綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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#4……だって……綾小路……腕がぁ!!!!!!

部活動説明会が行われる体育館に櫛田とやってくると、そこは既に100人程の新一年生が待機していた。

俺たちは少し集団から離れた後ろに2人で立つ。

まだ、開始所定の時刻までは5分程度ある。

 

それにしても櫛田の人気は凄まじいな。

一緒に居るだけで男子の恨みの籠った視線が度々飛んでくるし、通り過ぎる女子生徒は櫛田に声をかけてくる。

そして、その度に櫛田は俺の紹介をしてくれる。″クラスメイト″であることを強調して。

まあ、それは俺にしても有難いアピールなのだが…。

 

「櫛田は部活動に入る予定はあるのか?」

「えー。多分入らないかな。綾小路くんは?」

「俺はまだ入るとも入らないとも決めてないな」

「ふぅん。でも、運動は得意って言ってたよね?」

櫛田は俺が自己紹介でさりげなく話したことを覚えていたらしい。

 

「運動は得意と言ったが、シンプルに身体能力を問われるものだけで、実はスポーツはほとんどやった事ないんだ」

「あ、そうなんだ。珍しいね。そういう人は中学の時とか部活やってそうなのに」

「ああ、小中学生の頃は家が厳しくてな。部活どころじゃなかった」

「まあ、それはそれぞれ色々抱えてるものもあるだろうし仕方ないよ」

 

軽井沢と同じように、深くは追求してこない。

恐らくだが、家庭の事情にまで首を突っ込むのは友達同士のコミュニケーションの上であまり褒められた事じゃないんだろう。これは言い訳として有効的だな。

 

「1年生のみなさん。お待たせしました。これより、部活動説明会を始めます。私はこの司会を務める、生徒会書記の橘と申します。よろしくお願いします」

 

橘先輩の司会と共に部活動の紹介は始まった。

次々に部活動が紹介されていく。

 

「色んな部活があるね〜。めぼしいのあった?」

「いや、どれも難しそうだな。個人的な希望だが、練習時間が長いのとチームワークが必要な競技は避けたいところだ。」

「ふーん。どうして?」

深く問われることは無いと思って、情報量を足したが蛇足だったな。

どうしてと問われても答えずらい。仕方なく俺はそれっぽく答える。

 

「どのスポーツも初めてのものばかりだ。足を引っ張るのは申し訳ないだろ?」

「なるほどね。綾小路くんらしいかもね」

途端に興味を無くしてしまったかのように櫛田は言う。

 

綾小路くんらしい、か。

櫛田が言う俺らしいとはなんだろう。

彼女の方を見ると、あたかも何も無かったような表情で前を見ていた。

その横顔には今の俺の発言を表面通り受け取っていないと書いているようだった。、

 

俺はここで櫛田に対して、少し踏み込むことにした。

「今の言葉、嘘っぽかったか?」

「え?」

櫛田は驚いたような声をあげてこちらに振り向く。

 

「櫛田が言う俺らしいとはそういう事なんだろう?」

櫛田は少し考える素振りを見せて、いつもと変わらない笑顔で言う。

 

「そうだね。私が話す綾小路くんは話す度に変わってて、どれが本当の綾小路くんか分からなくなるよ。だから、繕うように感じたのはほんとかな。」

 

櫛田は正面からそんな風に言う。

だいぶオブラートに包んでいたが、普段の櫛田なら言いそうにないことだ。

 

俺の表情は変わらず、櫛田のいつもの優しい笑みも揺るがない。

この喧騒の中、俺たちの話を聞き取れる範囲には誰もいない。

 

「なるほどな。端的に言えばいい人ぶってるように見えるってことか?」

「…まあ、簡単に言えばそういうことになるかもね。」

だが、俺のこのコミュニケーションスキルの殆どは櫛田から得た物。それはつまり…

 

「櫛田は違うのか?」

この質問で俺が言いたいことは櫛田に伝わっただろうか。

 

「なるほどね。お互いに感じることは一緒か」

櫛田は俺が否定も肯定もしないことを見て言葉を続ける。

 

「大丈夫だよ。他の人は何も気付かない。私だけ。同類の私だけ。綾小路くんが同類だなんて最初に話した時は思わなかったよ。でも、これで1つだけ気持ちに整理がついたよ」

「どういうことだ?」

櫛田はいつもの笑顔を崩さないまま言い放つ。

 

