綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
他人を褒めるいう行動は、行動力に対してリターンが大きい行動だ。
ソシャゲで例えるなら、スタミナを10に対して、一度のクリアでランクアップに必要な経験値が入ってくるようなもの。
それは、ゲームバランスとかいうレベルの話ではなく、ランクシステムやゲームをやる意味さえも奪ってしまうバグだ。
だが、これは現実に存在する。
一日何回までというような制限もなければ、運営の手で修正されることもない。
他人を褒めるという行動は無限の可能性を秘めているのだ。
その他人を褒める褒め言葉として、古来よりtier1に君臨するのが『可愛い』だ。
この4文字だけで、向こう一週間の活力が無限に湧いてくる人もいれば、一瞬で恋に落ちてしまう人だっている。
もし、俺がギャルゲーの脚本を担当するなら、全ての選択肢を『かわいい』に設定するし、自己肯定感のセミナーの講師役をやる機会があれば、『かわいい』について朝まで語り尽くすだろう。
つまり、『かわいい』は最強なのだ。
世界を救うと言われるほどに。
え~、そして、17時半に差し掛かろうとしている今現在。
私は絶賛褒められ中です。
「お前は私の可愛い自慢の生徒だ」
「今回も、よくやってくれた」
「期待以上の結果だった」
「お前は本当に何者なんだ?」
「私の見る目に間違いはなかった」
…不思議なこともあるものだ。
俺に向けられた言葉はどれも、皮肉やお世辞の類ではないと本能で分かる。
だが、俺はこの教師に心の底から嫌悪感を抱いている。
もしかすると、これはあれか。
自分より可愛い天然気質の女に『かわいい』と言われた時のちょいブス女と同じ感情なんじゃないだろうか。
ほら、『私の見る目に間違いはなかった。』とか、明らかに俺じゃなくて、自分褒めてるし…。
「俺を呼び出した要件はそれだけですか?」
「綾小路。もっと喜んでいいんだぞ。それとも何か?当たり前のことをしたまでって感じか?」
…うぜぇ。
一体この時間に何の価値があるんだ。
こんなことになるなら、公衆の面前で鈴音とキスでもしておいたほうが随分マシだった。
すぐに群がってくるであろう野次馬(クラスメイト)の声よりも、今のこの教師の賛辞の方が遥かに俺の癇に障る。
「要件が無いのであれば、俺は帰ります」
「まあ待て。綾小路。お茶くらい飲んでいけばどうだ」
出された緑茶ももう、俺の感情と同様に冷め切っている。
この教師、自分がどれだけの時間、話しているか認識していないらしい。
酔った時の星之宮先生くらいには鬱陶しい。
アルコールではなく、酔っているのは自分ってのが余計にたちが悪いし。
…所詮二人は、同じ穴の狢ということか。
まあ、だが茶柱先生の感情が100%理解できないわけではない。
無人島試験・船上試験に続き体育祭。俺達1年Dクラスは試験で稼いだClだけ見れば群を抜いて一位。
着実に他クラスとの差を埋め、茶柱先生の夢であるAクラスも見えてきている。
あと2回も試験があれば手が届く距離だ。
何より、入学時点の評価が不良品だった俺達が、試験では他クラスを圧倒する。誰も予想してなかった事態だ。
この結果を茶柱先生の指導の賜物だと捉える教師だって当然いる。
実際に俺を動かしたのは茶柱先生の力技であるから、それも間違っていない評価だしな。
だが、そんな茶番ももう終わりだ。
茶柱先生には今、お灸を据えるべきだと俺は判断した。
ダンッッッッッッッ!!!
