綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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各ヒロインとの進捗まとめを#70でやろうと思っていましたが

ペーパーシャッフルが終わるキリのいいタイミングでやることにします。

自分の予定ではもうペーパーシャッフル終わってる予定だったんですが…どうなってるんでしょう。(綾小路の誕生日パートで3話も使ったせい)

…と言いつつ、今回も本筋から脱線してます。


#71 反則

 

 

『本日の体育の授業はクラス合同で行う。時間厳守で第一体育館に集合するように』

 

一年全体に通達されたメールにはその一文だけ。

それだけで仔細がぼんやりと見えてくるのだから、この学校の生徒として板についてきたと言わざるを得ない。

 

特別試験。その影はもう背後まで伸びてきている。

 

ひよりと別れ、教室に戻るといつも以上に賑わっていた。

考えることは皆同じ。不安と緊張が教室に張り詰めていた。

 

「一之瀬、大丈夫か?」

 

クラスの興味が彼女から特別試験を匂わせるメールに向いていたのは好都合だった。

不用意な注目を浴びることなく話しかけることができる。

 

「大丈夫だよ。もう随分前に見切りはついてるから」

 

俺の懸念していることを的確に見抜いて返してくる。

特別試験でBクラスと競うと心構えは整っているようだ。

 

「一之瀬は何も悪くない」

 

ただ、見切りをつけれているのは一之瀬だけで、Bクラスにはきっと未練を抱えている生徒もいる。

失ってから、大事なモノの価値に気付く。

昔からのありがちな表現が多用されているのは、それが真理だからだ。

 

一之瀬がそれを見ても揺るがないように俺は釘を刺しておく。

 

「俺だけを信じろ」

 

揺るがない表情で突っ立っている一之瀬の手に拳をぶつける。

 

「もう心酔してるよ」

 

一之瀬は返すように俺に拳をぶつけてDクラスの雑踏に溶けていった。

最後の一秒まで、彼女は俺の目を逸らさなかった。

 

本当に彼女には俺しか見えていない。拳から伝えられた熱には確固たる意思があった。

熱心な教徒だ。信仰されるっていうのはこういうことなんだろう。

 

…だからこそ、クラスが離れてもなお一之瀬帆波を陰ながら信仰している熱心な教徒に邪魔される訳にはいかない。

 

 

「これより、クラス対抗戦を行う。全員のスマホにその概要を送信した。確認して質問がなければすぐに競技に取り掛かる」

 

体育館に集まってすぐ、真嶋先生は厳かな口調で告げた。

この学校が出し抜けに特別試験を行う事は公然の事実。

皆は文句一つ垂れずに一斉にスマホを取り出し、内容を読み始めた。

 

俺はすぐにメールの確認をせずにBクラスの様子を一頻り観察する。

全員がスマホに目を落としている中、ぼーっとしている生徒がいる。

 

網倉麻子だ。心の穴にぽっかり開いた喪失感が彼女の生気を奪ってしまっている。

それに彼女だけじゃない。その他にも白波千尋も心ここにあらずといった様子だ。

 

後悔先に立たず。覆水盆に返らず。

けれど、彼女達が呼び掛けてしまえば一之瀬帆波は振り返ってしまう。

 

そうさせないために俺がいる。俺は自分の役割を改めて心に焼き付けた。

 

「…もしかして、スマホ持ってきてないの?」

 

隣にいた松下が怪訝そうに問いかけてくる。

彼女達が目立つように、俺もまたその目立つ生徒の一人だったらしい。

だが、それに気付くのは松下が周りを見て情報収集しようとしている証拠。

 

俺の彼女役という大役はクラスの変化に呑まれて流れたものの、俺の隣で成長しようという志はまだある。

彼女も彼女なりに頑張っていると思うと少し嬉しくなった。

 

「もうっ、しっかりしてよ。はい」

 

言葉を返さなかったことを肯定と捉えたのか、ずいっと身を寄せて俺の方にスマホを傾けてくる。

長い髪をポニーテールに纏めているせいで、普段隠れていたうなじに自然と目が吸い寄せられる。

 

