綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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#73 猫犬論争

 

 

11月1日。今日は全国的に犬の日だった。

 

愛犬家が多いとされている日本だが、悲しいことに犬の日の認知度はポッキーの日以下だ。

それどころか、犬に感謝を敬する日にあるまじき話題で恵達は盛り上がっていた。

 

「私は猫かな。だって、犬ってちょっと下品じゃない?」

「それな~。分かる~。基本の愛情表現が舐める一択なのヤダよね。舐められたとこ臭くなるし」

「その点猫って振り向き美人感あるよね~」

「うんうん。それに、猫カフェの店舗数とか猫耳の汎用性とかクロネコヤマトの利便性とかも踏まえると犬の立場ってもはや危ういよね~」

「皆大好きトトロのモチーフも山猫だし、魔女の宅急便のジジは言わずもがなの可愛さだしっ。モンハンのアイルーも最強だしっ。」

 

犬猫論争は飛躍に飛躍を重ねて、猫を過大評価するだけの会に成り上がった。

犬の日を踏み絵にして荒らしているようなものだ。今日が犬の日だと分かってやっているなら中々猟奇的だ。

だが、それに歯止めをかける者はいない。

恵含め前園篠原佐藤までもが圧倒的猫派なのだ。

 

多分じっと黙っている佐倉当たりは犬派だろうが、彼女が名乗りをあげることはないだろう。

 

「ねぇねぇ。綾小路君はどっち派?あ、これおばあちゃん家の猫。可愛いでしょ~」

 

もはや俺に選ばせる気のない佐藤が自慢気に見せてきた猫は確かに可愛かった。

メイン・クーンというじゃがいの品種みたいな名前からはかけ離れた美形。

長い髭にふさふさの髪に凛々しい目つき。犬派も思わず垂涎してしまうだろう。

 

「メイン・クーンは昔は鼠を取るワーキングキャットとして活躍してた猫種だ。その名残で残った狩りの特性から海外ではよく犬っぽいとー…」

「綾小路君?」

 

話の途中で険のある声に阻まれて、声のなる方へ振り向くと猫のように吊り上がった目で笑う佐藤がいた。

…今日は全国的に猫の日にしよう。世界平和のために。

 

「猫の画像見てたら猫に会いたくなってきた。敷地内に猫カフェあったよな?明後日の日曜、皆で息抜きに行かないか?」

「…マ?」

 

ギャル化が進行しすぎた猫派代表の恵は極度のネット依存者でも避ける用語を口にして驚いた。

進化に見える退化だ。だが、他人の外聞を気にしないという点ではギャルの真価を発揮しているのかもしれない。

 

「なんだ、綾小路君も猫派なんじゃんっ。やけに詳しかったし!!飼ってた私でさえ、種類まで知らなかったもんっ」

「いや、それは知っとけよ…」

 

どこまでいっても俺は無派閥。

犬派か猫派かたけのこかきのこか鈴音か櫛田か。

全て俺にとっては答えの出ない不毛な議論。

 

話を逸らして波風を立てないようにやり過ごすのが精一杯だ。

 

犬系か猫系かだったら迷わず猫の方を取れてしまうんだけどな…。

UFOキャッチャーの前でぐずられたら、一秒で絶縁できる自信があるし。

 

「ねぇ、最後にもう一回確認するけど、ほんとに日曜は休みでいいんだよね?」

「誰がそんなこと言った?」

「…え?」

 

ストレスとか鬱憤とかその他諸々溜まってそうな恵の最後の確認に俺はNOを叩きつける。

俺は日曜に息抜きしようと言っただけで休みなんて一言も言っていない。

その含みに気付いた彼女達の顔が絶望一色に染まる前に俺は言葉を続けた。

 

「日曜だけじゃない。明日の土曜日も休みにする。折角3万ptも入ったんだ。遊ばないと勿体ないだろ」

 

俺達は11月に300clという大台に到達した。

他クラスの状況を見てしまえば大した額じゃないように思えるが半年前まで俺達は0ptだったのだ。

 

「ちょっ…そマ?」

「綾小路君マジミリオンゴッド!!」

「綾小路半端ないってー」

「あやのこうじしかしかのこのこ勝たんたん!!」

 

ギャルの成れの果ての恵はWelcome to Undergroundの世界に旅立った。

スロカスと大迫ファンも総立ち。そして日本語の怪しい女子も若干一名。

こいつら、本当に同世代だよな…?

