綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
うつ伏せで倒れて微動だにしない佐倉。
豪快な鼾をかいたり、寝相がとんでもなく悪かったりとかそういうギャップはないようだ。
そして、その彼女とは対照的に俺の腕の中で暴れ馬の如くのたうち回る櫛田。
それでも、俺と櫛田は何かを話そうとはしない。もう、言語で解決できる範疇を超えてしまっていた。
もう、このまま絞めて落とすしかないか…。
ホワイトルーム最高峰のスペックを誇る俺の脳がはじき出したのはそんな力技でしかない結論。
「…。おしっこ…」
ムクリとショートスリーパーのように唐突に起きる佐倉。いきなりのことで、俺達の呼吸が止まる。
だが、そんな俺達に気付かぬまま、一割も開いていない目でしどろもどろな怪しい足取りでトイレへと向かっていった。
無意識化で漏れた直接的な単語と非常によく似た容赦が相俟って、泥酔した星之宮先生を思い出す。
佐倉にはあんな闇落ちしたアイドルみたいにはなって欲しくない。関わらせないでおこう。
ベットから放り投げても起きなかった佐倉が突然起きたことによほどびっくりしたのだろう。
櫛田は鎮静剤を打たれたかのように体から力が抜ける。
「なにあれ、ゾンビ?」
「さっきまで、ゾンビ化する体に抗う人間みたいに暴れてたやつが言う台詞じゃないな」
相変わらず佐倉に対する毒は抜けていないが、大分落ち着いてきたようだ。
もう暴れないからという櫛田の言葉に次はないことを警告して解放する。
佐倉がトイレから戻った時、俺が櫛田を羽交い締めしている姿を見せても混乱を招くだけだ。
「…で、ヤったの?」
「いきなり何の話だ。」
「誤魔化すんだ。別にいいけど。あの牛女に聞くだけ」
さっきは乳女だったよな…。何を思って呼び名を変えたのかは知らないが、牛女だと干支にしか聞こえない。
だが、今の会話で確信した。
もはや、櫛田は佐倉に対して、取り繕うつもりがないようだ。
クラスカーストの低い佐倉相手ならどうとでもなると思っているからだろう。
優しい櫛田の存在を今でも信じている佐倉にとっては気の毒な話だが。
「何を言いたいか大体察したが、そもそも見れば分かるって話だったんじゃないのか?」
「言ったよね?私が分かるのは童貞か処女かだけ。」
そういえば、そんな感じだった気がする。
あくまで、櫛田の力は超常的な異能力ではない。常識の延長線上にある特殊な力というだけ。
観察力、洞察力、分析力を普通の人はやらない方向性で伸ばした結果だ。
…ちょっと待て。俺に対して、櫛田の能力が有効じゃないのは分かるが佐倉は…。
「露骨な顔。処女厨キモ~。死ねば?」
俺の反応から散々情報を抜き取った挙句、櫛田は唾を吐きかけるかのように非難を浴びせる。
佐倉が経験済みである可能性が脳裏によぎったことを悟られたようだ。
言葉遊びに踊らされた。冷静に考えても、佐倉が卒業している可能性は0と言い切っていい。
コミュ症の彼女がコミュニケーションの最上位モンスターを討伐するにはレベルが足りてなさすぎる。
ジャーッという水の流れる音で、俺達の会話は終わる。
音の大きさ的に明らかにドアを閉めずに用を足していたようだ。
ガードが緩いのか、まだ寝ぼけているのか。多分、両方だろう。
戻ってきた佐倉はトイレに向かった時とまんま同じ。
ふらふらと俺のベットへ吸い込まれる。
この寮はどの部屋も同じ間取りで備え付けの家具の配置も一緒だ。
それが悪さをして、まだ俺の部屋だと気付いていない。
そのまま、ボフっと倒れこむようにしてベットに沈んでいく。
「こいつ、また私のベットに…!」
「俺のベットだけどな。」
「…あれ、綾小路君の匂い…。」
そのまま、深い眠りに沈んでいくかと思われた佐倉だが、それをきっかけに瞼が開きはじめる。
何度か瞬きを繰り返し、ここが自分の部屋でないことに気付いた彼女はハッと周りを見渡す。
「あ、綾小路君と櫛田さん…?」
