綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
「綾小路君っ。誕生日だからって、佐倉さんに変なことしちゃダメだからね!」
「変なことってなんだ?」
「あんた、その誘導尋問みたいなの得意技?女子が言う変なコトなんて一つしかないの分かってんでしょ?」
恵の指摘は的を得ていた。
こちとら櫛田やら鈴音やらどれだけ面倒くさい女子を手玉に取ってきたと思ってる。
女子に卑猥な単語を言わせようとする気持ち悪いおじさんみたいな事をしていることを恵に見透かされてることすらも承知の上だ。
そう思われる代償以上に、俺が寝ている佐倉にそういうことをすると思われていることが心外で我慢ならなかっただけだ。
「ま、そゆことで。じゃ、明日もおね〜↑」
語尾にクレッシェンドでもついてるのか?と聞きたくなる語尾の抑揚。
…恵のやつ。周りにギャルだと本格的に認知され始めてからのギャル化が止まらない。
卒業する頃には、別言語を開発して一国を統べているかもしれない。
「すーすーすー」
恵一行が帰宅し、部屋には一向に起きる気配のない佐倉と無言の俺だけが取り残された。
恵達に佐倉も部屋に持って帰ってくれとお願いしたのだが頑なに断られた。
彼女達の頭の悪さに誤魔化されて失念してしまいがちだが、こと人間関係においての察しの良さは侮れない。
女子特有のネットワークが張り巡らされたグループで恋心を抱こうものならそれがバレることは必至なのだ。
佐倉の気持ちを知った上で、幸せそうな顔を浮かべている彼女を叩き起こすことは憚れたのだろう。
(佐倉に密着されることに悪い気はしないのだが、身動きが取れないのは厄介だな)
手持ち無沙汰になったところで、そういえば恵達からも誕プレを貰っていたことを思い出す。
手の届く範囲にあった誕プレが入っている紙袋を手繰り寄せて中を覗くと、高そうなダウンジャケットが入っていた。
彼女達の浪費癖は知っている。
お財布事情も分かっている。
それでも、俺の誕生日にお金を奮発することを躊躇わない。嬉しい限りだな。
(だけどこれは……どっちだ?)
秋の季節を感じる淡い焦茶色の生地をベースにドットのハイカラが散りばめられたダウンジャケット。
ファッション素人の俺の酷評がもしも許されるなら、季節感が台無しなんじゃないか?と声を大にして言いたい。
ストリートファッション上級者でも着こなせるか微妙な派手さだ。
「絶対、似合うから!格好いいから!」
「私達のセンスを前に跪くがいい!」
「今度、学校に着てきてよ〜」
押し付けるように渡された時に確かこんなことを口々に言っていたが…。
これが、彼女達のユーモアが笑いを取りにいった結果なのか。はたまた、流行に敏感な彼女達のセンスが時代を先取りしているのか。
(ネタなのか、マジなのか本当にどっちなんだ…?)
素直に感謝しきれない誕プレを前に『そもそも、これはトータルコーディネート前提では?』と疑問が浮かぶ。
ドレッドヘアにして、エアフォースワン履かないと様にならないのでは?
b-boyのbの定義付けをしないと、着ることすら許されないのでは?
「…んぅ~、きぃーくん…。」
誕プレを開封していたはずの俺がいつの間にかhip-hopへの理解を深めるためにdigろうとしたところで、佐倉が身じろぎをしながら変なことを口走った。
今の…もしかしなくても、俺のことだよな?
