綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
誰にでも優しい。
相手は私を褒めるようにそう言った。
私が無条件に優しさを振りまいているように聞こえて、心の居心地が悪くなったのを今も覚えている。
勿論、困っている人がいたら私は手を差し伸べる。
だけど、それは誰にでもという訳じゃない。
世界の困っている人を全員助けるなんて無理難題だ。
だから、その線引きは私の中で明確に決まっていた。
それは、私の目で見える範囲にいる人だ。
例え、それが私に牙を剥いた龍園君であろうと、私を道具のように使う南雲先輩であろうと、もう私の味方ではなくなったクラスメイトであろうと私の力が必要なら、喜んで手を貸す。
だけど、それはもう過去の私の話。
あの日を境に私の学校生活は大きく変化した。
クラスの皆から預かっていたポイントは全て個人に返還することを、クラスの総意として私は受け入れた。
私は申し訳なさと不甲斐なさから、私が持っていた少ないptも上乗せして返す。
「…今からいい子ぶっても無駄だから」
「化けの皮が剝がれてることにまだ気付いていないの?」
「近寄らないでよ。裏切り者の偽善者」
今までと180°変わった対応に私はやっぱりと感じた。
中学生の頃の級友と何も変わらない。
私はBクラスの生徒にとって、都合よく引っ張ってくれるリーダーでしかなかった。
誰も私なんて必要としてなかったんだ。
私の中でネガティブな思考がグルグルと回る。
不登校になって、部屋に引きこもることしかできなかったあの時と同じだ。
当時は、皆の目が怖かった。
皆の声を聞きたくなくて耳を塞いだ。
そんな中、私に優しさをくれた人もいたけど、それさえ恐怖の対象だった。
優しさが優しさでなくなる瞬間を知ってしまったから。
あの時は逃げ出すことでしか、自分を守れなかった。
だけど、今は違う。
私の中には力があった。
綾小路君が私に授けてくれた力。
どんなに、酷い言葉を投げかけられても、あの時一緒に見た夜景やあの時一緒に迎えた朝を思い出しては今も胸が高鳴り、気持ちが上書きされる。
それは決して、恋心なんて綺麗なものなんかじゃなく、体の底からあの人を求め続ける泥臭い執念。
この力はどうしようもなく私を立ち上がらせる。
「私はもう迷わない。」
他人の事なんてどうでもいい。
自分の事なんてどうでもいい。
私はこの力を自覚した瞬間から、綾小路君のために生きると決めた。
私をいい子ぶっていると言う割りに、正義ぶる彼も。
本当に化けの皮が剝がれたのが自分だと気付かない彼女も。
今は、もう私の目には映っていない。
私は区切りをつける意味を込めて、心の内で最後に彼等に感謝を伝える。
ありがとう。
私の期待通りに、裏切り者の烙印を押してくれて。
私はもう迷わない。
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10月半ばを迎えた今日。
生徒会に在籍している全てのメンバーが集結した。
「一之瀬さん。着席をお願いします。」
「橘先輩。私のことは気にせず進めてください。」
「…分かりました。貴方がそう言うならそうしましょう。」
進行役を務める橘先輩は南雲の近くで棒立ちしていた一之瀬に声をかけるが、彼女はそれを突っ張ねる。
南雲は一之瀬帆波を俺の目の前で好き勝手に使うことに悦を感じているようで、満足そうに笑っている。
気持ち悪い顔だな。殴って矯正してやろうか…。
変な性癖を俺にぶつけてこないで欲しいものだ。
俺にとって一之瀬帆波は独占欲を満たすための対象なんかじゃないというのに。
「改めて、皆さんご参集くださりありがとうございます。」
橘先輩の丁寧な挨拶を持って、このメンバーでの最後のミーティングが始まった。
会議開始早々、口を開いたのは南雲だった。
臭ぇ口だな。二度と話せないように縫ってやろうか。
「俺は本当に悲しいですよ。俺の親が一年早く俺を産まなかったことを疎ましく思うほどには。」