俺は傷つかない程度の力で机を勢い良く叩く。
進路相談室には大きな音が反響した。
綾小路清隆。人生初の渾身の一撃(台パン)である。
感想としては、そうだな…。『ふざけんのも大概にsayよ』って感じだ。
「茶柱先生。これを。」
俺は一つの記憶媒体が入った真空パックを茶柱先生の前に押し出す。
警察の取り調べに出てくる証拠品のように扱われているそれを見て、茶柱先生の表情も流石に一変した。
「…これは?」
「何だと思いますか?」
「見たままに言えばメモリーカードだ。だが、そんな単純な答えじゃないんだろう?」
「いいえ。それは、ただのメモリーカードです。」
「…肝心なのは中身か」
「当然でしょう。」
メモリーカードも記憶が再生できなきゃただのプラスチックゴミだ。
「中身に関しては見当もつかないな」
「つけたくないだけでは?」
「…私と口論がしたいのか?お前は」
「口論にもなりませんよ。貴方は自分に都合の悪い事があれば、心中覚悟で退学をちらつかせるんですから」
「分かってくれて何よりだ。なら、この正体もすぐに教えてくれるんだろう?」
茶柱先生は、自分がやろうとしていることがどれだけ愚かなのか理解している。
愚行と知ってなおそれをやめないのは怠慢だ。ツケは必ず返ってくる。
「ヒントは意外と身近で話題になっているものです」
「私の答えがどうしても聞きたいようだな。お前は」
「可愛い生徒の可愛い我儘です。それくらいを聞いてもらうくらいには活躍したはずです」
「…録音だな。概ね、私がお前に強いていることへの録音だ。」
「ファイナルアンサー?」
俺の全く似ていないみ○もんたの物真似に、茶柱先生は若干の苛立ちを隠しながらも頷く。
先程の無駄な時間に対する俺の憤りは、こんな安い物真似で拭えるものじゃない。
「俺がそんな証拠能力の低い録音なんかを武器にするわけがないでしょう。これは録画です。それもDクラスの生徒3人による集団犯罪の。」
「…は?」
「中々のリアクションです。ダンガンロンパの真犯人みたいな声でしたよ」
教師を辞職した暁には、芸能事務所にでも入ってリアクション芸人を目指すといい。
例え、リアクション芸で売れなくても問題ない。
茶柱先生ほどの美人なら、大御所への上納システムとやらで上納品を納めれば、今よりも贅沢な生活ができるだろう。
「綾小路。何の冗談だ。」
「俺が冗談を言っているように聞こえますか?」
「もういい。お前との口論は時間の無駄だ。確認させてもらう」
「待ってください。」
メモリーカードを持ち席を立とうとした茶柱先生を俺は止める。
「もし、茶柱先生が確認すれば、Dクラスの生徒三人を自主退学させることに義務が発生しますよ」
「…」
それは即ち、俺達Dクラスのポイントが再び地に落ちることを意味している。
自分の首を自分で切るような行為。
心中覚悟で俺を使って、Aクラスを目指すこの人が出来るはずない。
茶柱先生の浮いたお尻がゆっくりと椅子にもどっていく。
「…私がその義務を果たすと思っているのか?」
「逆に俺がそれを許すとでも思っていますか?」
茶柱先生に選択肢を与えるつもりは毛頭ない。
中身が観測できない以上、このメモリーカードがただプラスティックゴミだとしても、俺の言い分を聞くしか道はない。
「茶柱先生。現実を見てください。もう立場は逆になったんです。」
俺がDクラスを破滅に追い込む証拠を握っている以上、心中覚悟で俺を無理矢理退学にすることはもう不可能だ。