年齢詐称してないよね?私文書偽造罪に問われることに手を出してないよね?

 

「おい、あまり羽目を外しすぎるなよ」

 

夏休み目前に迫った小学生のように喜ぶ彼女達につられて思わず、教師定番の台詞で忠告してしまった。

まあ、でもたまにはこういうのも必要だ。

適度な休息が仕事や勉強に能率UPにつながることは言うまでもないからだ。

 

それに、既に勉強会が本格始動して14連勤目だから遅すぎると言っていい。

そこから解放されて暴走気味に喜ぶ彼女達の将来は安泰だと思った。

仮にDクラスで卒業して、年齢学歴業務経験不問のアットホームな企業で止む無く働くことになっても今の経験がメンタルを守ってくれるはずだ。モームリの出番はない。

 

「…ねぇねぇ、私思ったんだけどさ…。このptも綾小路君のおかげみたいなところあるし、日曜の猫カフェ、綾小路君の分は皆で出さない?」

「あ、それいいねっ」

「わ、わたしもいいと思うっ」

 

篠原という意外なところから湧いた提案は俺の意見を聞くことなく可決された。佐倉も乗り気だ。

前から思っていたが、佐倉って男に簡単に貢ぎそうなタイプだな…。俺が守ってやらないと…。

 

「いや、別に俺だけの功績じゃないだが…」

「いいの。皆、綾小路君には感謝してるんだから。少しくらい返させてよ」

「…そういうことならありがたく受け取っておく。悪いな」

「うん。そうして」

 

ペーパーシャッフルに向けての勉強会が始まってから、篠原や佐藤といった特段出来の悪い生徒にはマンツーマンで教える機会が多かった。

その甲斐あってか、今までより一層遠慮のない距離感になってきた。

 

ほら…、早々に佐藤が物理的に距離を詰めてくるし。

 

「へへ~。綾小路君、タダ猫だね。タダ猫。良かったねっ」

 

もう彼女には完全に猫派にカテゴライズされてしまったようだ。

それに、タダ猫って嫌な響きだ。焼肉じゃないんだし、他人の金だろうが可愛くなったりしない。

 

「それで、日曜はどこ集合にすんの?」

「そうだな…。とりあえず10時に俺の部屋に集合にするか」

「え、朝から?」

「10時は昼前だ。どんだけ朝弱いんよお前…」

「ぎっ…。…い、いや、でも猫カフェ行くだけなんだよね?」

図星か…。朝は弱い反面、夜は強い。これがギャルの共通項という話は本当かもしれない。

 

「猫カフェに行って、はい解散じゃ味気ないだろう。折角日曜日に遊びに行くんだから一日満喫したいと思わないか?お昼まで寝てもいいが、時間を無駄にしたと後に後悔するだけだぞ」

 

休日の昼に寝るのは瞬間的には何物にも代えがたい快感が得られる。

だが、後に残るのは後悔と昼夜逆転した生活習慣だけだ。

 

「わ、分かったわよ。そこまで言うってことは私達を満喫させられるプランがあるってことでいいんだよね?」

「少なくとも、こんなことなら家で寝とけば良かったとは思わせない自信はある」

「くっ。しつこいっ。私達の予定のない日の休日の過ごし方を馬鹿にしてっ!!有名声優さんだって休日は寝て過ごしてるんだからね!!」

 

趣味は何ですかと聞かれて寝ることですと答えたことでファンネームに"ねる"がついた声優は今は関係ないだろ!!いい加減にしろ!!

 

それでも、『私達』と保険までかけた恵の叫びに同調する人は残念ながら出てこなかった。

篠原や佐藤も昼まで寝てそうなものだが、意外に朝からしっかり健康的に活動しているタイプなのか、この場で休日を寝て過ごす寂しい奴の仲間入りを忌避しているのかは分からない。

 

「どんまい」

「…っ!!お、起きればいいんでしょ!!起きればっ!!その代わり、きっちり私を満足させなさいよね!!」

 

半ばキレ気味に何だかお高くとまっているプライドの高い女みたいなことを口走る。

…いや、これは恵そのまんまだ。

 

「ああ。本場の夢の国を一日中満喫したくらいには遊び疲れさせてやる」

 

