綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
「転入生を紹介する」
誤解を招く言い方だった。
茶柱先生も内心では、大型新人の加入に喜びを隠しきれない監督のような心情なのかもしれない。
HRが始まってすぐ。
この学校にいる生徒が、簡単には信じられない言葉を茶柱先生は平然と言った。
この学校の性質上、クラスの人が減ることはあっても増えることはないからだ。
皆は揃いも揃って、目を丸くして誰が入ってくるのかと教室前方の扉を見つめている。
「失礼します」
そして、飄々とした風体で、一之瀬帆波は教室から入ってくる。
ファッションショーでランウェイするモデルのような佇まい。
洋介も含めた何も知らないクラスメイト達は言葉を失って、それを目線で追うことしかできない。
鈴音だけは一之瀬がここにいる理由を求めるように俺を怪訝そうに見ていた。
「びっくりしてるよね、皆…」
一之瀬は一人一人にゆっくりと目を合わせて顔色を窺っていく。
余裕綽々のその所作だけで、つい最近の記憶に新しい孤立して沈んでいた一之瀬帆波でないことを表している。
「Bクラスを裏切ったの?なんでDクラスなの?どうやってクラスを移動したの?何が目的なの?…犯罪者のくせに開き直ったの?」
畳み掛けるような疑問はクラスメイトの表情を読み取って代弁したもの。
最後の一つには、同情を誘うような哀愁が込められていた。
それだけはクラスメイトの声ではなく、自分で自分を責める自虐だったからだ。
「今から、それを全部話したいと思ってる。でもその前に一つだけ言っておくね」
「私、性格悪いんだ」
自分の性格を悪いと評せる人間がどれだけいるだろうか。
そして、それを出来る人間は本当に性格が悪いのだろうか。
「我儘で自分勝手。このクラスに転入したのだって私利私欲を満たすため。腹の内では自分の事ばっかり考えているのに、プライドが高いせいで周りばかりに気を遣ってた」
人間誰しもそういう要素を持ち合わせている。
占いのように当たり障りのない言葉だが、Dクラスの面々は彼女の言葉にどんどん引き込まれていく。
J-popの名曲のほとんどが大した歌詞でもないのに、多くの人の心に響くのは何故か、今なら分かる気がした。
雰囲気だ。彼女が作り上げている雰囲気が強い共感を誘っている。
「だからかな。体育祭のあの時ぽっきり折れちゃった。Bクラスの人達の目が見れなかった。声を聞きたくなかった…」
「…私、逃げてきたの。このクラスに」
末恐ろしい才能だなと思う。
もしかしたら、本心の側面にはそういう気持ちがあるのかもしれない。
だが、あたかもそれが全てであるかのように信じさせる言葉選び。
『不良品の集まりであるDクラスなら不良品の私を受け入れてくれるんじゃないか』
コンプレックスを抱える生徒が多いDクラスにしか刺さらないそんな思惑を内包した告白。
これを狙ってやっているのだから、彼女と彼らでは見えている世界が違う。
今しがた、教室に穴があいたBクラスの生徒達が彼女の話を聞けば、被害者面するなと言うかもしれない。
けれど俺は思う。被害者面をした加害者はお前たちだろうと。
一之瀬帆波にどれだけの過去があったって、それを責めれる資格がどこにある。
芸能人の不祥事に飛び交うヘイターか、お前らは。
「ごめんね…。善人なんて呼ばれている私がこんな弱くて。それでも…信頼して欲しい。裏切らないで欲しい。認めてほしい。本当の…私を見て欲しい」
「本当に欲張りで自己中。自分で自分のことがだいっきらいっ。それでもこれが本当の私なんだ。…無礼無様は百も承知で言います。…お願いします。私をDクラスにいれてください」
一之瀬帆波のポテンシャルに圧倒されて、誰一人言葉を返せなかった。
それはそうだろう。
彼女が見せた覚悟を前に、中途半端な言葉が許されるはずもない。
僅かの沈黙を見送った後、あの男が立ち上がる。
Dクラスのリーダー、平田洋介。彼は覚悟を持って彼女の言葉に応えるのだった。
「一之瀬さん」
「ようこそ、"不良品"のDクラスへ。これから一緒に頑張ろう」
半年前に茶柱先生が俺達に叩き付けた不良品という評価。
それは今、平田洋介が口にしたことでポジティブな意味に変わった。