「綾小路くんと話してるとモヤモヤしてたんだ。ずっと。これって同族嫌悪って奴なんだって今、気付いた。」

「同類相憐れむや類は友を呼ぶって言葉もあるぞ」

「あはは。そういうとこだよ」

 

それっきり、櫛田は口を閉じた。

同族か。櫛田が辿りついたそれはひとつの正解なのかもしれない。

けど、それもまだ、今の俺と櫛田との関係を言葉にしただけに過ぎない。

 

俺も櫛田もまだ闇がある。それだけは確かだった。

 

部活紹介も終わり、一人の男が壇上に立った。

異様に騒がしかった生徒達も、無言で見下ろすその男が張り詰めた、そして、静かな空気に少しずつ変えていく。

 

「私は生徒会長を務めている堀北学と言います」

 

その発言でさっきまで笑顔を崩さなかった櫛田の表情が僅かに動揺を表したのを横目で感じ取る。

これもまた、俺以外が見ても気付かない程度の変化なのだろう。

 

「生徒会もまた、上級生の卒業に伴い、1年生の立候補者を募っています。もし、立候補者がいるのであれば、部活動への所属は避けていただくようにお願いします。原則、生徒会と部活の掛け持ちは受け付けていません。」

 

なるほど。生徒会と部活動を両立することは厳しいようだ。原則次第ではあるが。

 

「私達は甘い考えによる立候補を望まない。そのような人間は当選はおろか、学校に汚点を残すことになるだろう。我が校の生徒会は学校の規律を変えるだけの権利と使命が期待されている。その事を理解できる者のみ歓迎しよう」

 

高圧的な物言いで、それだけ吐き捨て、生徒会長は舞台をおりた。

この場にいる1年生全員が一言も発することが出来ずに固まっている中、体育館の入口近くで動く影を俺は目の端で捉えた。

 

堀北??あいつ、部活動には興味が無いと行っていたのにな。

そういえば生徒会長も堀北だったか…。これが偶然だとは考えにくいな。

 

橘先輩による司会で、張り詰めた場がゆっくりと絆されて行く。

橘先輩によると、この後より部活の入部申請が可能なようだ。そしてそれは4月いっぱいまでは可能と。

 

まだ何も決められていない俺はこの場を後にする選択をする。

 

「櫛田はまだ残るのか?」

いつもの笑顔のまま固まった櫛田に声をかける。

 

「うん。もう少しだけ残ろうかな」

「分かった。俺は帰ることにする。また明日な」

「うん。またね。綾小路くん。」

 

そういって櫛田とも別れ、帰路に着く。

櫛田とは今後もいろいろありそうだ。そう思うだけの出来事があった日だった。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

3日目の朝。

朝、登校すると、堀北は既に席に着いていた。

 

俺は教室に入って、平田や櫛田にみーちゃん・松下と顔馴染みに挨拶する。

話に聞くと、かやのはもう水泳部に入部して朝練に励んでいるらしい。アクティブすぎる…。

 

「おはよう。堀北。」

流れで挨拶するが、見事なまでにスルーされる。

「おはよう。堀北」

先程より大きいボリュームで声をかけると、挨拶よりも先に溜息で返される。

 

「何?何か用?」

読んでいた本を閉じて、恨みがましい目でこちら見る。

 

「いや、挨拶しただけだ。いいだろ挨拶くらい」

「もう、話しかけてこないで。」

ピシャリと言い放ち、読書を再開しようとするがそうはさせない。

 

「昨日、あのまま帰ったのか?」

 

堀北は少し眉を顰めたが、こちらを向いて何か返す気はないようだ。

俺の確信めいた物言いで何かを知っていることを堀北は察したのだろう。

なら、こちらはそれよりも威力のあるカードを切るしかない。

 

「なぁ、お前って兄弟とかいるか?」

 

堀北はこめかみに手を当て、イライラを繕う事をしなかった。

クラスで堀北は孤立している。いや、本人が望んでそうなっているのだが。だから、もし、俺と同じ考えに至ってもわざわざ堀北にそれを聞くのは、腐れ縁の俺くらいのものだった。

 

