綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
この学校の学生寮は男女ではなく学年で別れている。
上級生との壁を作ることが目的なのかは定かでは無いが、その反面で男女の壁がなくなっているのは事実だ。
あれは夏休みだったか。
喉の渇きで深夜に目が覚めて、水を求めて自動販売機のあるエントランスに向かった時のことだ。
その道中のエレベーターで、胸元が緩い服を着た女子と出会した。
Bクラスの安藤か。
俺と安藤はお互いに顔と名前が一致する程度の薄い関係性だ。話した記憶はない。
エレベーターの機械音だけがやけに大きく聞こえるほど、空気が張り詰める。
歓迎されてないのは重々承知だが、警戒されてるのか、 距離は端と端だ。
向こうが勝手に俺を避けているだけ。
罪悪感を感じる必要はないのだろうが、後から乗った俺が追いやったような感じになってるな…。
「お先にどうぞ。」
ビジネスマナーを叩き込まれている俺は、操作盤に前に来てしまったこともあり、自然に先に出るように促した。
だが、レディファーストの英国紳士のような振る舞いは安藤の目には入っていなかった。
安藤は俯きながら胸元を隠し、走り抜けるように出ていった。
「参ったな。俺も喉が渇いてるんだが、少し時間を置いた方が良さそうだな。」
安藤紗代。
俺が彼女へ抱く印象とだいぶ違う出会いだった。
彼女は言うならば、敏捷性と力に極振りのかや乃に社交性と学力を足したような存在だと認知している。
余所余所しいと言うよりは、俺が目に入っていないようなそんな感じだった。
ともあれ、このまま自動販売機エリアにいけば、望まない再会が待ち受けているだろう。
俺はため息を一つついて、歩みを遅めることにする。
時間をたっぷりかけた甲斐があってか、到着した時には彼女の姿はなかった。
購入後した水を喉に流し込みながら、冴えてきた脳が先程の光景を鮮明に呼び起こす。
安藤✖️薄着の破壊力は凄まじいな。
彼女は女子バレー部の期待の1年生だったな。
その期待も頷ける。彼女は反則的だ。
彼女だけバレーボールを3つ扱っているようなもの。
対戦相手はその高度すぎるミスディレクションにボールを見失うに違いない。
……俺のCPUはまだ再起動が必要らしい。
その日、寝不足を自覚した俺は夏休みを謳歌する大学生のように昼間まで寝てしまったことを覚えている。
「…確定だね、それ。」
「どういうことだ?」
「分からないの?水を買いに行った彼女が、綾小路君と会わずにどうやって帰ったのか考えればすぐに分かるでしょ」
…邪な思考に脳のリソースをかけ過ぎたあまり、その事実を見落としいたなんて言えないな。
酒のつまみ程度の話だと思い何気なく話したそれに、櫛田は軽々と結論づけた。
「綾小路君はネタの宝庫だね~。面白いこと教えてくれてありがと。」
「待て、まさか安藤は事後だったって言いたいのか?」
「そこ疑う余地ある?」
「…急な尿意を催していて、限界ギリギリだった可能性もある」
自動販売機エリアにいなかったことも、エレベーターから急いで駆け出したことも、これなら説明がつく。
「…なんか、可哀想になってくるよ。トイレに行くのに、エレベーターに乗る必要ある?って言わなきゃいけないかな」
…まあ、そうだよな。急って理由だけでそこをクリアするのは無理がある。
だが、規律正しい安藤がそんなことをするとは思えない。表に出ればbクラスにペナルティがくだってもおかしくないからなおさらだ。
「はぁ…。いい機会だから教えとくね。TVに出てる女優は業界人と寝てるし、アイドルにもセフレがいるんだよ。安藤さんが柴田くんと盛ってようが何もおかしくないの。分かる?」
「まるで見てきたような言い方だな……。って柴田?」
「言ったでしょ。見ただけで見抜けるって。交友関係から相手を割り出すのだって簡単だよ。」
…こいつ、学年で一番やばい人物なんじゃないか?
