綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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#58 改革と快楽

 

 

「えっ!?な、なにこれ。OAAランキングのTOP3が全部Dクラスなんだけどっ!!」

 

1位 綾小路清隆 B+(81)

2位 平田洋介 B+(78)

3位 櫛田桔梗 B+ (74)

 

俺にとっては予想通りだが、櫛田にとっては胃が痛い展開だろう。

例の噂を加速させるような結果だ。

後で胃薬でも差し入れしてやらないとな。

 

クラスから向けられる懐疑的な目線を無視するように俺は窓の外に顔を背けた。

今日はうろこ雲か。いつ見ても阿笠博士の眉毛みたいだ。

…阿笠博士の眉毛って、あれ染めてるのかなぁ。

 

「…あなた、全く関心がないわね。もしかして、知ってたの?」

「まあな」

俺は鈴音に短く返事して、前を向けというジェスチャーでこれ以上の会話を拒否しておく。

 

OAAについては概ねは知っていた。

だが、機転思考力は友人の多さも評価対象に入るとは知らなくて、今軽く絶望しているところだ。

俺の友人の少なさは櫛田のお墨付きだしな。

 

既にクラスでは固有のグループが存在する。

軽井沢・洋介が率いる陽キャ集団。

櫛田がまとめるクラスカースト底辺集団。

みーちゃん・松下・かや乃のような小規模な仲良しこよし集団が複数。

 

そして、鈴音・長谷部・佐倉・幸村・高円寺などのどこのグループにも属さない派閥だ。

俺は奇しくも、この派閥なんだろうなぁ。

 

既に出来上がったコミュニティに属すのは意外と難しいものだ。

佐倉も成り行きで勉強会の時は軽井沢グループにいるが、異物感は隠せていないしな。

  

「騒ぐな。静かにしろ。前を見ろ。OAAは本題じゃない。」

 

茶柱先生が教卓を叩き喝を入れることで、クラスはようやく静かになった。

 

全員が前を向く中、俺だけが未だに空模様を楽しんでいるが茶柱先生がそれを咎めることはしない。

それに違和感を感じることが出来たのは隣の席の鈴音だけだっただろう。

 

「周知の事実だと思うが、明日からは中間テストがはじまる。そして、その1週間後には小テストが実施される」

「テストの後、まだテスト!?」

「絶望ついでに聞いといてやろう。そのテストが終わればどうなると思う?」

「まさか……」

「そうだ。期末テストが始まる」

 

山内と茶柱先生の既視感のあるやり取りでテスト三昧が宣告された。

彼の発狂に近い慟哭が教室に響き渡る。

池は例の一件から静かになったが、やはり山内は調子に乗り始めているようだ。

 

「茶柱先生。1学期には小テストがありませんでした。何か特別な意味があるんでしょうか?」

「流石OAA評価学年2位。着眼点が叫ぶだけの山内とは訳が違うな」

茶柱先生の発言で、冷たい目でクラスから見られていることに気付いた山内はようやく静まった。

山内の対応としては完璧だが、洋介にとってはあまり公に触れてほしくない話題を触れられた形になる。

洋介の表情は変わっていないが、心に針を刺されたような感覚だろう。

 

「この小テストの成績は期末テストにおける2人1組のペアを決めるものとなる。そして、その試験では…」

 

茶柱先生はそのまま、期末テストに行なわれる通称『ペーパーシャッフル』について説明し始めた。

理解が追いついていない生徒を置き去りにして、最後まで説明しきった。

 

鈴音がお節介にも要点が箇条書きされたメモを俺に渡してきた。

頬杖をついて窓の外を見る俺から、やる気のなさを感じ取ったのだろう。

 

・期末テストは2人1ペアで挑む。小テストの結果で組み分け。

・ペーパーシャッフル。

全クラスが期末テストを作成し、他クラス一つに出題。

攻撃側 防御側共に総合点で勝てば50cl。

 

