綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
視界の端に俺を見る彼女が映る。
今日だけで、もう10回目だ。
さて、どうしようか。10回記念を祝う準備が何も出来ていない。
もし、束縛気質な彼女がいたなら、『なんで祝ってくれないの?覚えてなかったの?貴方のこと好きなのは私だけなんだ』と話を飛躍させ、最終的には泣かれていただろう。
…ホワイトルームにいた頃には、出来なかった想像だな。
この学校で、色んな人間と関わり、色んな感情に出会ったからこそ、今の発想に繋がっている。
井の中の蛙大海を知らず。
俺は、本当に狭い世界で生きていたんだと、自分の想像力をもって自覚した。
ただ、さっきの発想に価値があるのかどうかは微妙なところだが。
「どうしたの?」
「…成長したなぁって思っただけだ」
「なんか、綾小路君。お父さんみたい。」
…自分の想像力の幅が広がったことに対して言ったんだがな。
頗る機嫌のいいかや乃は自分の成長を褒められたと勘違いして無邪気に笑う。
「お父さんはやめてくれ」
「えー?いい意味で、だよ?」
「善し悪しは関係ない。俺達は同級生だろ」
それに、悪い意味のお父さんって何だ。
所謂、パパ活のパパは悪いお父さんに該当するんだろうか…。
かや乃から間の抜けた「は〜い」という返事が返ってくると同時に彼女からの視線が逸れたことを察知する。
それから、かや乃の他愛も無い会話に相槌を打ちながらも、俺は一之瀬のことを考えていた。
朝比奈先輩は先輩として一之瀬を心配した。
椎名ひよりは友達として一之瀬の無事を祈った。
…さて、俺はどうする?
託された2人の望みを叶える手段は2つ。
一之瀬に手を伸ばすこと。
一之瀬を貶める元凶である南雲、龍園に手を下すこと。
どちらも単純明快で簡単な選択だ。
だが、俺の選択はこれからの一之瀬帆波を大きく左右させる分水嶺だ。
だからこそ、簡単な選択肢を安易に選ぶ訳にはいかない。
俺は過程よりも結果を優先することに決める。
俺と彼女が見る夢が同じなら、近い未来にそれは交差する。
もし、その時が来たら、俺達はそれに運命と名付けよう。
…RADWIMPSの歌詞みたいになってしまった。
流行を学ぶために毎日トレンドにある曲を聞いているのが、思いの外俺を侵食してるらしい。
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見ていられなくなって思わず目を逸らす。
今の私には彼の側でおおらかに笑う彼女の幸せを真正面から受け止められるほど心に余裕がない。
透き通るような青い空を太陽が存分に照らしている。
雨が降れば良いのに
何も上手くいかない自分を笑うような満天の空に恨み言が漏れた。
この日のために、この場にいる全員が努力してきたのを知っている。
それでも、なお思う。
雨が降って、今日と言う日が丸ごと流れてしまえばいいのに。。
「…帆波ちゃん。」
心底心配そうな声で私を呼んでいる麻子ちゃんに気付く。
彼女の雰囲気から何度目かの呼びかけで、自分はようやく振り向いたのだと気付いた。
「あ、ごめんね。少し考え事してた」
「…あんまり、思い詰めないで。帆波ちゃんは何も悪くないんだから」
…何も悪くない。
親友である彼女の言葉はどこまでも優しい。
だけど、優しさは正しさじゃない。
Bクラスのリーダーである私が試験の勝敗の責任すら取らせてもらえないなんて、リーダー失格の烙印を押されているのと同義だ。
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
「うんっ。」
私の返事に満足した麻子ちゃんはクラスの皆にも声をかけた。
今回の体育祭。私たちの逆転の目はもう完全に無くなった。
それに落胆している皆に、彼女は必死の言葉を紡いだ。
「今回、残念ながら結果は振るわなかったけど、次がある!!また、皆で頑張ろうっ!」
彼女の必死さも相俟って、皆がその言葉を否定できるはずも無い。
1人、また1人と賛同して、クラスの雰囲気が徐々に明るくなっていく。
『次がある』
前を向ける言葉だ。
だけど、後ろには置き去りにしてはならないものがある。