「おはよう。佐倉」
「え、う、うん。おはよう…?」
とりあえず現実逃避の挨拶でお茶を濁す。
当然、佐倉が寝落ちしてから30分も経過していないため外は真っ暗。お先も真っ暗。
「佐倉さん。」
「は、はいっ~!!」
佐倉はいつも快活で優しい櫛田しか知らない。
普段より2トーンくらい落ちた声で呼ばれ慌てて姿勢を正した。
「ここで何してたの?」
「…え、その…。」
佐倉。気持ちは分かるが俺を見るな。櫛田を刺激するだけだ、それは。
「言えないの?」
「べ、勉強…ですっ」
問い詰めるような櫛田に噓をつく佐倉。
その噓が通用するかどうかはさておき、俺を守るために勇気を振り絞って立ち向かう姿に涙が出そうだ。
だが性格の悪い櫛田のことだ。
彼女は噓の内容には興味がなく、佐倉が俺を守るために噓をつけるかどうかを試していた。
当然、櫛田の確認作業はここで終わらない。
「ふーん。そっか。」
「あ、あの…、櫛田さんは…。」
「気になる?知らないほうがいいと思うよ。」
またしても、俺を見る佐倉。捨て犬のような眼。今すぐにでも拾ってお世話してあげたいところだが…。
如何せん、俺が佐倉の肩を持った後に好転する未来が見えない。
勝算の薄い勝負を仕掛けるくらいなら、俺はもう流れに身を任せる選択をする。
「し、知りたい。お、教えて」
「…」
普段とかけ離れた態度の櫛田に怖気づきながらも言い切る佐倉。
彼女の心臓の音が聞こえてきそうなほど、ドキドキしているのが分かる。
そんな佐倉を一頻り見つめて櫛田は、男を一瞬で惚れさせそうな花が咲いたような笑顔を作った。
「勿論いいよっ。その代わり…」
「今すぐ、全裸になってスクワット…、いや、アイドルなんだっけ。そうだ、じゃあ、流行りのダンスでも踊ってよ。」
櫛田の二面性を凝縮した数秒間。トラウマ級の切り替わりだ。
女優顔負けの演技力もさながら、要求のインパクトも絶大。
佐倉の塞がらない口を見て、櫛田は目の端を釣り上げて笑う。
おいおい…、これが噂に聞く小悪魔系?明らかにラスボスの風格なんだが…。
要求も立ち振る舞いも放つオーラも何もかもが悪魔すぎる。俺が茶柱先生に調教紛いのことをした時の比じゃない。
「こ、こわい。」
「怖い?それはこっちの台詞だよ。佐倉さん。自分は噓をついた癖に私の情報だけ一方的取ろうなんて。泥棒猫みたい。あ、でも法螺吹きには丁度いいかもね」
いや、泥棒牛か。なんて一人ツッコミまでする櫛田の方はキレキレだ。
逆に佐倉は自分の防御力では太刀打ちできない切れ味を前に慄いている。
「それより私、今すぐって言ったんだけど聞いてなかった?あ、知りたくないってことでいい?」
「…」
「ふん、所詮あんたにとって、そこの突っ立てるだけの男はその程度の存在。そして、そこの男にとってもあんたはその程度の存在ってこと。分かったら帰ってくんない?」
櫛田の要求は最初から最後の言葉に尽きる。
だが、徹底的に格の違いを分からせて、佐倉の心を完全に折ろうとしている。
唇を固く結び完全に口を閉ざしてしまった佐倉を見て察する。
(潮時だな。解決の糸口はないが俺が出るしかない…。)
「…。…綾小路君、あっち向いてて」
「は?ちょっと待て。」
佐倉がそう言うや否や、服に手をかけ始める。さっきまで怯えていた佐倉は何処へ。
決死の表情と曇りなき眼をしている。頑固な一面が変な方向に暴走してるとしか思えなかった。
だが、止めようにも、彼女が放つ凄味に負けて焦って目を逸らす。きっと、彼女はもう止まらない。
背中越しにやけに生々しい衣擦れの音が聞こえる。
…おい、笑える。…いや、笑えない。
櫛田も本気で言ったわけじゃないだろうが、佐倉は本気だ。まさかの展開に櫛田も絶句しているようだ。
佐倉も普段とは違う櫛田に驚いているが、逆もまた然りだったということ。
まあ、俺が一番驚いてるんですけどね。
あの兵長のようにこれはどういう状況だって言いたい。それくらいのカオスがすぐ後ろで展開されている。