簡潔に纏められた内容だが、clに目が向いて退学のリスクについては書かれていない。

 

鈴音は赤点とは無縁の生活をしてきた。

だからこそ、テストで自分が退学するとは思っていない。

 

「以上でHRを終える。質問がある人間は個別に私に聞きにくるといい。その質問の内容もOAAに評価されると思い、慎重に来ることをお勧めする」

 

暗にくだらない質問はするなと釘を刺して、茶柱先生は教室を出ていった。

 

OAAが公開された今、一筋縄じゃいかない試験だ。

何しろ、相手の学力は丸裸状態だ。

目にも明らかな学力差を埋めるために龍園がどういう戦略を取ってくるか。

リーダー不在のBクラスがどこまでやれるのか。

OAAがなければクソつまらない試験になりそうだっただけに、南雲の改革の効果が分かりやすい。

 

「……」(こんなに強い視線を向けられるのも久しぶりだな)

「もう空は飽きたでしょ?いつまでそうしてるつもりかしら」

「鈴音の方じゃないのか?飽きたのは。俺の横顔は面白くないぞ」

「そうね、面白くない。だけど、面白くないのは貴方の横顔じゃなくて態度。どういうつもり?」

「…つまり、俺の横顔は面白いってことか。ありがとうお母さん、面白い顔に産んでくれて。じゃ、俺は生徒会があるからこの辺で帰るとするよ。」

 

俺は適当に誤魔化して、荷物をまとめて席を立つ。

他のクラスの連中もまずは中間テストだと切り替えて、半分近くが帰り始めている。

このビッグウェーブに乗るしかない。

 

「その態度のことを言ってるのよ。テスト期間は生徒会活動がないはずでしょう?」

鈴音は立ち去る俺のシャツに素早く手を伸ばして引き留めてくる。

 

「はなしてくれ。」

「…私に気に入らないことがあるなら言ってよ。」

「ないものは言えない」

「…なら、どうして目を合わせてくれないの?」

鈴音に求めるような目を向けられようと、俺には尚更それに合わせるわけにはいかない理由がある。

 

「ちょっと、ちょっと。テストがいっぱいあって、大変なのは皆一緒だよ。堀北さん。落ち着いて」

 

トタトタと櫛田が駆け寄って、俺と鈴音の間に入ってくる。

櫛田が来たことにより、俺達への注目が集まり自然と鈴音の手の力と緩む。

 

「…帰るわ」

鈴音は平坦な声で短くそれだけ言って、教室から出ていった。

 

「わ、私、失敗しちゃったかな?」

「そんなことないさ。それよりいいのかあっちを置いてきて。櫛田がいないと困るだろう?」

櫛田は教室に残り、クラスカースト最底辺の講師役をやっていたようだ。

櫛田が抜けたことでその生徒の篠原や佐藤達の手が完全に止まっている。

 

「…綾小路君も来てくれないかな?凄く助かるんだけど」

「えっ綾小路君も教えてくれるの?なら、私達も参加しよ」

「……あ、わ、わたしもっ。」

櫛田の提案は、空気を変えるだけじゃなく、恵達のグループを巻き込むきっかけとなった。

恵達に混ざっているようで、その実一人で勉強していた佐倉も混ざりあっという間に大所帯になる。

 

「…そうだな。少しだけでいいなら」

「ありがとう。綾小路君!」

断れない状況を作られた以上、ここで帰るわけにもいかないな。

俺は櫛田に手を引かれ、餌を待つ犬のように座っている大所帯の元へ向かう。

櫛田と繋いだ手から、握力を強くしたり弱くしたりと繰り返す不自然な力を感じた。

 

それは事前に決めた『合格』というメッセージだった。

 

…あの時の櫛田との約束。

鈴音への接触を避けること。

しないでなく、避けるなのがミソだ。

 