サークルクラッシャーどころがスクールクラッシャーに匹敵しそうな能力だぞ。
不倫調査専門の探偵になれば将来安泰じゃないだろうか。
いや、駄目だな。例え、夫が事実無根だったとしても、櫛田ならハニトラに落として既成事実を無理矢理作りそうだ。
「人の性欲は、ルールでは縛れないんだよ。」
人類が繁栄してきた歴史がそれを証明している。そんなことを言いそうな顔で櫛田はどこか遠くを見ていた。
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この学校にも、間違いが起きないように門限やルールはある。
だが、それはまるで形骸化した社内制度のようなものだ。バレないようにすればいいだけで、生徒がそれを全面的に守る必要はない。
この寮は思春期の男女の理性を試す実験施設のような環境だと思う。
…いや、少し大袈裟な表現だ。
これだとセ○クスしないと出れない部屋みたいだ。
半年間ここに過ごしてきた感想がこれか。
我ながら碌でもない思想だなと思うが、そんな思想が浮かんできてしまったのは、目の前にあるもののせいとしか形容し難い。
それは、その理性を飛び越える上で最低限の装備だ。
「…櫛田は一体これをどうやって手に入れてるんだろうか」
俺は部屋に無造作に放置された箱に溜息を漏らす。
まるでここにあるのが自然と言わんばかりに鎮座している。
櫛田が俺の部屋のわざわざ目に付く場所にこれを置いた理由は何か。その理由は聞かなくとも分かる。
これは蚊取り線香と同じようなもの。
俺が他の女子を部屋に招き入れれないように置かれたトラップだ。
着実に、そして確実に、俺の私生活は真綿で首を絞められるように櫛田に侵食されている。
飼い犬に尿をかけられるような気分で心が落ち着かない。
手持ち無沙汰な手で、それを取り振るとシャカシャカと残り一つになったそれが、軽快な音を鳴らした。
俺はその箱の商品説明を素早く暗記した。
これと同じ商品がコンビニやケヤキモールのラインナップにあるか確認しておく必要があるためだ。
お酒や煙草とは違い、避妊具の購入にあたっての年齢制限はないため、学生の身分でも普通に購入出来るはずだが、櫛田が他の生徒の目が飛び交う場所でこれを買うリスクを受け入れるだろうか…有り得ないな。
櫛田は自分の地位が危ぶまれないように徹底している。
それは鈴音の退学へ向けての行動が物語っている。
もし、櫛田がコンビニでコンドームを買っていたなんて事実が他の生徒に知れ渡った日には、櫛田の愛嬌の良さが下品に見えるに違いない。
そうなった時、櫛田がこの半年間溜め込んできたネタを放出してしまえば……想像もしたくないな。
「ネット通販という可能性も0では無いが…」
学生の俺達宛に届いた荷物は寮務員に預けられる仕組みになっている。その寮務員には危険物が配達されないように管理する役割もある。
よって特別な理由がない限り、ネット通販は利用できないのだ。
前例がない以上、避妊具購入に常人が思いもつかないような特別な理由をくっつけることで、認可が下りる可能性が0とは言い切れない。
なにせ、俺が思っている以上に世界はとち狂っている。
近年で言えば、駅前でエナジードリンクを配るような感覚で、オリンピックの会場ではコンドームがばら撒かれていた。
その数は30万個に昇るという。正気の沙汰とは思えない。
これが、少子高齢化社会へのアプローチと言うなら、国の政策で性教育の授業で実技が導入されるというエロ同人誌にありがちな設定が現実になる日も遠くはないのかもしれない。
…可能性の話をすれば、キリがないな。
それよりも現実的な入手ルートが1つ残っている。
そちらの検討を進めるべきだ。
それは、協力者による流通だ。
櫛田という人間において、考えにくい選択肢だ。
何故なら、櫛田に避妊具を流通するということは彼女のディープな部分を把握していないと出来ない事だからだ。
そして、櫛田はそんな存在を絶対に認めない。
