綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
「「「じゃんけーん。ぽいっ」」」
グラウンドの一角で伝統的な掛け声が響く。
少しアホっぽいそれも、女子3人が口を揃えて言えば可愛く聞こえるのだから不思議だ。
「勝った~。」
「うぅ~。チョキ出せばよかった。。」
声高々に喜ぶかや乃と握りしめた手を見つめるみーちゃん。
勝者と敗者の構図がここまで分かりやすいのも珍しい。
それにしても、ゴミ捨てを決めるじゃんけんでよくここまで一喜一憂出来るものだ。
「みーちゃんと松下が負けだな。」
俺は淡々と結果を告げる。
しかし、みーちゃんはもう負けを受け入れたが、もう一人の敗者である松下はまだ不満そうだ。
「…綾小路君。ちゃんと掛け声言った?」
「それは無理があるだろ。後出ししたわけじゃない」
俺の記憶が正しければじゃんけんに『UNO』って言わなかったらペナルティみたいなルールは存在しないはずだ。
それに、君たちに混ざって掛け声を言うっていう行為は、俺にとって相当ハードル高いってことを是非とも理解していただきたい。
具体的に言えば、それはウォールマリアくらい高い。
当然だが、その断崖絶壁を超えることは出来ないし、もし破ろうとすれば…。いや、ここまでにしておこう。
この秘密は、ヴォルデモート名前くらい機密度が高い話になる。
「じゃあ、レディファーストって知ってる?」
「とんでもない後出しだな。おい」
そもそも、レディファーストなんて、男が女に格好つけるための文化だろう。俺には無縁だ。
それに、俺はどっちかと言えば『男の三歩後ろを歩かれへん女は背中刺されて死んだらええ』に肯定派の人間だ。
男尊女卑の思想を信仰するわけじゃなく、格好つけたがりの醜い男のプライドを表現したような台詞が男臭くて好きって理由なだけだが。
「さっきの実は漢気じゃんけんだったんだよね」
松下は安西先生もにっこりの諦めの悪さで、違う角度から攻め立ててくる。
「その場合、俺と一緒にじゃんけんに勝ったかや乃も巻き込む形になるがいいのか?」
「…かや乃ちゃんは女の子だからその限りではありません」
おいおい。社会における男性の立場ってこんなにも弱くなってたのかよ。
前言撤回。男尊女卑万歳。男女平等糞食らえ。
「社会の男性代表としてその理不尽に屈するわけにはいかないな」
「フェミニスト代表として私も退くわけにはいかない」
「…松下。悪いことは言わない。戻ってこい。今ならまだ引き返せる。」
フェミニズムが暴走すれば、その行く末はSNS炎上だけだ。
「千秋ちゃん。もう諦めよう?私、これくらいなら余裕だよっ」
「…。綾小路君、これ見て何も思わない?」
4人分の空の弁当箱を抱えるみーちゃん強がるように宣言する。
小さい体には少しばかり嵩張る量だ。歩き出した直後にすってんころりんして、大惨事になる姿は容易に想像できる。
当然、助けてやりたい庇護欲に駆り立てられる光景だ。
だが…
「それだと、じゃんけんした意味がなくなる」
「それ、ほんとに必要?」
思わずはっとなりそうな視点だ。今までの当たり前が前提からひっくり返されるような感覚に陥る。
困っているみーちゃんを前にすれば、勝ちも負けも全てが無に帰るという理論。
いつだって時代を切り開くのは突飛な発想だ。これはその類かもしれない
もう新時代の幕開けはすぐそこまできていたということか。
「いや、世紀末の発想だろ。それは。」
「えぇ…。まだ、分かってくれないの?」
「電子機器を受け入れられないアナログ信者のおじいちゃんを見た時みたいな反応をするな」
肩を大きく落として落胆する素振りを見せる松下。
ここまで話してようやく松下が何をしたいかが見えてくる。
結局松下は困っているみーちゃんを助ける俺という構図を作りたいだけだ。
その為に、時には思想を盾に、時には暴論を振りかざした。