櫛田は俺がいなければ鈴音を退学させるのは簡単だと言った。

直接手を汚さないというようなポリシーは櫛田にはなく、むしろ他人には任せられないという気概すら感じた。

 

そして、それはもう既に始まっている。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「じゃあね。おやすみ〜」

「明日は頑張ろうねー」

「皆、根詰めすぎて寝坊しちゃダメだからね〜」

 

口々に称え合うような別れの挨拶をした後に、ようやく俺は自分の部屋に帰ってきた。

結局…最後の最後まで付き合わされたな。

 

ガチャ。

 

後ろ手に閉めた扉がノックも無く開く。

 

「…俺にプライベートはないのか」

「ないよ。はやくあがってケータイ貸して」

 

あがってか…。ここは俺の部屋なんだがな。

俺よりも早く、部屋に上がり込んだ櫛田から、催促される。

 

「ここに来たこと、バレてないんだろうな」

「冗談でしょ。頭の出来の悪いあの子達に私がバレる真似すると思う?」

…杞憂か。

まさか、櫛田が皆と別れて帰ってすぐ、自分の部屋に荷物だけ放って俺の部屋に直行すると誰が読めるというのか。

俺でさえびっくりしたほどだ。

 

他人の意識を読むことに長けている彼女だからこそ、外側に潜り込むのも容易ということだろう。

 

「綾小路君。えらいね。私の言うこと守ってるじゃん」

ベットの上を我が物顔で占領して、俺のケータイのメッセージを確認して満足気に笑う櫛田。

美しいよそ向けの笑顔を作るのではなく、誰の目も気にせずに悪く微笑む。

 

「でも、まだ堀北さんからメッセージは来てないかぁ。あの女のことだから、女々しいメッセージの一つや二つ、綾小路君に送っててもおかしくないんだけどね〜」

「満足したなら返してくれ。俺は疲れてるんだ」

「あはは。たらい回しにされてたもんね〜。」

「ああなることが分かってたから嫌だったんだ」

 

生徒会に入った恩恵の一つ。

それは、クラスの世話係を櫛田と洋介に完全に押し付ける言い訳ができたことだった。

だが南雲が会長になった今、働き方改革だとか言い出して、テスト期間は完全に生徒会活動が禁止となった。

 

だが実際は南雲がその期間、生徒会室を私物化したいだけ。

一之瀬を呼んだり、他の生徒を呼んでボードゲームをしたりと職権濫用の限りを尽くしている。

そして、それを一切隠さないのが南雲という存在なのだ。

 

『濫用できない職権に意味なんてない』なんて言い出す始末である。

 

「あの乳女はお気に入り?やけに絡まれてるように見えたけど」

「…もしかしなくても、佐倉のことか?」

「頭も悪くて運動もできなくてコミュ力もない。あるのはそれだけ。お似合いの名前でしょ?」

厳しい目で見ればそうなのかもしれないが、他人の身体的特徴を論ってそれをあだ名にするのは最低な行為だろう。

 

「櫛田より性格がいいことも追加してほしいところだな。」

「ふーん。あの子の肩もつんだ。やっぱお気に入り?」

「さっきから、なんなんだ。そのお気に入りってのは。別に普通だ。他の女子と何も変わらない」

「ま、あの子はそうじゃないだろうけどね。綾小路君に教えてもらう時だけ女の目してたの気付いてるんでしょ?」

「佐倉は女子なんだから、女の目に決まってるだろ」

「それ、面白くないよ。」

 

櫛田は『見ただけだよ』とわざわざ前置きして、俺にケータイを返してきた。

櫛田には勝手にメッセージを返信した前科がある。

佐倉のこと話題に挙げたくらいだ。佐倉に良からぬメッセージを送っている可能性もある。

 

だが、俺は中身を確認することなくそれをそっと机の上に置いた。

 

「いいの?」

「なんだ。確認した方がいいのか?」

「…ううん。時間の無駄。…だから、はやくこっちきてよ」

 