我ながらハードルを上げすぎた発言。長島スパーランドくらいにしておけばよかった。

遊ぶことに関して頭一つ飛び抜けている彼女達はこの敷地内を知り尽くしている。

そんな彼女達を満足させることなんて出来るはずもないのだ。

 

怪訝な目を向けられているが、問題ない。

 

俺は約束通り、彼女達を満喫させるだけだ。

 

 

 

11月1日 現在

 

1-A(坂柳)  960cl (+36)

1-B()   640cl (-40)

1-C(龍園) 620cl (+30)

1-D(綾小路) 300cl (+18)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

何度も何度も繰り返すことで非日常は日常へと姿を変える。

恵達に囲まれて過ごす日々も櫛田と明かす夜も俺の日常の一部になり始めていた。

 

「くっさ!!よくこんな空間にいれるよね。スーパーの鮮魚コーナーか!!この部屋は!!」

 

恵達と入れ替わりのように帰ってきた櫛田は鼻頭を抑えながらファブリーズ片手に部屋の中を縦横無尽に駆け回っていた。

恵達が愛用する制汗剤や香水の匂いが入り混じった空気が余程気に入らないらしい。

それだけでなく気付けば、化学雑巾と超強力洗剤を装備して部屋を隈なく掃除し始めていた。

 

気に入らないのは空気だけでなく、彼女達を感じる痕跡全てか…。

千匹の鬼より恐ろしい小姑が実家に帰る勢いで部屋の清掃を完璧にやりきった櫛田は満足気に一息ついた。

 

「ふう。やっと綺麗になった」

「居候の自覚が芽生えてくれて俺は嬉しいよ」

「あんたもたまには掃除してよ。後はトイレ使う時は座ってやるのと制服と私服を一緒に洗濯しないのとお風呂入った後は毎回排水口を掃除すること。分かった?」

 

芽生えていたのは居候としての節度ではなかったようだ。

カップルの破局原因の定番からマニアックなものまで羅列してくる。

こいつ、風呂に入る度に排水口チェックしてんの?キモ。

 

「あ~疲れた。私、お風呂先いいよね?掃除したの私だし」

「勝手にしやがれ」

「それ、私が最低の女だって言ってる?」

 

ヌーヴェルヴァーグの記念碑的作品『勝手にしやがれ』

現代に蔓延る映画にはない独特な余韻を残す意味深すぎるラスト。

始めて見た時は不完全燃焼感が体中を駆け巡った。

 

櫛田が口にしたのはその映画のまさにクライマックスの主演の台詞。

…マジでなんで伝わるんだよ。1959年の映画だぞ。

 

「あんた本の趣味も映画の趣味も音楽の趣味もおじさんすぎだから」

「ほっとけ。それにその発言は自分にも刺さってるぞ」

「私はあんたに合わせてるだけ」

 

そういえば、俺の趣向は丸裸にされているのに櫛田の趣味趣向どころか好きなもの一つ知らない。

てっきり無趣味なのかと思っていたが、わざわざ俺に合わせていたのか。

芽生えていたのは好きな人の好きな物を好きになりたいみたいな乙女心か?はは、まさかな。

 

「覗いてもいいよ?」

「俺にそんな性癖はない」

「なら、一緒に入る?」

「泡洗体もノーサンキューだ」

「そんな『○○見ました』っていえば割引してくれるお店みたいなことしないよバカ」

 

何度断ってもしつこく食い下がる櫛田に犬を追い払うように手を振ると、ようやく浴室に引っ込んでいった。

 

彼女が覗いて欲しい。一緒に入って欲しい。そう素直に言えば応じてやってもいいと思っている。

彼女の承認欲求の肥やしとなることも厭わないつもりだ。

 

俺から誘うと宣言したあの夜から2週間弱。絶賛放置中である。

 

昨今では放置するだけで美少女がレベルアップして強くなるソシャゲもある。

だが現実に生身を持つ櫛田は強くならず、露出度が少しずつ上がるという童貞一本釣りのゲーム特有のその部分だけを引き継いでいた。

 

誘惑を躱す方も一苦労だ。

 

(さてと…)

 

俺はベットの元にある櫛田のスマホを何の抵抗もなく手に取る。

指紋認証は既に登録済み。スマホは簡単に解錠する。

 