…たった数日だが、恋人の真似事みたいなことをしたせいで距離感がバグってしまったのかもしれない。

 

「ありがとう」

 

もう、実はスマホを持っていますとは言えなかった。

白いうなじとほのかに香る甘い匂いを意識から追い出して、松下がスライドしていくスマホの画面に集中する。爪綺麗だなぁ。

 

 クラス対抗戦 総合体育

 

 くじ引きで引いた競技で競い、最終的な勝ち数が多いクラスを勝ちとする

 

 ・くじは担任教師が交互に引き、くじを引いたクラスが先に選手を選出

 ・同じ生徒は特例を除いて1回までしか競技に参加できない 

 ※pptを支払うことで同生徒の2回目以降の参加が認められる。2回目50万ppt 3回目以降100万ppt 

 

 ・勝った方は負けた方のクラスから120万pptもしくは30clを徴収することが出来る

 ・組み合わせはAクラスvsBクラス CクラスvsDクラス 

 

 

くじにある競技の一覧が記載されているが千差万別多種多様千姿万態。

日本の国技である相撲まであるが、この学校には屋形も土俵もなかった気がする。

 

まさか、この競技一覧の下の方に名を連ねているストリートファイターで疑似相撲を取るんじゃないよな?

どすこーいって言いながら頭突きするだけだぞ、あれ…。あの図体で空飛ぶし…。

 

もし、そうなったら櫛田を迷わず選出しよう…。

 

「どう?」

「それは松下の見解を聞いてから答えようか」

「人に聞く時は自分からってやつね」

俺が頷くと、松下はずいっと距離を詰めてくる。

すぐ隣にCクラスにいることを考慮しているんだろうが近い。

 

例えるなら、みーちゃんと俺の距離感。

だけどみーちゃんの愛情表現と違い、松下のは何というか質感を伴っている。簡単に言えば、ちょっとエロい。

 

だが彼女の表情は真面目な時のそれで、俺は邪な考えを捨てて聞き入る姿勢に入った。

 

「まず、第一に一之瀬さんのクラス移動の件を経て、この試験で各クラスのpptへの価値観を計ろうとしているんだと思ったかな」

 

いい着眼点。特例の条件に報酬の選択権。

そして、一之瀬の転入直後にこの急な授業内容変更。

松下の見解は十中八九当たっている。

 

「そして、それを踏まえた上でも私は30clがいいと思う。大量のpptを貰うと今のクラスのいいバランスが崩れる気がするから。…無表情やめてよ。不安になる」

「傾聴してただけだ。顔は元からこれなんだよ」

「みーちゃんに近づかれている時はもっとだらしない顔してるじゃん」

 

だらしない顔…。何気に一番傷ついた気がする。

…というか、それは自分が俺との距離が近いという自覚がありながらやってるってことでは?

そう思ったが、俺は余計な思考に蓋をして口を噤んだ。今は話を進めるのが最優先だ。

  

「安心した。松下がこの勝負に勝てる前提で話していることに」

 

松下がハッっと気が付いたところでよく通る冷たい声が体育館に響く。

 

「質問よろしいですか?」

「許可しよう」

 

坂柳が立ち上がる。杖をつく彼女見てふと思う。

今回の種目、e-sportsと呼ばれるものがいくつか散見されるのは彼女のような生徒を慮ってのことかもしれないと。

 

「相手のクラスに120万pptの支払い能力がなかった場合どうなるんでしょう?」

「その場合は相手の負債となる。翌月に支払われるpptから引かれることになるだろう」

 

坂柳はその答えを聞いて、満足したように引き下がった。

今のが何のための質問だったか、すぐ横にいる松下は気付いているだろうか。

 

坂柳は真嶋先生の言った負債という言葉を掘り下げなかった。

学校側が貸し付けているという想定なら、利子があってもおかしくない。

リーダー不在のBクラスがその判断をできるかを試している。

 

それに負けることを一切の考慮に入れず、相手を心配するという煽りであり勝利宣言でもある。実に坂柳らしい。

 

「では、AクラスBクラスは第二体育館に速やかに移動…」

「はーい。皆行っくよ~。私についてきて~」

 