聞きなじみのあるポップな音楽が流れ始めた頃には、俺はもう心の中で般若心経を説いていた。
ステップを踏む音と軽快な音階。状況を想像してしまうと、共感性羞恥で火傷しそうだ。
…あ、YOASOBIってそういうこと?危険すぎない?この曲。
人生であまりにも長いと感じる1分半はピタリと音が止んだことで終わりを告げる。
おい、この後どうするんだよ、この地獄の空気…。
「…昔、お母さんに相談したことがあるんだ。死にたいって。そしたら、お母さん、『大勢の前で裸になれ』って。『それを恥ずかしいって思えるならまだ頑張れる』って…」
「は…、な、何の話…。い、いきなり何語ってんのよ…、」
「今、ここで逃げ出したらきっと私は後悔する。多分死にたくなる…。だから…」
「…あはは。でも、やっぱり死ぬほど恥ずかしいや…。」
今の状況と繋がるようで繋がらない話。どこか支離滅裂としたそんな話。
だけど、これはきっと正しいとか正しくないとかそういう次元じゃない。
人見知りで頑固でコミュ症の佐倉に櫛田は完全に気圧されている。
立場が逆転していることが何よりも重要だ。
佐倉は櫛田よりもイカれていることをこの場で完膚なきまで証明したのだ。
彼女が一歩前に踏み込むために、払った勇気ある行動は良くも悪くも状況を大きく変えた。
全てを出し切った佐倉が床に座り込む。
俺は極力見ないように努めて、背中から毛布をかけてやった。
一瞬、安産型の丸みを帯びたお尻が見えたが、今は体の引き締まったボディービルダーよりも頼りがいがあるように見えた。
…あまりの肌白い綺麗なお尻を盗み見たような感覚になって罪悪感から過度な誇張をしてしまった。頼りがいはないな…。うん。
むしろ、その繊細で芸術作品のようなお尻を傷めないように下にクッションを敷いてやりたいくたいだ。
「櫛田。もういいだろ。」
「…あんたの回り、なんでこんな変なやつばっかりなんだよ…」
(…それ、お前が言うか?)
櫛田は俺が構築した関係を甘く見ていた。だからこそ、佐倉を試した。
まあ、そこまでは悪くなかったんだがな、エスカレートした煽りが引き金を引いてしまった。
それは『佐倉にとっての俺の価値』を問いかけた時だ。
「櫛田、約束通り話してやればいい。全部。」
みーちゃんと同じく、佐倉もまた、俺と櫛田の関係を知ったところでブレない。
あのケヤキモールでの事件の日から、日に日に佐倉から向けられる想いの強さを実感していた。
それが今日、明確な形として現れただけだ。
「く、櫛田さん。教えてくれる?」
「…はあ。とりあえず、服着て。あんたの裸なんて見たくない。」
既視感のある櫛田の言葉を聞いて、急いで服を着る佐倉。
当然、俺は紳士なので目を逸らす。ここまで俺のために体を張れるなら、焦らずともその機会は訪れるしな。
…。へぇ…。器用だな。佐倉は一刻も早く肌を隠したいからかシャツを先に着てから下着を着け始めた。
シャツの中に寄生生物でも飼っているのかと思うほどスピーディーに動く手。…逆にこっちの方がエロいな。
佐倉の生着替えが終わると、櫛田は諦めたように俺との関係を話し始めた。
途中で都合よく着色しようものなら、俺がすかさず訂正する。
例えばこんな風に。
「ええっ、ふ、二人って付き合ってったの?」
「まあ、そんな感じかな」
「おい、上手く濁すな。付き合ってない。」
これは一部を切り取っただけにすぎないがこれの連続だった。
だが、どんどん内容は人様に言えるものではなくなっていく。生々しさはさっきの佐倉の比じゃない。
櫛田はそこの説明いる?って言いたくなるくらいに、行為中のディティールまで話し出す。
まあ、これはわざとだろうが。
佐倉が信じられないほど赤面しながらも生返事で相槌を打つ様が櫛田にとっては嬉しくて仕方ないのだろう。
まあ、俺との関係が他の人間より進んでいる優越感は今しか感じられないことだ、ほっとくとしよう。
エロ談義は朝まで続いた。正直俺はもううんざりし始めてツッコミを入れることすらやめていた。