その状況作るために暗中模索する松下は少し面白い。これまでになかった変化だ。
「じゃあ私が千秋ちゃん達の荷物持ってくよ。それならみーちゃんの負担も減るでしょ?」
「え、いいの?かや乃ちゃんっ。ありがとう!!助かる~」
「本当に気にしないで。ついでだし。」
俺達の前に進まないやり取りを見ていられなくなったかや乃が助け舟を出す。
松下が持っていたのは、みーちゃんと松下本人の手荷物とペットボトル四本。
その内、手荷物をかや乃が預かったことにより、余裕ができたは松下はみーちゃんから半分、空の弁当箱を受け取った。
「やっぱりかや乃ちゃんは優しいなぁ〜。どこかの誰かと違って」
「悪いが優しさの安売りはしてないんだ。じゃんけんに負けた宿命ってやつを受け入れてくれ」
心臓から溢れ出した声で俺は皮肉を受け流す。
「まあまあ、千秋ちゃん。綾小路君だって優しいところはあるから…。こういう勝負事には忠実なだけで…ね?」
かや乃に『そうだよねっ?』みたいなアイコンタクトを向けられても、反応に困るな。
俺はただ、松下の思惑に乗らずに泳がせて楽しんでるだけだから。
「…もしかして。ふたり、喧嘩でもした?」
「元から仲良くないよ。いこっ。みーちゃん」
「えっ。ええっ…。」
引き連れられていくみーちゃんから、心配の目を向けられたので、何も問題はない事をアイコンタクトで伝えておく。
みーちゃんにどれほどの安心を与えられたのかは微妙ところだな。
例えるなら、俺とみーちゃんは今、ベジータとブルマのような関係に近い。
お互いを深く理解できているわけではないが、言葉にはできない何かで確実に繋がっている。そんな関係だ。
一方、松下と俺の関係は、ヤムチャとベジータくらいのもんだ。
そう、もはやほぼ他人。もしくは兄弟。
お世辞にも親密な関係とは言えないが、お互いに思うことはある。そんな関係だろう。
「もうっ。綾小路君。千秋ちゃんと仲良くしてよ〜。」
「仲が悪いわけでもないんだけどな。それより、半分持とうか?」
「な、なんでその優しさを千秋ちゃんに向けられないかなぁ…」
優しさじゃなく、3人分の手荷物を持っている女子の隣に立つのが気まずいだけだ。
「でも、全然重くないから気にしないで。それにこれ、免罪符みたいなもんだし」
「…かや乃にしては難しい言葉を使うんだな。」
「ナチュラルに馬鹿にしたっ!?」
「で、どこでそんな言葉を覚えてきたんだ?」
「昨日、アニメで…。。…はっ!!」
慌てて手で口を塞ごうとするが時すでに遅し。
もう既に情報は漏れているから、その行為はただかわいいだけだ。
それにしても、最近のアニメは馬鹿にならない。
業界をテーマにしたものから、文学をテーマにしたものまで多種多様。そこに、ファンタジーな世界観を組み合わせるものだからもう何でもありだ。
芥川龍之介も羅生門が技名になるとは夢にも思っていなかっただろう。
現代の子供の柔軟でクリエイティブな思考能力は案外ここで培われているのだろう。
ホワイトルームの子供たちにも是非教えてやりたいものだ。
「アニメやドラマはもう立派な教材だな」
「そ、そうだよね。悪くないよねっ」
「使い方がちゃんとしてればな。確認のために聞くが、どういう意味で使ったんだ?」
かや乃には意味が分かってないのに、ビジネス用語でスカスカな会話をするサラリーマンにはなって欲しくないからな。
俺はNDAベースの観点から、コンサバなインタラクティブを早急にローンチする。
「…優しいとかじゃくて、綾小路君と二人で話したかっただけだから」
照れ臭そうに頬をかいて、はにかむように笑う。
「…あはは。使い方あってるかな?」
「打算の上にも優しさは成り立つ。少なくともそれに罪悪感を覚えられるなら、それは本当の優しさなんじゃないか?」
「私、どんどんズルくなってる…。今も多分、罪悪感が軽くなるような言葉を無意識に綾小路君に求めてた。」
「なら、それは俺が背負う責任だ」