人見知りの権化みたいな佐倉だが、意外と愛称で呼び合うようなバカップル的なものに憧れているらしい。夢で見てしまうくらいだし。
蕩けた顔でむにゃむにゃと満足気に口をもごもごする彼女が変に脳裏に焼きついた。
そして、むくむくっと妙な気持ちが膨らんでくる。
言語化するなら、魔が差したというやつだ。
…そのあさきゆめみし乙女の期待に応えてやらんこともない。
「あーちゃん…」
手狭なワンルームに響いた甘く作られた声はシンプルに気持ち悪かった。
骨伝導のせいにできるキャパシティは超えていた。
「…マジで何言ってんだ俺。…死にたい。」
一文字違いのみーちゃんを、常習的に口にしてる俺がこの様。
世のバカップルとやらはこれを平然とやってるのか。畏敬の念を覚える。
自分の言葉に鳥肌が立ったのは初めてだった。
それでも、唯一の救いだったのは、聞いていたのは寝息を立てている佐倉だけだったこと。
返答が無いところを見るに、彼女の脳細胞は俺の言葉のあまりの気持ち悪さに完全に壊死したようだ。
彼女の少ない脳細胞を破壊せずに済んでよかった。
むず痒さと気持ち悪さに打ち震えていると、佐倉の頭が俺の肩からずれ落ちてしまう。
「やべ。」
彼女が実は起きてましたなんてオチはないことに安心するよりも心配が勝って声が出る。
この後、彼女の側頭部に訪れるであろう衝撃に抵抗する素振りが一切ない。
寝声に返答すると脳細胞に大きなダメージがいき早死にするなどは科学的根拠のない嘘だが、頭への物理的な衝撃が脳細胞を破壊してしまう恐れがあるのは本当だ。
俺は持ち前の反射神経をフル活用して、咄嗟に手を出す…
ーそして、すぐさまその手を引っ込めた。
『佐倉さんに変なコトしちゃダメだからね』
俺の手の位置。佐倉の体の位置。
ラッキースケベの条件は全て整っていた。
あれでは、佐倉のたわわと戯れてしまうことは避けられない。
(だが、このままでは…)
佐倉が倒れたのは、俺の後ろではなく前だ。
このまま何もせずとも、順当に考えて床ではなく俺の太腿に着地するだろう。
だが、俺の太腿は日頃の鍛錬によりアスリートのように鍛えられている。硬度でいえばS45C相当だ。
くっ。俺にも佐倉のようにたわわなものがあれば……
無い物ねだりする俺の頭に流れ込んできた妙案は幼少期の記憶。
国民的アニメ『ドラゴンボール』のプロローグ的立ち位置である、孫悟空少年篇。
(……っ。でも、これは……っ。いや……、背に腹は変えられない!)
(俺は佐倉のことを守るって心に誓ったじゃないかぁぁっ!!)
我ながら柄じゃない。冷静さを欠いているとしか思えない。今思えば、最後に寝てから40時間以上経過している。
そう、きっと、そのせいだ。
俺は佐倉の脳細胞を守るべく、体の向きを変えて、太腿を僅かに開く。
そして、目の覚めるような鋭く鈍い衝撃が全身に駆け巡った。
彼女の側頭部ではなく、俺の……
…俺は悟空と違って幼少期ではない。既に青年期くらいだ。直接的な言葉避けるべきだろう。
『人生には3つ袋があります。腕枕。膝枕。金○枕です。』
とか、結婚式の挨拶でセクハラ紛いなビーンズを披露する叔父さんに決してならないために。
彼女のあれがたわわなら、これは俺のたままと呼ぶべきだろう。
「うぐぅっ。」
情けないことに、変な声の一つも出さなければ、その痛みに耐えることはできそうにもなかった。
その上で眠る彼女の寝息だけが俺の痛みが無駄ではなかった事を雄弁に語っていた。
――――――――――――――――――――――――――
夜十時が過ぎた。門限の時間だ。
だが、佐倉の方はというと眠りから覚める素振りは全くない。
1日振りの睡眠を俺の――の上でたっぷり貪っていた。
それに、櫛田も帰ってこない。
鈴音がペナルティが発生する時間まで櫛田を滞在させるような真似をしないことを考えるに遅すぎると言っていい。
まあ、帰ってこない分には嬉しい限りなんだけど。