それでも佐倉はずっと照れたり、驚いたり、オーバーにも見えるリアクションをし続けていた。
最終的にあれだけの内容を「あ、綾小路君も男の子だもんね…。」で片付けてしまう佐倉の懐の広さに助けられた。
さっきの、母親のエピソードも中々のスパルタだった。
温厚で純粋な性格から無条件に両親に愛されて大事に育てられたんだろうと思っていたが案外そうでもないらしい。
佐倉の物知らずが丸裸になった一夜だった。
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自分の席についてすぐ、エナジードリンクを飲み、眠気を無理矢理に吹き飛ばす。
オール明けの大学生みたいなことしてんなぁ、俺。実に不健康的だ。
「眠そうね。」
「まあな。勉強してたらいつの間にか朝だったんだ」
あれは、一体何の勉強だったんだか…。
「関心しないわね。そんなんだから風邪ひくのよ。ちゃんと栄養取ってる?あなた。」
昔、鈴音が体調を崩した時に茶化したことがそのまま自分に返ってくる。
だが、それよりも優しさ成分多めだ。なんか、おかんみたいなこと言ってるし…。
「普段は健康志向だ、俺は。こういうのは今日だけだ。」
「説得力がないわね。アスリートがエナジードリンクの広告をしない理由を知っているかしら?」
そう言われればば返せる言葉もない。
俺だって本当はこんなものには頼りたくない。
「それより、そっちの進捗はどうなんだ?」
「計画通り」
嫌いな上司に報告する部下か。そのセリフを言うならもっとニヒルに笑ってやってくれ。
「鈴音はそうだろうな。櫛田もか?」
「それは後で確認するわ。」
「なんだ、どっちかの部屋で二人で作業するものかと思ったが違うのか」
「面白い冗談ね。そんな仲に見える?」
見えない。即答できる。だが、そっちの方が色々と効率がいいだろう。
「面白そうな話してるね~。私も混ぜてよっ」
ご本人登場みたいなノリか、楽しそうに会話に割り込んできたのは櫛田だ。
無駄に快活で無駄に愛嬌のある櫛田の撫でるような声。最近の櫛田を見てる俺からすればこっちの方が新鮮だ。
こいつ、なんでこんなに元気なんだよ…。
用があるのは鈴音の方だったらしい。
俺に目もくれず、彼女はノートを鈴音の机に投げるようにおいた。さっき確認すると言ってた成果報告だろう。
鈴音は無骨な手つきでノートをペラペラと確認しはじめた。
「貴方も上手くやっているようね。流石だわ。」
妙な褒め方に違和感を覚えて、俺は鈴音に近づいてノートを覗き込む。
途轍もない作業量の形跡。低く見積もっても8時間はかかりそうだ。だが、昨日の櫛田にそんな時間はなかった。
となると…、代行か。ノートをよく見るとルーズリーフを自由に取り外しできるタイプのものだ。
自分の人脈を利用して、複数人に頼んでいたのだろう。
…今朝の出来事だ。
学校へ行く時間が近づいたことで、佐倉は自分の部屋に戻ったが、櫛田はスーツケースから替えの制服を取り出し始めた。
どうやら、泊まるというのはマジのマジだったようで、俺のクローゼットの空いてた一部に衣服を詰め込み始める。
こうなった櫛田はテコでも自分の意見を曲げない。
それを知っている俺は渋々だが、櫛田との同棲生活を受け入れた。
それでも、お互いのためにも譲れないポイントが一つある。
それは登校の時間を遅らせることだ。
面倒な噂がたったり、校則違反の疑いがかけられても、何一ついいことがない。
櫛田もその点は分かっていたようで、毎日朝早くに出ていくと約束した。
今日も朝早くに出ていった。多分その時だろう。各地から成果を集め回っていたのだ。
「全部ボツ。出所が分からない問題は使えない。櫛田さん。今日の放課後から、私の部屋に来てやりなさい」
鈴音は上から目線かつ命令口調で言う、至極全うな意見だが、どうしてこうも櫛田の癪に障りそうな態度で言うのか。
もしかしなくてもSか?いや、櫛田を挑発して毒舌を受けたいMなのか?
