綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
※本編に関わりの薄いサブストーリーです※
読まなくても本編を読むのに支障はありません。
時系列的には、2学期の体育祭が始まる前の放課後です。
「
性善説。性悪説。
生きていれば一度は耳にしたことがあると思う。
人は生まれながらにして善だ。とか
人は生まれながらにして悪だ。とか
主語のスケールだけが肥大化した、話題性くらいしか取り柄のない一発屋の芸人のように薄っぺらい話だ。
このような、きのこたけのこ戦争くらい明確な答えのない与太話でディベートしている痴呆を見ると私はアレルギー反応で体が痒くなる。
人の話を聞けない政治家同様、相手の話に顔真っ赤に割り込んで、机上の空論でそれは善だのそれは悪だの。
神や仏にでもなったつもりだろうか…?
いや、まだそれなら思春期の流行り病である中二病で説明がつくが、話はそう簡単ではない。
至って真面目な顔で、科学や生態学を根拠として、あたかも真実のように噓ばかりをのたまうのだから手がつけられないのである。
そんなどうしてようもない人間達はシンプルに二種類に分類される。
宗教に洗脳された、もしくは国家ぐるみのプロパガンダによって厄介な思想を植え付けられた愚か者か。
はたまた、王直属護衛軍の手によって脳を物理的にいじられた被害者か。だ。
せめて、自責がない後者であることを願うばかりだ。
…まさか、いないとは思うが、この本を手に取った貴方が、未だに紀元前の論理学に身を粉にして研究しているのなら、すぐに中古車ディーラーにでも転職して車の価値が分からない素人から安値で仕入れ、高値で売りつける商売でぼろ儲けしてる方がよっぽど健全だと言うことを肝に銘じて頂きたい。
あくまで、論理学と呼ばれていたのは遥か大昔の話で、長年議論された末路が、未だに学問になれない説という名の譫言でしかないのだから。
……ふぅ。
言いたいことを言えてスッキリした。
まるで、賢者タイムのように心が整然としている。
今なら、頭脳王で優勝できるに違いない。
(まあ、言いたいことを言えない性分だからこそ、誰の目にも止まらない白い紙に鬱憤をしたためている訳だが…)
…さて、では改めて、私が何故ここまで過激に怒りを露わにしているのか。
それを本当に理解してもらうには、まず私の出生を知ってもらう必要がある。
これは本当に自慢じゃないが、私の家は裕福だった。
都内有数の高層マンションの最上階に住まいを構えて、幼い頃から「見ろっ!!人がゴミのようだ。はっはっはっ」が言い放題だった。
ここだけ切り取れば、世間で言う親ガチャという部類では季節限定SSRくらいの引きだと思われるかもしれない。
親の職業は大企業の社長クラスか?それとも有名な投資家か?いや、世間を賑わせるインフルエンサーの可能性もあるな。
とか想像を膨らませてしまうのも仕方ないと私は思う。
しかし、私の両親は正真正銘のニートである。
世間には認定されてない仕事をしてるとかそういう裏話もない。
本当にただのニートである。
ただ、私の両親は家系に恵まれた。
歴史と由緒ある地の大地主の家系にあたり、私が知る情報だけでも数千億近い資産を抱えているはずだ。
この家系に生まれた子供は生まれた瞬間にFIREしているという、麻雀で例えるなら四槓子でアガるくらいの豪運。
私の家族は先代の遺産という甘い蜜だけで贅沢している怠け者。
社会常識や国家資格など何も持たず、金だけを持ってしまった人間…。
それはある意味、金の価値を一番知っている人間だと私は思う。
そんな両親が子供(私)に価値を見出すはずもなかった。
両親にとって、私は性の弾みで出来てしまった子供に過ぎなかった。
これが、本当の事故物件ってやつだ。ハハハ。…ほんと笑えない。
だが、私の出生を喜んだ人物がいた。
私にとって祖父母にあたる人物。即ち、両親の甘い蜜の供給源である。
田舎の山奥に捨てるか検討していた両親も首元にナイフを突き立てられればどうしようもなくなり、私を仕方なく育てることとなったのだ。
私が邪魔で趣味の海外旅行にも行けなくなり、フラストレーションの募る日々だったのだろう。
泣き喚く私に与えられたのは、無論、愛情などではない。一畳未満の防音室だった。
泣けども、泣けども。帰ってくるのは無音と異臭。
やがて、涙は枯れて、声も出なくなり、私はそれを受け入れた。
流れていく時間の中でこの空間にいることが異常から当たり前になっていく感覚が私の体には染み付いている。
必要最低限のご飯だけ与えれ、生き永らえて数年が経った頃、私は異臭と無音の監獄から抜け出すことが出来ました。
学習方法の知らない赤ん坊が言葉を覚えることが自然に出来るようになるのは、言語能力が遺伝子に組み込まれているからだと知っていますか?
