綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
「やる気十分って感じだな」
「は?マジで言ってる?あんた目ついてないんじゃない?」
軽井沢は腰をくの字に曲げて前屈みになり、木陰に座っている俺の目の前で手を振ってくる。
「応援をさぼってる俺を説教しにきたんじゃないのか?」
言い終えた側から、大きな歓声が聞こえてきた。丁度鈴音が1位でゴールしたらしい。
競技の空き時間は原則的に応援するようになっている。
時間が空いた生徒を好き勝手させておけば、進行が遅れる恐れがあるからだろう。
「あたしがそんな柄に見える?」
「そう見えるようにするのが恵の役割だろ?」
「そう指示したあんたが教師の目を盗んで、サボってるんだから、文句言えないでしょ?そ、それと、その…気安く名前で呼ばないでよ」
部下に仕事を投げて、上司がサボっているなんてことは、社会じゃ日常茶飯事だ。
だが、それを引き合いに出しても、軽井沢は納得しないだろうな。
星之宮先生相手なら、共感されるに間違いないんだがな。
「じゃあ、一体何の用なんだ?」
「べ、別に?ボッチやってたから気になっただけ。」
なんだその、オタクに優しいギャルみたいな立ち回りは…。
「ボッチなら俺だけじゃないだろ。あそこにいる外村あたりもあんま上手く馴染めてるように見えないが?」
「わざわざ、テントから離れてるのはあんただけだし」
「そうか。なら、テントに戻る。ついでに、集団からあぶれて手持無沙汰な外村に教師の目が届かないサボりスポットを伝えておくとしよう。」
「はあ?意味わかんないだけど。あんた何がしたいわけ」
「恵に俺に幼稚な噓が通用しないって分からせたいだけだ」
「…あんた意地悪すぎでしょ。あと、気安く恵って呼ぶな…」
どこまでも素直じゃない奴だ。
「それで、本当は何の用なんだ」
「…あんたが珍しく一人だったから、気になってきただけ。…も、もう、ほんと、これだけだからっ!」
これ以上の答えを今の軽井沢に求めるのは無理か。
「そうか。なら、とりあえず座ってくれ。教師陣に見つかるのも面倒なんだ」
「わ、分かったわよ。座ればいいんでしょっ」
グラウンドの外周を沿うように植えられた木の幹に二人並んで背中を預ける。
フェンスの金網の奥に静まり返った校舎が見える。
相反するような熱気と歓声が後ろから聞こえてくる。
視覚と聴覚で真逆の情報が同時に入ってくるのは不思議な感覚だ。
「ここ、世界の外側って感じがして落ち着くと思わないか?」
「せ、世界の外側?体育祭の輪から外れてるだけでしょ。何言ってんの」
…リリシズムのないやつだ。
バラードの歌詞の意味も考えずに、『この曲いいよね』とか仲間内で言ってそうだ。
ポエミーチックな発言をしたことを後悔していると軽井沢は続けて言った。
「…それに、全然落ち着かないし」
涼しい風が吹く。
まるで避暑地のような居心地の良さだというのに落ち着かないか…。
冬眠する小動物のように縮こまるように体育座りしている軽井沢の名前を呼ぶ。
「恵」
「な、なによ。いきなり」
「名前で呼ぶなとは言わないんだな」
「なっ…。それは、その…」
分かりやすく目を泳がせて動揺する。
「い、今のは気安くなかったからいい。」
「さっきまでのは駄目だったのか」
「そ、そうよ」
「どこが駄目だったんだ?それに今更だろ。」
「今更とかどうでもいいのっ。なんか気安く呼ばれてる感じがしたからだめって話っ!!」
自分の感情を言語化できないタイプだな。。
将来、後輩に物を教える時、「これはこうやってこういう感じになればいいから。シクヨロ~。」みたいな感じで対応して、後輩が困る様子が目に浮かんだ。
「分かった。これからは名字で呼ぶようにする」
「…え?」
「そこまで言われたら仕方ないしな」
「え、ちょっと、勝手に―」
「軽井沢。そろそろ出番が近いんじゃないか?」