「俺の予想なら、お前に兄弟はいて、この学校の生徒会長こそが兄だと思うんだがな」

堀北は俺の方を向く。

 

「苗字が同じというだけで、それを言っているのなら、浅はか極まりないわね。」

「ふーん。なら違うのか」

「どう考えてもらっても構わない。それで、話はそれだけ?」

 

堀北は否定も肯定もしない。

ただ、はやく話を切り上げようとしている。それだけは確か。

 

「堀北が答えてくれないなら、俺は直接会長の方に確認することにする。時間を取らせて悪かったな」

俺は堀北の要望通り話を切り上げて前を向く。

 

「ちょっと待って」

堀北はそれを認めなかった。

それ即ち、兄に堀北の存在を他者から知らされることが嫌だと言ってるも同義。

俺はその収穫に満足を噛み締める。

 

そして、意趣返しと言わんばかりに堀北の抵抗には無視する。

視線を窓の外に逃がし、運動部は元気だなーなんて思う。

…ってかや乃は水泳部だよな?なんでグラウンドでラダートレーニングしてるんだ…。

 

「ちょっと聞いてる?」

「ねぇ、」

 

無視し続けていると、机の上に置いていた右手に痛みが駆け抜ける。

 

「いっっっ」

 

俺は突如の痛覚に声を上げる。本当に痛い時って、『いっっ』で止まって『た』は出てこないんだなと思った。

って、それは問題じゃなかった。

 

「おい、やっていい事と悪いことがあるだろ。コンパスは洒落にならない」

俺は無視をやめて、堀北に詰め寄る。

 

「何を言っているの?私がやった証拠なんてないでしょう?」

「その発言が犯人の証言そのものなんだよ。しかもお前の手には犯行に使われた凶器がばっちり握られているが?」

堀北はコンパスの針の先端をティッシュで手入れしていた。

 

「煩いわね。貴方が私を無視して独断で余計なことをしようとするからでしょう?」

「もし、それが犯行の動機なら、今度お前に無視された時、俺はホッチキスを口の中に入れてとめるが問題ないな?」

 

最初に無視を決め込んだの堀北だ。それを指摘してしまえば論理の優位性はこちらにある。

 

「貴方なら、本当にやりそうね…。分かったわ。此方にも非があったことは認めるわ。悪かったわね」

やる訳ないだろう。どう見えてんだ俺は。体重だって60kgはある。

 

「むしろ、そっちにしか非がないけどな。まあ、その謝罪でこの右腕に空いた穴は許してやる」

「上からの物言いに腹が立つわね。貫通させとけばよかったかしら。」

「おい、聞こえてるぞ。」

実際、本気で刺したわけじゃなかったのが唯一許せた点だな。

 

堀北は悪びれる素振りも無く、本題に入る。

 

「それで、さっきの話だけれど」

「ああ、それならもういい。お前の態度で十分伝わった。生徒会長には何も聞かない。これでいいだろ?」

俺が嘘を言っているようには見えなかったのか、堀北は満足して引いた。

 

「そう。ならいいわ。あと、その話はもうしないで」

そう言って読書に戻って行った。

 

この右腕の穴を代償に堀北は俺を無視できないという誓約を取り付けた。

念の為ホッチキスも常備しておこう。

 

右腕は少しヒリヒリして、少し血が出ているが全く気にならなかった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

3日目の朝は流血沙汰があったにしろ、そこからは穏やかな日々が流れ、1週間が経った。

 

その間に椎名と本の感想会をしたり、椎名に新しい本を貸し付けられたりとかしたが、それくらいだった。

椎名といた時間が比較的多かったのもありゆっくりと時間は流れ、ポイントの方も十分節約できていた。

本は購入せず、椎名と図書室から借りるため無料。なんてエコな趣味なんだろう。

 

だが、今日の朝は何処か違った。

 

池や山内、須藤を含めた男子連中が教室でいつも以上に騒いでいる。

いつも遅刻ギリギリで来るのに今日は早いようだ。

ちなみに俺はこの3人から避けられてる感じがする。

クラスで話せる男子は平田大先生くらいだ。

 

「今日はいっそう騒がしいわね。」

いつもと同じように15分前に教室に来た堀北はそんな風に零した。

 

「ああ、今日の体育は水泳だろ?それで騒いでるようだ」

「心底くだらない連中ね」

堀北は蔑む様な目で遠巻きにその男子群を見る。

 