…佐倉に女の目がどうのこうのよく言えたものだな。

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

「きよたかくーん」

お昼休み。

みーちゃんが勢いよく飛びつくように俺に抱きついてくる。

もう、お決まりの光景でクラスの皆が特別見向きすることはない。

  

「見ましたか!?中間テストの結果!」

「6位おめでとう」

「はい、最高記録ですっ。」

張り出された紙は上から俺、高円寺、鈴音、洋介、幸村、みーちゃんの順に名前が並んでいた。

ちなみに7位は櫛田で8位は松下だ。

 

英語や数学などの特定の教科での成績は元からみーちゃんはトップクラスだったが、総合点でこの位置につけたのはすごいことだ。

 

よほど嬉しいのか、俺の制服に頬擦りするように頭を押し付けてくる。

義務なでなでしておくか……。

 

女性の頭を撫でるという行為は基本的にマイナス効果が高いと俺は分析している。

櫛田にすれば噛み付かれるだろうし、佐倉にすればダッシュで逃げられるだろう。

 

だが、俺への好感度がカンストしてるみーちゃんになら有効だ。

俺がみーちゃんに対して起こしたアクションは全て、彼女の便利な翻訳機によって肯定される。

 

「えへへ。千秋ちゃん褒めてもらえたぁ。」

「私がマンツーマンで教えたんだからね。それくらいはやってくれないとね。」

「ほんとありがとうだよ〜」

「8位がなんでそんな偉そうなんだよ。」

「私はまだ本気出してないから。」

それが本当なら頼もしいことだが、みーちゃんに負けて本気で悔しがってるように見えるし、ほとんど全力だろうな…。

 

俺が生徒会業務に追われている間、松下にはみーちゃんと勉強してもらっていた。

みーちゃんの苦手な教科を松下なら教えられると見込んでのことだが、松下の刺激としても申し分ない成果だったようだ。

…橘先輩へ接触する上で邪魔だったから、適当に仕事を振っただったんだが、棚から牡丹餅だったな。

 

「…そういえばかや乃の方はどうした?お昼は一緒のことが多いだろ」

「あ、かや乃ちゃんは外周走りに行ってるよ。」

…強豪校のサッカー部かよ。走ればいいってもんじゃないんだぞ。

 

「私は運動頑張るんだって言ってた」

「最近、ちょっと太ってきたとも言ってた」

みーちゃん。それは、俺に言っていい話なのか?

 

かや乃の成績は中の下。確かに中途半端に成績を伸ばすくらいなら、OAAで高く評価されている運動能力を落とさないように注力するのも考え方としては悪くないのかもしれない。

 

「清隆君、お昼どうするの?」

「食堂だな。一緒に行くか?」

俺の返事を聞いたことで安堵するようにみーちゃんが笑った。

松下はそれを娘を見守る母のようにほほえむ。

…なるほど。そういうことなら、腕前が楽しみだな。

 

「俺は料理には厳しいぞ。」

「もう、なんでそういうこと言うかな。みーちゃん怯えちゃうでしょ。」

松下ママからお叱りを受ける。

仕方ないだろう。

俺は塩と砂糖を、間違える系ヒロインだけは大嫌いなんだ。味見しろよ。バカ。

 

怯えるみーちゃんと松下ママに連れられて俺達は中庭へと向かった。

 

「こ、これです。」

蓋を開けると、余り見慣れないおかずが並んでいた。

…お弁当に中華か。定番の揚げ物や一品物を採用せず、自分の得意ジャンルで勝負しにきたと言うことだろう。

 

白米ではなく炒飯。おかずには青椒肉絲にエビチリに春雨ベースの中華サラダが添えられてる。

手の込んだ料理が並び、口に合わないということはあっても大事故が起きない安心感がある見た目だ。

 

「いただきます」

 