無人島試験。船上試験。
私達の戦い方は一貫して同じだった。
彼女の言葉に間違いはなく、皆で精一杯頑張ってきた。
それは、結果だけ見れば上々の出来だった。
だけど、その結果の陰にはいつも綾小路君がいた。
綾小路君の助けがないと散々な結果になるということは、この体育祭の結果が嫌というほど証明している。
「本当にありがとね。麻子ちゃん」
クラスが間違った方向に進んでいることを見ないふりをして、私はそれに乗る。
今ならまだ、軌道修正できると知っていながら。
そして、それは私にだけしかできないと分かっていながら。
私の感謝を正面から受けとめた麻子ちゃんは、目尻に涙を浮かべながら笑った。
その笑顔に私は張り付けたような笑顔でしか返せなかった。
彼女が笑顔でいられる時間はそう長くないと悟っている。
なぜなら、麻子ちゃんは私のことが大好きだから。
だからこそ、全てを知ったとき、彼女は私のことを許せないだろう。
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入学当初、俺達は高校1年生に与えれるにしては大金と言える金額を手にした。
身の丈に合わないブランド品を購入する者。
新作のゲーム機や漫画を一思いに大人買いする者。
かの有名な○○ゆきさんは言っていた。
ブランド物を買うのは馬鹿のやることだと。
かの有名なひろ○○さんも言っていた。
決断力が無いからこそ、ノリと勢いだけの購買意欲に意思が負けているいるんだと。
金銭感覚が狂ってしまうと、物の価値を朧気になる。
札束は紙切れに、物はガラクタに。
一般的な金銭価値を知ることは生きる上で重要だということだ。
だが、教育機関でありながらこの学校での生活は、一般的な金銭価値を失う機会が多すぎる。
これも一種の試練だと言わんばかりだ。
噂通り、卒業後にポイントの現金化が可能なら、文字通り数千万を手にする生徒だって存在するだろう。
そんな彼らが、社会に出た後に初任給の額の低さに愕然とする絵が容易に浮かんだ。
まあ、元より金銭感覚というものを養う機会に恵まれなかった俺にとっては例外な話か。
「正当な理由がなくても、代役は立てれるんだな」
俺が茶柱先生に代役を申し出た時、理由を聞かれないどころか、目すら合わせてくれなかった。
ただ、ぶっきらぼうに申請用紙を叩き付けられただけ。
茶柱先生に愛想が無いのはもう周知の事実だが、あれが生徒に対する対応だろうか。
茶柱先生がイライラしていたのは肌で感じたが、誰か何かやったんだろうか。
いやはや、俺には全く心当たりがない。
「そうだね。だけど、これは割にあってない戦略だよ。」
「同意ね。代役を立てる意味は限りなく薄いわ。」
「これって、坂柳さんの指示なんだよね?」
「ええ。私はそう聞いてるわ。彼女からではなく、そこの彼に。」
最初から代役を立てることは決まっていた。
なら、最初から俺を起用していればいいじゃないかというのはごもっともな意見だ。
それに加えて、これまでの一つ一つ確実に勝てるように計画的に組まれた坂柳の戦略とは少し種類が違う。
他の生徒の意図が介入しているという線も疑ってそうだ。
そして、この鈴音と洋介の2人が一番最初に思い至る″他の生徒″は、どうやら俺しかいないようだ。
「俺から言えることは何もない。」
「…貴方、彼女から何も聞いていないの?それなのに、納得して突飛な戦略を受け入れてるの?」
「そうじゃない。俺が他の生徒のように妄信的に坂柳を信じてるように見えるか?」
「そうでないのなら、貴方が不思議に感じない理由を聞かせてもらってもいいかしら。」
「僕も堀北さんと同じ意見だ。清隆君の意見を聞かせて欲しい。」
2人とも『勝つ』という目的が先行して、柔軟的な思考ができていない。
「鈴音は『突飛な戦略』と言ったが、俺はそうは思わない。」
「代役を立てる権利はたった10万Ptだ。これは、元から戦略として組み込めるように作られていると見ていい。」
代役自体に意味がなく、試験的な運用だとしてもおつりがくる値段だ。
代役を立てるのに正当な理由がいらないという情報はこの作戦を取っていなかったら知り得なかったことだ。
ここから、今後の試験で傾向を分析する判断材料にもなる。