このメモリーカードを茶柱先生に渡す。
その過程を踏むことで、全てを表に出した時、茶柱先生は不義理な教師の烙印が押される。
そんな教師の証拠不十分な話による退学などもう空想と化した。
天井を見て、大きく深呼吸する茶柱先生の次の言葉は聞かなくても分かった。
「何が望みだ。」
「俺が受けたこの半年間の苦痛。それに見合う対価を」
その質問に対する俺の答えはずっと前から決まっていた。
俺はこの瞬間を今まで何度も描いてきたからだ。
この半年間。俺は茶柱先生によって、試験で結果を出すことを義務付けられていた。
それがなければ龍園や南雲や坂柳に目を付けられることはなかった。
俺のハーレムスローライフ計画はこの教師の理不尽に踏みにじられたのだ。
「…私は勘違いしてたようだな。」
「そうでしょうね。何を勘違いしてたかは知りませんし、興味もありませんけど。」
もし、今までの待遇が勘違いによるものなら、いい迷惑だ。
「無駄話は結構です。答えだけ聞かせてください」
今の茶柱先生にはそれを話す権利さえ与えない。
「……分かった。」
「お前の好きにすればいい。」
「いいですね。100点の答えです。」
立場を弁えた奴隷の模範回答みたいだ。
「…晴れて、お前は自由になったわけだ。満足したか?」
茶柱先生はまだ、今の状況に現実味が帯びていないようだ。
『好きにしていい』というのは俺が命令した時、それを受け入れるしかないということだ。
例え、それがどれだけ非道な命令であろうとだ。
それが理解できていれば、開き直って、皮肉気に笑うなんてこと出来るはずがない。
「生まれて、自由を感じたことなど一度もない俺に、自由を実感できるわけないでしょう。」
そもそも、何かと引き換えで得られるものが、自由なわけがないと俺は思う。
条件付きの自由など糞くらえだ。
「だから、確認させてください。」
「…何を言っている」
俺の脈絡のない言葉に戸惑う茶柱先生。
茶柱先生を好きにすることで、自由の証明…とまでいかなくとも、茶柱先生から解放されたことは少なくとも体感できるはずだ。
「何でもするって言いましたよね?」
「…何でもするとは言ってない」
「好きにしていいって言いましたよね。」
「…。一体私に何を望む気だ。」
俺に強い視線をぶつけてくる茶柱先生が屠殺前の家畜に見える。
俺は今、茶柱先生の生殺与奪の権を握っている。
…なるほど。これが自由を奪う側か。
今まで俺への扱いは理不尽そのものだった。
やりたくないことをやらされ、不用意に目立って今の有様だ。
なら、俺のやることは一つ。
やられたらやり返す。倍プッシュだ。
「簡単なことです。」
「まずは俺の靴でも舐めてください。」
茶柱先生が俺の言葉に固まることは当然の反応だ。
およそ生徒が教師に向けていい言葉じゃない。
いや、人間に向けていい言葉じゃない。
「冗談だろ。一体それに何の意味がある」
「おかしな人ですね。靴を舐めることに正当な意味を求めるんですか?」
俺の目を見て、至って真面目に要求していることが分かっただろう。
その状況がまた、恐怖心を煽る。
茶柱先生は俺に逆らえない状況だと理解しているが、体が強く拒絶している。
それもそのはずだ。
教師としての尊厳も、人としての誇りも。全てを捨てなけば、到底できない行為。
茶柱先生の激しい葛藤が透けて見えるようだ。
だが…、同情する気など微塵もない。
茶柱先生から全ての自由を奪うことはもう決定事項だ。