花束の代わりにメロディーを贈るように、言葉の代わりに置き換えられた拍手が鳴る。
それは瞬く間に広がり、一之瀬帆波を歓迎する大合唱へと変化を遂げた。
そして、その熱が冷めやらぬうちに、
「…皆、僕も一つ懺悔していいかな?」
洋介はずっと隠してきた凄惨な過去を皆に明かし始めた。
今となっては、その洋介の不良品たる所以は、彼らの心の突っかかりを取り除きDクラスの結束力をより強硬なものにするだけだった。
「ふっふっふっ。興が乗ってきたねぇ~。不幸自慢なら私も負けてないよ?」
「不肖、皆ご存知の高円寺コンツェルンの跡取り息子の私だが、社員が不祥事を起こして会社が倒産の危機でね~。次期社長の話は一旦白紙に戻ってしまったのだよ。そこで、おいそれとその話を飲むわけにはいかない私は敏腕を示すことにした。この学校にいながら当社に貢献を示すことで、その白紙を突き返してやろうと思ってね〜」
『おい、なんか語り始めたぞ』それと同じような言葉が口々に飛び交う。
高円寺はのっそりと立ち上がり、高身長から見下ろすことでそれを制した。
「Please be quiet。本題はここからだよ諸君。ご清聴願いたい。…ふふ、お利口だね。では、私のプランを話そう。私は、プライベートポイントによるクラウドファンディングによる当社の建て直しを行うことにしたのさ。目標は大きく2000万。さぁ、皆の衆、スマホを出してくれるかい?エアドロでそのサイトを共有するよ」
高円寺六助のポテンシャル(変態性)は皆を黙らせた。
頭から爪先まで全ての挙動が生理的に受け付けられなくて、皆ドン引きしていただけなのに『…ふふ、お利口だね』とか言っていて本当に救いようがない。
例え、どんな大物youtuberでも彼は救えないだろう。
例え、大金を積めば、どんな病も直してしまう闇医者でも治せないだろう。
そう思わせるほどの、異常すぎる異常性。
これを狙わずにやっているのだから、彼と彼らでは見えている世界が違う。
そしてこいつは絶対その集めたptを私的に使うだろう…。
ビジネスプランもどこかプペプペしているし…。それで集めた金を使って金字塔でも立てましたなんて言えば、さらに炎上することは避けられない。
「いや、誰が協力するかっ。そんなのっ」
「…これ、言っちゃなんだけどこのまま倒産すれば、高円寺君真面目になるしかないよね?」
「ざまあみろ~。普段の行いのせいだよ」
「父さんの会社が倒産…。ぷぷっ」
今まで好き勝手やってきた高円寺に投資するものはただの一人もいなかった。
彼らはまさに、さっき言った世間の不祥事に飛び交うヘイターそのものだったが、気持ちは痛いほど分かった。
俺もハッシュタグをつけて言論の自由に乾杯したい衝動に駆られたが、すんでのところで冷静になれた。
高円寺コンツェルンの法務部とか日本一面倒な組織を相手にはしたくない。
ちなみに、不祥事の内容はアメフトのプロ選手につけていたマネージャー兼翻訳者がその選手の口座から億単位の金を自分名義の口座に不正送金していたらしい。
高円寺コンツェルンの幅広い事業展開と、高円寺のような奔放な人間を積極的に雇用してきた採用基準が仇となった形だった。
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「南雲先輩にヤられそうになって、その代償が2週間謹慎処分と2000万の慰謝料だったってこと!?」
「しーっ!!!男子、声が大きいっ!!」
「ご、ごめん、つい…」
Dクラスの新しい顔ぶれ一之瀬帆波は質問の嵐の中にいた。
彼らは清算が済んでいる彼女の過去に毛ほども興味がないようで、話題は最近のホットなニュースへ。
南雲の復学に纏わるもの。
「…水を差すようだけど、その2000万ptあったら卒業間際にAクラスに移動できたんじゃない?」
「た、確かに…。なんで、そうしなかったの?」
「えーっと、それは…」
BクラスとDクラスの生徒の違いはここだ。
他人にズケズケと踏み込んで質問することに躊躇いがない。
そして、初めての感覚に戸惑う一之瀬から悔恨でも読み取ったのか、まわりが勝手な解釈を広げ始める。
「俺、許せねぇかも。Bクラスの奴らと南雲の野郎」