「えっ。ほんとだ。やばっ。そろそろ行かないとっ」
軽井沢は立ち上がり、お尻を軽く叩き土を払う。
この無防備な仕草も無意識でやってるんだろうな…。
「頑張れよ。応援してる」
「…噓つきの顔してる。私が走ってる時も絶対ここでサボってるでしょ」
「頑張れよ。陰ながら応援してる」
軽井沢の指摘をうけて俺は的確に訂正した。
「ほんとっ。私の噓は許せないくせに、自分は噓つくんだから、たち悪いよね」
「ちょっと表現を間違っただけだ。すぐに言い直しただろ」
「わーわー。言い訳は聞こえませーん」
耳を両手で塞いで、喚くように言う。しかも、そこはかとなくうざいというおまけつきだ。
無理矢理相手の主張を遮るのが上手いやつだ。将来は政治家を目指すといい。
「…悪かったよ。これでいいか?」
特技『幼児退行』に負けて、俺は素直に謝る。
俺は特技なしの物理特化の戦闘タイプだから子供には弱いんだ。
「一言余計だし。気持ちこもってないから無理。」
最後のは蛇足だったか。だが、口を衝いてでた言葉だ。仕方ない。
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
そもそも、あの程度の噓に罪悪感を持てと言う方が難しい話だ。
「…じゃあ、さっきの話取り消してくんない?それで許したげる」
「さっきの?」
「…名字で呼ぶってやつ」
「なんだ。じゃあ、今まで通り名前で呼べばいいってことか?」
「そのことなんだけど、私、分かったの。気安く呼ばれる気がした理由。」
「なるほど。その心は?」
「二人っきりの時は名前で呼んで。それ以外は名字がいい。」
なるほど。第三者に聞かれる状況で俺が名前を呼ぶことが軽々しく感じたってことらしい。
だが、それはまるで…。
「どう?完璧でしょ?」
「恵がそう言うなら、それでいいが…。」
「おっけー。じゃあ決まりね。噓ついたことは許したげる」
心のもやもやが晴れたような清々しい顔を俺に向けてくる。
俺は全てが解決したかのような表情を浮かべる軽井沢に思ったままの感想をぶつける。
「これ、他人にはバレないように付き合ってるカップルみたいだな」
時が止まったことを俺は体感した。
いや。詳しくは時が止まったかのように感じることをだな。
だが、それ以外の表現が見当たらないくらいには軽井沢が硬直したのだ。
「は、はああっ!?な、何言ってんの。全然そんなんじゃないし。」
硬直が解き放たれた分、軽井沢の声は大きかった。
近くを歩いてた上級生二人がこちらを振り向くには十分なくらいに。
騒ぎが大きくなる前にどうにかするしかないか。
俺は木陰から軽井沢を連れて出る。
「軽い熱中症で少し休んでたんですが、クラスから無断で出てきたのを彼女に られてしまって…。変なところを見せてしまいました。お騒がせしてすみませんでした。」
軽井沢は『彼女』というワードにビクっと反応したものの、すぐに自分の撒いた種であることを察して違和感のないように話を合わせてくれる。
他人が介入した時の切り替えの速さは流石だな。
上級生達が納得して、身を引こうとした時に、タイミング悪く、新たな声がかけられる。
「あれ、そのふてぶてしい顔は綾小路君じゃないですか?一年生のテントは向こうのはずですけど、こんな場所で何してるんですか?」
「…橘先輩。ご無沙汰してます。」
「あーっ!!なんですか。先輩に対してその態度は!!」
「へー。それってどんな態度ですか?」
「その面倒臭そうな顔と怠そうな声とふてぶてしい態度と適当な対応です!!」
思ったよりも具体的で核心をついた表現だった。
橘先輩は現代文が得意科目に違いない。
「軽井沢。この先輩、こうなると長いから。はやく向かったほうがいいぞ。」
「そ、そう?じゃあ、もう行く」
「ああ。頑張れよ。応援しとく。」
もう陰から応援することは叶わなくなったしな。
「先輩を『この』呼びするとはなんたる所業ですかー」と橘先輩が後ろで叫んでいるのを無視する。