「どうやら、俺はお前の親に感謝しなきゃならないらしいな。」
「先輩との時間を尊く思っていたのは俺だけなんてっ…。一方通行な想いってのはこんなにも辛いんですね…。」
この場の空気が一段とピリついたのが分かる。
南雲が冗談のように言ったその言葉に痛みを感じる人間は一人じゃない。
「そうだ。先輩方の任期も卒業までに延期させましょうか。」
「余計なお世話だ。俺はお前と違って暇じゃない。お前は卒業まで任期を引き延ばすそうだが、自分の首を絞めるだけだぞ」
高校三年生の秋から冬にかけての期間がどれほど忙しいか想像するのは容易い。
大学に行くにしても就職するにしても、それなりの準備がいるのは明らかだからだ。
それはAクラスだろうとDクラスだろうと変わらない。
貰える権利は好きな進路に進めることであって、その先は何も保証されていないからだ。
「そこは来年の俺が頑張ってくれるでしょう。」
「楽観的なやつだな、…まあ、お前なら心配ないだろうがな」
「堀北先輩ももう少し肩の力を抜いて楽観的に生きるべきですよ」
「そうか。なら、お言葉に甘えて肩の荷を下ろさしてもらう」
「そ、そんな…。一方通行な想いはこんなにも…。」
しつこい男だなこいつは…。
一之瀬と橘先輩の心をかき回すことが楽しくて仕方ないらしい。
「橘先輩はどう思いますか?」
流石にこのどう思うかというのは、任期が卒業までに伸びたことに対してだろう。
一方通行の想いがうんたらをこの場で振るほど、南雲も怖いもの知らずじゃないはずだ。
「寸分違わず会長と同じです。」
「相変わらず自分のない人ですね~。もうちょっと自分を全面に出していいんじゃないですか?」
「…なら一つだけ。誰かさんのせいでもうお腹いっぱいだと言っておきましょう」
「激しく同意だ。もう当分の間、あの緑は見たくない。」
流石に連日連夜続く劣悪な労働環境にこの男でも嫌気が差していたようだ。
刑務所でも土日祝で7時間勤務。それに時給だって発生する。
俺達は犯罪者以下の待遇で馬車馬のように働かされた。
その原因の一端である南雲に二人は白けるような冷たい目線を向けていた。
橘先輩はさっきの言葉に刺激されているからか、その視線はなお鋭い。
…俺もそれに同調して、同じように南雲を睨んでおいた。
気分は医療崩壊した病院にストライキを起こす所員だ。
「それも任期を伸ばすことで解決できるじゃないですか」
こいつ、労基の回し者くらい手慣れてやがる。
まるで、問題の根本から解決出来るような提案に聞こえるが、本質はそこじゃない。
問題は南雲が会長に向けての準備という理由でサボってたいたということだ。
「無駄話は置いておいて本題に入りませんか。」
「おいおい、意外だな。綾小路。そんなに俺の改革に興味があるのか?」
「時間が惜しいだけです。」
「相変わらず可愛くない後輩だ、お前は。一之瀬を見習えよ。…っふ。まあいい。そんなに気になるなら見せてやるよ。」
南雲の挑発には徹底的に付き合わない。
手ごたえを感じないことに気づいた南雲は、渋々会議を進行させた。
南雲が会長就任に向けて掲げた公約は『真の実力主義』
ビックマウスの称号がとことん似合う南雲らしい公約だ。
実力のある生徒はとことん上に。実力のない生徒はとことん下に。
シンプルなサブタイトルもおまけについているが、プレイヤーの一人である南雲が掲げるには欲張りな内容だ。
大層な公約を掲げた議員がそれを完遂したケースなど万に一つもない。
複数のプロジェクトを同時進行させて、どれも中途半端にしたまま卒業するのが透けている。
「一之瀬。あれを」
手術中の医者がメスを看護師に求めるような手振りで、一之瀬に指示を出す。
一之瀬は南雲の指示を受けて生徒会室のスクリーンにPCの画面を投影した。
「これは俺の改革の一つであるOAAシステム。これは生徒の能力を数値化し、全学年でランキングにしたものとなる」
つまり、クラスの実力差ではなく、個人間の実力差を可視化したものか。