真相は鈴音と性的な関係を持つまで分からない。俺の予想は多分Sに見せかけたドのつくMだ。
俺は険悪な雰囲気になる前に、ずっとこっちに来るタイミングを伺っていたみーちゃんと松下とかや乃にアイコンタクトを送った。
3人は俺のサインの意図を的確に読み取り、こっちに走ってきた。
先頭を切って走ってくるみーちゃんは赤いマントを見て飛び掛かる猛牛のように俺の胸に突っ込んでくる。
「清隆君!!お誕生日おめでとうっ!!」
俺の胸からガバっと顔を上げて、先走るように叫んだのは祝福の言葉。
多忙な毎日のせいで、頭の中からすっかり抜けていたが今日は10月20日か。
3人で一緒に言うつもりだったのか、松下とかや乃はみーちゃんに呆れるような表情。
二人も遅れて、祝ってくれる。
「ありがとう。みーちゃん。それに松下とかや乃も。」
「えっ。綾小路君。誕生日なんだっ。おめでとうっ」
色眼鏡をかけてしまっている俺には祝われてると思えなかったが、櫛田の言葉にもお礼を返す。
クラスの端とはいえ、目立つ集団だ。
クラスメイトからも口々に祝われて、しまいには世界で一番歌われていると有名なバースデーソングの合唱まで始まった。
…ここまでくるとありがた迷惑だな。これで、フラッシュモブとか出てきたら流石に止めよう。
「綾小路君。これっ!!3人からっ。」
みーちゃんが代表して、俺にプレゼントを渡してくる。
言い方からして、3人で1つのプレゼントのようだったがそうではなかった。
紙袋には3つ綺麗な包装に包まれたプレゼントが入っていた。しかも全て全く同じ柄の包装紙。…妙だ。
「出して出して!!」
幼い子供が母親におねだりするかのように言われ、俺は机の上にプレゼントを並べる。
重さは一つ一つ違ったので、中身は違うものが入っているのだろう。
「今、開けるのか?」
「ちっちっち。ただ開けるだけじゃないよっ。綾小路君には3つの内、どれが誰のプレゼントか当ててもらいますっ」
かや乃は弾けるような元気いっぱいの声で余計ことを宣言する。
お祝いモードだったクラスが急にビンゴ大会でも始まったかのように盛り上がる。
オーディエンス多すぎだろ…。てか、このノリ、オール明けにはキツイなんてどころじゃないんだが。
俺はこのゲームを提案したであろう人物を喧騒に紛れて睨みつける。
主犯であろう松下はニヤニヤと俺を見ていた。…あいつ、覚えてろよ。
俺はまわりにせかされるようにプレゼント一つ目を包装紙が破れないように丁寧な手つきで開ける。
…こういう包装ってなんで、こんなに開けずらいんだよ。
「これは嬉しいな。シンプルで使い勝手がよさそうだ」
一つ目はタオルのようだ。上質な触り心地が気持ちいい。心なしかいい匂いがする気がした。
誰のプレゼントか分からないので、お礼は言えないが、嬉しいということは言葉で伝えておく。
母の日ギフトのオススメに入ってそうな渋いチョイス。元水泳部のかや乃だとしても違和感はない。
シンプルなデザインだが差し色で添えられた金色の丸い刺繡が味を出していた。
オーディエンスも口々に誰のプレゼントかを予想しているようで、盛り上がっている。
ここ賭博所か何かだったけ。と思いながら俺は次のプレゼントに手を伸ばす。
「…グローブ?俺は野球部じゃないんだが…」
まさかのプレゼントに3人を見るが3人はニヤニヤとした顔を浮かべるだけ。
会場にも微妙な空気が漂い始める。
なにこれ、大谷翔平からの寄贈品じゃないよね?