「これは、茶柱先生が俺にしたことに比べればご褒美みたいなものですよ。」
「…」
俺を従わせるということの意味をこの人は軽く見ていた。
その代償は靴を舐めたくらいで払えるほど安くない。
俺はあの時、はっきりとこの人に告げているのだから。
「だから、言ったでしょう。」
「後悔しますよ?って」
俺は茶柱先生の胸ぐらに乱暴に掴む。
シャツのボタンが勢い良くはじけ飛んでいく。
「……いいのか?教師に暴力を振るって。」
「往生際が悪い。今更、そんなカードで俺と対等になれるわけがないだろ」
俺が証拠を表に出すだけで茶柱先生はもう教師ではいられなくなり、夢が叶うことも未来永劫なくなる。
自分の夢を叶えるためだけに、心中覚悟で俺を利用する人が、簡単にそれを諦めるわけがない。
茶柱先生の夢は、魂に刻まれた刺青。死ぬまでその夢を追い続けるしかないのだ。
そして、その夢は俺に従うことでしか、もう叶えられない。
「…っく。」
観念したような裏返った声を聞いて俺は手を離して、目で催促する。
舌をかみ切るかのように歯を食いしばった茶柱先生は、ついにしゃがみこんだ。
俺が片足をあげると、それを震えた手で掴み、口をゆっくりと近づけていく。
…まだ、甘いな。余計な感情が残っている。
「…」
俺は足を地に下し、茶柱先生に目を合わすようにしゃがみこむ。
俺は茶柱先生の顎を掴み、下唇に指をかける。
「無礼な口ですね。蹴り上げられても文句は言えませんでしたよ」
「…」
「俺は言ったはずですよ。これはご褒美だと。」
茶柱先生は身動きできない状態で目を見開く。
俺は上司への業務報告のように淡々としたトーンでさらに底へと突き落とす。
「尻尾を振った犬のように、鼻息荒くして貪るように舐めるんです。ここまで言わないと理解できませんか?」
想像するだけで屈辱的。
人間であること止めるような行為だ。
俺はそれを茶柱先生に強要する。
茶柱先生の目から、ようやく感情が零れた。
所詮、俺より一回り早く生まれただけの人間。
この状況で俺の言葉を受け止めれるのは、拷問に慣れているキルアくらいだろう。
零れた感情は頬を伝い、茶柱先生の顎を掴む俺の手の甲を濡らす。
俺は顎から手を離し、濡れた手の甲を茶柱先生の口元まで持っていく。
「汚れた」
直接的な命令はしない。
最低限まで語彙を絞ったシンプルな言葉には、強制力が宿っている。
靴から手の甲へとハードルを下げたのが功を奏したようだ。
ザラリとした感触が手の甲に当たり始めた。
極度の心理状態からか、舌は渇ききっているのが分かる。
繰り返し、繰り返し、単純作業のように淡々と続ける茶柱先生の目から感情が消えていく。
後はそれが完全に消えるまで待つだけだ。
「やめろ」
俺の合図と同時にピタっと舌の動きが止まった。
茶柱先生は次の命令を待つように黙って俺を見る。
…成ったな。
もう、以前までと同じ人間と思えない。
ホワイトルームで壊れた人間を何人も見てきたが、自分の手で壊したのは初めてのことだった。
今の茶柱先生は魂の抜けた器のようなものだ。
「立て。」
俺の言葉に敏感に反応して茶柱先生は立ち上がる。
制御命令に従い的確な処理が行われるAIのように従順だ。
今、ここでさらなる命令を下すことだって可能だが、そう焦る必要もない。
それよりも、大きな問題が発生している。
今の俺と茶柱先生の主従関係が外に漏れるわけにはいかないことだ。
この部屋を出る時には、正気に戻り、今までの関係に戻らないといけない。