学力、身体能力、起点思考力、社会貢献性の4点を評価して総合力が算出される仕組みのようだ。
この情報は在籍している生徒なら、生徒のOAA情報を自由にアクセスできるようになっている。
「これは俺が就任後、即日実装する予定だ。そうだ、綾小路。手始めにお前の評価を特別に映してやろうか」
「まだ未公開の個人情報だから、俺の許可が必要なだけでしょう?」
「ちっ。いいだろ別に。減るもんじゃないし。来週の月曜日には公開されるんだ。」
減る減る。俺の能力が生徒会メンバー全員の前で開示されるのは、精神がすり減る。
…だが興味がないというわけではない。
「どうしても見たいって言うならいいですよ。」
「…舐めやがって。一之瀬言ってやれ」
「…え?わ、私ですか?」
…確かに、誰が言うかまで指定していなかったな。
「お前も気になるだろ?Dクラスである綾小路の能力が学校にどう評価されているのか。」
「…」
一之瀬は葛藤の末、俺に目を合わせてきた。この狭い一室にいて、一度も合わなかった目だ。
…あの時と変わっていないようで安心した。
「あ、綾小路君。ダメ?か、な…」
「南雲、映していいぞ。」
俺と言葉をかわしたのはいつ振りか…。
緊張から甘嚙みする一之瀬だが、しっかりと懇願するような声を聞いて、俺は即答する。
一之瀬が必死にやった結果に、応えない俺ではない。
「綾小路…。お前…」
「一之瀬さんに甘すぎませんか?綾小路君。」
堀北兄と橘先輩からの蔑む視線を感じるが動じない。
「ふっ。そのふざけたユーモアがOAAに反映されてるといいな、綾小路。」
スクリーンに俺のOAA画面がついに表示された。
俺の名前の横には、いつ撮影されたのかも分からない俺の顔写真があった。
名前と顔、年齢まで分かるのか。
噂に聞いた事のあるキャバクラの嬢を選ぶ時のパネルみたいでなんか嫌だな…。
いっそのこと、顔にモザイク加工をいれて、本名じゃなく源氏名とかも載せれたら面白いかもしれない。
「な、なんだこれはっ?」
俺は驚愕の声を聞いて、浮ついた思考から我に帰った。
…あの人、名前なんだっけ…?関係値もなければ、印象もないので全く覚えていない。
かろうじて覚えているのは桐なんとかって誰かに呼ばれていたことだけだ。
OAAシステムの前に名札を導入しないか?いや、ますますキャバクラに寄ってきたな…。
男で桐なんとかさんだから、源氏名はキリトってところだろうか。
…なんか、なろう系ラノベのキザな主人公みたいになっちゃったよ…。
学力A
身体能力A+
機転思考力B+
社会貢献性C-
総合力B+
身体能力が最高評価な点を見るに、もう体育祭の結果も反映されているようだ。
水泳部の成績だけで最高評価にはならないだろうからな。
逆に俺のここ一週間の多残業による生徒会への貢献は評価されていないらしい。社会貢献性が低すぎる。
社会貢献なんて死ぬほど興味ないが、歯車として頑張ったことは評価してほしいものだ。
…いや、残業が評価向上に繋がるなんての前時代的でクソな考え方だ。定時までに仕事を終わらせる社員の方がよっぽど優秀なのだから。
しかも、生徒会は完全無給で完全無休だしな。これがほんとのサービス業ってな。はっはっはっ。
…笑えねぇ。
「社会貢献性が低いな綾小路、公共交通機関で老人にちゃんと席を譲っているか?」
上司の堀北兄からご指摘を賜った。
なんで、俺がそんなことを…。と思ったが考え直す。
この学校に来るバスで老人に席を譲ったことを思い出した。
あの頃は、どういう立ち回りをすれば女の子にモテるか模索中だったんだよな…。
老人に優しくするだけでモテるなら、魔法使いや賢者にジョブチェンジする人間はいないのにな。
「でも会長。綾小路君の起点思考力はもう少し評価されてもいいですよね。どういう評価基準何でしょうか…?」
「確かにな。他の生徒の評価が気になるところだ。」
起点思考力。曖昧な単語だ。
人の頭の中での思考を正しく数値化するなんて到底無理な話。