二人が見守る中、俺は次々に口に運んでいく。

脳天から衝撃が走ったかと思うほどの旨味が口の中で広がる。

青椒肉絲の濃い味付けとピリ辛といい塩梅の甘味のエビチリがシンプルな炒飯によく合う。

 

控えめに言って最高だった。

 

「めちゃくちゃ美味い」

「ほ、ほんと!?」

「ああ。俺の表現力で味を評価するのが恐れ多いと思うほどだ。」

「それ、分かりにくい褒め方してるよ。」

松下ママから、ツッコミが入るが俺は無視して箸を進める。

 

最近は異世界に行って飯だけ食うラノベや拷問の時間だと言って飯テロしてくるアニメとかが流行っている。

その時に求められるのが、食レポの語彙力だ。

俺には残念ながら、この料理を表現しうるだけの語彙を持ち合わせてないって話をしたかっただけなんだ。

 

だからこそ、俺はそれを補うように勢いよく完食する事で美味いもの食っていると体全体で表現することにした。

 

「ご馳走様。ほんとに美味しかった。ありがとう。」

「うぅ。作ってよかったよ〜」

俺の豪快な食べっぷりに努力が報われたと感じたみーちゃんが涙ぐむ。

ギャル曽根顔負けの演技をした甲斐があったな。

 

「当たり前でしょ。うちの子は凄いんだから。」

「お前の子じゃないだろ」

すっかり母親が板についてきたな。松下。

こういう面倒見の良さも松下の魅力の一つだ。

俺が楽したいとかそういうわけじゃないが、これも仕事だと言って、講師役を押し付けてもいいかもしれないな。

…それが実現しても櫛田は逃してくれなさそうだが。

 

一家団欒のような雰囲気で談笑が始まった。

先に食べ終わった俺としては手持ち無沙汰な展開だ。

 

「次は小テストか〜。成績に入らないってなると力抜けちゃうなぁ。」

「逆に力抜いちゃった方がいいかも」

「え?」

「…綾小路君はどうするの?」

みーちゃんとは違い、松下はある程度小テストの仕組みについて理解しているようだ。

だが、自分が小テストでどう立ち回るかは決めかねているようで俺に意見を求めてきた。

 

「俺は変わらず100点を取る。例年期末テストの退学ボーダーは750点前後と言っていた。俺一人で800点取るから、誰がペアでも問題ないしな。」

「……」

松下は分かりやすく絶句する。

口に運んでいたおかずが逆再生されるように弁当にポトリと落ちた。某CMみたいだな……。

 

俺の能力がもうバレている以上出し惜しみする必要はない。そうじゃなくても、退学のリスクがあるなら俺は最善を尽くすだけだ。

 

「…生徒が問題作るから、中間テスト難易度とは訳が違うよ?」

無問題(モウマンタイ)。」

「……流石OAA1位だね。私には真似出来ないよ」

俺が中華風に言って空気を和まそうとしても、松下の空いた口は塞がらなかった。

それどころか、口を衝いて出たのか皮肉じみたことを言ってくる。

 

「清隆君がDクラスに配属された理由なんてどうでもいいよ。私は清隆君がDクラスで良かった。千秋ちゃんは違うの?」

 

OAA導入により、櫛田や俺や洋介の不透明な部分が可視化されてしまった。

今はまだ表面上、上手くやっているが、いつ綻びが出るか分からない状態だ。

 

だが、みーちゃんの気持ちが噂程度でブレることはない。

それが確信できる答えだった。

 

「私は他人の評価なんかより、目で見たもの信じる。だって、OAAが私より清隆君を知ってるわけないもん。清隆君がDクラスであることに、もし理由がいるなら、先生の見る目がなかった。それだけだよ」

「…子供に諭されるお母さんの気持ちが分かった気がする。ごめん。私の目が曇ってたよ」

みーちゃんの力説には松下を説き伏せるだけの説得力があった。

 

俺や櫛田や洋介がDクラスに配属された背景は分からくとも、それを追ったところで、進展性は0であるのは明白なのだから。

 

