん。わ、分かったっ。」

 

俺は鈴音に無駄な声掛けはしない。

あくまで事務的に進めていく。

 

「よーい…ドンっ。」

俺達二人の作る逼迫した空気に飲まれて、声がいつもより細いかや乃の合図でスタートする。

 

俺はあえて鈴音が一歩踏み出したことを確認してから、遅れてスタートする。

俺がここで示したいのは瞬発力ではなく走力の差だからだ。

 

隣の鈴音が息を飲む音が聞こえた。

俺は鈴音が俺と結ばれている足で二歩目を踏み出した瞬間にトップギアに切り替える。

 

「…ッッ!!」

 

歩幅も、足の回転速度も鈴音と比べて段違いのまま走り出すがそれはすぐに止まることになる。

スタートして5歩目を迎えることなく、鈴音がバランスを崩して地面に手をついたからだ。

 

「俺が妥協しなければ誰がやってもこの結果になる。自分のやり方が間違っているのが分かっただろ」

これは、鈴音が自分よりも走力の高い生徒に出会えなかったことで起きた結果だ。

向上心が高い鈴音が努力をしない生徒を認められないのも仕方のないこと。まあ、事故のようなものだろう。

 

「…ええ。痛いほどにね。正直、ここまで差があるなんて思ってなかったわ。」

「ならいい。手は大丈夫か?」

俺は鈴音の手を掴み引きあげて起こす。

 

「少し皮がむけた程度よ。自業自得だし、あなたが気にしすることじゃないわ。」

二人三脚は肩も組んでるわけだし、俺が鈴音が倒れるのを止めようと思えば容易に止めれた。

受け身を出来る鈴音が大怪我することはないと判断して、なるがままにした。

その結果に多少の責任は持つべきだろう。

 

「少し見せてみろ」

俺は鈴音の手を引き寄せて、確認する。

坂柳に乗せられたみたいで癪だが、気分はさながらマネージャーである。

俺にされるがままに手を預けてくる鈴音。

軽く擦り剝けているな。まず、手は洗っておいた方がいいだろう。

 

「とりあえず洗ったほうがいい。」

「必要ないわ。別に痛いわけじゃないもの」

「傷跡が変に残っても困るだろ。いいから早くいけ」

鈴音は、一瞬戸惑いを見せたものの、大人しく俺に従い手洗い場に向かっていった。

俺は携帯を取り出して、手早く後の対処の手配をしておく。

 

「…あはは。なんか、一緒に走りたくなくなったよ…。」

かや乃が冗談交じりに笑いながら側にやって来る。

「二人三脚の最善な形は遅いほうが全力で走り、速いほうが合わせる形だ。そして、俺がこのクラスで合わせられないのは野生児の高円寺くらいだろう。あとは全て最善を尽くせる」

「…それって、もしかして…。」

「ああ。かや乃と鈴音。微々たる差だが俺と組んで速いのは鈴音の方ってことだ。」

かや乃が辿り着いたあろう結論を被せるように言う。

 

「そっか…。残念だなぁ。久しぶりに綾小路君と組めると思ったのに」

「…薄々思っていたが、何か勘違いしているんじゃないか」

「…それってどういう意味?」

俺の発言の意図が掴めなかったかや乃の首が自然に傾げる。

 

「いつから俺が男女合同二人三脚に出ることになったんだ?」

「えっ!!綾小路君出ないのっ?」

基本的な方針は運動能力が高い生徒が推薦競技に出場する形だ。

俺の運動能力を目の当たりにしてきたかや乃が俺の推薦競技への参加を疑わないのは自然と言えるだろう。

 

「そうじゃない。采配は全て坂柳次第ということだ。俺が出る出ないも。誰と組むかも坂柳に決定権がある。」

婉曲的な言い回しをせずに、理路整然とした説明をしたつもりだったが、かや乃はピンと来ておらず、口を半開きポカンとしていた。

坂柳は俺と戦うためにDクラスを勝たせるように動いているが、表向きには利害が一致してる故に協力しているだけだ。

その説明をせずに、かや乃を納得させるのは面倒だな。

 

「まだ、かや乃と組むことだってあるってことだ」

「えっ。そうなのっ?」

「ああ。組めるといいな。その時はよろしく」

『俺もかや乃と組みたい』という意図を含んだ言い回しはかや乃に刺さったらしく、プルプルと小刻みに震え始める。

おいおい。爆発の前兆みたいになっているんだが。

すいません。この中に爆弾処理班はいますかー?