このアプリ画面からキャバクラの嬢指定パネルを連想した俺の起点思考力が評価される日は来ないのだ。
…いや、評価されたら逆に下がりそうだ。
「えっ!?あ、綾小路君!! 学年順位1位って下に出てますよ!!」
「見えてます見えてます。」
さらにスクロールされた先には学年順位が出てきた。
橘先輩は予想外の展開だったのか、俺の肩を激しく揺らしてくる。
一之瀬もこの事実には驚いているのか俺を見ている。…一之瀬だけじゃない、この生徒会室の目線は俺に集まっていた
やめて、みんな見てるから…。恥ずかしいから…。
俺の能力が高水準だと言う事は見抜いていただろうが、橘先輩もトップだとは想っていなかったのだろう。
それにしてもB+で一位か。
単純な俺の能力だけを見ても分からなかったことだが、このA評価というのは相当の評価らしい。
「…なんでこんな奴がDクラスなんだ…」
キリト先輩のつぶやきは本人が思ってた以上にはっきり俺たちに聞こえた。
一之瀬がいる空間でそれは中々ナイーブな話題だぞ…。
「そんなことに拘っているからお前はBクラス止まりなんだよ。」
俺がこれだけ優秀な能力を有していながら、Dクラスな理由。
その話題を即座に変えたのは意外にも南雲だった。
だが以前南雲に、俺がDクラスだということに対して文句をつけられたのを覚えている。
今の発言は一之瀬に刺さる発言をしたキリト先輩に対しての罰だろう。
…にしても、キリトって見た目じゃねえな。どう見ても頭でっかちなインテリ系だし…。
「…おっと、手が滑った、」
スクリーンの映像が素早く切り替わる。
画面が切り替わった後にスクロールまでされて辿り着いたのは南雲のOAA画面だった。
おい、今一瞬、南雲の名前の横に無駄にキメ顔の顔写真が採用されていなかったか?
…こいつ、もしこの写真を撮るのを理由に忙しいとか言っていたなら、すぐ近くの東京湾に沈めてやる。
学力A
身体能力A
機転思考力A+
社会貢献性A+
総合力A
当然のように学年一位の文字が添えられていた。
圧巻の評価値に声を失う一同。
いや、声を失っているのは、手が滑ったなんて下手な演技をしてまで自分の能力をひけらかす南雲に引いているからだろう。
「流石ですね。」
色んな意味で…。盛大に滑ったのは手だけじゃない。
生徒会室は何とも居たたまれない空気になっていた。
「まあ、見えてしまったものは仕方ない。綾小路、お前は特別じゃないということだな」
女子高生の見せパンくらい堂々とさらけ出してましたけどね。
いや、女子高生の見せパンは見たいが、こいつのOAA評価値とか全然見たくねぇな…。
それにしても、南雲の社会貢献度の高さを見るに、せこせこと教師陣へのポイ活に励んでいたようだ。
社会貢献なんて絶対やらねえだろ、この男。
「それで、このOAAを導入する目的はなんですか?真の実力主義と何の関係が?」
「OAAは相対的評価だ。即ち、OAAの数値は個人の実力に上下をつけるものとなる。」
「それは分かります。」
「話を腰を折るやつだな。まあいい。今後はこのOAAランキングの上位者には特別試験で優遇されることがある。もしくは勝利を納めたクラスのOAAランキング上位者に特典があるとかな。」
…OAA現状学年1位の俺は、クラスが勝つだけで、pptやら何やらの特典が手に入るということか。
本格的に俺のフェードアウトに現実味が増してきた。
洋介と櫛田の関係値を作ることも、堀北と洋介のパイプ役になったことも全て実を結びつつある。
今後は、OAAの実力をキープしておけば、インカムゲインで得をする。サイドFIREみたいなものだ。
「なるほど。あれもその一つってことだな。」
「正解です。まあ、多用できるものではないので限定的なものになると思いますけど。3年生には特に関係無いと思います」
「…会長。あれとは一体…」
橘先輩が会話に置いて行かれている俺たちに変わって聞いてくれる。
改めて、司会進行役の役割に最適な能力だな。
「クラス移動チケットだ。教師陣の許可を取るのには骨が折れた」