なんて冗談の一つも言いたくなったが、とりあえずこれはみーちゃんではなさそうだ。
体育会系のかや乃か、それとも松下の悪ふざけか。
俺は消去法も視野に入れて、最後のプレゼントをあけた。
「ブレスレットか。デザインがかっこいいな。どの服にも合いそうだ。」
クラスの皆も概ね、俺と同じ意見なようで、お洒落だとかセンスいいだとかを口々に言っている。
見たことないブランド名だ。相当アクセサリーに見識がなければプレゼントにチョイスできないだろう。
どれも個性的なプレゼントだ。
松下が俺が当てられないと思ってこのゲームを開催したようには思えない。
これは、松下によるこれくらいは当ててみせろという挑戦状だ。
観察力と分析力が問われる俺の得意な情報戦。その舞台にあがってきたことは誉めてやろう。
「かや乃。タオルありがとう。大事に使う。」
「えっ!!なんで、そんなあっさり分かったの!?」
柔軟剤の匂い。味のある金色の刺繡。
かや乃はこのプレゼントにプラスアルファ足した証拠だ。
このワンポイントの金色の刺繡は金メダルを意味している。俺とかや乃だけが分かる思い出だ。
だからこそ、皆の前でそれは語ったりしない。
「松下、つけてくれ。」
俺は松下にブレスレットと右腕を差し出す。しっかりとその意味を込めて。
松下はつまらなそうに、それでいて少し恥ずかしそうにブレスレットを取りつけてくれる。
「制服だと流石に合わないね。チャラついた不良みたい。」
「だな。」
松下はちょっと吹き出すように笑っているが、嬉しそうだ。
俺が当てたことが嬉しかったのだろう。
俺は全てのプレゼントに対して肯定的な感想を言った。
礼儀を尽くした結果じゃない、3人の反応から導き出す為だ。
特に3つ目のプレゼントに関しては、一般的に重いとされるものだ。だが、執拗にデザインを褒めることで周りがそれを気にする暇を与えず、称賛する空気を作った。
そこまですれば、松下からは分からなくても、かや乃とみーちゃんでないことは分かる。それで十分だった。
2つ連続サラッと当てたことで、俺を称賛するような声がそこかしこで聞こえる。
だが、やがてまわりも一つの結論に辿り着く。
「え、じゃあ、グローブは、みーちゃんのってこと!?」
「な、なんでっ!?」
「いや、これはみーちゃんのじゃない。そうだろ?」
「うんっ!!」
みーちゃんは俺の答えが分かりきっていたかのように頷き、そしてまた俺に飛び込んでくる。
彼女はプレゼントは最初からここになかった。
最初から、みーちゃんは『3人からっ』と言っていた。
自分のプレゼントであるとは一言も言っていない。
みーちゃんが俺の耳元まで口を近づけてくる。耳に髪が当たってこそばゆい。
「清隆君には私を貰ってもらうから」
耳元で囁かれた言葉は脳を痺れさすような甘い言葉。
どうやら、プレゼントの4つ目は確かにここにあったらしい。
それには気付けなかった。何故なら…
「おかしいな。もうとっくに俺のものだろ?」
みーちゃんの耳元に口を近づけて言葉を返す。
彼女の頭がプシューと音を立てて、俺から離れて松下とかや乃の元に戻っていった。
久しぶりにみーちゃんを照れさせることに成功したらしい。最近は耐性がついてきてたからな…。
「え、えっ!綾小路君、何したの!?」
「何て言ったの!?気になる!!!!!」
俺とみーちゃんの絡みを見て、クラスメイトが騒ぎ始める。指笛までどこかから聞こえてきた。
やめてくれ、頭に響くんだってそのノリ……。
俺は流れにケリをつける為にも最後のプレゼントの種明かしへと移る。
「これは山内。お前の悪ふざけだろ?中学の頃、野球やってたらしいしな。」
「は?それ、俺じゃないけど」
……え?
一気に静まり返る教室。…俺、誕生日だよ?
マダミスの推理パートで的外れなことを言うやつをもう二度と笑わないと誓った瞬間だった。
「あ、綾小路君。そ、それ、猿山君チョイスっ。…ぷっ」
またしても吹き出しながら松下は俺に答えを告げるが、先程とはまるで意味が違う。
明らかに馬鹿にしている。
こいつ、今ここでこのブレスレットが重いプレゼントであることを皆に、思い出させてやろうか。
たちまち、松下が男にプレゼントを贈ったことがないことが露呈するぞ。
「おめでとう、綾小路君。」
オーディエンスの後ろの方から綺麗に丸刈りされた頭を掻きながら、猿山と呼ばれた生徒が顔を出す。
「実は、綾小路君には野球部にどうしても入って欲しくて。プレゼントしちゃったっ。」
「あ、ああ。ありがとう。」
思わず吃ってしまった俺を誰が責められよう。
坊主頭が男に可愛こぶるシチュ。どの角度から見ても地獄絵図だった。
……で、誰?
猿山 爆誕!!!!
てか、この学校って野球部あるの???