ホーム画面の壁紙には舌を出して尻尾を振る可愛いチワワの写真。名前はリエ。

これを実家で飼っている犬だと友達に自慢しているのは、相手を騙している瞬間が楽しいかららしい。

実家の犬と言うのは真っ赤な噓でインスタのタグで検索して適当に拾った画像なのだ。だからLie(リエ)。

 

少し考えればその由来に気付けそうなものだが、こんなつまらない噓を言うなんて櫛田は微塵も思われていない。

それがまた気持ちいいのだろう。色々歪みすぎだ。

 

ちなみに、彼女はどっちかといえば猫派らしい。愉快犯が過ぎる。

 

何の足しにもならない櫛田の予備情報を思考の端に追いやり、俺は操作を続けていく。

…SNSは特に変わった様子はなし。ブラウザの履歴にも変わったものもない。

安易に証拠を残す真似を彼女がする訳もないか。

 

実りのない地道な調査を終えてスマホを置こうとして思い留まる。

 

通販サイトの履歴でも見れば、櫛田の好きなものや趣味嗜好が分かるのでは?という考えが頭を過ったのだ。

案外、趣味がおじさんだと言われた事が効いてたらしい。

 

俺は再び指紋認証でスマホを開いて、通販アプリをタップする。

使い勝手の分かるものですぐに履歴閲覧まで辿り着いた。

え~なになに?

 

『ダイヤモンドマカ 亜鉛100倍 滋養強壮・精力増強。これを飲めばダイヤモンドのような固さを手に入れ…』

 

トラウマも相俟って俺はすぐにスマホの電源を落とした。

その他にも妊娠検査薬や妊活補助の女性用サプリが見えて背筋が凍る思いだった。

閲覧しているだけで、購入に至ってないのが唯一の救いだがそれも時間の問題だ。

 

既成事実作るだけでは飽き足らず、他のものまで作ろうとしている。

本当にあった怖い話に垂れ込めば賞くらいは取れるかもしれない。

 

本腰をいれてその舵が切られる前に、何とか止めないといけないらしい。

 

コンコン。

 

ジャーというシャワーの音に紛れて、玄関先からノックの音が聞こえた。

この時間にアポなしで来る相手は限られる。

最悪なのは恵達の誰かが忘れ物をして取りに来るということだが、隈なく掃除が終わった後だ。彼女たちの私物はこの部屋には欠片もない。

 

なら、誰だろうか…。

 

そう思い覗き穴を窺うと、見覚えのある黒髪ロングの少女がいた。鈴音だ。

時間も時間だからか、どこか所在なさげに身動ぎしている。

いや時間だけではない。彼女が俺の部屋に訪れるという事に特別な意味を感じないわけがないのだから。

 

そういえば1週間ほど前に、22時以降に俺の部屋に来ればいいと言ったんだっけ…。

 

「鈴音か。とりあえず入ってくれ。」

「…ええ」

 

俺はドアを開けて鈴音を招き入れ、廊下を抜けて部屋に案内する。

鈴音は主人に散歩させられている猫のように黙ってついてきた。

 

「随分、綺麗にしてるのね…」

 

鈴音のその呟きにはスルースキルを発動させてもらった。

…その蚊の鳴くような呟きが聞こえるほど、物音がなく静かになっていることの方が避けられない問題だったからだ。

 

嫌な予感がする。そして、この予感は多分当たる。

未来人の地震の予測なんて比べ物にならないほど、俺のセンサーは的確だ。

 

「紅茶でいいか?」

「ええ。…貴方、慣れているし躊躇がないわね。少し緊張している私が馬鹿みたいじゃない」

「ん?ああ、俺に新鮮なリアクションを求めても無駄だぞ。この部屋は俺の部屋であってそうじゃない」

 

俺が3人分の紅茶をテーブルに置いたことで、鈴音の顔から緊張が消えた。

点と点が繋がって線になったのだろう。

 

「…綾小路君」

「なんだ?」

「シャワーを借りてもいいかしら?」

 

もし、この部屋で鈴音と二人きりならばその意味は丸切り変わっていただろう。

恥じらい混じりに挙動不審になりながら、鈴音がそれを俺に伝える日はまだ先らしい。

 

「勝手にしやがれ」

「…別にお尻を触られなくてももう一度寝るくらい構わないわよ?」

 