「…あなた、桁を見間違えてるんじゃないかしら?」
「清隆君。僕たちにとって10万ポイントは大金だよ…」
二人の指摘に俺は我にかえる。
確かに俺達Dクラスが学校から平等に支給されたポイントは最初の4月の10万ptと9月と10月合わせた5万ptだけだ。
代役をたてる権利はいわゆる3か月分の給料じゃ済まない価値だ。
確かに金銭感覚自体持ち合わせていなかった。
この学校で得られる金銭感覚自体、一般とはかけ離れていることに気付くべきだった。
俺がここで得た金銭感覚は既に狂っていたのだ。
「正直今、10万pt以上持っている生徒はうちのクラスに片手で数えれる程しかいないんじゃないかな」
「私はあなたが倹約家なのは知ってたから、その一人であることは間違いないと思う。だけど、その口振り、他に何かあるわね?」
鈴音の指摘通り、俺は必要最低限のものにしか金を使っていない。
ひろ○ゆきの教えに従い、コンビニや自動販売機の利用は避けている。
収入を増やすことよりも、支出を抑えることがptを溜める上での優先事項だからだ。
「まあ、綾小路君には臨時収入があったからね」
俺に助け舟を出したのは隣で靴ひも結び直していたかや乃だ。
「「臨時収入?」」
洋介と鈴音の声が綺麗にハモる。
「二人も息ピッタリじゃん。その調子ならそっちも一位取れるかもね」
かや乃は気付いているだろうか。その発言が鈴音に対しての煽りになっていることに。
…案外、気付いてやってそうだ。
「まるで、自分が一位を取れる前提ね。油断してると痛い目に合うわよ」
「怖いなぁ。そんなに私を目の敵にして。私がそんなに羨ましい?」
「そうね。そのお花畑思考がとても羨ましいわ。」
おかしいなぁ。坂柳のカリスマ性でうちのクラスは今までにないくらいには一致団結してるはずだったんだがなぁ。
すぐにでも内部分裂しそうだ。
「二人とも、落ち着いて。僕たちは味方だよ」
洋介よ。今の二人はそんな生半可な言葉じゃ止まらない。
「時間もないから手短に話すが、夏休みに水泳の公式大会で優勝したんだ。臨時収入とはそのことだ」
俺は敢えて抽象的に言い質問の余地を残す。話を強制的に引き戻すために。
「具体的な金額は?」
「個人競技と団体競技全てで1位だったからこその金額だと思って聞いてくれ。30万だ」
「なるほどね。財布の紐が緩くなるわけだわ」
鈴音は納得したが、洋介は信じられないといった驚愕の表情を浮かべている。
部活動をやっているからこそ、この金額の意味が分かる。
「…もしかして、小野寺さんも?」
「そうだね。私も同じ額貰ったかな」
「…部活動の利点は否定できないわね。合気道部はあったかしら…」
合気道の目的は自己練磨だ。
他人と比べない武道で、基本的に大会は無いためptを得られる機会はない。
合気道を嗜んでいるなら当然知っているだろうから、これは鈴音なりの冗談だろう。
「そんな簡単なことじゃないよ。部活動で得られるPtとしては最高額に設定されている金額だ。全国レベルの成績でないと得られない」
「まあ、わたし、水泳だけは誰にも負けないからね」
「いや、俺に負けて泣いてただろう」
「ん~?何の話かな~?」
威圧的な視線と勢い任せの肩パンが飛んでくる。
俺に遠慮がない分、威力にも手加減がない。普通に痛い。
俺達2人が作りだす独特の世界観に飲まれることなく、洋介が割り込んでくる。
洋介は皆に合わせる能力を持つだけでなく、場の空気に流されない能力も兼ね備えている。
是非とも、鈴音にもこの能力を修得して頂きたい。
その意味を込めて、チラチラと鈴音に目線を投げるが、どこ吹く風だ。
「改めて思うけど、二人とも本当にすごいよ。今回の体育祭で得られるPtと比較しても大きな額であることは明らかだよ」
「ありがとう。だが、この事実は口外しない方向で頼む。あくまで、俺たちが個人的に得たPtだ。使い方はこちらの一存で決める」
「それはもちろんだよ。堀北さんもいいよね?」
洋介の問いかけに対しての返事はなかった。
「…合気道部は確かなかったわね。でも、諦めるのは早計だわ。ないんだったら自分で作ればいいのよっ。」
会話に参加してこないと思ったら、ボソボソと独り言に耽っていたようだ。
…え?さっきの合気道部云々って冗談じゃなかったのか?
