綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
海風が運ぶ金木犀の香りが鼻腔を擽る。
2学期が始まって1ヶ月弱が経過した。
思わず地面に突っ伏して、死んだフリをしてしまいたくなるような暑さも思い出となって、消化されていく。
「健康的な朝を送ってるんだな」
「…逆だよ。」
「逆?」
「うん。眠れなかっただけだから。」
なるほど。それは不健康の極みだ。
悩みを抱えていそうな覇気の無い声もきっと睡眠不足が原因に違いない。
入眠角度を30°に整えて、医学的根拠がある快眠に効くツボを押せば、ぐっすり眠れること間違いなしだ。
いや、睡眠不足で悩んでいるわけじゃないか…。
鶏が鳴くよりも早いこんな真っ暗な朝に俺を呼び出すくらいだからな。
顔も満足に見えない暗さの中、お互いに一言も話さない無言の空間が生まれた。
俺は長話になるであろうことを察して提案することに決める。
「隣、座っていいか?」
「…え、ここ狭いんだけど。普通に無理。立っててよ」
「休日の朝に、携帯の通知音で起きるのって最悪の目覚めだよな。」
「はぁ。綾小路君。彼女出来たからって、他の女の扱いを雑にしていいわけじゃないからね?そもそも、携帯の通知音で起きるとか眠り浅過ぎだし、携帯にはお休みモードとかもあるわけで…」
非常識な時間帯に呼び出した自覚はあったのだろう。
それを踏まえた上で、引き合いに出されたのが気に入らなかったのかつらつらと口が回り始める。
面倒な口論を避けるため、多少強引に隣に座ると、それはピタリと止まった。
「………。」
俺の強引さに呆気を取られている隙に、思ったよりも近くにある横顔を見ようと視線を向けると勢いよく逸らされる。
少し肌寒いくらいの気温だからだろうか。
肩と肩が触れ合うことで伝わる熱が冬の夜に必要不可欠な毛布くらいには心地よく思えた。
「流石に高校生二人で乗るのには無理があったか?」
「…乗る前に分かってたことでしょ。」
「いや、2人で乗った事がないから分からなかったが。」
「いやいや、私もないけど!想像力を少し働かせたら分かるでしょ!?」
「案ずるより産むが易しって知ってるか?」
「知ってるけどっこれに関しては絶対考える方が先だって!」
言葉に感情が乗る。
これで、無言で息苦しい空気も少しは払拭されただろう。
重すぎる空気はネガティブを加速させるだけだからな。
「それで俺に話ってなんだ?」
「え。こ、このまま話すわけ?」
俺が強引に乗り込んだのは最近までずっと体育祭の練習で使っていた公園に設置されてあるブランコだ。
立地の関係か、ブランコは一つしかなかった。
まあ、ここは高度育成高等学校がある島の敷地内だし、子供が遊ぶ想定で作られた公園じゃないのだろう。
基本的に一人で使う遊具に二人座れば密着を避けれないほど窮屈になるのは馬鹿でもわかる。
それを承知で隣に乗り込んだのは、理由があるからだ。
「もう、分かった。私が立ってるから。」
立ち上がろうとする松下を止めるべく、俺は勢いよくブランコを揺らした。
不意に揺らされたブランコにバランスを崩した松下の手が、何かを支えにしようと必死に空を泳いだ末に俺の肩をしっかりと掴んだ。
顔を横に向ければ、鼻先が触れ合うような距離に松下の顔があった。
それは見なくても熱が帯びてる事が、肩に置かれた手の体温の高さで分かった。
「人類未到。ブランコ一回転チャレンジをしたくなければ大人しく座ることだ。」
俺は肩に置かれた手を取って、松下を座らせるように力を加える。
「…な、何が目的なわけ」
吸い込まれるように俺の隣に腰を下ろした松下が不満そうに問いかけてくる。
俺に目を合わせられないことから、あまりの距離の近さに戸惑っていることが読み取れる。
ならば、なおさら逃がすわけにはいかないな。
「この暗さじゃ、顔色が窺えないのは不便だからな。」
「それ、本当に必要なわけ?」
「本音か嘘かも分からない状況で悩み事の解決は望めないって話だ。」
「…。」
俺の考えを聞いて少し考え込むように黙る松下。
俺が松下の顔色を窺えるように、松下も俺の顔色を判断材料にできる。
『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』ってやつだ。
松下もその事実に気付いたようだ。
…全然関係ないけど、ニーチェのこの言葉、いつ考えても厨二チックだ。
深淵て…。表に出てないだけで、慟哭とか混沌とかも言ってそうだ。
いや、よく考えろ。ニーチェは悪くない。日本語訳した奴こそが真犯人なんじゃないか?