ヌーヴェルヴァーグ…以下略。

その映画の一幕に『もう一度寝ようよ』と言って恋人のお尻を触るシーンが話題になった。

なんでも、当時の映画文化では性的表現の規制が厳しくお尻を触る描写は良くないとされていたからだ。

 

だが、この映画は恋人との日常にメッセージ性としてそれを構成に織り込むことで今までの固定観念をひっくり返した。

後世に残る革命だ。ラブシーンのパイオニアだ。

…いや、マジでなんで分かるんだよ。1959年の映画だぞ(2回目)

 

というか、二人して投げやりに言った言葉に作中の言葉を引用して返してこないでほしいものだ。

 

鈴音は意を決して立ち上がり、浴室の前まで歩いていく。

そして無造作に浴室のドアは開かれた。…中にいた櫛田の手によって。

 

「やっぱり堀北さんか」

「…やっぱり貴方だったのね。ち、ちょっと待ちなさい!!」

 

浴室から廊下に出てこようした櫛田の体を鈴音は満員電車から溢れる乗客を押す駅員のように力一杯に押し返した。

一瞬見えた櫛田の肌色一色に彼女が焦った理由に合点がいく。

 

「もう、痛いなあ。急に何なの?」

「この前の言葉をそっくりそのまま返させてもらうわ。貴方、女捨てたの?」

「はぁ…これだから性癖を拗らせたメンヘル処女は困るよ」

 

櫛田の心底馬鹿にしてそうな声だけで、どんな表情をしているのか分かる。

今更だが、もう鈴音相手に取り繕うことはやめているらしい。

 

「今の私のどこを見ればそんな台詞が出て来る訳?」

 

無駄な毛どころか、毛穴一つない体。

彼女の生まれたままの姿は比喩通り、徹底的なケアで赤ちゃんのようなたまご肌を体現している。

女性の魅力を最大限に引き出して惜しみなく晒け出す彼女の体は女そのものだ。

 

「…なるほどね。確かに女を捨てたは間違いだったわ」

「分かったらそこどいてくれる?体冷えるんだけど」

「ええ。けれど、その前に訂正させて」

「は?」

 

棘棘しい櫛田の言葉に鈴音に動揺した様子はない。

それどころか、鈴音は櫛田を止めるために広げてた腕を胸の前で組み不遜に構えて櫛田の言葉に応じた。

 

「裸にならないと女として見て貰えなくなった今でも、貴方は女を捨てられずにいるのね。可哀想」

 

俺と櫛田の関係値を櫛田から的確に読み取った鈴音は嘲笑交じりに言った。

さらにそれだけでは止まらない。

 

「どうしたの?もう、私は邪魔してないのだけど?早く出てこないと彼が用意してくれた紅茶が冷めるわよ?」

 

紅茶が冷めることはあっても、櫛田が湯冷めすることはないだろうと思った。

彼女の怒髪冠が天井を突き破って、部屋の補修代を払うことになる前に何とかした方がいいな。これ。

 

俺はすっかり櫛田の衣類に占領されたクローゼットから適当に下着と部屋着を取り出す。

鈴音がどれだけ煽っても、彼女は着替えを持たずに入浴に行ったのだから現状は改善しないのだ。

 

見繕った物を持って俺は浴室に向かう。

鈴音が訝しげに俺を凝視するが今は櫛田に服を着せることが先決だ。

浴室には立ち尽くしていた櫛田がいたので、俺は彼女に向かって衣類を思いっきり投げつけた。

 

「あれだけ散々俺に細かいことを要求したんだ。俺も一つ要求する。今後、裸で部屋を徘徊するのは禁止する」

 

櫛田が要求してきた細かいルールに比べたら、至極当たり前なことだ。

だが…すぐに嫌な記憶が俺の脳内に過って墓穴を掘ったことに気付く。どの口が言ってんだ…。

 

「…筋トレ…。裸でやるのが鉄則なんでしょ?」

「…浴衣を着るときは下着をつけないくらいのデマ情報だそれは」

「それだとデマじゃないね。男子は知らないかもだけど、浴衣の下に下着なんて本当につけないよ?」

 

あの時の再現のような、言いくるめ方。

しかも、裸で筋トレよりちょっとほんとっぽいのに腹が立つ。

 

だが、一つ今までと違う点がある。

それは女子がこの場には一人じゃないことだ。

 

「鈴音、そうなのか?」

「…私を巻き込まないでくれる?でも、あえて答えるとするなら、もしそうしている人がいたなら、櫛田さんのような痴女でしょうね」

 