俺は揺れながら遠ざかっていくポニーテールが人ごみに紛れて見えなくなるまで見送った。
…。
視界の隅でひょこひょこともぐら叩きのもぐらのように動く紫のお団子頭の存在感が強すぎて、それしか記憶に残らなかった。
――――――――――――――――――――――――
橘先輩から解放されて俺は自分のクラスのテントに戻ってきた。
先に遭遇していた上級生2人組が橘先輩をえらく尊敬していており、持ち上げられて鼻が高くなった橘先輩の説教はいつもより長かった。
生徒会一員としての自覚とか俺に求めないでいただきたい。
とはいえ、最後には体育祭準備期間に俺が一度も顔を出さなかったことに対して『寂しかった』と言う橘先輩は可愛くて心が揺らいだのは事実だ。
南雲も会いたがっていたという追加情報がなかったら、生徒会としての自覚が芽生えていたかもしれない。危なかった。
テントの後ろの方でひっそりと、すみっこぐらしをしていると松下がさりげなく近寄ってきた。
グラウンドの方では龍園 VS B組のエース柴田のマッチアップが行われようとしている。
皆そっちに夢中になっているようだ。
「どこ行ってたの?」
周りは聞こえない程度の声。気づかれても怪しまれない距離。
最低限の配慮もした上で話しかけてくる。
「サボりだ。集団行動は苦手なんだ」
「へえ。一人で?」
「まるで、浮気を探る彼女だな。まだ彼女の振りはしなくていいんだぞ」
「それなら、綾小路君は開き直る彼氏って感じだね。それで何話してたの?」
「別になにも。大した話はしてない」
「流石にそれは噓だよ~。私、見てたから大体察してるつもりだよ」
実際、名前で呼ぶ呼ばないの話しかしてない。
「つもりになってるだけだ。」
「またまた~。あんな取り乱す軽井沢さん、中々見れたもんじゃないよ」
「そうでもない。俺の前じゃいつもあんな感じだ。」
「ふーん。じゃ、一つだけ聞いていい?」
「なんだ?」
「軽井沢さんとどんな関係なの?」
軽井沢と俺の関係性を知っているものは少ない。
松下にそれを教えることは、'まだ'デメリットだな。
「嫉妬する彼女の演技は大したものだな」
この束縛感としつこさは中々出せるものじゃない。
来週付き合い始めた暁に、女の連絡先全部消せとか言ってこないか心配になるレベルだ。
「聞きたいのはそういうことじゃないんだけどな」
「今のは質問に対しての答えじゃない。感想だ。」
「じゃあ、答えは?」
「まあ、俺からあまり言うべきことじゃないが―」
「軽井沢は俺のことが好きなんだ」
「え?なにそれ」
予想外の答えが返ってきたことに、松下の声のトーンが下がる。
「それ、本気で言ってるの?」
「軽井沢に自覚はないようだけどな」
「綾小路君、それ知ったうえで思わせぶりな態度取ってるってこと?」
思わせぶりね…。
それは二人きりになったことだろうか。それとも、木陰から軽井沢の手を取って出てきたことだろうか。
「軽井沢から直接、好意を伝えられたわけじゃない。態度を変える方がおかしな話だろ。」
「噓でしょそれ。好意を伝えられても態度変える気がないんじゃないの?」
「まあ、そうかもしれないな」
前例を知っているからこそ松下は俺の行動を不思議がっている。
「みーちゃんのこともそうだけど、綾小路君どうするつもりなの」
「抽象的すぎて何が言いたいか計り兼ねるな」
「分かった。単刀直入に聞いてあげる。女子をキープするようなことして何が目的なの?」
言葉を選ばずにストレートに聞いてくる。
「松下は告白されたことがないんだってな。恋愛はしたことあるのか?」
「…今、それ関係ある?」
「関係あるかないかは関係ない。松下は俺の質問に答える義理があるだろ?」
松下の質問はいくつも答えてきた。そしてこれからもそうするつもりだ。
だが与えるだけの関係ではなく、ギブアンドテイクの関係でないと意味がない。
「…ないけど、それが何?」
「そうか。その上で参考までに聞かせてくれ。松下の考える恋愛観を。」