メディアの偏向報道ばりの曲解がこの真犯人によって行われたのではないだろうか。
例えば、深淵(しんえん)って読むのではなく、深淵(アビス)って読むのが正解だったかもしれない。
…いや、これは病気が悪化してるな。やっぱ、ニーチェが悪いわ。
「ほんとにそれだけなんだよね?」
俺の馬鹿な考察を吹き飛ばすかのような含みのある質問が飛んでくる。
さっきまで、逸らされていた松下の目が俺をしっかりと捉えていた。
俺の顔色から、真意を汲み取ってやろうという強い意思が伝わってくる。
俺が松下の目を正面から捉えると瞳が揺れる。
それでも、松下は目線を逸らさなかった。
「逆に他に何かあるのなら教えてくれ」
あっけらかんと平然と切り返したのが虚をついたのか、松下は毒気が抜かれたかのように一息ついた。
「…別に何もないけど。」
「なら、何も問題ない」
「…なんか丸め込まれてる感じがしてやな感じ」
口では文句を言いつつも、松下は抵抗するのをやめたようだ。
俺に他意がないと判断したからではなく、自分にも大きなメリットがあることを認めたからだろう。
この度は、お悩み相談室に最適なロケーション作りに協力頂き誠にありがとうございます。
付き合いたてのカップルでも近すぎる距離感で俺は静かに言葉を待つ。
至近距離に落ち着かなかったのか、待ってから1分と経たずに本題を切り出してくれた。
俺としてもこの状況は、初めての性交渉を目前にしたカップル特有の気まずさを感じるから助かった。
「最近、Dクラス順調だよね」
俺に目を合わせず、目の前の虚空を見つめながら松下は呟いた。
「体育祭に向けての準備のことか?」
体育祭まであと1週間がきった。
当然、各種目の出場順や推薦種目の出場者も決まり、各自に共有されている。
その共有の仕方一つ取っても、情報が漏れない工夫が完璧に施されている。
「それもあるけど。他にも。クラスの雰囲気とか。」
「そうだな。個人差はあるものの、全員が高いモチベーションを保ててるのは凄いことだ。」
「私も凄いことだと思う。でも、それっていい変化じゃないよね?」
共感を求める目。松下は自分の空を飛ぶような発想に安心感を欲している。
ここで俺が同調すれば、松下の疑惑は確信に変わるだろう。
だからこそ、俺は何も与えない。
「どうしてそう思うんだ?」
「…坂柳さんが与えた変化だからかな」
「坂柳は信じられないか?」
「坂柳さんの入念に考えられた戦略も着実にレベルアップできるように計画された練習も全部Dクラスのためのものだった。皆が坂柳さんを信頼するのも無理ないよね。」
「坂柳の今回の目標はDクラス1位・Aクラス2位で体育祭を終えることだ。Dクラスを全力で支援してもらっている現状は利害の一致の結果だ」
「綾小路君。本当にそれだけ?他にもあるんじゃないの?」
…松下の思い詰めた真剣な表情は初めて見たな。
顔の造形が整っているからこそ、どんな表情も様になるな。
「この距離にしたのは失敗だったんじゃない?」
俺が松下の初めて見せる顔を観察していたことを勘違いしたのか、一本取ったと言わんばかりに得意気に見上げてきた。
これが巷で有名なドヤ顔というものだと本能で理解した。
腹立つ顔だな。思いっきり頭突きしてやろうか…。
勘違いしているとはいえ、俺の表情から情報が取られるとは。俺のポーカーフェイスも落ちたものだ。