「うん、私もそれ思ってた。一之瀬さんの過去なんて、そいつらにはぜんっぜん関係ないじゃん!!」
「一之瀬さんがAクラスに確実にいける手段を蹴るくらいには追い込まれてたってことだよな?」
「てか、れっきとした虐めじゃね、それ。どうする?先生に直談判しにいく?」
「それな。あと、南雲は羨ま…じゃなかった、退学でいいと思う。うん!!絶対!!」
話が急速に展開していくことに焦って一之瀬は声を大きくする。
「ま、待って!!私はそんなの望んでないから、勝手なことはやめて!!」
もう、ついこないだ意気消沈していた一之瀬とも、一か月前の温厚で優しいだけのリーダーとも違う。
リニューアルしたNEW一之瀬は自分の意思表示がはっきりと出来る。
「…ごめん、俺熱くなってたかも」
「うん。私も」
「一之瀬さんが嫌がることするのは、同じ穴の狢だよな」
「でもさ…、じゃあ、この気持ちどうしたら…」
「それならさっ。一之瀬さんが喜ぶことをいっぱいして、一之瀬さんがいっぱい楽しめるようなことすればさ…、南雲先輩もBクラスの子も自分達が間違ってたってこと気づくんじゃないかな?」
一之瀬の援護射撃に入ったのは意外にも櫛田だった。
一之瀬がDクラスに移動してきた本当の理由をひた隠しにしていることを知っているうちの数少ない一人。
「ねぇ、一之瀬さん。一之瀬さんはこのクラスで何がしたい?」
企業の面接みたいなこと言ってんなぁ、櫛田。
あいつ、採用する気がないのに無暗に泳がすタイプだろ絶対…。
「私は皆と一緒にAクラスに行けるように頑張りたい…かな」
遠慮しがちに言った一之瀬の言葉にフロアのバイブスは最高潮。
口の中で舌を嚙んで出血してそうな櫛田も見た目だけはテンアゲしていた。
「やばい、俺マジで頑張るわ。明日から」
「私も期末は全部満点取るくらい頑張るっ」
「一之瀬さんのためなら何でもやれる気がしてきた」
言葉の端々に滲み出る不良品らしさが何とも彼ららしい。
それでも、顔付きは明るい。
この新しい風はきっと、追い風となって明るい未来へと連れていってくれるだろう。そんな予感がした。
それにしても、一之瀬帆波には本当に人たらしの才能がある。
誰一人として彼女のことを疑っていないのだから。
無論、彼女は噓を吹聴しているわけではない。全てを語っていないだけだ。
それはよほど明け透けな性格でなければ大なり小なり皆やっていることなんだが、あそこまで上手く立ち回られると『私、性格悪いんだ』は裏切る布石に見えてくるな…。
「良かったわね。転入生が美少女で」
その美少女に視線が集まる中、仲間にして欲しそうにしているスライムのようにじーっと俺だけを見ていた鈴音はようやく口を開く。
やっと俺に質問する考えが纏まったと思えば、返答に困ることを言ってくる。
「俺は人を容姿で判断しないから、最後のは余計だな」
「良かったわね。転入生が巨乳で」
「スタイルでも判断しないんだよ」
まあ、それが目の保養に効果的だと思っていることは否定しないが。
「で?これは貴方の策略?」
鈴音は俺にとって一之瀬が手塩に掛けていた人物だと知っている。
無人島試験や船上試験での幇助の延長線上が今ではないかと疑いを持っている。
「いや、俺の策略ではなく彼女の思慕だ。彼女はロマンチストな俺の夢を叶えるリアニストになるらしい」
彼女が豪華客船で宣言した通り、俺が描いていた未来は彼女の力で現実となった。
恐ろしいほど粘着的な愛が彼女に無限の可能性を与えている。
「怖いもの知らずね。彼女は」
またしても何も知らない鈴音。その彼女してはまあまあ的確な表現だった。
俺に思慕を抱いてそれを育ててしまった一之瀬にとって、過去を晒すことも孤独になることも、処女を失うことでさえも何一つ恐れることのないものに変わってしまった。
鈴音の言葉に一つ誤謬があるとすれば、俺に見限られることだけが彼女にとってどうしようもなく恐怖の対象だったということだ。
「おいおい、人をお化けみたいに扱うなよ。俺は襲ったりしないぞ」
無論、殺意を持ってという意味なのだが、
俺をよく知る人間が聞けば、どうしても別の意味に捉えてしまう発言だった。
「その台詞、まるでもう何人か喰った後よ」