涼宮ハルヒみたいなことを口走っているが気は確かだろうか…。
「後から俺が言っておこう。」
後日、この学校にはキョンも宇宙人も未来人も超能力者もいないから、部活動設立するのは無理だと説明した。
だが、鈴宮ハルヒさんは原作と同じく、諦めが悪かった。
しまいには、俺の名前の
それは無理があるだろ…。と言いたいとこだが、原作でも本名が明かされてない以上、ありえなくはないんだよな…。
仕方なく最後の手札として部活動設立のために堀北兄に話を通す必要があることを伝えると、鈴音は渋々引き下がった。
まだ、兄への苦手意識は残っているらしい。
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俺は二人三脚の推薦競技も難無く1位を収めた。
かや乃が絶好調なのもあり、他のクラスを置き去りにしての一位だった。
ピンク色の顔面がバカみたいに口を開けて跳ね回ってるくらい絶好調だと言えば、どれだけ調子が良いのか分かりやすいだろう。
…うん。分かりにくいな。これ。
何にせよ、推薦競技でずば抜けた記録を残したせいで、また目立つ結果になってしまった。
この結果に繋がったのは、調子云々もあるが、元からかや乃に潜在的能力が眠っていた要素も大きい。
かや乃の水泳に特化されていた体が他の競技に適用されつつある。
時間をかけて、あの固まりきっていた体をほぐした甲斐があったというものだ。
俺の判断は牡丹餅を生んだようだ。
「これはこれは。好色漢で有名な綾小路君ではありませんか。」
「ニヒルな笑みを浮かべて何を言うかと思えば…。身に覚えのない話だ。」
「身に覚えのない?木の陰に軽井沢さんを連れ込んで、私に見せつけるように椎名さんと抱き合って、お昼休みにはクラスの女の子を三人を侍らせて、二人三脚では合法的に小野寺さんとイチャイチャしてましたよね?」
「ツッコミどころ満載だが、まず言わせてくれ。ストーカーかよ。」
ノンスタイルのボケくらい話が渋滞している。
合法的なイチャイチャってなんだよ。
「あ、校舎のトイレで龍園君と乳繰り合っていたことも追加で。」
「追加しなくてよろしい」
俺は脊髄反射で坂柳の頭上に軽くチョップする。
ベンチに大人しく座る坂柳は人形のように無表情でリアクションした。
「痛いです」
「そういうのは、もっと痛そうに言うもんだ」
「それは、痛そうに言って欲しいの間違いでは?サディズムの押し付けはただの暴力ですよ」
「…坂柳は将来、側近に背中を刺されて死ぬタイプだな。」
減らず口の絶えない女だ。
坂柳とよく一緒にいる面子も相当なストレスを抱えていることだろう。
「私に側近などいませんよ。必要もありません」
「神室や橋本。それに加えて山本や山下あたりもいいように使ってるんじゃないのか?」
「人のことをよくストーカーと呼べたものです。ですが、感心しますよ。よく調べてるものです。」
「ですが、勘違いされては困ります。私はあなたと違います。私にとって彼らは替えの効く駒でしかありませんから」
これは彼女の本心だろう。
自分のクラスの人間など、駒としか見ていない。
彼女にとって、この学校は盤上でしかないし、俺はその遊び相手でしかないということだろう。
「そこに優秀かどうかの優劣はあれど、情は一切ないと?」
「ええ。情なんて邪魔なだけですから。感情で動くクラスの末路は等しくあれと同じです」
坂柳が視線の先にはBクラス。
この体育祭が終われば、間違いなくCクラスになると言うのに、クラスの雰囲気はそこまで絶望的じゃない。
「仲良くお手手を繋ぐことが美徳とされるのは義務教育までです。能力の低いものは淘汰される。それが社会ですから。」
「そうだな。その摂理を無視して無理矢理に方針を変えれば、綻びが出るのは当然だな」
仲間を誰一人失わず戦い切るなんて理想論だ。
Bクラスにはその理想が叶えられる実力が備わっていない。
彼らが戦う舞台は底辺から成り上がるなろう系小説じゃなければ、ご都合主義が許される少年漫画でもない。