「綾小路〜!ちょっと来てくれー」

俺は池に呼ばれる。まあ、行かない訳にはいかなそうだ

堀北は再度くだらないと吐き捨てて席で読書を始めた。

 

俺は仕方なく、池の方に向かった。

 

「なんだ?」

「実は今、女子の胸の大きさで賭けをしてるんだけど参加しないか?1口1000ptだ。」

博士と呼ばれた生徒はタブレットを取りだしExcelを開く。

クラスの女子がオッズ付きに並んでいる。高そうなタブレットだ。

 

「悪いな。参加したいのは山々だが、今、持ち前のポイントが無いんだ。今回は参加しないでおく。」

「お前どれだけ使ったんだよー」と口々に言われる。

 

これに参加するのは自らネザーのマグマに飛び込むようなものだ。

今までの全てを全ロスしたら、取り戻すのにどれだけの時間が必要だと思ってる。

 

断りを入れて、謎に結託力のある男子の輪から半ば強引に抜け出した。

 

「何を企んでいたの?」

 

堀北がそう話しかけてくる。

あの流血事件から堀北に毎日話しかけていた甲斐があってか、堀北の中で俺と会話するハードルはだいぶ下がったようだ。

極たまに堀北からも話しかけてくる。その頻度を例えるなら、5%の確率で秘密道具ではなく自分の腰に備えた秘密兵器をボロンするドラえもんくらいの確率だ。

 

「世の中には知らない方がいいこともある」

「そう」

 

堀北は深く追求することは無かった。

とはいえ、すぐに知ることになるだろう。

今教室にいる女子はあの連中を汚物を見るような目で見ている。広がるのも時間の問題だ。

 

ちなみに堀北に賭けている生徒は一人もいなかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

男子待望の水泳の時間が始まった。

 

着替えの早い男子はプールにいち早く陣取り、水着姿の女子が出てくるのを鼻息荒く待っている。

さすがの平田先生も苦笑いを浮かべていた。

クラスのまとめ役も大変そうだなー。遠巻きに見てそう思う。

 

オッズ表では上位にいた長谷部や佐倉だけでなく結構多数の女子が見学にいる。

 

それに気付いた池一同はみっともなく喚き散らしているが、それも水着姿の女子一同が出てきて嘘のように静かになっていく。

想像していただけでは得られない生々しさが目の前に現れたからだろう。

先程までの露骨に騒いでいた生徒は一人一人と減っていた

 

そして、体育会系のマッチョな先生が出てきて授業が始まった。

 

「見学者は10名か。随分と多いがまあいいだろう。準備運動が終わったら早速だが、実力を見せてもらう。何、泳げない人も心配するな。必ず夏までに泳げるようにしてやる。」

 

「別に泳げなくてもいいですよ。海に行く機会なんてないし。」

男子生徒の1人から、愚痴のような独り言が零れる。

 

「それはいかん。夏までに泳げるようになれば必ず役に立つ。今は苦手でも構わんが懸命に励むことだ。」

泳げるようになれば役に立つ?何かと便利になることは間違いないだろうが…。

 

「綾小路くんも見学なんだ。」

 

俺が先生の言葉を思案していると、そんな風に声がかかった。松下千秋だ。

 

「ああ、体調があまり優れなくてな。座って受ける授業なら問題ないが、激しく動くのはしんどい。」

「ふーん表情からは全然分かんないや」

俺の顔をまじまじとみる松下。近い。

 

「あまり、顔には出にくいんだ。松下も体調不良か?」

「うん。そんなとこ〜。」

明らかに元気に答えるが、まあ十中八九サボりだろう。

 

「ていうか、今の先生の話、ちょっと変じゃなかった?」

松下は先生の話をちゃんと聞いていたらしい。

 

「そうだな。まるで夏に何かあるような言い回しだったな。」

「そう!そんな感じ!夏にプール大会でもあるのかな。あったらやだなぁ〜」

 

男子の下品な視線を浴び続けなきゃならないのは、それを不快に感じる人からすれば嫌なもんだろう。

 

俺たちが話してるのに気付いたのか、離れて見学してたみーちゃんがこっちに寄ってくる。

 