どうせ、頼まなくてもそのうち帰ってきてしまうわけだし。
ちなみに佐倉と俺の今の状態を櫛田に見られることにもはや抵抗はない。
昨日あんだけのことがあったのだ。今更すぎる。
(~♪)
静寂を破る単調な電子音。
それは前触れもなく不意打ちのように鳴り響く。
俺は陽だまりで心地の良い昼寝をしているような佐倉を起こさまいと相手も確認せずにワンコールで電話を取る。
※ただし、彼女が何に温もり感じているのかは考えないものとする。
「もしもし」
「も、もしもしっ。あ、綾小路君のお電話ですか?」
俺の応答が予想外の速さだったことで、心の準備が乱れたのかもしれない。
電話先で彼女が慌てているのが光景として浮かんでくる。
「俺の電話であることを確認してコールしたんじゃないのか?」
「そ、そうだった…。にゃはは…。」
「久しぶりに聞いたな、それ。それでどうした?一之瀬」
校内でにゃははが口癖な女は一人しかいない。
でもそれもどこか、力弱さを感じて頼りない。
当たり前か。
皆に頼られる一之瀬穂波がいなくなってから1ヶ月が経とうとしているのだから。
「う、うん。久しぶり。その…お誕生日おめでとうって言いたくて…。」
「わざわざ悪いな。電話までしてもらって。ありがとう」
「う、うん。どういたしまして」
「ああ」
……。
……。
まさかの会話終了。
だが、原因には心当たりがあった。
これは彼女のコミュ力の根源だった、会話の主導権を取り手綱を引くような会話力が鳴りを潜めていることで起きている。
企業と同じだ。原因が分かれば対策するだけ。
PACDを回してトライ&エラーを繰り返す。
俺がいつもの受け身ではなく、舵を取れば状況は好転するはずだ。
よし、そうと決まれば当たり障りのないことをー
「んぅ…、んぅ…。」
俺と一之瀬はお互いが離れてしまった距離を測るように黙りこくっていた。
その息の詰まりそうな時間を終わらせたのはいまだ爆睡中の佐倉の寝返り。
無意識下で放たれた、吐息交じりの声は普段表に出ることない色気を醸し出していて、
「…一人じゃないんだね。」
彼女は咎めることも問い詰めることもしなかった。
ただ、自分が貴方が置かれてる状況を寸分違わず把握したという報告だけ。
自分が俺にとって未だ何者にもなれていないと自負している一之瀬ならではの反応だ。
「さっきまで勉強を教えてたんだ」
「説明してくれなくてもいいんだよ?」
俺が状況の詳細を語る前に前置きするかのように制してくる。
『私に聞く資格なんかないんだから』そんな言葉が続きそうな声色だ。
「一之瀬には、勘違いして欲しくない」
「…私、勘違いしてないよ?綾小路君は男女不正交遊と認められる時間に部屋に女の子を連れ込んで、"さっきまで"勉強してただけでしょ?」
…彼女の言葉は何も間違っていない。それに誤解も勘違いもない。
だからこそ、始末が悪い。
さっきまで、少し早く電話に応対しただけでキャパオーバーになっていた一之瀬はどこへやら。
カツ丼なんてなくても、うっかり色々吐いてしまいそうな圧があった。
「本当は誕生日プレゼント渡したかったんだけど…、日を改めた方がいいよね?」
ばつが悪く、返す言葉を探すのに時間がかかっていた俺に一之瀬は本題を切り出した。
この電話は俺の部屋に伺っていいかのアポ取りだったわけだ。
「余計な気遣いだ。それに、一之瀬のプレゼントは当日に受け取りたい。そうじゃなきゃ受け取らない」
多少強引ではあるが、一之瀬の気持ちを差引きしてもここで退かせるわけにはいかない。
彼女が俺に電話をかけることにどれだけの抵抗や葛藤があったのか俺には分からない。
けれど、彼女の妨げに俺だけはなっていいはずがない。
「本当にいいの?」
「ダメな理由を捻出する方が難しい」
「…分かった。じ、じゃあ、入るからね」
―ガチャ。
続けざまに玄関先ではっきりとその音が聞こえた。
一之瀬の奴、俺の部屋の前で電話してたのかよ!?