無意識のうちに表情筋が痙攣を起こしていたのかもしれない。
家に帰ったら、Mr.ポポが初登場した回を参考に、鏡の前でポーカーフェイスの特訓しないとな。
「相談相手に俺を選んだ意味は理解している。松下はそれが聞きたくて、俺を呼んだわけじゃないだろ?」
松下は俺が情報を持っていることを知っている。
そして、俺がその情報を松下に与えないことも理解している。
「…うん。私が知りたいのは一つだけ。Dクラスはこの先、大丈夫なのかってこと」
「まるで近い未来。Dクラスが崩壊するかのような物言いだな」
「…無人島試験と船上試験。私達は何もしていないのに、結果を見れば上々の出来だった。それが偶然の産物じゃないことくらい私にだって分かる。」
俺を見る松下の目に一点の迷いもない。
誰かにその功績を押し付けたところで、過程を解き明かしていけば矛盾点に辿り着く。
松下は、Dクラスの立役者が俺だということに気付いている。
「だからかな。今回もきっとそうなるって考えてた。」
「過去形か。どうして考えが変わったんだ?」
「…もし、今回の体育祭でDクラスが勝ったとしても、功績の裏で笑ってるのは坂柳さんだと思ったから。」
松下は運動能力、学力、コミュニケーション能力。どこを取っても高水準だ。
だが、松下の最も評価されるべき点はこの感度の高いセンサーだ。
「綾小路君。今回、何もする気がないよね?」
「ああ」
「…なんで?」
「そう凄まれても困る。俺が何かしないといけない義務はない。基本的に俺は俺のためにしか動かないから。」
「こ、このままでいいと思ってるの?分かってる?坂柳さんの手の上ってことだよ?なのにクラスの皆は、坂柳さんのこと信じてる。」
俺がクラスの現状を正確に把握していながら、動いていない事に焦っているようだ。
「現状、坂柳がDクラスを支配してコントロールしているように見えるのはカリスマ性による効果が大きい。その魔法はすぐに溶けるさ。」
坂柳の一挙手一投足は全て、観衆の目を惹きつける。
生まれ持ったカリスマ性以外にもマインドコントロールの技術も細部で駆使しているし、他の要素を語り始めればキリがない。
例えば、この体育祭に向けて、Dクラス全員を奮起させるのにも意図的に踏んだ過程があった。
体育館で顔合わせの際に彼女は最初に宣言した。
内容は『体育祭では全面的に手を組みましょう』という提案。
最後に締めくくるように、細い杖をついた彼女はDクラス男子を狙いすましたように言った。
「私は見ての通り、今回の体育祭に選手としては参加できません。ですが、サポート面で皆さんを精一杯支えるように頑張るので…そ、その…い、一緒に頑張りましょうっ!!」
語彙力の低さや必死に言葉を紡ごうとして詰まってしまう不器用さも。周りの雰囲気もタイミングも。
全ての演技と演出は、か弱い美少女が必死に協力を乞う図を作るため。
それはDクラス男子に対して最大限の効果を発揮した。
合同練習が始まれば、坂柳のカリスマ性が遺憾なく発揮された。
女王のような風格に、非の打ち所がない的確な指示。
彼女はすぐに、Dクラス女子の憧れの対象になった。
坂柳を神格化して崇拝するような奴まで出始めたのは流石に気になったがな。
だが、この魔法はあくまで表面的で一過性のものだ。
「でも、解けない魔法もあるんじゃない?」
「何が言いたいんだ?」
「…私もDクラスの皆が流されやすいこと知ってる。側でずっと見てきたから。」