南雲はその答えを平然と言ってのけた。
2年Bクラスであるキリト先輩の顔つきも変わった。
Aクラスに在籍していない者からすれば、喉から手が出るくらいに欲しい代物だろう。
だが、手放しに喜べるほど便利な使い方が出来るとは到底思えない。
何故なら、実力者である人間がそのチケットのために頑張るというのは滑稽な構図だからだ。
自分でAクラスにあがれる実力がないと言っているも同然だ。
衝撃的な話だが一之瀬は表情を変えていなかった。
事前に知っていたのだろう。
「おっとこれ以上、話を広げると言っちゃ言けないことも漏らしてしまいそうだ。そろそろお開きにしましょう」
真の実力主義かどうかはおいといて、南雲は本気で改革しようとしている。それは確かだ。
伝統を重んじてこれまでの学校を守ってきた堀北学。
それを全て壊して自分の時代を創ろうとする南雲雅。
相容れない存在だからこそ、南雲が一年早く生まれていた世界線は気になるな。
「この2週間、遊んでいたわけじゃなさそうだな。」
「いい手土産になったでしょう?」
南雲の一貫して変わらない軽薄な態度に堀北兄は立ち上がる。
もしかして、ついに殴るつもりだろうか。
親父にも殴られたことがなさそうな南雲の顔に紅葉がつく瞬間が見れるとは…。
『やれー。そこだー。急所を狙えー』
そんな野次を飛ばすべく、俺は身構えるがその瞬間は来なかった。
「…間違っても任せるなんて言えないが…」
「だが、今日を持ってこの席はお前のものだ」
「安心してください。俺も間違っても先輩の後を引継ごうなんて思ってませんから。」
堀北兄と橘先輩は二人で生徒会室の扉の前に向かう。
「達者にやれよ。綾小路」
「皆さん、お世話になりました。」
何も聞かされていなかった最後の引継ぎはものの1分も経たずに終わる。
二人はその言葉を残して、生徒会室から出て行った。
「…終わったか」
南雲のその言葉を聞くまでは、俺はあの二人が明日からもこの場所に来ることを疑っていなかった。
いきなり始まっていきなり終わった最後の展開に誰もついていけていない。
南雲がスべった空気より重たい空気が流れた。
「おい。一之瀬。そこは『違いますよ。今、始まったんです』って言うところだろ」
…これが新会長か…。
まさか、重たい空気をスベった空気で上書きするとは…。恐れ入った。いや、ほんとに怖い。
なんで、そんなことが平然とできるのこの男。
「俺は用事があるので今日は失礼します。」
「待て、明日からお前は俺の部下だと言うことを忘れるなよ」
「わかってますよ。南雲会長」
「…変に物分かりがいいな。まあ分かってるならいい。好きに行ってくればいい」
南雲は俺が二人を追いかけることを見透かしている。
それ故の確認だった。
明日からが憂鬱だな。
あの二人がいない今、俺が生徒会に残る義務はあるんだろうか。
…バックレよう。
そうしたいところだが、心残りがある。
一之瀬だ。
…くそ、明日からもあの南雲の顔を見なきゃならないらしい。
…俺が生徒会に入ったのは堀北兄と橘先輩に誘われたからだ。
『先輩のせいですからね。俺がこうなったの。責任取って下さいね。』
俺は堀北兄にぶつける言葉を心に決めて、堀北兄の残穢を追った。
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特別棟の屋上。
体育館の裏。
3年Aクラスの教室。
……奴の霊圧が完全に消えている。
2人が最後の会話するのに相応しいエモい場所を手当り次第に探すが見つからない。
「あの男に任せるとあのまま普通に帰宅しようとするだろうからな、場所のチョイスは橘先輩のはずだ。」
橘先輩が告白の場所に人目の着く場所を選ぶとは思えない。
放課後に生徒が集まるケヤキモールやその周辺施設は除外だ。
それ以外に最高のエモを演出できる場所は……。
…なんで俺はこんなエモを必死に探してるんだ。
ファインディング・エモかよ。いや、意味分からんわ。