無駄に元気な星之宮先生が真嶋先生に割り込んで、一足早くどんよりとしたBクラスを引き連れていった。

Bクラスは星之宮先生の空元気に、返せる元気もないようだ。

 

きっと、Dクラスで楽しそうに笑う一之瀬の笑顔が脳裏にチラついて試験どころではないのだろう。

 

「真嶋先生。置いていきますよ」

 

引き締めようとしていた空気を完全にぶち壊され放心していた真嶋先生を引き連れて、坂柳御一行も消えていった。

対照的だな…。薄々思っていたことだが真嶋先生は星之宮先生には強く出れないらしい…。

一年生の担任の関係はどうにも複雑すぎる…。

 

「では、こちらはさっさと始めましょうか。茶柱先生」

「はい。では、これより5分間の自由時間を設ける。競技開始に備えてくれ。」

 

自由時間というものの、この時間を無下にはできない。

 

「わり、なんか緊張してきた。トイレ行ってくる。」

 

……無下にはできない。

何故なら、簡単な作戦会議に加えて負けた時に払えるように一人にptを集める必要があるからだ。

まさか、池はそれを察して…?いや、ないか。お会計の時に決まっていなくなる奴ムーブをする訳が…。

…なんかこの例えだと滅茶苦茶やりそう。というか、常習的にやってそう。

 

「松下。運動の方もそこそこ期待していいんだろ?」

 

俺は立ち上がり、松下を見下ろす。

少し吊り目の彼女が俺を上目遣いに見上げた後、不遜な雰囲気を纏って立ち上がる。

 

「いいの?私が本気出したらかや乃ちゃんのお株奪っちゃうかも」

「大言壮語は山内という仇名が贈呈されるらしいがいいのか?」

「クラスの女子なら4番目には自信あるかな」

 

…現金な奴だ。だが彼女が4番目というならそれだけの活躍は見込めるということ。

かや乃と鈴音と一之瀬と松下。明らかに松下の実力は周知されていない。使えるカードだ。

 

「勝つぞ」

 

Cクラスに勝てると思っているのは松下だけじゃない。

 

これは龍園との前哨戦だ。

俺は龍園からの強い視線を果たし状として受け取った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『一つ目はジークンドーだ』

 

茶柱先生は眉一つ動かさずにそう読み上げる。

形式は1vs1の1本勝負。正直一番選んで欲しくないものだ。

 

「運に見放されましたねぇ。茶柱先生」

 

不気味に笑う坂上先生のその言葉を聞いて、俺は一つの絡繰りに気付く。

くじの競技は各先生が自分のクラスに有利に働くものを同じ数だけ入れているということに。

 

不自然に多い格闘競技とe-sports。これは生徒と先生を含めた本当のクラス対抗だ。

 

「一発目から最悪の結果ね」

「清隆君、どうしよっか。」

 

俺達が5分で導き出した作戦は俺、洋介、鈴音、櫛田、一之瀬の5人を決定機関として選手を選出するというもの。

全員の能力に詳しい櫛田と洋介、相手の戦力分析に一之瀬、鈴音と俺の裁量で起用を決めるというもの。

 

一年生のOAA、TOP5の内4人が存在するという盤石の布陣だったが、導き出された結論は無慈悲なものだった。

 

「確か、山内は喧嘩で負けたことがないって言ってたな」

「ブルースリーの生まれ変わりとも言ってたかも」

「相手が油断して戦力を温存してきた場合、ワンチャンあるかもしれないわね」

 

俺、櫛田、鈴音の可決を持って、山内がリングに上がることが決定した。

 

「山内君のちょっとかっこいいとこ見てみたいなぁ~」

 

全力で渋ってた山内も櫛田のヤリラフィーの飲み会みたいな一言でノックダウンした。

…もう負けてんじゃねぇか。

 

「チッ。一戦目から捨て試合かよ。白けるぜ。小宮いけ」

 

向こうは戦略は分かりやすい。龍園の独断で全てが決まる。

龍園はポケモントレーナーがクッション代わりの捨てポケモンを出すときのような雑さで小宮を繰り出してきた。

 

「もうやけくそだぁぁぁぁ」

 