松下はクラス内でも中間的立ち位置。
トップカーストの軽井沢や櫛田とも親密だし、井ノ頭のような目立たない女子とも仲良くしている。
クラスの皆の事情は俺より遥かに詳しいだろう。
「でも、高円寺君は違うはずだよね?」
傲岸不遜。唯我独尊。
他人の事など路傍に生える雑草程度にしか見ていない。
そんな彼は、今回の体育祭の推薦種目全てに参加することが決まっている。
だが、この情報はトップシークレット。俺と洋介、そして高円寺本人しか知らないことだ。
そうなれば、情報源は一つしかない。
今回、参加種目の順番、推薦種目の参加者の情報を漏らさないために、クラスの皆には、口頭で自分の順番だけを伝えている。
そして、その順番をクラスの人含めた他人には絶対に言わないように口止めしてある。
「正直感心した。そこまで掴んでるとは思わなかった。」
坂柳が作った仮初の一致団結を利用し、お互いに監視しお互いに裁き合うルールを作った。
自分の順番を漏らすことは自分だけでなく、クラスにもデメリットを招く行為。
順番を漏らした事が知り渡れば、裏切り者のレッテルを貼られ、集中砲火を浴びる。
それを痛くも痒くも感じない例外が高円寺だ。
「誰にも言ってないから、そこは安心して」
高円寺は練習に参加せず、いつも通り上級生と遊んでいる姿を他のクラスは目撃しているだろう。
他のクラスからすればノーマークのカードだ。
「そこは心配してない。松下のことは信じてる」
「そ、そう。ならいいけど」
僅かに俺から逸された瞳は真正面から全幅の信頼を置かれたことによる照れ臭さからだ。
少し赤くなった頬がそれを証明している。
だが、俺が信じてるのは松下の口の硬さなんかではない。
松下に集中砲火を浴びる覚悟がないことを信用してるだけ。
高円寺が松下に情報を与えたのも、それが分かっていたからだろう。
もし、この情報が漏れたなら、高円寺は真っ先に松下を売る。そんな未来が易々と想像できた。
「確かに高円寺を動かしたのは坂柳に間違いないな」
「その言い方って…」
「ああ。それ以外は何も分かってない。当事者の二人以外は知り得ないことだろうな」
「知らなくて大丈夫なの?」
高円寺の異常さを知らない生徒はDクラスにはいない。
高円寺の凄さを知らない生徒もDクラスにはいないのだ。
常にトップクラスの成績に恵まれた体格とずば抜けた身体能力。
不安要素の多いカードが坂柳に乗せられたことに危惧するのは自然なことだ。
「さあ?でも、まあ、大丈夫なんじゃないか」
「え、ちょっ!!いきなり適当すぎないっ!?」
「今時、預言者でも未来予想を曖昧に濁してるんだ。預言者でも占い師でもない一学生の俺の意見なんてそんなものだ」
ほら、かの有名なあの大預言者のお婆さんも、飴玉を喉に詰まらせて亡くなる前に「地球がヤバイ」って言ってたし。
「そ、それでも、曖昧にしつつも、大丈夫って言えるだけの理由はあるってことだよねっ!?」
投げやり気味に言った俺が相当な期待外れだったのか、わたわたと焦るように体を動かす。
松下の首筋から冷や汗が垂れるのが見えた。
…この距離であまり派手に動かないでもらいたい。。
「まあ、それなりには。」
「それってなにっ!?」
急かすように顔を近付けて迫ってくる。
時間が経ったことでこの密着距離にも慣れてきたのか、もしくは距離感を失念するほど話に夢中なのかは分からない。