「…さっきも言ったけど、相手の好意に応える気がないのに、それを拒まないのは相手を傷つける行為なんじゃないって話」
「そうか。俺はそうは思わないけどな」
「は?どういうこと。」
「好き同士なら恋人に。それが無理なら友達、もしくはそれ以外に。好きと嫌いだけで簡単に関係が決まるのはドラマや小説の中の話だけだ。」
何もかもがうまくいく綺麗な恋愛なんてフィクションだ。
「実際は違う。感情は好きと嫌いだけじゃないし、名前をつけられない関係値だってある。どれも複雑に交わりあって、答えだって無限にある。」
好きって200種類あんねん、ってやつだ。
「好きも嫌いも理解できてない中途半端な俺が勝手にエンドロールを流すことはできない。」
「理屈は分かった。けど…。」
理屈が理解できても、道徳心がそれを強く否定する。
どれだけそれらしく理屈を並べたところで、やってることは非道徳的で非人道的なことだから。
だが、俺はその綺麗な道徳を学んでいない。
「さっき、松下は俺のやってることは傷つける行為と言ったが、傷つかない恋愛なんてないと、俺は思うがな」
恋愛経験の無い松下は俺の意見を否定できない。
判断材料が著しく欠如している。
それにまだ、俺から物理的に被害者は出ていない。
「綾小路君の考えは分かったよ。納得はできないけど」
「納得しなくていい。価値観は人それぞれだ。」
「…はあ。綾小路君の彼女役、出来る気がしなくなってきたんだけど。」
「初めてやることに、不安を覚えることは自然なことだ。なんたって"はじめて"の恋人なんだからな」
「…うざ。そこまで言うってことはあんたは恋愛経験あるわけ?」
「恋愛経験と問われると難しいな。だが、一つ言えるのは彼女はいたことがない」
実際に、恋人がやるような行為はしてきたわけだしな。
あれが恋愛と呼べるかは俺には判断できない。
「それで、よくマウントとってきたね。ほんと不安になるよ」
「分かってると思うがやるかやらないかは松下次第だ。好きにすればいい」
「…分かってる。…。はあ」
不安を吐き出す重い溜息。
もう、シナリオは決まっている。体育祭で活躍した俺に惚れた松下が告白してくるという単純明快なストーリー。
松下に与えられた二択は『DO or DIE』。選択権があっても、選択肢は実質ないも同然だ。
その時、うるさいくらいの歓声が甲高い悲鳴に変わった。
どうやら、"予期せぬ"アクシデントが起きたらしい。
生徒の合間を縫って、グラウンドが見える位置まで移動する。
そこには、苦痛で顔を歪ませ、担架で運ばれようとしている柴田に青ざめた顔で駆け寄る一之瀬がいた。
どうやら、今日が平和に終わることはなさそうだ。
――――――――――――――――――――――――
「穏やかじゃないですね」
「……。」
最初の町で敵にヒロインが殺されて、復讐を誓う主人公みたいなセリフだな。
「そこの貴方に話しかけてるんですよ。綾小路君。」
俺が次の競技に向かってる道中。
Aクラスのテントから少し離れた場所に特別に設営されたテントにいた坂柳が話しかけてくる。
このテントには今回の体育祭を欠場した選手が集められているようだ。
その中に見知った顔が一人、元気なさげに俯いていた。
「ひより。体育祭は欠席か?」
「…お久しぶりです。清隆君。少し体調が優れなくて…。ここで休ませてもらってるんです。」
落ち着いた声音で事務的な挨拶を済ませてくる。
顔をあげたひよりは、特段の病的な顔色じゃない。
身体的にというよりは、精神状態が優れないんだろう。
「ひより。大丈夫なのか?」
「…はい」
「ひよりを信じていいんだな?」
本心では俺に頼りたいはずだ。
ひよりは底抜けに優しい。それ故に、好きな相手である俺を安易に頼れない。
本人にさえ解決の糸口が見つけれていない私情の悩み事を俺に押し付けれないからだ。
だが、俺はひよりに確かに伝えている。
俺を頼って欲しい。巻き込んで欲しい。と