不純異性交遊がどうだを人に言える立場じゃない。
そうこう考えているうちにも石橋を叩いて渡るような控えめな足音が着々と近付いてくる。
別に俺の部屋はダンジョンでもなんでもないというのに。
「佐倉さんだったんだ。…寝てるの?」
「ああ。全く起きなくて困ってたんだ」
一之瀬は特徴的な桜色の髪を一瞥して佐倉だと判断する。
彼女の視線につられて、俺も佐倉を見下ろして何事もないように答えた。
そして、俺は気付きたくなかった状況の深刻さを気付いてしまったのだ。
佐倉が寝返りをうったことで、俺の股間に顔面を埋める形になっていることに。
俺の尊厳を守る布2枚がなかったら完全にアウトな絵面。
いやあってもアウトだわ。
幸い、一之瀬からは机の死角になって細部の状況までら見えていない。
精々、膝枕をしているように見えるくらいだろう。
「とりあえず、掛けてくれ。佐倉に寄りかかられていて、何も出せないが」
一之瀬はそれを聞いてすんなりと俺の正面に腰を下ろした。
居心地が悪いのか、一之瀬はクラスの打ち上げに参加してしまったオタクみたいな挙動をしている。
ギャップがすごい。
だが、ひとまずは彼女の目線を下げさせることには成功した。
だが、安心するのはまだ早い。一之瀬のそのキョロキョロと動く目をどうにかしないと、うっかり目に映ってしまうかもしれない。
「お、お構いなく。長居するつもりもないから。」
やはり圧がある。
俺から一歩退いて、適切な距離を必死に守ろうとするそんな圧が。
佐倉と自分は違うという意思表示が。
俺はそれを逆手に取ることにした。
俺の巧みな話術で彼女の興味を俺の話に縫い止めるのだ。
「それは無理な相談かもな。」
「…え?」
「この部屋は入ったら最後、出られない。」
一之瀬が装備を整えて、ダンジョンに向かう冒険者のような心構えで俺の家を訪れたのは分かっている。
俺の誕生日もきっとその装備品の一つでしかない。
俺の言葉をどう受け取ったのかは分からない。
一之瀬は生唾を飲み込み身構えるように相槌を打った。
「…どうして?」
「フィクションじゃないんだ。デスゲームの司会者もいなければ、青眼の悪魔もいない。」
俺の例えがピンときてなかったのか、今にも首を傾げそうだ。
…今度、一之瀬にはイカゲームとSAOを履修させよう。
この二つは国民の義務だぞ。それは税金を納めていないのと同じだ。
それに、転移結晶が使えない絶望感を味わってない癖に、日常に疲れ切ったサラリーマンみたいな顔を浮かべやがって。
そんな暴挙は茅場晶彦とこの俺が許さない。
「やはり、一之瀬は出られそうにもない」
俺の黒い瞳が、一之瀬の目の奥を覗き込む。
見透かすように、核心に触れるように。
まるでダイソン。他とは違う吸引力で泳いでいた一之瀬の視線を釘付けにする。
「…あ、綾小路君?」
「富士の樹海もアマゾンの奥地も出られなくなっしまう理由は一つしかない。」
「そして、一之瀬が俺の部屋から出られないのも同じ理由だ。」
「…迷っているから。」
俺の言葉の続きは一之瀬の唇から零れ落ちた。
どこに行けばいいのかも分からず。
手を引いてくれる仲間もいなくなって。
時には獣にも襲われ、時には嵐にも見舞われた。
それでも、彼女の足が歩みを止めないのはー俺がいるからだ。
「…変だよ。なんで、綾小路君は私より私のことを知ってるの…?」
「自分のことは自分が一番分かっているなんて強がりだよ。」
一之瀬のことは俺が一番分かっている。
何故なら、彼女の心は既に俺の手中にあるからだ。
もう随分も前から、それは盗んでしまっている。
「一之瀬。最近、鏡を見ていないんじゃないか?」
「…うん。」
「だろうな」
「今日のたった今も、この前帰り道で会った時も。」
「好きな男に見せる顔がそんなに辛気臭くていいのか?一之瀬」
俺の言葉が彼女の琴線に触れる。
机にぽつりぽつりと憑き物が落ちていくように涙が滴る。
「好きなだけ泣いていい。」
「でも、俺は一之瀬の笑顔が好きだ。それをゆめゆめ忘れないでくれ」