試合が始まって速攻で、山内は動き出した。

ホイッスルと同時に走り出した山内は意外にも油断していた小宮の不意をつく。

 

そして、山内渾身の強力な蹴りが炸裂する。キインと金属音を奏でるかのようなクリーンヒットだ。

小宮が痛みに耐えきれずに、膝をついたことで山内は感極まった雄叫びをあげる。

 

「え、噓?勝った!?俺、勝った!!!???」

 

武道の心得があるなら、もうご察しいただけただろう。

山内のぬか喜びに、俺達は頭を抱えるしかなかった。

 

「Cクラスに1pt。山内、金的は反則だ」

 

茶柱先生の公正なジャッジにより山内が分かりやすく気落ちして戻ってくる。

よく、その完全燃焼したボクサーみたいな顔で戻ってこれんな…。観客席から物投げられても文句言えないぞ。

 

「恥ずかしくないのかしら?彼」

「仮にあれが認められて勝っても、全然かっこよくないよ…」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねている小宮に龍園達の爆笑が体育館に響き渡った。

つい先日同じ痛みを味わった身としては小宮に同情する他なかった。

 

『全く。これだからDクラスは。時間の無駄ですので次の競技に移ります。…2つ目の競技は3P対決です。これまた…、いえなんでもありません。』

 

…坂上先生は初めてをお目にかかったが余計な一言が多い人だという感想だ。性格の悪い政治家みたいな見た目通り、どこか相手を馬鹿にして見下している印象。Cクラスの担任には適任だろうな…。

 

…そういえば茶柱先生も彼に対しては珍しく口調がきっちりとしている。

 

「近藤、こんな時ぐらい活躍しろよ」

 

俺の思考は龍園が選手を呼ぶ声で試験に引き戻される。

彼は確かバスケ部だったはずだ。

だが、うちのクラスには…

 

「バスケ部はいないか……」

 

洋介の確認に首を縦に振るものはいない。

正確にはいなくなっただけどなという言葉は飲み込んでおいた。俺はKYD。空気読める系男子だ。

 

「私が引き受けよう」

 

彼はKYK。空気が読めない系高円寺だ。

バスケットボールを悠々と片手で掴む。俺達が了承していないのに出る気は満々だ。

 

「真面目にやるつもりはあると思っていいのよね?」

「嫌いな言葉だねぇ。真面目や努力は才能を持たないまま生まれた人間の遠吠えだよ」

 

鈴音の確認に目もくれずに高円寺は言い放つ。

 

「私にとってスポーツはビジネスなのさ。平田ボーイなら意味は分かるかい?」

「…報酬が欲しいって事だね」

「No doubt. 私としては120万pptは勝ち点を取ったものに分配すべきだと思っている。その辺を踏まえた上で考慮してくれたまえ」

 

高円寺は確約まで取らなかった。

それは俺達が躍進するために、彼は自分の価値がどれほど重要かを理解しているから。

高円寺がプラス方向に動けば特大なメリットが得られる

それは逆説的にこのクラスを地に落とす力だとも言える。

 

諸刃の剣だ。

 

「高円寺に任せよう」

 

いつか彼とは決別しなければならない。その予感に駆られながら俺は4人の同意をひき出して彼を選出した。

 

「ルールを説明する。3pシュートを交互に打ってもらう。2本差がついた時点で勝利とする。簡単だろう?」

 

茶柱先生がパッサーを担当するようだ。

パスを渡して5秒以内には打つ。フリースローと違いルーティン的なものはなし。ダブルトラベル、トラベリングは容赦なく取られると説明された。

 

「近藤。準備はいいか?」

「は、はい」

 

龍園からの重圧か。クラスの命運を背負っているからか。

声が裏返ってなんとも頼りない。

 

それでもボールは待ってくれない。無情にもボールポジションへとパスが飛んでくる。

 

近藤はそれを落とさずキャッチして一つ深呼吸をつく。

そして丁寧に膝のタメを作ってジャンプの頂点でボールをリリースした。普段からバスケをやってるだけはある。

肘が無駄に開いておらず真っ直ぐにボールは飛んでいった。

 