俺は最後の確認をと思い、茶柱先生の頬を思いっきり引っ張っる。
表情筋が伸びるだけで何一つの変化も見せない。
…呼吸はしているだけで、死人のような反応だ。
…まずいな。俺は壊れた人間の直し方なんて知らないぞ…。
俺がこのまま部屋を出れば、この人多分、明日の朝までここに立ち尽くしているだろう。
困った挙句、俺は携帯を取り出す。
現代人らしく、ここは文明の利器に頼るとしよう。
俺は『人間 直し方』と検索する。
中々、今の状況を打破するようなものはヒットしない。
だが、闇雲に探し、素人が作っているようなサイトまで見ていく。
日が落ち、最終下校時刻が迫る中、2つの単語が目に留まる。
『ショック療法』と『降霊術』だ。
降霊術とは、自分に魂や人格を下し、それを死人に吹き込む方法。
そして、ショック療法とは、表面化していない精神の内側を呼び起こす方法。
魂が抜け、人格が精神の内側に抑え込まれた茶柱先生。
もう、この2つをくみ合わせてやる他ない。
「目を閉じろ。俺が許可するまで開くことを禁ずる」
「…」
茶柱先生は何一つ躊躇なく瞼を下す。
俺は左手で茶柱先生のお腹に触れ、狙いを定める。
俺に触れられたことに対しても、一切の変化はない。
俺は右手の拳を強く握り、寸分の狂いなくそれを鳩尾に打ち込む。
綾小路清隆。人生初の渾身の一撃(腹パン)である。
「グハッ…」
女性とは思えないような低い音が鳴り、体から力が抜けてゆっくりと膝をついた。
横隔膜が機能しなくなり、呼吸が急激に浅くなり苦しむようにお腹を抑えうずくまる。
だが、俺に一切の情などない。
気絶しないように、スト6でいう中pくらいには威力を抑えているし、急所もしっかり外している感覚があるからだ。
それにこれで終わりじゃない。
俺は手をついてむせる茶柱先生の顔を無理矢理持ち上げ、気道を確保する。
あまりの痛みに感情が抜けた瞳を覗かせている。俺の命令より本能が上回った証明だ。
呼吸が整い始めたのを確認し、すかさず俺は茶柱先生の口を奪った。
これは断じて愛情表現のような甘いものじゃない。
降霊術の儀式の一つである口寄せである。
一般的に語られる口寄せは自分に神体を下し、それを語るというもの。
だが、相手に物理的に口付けすることで、それを移す場合もあるらしい。
俺は自分の中にある、今までの茶柱先生のイメージを移すように、念を込める。
息苦しくなり、茶柱先生の本能が酸素を求めて首を振るが逃がさない。
ショック療法により、一時的に叩き起こされた茶柱先生の人格と俺が吹き込むイメージがリンクすれば、その反応が表面化するはずだ。
俺は茶柱先生のリンクスタートを静かに待つ。
数秒後、酸素不足による気絶寸前のタイミングで、茶柱先生に変化があった。
目の色が変わり、明確な意思を持って、俺を跳ね除けようと押し出しきたのだ。
「はぁ…はぁ…」
胸を抑え、荒い呼吸をする茶柱先生。
「…ど、どういうことだ」
明らかに感情のある声で、感情の籠った目で俺を捉える。
…どうやら、何とかなったみたいだ。
「覚えていないんですか?」
俺の問いかけに、現状を把握しようと必死になった茶柱先生は辺りを見渡す。
彷徨う視線を俺も後追いしていく。
陽が落ちて、暗くなった外。
机の上にはメモリーカード。
床には取れたシャツのボタン。
自分のはだけた胸元。
お腹にある軽い痛みとはっきりと残る唇の感触。
…また、オレなんかやっちゃいました?