俺の問いは言葉足らずだったが、ひよりには確かに意図が伝わっている。
「…清隆k――」
「ひどい人ですね~。私を無視しただけじゃなく、可愛い女の子を圧迫面接するなんて」
ひよりが口を開きそうになった刹那、坂柳の綺麗な横槍が入った。
好きな女子に意地悪するのが成功した男の子のような坂柳の無邪気な笑みを見るに、このタイミングは確信犯だろう。
「人聞きが悪いな。圧迫面接なんてしていない」
「あら、ごめんなさい。誘導尋問の方でしたか」
「おい、言葉がさらに乱暴になったぞ。」
尋問てワードがもう狂気的だ。
坂柳もひどい奴だ。俺はただ、強迫観念を煽っただけだというのに。
「ふふ、言葉なんてただの飾りですよ。何でもいいではありませんか。本質は同じなのですから」
「お洒落が趣味なんだよ。ほっといてくれ」
「ふふ。でしたら、今度とびきりお洒落なアイテムをプレゼントしますよ」
「いらん。どうせ、例の伊達眼鏡だろ」
「心外です。私は同じ手を使ったりしませんよ。私の次回作に期待していてください」
某漫画雑誌で打ち切りになった作品の最後の添え書きみたいなこと言いやがって…。
「悪いな。ひより。話を遮って。」
「…いえ。清隆君と坂柳さんって仲良しだったんだね。」
「はい。私と綾小路君は幼馴染ですから」
果たして、あの幼少期の一方的な関係をはたして幼馴染と呼ぶのか。
違うとも断言できないんだよなあ。
証拠として俺の過去のことここでベラベラ話されても面倒だし。
「まあ、そんなところだ。あと、悪いな。俺はひよりの悩みを察してる。聞き出すような真似をした。」
「謝るのは私の方です。…私、隠し事が下手なんです。最初から、清隆君に隠せるなんて思ってませんでした。頼る勇気が出なくて…。ごめんなさい」
「無理もないさ。それだけ本気で悩んでたってことだ。」
他人のことでそこまで悩めるなんて羨ましいくらいだ。
「私、清隆君に甘やかされてばっかりです。このままじゃダメな子になっちゃいます」
「俺としてはひよりから甘えてきてほしいんだがな。ひよりは一人で抱え込むタイプだから心配だ」
「…分かりました。…なら、早速甘えてもいいですか?」
「ああ。大歓迎だ。」
俺がひよりのすぐ前までいくと、ひよりは俺の背中にゆっくりと手を回してくる。
「…他の女の子の匂いがします」
軽井沢の匂いだろうか。
それとも、隙あらばくっついてくるみーちゃんの匂いだろうか。
心当たりがありすぎて分からないな。
「ふふっ。冗談ですよ。」
ひよりの表情が普段のように柔らかくなった。
「ちゃんと。清隆君の匂いです。」
俺のひよりの頭を優しくなでる。
気持ち良さそうに目を細めるひよりは愛玩動物のような可愛さがあふれていた。
「それで俺はどうすればいい」
「一之瀬さんを救ってください。」
ひよりはただそう言う。
一之瀬を助ける理由も。その方法も語りはしない。
「わかった」
だから、俺も多くは語らない。
龍園が一之瀬を壊すことを止めはしないし、
壊れた一之瀬が南雲の手に落ちることも見て見ぬ振りをする。
だが、最後には俺の隣で、ひよりと一緒に一之瀬が心から笑ってられるようにしよう。
それだけは俺の心の中に誓った。
「…あの~。私のこと忘れてませんか?」
置いてきぼりにした坂柳の我慢の限界が迎えたようだ。
坂柳の内側でふつふつと怒りがたぎっているのが分かった。
プライドの高い坂柳は自分を日陰者に扱われたのが相当気に入らなかったようだ。
ここを抜け出す口実があってよかった…。
「もうすぐ、競技が始まるから俺は行く」
「頑張ってください。清隆君。あっ。これ応援するのも変ですよねっ。忘れてください」
「綾小路君。覚えておいてくださいね」
天然なひよりと単調に不吉な宣言をした坂柳の最後まで個性たっぷりの見送りを背に俺はグラウンドに向かった。
しれっと体育祭始まりましたが、
相も変わらず、綾小路君は女といちゃついてます。
や"っ"た"ね"ぇ"!