それは言外に、最後は笑えと言っていた。
最後に笑うのはピエロなんかじゃなくて、恋する乙女であるべきだと俺は思うからだ。
けれど、きっと最後に泣くのも恋する乙女だと俺は思う。
「…ず、ずるいよ…。綾小路君…。そ、そんなこと言われたら…」
「わたし、綾小路君無しじゃ、生きられない…。」
それでいい。
今はそれでいいんだ。
女は上書き保存。
卒業後に訪れる新しい出会いで俺のことなど上書きしてくれればそれでいい。
名前をつけて保存が服を着て歩いているような俺のことなんて、きっぱり忘れてくれればいい。
それは俺の本心からの願いだった。
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一之瀬帆波は一度死んだ女だ。
それを経験しているとしていないとでは厚みが違う。
「気が変わったよ」
一之瀬は吹っ切れた笑顔でそう言った。
涙の跡が目立つ顔なのにずるいくらい可愛い。
「顔つきよくなったな」
「あんな告白みたいなこと言われたら、頬だって緩むよ」
「一之瀬の笑顔が反則的なまでに魅力的なのは事実だ。俺はそれを布教しただけだ。」
一之瀬は俺を好きな自覚があっても、俺に好かれている自信がない。
いつかのリーダーとそのクラスメイトのような状態だ。
「そういうの皆に言ってるでしょ?感心しないなぁ。言われた方は溜まったもんじゃないんだからね!?」
一之瀬は火照った顔を手でパタパタと振り冷ます。
あざとい仕草だが、養殖感は微塵も感じさせない。
「それで、気が変わったというのは?」
「き、切り替え早いよ、綾小路君。感情の整理が追いつかないからっ!!」
「目の前に俺がいるのに、一之瀬がいつまでも余韻に浸っているからだろう」
「ま、また、そういうこと言う…。心臓いくつあっても足りないよ…」
今の俺の言葉をどう解釈すればそんなに照れれるんだよ。
その言葉を飲み込んだのは俺が不覚にも一之瀬にドキっとしたからだ。
一之瀬は自分の左胸に手を持っていき、暴れる心臓を押さえつけるように握り拳を当てる。
調査兵団のような構えだったが、そんなことよりも握り拳がすっぽりと沈み込んでいるそれの存在感はあまりにも絶大だった。
「今の医療技術では心臓を複数持つのは不可能だぞ」
彼女の立体機動装置を前に、一瞬で茹だってしまった頭を冷ますために全力で話を逸らした。
だが、変な例えをしてしまったせいか、縦横無尽に跳ね回る脂肪の塊が脳漿にこびりついて中々離れてくれない。
俺のこのドキっがピクっなんかに変わってしまった時には、本当に洒落にならない…今は特に。
「知ってるか?一部の学者の中には人間の体は宇宙よりも謎が深いと証していることを」
「…確かに人間の体は解明されている場所より未解明な場所の方が多いって聞くけど…そんなにかなぁ。だって、宇宙ってビックバンとかダークエネルギーとか相当現実離れしたファンタジーだよ?」
そう聞くと、宇宙について研究している学者って結構、心に闇を抱えてそうだ。
「同じだ。俺も宇宙という世界の方が未知だと断言できる。人間にとって、地球が母なら宇宙はそれよりもっと前の先祖に当たるわけだしな」
「え、うん。やっぱりそうだよね?ってあれ?」
「だが、宇宙の謎は研究者達の探究心によって年々解明されていくが、人体の解明は時計が止まったように進んでいないのも事実だ。」
「人体の解明が進まないのは倫理観が人類の叡智に歯止めをかけているからだ。」
その倫理観とは難儀なもので。
命の誕生や人体といった神秘的な類のものに人工的な手を加えることをあまりよしとしない。
デザイナーベイビー如きが波紋を呼んでいるのがいい証拠だ。
「なるほどなぁ…。あれ、これ何の話だっけ?」
脱線に脱線を重ねたゴールもない話に感心することでオチをつけた一之瀬は話が逸れていることに気付く。
時間稼ぎが上手くいき、俺の頭の中は使い道のない雑学が散らばるのみ。その中に雑念はない。
「一之瀬の気が変わったって話だ。」