エモいなんて感情が何一つ理解できない俺は手詰まりを感じて、誰もいない3年Aクラスの窓の外に目をやった。
校庭には何の変哲もないバスが止まっているだけだ。
だが、何故か俺はそこから目が離せなかった。
…まさかあの時の堀北兄の問いかけがヒントになるとはな。
この高度育成高等学校の始まりはいつもあのバスだった。
そこに学年差などない。
あの二人が初めに出会ったのは、あのバスである可能性が高い。
初めて出会った場所で告白する。
女性誌のおまけ知識に載ってるような、王道のエモだ。
他の選択肢なんてない俺はダメ元で、校門の近くのバス停に向かう。
2人の視界に入って、水を指す訳にも行かない。
俺はバス停の近くに設置されたベンチに座っているという一点に賭けて、そのベンチの後ろにある学校の塀越しに聞くことにする。
「私、会長の事が好きです」
いきなりクライマックスかよぉぉ。
戦闘シーンからいきなり始まるアクション映画か。
だが、どうやらギリギリ間に合うことに成功したらしい。
それに、場所の予想も完全に的中していた。
「そうか」
それに対する堀北兄の返しはシンプルな三文字だった。
長い間もなければ即答でもない。
いつもの会話と同じテンポだ。
「…そ、そうかって。会長、それが答えですか?」
「答え?そもそも問いになっていなかっただろう。俺に返事を求める時は目的を忘れるな。それに、俺はもう会長ではない。」
これ、告白の現場だよな……?
上司の説教にしか聞こえないんだが…。
「橘。俺にどうして欲しいんだ?それを言え」
…流れが変わったな。
今の対応をした堀北兄が続きの言葉を引き出そうとするとは思わなかった。
確かに、現状では、橘先輩の言葉は自分の気持ちをぶつけただけだからな。
……まあ、普通は察するんだけどな。
好きだと告白する=交際を求めてるってことだし…。
「そこまで言わないと答えてくれないなんて、会長意地悪ですね。分かりました。言いますよ…。あ、…あぁ、なんか急に恥ずかしくなってきました。やっぱり仕切り直させてください。」
「ああ。好きにしろ。あと俺はもう会長じゃない。」
なんか話の腰を折ったせいで、橘先輩も乱れてきてる。
決めてきた覚悟が揺らぎ始めているのだ。
いつもスマートに仕事をこなす2人の告白がこんなグダグダになるとはな。
成功するにしろ失敗するにしろ、もっと綺麗に終わるものだと思っていた。
というか、この男にはスルースキルないのか…。
もうそこは会長でいいだろ。
「…私にとってはずっと会長です。」
「…改めて言います。会長、好きです。私を彼女として、明日からも傍に置いてくれませんか?」
今までは書記として。
そして、これからは彼女として。
名前が変わっても、橘先輩が求めることは変わらない。
堀北兄の隣にいる権利だけが、彼女の求めるものだ。
「断る。」
え?ここまで引っ張っておいて……?
「俺はお前と交際関係にはならない。」
「だが、卒業まで俺を支えて欲しい。それじゃダメか?」
「………。会長にとって、私は都合のいい存在でしかないんですね。」
塀越しに駆け出す足音が聞こえた。
この告白が終わった証だった。
さて、俺はどうするか。
取り残された堀北兄の元に行くか。
走り去っていった橘先輩の元に行くか。
俺の行動に迷いはなかった。
不可解な点が多すぎる。
その点を解消しないと、前に進むことは出来ないからだ。
原作よりも早くOAAを導入しました。
色々理由はありますが、作品的な裏付けは南雲がその準備を急ぐ必要性を感じたからです。
それに、そっちの方が数値的に今の綾小路がどう評価されるか分かって面白いと判断したからです。
ハーレムの王をめざして、綾小路君が遺憾無く実力を発揮した結果、学年1位という評価に落ち着きました。
原作の学年1位の平田洋介に比べて、明らかに綾小路の方が勝っていたので必然の結果ではありますが・・・。
一之瀬の話を進めつつ、橘先輩の話を進めていたら、進み具合が遅めなので2学期はまだまだ続きそうです