俺は油断しているかや乃から、手荷物を引き抜く。
「自分はズルいです、だなんて馬鹿正直に話す奴がズルいわけがないだろう」
将来、みーちゃんに万病に効能を発揮する怪しい水素水を売りつけられても、迷わず買ってしまうくらいかや乃はピュアだ。
いや、みーちゃんに薦められたら俺も買ってしまうかもしれないな…。水素の音にも興味があるし。
「それに、もしかや乃がずるいなら俺はもっとずるいことになるだろう。」
人間誰しもズルい。それは程度の問題だ。かや乃のズルなんて俺からすれば小学生の可愛い悪戯のようなもの。
俺はもう墓場まで持って行かなきゃならないような狡猾な手段をいくつも選んできている。
「…それって、あの話だよね。」
「ああ。それを話すためにわざわざ二人きりになったんだろう?」
罰ゲームのじゃんけんを提案したのはかや乃だ。
そのじゃんけんで、かや乃は俺と同じ手を出すように打診してきた。
負けても買っても、俺と二人きりという状況を作るために。
「…綾小路君の言ってた通りだった」
「と言うと?」
「『可愛い後輩に頼りにされて嫌がる先輩はいない』の意味がよく分かったよ」
「貴重な感想だが、俺が欲しいのは結果で経過報告じゃない」
「うん。知ってる。だから、今から行ってくるよ。もう時間は無いから。」
かや乃は覚悟を決めたようだ。
なら、それに対する返答は生半可な心配や思わせぶりな期待ではない。
「約束は守る」
簡潔に報酬を提示するだけだ。
「まあ、任せてよ…私、ズルい女だからさ。」
去り際にまた同じ言葉を言う。まるで、自分に言い聞かせるように。
かや乃の瞳の内側でたぎる炎を見て確信した。
かや乃は自分の欲しい物のためなら、噓も罪も薪に出来る。
それは欲張りで我儘なかや乃によく似合う強欲の罪だ。
推薦種目の男女合同二人三脚に俺の名前はない。
それは坂柳の戦略ではなく、俺の皮算用があるからだ。
二人三脚のパートナーの権利を餌にして、かや乃と一つ約束を結んだ。
それはかや乃にとって、あの青春の再現ができる唯一無二の方法だ。
あの日、俺によって『満たされる』ことを知ったかや乃は、今、干からびるほど乾いていた。
その渇きは貪欲な力となる。
もう既に、俺の皮算用は利確されている。
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割れんばかりの拍手と響き渡る歓声が聞こえる。
それは特定の誰かに向けられたものじゃない。
物語の展開が変わった音だ。
「中々面白い台本だったよ」
「役者がいてこその舞台です。所詮、作家なんて裏方仕事ですから」
「作家に代役は立てられない。これは誉め言葉だ。素直に受け取れ」
「鬼龍院先輩らしくない言葉ですね。」
「気分がいい。リップサービスくらいするさ」
次の競技の借り物競争の待機列にいる俺に投げキッスをしてくる。
キザな振る舞いもこの先輩がすれば、上品で気品高く見えるのだから、この世の中は平等じゃない。
「鬼龍院先輩。まわりに人がいるんですが」
「私は気にならないが仕方ない。可愛い後輩の頼みだ。聞き入れるとしよう」
『可愛い後輩』部分をわざとらしく強調して言う。
鬼龍院先輩は俺があの屋上で朝比奈先輩から、2年生のとある情報を得ていることも知っている。
この人なら、それだけで結果から逆算して俺の筋書きを見抜けるだろう。
「なら、その可愛い後輩への褒美。期待していいですか?」
「む。さっきのリップサービスだけじゃ足りなかったのか?一応、初めてだったんだが。」
「箱入りのお姫様でもそんな純情じゃないですよ。あれを初めてにカウントしないでください」
リップサービスの意味を完全にはき違えている。
「ふふ。なに。ささやかな冗談じゃないか。」
「先輩の冗談は冗談に聞こえませんから」
「何の変哲もない顔で突拍子もない冗談を言う君に言われるとはね。因果なものだ。」
冗談が似合わないのはお互い様だったか。