松下はそれに気付いて、俺の腕を掴み、自分の方に寄せる。

俺が松下の方に寄せられ、ベンチは丁度一人分のスペースが出来る。

俺の隣で、しかも距離が近いのが気になっているのか、最初は躊躇っていたが意を決した様にみーちゃんは腰を下ろした。

 

「やっほ〜。みーちゃん」

「う、うん。やっほー」

何とも可愛らしい挨拶を交わす2人に挟まれる形になる。

俺はみーちゃんに軽く会釈で挨拶する。

 

「何か用か?」

俺はわざと要件を聞いた。

明らかに要件があるような素振りじゃなかったが、今のみーちゃんが俺に突き放されたようにされた時、どう思うのか気になったからだ。

 

「うわ」

松下は俺の失言を咎めるような口振りでそう漏らす。

彼女がそれを明確な言葉にする前に、みーちゃんは俺の質問に答えた。

 

「いや、用がある訳じゃなかったけど、千秋ちゃんと綾小路くんが楽しそうにしてたから…混ぜてもらおうかなーって。ダメだった?」

 

「いや、勿論ダメじゃない。悪い、さっきは突き放したような言い方だった。」

「いやいや、全然気にしないで!」

みーちゃんは全力で手を振り、そう言う。

 

「後で気づいて謝れるんなら、言う前にちょっと考えた方がいいよ〜。綾小路君」

「いや、松下の指摘通りだ。失言だった。」

「ほんとに大丈夫だから!全然気にしてないし。だから、千秋ちゃんも責めないであげて。」

「まあ、みーちゃんがそう言うならいいけど〜」

 

そうしてる間にも水泳の授業は進行していく。

水泳の授業を3人で眺めていると松下が突拍子もないことを聞いてくる。

 

「てか、綾小路くんって結構筋肉ある?」

「どうしてだ?」

「いや、さっき腕を引いた時に、思ったよりガッシリしてるなぁって」

「そ、そうなの?」

みーちゃんも便乗するように聞いてくる。

 

「元々、体が筋肉質なんだ。運動もそこそこやっていたしそう感じるとしたらその影響じゃないか?」

「もしかして、腹筋とかもあるの?」

腹筋は誰でも割れてるものだぞと言おうと思ったが、多分求められてる答えはそうじゃないなと思い直す。

 

「まあ、人並みにはあるな」

まあ、腹筋は人並みに鍛えていれば、筋肉の中でも一番わかりやすい部位だろう。

腕や胸はよほどマッチョ体質じゃないと、分かりにくい部位だ。

 

「触っていい?」

「ちょっと千秋ちゃん!?」

先ほどまで、感心したようには相槌打っていたみーちゃんが取り乱す。

 

「うそうそ、冗談だよ。」

松下は冗談だよと引いていくが、俺はあえてここで押してみることにした。

 

「別に服の上からで良ければ触りたきゃ触ってもいいぞ。減るもんじゃないし」

「えーーっ、いいのー!?」

みーちゃんは驚いたような声をあげる。

 

松下は『じゃ、遠慮なく』と前置きして、俺の腹筋を触り始めた。

俺が脱力しているように見えたのか、疑問をぶつけてくる。

 

「これ、力入れてる?」

「え、力は入れるものなのか?」

「え、分かんないけど、入れてみてよ」

俺は松下の指示通りに、腹筋に力を入れてみる。

 

「え、すご。めっちゃ硬いじゃん」

「そうなのか?」

「いや、私も触ったの初めてだから凄さは表現出来ないけどさ」

松下は満足したように手を離した。

 

「わざわざありがとう。」

これに関してはほんとになんのお礼か俺には分からなかった。

 

「何かそのお礼は変な感じだな」

と松下の方を見て思ったことを返すと、松下は俺じゃなくみーちゃんの方を見ていた。

 

俺もそれに釣られてみーちゃんの方を向く。

みーちゃんは何か言いたげな感じを纏っていた。

俺はだいたい察することが出来たが、みーちゃんが自分で言ってくるのを待つか、俺から提案するか微妙に迷いどころではあった。

 

「みーちゃんも触るか?」

 

迷った末に俺から言う事にした。

先程のみーちゃん合流時のこともあるし、松下にとことん気を遣えないなと思われるの避けたかったからだ。

 