私はそれを身をもって体験しました。
言葉すら与えて貰えなかった私ですが、いつの間にか歩くことができるようになり、遂には泣き声ではなく形のない言葉を発せるようになったのです。
それを見つけた両親は初めて私に興味が向きました。
面白いと。
自分達の教育が私を形成させることを知った両親は、私に唯一無二の価値を見出したのです。
私は釈放され、外の世界に飛び出しました。
何年ぶりに見る光はとても眩しく目を開けられなかったことを覚えています。
まるで、刺激物を体内に打ち込んだように眩暈がしましたが、何故か、涙は出ませんでした。
それからの、両親は私を玩具のように扱いました。
自分の体ではできないことを私を使って実験し、私の反応を見て楽しみました。
私の感情からの反応ではなく、体が自然に起こす拒絶反応をです。
…その時の記憶は、何か良くないことをされた感覚は体に記憶として存在しますが、これ以上の形はありません。
ですが、時折フラッシュバックするのです。
知っているはずのないことを知っていたり、普通の食べ物から奇妙な味がしたり、怪我をしてないはずなのに痛みを感じたり…。
世の中には知らない方が幸せなことがある。
きっと、この言葉は私のための言葉です。
そして、ここまで、私の身の上話に付き合ってくれた貴方のための言葉です。
さて、長話もおしまいにして、結論だけ一言で言います。
今、私の中には『黒い衝動』が渦巻いています。
この黒い衝動は悪意や殺意。それとなんら遜色のないもの、明確な『悪』でしょう。
では、これは私が生まれもったものでしょうか?
違います。この私の『黒い衝動』は私だけのものです。
決して、性善説や性悪説なんかに肩代わりされていいものじゃないはずです。
私は私を根拠として、性善説や性悪説を否定できます。
ですが、貴方方は同じではないと考えます。
だから、貴方方が迷える子羊にならぬように、一つ、道標という名の無難な答えを与えます。
人間は生まれながらにして■■■■■■■■■■■■■■■■…………………………………… 」
耳に微かに届いていた平坦な声が不意に途切れる。
再び戻ってきた静寂は冷たく、自分の存在が本の中に置いてきぼりにされた感覚だ。
誰も近寄らない純文学のコーナーの一角。
そこで二人、隠れるように身を寄せて、小動物のように縮こまる。
後ろめたい何かをしているわけではない。
ただ、図書室では静かにする。そのルールを守ったうえで、本を一緒に読んでいるだけだ。
この本と出会ったのは、遡ること2時間前。
放課後、図書室でひよりと偶然出会い、ひよりに軽い気持ちでオススメを聞くと
『清隆君は私に、私は清隆君に、お互いにオススメしあいませんか?』という提案を受け今に至る。
俺はひよりのセンスでは絶対に選ばないマイナーな本をと思い、ジャンル分け出来なかった物が集められたその他のコーナーを物色し始めた。
そこで、背表紙は陽の光で色褪せ、埃をかぶり、隣の本とびったりくっついていた奇妙な本を見つけた。
好奇心旺盛なひよりがこの本に餌に釣らた魚の如く食いついたことは想像に容易いだろう。
「…終わりか?」
「はい。ここで終わりみたいです。ここから先は黒く塗りつぶされてます」
ひよりは俺が見やすいように本を傾ける。
ボールペンで塗りつぶし、されに油性ペンで上塗りしたような厳重な処置が施されている。
「ミステリー小説でよくありがちな、最後のオチを読者の解釈に委ねるタイプなのかもな」
「その場合、清隆君はどう解釈しますか?」
無自覚に中々、鋭いパスを投げる奴だな…。
バカリズムでも匙を投げるように難しい大喜利問題だぞ、これ。
政治家番組に出演する芸人みたいに的外れなこと言ってしまって、いたたまれない空気感になったらどうするつもりだ。
「安直な答えだと思って聞いてくれ。俺はこの作者は性悪説派閥だったんだと思う。」
「その心は?」
…その聞き方だとほんとに、大喜利みたいになってきてますよ。ひよりさん。
「筆者の中にある黒い衝動。それが悲惨な境遇によって生まれた悪であることを信じたいがために、性善説と性悪説を必死に否定してるように見える。その証拠に、疑問符や断言出来ていない濁した表現が随所に散りばめられている」
「言われてみればそんな表現が多いですね」
「筆者は気付いてしまったんだろう。自分の黒い衝動は境遇による憎悪や恨みによって生まれたものではなく、生まれもった悪が増長したものであることに。」
「ですが、それでは矛盾していませんか?」
「そうだな」
これでは、最初に性悪説をボロクソに言った言葉が自分に返ってきていることになる。