「無性にみーちゃんを抱きしめたくなった」

冇问题(モーマンタイッ)!」

俺の真似のようだが、本場仕込みの発音に差を見せけられる。

食べ終わった弁当箱を避けて、みーちゃんがいつでもウェルカムと言わんばかりに手を広げるので俺はそれに飛び込んだ。

 

みーちゃんが俺に飛びついてくる光景はもう日常だが、その逆は非日常。

それにみーちゃんが喜びを感じないはずがない。

 

みーちゃんは俺の勢いに負けて、芝生に転がるがキャッキャっと光る宝石のように笑う。

 

「……目の前でイチャイチャしないでくれる?」

芝生が制服につくことも気にせず、ゴロゴロと寝転がる俺達に松下の白い目が飛んでくる。

 

「千秋ちゃんもおいでよー。」

「行けるわけないでしょ」

「え〜?彼女なんじゃないの?」

「…知ってたの。みーちゃん」

「松下。契約なんて言葉でみーちゃんを誤魔化せるはずないだろう」

松下が事前に契約なんて言葉で俺達の関係を濁しに濁して伝えていたらしいが、その真意を読み取れないみーちゃんじゃない。

 

体育祭が終わった後、松下とは表向きには交際関係というようにしているが、未だにあの鈴音の一回以外、一度も彼女かどうかを聞かれていないのが誤算だ。

 

生徒会の激務も重なり、接触の機会は少なかったということもあるがもう一つ大きな理由がある。

それは俺と松下がいる時、必ずと言っていいほどみーちゃんが側にいるからだ。

 

「ほらほら。千秋ちゃんの彼氏取っちゃうよ〜」

「…こ、こら。みーちゃん。わ、私のなんだからねっ。」

上手く乗せられた松下は下手な演技をして俺の反対の腕に抱きつきはじめる。

もう片方の腕にしっかり抱きついているみーちゃんと違い、控えめで弱々しい抱擁だった。

 

「えぇ。千秋ちゃん。私を抱きしめる時と違くない?もしかして、照れてる?」

「〜〜ッッ‼︎こ、これでも文句ある!?」

松下の中でみーちゃんへの負けん気が恥ずかしさを討ち取ってしまったようだ。

中間テストで負けたことも地味にボディーブローのようにジワジワ効いていたんだろう。

 

まんまとみーちゃんの言いなりになるように、俺の腕に収まらず、俺の体全体にしがみつくように強く抱きしめてきた。

 

…みーちゃんよりは上、鈴音よりは下と言ったところだろうな。

 

「…大胆だね。千秋ちゃん。…なんか言いにくいけど、私、ほんとは二人が付き合ってないってことも知ってるよ」

「…え?」

「みーちゃんを誤魔化せるわけないだろう。」

 

俺の胸で段々と松下の顔が羞恥に染まっていく。

好きな子に悪戯が成功した男子小学生のようにケラケラと笑うみーちゃん。

おいおい、俺の上でキャットファイトだけは始めないでくれよ……。

 

俺の願いは届いたのか、開始前の睨み合いのタイミングで予鈴が鳴り響く。

 

「え、やばっ。もう5分しかないっ。」

「お弁当もまだ出しっぱなしだよ!」

「そうだな。急がないと」

「なんで、そんなに落ち着いてるの綾小路君は!!」

えぇ。なんで、俺怒られてるんだ。これ…。

 

俺たちは急いで後片付けし、全速力で教室に戻る。

授業開始ギリギリに3人で教室に滑り込むと、クラスの皆からの視線が集まった。

 

櫛田からの視線は、刺さるような棘があった。

後で体育館裏に来いとでも言いたげな目だ。

 

俺が席に座ると、鈴音から小さく折り畳まれた紙を渡される。

『放課後すぐに体育館裏』

 

体育館裏、パワースポットか何かなの?





ペーパシャッフル導入編です
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