「そんな大層なことじゃないし、根拠と呼べるものじゃないぞ」
「いいからっ!」
俺が体を引いた分、距離を詰めてくる。
俺が手を出さないと高を括っているな。ほんとに頭突きしてやろうか。。
高円寺もこの勢いと執念に負けて、喋ったのだと思うと不可抗力な気がした。
「坂柳に高円寺を扱えるほどの能力は無いと思っただけだ」
俺は高円寺の我>坂柳のカリスマ性という不等式を根拠として提示した。
坂柳を慕う者達がここにいればブーイングの嵐だったかもしれない。
俺の意見を聞いて、松下の前のめりな姿勢は徐々に戻っていった。
手を顎に当て、考え込むように口を真一文字に引き結び、俺の意見を吟味し始めた。
「…綾小路君から見た坂柳さんってどんな人なの?」
「まあ、普通に可愛い奴だなとは思ってるが…」
「…私が聞きたいのそんなことじゃないの分かってるよね?」
一点変わって睨み付けるように見上げてくる。
あながち冗談じゃないんだが、求めている答えとは違ったらしい。
「それ以外か…。難しいな。」
「坂柳さんの容姿が整ってるのは認めるけどさっ!!他にあるでしょ。絶対っ。」
「まあ、強いて挙げるなら坂柳は良くも悪くも想定内って印象だな。」
坂柳の取る選択はオーソドックスなものが多い。
龍園のような意表を突いた戦略を取るタイプでも、高円寺のような理屈も理論も持たない野生児でもない。
「坂柳さんが想定内か…。うん。決めた。私は綾小路君の『大丈夫』を信じてみることにするよ」
松下は俺に取り繕った笑顔を向け、悩みを吹っ切るように清々しく宣言した。
「本当にそれでいいのか?」
「うん。何も知らない私じゃ、きっと何も変えられない。私には私に出来ることをするから」
身の程を弁える。自分の出来ることをやる。
そんな風に表現すれば聞こえはいい。
…だが、そんな言葉で松下の能力を腐らせるのは、釣り合いが取れていない。
「水面下で動いている情報が全て手に入る環境があれば変えられるのか?」
「そうだね。もし、そんな環境にいれたら、私にも何か出来るかも…。って意地悪だなあ。綾小路君。私がその器じゃないって分かってるくせに」
「器なんていらない。飛び込む覚悟があるかないかだけだ。」
「…それ、本気で言ってるの?」
「俺の目を見ればそれは分かるんじゃなかったのか?」
「…あるよ。覚悟。何もできない自分はもう嫌だから」
「そうか」
「なら、俺に付き合えばいい」
「…え?ちょ、は?い、いま、なんて言ったの?」
脈絡がないように聞こえたのか、目を丸くして再度問いかけてくる。
「俺と付き合えばいい」
「…聞き間違いじゃなかった…。っていうか、さっきより意味が確定的になってるじゃん。い、今、そんな空気じゃなかったじゃん。そんなんだから、クラスの女子の一部から『綾小路君。かっこいいし頼りなるけど、たまに空気読めないんだよね…。』みたいに評価されるじゃんよ…。」
松下はボソボソと早口で独り言を漏らす。
動揺しているのか、語尾がどこかの体育教師みたいになっていた。
てか、ちょっと待て。
今聞き捨てならない言葉が聞こえたな。その女子の名前を吐いてもらおうか。
「っ‼︎っていうか!みーちゃんは!?付き合ってるんじゃないのっ!?」
目をクワッと見開き、大事な事を思い出したと言わんばかりに声を張り上げる。
今日一番のボリュームだった。ご近所の迷惑になるからやめなさい?