童話に出てくる狼だって、馬鹿正直に人を襲わずに言葉を巧みに操り黙す。
『俺は何もしないからこっちにおいでと』相手を取り込んで油断したところで、首筋にバクリ。
鈴音にはそう聞こえてしまったらしい。
だが先述通り、俺をよく知る人間が聞けば、別の意味に…
「謂れもない非難だ。」
まだ一人しか…なんて口が裂けても言わない。
「さあ、どうかしら」
「気になる言い回しだな。はっきり言えばどうだ?」
「そう?なら遠慮なく」
「別に気にしてはいないのだけど、櫛田さんが妙に貴方についてのマウントを取ってくるものだから、櫛田さんと貴方はよほど深い仲なんだろうなって思っただけよ」
別に気にしてはいないのだけどは気にしてる奴お決まりの枕詞なんだよ。
私の友達の話なんだけどくらい信憑性ない。
そして、鈴音に友達なんていないのは自明の理。故に彼女は滅茶苦茶そのことについて気にしているだろう。
それよりも櫛田の吹聴癖がヤバすぎる。スピーカーかよ。
「…お前ら、ちゃんと試験問題の作成は進んでいるんだろうな?」
「ええ、今のところは。けれど、これ以上マウント行為がエスカレートした場合、進捗状況に大きな影響が出るでしょうね。」
つまり、俺との間柄を匂わせてマウント取ってくる櫛田がうざいから、それを教えろということだった。
櫛田は今も、一之瀬を中心としたクラスの輪の中でうまいこと合の手を入れている。
今夜、あいつに馬乗りになって完膚なきまでにボコボコしても多分許される。そう思った。
「気になるなら、10時以降に俺の部屋に来ればいい」
俺はそれを答えとした。
櫛田と鈴音のギクシャクとした関係性にケリをつけるためにも、いつかはやらなけばいけないタスク。
それは結局避けられない。
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「朝比奈先輩っていますか?」
「ん?あさひな…?あぁ!なずなね。ちょっと待ってて。呼んでくるから」
昼休みに入ってすぐ、俺は2年Aクラスの教室を訪れていた。
一之瀬帆波を救ってくれというのは彼女の悲願だったからだ。
まあ今となっては彼女の南雲への好意も知ってしまっている。
俺には、その南雲の交際相手と思しき一之瀬帆波を救ってほしいと言った感情が理解できない。
わざわざ上級生の教室まで足を運んでしまったのは、任務は全うしたという報告だけでなく知的好奇心がそうさせたのかもしれない。
「清隆君。ネクタイが曲がってますよ」
一之瀬帆波がDクラスに転入したというのは、既に一年生の中ではビックニュース。
ひよりには既に事の顛末を報告してある。南雲の件も濁しに濁して伝えた。
多分、あまり理解出来ていないが気にした様子はない。
約一月ぶりに笑顔を取り戻した一之瀬だけで十二分に満足しているらしい。いつもより上機嫌だ。
「なあ、どうしてネクタイを直すのにシャツのボタンを外す必要があるんだ?」
普段、第一ボタンは留めず緩くネクタイをしている俺も上級生のクラスに行くとなれば、就活生のように体裁は整えていた。
そのネクタイを直すと言ったひよりは、シャツの第一ボタン、第二ボタンと外していき俺の鎖骨を露わにする。
「そろそろ更新時期かなと思いまして」
免許もクレカも持っていない俺はその言葉にピンと来なかった。
ひよりが露わになった俺の首筋に手を添えるまでは。
「アスリートと企業間の契約みたいに言うなよ」
「その例えですとこれはさしずめアンバサダー契約と言ったところでしょうか」
アンバサダー契約とはアスリート等が企業の顔として活動して、企業のイメージアップや認知度向上を図るものを指す。
つまりは俺に、ひよりの所持物であるという痕跡を抱えたまま生活しろと言っている。
「俺はひよりと一緒にいたいから一緒にいるんだ。契約なんて必要ないよ」
キスマークというよりは歯の跡に近いそれを隠すように、はだけたシャツの襟を正す。
それにできるだけ簡潔に説明しようとしたら、トートロジーめいた表現になってしまって何だか気恥ずかしい。
「ふふ。噓でも好きだから一緒にいるとは言わない辺り信用できますね」
ひよりは時間を巻き戻すよう俺のシャツのボタンを一つ一つ留めていく。
そして、ネクタイを結び目の形を丁寧に整えてするするとシャツの襟に収めるようにつけてくれた。