彼女の混乱に乗じて、話を軌道修正する。
すると一之瀬は手をパンと叩いて、スマホを取り出した。
「あ、それはね…」
まるで、学校で収めた好成績を肉親に自慢するように嬉しそうに彼女がスマホを操作すること数秒後。
机に置いていた俺のスマホがバイブレーションする。
「見てみて?」
「ああ。」
促されるままに俺はスマホを確認してすぐに気付く。
俺じゃなかったら本当に目玉が飛び出ていたかもしれない。
目の前にいる一之瀬は、友達におやすみメッセージを送るような手つきで俺に2000万ppt送金してきたのだ。
「流石だな。恐れ入るよ」
理解不能なものを目の当たりにした時、大半の人間は『どうやった?』『何をやった?』と質問するばかりだ。
彼女が俺に求めているのはそんなものではないと俺は知っている。
「まさか、この2000万pptが誕生日プレゼントってことじゃないんだろ?」
「この部屋の前で、綾小路君に電話した時はそうするつもりだったんだ。2000万pptをスマートに渡すなんてちょっと格好いいじゃん?…もし、その綾小路君の使い道の中に私がいれば最高だなって思ってた。」
彼女は気が変わったと言っていた。
「でも、もう私、一分だって待てないや。」
「綾小路君。その2000万pptで私をDクラスに入れて欲しい」
一之瀬は目を伏せて懇願するように俺に手を差し出した。
その手は僅かに震えていて、自分でクラス移動チケットを手に入れることをせずに、俺に2000万pptを託した意味が透けるようだった。
彼女は自分の命運を俺に決めて欲しかったのだ。
彼女は俺に2000万ppt以上の価値が君にはあると示して欲しかったのだ。
この学校は面白いくらいに不器用な奴ばっかりだな…。
「今日は驚きの連続だったんだ。」
深夜には内気で人見知りな佐倉が全裸で踊ってたり。
朝一番から沢山の人に誕生日を祝福されたり。
昼休みに体育倉庫というシチュを龍園で消費してしまったり。
精力剤を飲んで、ひよりを襲うような真似をしてしまったり。
本当に枚挙にいとまがない。
「それでも、一番驚いた。」
「まさかこんな、『誕生日プレゼントは私』があるとは思ってなかったから。」
誕生日を祝ってもらった記憶なんて今日しかない俺だが、みーちゃんに似たようなことを既にされていた。
それで、知った気になっていた。
これはみーちゃんとは一味も二味も違う。もはや、別の料理。
だってこれは、一之瀬の愛の告白だったからだ。
「よろしくな。一之瀬。一緒に卒業しよう」
一之瀬の差し出された手を握りしめてそう伝えると、
「…は、はい。喜んでっ」
一之瀬はベールを取られた恥ずかしさではにかむ新婦のように笑った。
まるで、結婚式の一幕のようだが所詮は高校生。
『はい喜んで』は告白された側の台詞だし、結婚しようではなく卒業しようという何とも俺らしいアレンジだし…
「ちょっとまったぁぁぁあぁぁあ!!!」
結婚式場の大扉を蹴破るような勢いで乱入してきたのはご乱心の櫛田だし……。
普通、こう言うのは新婦の元カレとかが相場なんだよ。
例えば南雲とか。南雲とか。南雲とか!!!!
「…はにゃ?」
そして、その櫛田の剣幕に俺の股間で佐倉が目覚めて、体を起き上がらせた。
俺のスラックスは彼女の涎でお漏らしでもしたのかと言わんばかりの跡がついていた。
寝ている時は隠し通せたのに、これ、結局後でバレる奴やん……。
宇宙よりもカオスで宇宙よりもファンタジーが6畳のワンルームで展開され始めた頃、
時計の針は頂上を回り、俺の長い長い誕生日はようやく終わりを告げた。
けれども、夜はまだまだ終わらない。
き、今日は俺は寝るからな!!!!!
こんだけヒロインがいると、綾小路清隆の誕生日が濃厚すぎてヤバイ。
何がヤバイって、とにかくヤバイ。
(最初の佐倉が綾小路の股間に顔を突っ込む話はほぼ綾小路の一人相撲で、誕生日とかほぼ関係ないあたりとか特にヤバイ)
あと、タイトルは佐倉が全裸でアイドルを踊っていた回につけるべきだったと後悔しながらつけました。