「いや、付き合っていないが」
「は、はぁっ!?あの感じでっ!?」
「それがどの感じか分からんが。」
「いやいや、みーちゃん。ところ構わず気付いたら綾小路君に抱きついてる気がするけど?」
「それだけだ。交際してる事実はない。」
「で、でもっ、でもでも!みーちゃんが綾小路君のこと好きな事実に変わりないよねっ!?」
「そうだな。だが、それも問題ない」
「どういう意味っ?」
興奮状態の松下のレスポンスははやい。
考える間もなくポンポン質問をぶつけてくる。
「みーちゃんは俺の全てを受け入れている。俺が誰と交際しようが、それはみーちゃんにとって些細な事だ」
「…。」
急に冷や水をかけられたかのように黙った松下に追加で補足する。
「むしろ、相手が松下ならみーちゃんは間違いなく喜ぶ」
「…全然理解できなかったけど、異常な関係ってことだけは理解したよ」
興奮状態が覚めて、冷静に呆れられしまう。
これが巷に聞く賢者モードじゃないことは、本能で分かった。
普通に呆れられてるだけだわ。
「まあ、要はみーちゃんに対して引け目を感じる必要はないってことだ。」
「自信満々に断言するくらいだし、みーちゃんの溺愛っぷりを見てるからそこはもう信じたよ…。」
「納得してもらえて何よりだ。他に問題がないなら答えを聞かせてもらっていいか?」
俺が話を強制的に戻した事により、回答のバトンが松下に渡り、緊張感が戻ってくる。
「…さっきのって、言葉通りの意味に受け取っていいんだよね?」
「構わない」
横目で俺を捉えながら、おどおどとした様子で問いかけてきた質問に即答する。
俺が即答したことに松下は背筋がピンと伸びた。
「そ、それって。綾小路君は、わ、私の事が好きだったって事?」
「考えたことないな。」
ドギマギしながら、俺に恐る恐る目を合わせてきた松下が俺の返答に固まる。
「え?」
「ん?」
「ちょ、ちょっと待って。ど、どういうこと?」
「だから、松下を好きか嫌いかなんて考えたことないってことだ」
「ま、待って、じゃあ、何で付き合うどうのこうの言い出したわけ!?」
「裏で動く情報が欲しいんだろ。自分で言うのもなんだが、俺の隣以上にいい物件はないぞ」
俺は望んでいないことだが、龍園、一之瀬、坂柳、南雲、堀北兄。俺に目をつけている人物は大物ばかりだ。
情報の渦の中心にいる俺は松下の望む環境だろう。
いつでも新鮮な情報をお届けってわけだ。
「それなら、付き合う必要ないよねっ!?」
「四六時中俺の隣にいるんだ。それくらいの理由がないと不自然だろう?まあ、強制させるつもりはない。仮の恋人関係より、俺に付き纏うストーカーの方がいいならそれでも結構だ」
「ま、待って!!理屈が分かった。だ、だけど、それが理由なら、そう言ってくれないと分かるわけなくないっ!?」
「話の流れで分かるだろう。」
俺の周りにいれば真偽に問わず、色んな情報が流れ込んでくる。
俺は松下の情報の分析能力や収集能力を見込んでの提案だという経緯を補足して伝えた。
「最初からそう言ってよ。びっくりしたじゃん」
「持ち前の情報処理能力はどこへいったんだよ。先行きが思いやられるな。」
「こ、告白されたのなんて初めてなんだから仕方ないでしょっ!?」
「そ、そうか」
怒りと照れが入り混じった迫真の声で、納得させられてしまった。
「それで、どうする?」
「仮でも彼女になるんだよね?それで起こる面倒事は全部引き受けてくれるってことで良いよね?」
中々豪胆な奴だ。
俺が紛らわしく始めた色恋沙汰の茶番で動揺してた癖に、アフターケアを取り付けてくるとは。
「…そこは保証しよう」
「分かった。綾小路君の提案にのらせてもらうよ」
「今、余計な動きをしたくはない―」
「体育祭の後からって言いたいんでしょ?」
「…そうだな。」
MCバトルでライム読みされるラッパーの気持ちが分かった気がした。
「綾小路君。ありがとね」
「さっきも言ったが、俺は俺のためにしか動かない。俺は松下が使えると思ったから提案しただけだ」
「それでも、私が助けられた事実は変わらないから」
いつの間にか、クラスの女子を助けていた件について。
なろう系小説の無自覚系主人公かよ…。
「そうか。なら感謝はいらない。別のもので返してくれ」
「別のもの?」
「それはこれから、見つけてくれればいい。」
情報は何も無機物だけが有するものじゃない。
松下が俺という情報を分析し、判断し、理解した先にどんな答えを出すのか。
それが今から気になって仕方がない。
緊張の糸が解けたのか、電池の切れた蟹のように松下は俺の肩に体重を預けてきた。
公園を照らす朝焼けの光の中には、寄り添う二人の影だけが伸びていた。
いつの間にか10月でビビってます。
更新遅くてごめんね。