「ネクタイ結ぶの上手いんだな」
ひよりの首元には蝶ネクタイ。
男子のネクタイを締める機会なんてそうそうなかったとは思うが異様に慣れた手つきだった。
「男子がブラのホックの外し方を調べるのと同じで、女子はネクタイの結び方を調べるものなんですよ」
「それは似て非なるものだと思うが…」
「なるほど。では清隆君は調べなかったのですか?」
「いや、そういう話ではなく、さっきの例だと男子の方は100%下心で女子の方は花嫁修業に近い何かを感じたという話だ」
「へぇ~、そういう解釈もあるんですね。それで、清隆君は調べなかったんですか?」
ハリーポッターの一本釣り。
迂闊に足を踏み入れてしまった俺にはもう退路が残されていなかった。ハメられた…。
「公序良俗に反しない範囲で調べたことはあることは否定しない」
「調べたことはあると。ちなみに、その知識はアウトプットされたんですか?」
俺の余計なカモフラージュを全て無視した上でさらに踏み込んでくるひより。
ひよりの真っ直ぐな目は一心不乱に俺を見つめている。
噓も誤魔化しも方便も通用しない気がした。
「そういう機会もあったことは否定しない」
「公序良俗に反しない範囲でとは言わないんですね」
彼女の鋭い角度の指摘に押し黙るしかなかった。
どんな言葉で取り繕っても、彼女の包囲網は潜り抜けることが出来ないと悟ったからだ。
「これ以上は藪蛇ですね。今日はこの辺にしといてあげます」
「…そうしてもらえると助かる」
「ええ。最後に綾小路君の勘違いを正して終わりにしましょう」
たまにペットボトルに付いてくるストラップよりもいらないおまけ。
俺は既にKOしているのに、ひよりの正論パンチは止まらない。
ボクシングならそれ反則だからなっ!!
「私がネクタイの結び方を覚えたのは清隆君に触れる機会を得るためですよ」
「…さっきのひよりの例えは間違えていなかったのか」
「ええ、ですがそれは解釈の違いや価値観の相違の類で、勘違いではありません。」
「なら…」
ひよりは俺の背に腕を回して密着してくることで俺の言葉を堰き止める。
そして、上品さと気品さ、そして少しの下品が入り混じった笑みで、
「性欲があるのは清隆君だけじゃありませんから」
彼女も性欲を持て余す思春期真っ只中の高校生であることを認識してしまった途端。
この押し付けられている胸に別の意味を含んでいるような気がして。
学校内、ましてや上級生のクラスを前にして、興奮してしまった。
「…公序良俗って言葉を知ってるかな?」
怪しい空気を漂わせる俺達に、今しがた戻ってきた上級生は言い放った。
本当に…すみません。
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上級生は苦笑いを浮かべて朝比奈先輩は生徒会室にいるらしいと教えてくれた。
いや…本当にすみません。
「生徒会室、初めて行きます」
「まあ、特別な用が無ければ行くところでもないしな。…それに俺も両手で数えるくらいしか行ってないし」
「え?清隆君、生徒会ですよね?」
「幽霊部員みたいな感じだと思ってくれ」
「生徒会は部活動ではないですけど…」
これは言い訳になるが、南雲が会長に就任してからというものの本当にやることがないのだ。
それに加えてあまり居心地の良い場所でもないのだから足が遠のくのは自然なことだろう。
「生徒会に行くより、図書室に行くほうが楽しいし有意義なんだから仕方ないだろ?」
「それは仕方がないですね!!三大欲求の上にある存在が読書欲ですから」
かくして、俺の生徒会の幽霊部員という矛盾した称号がひよりに認可された。
「ここですか?」
「ああ、多分ここだったと思う」
「…清隆君、どれだけ職務を放棄してたんですか」
優に一月は来てなかったな…。
ここが生徒会室であることを思い出す前に、ドア越しに聞こえた南雲と朝比奈先輩の声がそれを証明してくれる。
本当に、本当に、余計な情報と一緒に。
「(なずな…本当にいいのか?)」
「(何度も聞かないで…。覚悟は出来てる…。)」
「(じゃあ、本当に入れるぞ?)」
「(う、うん。)」
………………………………公序良俗って言葉知ってますか?