……それが生徒であるのなら。
『ポイントで買えないものは無い』
テストの点数であろうと、退学を白紙に戻す権利だろうと、それ相応のポイントがあれば、何一つ問題なく購入できる。
安藤と柴田のように影で行為に及んだ者も、話が広がらないところを見るに恐らくこのルートだ。
男女が入り交じった寮生活というのにも不信感があったが、まさか公的にそれを入手するルートがあるなんてな…。
やはり、この学校の存在は異質そのものだ。
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MGS。通称メタルギアソリッド。
ステルスゲーム王道の大人気シリーズ。
累計販売本数は6000万弱。
大塚明夫さんが演じるスネークの台詞のひとつくらいは生きてたら耳にしたことがあるだろう。
非日常でスリリングな体験をしたければ、是非1度手に取ってみては如何だろうか。
…テレビの番宣紛いなことが脳内で繰り広げられているが、当然俺はゲームに関しては全般的にエアプだ。
ネットで得た付け焼き刃の知識しかない。
だが俺は今、メタルギアソリッドをプレイした誰よりもスリリングな体験をしていることだけは断言出来る。
なんでも、周りの人間全てが敵で、見つかった瞬間にゲームエンド。ゲームのようにリセットボタンがある訳でもない。
俺は今、3年生の学生寮に忍び込もうとしていた。
「正面突破はまず無理だな。」
コンビニ前のヤンキーのように、入口には数人の上級生が屯していた。
万が一、そこを突破できたとしても、エントランスの休憩スペースには井戸端会議中の女子グループが待っている。
しょぼんのアクションのような隙の見当たらない二段構えだ。
それに、もう一つ問題がある。それは俺が大きな荷物を抱えていることだ。
「ふふ。こういうのドキドキしますね。」
「緊張感に欠けることを言うな。仮にも優等生だろう」
「天才と言われることは満更でもありませんが、その言葉は嫌いですね。」
「淑やかに振る舞えば勝手についてくる安い称号だからか?」
「いいえ。出来の悪い教師が生徒を見誤った結果だからです。」
学業の成績も素行の良さも所詮、表面上のもの。
所謂優等生が犯罪を犯すケースで、その生徒と関わりのあったクラスメイトや町の人々は口を揃えてこう供述していた。
『信じられない』と。
「まあ、教師も人間で神じゃない。見誤ることはあるだろう。前者は妥当な評価だから満更でもないのか?」
「ええ。私、天才ですから」
赤髪の不良バスケットボールマンのような根拠のない奢りではない。
自分の人生を天才である証明の根拠にしていくような生き方。修羅の道だが坂柳の表情は明るい。
「なら、その天才さんはどうやって俺の役に立ってくれるんだ?」
坂柳は断る俺を、役に立つからの一点張りで押し切ってついてきた。
着飾ずに言えば、この潜入において足が悪い彼女は文字通りの足手纏い。
ここで、明確に役割を示さないようなら、悪いが置いていく。
「こういうのはどうでしょう。上級生の部屋割りと裏口のIDカードです。」
「…随分と手際がいいな。まるでこの瞬間を待っていたみたいだ。」
「ふふ。ありがとうございます。」
「褒めてない。何でこんなものを持っているのか聞いてるんだ」
「簡単なことです。理事長の娘ですから。」
…こいつ、まさか裏口入学か?あ、だから裏口のマスターIDとか持っているのか。なるほど納得。
「さあ、急ぎましょう。善は急げですよ」
俺の追及に説明する気はないようで、先陣を切るように裏口に向かい始める。
だが、坂柳の歩みは遅い。彼女のまわりの世界だけ時間がゆっくりと進んでいるような気すらしてくる。
「姫さん。それじゃ、日が暮れるぞ。」
「日本猿にタキシードを着せたような言葉です。綾小路君には似合いませんね、それ。格好がついてないです」
「俺もそう思う。だが、言うなら今だなと思った」
「えっ…」