それでも、何かが悪かったのだろう。飛距離が足りずガンっとリングにぶつかる音がした。

 

しかし、リングの神様は近藤に微笑んだ。

リングに跳ねたボールはくるくると吸い込まれるようにネットをくぐって、Cクラスは歓声をあげた。

 

「次は高円寺だ。準備はいいか?」

「きたまえ」

 

教師にもあの態度。

Dクラスにいれば日常風景だが、一之瀬やCクラスは少しざわついた。

 

それでもボールはダムとワンバウンドして高円寺の手元に吸い込まれた。

高円寺はそれを悠々と片手で掴み、なんもそのままシュートモーションに入る。

 

スラムダンクで得た知識しかない俺にとっては晴天の霹靂。

左手は添えるものじゃなかったのか!?

 

その俺の驚愕はすぐに掻き消された。

 

「外せ!!!!!」

 

石崎含む何人かが大声を張り上げたのだ。

バスケのシーンにおいて野次は珍しくない。

『ファール♪ファールファール♪wowwow』みたいなヤリサーの飲みコールみたいな煽りまで存在するらしいし。

 

…だが、相手が悪かった。

そんな小手先の子供騙しが通用するレベルの技術ではないと数秒で分からせる。

 

高円寺が膝のタメもジャンプもせずに手首のスナップだけで放ったボールは綺麗な放物線を描いて、シュパっと音を立てた。

 

「気持ち悪いわね」

「うん。入る前から、あ、これ入るやつだって分かっちゃった」

 

高円寺の圧倒的パフォーマンスに鈴音と一之瀬は感嘆の声をあげる。

まるでスポーツではなく数学のようだった。

彼はどれだけの力でどの角度でどのタイミングでリリースすればゴールに入るのか感覚的に知っているのだ。

 

「ティーチャー。次に進めてくれるかい?」

 

彼のその言葉だけで、これ以降の結果は語るまでもなかった。

相手の諦めずに飛ばす野次にも一切構わないその佇まいはプロの風格だった。

 

山内がブルースリーの生まれ変わりなら、彼はマイケルジョーダンの生写しだ。

 

『Dクラスに1pt。ポイントカウント1-1』

 

「平田ボーイ、期待しているよ」

高円寺は洋介の肩に手をポンと置いて、完全に席を外すように体育館から出て行った。この後の結末には興味がないらしい。

 

「洋介。自分で高円寺の分を負担しようとなんて思うなよ」

「分かってる。大丈夫だよ。僕には清隆君がいる。それに皆も」

 

歯の浮くような台詞を平然という洋介にちょっとキュンとした。よーし、一肌脱いじゃおうかな。俺も。

 

『…次の競技は柔道だ』

 

茶柱先生が一瞬口籠るのも仕方ない。

またしても1vs1形式。その中で最も勝率が低そうなのがこれだ。

 

山田アルベルトから放たれる威圧を前にクラスメイト達は首を横に振った。彼の性格は恐らくやんちゃだろう。

 

「私が出るしかないようね…」

「やめとけ。格好の的になるだけだ」

「あら?同情?優しいのね。安心して、大事に至る前に降参するわ。それに…」

「合気道も空手も競技にはない。この後の競技を鑑みて自分が出るのが一番論理的だとでも言うつもりか?」

「…それの何が間違っているというの?」

 

仮に龍園が出てきて、鈴音を弄ぶような展開になった時Dクラスの士気は取り返しのつかないものになる。

それを想像するだけの力が、鈴音にはない。

能力に対する信用はあっても彼女に対する信頼がないのは残念ながら現実で、彼女はそれを受け入れてしまっているからだ。

 

「間違ってるさ」

「どこが?」

「この勝負を捨ててることだ」

 

俺は茶柱先生から柔道着を受け取った。

 

「いいんだな?お前で」

「はい」

 

俺の運動能力はCクラスに透けている。

龍園か山田アルベルトか。全力のカードを当ててくるだろう。

 

「私がやる」

 

龍園が選手をコールする前に伊吹が前に出てくる。

Cクラスの動揺を見るに、彼女の独断だろう。

 