「わ、私に何をしたっ!?」
何を想像したのか、頬染め、手で胸元を隠すようにして俺を見てくる。
どうやら、本当に感情が戻ってきたようだ。
次は記憶の確認だな。
「逆に俺が何をしたと思ってるんですか?」
「…。言えないことなんだな?」
質問に質問で返す俺を見て、茶柱先生の勝手な妄想が進んでいく。
まあ、他人には絶対に言えないことをしたのは確かだが…。
茶柱先生には正直に説明してもいいが、またもぬけの殻になられても困る。
それに、反応を見るに感情と同時に記憶まで綺麗に抜けているに違いないだろう。
なら話は早い。
「言えますよ」
「…な、なに?」
「俺が茶柱先生に何をしたか言えます。そう言っているんです。」
茶柱先生が生唾を飲み込む音が聞こえる。
答えを聞く準備が整うまで待つ時間はない。
「救助行動を取っただけですよ」
「…救助だと?」
「そのメモリーカードについては覚えていますか?」
「……ああ。」
「これはDクラスを破滅に追い込む手段であり、茶柱先生の心中覚悟の力技への対策です。」
「……分かっている。」
前後の記憶が抜けている可能性も考慮して丁寧に説明する。
歯切れは悪いのは、記憶と照らし合わせながら聞いているからだ。
「茶柱先生はその現実が受け入れられず、倒れたんです。その際に床に胸を強く打ち、呼吸が浅くなったんです」
シャツのボタンとお腹に残る痛みと唇に残る感触。
俺は話のつじつまが合うように道筋を立てていく。
「…私が倒れただと?」
「ええ。流石に焦りましたよ。」
「それでお前は救助行動を取ったということか?」
「はい。状況からして、人を呼ぶのは不可能でしたから」
このメモリーカードが現場にある以上、第三者は呼べないからな。
それに、実際やったことは気道確保と人工呼吸だし…。
「…噓は言ってないんだろうな?」
「ええ。本当ですよ。茶柱先生が今のDクラスをAクラスにすることへどれだけ固執していたか、よく分かりました。」
「…。そうか。…すまなかった」
「構いません。それより、気になるのは茶柱先生の夢の詳細。教えてくれますよね?」
「…断ることができないのだから言うしかないだろう」
問題ない答えだ。
茶柱先生には自分の柱である夢と俺がその夢の運命を握っている立場だってことだけは忘れさせるわけにはいかない。
「では、その話は今度聞きますから」
「今度でいいのか?」
自分が言いたくない話を躊躇しないような返事。中々の忠誠心だ。
もしかしたら、本能にさっきの記憶が残っているのかもしれないな。
「ええ。今日はもう時間がないですから。帰りましょう」
「…もう、こんな時間か」
茶柱先生は腕時計を見て、目を瞠る。
長い間、眠っていたようなものだから、驚くのも仕方ないだろう。
俺は茶柱先生と一緒に進路相談室を後にした。
ドアの前には厄介な人物が出待ちしていた。
茶柱先生と絡むといつもこの女出てくるんだよなあ。
茶柱先生、ストーカー被害出した方がいいよ?
「あ、佐枝ちゃん。やっと出てきた!!」
「知恵…。お前は何をしてるんだ。ほっつき歩いて残業代が出るほどこの学校は優しくないぞ。」
おまいう。
俺達がしたことに比べればほっつき歩いていてサボってる方がよっぽど優等生だ。
「佐枝ちゃんこそ。進路相談室で綾小路君と何やってたのかな?さっきはお楽しみでしたねって言った方がいい?」
「知恵。何を一人ではしゃいでる。それに何が言いたいかさっぱりだ」
「だーかーらっ。そこの綾小路君といかがわしいことしてたんじゃないのってこと。」
「はぁ…。知恵、その脳みそにはその見せつけているものと同じく脂肪しか詰まってないのか?」
胸の大きさだけで言えば、あんたも別に変わらんでしょうが。
でも確かに、今日の星之宮先生の露出度は高い。布面積より肌色面積の方が多いまである。
…。あれ?まてよ。そういえば、茶柱先生のシャツのボタン。俺が弾け飛ばしたような…。
「うわ。ブーメラン。…え、てか佐枝ちゃんその胸、谷間だけじゃなくて、下着までチラつかせてるようになったの?流石に引く。」