坂柳が体がいきなり宙に浮いたような感覚に声を漏らす。
「43.9キロ。…随分と消化のいい体質だな。」
「…ノンデリ3連コンボやめてもらえますか?怒りますよ。」
食べないと大きくならないぞは地雷だと思い言い換えたんだが、これも変換ミスだったようだ。
「足、痛くないか?」
「…私のそれは痛みを伴う類ではないので大丈夫ですが。…私の体の心配をするくらいなら、誰かに見られることを心配した方がいいのでは?」
「元々、見つかった時点で終わりだ。合理的判断だろう。」
「…お姫様抱っこが合理的手段だなんて信じたくなかったですね」
坂柳を抱えながら、足早に裏口に向かう。
坂柳に歩調を合わせて歩いていた時とは比べものにならない速度に、彼女は暴れることをせず文句を漏らすにとどまった。
俺の足を引っ張る気がないのは本当らしい。
「姫様扱いには慣れているんじゃないのか?」
「お姫様に気軽に触る無礼者は貴方以外にいません。」
少し憤慨したような素振りを見せるが、俺の腕の上でやられても絵にならない。
小柄な体格も相俟って、みーちゃんと同じように見えてきた。
「今、私を他の女に重ねましたよね?」
「恐れ多いな。滅相もない。」
「この慣れたお姫様抱っこからも女の匂いがします。私は二番煎じですか?」
「言い掛かりだ。それよりも着いたぞ。IDカードを貸してくれ」
「このIDカードからも女の匂いが…」
「それはお前の匂いだろう」
俺は坂柳からIDカードを受け取る。
この裏口は、寮務員と清掃業者や配達業者しか使用できないように、IDカードでの施錠になっている。
俺がカードリーダーにそれを当てるとガチャリと解錠音がなった。
「すぐそばの非常階段とエレベーターも業者専用です。どちらを使いますか?」
…この時間に業者がいる可能性は限りなく低いが堂々としてきたな。
開き直ったような清々しさは見つかってはならない状況を楽しんでいるようにも見える。
…いや、それは最初からか。坂柳は俺と同じ目的に向かって歩むことを楽しんでいる。
「袋の鼠になるつもりはない。一択だ。」
「では、非常階段を使いましょう。えーっと、部屋は…」
坂柳は携帯を開き、部屋割り表を見る"フリ"をする。
全ての部屋割りを覚えることすら容易い坂柳が、たった一人の部屋番号を覚えていないはずがない。
俺がその情報を持っているかを試しているようだ。
「6Fの端部屋だ。」
「ふふ。当たりです。調べていたんですね。」
「俺が闇雲に探すと思っていないくせに白々しいな」
入学当時、一見ランダムに見えた寮の部屋割りには法則があった。
oaaの導入で初めて気付けたことだ。
それは名前順やクラス順ではなく、学籍番号だった。
種が分かれば、そこから割り出すのは簡単な作業だ。
「やはり、人はいないようだな。」
「何だか、あっけないですね。…そういえば私がいなかったらどうするつもりだったんですか。」
「外壁をよじ登ってベランダから侵入するつもりだった」
「ユニークな冗談ですね。6階ですよ?」
冗談じゃなくて本気だが、説明しても気味悪く思われるだけだな。
俺は非常階段を無音で駆け上がり、6階までスムーズに辿り着く。
坂柳を優しくおろして、ゆっくりと廊下を見渡す。すぐ近くに、橘先輩の部屋が見えた。
橘先輩の部屋は端部屋で俺達が上がってきたのは裏口側の非常階段。
グーグルマップで最短ルートを検索すれば一番上の候補に来そうな最適解だ。
坂柳の想定通りと言ったところか…。
俺は橘先輩の部屋にいつも通りノックをする。
中で橘先輩が慌ててバタバタとドアに駆け寄ってくるのが分かる。
ノックの音で俺を認識できたのだろう。
「な、なんで……」
「とりあえずいれてください。」
「お邪魔しま~す。」
緊張感漂う俺と橘先輩の雰囲気を能天気な坂柳の気の抜けた挨拶がぶち壊す。
マイペースな坂柳に毒気を抜かれた橘先輩は、俺達がここにいる異常さに気付き、戸惑いつつも招きいれてくれた。
「橘先輩。すいませんでした。」