 

「ああああっ。そんなこと言われたらリビドーが抑えられないよっ!!よしっ!!走ってくるッッ!!」

叫びをこらえたような声を出したと思えば、力強く宣言するかや乃。

「打倒堀北さんッ!!うおおおおおおっ」

男らしさ溢れる声がだんだん遠ざかっていった。

 

かや乃を後ろ姿を見て、俺の口角が僅かに吊り上がっているのを自覚する。

うまく論点をずらせたことに手ごたえを感じたわけじゃない。

俺の手のひらで意のままに操れる駒がぶつかり合い鳴る、小気味いい音がそうさせたのだ。

 

「なんか楽しそうだね。綾小路君。」

かや乃の逞しい背中を見るのに夢中になっていた俺は、背後から音もなく近づいてきた佐倉に気がつかなかった。

ミスディレクション無しでこの存在感の無さ…。

幻のシックスマンも佐倉の前に来れば店をたたむだろう。

だが、胸はこんなに存在感溢れている。…アンバランスがすぎる。

 

「恥ずかしいとこを見られちゃったな。」

「そ、そんなことないよっ!!綾小路君が笑ってるところ見れて私も嬉しいっ。」

焦ったように俺を見上げて、屈託のない笑みを向けてくる佐倉。

気を遣わせたみたいになってしまったな。

 

「どれくらい嬉しいんだ?」

「え、ど、どれくらい?」

いきなりの無茶振りにさらに焦ってわたわたし始めた佐倉を見つめ続けて圧をかける。

佐倉は観念したように大きく手を広げて、顔を真っ赤にして、目を瞑って言い放つ。

 

「こ、これくらいっ!!」

 

体操服と相まって、佐倉のその体を使った表現の破壊力は相当なものだった。

俺は広げた両手に握られていた物を受け取る。

 

「意外にノリがいいんだな。佐倉。」

「ええっ。冗談だったの!?うぅ。恥ずかしい…。」

「なら、お互い様だな。あと、"これ"、ありがとうな。」

 

羞恥心からか。生まれての小鹿のように震える手に握っていた物を受け取る。

「佐倉らしいデザインだな」

「そ、そうだ。綾小路君。怪我したの?大丈夫?」

「俺はこの通り全然問題ない。」

思い出したかのように心配してくれる佐倉に、手を軽く掲げて健康体であることをアピールする。

 

「貴方のまわりにはいつも女の子がいるわね。。そういう星のもとに生まれたの?」

俺が無傷であることを確認しようとまじまじと佐倉が俺を見ているタイミングで鈴音が帰ってきた。

鈴音は目を細めて、若干呆れるように、悪態をつく。

 

「そんなことより、鈴音。手を出せ」

「…貴方の私に対しての扱いが、日に日に雑になっている気がするんだけど」

「なんだ?丁重に扱って欲しいのか?」

「そういうわけじゃないわよ。…バカ。」

捨て台詞のように付け加えた俺への不満に今の鈴音の感情が全て乗っているような気がした。

鈴音はその感情を抱えつつも、俺に従い手を出してくる。

 

「面白いくらいに似合わないな。」

佐倉から受け取ったピンクを基調とした可愛い絆創膏を貼り、思わず素直な感想を言ってしまった。

だが、当の本人の鈴音は手のひらに貼られた絆創膏握りしめて、自分の胸に引き寄せて抱くようにしている。

 

…似合ってないのに可愛いのは反則だなとも思った。

「…あ、ありがと。」

その存在を確かめるように優しく握る鈴音は素直にお礼を言う。

俺の煽りじみた発言も聞こえたないようだ。

 

「礼なら佐倉に言ってくれ。絆創膏は佐倉のものだ。」

「佐倉さん。ありがとう。」

「うぅ……。い、いいなぁ。」

「佐倉。大丈夫か?」

「えっ、う、うんっ。だ、だいじょうぶっ!」

色んな意味で大丈夫じゃなさそうだ。

頼むから、故意的に怪我しようとしないでくれよ…。

 

空が茜色に染まり始めている。

他の生徒も引き上げムードだ。

今日はここまでだろう。

 

「佐倉も大事な戦力だからな。帰って、お風呂から上がったらちゃんと体のケアをするようにな。」

佐倉は一瞬びっくりしたように目を丸くしたが、勢いよく首肯した。

佐倉を必要としてるのはほんとだからな。その必要性をしっかりと伝え、先程の心配の種は念の為刈り取っておく。

まあ、鈴音は何も言わなくても体のケアを怠るような奴じゃないし何も言わなくていいだろう。

 

「俺はまだ後処理が残ってるから。もう行く」

二人と適当に別れて、ベンチで一人凄然といる坂柳の元に向かう。

 

Aクラスの生徒が少ない点を見るに、坂柳は他クラスの動向もしっかり掴んでるはずだ。

表面上は体育祭当日に向けての準備は上々だろう。

 

Aクラスの偵察兵に龍園や南雲から実利になる収穫が出来るのか。

Dクラスの生徒が坂柳の駒を演じ切れるのか。

 

不安要素を出し切ればキリがない。

…まあ、なるようになるだけだし、何一つ問題もない。

 

Dクラスの行く末がどっちに転ぼうと、枝分かれしてる俺が得をするルートに辿り着く。

 

始まる前に俺は勝っている。

 

 

 

 

 

 

 




デジタルじゃんけんに気を付けろ。

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