注視していなかったが、星之宮先生の言う通り、下着が僅かに見えている。
ほお…。黒ですか。
茶柱先生から『しまった』という空気を感じる。
まあ、記憶がない部分だし、仕方ないだろう。むしろ、今気づいて良かったという感じだ。
その状態で、職員室に行けば、避けられるだろうし。
茶柱先生はポケットからヘアクリップを取り出して、応急処置を施す。
「ボタンがいつの間にか取れていたようだ。教えてくれてありがとう。お礼に教えておくが、知恵、上着切るの忘れてるぞ?」
茶柱先生それを逆手に取って武器にする。
機転が利いたいい切り返しだ。
「暑いからこういうファッションしてるだけです~。あ、美的センスの低い佐枝ちゃんには分からないか~。」
「職務中までお洒落するほど、公私混同していない。思春期の男の目線を集めるのに必死になって…。流石に引くぞ」
暑いだけじゃ言い逃れできないくらい肌色成分多めの星之宮先生には刺さる言葉のチョイスだ。
それに、実際、星之宮先生は男子校の風紀が乱れるくらいには谷間を見せつけているし。
「普段、わざわざシャツを第二ボタンまであけて、谷間チラリズムしてる人に言われたくありませーん。そういう人に限って性欲強いんだよ~。きつーい。」
確かに、茶柱先生も普段からだいぶオープンな人だ。
星之宮先生の言う通り、性欲が強そうでムッツリスケベってのも何となく分かる。
…あれ、そこまで言ってないか。
「そういえば、学生時代以降、彼氏出来た事ないよね~。大丈夫?そっちの方。私、心配しちゃうなあ。あっ、そうだ。男紹介しようか?私のお下がりでよければだけど~。」
ひでぇ…。
畳み掛けるように紡がれた言葉には知性の欠片もなかった。
「知恵。どうした?そんな早口になって。カルシウム足りてないんじゃないか?あ、そういえばBクラスは今回最下位だったんだったな。悪いことした。」
恐らく今一番、星之宮先生に刺さるであろうパンチラインが炸裂した。
この醜い女のプライドバトルは茶柱先生の勝ちだろう。
「うわああ。高校時代に佐枝ちゃんが彼氏にフラれて病んでた時のトゥイッターの裏垢晒してやるうう。」
「お、おい。待てっ…。」
中々の置き土産を置いて、星之宮先生は去っていく。
…関係ないが、星之宮先生はTwitterをトゥイッターって呼ぶ変わった人種のようだ。
いや、確か今は数学的な名前に変わったはずだから、トゥイッターは実質死語だな。
ていうか、茶柱先生、黒歴史持ちすぎだろ。
いつかの日に『生憎、私の人生は既に後悔だらけだ』とか自虐していたけど、相当らしい。
これは、婚期逃して一生独身ルートだろうなあ。
そして多分、星之宮先生はろくでもない男と結婚してすぐ離婚するバツイチルートだ。
結果として、女の見苦しい戦いは遺恨だけ残して終わった。
てか、気になるな。その裏垢。
茶柱先生への復讐は今回で終わりじゃない。
今度の機会に全部洗いざらい話させよう。
「…変なとこを見せたな」
「構いませんよ」
もう変なとこは嫌というほど見てるんで余裕で耐性を持っている。
「俺は帰ります」
「…あ、ああ。気を付けて帰れよ」
俺の冷めた目に吃りぎみの挨拶が返ってくる。
俺は気にせずに昇降口に直行する。
はあ…疲れた…。はやく帰って寝たい…。
体育祭に続き、茶柱先生との決着。
カロリーの高いイベントの連続で、限界社会人のような感想が浮かんだ。
それにしても今日は少し急ぎすぎた。
まだ温存する予定だった証拠も使ってしまったのはいいとして、茶柱先生への要求も初っ端から飛ばしすぎた。
まさか、30手前の人間が、あんななるとは思ってなかったんだよなあ。
だが、済んでしまったことは仕方ない。
次に活かせる経験だったことも確かだしな。
今日のことはひとまずリセットできたし、次は段階を踏んでいこう。
俺の復讐は始まったばかりだ。
こうして、茶柱先生はまた、
1万文字、マ~?
長くてすまん。
茶柱先生を虐めてるシーンを淡々と描いても胸糞なので、ネタ多めです
もうそろそろ 新刊出るの。楽しみ。
最近、ラノベ読めてないので、読みたい所存。