俺は部屋に入ってすぐ平謝りを決行する。
安易にダイナミック土下座するのがよしとされるのは漫画やアニメの話。現実でやれば、変な人認定されておしまいだ。
俺は深く頭を下げて誠意を示した。
謝罪の内容は勿論、あのメッセージについてだ。あのメッセージ以降、俺が何のメッセージを送っても橘先輩の既読はつかなかった。
ブロック機能なんて、怪しい副業を誘うスパムやエロ垢への対策だと思っていたばかりにすぐに気付けなかったが、俺は十中八九ブロックされているだろう。
初めての経験だし、許してもらえるから分からないが事情を説明する他ない。
「実は俺の携帯は俺のものではないんです」
「……詳しく説明してください。」
橘先輩は言い訳としては稚拙に聞こえるそれを、ひとまずは飲み込み話を聞いてくれた。
だが、誰に監視されているかは言えない。櫛田が橘先輩の挙動からそれを感じ取る恐れがあるからだ。
橘先輩が櫛田の内面を把握出来ていない以上、櫛田の方が自分を偽る性能が高いというのは認めざるを得ない。
橘先輩が堀北兄のために、自分を偽り始めたのだとしたら歴は2年程度だろう。
対する櫛田は10年選手。単純に数字の大きさが違いすぎる。
「信じれないですよね。」
「……」
無言の橘先輩から半信半疑の雰囲気を嫌というほど感じる。
橘先輩からすれば、マッチングアプリでチャットをしていた相手がネカマだったみたいなものだ。
人間不信までいかなくてもマッチングアプリ恐怖症くらいにはなってもおかしくない事案だ。
信用を失うには十分だ。
「手放しに信用するのが難しいことは俺にもわかってます。だから、これを。」
俺は橘先輩に自分の携帯を差し出す。
「見てもらって構いません。他の人とのチャットを見れば、あのチャットが俺のものと毛色が違うのは分かると思います」
「…本気ですか。綾小路君。」
「はい。」
橘先輩の表情が変化したのを見て、俺は信頼を取り戻したことを確信する。
勿論、リスクは付き纏うが男女のカップルにおいて、携帯というのは信頼を勝ち取るに値する武器だと分かる瞬間だった。
橘先輩が俺の覚悟を受け取った時、坂柳が見計らったように横槍を入れた。
「盛り上がってるところ、非常に申し上げにくいのですが…」
「あっ。ご、ごめん。気が利かなくて。」
言葉の途中で言わんとしてることを察した橘先輩は慌てて俺達を部屋にあげてくれる。
坂柳を立ちっぱなしにさせてしまった心苦しさからか、紅茶に和菓子を添えて手厚く歓迎してくれる。
住居の待遇に学年差はないようだ。手狭なワンルームに備え付けのシンプルで単調な家具。
だが、独身男性(ミニマリスト)のように最低限の生活空間としての価値しかない俺の部屋とは雲泥の差。
その単調さを逆に活かすように薄桃色のティーセットに始まりカラフルな小物が散りばめられている。
女の子の部屋補正とだけでは説明がつかないほど綺麗に纏まっていた。
「おや、ローズペタルではないんですね。」
「…え」
「あ、すいません。聞こえてしまいましたか。独り言ですので聞き流してください。」
「…う、うん」
ローズペタルは確か、ハーブティーの一種だったな。
紅茶の香りにかき消されてはいるが、言われてみればほんの微かに格式高い薔薇の香りがする。
鼻が効くと言うよりは、同じ傾向のものをよく嗜む坂柳ならではの気付きだ。
だが、極限まで薄められたその香りは本来の嗜み方とは違うように感じる。
後の祭りだが、橘先輩は心を癒すためにハーブティーに頼ったことを誰にもバレたくなかったのではないだろうか。
「それより、綾小路君。緊急事態です。」
「坂柳…。さっきから初めて彼女の部屋にきた彼氏くらい落ち着きがないぞ。ってどうした。」
せわしない坂柳にツッコミを入れようと彼女の方を向き異変に気付く。
坂柳は古龍の咆哮に怯む初心者ハンターのように、プルプルと震えていた。
「え。だ、大丈夫?もしかして、足をつった?」
必死に足に手を伸ばす坂柳を見て、橘先輩が声を軽く荒げて心配する。