「なんか既視感を感じますね。」
「既視感?」
「…はっ。思い出しました。昨日寝る前にSNSで見た『人の趣味を馬鹿にするやつが一番キモイ。Vtuber好きなやつと同じくらいキモイ』ていうバズっていた投稿に酷似しています。」
…今すぐ、ひよりの携帯をキッズ設定にしよう。
彼女にSNSは速すぎた。
そして、今すぐ投稿主を特定するために、IPアドレスとプロパイダ情報をハッキングしよう。
ひよりに悪影響を与えた罪、俺の中に芽生えた黒の衝動は許してくれゃすぇんよ。
「ひよりはそういう俗世間的なことに疎いと勝手に思っていたんだがな」
「失礼ですね、清隆君。私だって、最近の流行は当然把握してますし、経済の動向は通学時にチェックしてますっ!」
ひよりは大きな胸を持ち上げるように腕を組んで、ドヤ顔を披露する。
…ひより。少なくともその言い回しは一世代前の流行りだぞ…。
「…ひよりも努力してるんだな。」
実っているとはお世辞にも言い難いが。
「今後、試験などで使えるかもしれませんから。清隆君も世間知らずのままではいつか足を掬われるかもしれませんよ」
「ああ。それは俺の明確な弱点とも言えるな。今後、一緒に勉強してくれないか?」
「仕方のない子ですねぇ。特別ですからねっ!」
「…ああ。ありがとう。」
ひよりの方が絶対に世間知らずだが、俺のプライドを犠牲に正す機会が作れたのなら安いものだ。
しかし、ひよりがこんなにハイテンションなのも珍しい。
世間知らずの自覚があっただけに、そこを褒められたことで自己肯定感が上がったのだろうか?
「話が逸れたな。俺の考察をまとめると、最後の黒塗りの部分は、『人は生まれながらにして悪です。』だ。これを無難な答えとしたのは、自分で悪を抱えた時、筆者と同じように苦しむ恐れがあるから。善悪に後ろ盾があれば、責任転嫁出来て楽だしな。」
…この考察だと、筆者は最初に挙げた二種類のどっちかに該当することになる。
そして、その答えも供述されていた。
『願わくば、後者であって欲しいと。』
だとすれば、筆者は王直属護衛軍の両親によって、脳を物理的にいじられている可能性が高い。
…なら、両親を直属護衛軍とするなら、王は?
それは筆者の生誕に喜んでいた人物に他ならない。
まあ、ここら辺は俺の妄想だし、ひよりに語っても仕方ないだろう。
「…なんか、清隆君らしいですね。その…無責任な感じ…」
たっぷり間をおいて言われた言葉には少し棘があった。
控えめな声で言われたとはいえ、肩が触れ合うほどの距離。
聞いていないことにするのは無理があるか。
「待っててくれ。責任は取る。」
「へえ~。いつまで待てばいいですか?まさか、無期限だとか、そんな生殺しみたいなこと言いませんよね?」
「…いつかは言えない。だけど、近いうちに必ず」
「今はそれで許してあげます。期待してますから」
「ああ。…次はひよりの番だぞ」
こういう会話になると、ひよりから主導権を取れる気がしないな。
まあ、今はそれでいい。
「あっ!それなんですが、私、真実に気付いたかもしれません」
「真実?」
この話に、答えも真実もないだろう。所詮フィクションだしな。
「ええ。聞きたいですか?」
「アア。キカセテクレ。」
思わずカタコトになったが、ひよりはそれを気にしてる様子はない。
ひよりは自分の世界に入り込むクセがある。
…これは期待できなさそうだ。
「ふふ。驚かないで聞いてくださいね。最後、黒塗りの部分は……」
ひよりが勿体ぶらすように体を揺らして焦らしてくる。
一々、一挙手一投足があざとかわいい奴だ。
俺が空気を読んで、生唾を飲むと、それを拍子に、ひよりは俺の耳元に手を添えてウィスパーボイスで呟いた。
「国家権力の力によって消されたんじゃないでしょうか」
期待通りすぎる期待外れな答えに用意していたオーバーリアクションも出来なかった。
いや。元々、オーバーリアクションとかするキャラじゃなかった。
…そういえば、ひよりは結構なファンタジー脳だったな。
ボールペンと油性マジックで上塗りするのが、国家権力のやり方なら日本に機密なんて概念は存在しないだろう。
「…」
「ふっふ。驚いて声も出ないようですねぇ」
不敵な笑みは迷探偵ひより劇場が開演する合図だった。
「証拠はあります。」
ひよりが俺の目の前に人差し指を立てて、追い打ちをかけるかのように語り出す。
「一つ。この本、筆者の名前がどこにもないんです。恐らく既に筆者は戸籍からも名前が消されていることでしょう。」
あれ、ここ日本だよな?言論の自由どこいった~?