こればっかりは、俺達が言っても許されると思った。
思えば、あいつはカラオケで行為に及ぼうとする男だ。
そんなやつはネカフェでもやるし、生徒会室でもやるし、何なら外でもやりそうだ。
「…き、清隆君、これ…。」
「みなまで言うな」
「今、生徒会室に入ったら入っている現場に遭遇してしまうのでは…?」
…言うなって言ってるだろ。妄想が加速して情景を浮かんできてしまうだろうが。
ひよりは未知との遭遇に出くわした事に頭がいっぱいなのか俺の言葉が届かないようだ。
「あいつも学習しないやつだな…」
南雲雅という男の欠点が一之瀬の一件を経てどんどん浮き彫りになっていく。
誰かじゃないが、彼は退学していいと思った。
「よし、突入するぞ」
「凸入っ!?…………それって、その…アレをアレに…」
俺がひよりの手を引くと、彼女は顔を赤くして半ば叫ぶように言った後、尻すぼみみ声が小さくなっていく。
彼女と隠密行動は不可能だと思った。最初の一声は中にいる二人にも聞こえてしまっただろう。
俺はノックもせずに生徒会室のドアを開けた。
ベルトをカチャカチャしている南雲や髪の乱れた朝比奈先輩なんかがいればクロ確定だ。
「綾小路か。いいとこに来たな」
中にはまるで俺を歓迎するような南雲(制服着用)がいた。
俺とひよりを見て微笑む朝比奈先輩(制服着用)にも一糸の乱れもない。
着衣状態で楽しんでいたという訳でもなさそうだ。
「なずなは今日から生徒会に入ることになった。事務処理関係の仕事は全然だが、校内に顔が利く優秀な人材だ。事務処理の方はお前が教えてやれ。どうせ暇だろう?」
「やっほ、綾小路君。今日からよろしくね。」
「あ、はい。よろしくお願いします」
捲し立てるように紹介された後、仕事まで押し付けられたが、勢いに呑まれて返事を返してしまった。
そして遅ればせながら二つのことを理解する。
さっきの怪しげな会話は生徒会加入の話であって、性的同意を引き出している場面ではなかったこと。
もう一つは、一之瀬帆波が生徒会から退き、空いた席に朝比奈先輩が座ったということだ。
「綾小路。積もる話もあるだろう。どうだ?一緒に昼飯でも」
「お誘いありがとうございます。丁重にお断りさせていただきます。」
俺は勘違いに気付き固まったひよりを連れて生徒会室から脱兎の如く逃げ出した。
朝比奈先輩と南雲は食い合わせが悪すぎて、お腹を壊してしまいそうだったからだ。
補足ですが、一之瀬帆波は櫛田と違って、自身のプロモーションを過大評価しておらず、綾小路のためにという大義名分の元、自分の体を安売りしてしまうありがちな女子高生をやってもらってます。
櫛田はハニトラ起用絶対に出来ないですが、一之瀬帆波は出来てしまう可能性もあるということです。
(する予定はないけど…。あくまで現状はそういう位置付けのキャラということです。)
※
コメント、ここすき、ありがとうございます。全部見てます。
#70まで自分の自己満にお付き合い頂いている読者には感謝しかありません。
不定期ですが完結に向けて書いていきますのでどうぞ今後もよしなに。