自分が長時間立たせてしまったことで、罪悪感が加速しているのかもしれない。
坂柳は橘先輩に苦しそうに首肯して、隣に座る俺の方に足の裏を向けてくる。
「綾小路君。脱がしてください」
「ちょっと、坂柳さんっ!?」
坂柳にとってはそれどころじゃないのかもしれないが、男の俺に堂々と足の裏を差し出す女を捨てた行動と怪しげにすら聞こえる要求。
その言動に、風紀を乱れを感じ取った橘先輩が慌てふためくのも仕方ない。
失恋直後にアポなしで訪れてきた後輩二人に自分の部屋でイチャイチャされたら溜まったもんじゃないだろうしな。
「おい、主語を省くな。誤解を招くだろ」
「こ、この場面で私が靴下以外のものを要求すると思いますか?誤解する方がもしいるなら、ハーブティーの飲み過ぎで頭に薔薇が咲いてるに違いありません」
…緊急事態にしてはよく回る口だ。やはり、確信犯だろう。
言葉を鵜吞みにして、本当に一糸残さず剝ぎ取ってやろうか…。
坂柳の比喩はスイカの種を飲むと臍から芽が出るという迷信のように荒唐無稽だ。
だが、ハーブティーの事実を隠したがっていた橘先輩にはクリティカルヒットする煽りだろう。
坂柳の煽りに言葉を失う橘先輩のためにも、この死にかけの小鹿のようにプルプルと震える自称天才さんに罰を与えておこう。
俺はなんで、女って長い靴下履くんだろう。脱がしにくいなぁと思いながら坂柳の靴下を素早く脱がせる。
そして、足の裏をツボを的確に刺激する。
医学的にも足つぼを刺激することで健康効果が得られることは証明されている。
足の筋肉をつった時の対処法としても決して間違いじゃない。
だが…
「~~~~~ッッッ!!!」
足をつっていることさえ忘れてしまう激痛が走ることは言うまでもない。
暴れる足を完全にロックしていることで、坂柳は痛みから逃げられない。
背中をのけぞらせ、声にならない声をあげている。
「もう少し我慢しろ、坂柳。すぐ楽にしてやる。」
「あやNOOOO~~ッッ」
坂柳の抵抗の言葉を強制的にキャンセルするように俺は足つぼを刺激する。
…楽しいな。これ。
「…さっきまで、なんなの、この生意気な後輩って思ってたけど…これは同情する…。」
普段クールぶっている坂柳からすれば、あられもない姿を橘先輩に見られるのは、何にも代えがたい屈辱だろう。
失恋の傷をハーブティーで癒していたことがばれた橘先輩など可愛く見える。
「橘先輩もやりますか?」
「な、何言ってんの。無理無理無理無理。こんなのされるくらいなら死んだほうが…」
悶絶する坂柳を見て、死んだほうがマシか。容赦ないな…。
「違います。こっちの方ですよ。」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!!」
俺が少し場所を変えて、かかと周辺のつぼをグリグリと刺激すると、坂柳がビクンと跳ねるような反応とともにイルカの鳴き声のような声をあげた。
一段と激しい反応を見るに、ここのツボが一番効果的なようだ。
確か、ここのツボは…。
「橘先輩。後輩に言われっぱなしでいいんですか?」
「それは……」
「一回くらいは、仕返ししても許されると思いますよ」
俺の悪魔の囁きに絆されて、橘先輩は拳を握りしめ、近づいてくる。
「…橘先輩。私、綾小路君には幼馴染のよしみで甘いですgaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
坂柳の脅しの言葉は志半ばでついえた。
獅子が死にかけの兎を狩るのに全力を出すのは何故か知っているか?
王としての尊厳が油断一つ許さないからか?
…否である。
手加減を知らないからだ。
俺は眠れる
…いや、天才の最後の言葉はライオンの雄たけびのようだった。
この比喩だと、どちらが獅子か分からないな。
酔った勢いで執筆したらギャグ漫画みたいな終わり方で草。
最近小説を読むことをさぼっている俺に誰か喝をいれてくれ。。