「笑えないジョークだな。伊吹。どういうつもりだ?」

「あんな奴にアルベルトを出す必要はないってだけ」

「くくっ。そこまで分かった上で聞いてるんだよ」

 

「もう一度聞く。一体どういうつもりなんだ?」

 

伊吹の闘気は龍園の二度目の忠告を受けても引かなかった。

Cクラスは自分に向けられてもいない殺気に怯えているというのに。

なんか、あれだな。同期が普段は優しい上司に怒られているのを目の当たりにした気分だな、これ。龍園は普段から暴力的だけど。

 

「戦いたいの。あいつと」

 

龍園の了承を得るために、伊吹は本心を打ち明けた。

声色に一切の震えはなく、大真面目にそれを言っている。

 

「くくっ。くくくっ。まさか惚れたのか?あいつに」

 

張り詰めた空気の中、龍園だけが不気味に笑う。

龍園に歯向かう理由が俺と戦いたいから。その理由が龍園の笑いのツボを刺激したらしい。

 

伊吹の本心が恋愛的なものじゃないと、俺は知っているが、周りはそうは思わない。

 

「いいだろ?龍園」

 

周りが揶揄い初めても、伊吹は止まらなかった。

 

「負けたらどうする?」

「それはあんたが決めればいい」

「くくっ。いいぜ。行ってこい」

 

事実上、『何でもする』とそれは同義だった。

 

一連の流れに呆気に取られていた坂上先生から柔道着を強引に受け取って伊吹は身に纏った。

帯の付け方に迷いはない。間違いなく経験者だ。

 

「言っとくけど、黒帯だから」

「そうか、なら俺も言っておくけど女を平然と殴れるタイプだ」

「…その腹立つ顔を歪めてやる。もう柔道を二度とやりたくないって言わせてやるから」

「ふっ」

「何笑ってんのよ」

 

有段者になると黒帯になるのは有名な話。

だが、黒帯は別に強者の証ではない。

 

「赤帯の師範を一本背負いした時に言われた事を思い出した」

 

「『お前は柔道だけはやるな』って」

 

俺が流れる所作で構えをとった瞬間に伊吹の表情が一変する。

俺が何一つ嘘を言っていないことを察したと同時に、対等だと思っていた相手が自分より格上だと理解したのだ。

 

対面した伊吹になら分かるはずだ。

例え、山田アルベルトの巨体でも軽々と投げれてしまう柔術を俺が会得していることに。

 

だからこそ惜しい。

真鍋達が見ている今、山田アルベルトを相手に俺が勝てば、彼女達の忠誠心への戒めになったというのに。

 

「始め」

 

伊吹が龍園とした約束。

俺としては複雑だ。龍園に使われる伊吹は見たくない。けれど、俺だって負ける所を見せるわけにはいかない。

威勢を張って出てきたのは俺だって同じなのだ。

 

頭ではごちゃごちゃと余計な事を考えているのに体はよく動く。

 

俺はわざと隙を作って伊吹に道着を掴ませる。

彼女が有段者というのに偽りは無く、隙を見せる素振りは一切ない。俺の軸足と重心を見極めて攻撃の機会を慎重に窺っている。

 

伊吹の俺の道着を引っ張っる力が込められたり抜けたりしている。上半身に力が入っていると思わせて、こちらの攻撃を誘っているのだ。

 

(惜しいな…彼女がDクラスだったらな…)

 

そう思わざるを得なかった。

 

伊吹の本命は足だ。自分の武器を抜くタイミングをずっと見計らっている。

 

…ならば、此方も抜かねば無作法というもの。

 

俺は分かりやすく伊吹の道着を掴む手に力を込めた。

わざわざ過去の栄光を明かした甲斐があって、一本背負いを警戒した伊吹はすぐに攻撃に転じてくる。

 

ハンターが念を覚える前に覚えること。

相手を攻撃している瞬間が、一番の攻撃の狙い時。

伊吹も右に倣えでそういう風に学んできた。だからこそ、ブラフが通用する。

 

伊吹はすぐさま足を上手く引っ掛けてきて大内刈りを狙ってきた。

 