「さて、そろそろ食後の運動と行こうか」
目の前で体を伸ばして、気軽に吐き捨てる。
柔軟性の高さが手に取るように伝わってくる。
「念のため伝えときますが、ここから先に台本はありませんから」
「くどいな。私が信用できないか?」
‥まあ、はっきり言えばそうだ。
俺は学校が評価したステータスなんかで人を信用しない。
例え、鬼龍院先輩の能力値が他の生徒より頭2.3個飛び出ていようと関係ない話だ。
「心配そうな顔をするな。」
「アドリブ力こそが役者の真髄だろう?」
腕の見せ所だと言わんばかり、腕を回す男らしい仕草をしながら去っていく。
去り際まで、まるで漫画の主人公だ。
…カッコつけすぎだろ。あの先輩。
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昨今、中国の超監視社会がニュースに取り上げられることが増えてきた。
法的義務での規制や監視システムの充実した環境。
それは広大な国土面積に済む14億人の国民を1秒で特定できる程だ。
だが、規模の大小を抜きにして考えれば、ホワイトルームの方が監視能力が遥かに高い。
あらゆる角度にある監視の目が、モニター対象の一挙手一投足を補足する。
1秒だって、特定されていない時間はなかった。
だから、すぐに気付いた。
水泳部に入部したあの日から、監視されるような妙な空間に。
「かや乃。水泳部の調子はどうだ?」
「…綾小路君。まだ辞めてから2日しかたってないじゃん。」
「そう言われるとそうだな。」
「まあでも、大会終わってお疲れモードって感じではあるかな。あ、あと部の皆で綾小路君の歓迎会兼お別れ会しないかって話あったよ」
「誕生日とクリスマスを一緒に祝うみたいなノリで開催していいやつじゃないだろ、それ…」
「あ、今、露骨に嫌な顔したね。予想通りだよ。」
「まあ、俺はお世辞にも先輩に好かれるタイプじゃないからな。憂鬱な気分にも…。…予想通り?」
かや乃はしたり顔で追加で補足する。
「綾小路君は生徒会で忙しいって言ってやんわり断っておいたよ」
「だから、最初から過去形だったわけか。」
「そゆこと。お礼は何してもらおっかな~」
「恩着せがましいな。俺は頼んでない」
「よし、決めたっ。今月一回でいいから、部活に遊びに来てよ。」
話は強引に進んでいく。素でニコニコと笑いながら話を進めるかや乃を止める術はない。
今月か。それなら都合がいい。
「仕方ない。ならさっそく今週末に遊びに行く。」
「え?ほんとっ!?」
「ああ。約束しよう。」
「もう、言質取ったからね。寂しかったから嬉しいよ~」
楽しみにしているかや乃を尻目に俺は心の中で手を合わせる。
すまん。俺が水泳部に行くの生徒会の雑務で部費の経費を計算する必要があるからなんだ。
「私がこんなに寂しがってること今までなかったからかな。先輩達が優しいんだ~」
「そうか。俺ももう少し寂しそうにしてれば、先輩達に可愛がられる余地があったのかもな」
「え?ぷうっ。あはは。無理だよ~。綾小路君。寂しがることなんてないでしょ。」
「おいおい。笑いすぎだろ。」
吹き出して馬鹿笑い。そんな表現がばっちり当てはまる爆笑っぷりだった。
「じゃあさ、この学校に入った直後、ホームシックになったりした?」
「…それだけはないな」
「でしょ?私の周りはなっている人がほとんどだったよ~。」
確かに入学当初は、無駄に部屋に集まったりする機会が多かった。あれは寂しさを紛らわすためだったのかもな。
「私の見立てだと、綾小路君は一人でも1ヵ月くらい無人島生活余裕でできるくらいにはメンタルが強いとみたね」
「…この話はなかったことにしよう。」
少しリアリティのある例えだ。
正直、あの夏の無人島試験も一人のほうが遥かに気が楽だっただろう。
寂寞なんて感情は、デメリットしかない。俺からは既に取り除かれた機能だろう。
「だが優しくしてもらえてるのは、かや乃が愛されてるからじゃないのか?」