「いいの?」

「ああ、さっきも言ったが減るもんでもないし、それに松下が触ってみーちゃんが触らないのもこの場にいる以上変だろ?」

俺はみーちゃんが腹筋を触るハードルを下げる為に別の理由も用意した。

 

みーちゃんはじゃあと言って手を伸ばしてきたので、先程と同様腹筋に力を入れる。

腹筋撫でるように優しく触るみーちゃん。

 

「うわー。ほんとだ…。凄く硬い。男の子ってこんなになるんだ…。」

「みーちゃん。なんか、それちょっとエロい」

松下から鋭いツッコミが飛んできて、みーちゃんは飛ぶように手を離した。

はい。俺も同じこと思ってました。

 

明らかに動揺するみーちゃんとそれを笑う松下に挟まれる。

 

「うそうそ、冗談だって〜」

松下がみーちゃんを揶揄うようにいう。

「もう。千秋ちゃぁん…。」

 

一通り、落ち着いた所で、みーちゃんからありがとうと言われたが、ほんとになんのお礼なんだこれは。

 

水泳の授業は進行して、タイムアタックが始まっていく。

 

「かやのちゃん、めっちゃ早いね〜。」

かやのは女子の中では群を抜いて速かった。堀北もそれに続くように2位だったが、差は一目瞭然だ。

ラダートレーニングの成果が出ているのかもしれない。

 

男女が入れ替わり、飛び込み台に高円寺が登壇する。

自分の局部を魅せ付けるかのようなブーメランパンツを履いていた。

 

隣にいた松下は露骨に嫌そうな声をあげる。

 

「うわぁ。あれはちょっと。。」

みーちゃんも目を逸らして言う。

 

「うん、ちょっと見るの恥ずかしいかも。」

ブーメランパンツは女子ウケしない。

ありがとう高円寺。お前のお陰で1つ教訓を得た。

そんな中、高円寺は水泳の授業でぶっちぎりで1位だった。変人じゃなかったらモテてたかもしれない。

 

授業も残り20分に差し掛かる。

 

水泳の見学だが、何も見学だけではない。

水泳の授業を見てレポートを書くことが課題として渡されている。俺とみーちゃんと松下は適当に書き進めていく。

 

俺は少しトイレに行くと言って離席する。

そして、トイレでポケットから取り出したメモを適当に書く。

 

数分が経ってトイレから戻ってきても、見学席の端の方にちょこんと座る佐倉はまだ筆を進めていなかった。

 

俺は佐倉に向かって歩くいていく。

 

「レポート進んでるか?」

「え、あ、はい。その。」

しどろもどろになる佐倉。

手元のレポートは、名前だけ書かれていて白紙だった。

 

俺はさっき書いたメモを押し付ける。

レポートを埋めれる内容を並べたものだ。

 

「余計なことかもしれないが良かったら参考にしてくれ」

 

俺はそれだけ伝えて佐倉から離れる。

佐倉は多分、自分の傍に俺が長居することを望んでいないことを察したからだ。

 

授業を見ていた見学組は俺と佐倉が話している所を見られていない。

佐倉にとってもそっちの方が都合がいいだろう。

 

「無駄に優しいじゃん」

 

席に戻る途中、軽井沢の横を通り過ぎるとそんな風に言われる。

軽井沢のレポートを見ると1行か2行しか書かれていない。

 

「レポート、ノルマは300字程度って書かれてたぞ」

俺はそれだけ言って傍を離れる。

 

軽井沢は焦ったように隣にいる佐藤達に確認を取っている。俺の忠告が嘘であることはすぐに分かったようで、背中に刺さるような視線を向けてくる。

 

見学のレポートについても、ノルマも何も設けられていない。つまり自由。

生徒の自主性に任せるだけでは教育とは言えない。

この学校のやり方が薄っすらと顔を出していた。

 

水泳の授業も難なく終わる。

その後の授業も水泳の疲れからか、生徒がボケーッとした中授業が右から左に流れて放課後になった。

 

俺には放課後に1つ片付けなきゃいけない案件がある。

重い足腰をあげて指定された場所に向かうのだった。

 





#4です。
ようやく日にちが大きく進みました。次の話では5月最初まで行くつもりです。

櫛田とは同族嫌悪し合ってるため、堀北呼び出しイベントはなくなる予定です。
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