俺はその足を逆に絡め掛けて、伊吹の首に手を回し、後ろに反り倒して伊吹を組み伏せた。

 

ジャッジの茶柱先生は一本とも技ありとも言わなかった。

 

「…え、どうなったの?」

「……」

 

俺が伊吹を組み伏せたまま、体育館の時が止まって数秒。

一之瀬に問いかけに鈴音も答えられない。

 

「…ふ、ふざけんな……」

 

伊吹としてもこれ以上に悔しいことはないだろう。

俺に後頭部を抱えられた状態で組み伏せられた伊吹が小さく呟いたその言葉もどこか空虚な響きがあった。

 

『綾小路の反則によりCクラスの勝ちとする』

 

伊吹の怒りの声が確かに聞こえて、状況を把握した茶柱先生のジャッジが下された。

 

俺は伊吹を解放して立ち上がる。

伊吹は両手で顔を隠したまま、立ち上がれない。

 

彼女としてもこれ以上に悔しい勝ち方はないだろう。

 

俺が使った反則技は河津掛。

現在は後頭部への強打での事故を防ぐために国際ルールで反則だと定められている技。

 

伊吹の大内刈りを誘って、それを絡め取って反則技に繋げた。そして、彼女の後頭部まで庇いつつ、技を完璧に決めたのだ。

 

「伊吹。負けは負けだ。」

 

伊吹は俺の言葉が耐え切れず立ち上がり、俺を涙目で睨みつけてくる。

 

「100回死ね!!!」

「……いたい」

 

伊吹は俺に全力のローキックをお見舞いした後、柔道着を脱ぎ捨てて体育館から去っていった。

無論、柔道でローキックは反則技だし、柔道着を脱ぎ捨てる行為も礼儀を重んじる武道への侮辱だ。

 

…これ、俺の勝ちにしてくれないすかね?

 

そんな事を申し出れるわけもなく呆然としていると、龍園が伊吹が捨てた柔道着を拾いにやってきた。

そして、俺にだけ聞こえる声で話しかけてくる。

 

「くくっ。惚れてるのは伊吹だけじゃないようだな」

「伊吹が一番嫌がるだろう選択を取っただけだ」

「人間は可笑しな事に好きな人間には嫌がらせしてしまうらしいぜ?」

「なら、俺に嫌がらせしてくるお前は俺のことが好きなのか?」

「くくっっ。」

 

…いや、否定しろよ……。

 

龍園がクラスの方へ戻っていったのを見て、俺も自分のクラスへと戻った。

山内の気持ちが今だけは痛いほどに分かる。

 

「何が『負けは負けだ』よ。」

 

鈴音は静まり返るDクラスの空気なんて読まずに、ここぞとばかりに嫌味を言ってくる。

 

「綾小路君…。今どんな気持ち〜?」

 

表の櫛田による最大級の侮辱もセットでついてきた。

君達、本当は仲良いのでは?

 

「綾小路君。優しいね」

「一之瀬さん。あれは優しさじゃなく甘さよ。履き違えないで」

「にゃはは。堀北さんは厳しいなぁ。…でも、かっこよかったよ?」

 

…俺じゃなかったら吐血するくらいには可愛かった。

櫛田はその笑顔を見て、口の中で鉄の味が広がってしまったようで苦い笑いを浮かべている。

 

「おい、綾小路ばっかずるいぞ!ふざけんな!!」

「てか、わざと負けたのかよ!!次の競技、50万自腹で払って勝ってこい!!それがダメだったら100万払ってもう一回行ってこい!!」

 

Dクラスは一之瀬帆波の笑顔をきっかけに元気を取り戻した。

わざと負けた事を明かすつもりはなかったんだが、勝った伊吹があの反応じゃ仕方ない。

 

「…別にかっこよくなかったとは言ってないわ」

 

喧騒の中、鈴音がボソリとつぶやいたその言葉には聞こえなかったフリをした。

 

 





衣笠彰梧と同じくらい伊吹が好きな俺。

伊吹を出したいがためだけに、特別試験を作ってしまいました。


ちなみに柔道についてはドンマイなんちゃらって人が女性にセクハラする動画しか見たことないので、間違ってたらスイマセン
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