「あはは。それも、綾小路君に似合わない言葉だね。」
「ほっといてくれ」
「でも、あながち間違ってないんだよね~。昨日なんか『これからは私がずっと側にいるから』なんて言われちゃった。愛の告白みたいな台詞だよね。反応に困っちゃったよ~」
「…もしかして、スキンシップも増えたんじゃないか?」
「そうなんだよね~。柔軟体操に長々と付き合ってくれたりする子もいたかな~。あ、でも、女の子同士だから問題ないんだけどね」
冗談を交えながら、情報を引き出すように話をした甲斐はあった。
妙な空間の謎を解き明かしたのは、これが後に武器になると分かっていたからだ。
俺は約束通り、週末プールに制服姿で顔を出した。
拗ねたかや乃に大量の水をかけられ、制服がずぶ濡れになったことは言うまでもない。
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南雲が2年生全体を支配していると言えば聞こえはいい。
だがそれは、個人の情報を把握しているわけでもないし、行動を管理してるわけでもない。
南雲には退学させてきた実績と手段がある。
ただ、それを利用して上から抑圧しているだけ。
それで、全てを牛耳る王様を演じるのには無理がある。
南雲の独裁国家の基盤は崩れている。
最後、無様に責任を取って失脚するまで、しっかり王様をやってもらいたいものだ。
「今年の2年は大荒れだな」
「もしかして、さえちゃん調子に乗ってる?…一年Dクラスが現状学年一位なんて大荒れどころじゃ済まないんだから。色んな偶然が重なったとはいえ天変地異だよ。天変地異。」
「おっと。全然そんなつもりはなかったんだがな。それにしても、独り言に反応するなんて随分神経質になってるんじゃないか?」
「ぷっちーん。もうキレたから。さえちゃんが初めてお酒飲んで酔いつぶれた時の動画を拡散してやるっ!!」
涙目になって、おもむろに携帯を取り出す星之宮先生。
それを見て、慌てだす茶柱先生。
真横でそんなことが起こっているのに我関せずの真嶋先生。
ほんとに、この学校の教師はどうなっているんだ。
「戦っているのは、先生達ではなくて生徒ですよ。落ち着いてください」
2人に冷や水をぶっかけるように正論を浴びせる。
「綾小路は随分大人びたことを言う。高校生とは思えなかった」
無言だった真嶋先生が驚いたように口を開く。
「それを言うなら、俺には目の前のお二方がいい歳した大人だとはとても思えません」
「ふっ。それもそうか。だが、こんなのは日常茶飯事だ。」
「綾小路君。子供心を忘れた大人って笑う事が減るのよ?その点、君ってあまり笑わないじゃない?大丈夫?」
「今、盛大に嗤ってましたよ」
「…ふふふ。言うじゃない。」
俺の言葉の意味を理解して、静かに闘志を燃やす星之宮先生から、ゆっくりと距離を取った茶柱先生がコホンと大きく一つ咳払いする。
「綾小路。今は競技中のはずだ。認められるだけの用件なんだらうな?」
「探し物に来たんです」
「あっ!!わかったっ!綾小路君もさえちゃんの動画が欲しっ…」
星之宮先生の口は茶柱先生の手でばっちり防がれる。
なんなら勢い余ってバチンといい音が鳴った。
「もう一度聞く。ここに何の用だ。」
「これを探しているんです」
もう、遠回しの表現を場に混乱を招くだけだろう。
俺は一枚の紙きれを2人に見せる。
『身につけている黒いファッションアイテム』
「最近の借り物競争は色まで指定くるのか。協力してやりたいとこだが…」
「さえちゃん。首からかけてるそれじゃダメなの?」
茶柱先生の首からかかっているのは黒色のホイッスルだ。
「いや、流石にこれを渡すのは…」
「もしかして、綾小路君がそれを吹いちゃうんじゃないかって心配してる?もし、そうなったら教師と生徒の立場が危ぶまれちゃうかもね~。」
ニヤニヤといやらしく笑いながらとんでもないこと言い出す人だ。