どこまでも実力主義な現実だ。
「あの様ではお腹をすかせた狼の格好の獲物ですね」
「なら、お前はそれを一つの
「ふふ。見境なく嚙み付く狼とは地位が違うという点ではそうかもしれません」
「趣味が悪いという点でもそうだろう?」
「…綾小路君に私がどう見えているか気になる発言です。私は素直に生きているだけなのに性悪女みたいな含みを感じます」
もし、それが事実なら根っからの性悪だ。
「まあ、坂柳の言う通り、もうあのクラスは終わりだろうな」
俺は空元気で蠟燭の最後のように息を吹き返しているBクラスを事務的に評価する。
Bクラスは今日限りでCクラスになり、そして、1年生が終わる頃にはどん底にいることが確信できる。
なぜなら、クラスの中心にもう彼女はいないからだ。
「…意外ですね」
さっきの痛がる時の無表情とは違い、本当に不意をつかれたような顔で言う。
寝起きドッキリされた芸能人みたいに、自然に出てしまった表情でも美人なままだ。
「てっきり、助けにいくものだとばかり思っていました」
「そのつもりだったが、それに意義がないことに気付いたからな。そっちの方こそ随分と大人しいことだな。」
「さっきも言ったでしょう?私は見境のない獣じゃない。戦う相手は選びますよ。」
「なるほどな」
「ふふ。思った通りに行かなくて残念でしたか?」
「いや、それもまた一興だ。期待外れだったのは間違いないがな」
体育祭で学校に評価されるのは、学年別順位と赤白の勝敗だけ。
お飾りの学校一位の称号を手にするためだけに、坂柳と戦うことに利点はない。
坂柳がその旨を堀北兄に伝えれば、すぐに彼は気付くだろう。
坂柳が見据える先に俺がいることに。
奴なら、俺が嫌がる方を即決するだろうな。
「最後の競技の全学年リレーにはもう勝負は決まってますよ」
「勝敗が一切結果に左右しないのも退屈だな」
「そうでしたね。意義がないことはしないんでしたものね」
「先に言っておくが、余計な調整はしなくていい。手を抜く意義の方がないからな」
「そうかもしれません。だけど、人間は結果の先に楽しみを求める生き物だと思うんです。」
嫌な予感がする。坂柳の口角が2°ほどいつもより上がっている。
「もし、リレーで一位が取れたら私がデートして差し上げますよ」
「よし、俺は棄権する。代役として佐倉に走ってもらおう」
「待ってください。その人クラスで一番遅い人ですよね」
…こいつ前々から薄っすら感じていたが、ノンデリだよな。
確かに佐倉はクラスで一番レベルの運動音痴だが、今日は何回かビリじゃなかったんだぞっ!!
俺は眉間にしわを寄せて、坂柳を見るが、首を傾げるだけだ。
これは経験談だが、ノンデリっていうのは自覚症状がないんだ。
思った以上に長居してしまった。
宴も酣ではございますが、ここらでお暇させていただくとしよう。
何の理由もなくこの場にいるため、教師に見つかれば面倒なことになるしな。
俺はそう思い、辺りを見渡して気付いた。
教員の数が明らかに少ない。競技を運営している教員以外のほとんどが席を外している。
「そういえば、ひよりは?」
「あら、いきなり話を逸らすなんて、もしかして私とのデートを前にして照れているんですか?」
「ひよりは?」
「そう心配なさらなくて結構ですよ。私がエスコートし差し上げますから」
「ひよりは?」
俺が折れないことを察した坂柳は軽くため息をついて答える。
「…強引な男は嫌われますよ。…綾小路君が来る数分前に席を外してましたね。」
「そうか。ありがとう」
俺は、情報を提供してくれたことに関して、軽くお礼を言ってその場を後にした。
競技はこの後も、Dクラスの勢い衰えることなく、順調に進んだ。
坂柳の思い描いた通りの展開で、もう俺達の勝ちは揺るがない。
だが、未だに教員とひよりの影は消えている。
きな臭さを残したまま、時計の針が綺麗に重なった。
まるで、時計の針が処刑の時刻を指したかのように。
そして、最後の競技が始まるのです。
お久しぶりでした。
次は早めに投稿したい所存。