「一つ。私が今手に持っているこちら、明らかに現本です。この世界唯一無二のオリジナル。公的機関の保管を避けて、国家権力が届かない世間から隔離されたこの学校に保管されている意味。もうお分かりですよね。」
そりゃあ、原本だろう。この本が商品化されるとは思えないし…。
卒業生の誰かの創作物が誤って本棚に直されてたとかいうオチがいいとこだろう。
「最後にもう一つ、この本の保管状態です。清隆君はこれを手に取った時、私に何て言いましたか?」
「…背表紙は陽の光で色褪せ、埃をかぶり、隣の本とびったりくっついていた。だったか?」
「流石です。一言一句違わず、2時間も前の台詞を再現するなんて。」
「それを、覚えているひよりも異常だと思うが?」
「ふふ。私が清隆君の言葉を忘れるなんて、ありえません」
胸を張るな。胸を。目のやり場に困るだろうが。あと、愛が重い。
「…それで、その保管状況がどうかしたか?」
「隣の本とくっついてしまうのは、湿気と背表紙の塗料が関係しています。ですが、この学校の図書室はそうならないように完璧に空調が管理されているんです。」
俺は立ち上がり、目の前の人気のない純文学の本棚の本を適当に抜き差しする。
…確かに、あの本は確かに特別だったのだろう。
「加えて、この図書室の本はすべて定位置が図書委員と在中教諭によって管理されていますし、年に一度更新が入り、不要な本は処分されるのです。」
図書室の妖精さんと言っても過言じゃないひよりが言うなら、まあそうなんだろう。
「なるほど。ひよりが言いたいことは分かった。」
「え、待ってくださ…」
「本来、この位置にあるべき本の所有者が怪しいと言いたいんだろう?」
「…」
リスが頬袋に木の実を詰めるかのように、頬を膨らませるひより。
ひよりの静止を無視して、探偵でいう『犯人はお前だ』的な台詞を奪ったのは勿論、意図的である。
ひよりが可愛い反応するのは分かっていたからな。見ないと損だろう。
俺がひよりの頬を人差し指でつつくと、風船に穴をあけたようにプスーと萎んでいく。
「ひどいです。清隆君。最後にかっこつけるために勿体ぶった演出したのに…」
「魔が差したんだ。悪かったよ」
「うぅ。このショックは楽しみとっておいたプリンを弟に食べられた時以来です」
「…今度、プリンをご馳走するからそれで許してくれ」
こう言う他、逃げ道がない感じ。天然と打算的を兼ね備えているとは末恐ろしい。
「…約束ですからね?」
「ああ、約束する。」
「いつですか?」
「それは、近いう…「近いうちになんて言いませんよね?」
…ひよりさん。目がガチです。
「今週末はどうだ?」
「はい、喜んでっ」
ふう、ひとまずは無難なところに収まって良かった。
「それにしても、清隆君の手作りプリンを食べられるなんて楽しみです。存在しない弟まで誕生させた甲斐がありました。」
おいちょっと待て、聞き捨てならない話が2個もあるんだが?
「あ、それと言い忘れてましたが、私、プリンに目がないんです。」
あ~、あれか。さくらんぼ乗ってないと許せない的なあれか!
分かる!プリンの上のさくらんぼはショートケーキの上の苺くらいの存在ではあるからな。
「だから、ゲル化剤で固めただけの市販の偽物なんて許してませんから。」
…プッチンプリンの過激派アンチだった。…ひよりさん。目がガチです。(2回目)
「では、清隆君。週末のプリンを美味しく食べるために、この事件サクっと解決しましょうか!」
「いや、もうそんな気分じゃなくなった。正直、どうでもいい」
「もうっ。何を腑抜けたこと言ってるんですか。さあ、情報収集しますよ。まずは、本来この場所にあるべき本からですっ!」
何故か週末に初のプリン作り(ハードル高め)に挑戦することになり、脱力感に体が支配されている俺を、元気いっぱいに引きずり回すひより。
奇しくも、折木奉○郎と千○田えるのような構図で謎解きが始まるのであった。
つ づ く
次回は多分、本編出します。
今進捗50%くらいでしゅ。