茶柱先生にはたかれて、口周りが少し赤く腫れているのに問答無用に爆弾的発言。反省する気ないなこの人。
「…綾小路。その可能性が捨てきれない以上貸し出すわけにはいかない。悪いが他をあたってくれ」
「茶柱先生まで何を言い出すんですか。そもそも、それがファッションアイテムとして認められるかすら不確定ですよ。借りる気はありません」
「「たしかに」」
二人で口をそろえてその事実に気付たようだ。この人達、息ピッタリすぎる。
ゲストとして二人三脚とか出てみてはどうだろうか。
それと性犯罪者のような扱いを受けるのは流石に心外だ。池や山内じゃあるまいし。…おっと。これは禁句だった。
「あっ!!」
星之宮先生が名案を閃いたように手をたたく。
その顔つきはスティーブ・ジョブズくらい堂々としている。
雰囲気が一変した星之宮先生に生唾を飲み込むくらいの緊張感で耳を傾けた。
「さえちゃん。今日の下着黒だったよね。」
場が凍るというのはこのことだろう。
次世代のヒエヒエの実の継承者は彼女かもしれない。
「…ちえ。それがどうした」
「え、だから、それをー」
「ん?」
「ひえっ。」
星之宮先生から情けない声が出た。
最強格と謳われるロギア系もこの覇気を前にすれば無力だ。
「…おい、綾小路。どこを見ている。」
「茶柱先生。クラスが今、一丸となって勝利を目指してるんです。手を貸していただけませんか。」
「お前は今、私に言っていることを理解しているのか?」
「押し問答は無用です。今は一刻を争う競技の最中ですから。早急な決断を。」
「…分かっていないようだから、分かりやすく聞いてやる」
「お前はここで私に脱げと言っているのか?」
決定的な茶柱先生の問いに俺は濁して返答する。
「勝利のためなら手段は選びません。これは茶柱先生から学んだことです」
茶柱先生には俺を利用しようとしたツケは自分に存分に帰ってくるということを身に染みてもらう必要がある。
「…本気なんだな」
「ええ。最初から」
「負けたら承知しないぞ。」
「負けませんよ」
「…30秒だけ待ってろ。」
流石にここで着替えるわけにはいかない。
茶柱先生は教師ブースの後ろに設営されてある医療ブースのテントに駆け込んでいった。
流石の展開にあの騒がしい星之宮先生すら口をあけて絶句している。
「真嶋先生。腕時計を貸していただけませんか」
この展開に驚いていた真嶋先生はそれを上書きするように驚く。
今は外しているが、体育祭が始まる前に黒の腕時計をつけていたことを俺は知っている。
「大した観察眼だ。だが綾小路。さっきのは命知らずにもほどがある行為だ」
「流石の私も同感。」
「案外そうでもないんです」
「?」
理解できていない星之宮先生をよそに、真嶋先生はあっさりとポケットから腕時計を取り出して俺に渡してくれる。
「ありがとうございます。では、ご武運を。」
軽くお礼を言って俺は逃げるように駆け出す。
だが、実際は俺が逃げる必要はない。
茶柱先生は俺にヘイトを向けられないのだから。
この体育祭で疑いようのない結果を残している俺を責めるということは、俺の協力が今後損なわれる恐れを秘めている…。
となれば、事の発端である星之宮先生にヘイトが向くことは間違いない。R.I.P 星之宮先生。
俺が無事に一位でゴールしたと同時に、グラウンドの一角では蛙の鳴き声のような声が響いていたと言う。
グラウンドの一角で始まり、一角で終わる。そんな回でした。
かや乃の活躍も鬼龍院先輩の活躍も南雲の失脚も細かく描写していませんが、そこらへんは
次とその次とその次と で引いてきた線が繋げられればと思います。
新刊の新キャラの森下は体育祭が終わって落ち着いたタイミングで出せればなと思います。
新刊の無邪気な感じのみーちゃんやっぱりかわいかった。
あとは、個人的に逆にあそこまでデレきった軽井沢は可愛いよりも面倒な女ってのが先行しちゃう。軽井沢の魅力はツンデレにある