グダグダと無駄話が長引いている間に、一点変わって着替え終わった櫛田は俺の隣をすり抜けて鈴音に詰め寄る。

 

「さっきから怖いよ。堀北さん。もしかして。嫉妬してる?私と綾小路君と関係値に」

「貴方も懲りないわね。無意味なマウントばかり取って何が楽しいの?」

「楽しいとは違うかな。優越感だよ。これは。」

 

裏の櫛田に限界まで希釈した表の櫛田を足したような彼女が鷹揚に笑った。

99%の悪意と1%の何かで構成された笑顔だった。

 

「触らないで」

「さっき、私に直接触ったのに?どこまでも、自分本位だね」

「それは貴方がっ…」

 

自分の体に伸びてくる櫛田の手を強引に払うが、論理的に櫛田が正しい事を認めてしまったのだろう。

二度目は払えなかった。

 

櫛田の手が鈴音の丸みを帯びたお尻を優しく撫で始める。

猫の背中を撫でるような手つきだ。

 

「…もう一度寝ようよだっけ?堀北さん、綾小路君と寝たことあるんだね」

「……貴方に関係ないでしょ」

「本当にあるんだ。それはいつ?」

 

お尻を触られた瞬間は驚いて言葉が止まった鈴音だが、今は冷静そのもので櫛田の目を正面から見つめている。

お尻は別に性感帯じゃない。

恋愛対象が同性でない限り、ただ不快なだけだろう。

 

「櫛田さん。貴方の気持ちが少し分かったわ」

「話逸らさないでくれるかな〜」

「嫉妬されるというのはこういうことなのね。確かに、優越感はあるわね」

 

櫛田の手が止まり、目つきも変わる。

口の巧さでは鈴音に勝てる見込みはない。そう断言できるほど実力に乖離がある。

ならば、櫛田にとって鈴音にぶつけれる言葉は感情しか残っていない。

 

「やっぱり嫌いだよ。堀北さんのこと」

「ええ、私も嫌いよ。貴方のこと」

「性格真逆、相性最悪。そんな二人なのに、好きな男の趣味は同じか。笑えるな」

 

黙っていてこのまま暴力事件に発展しても面倒だ。

そう思い口を挟んでみたが、口を衝いて出たのは墓場まで持っていくべき本音だった。

端的に言えば口が滑った。

 

「「…なんで、こんな男を…」」

 

言葉が被った二人はまたしても睨み合う。

獰猛な犬と獰猛な猫の縄張り争いが今にも始まりそうだ。

 

「そんなに息ぴったりなのに歪み合うのは勿体無いな。どうだ?親睦を深める意味で今日は三人で川の字になって寝るというのは。」

 

放っておくと、明日の朝まで睨み合ってそうな二人を割って俺は提案した。

 

「は?絶対無理。生臭い処女と寝るとかピリジンの匂いで寝ゲロしそう」

「…貴方、処女と一緒に知性まで捨てたの?普通に気持ち悪いわ。もう話しかけないで」

 

櫛田の暴言は下品と言うより汚いの領域に片足突っ込んでるような言葉選びで生理的嫌悪感を覚えるレベルだ。

だが知性が欠片もないかというとそうではない。

彼女の名付けセンスから逆算すると生臭いの生は生娘から取っている。無駄な文学性。そして最低だ。

 

…もしかして、掃除してた時に言ってた、鮮魚コーナーって…。こいつ、つくづく最低だ。

 

「土曜日の朝一番に吐瀉物のついた服の洗濯はしたくない。悪いが櫛田の寝床は今日は床だ。掛け布団でも敷いて一人で寝てくれ」

「は?どうしてそうなるわけ…」

「鈴音と俺の会話を聞いてたんだろ?」

 

俺の何の意図もない言葉に『一緒に寝ても構わない』と言った鈴音。

その言葉を裏返さずに読み取らないのは、鈴音に恥をかかす行為だ。

 

「それに、俺の提案を蹴ったのは櫛田だけだ」

 

櫛田は反射的だったが、絶対無理だと拒否した。

それに対して、鈴音は三人で寝ることへの回答は控えたままだ。

答えはその時に決まっていた。こんな稚拙な罠にハマってしまうとは、鈴音の言う通り文学性以外の知性は捨ててしまったようだ。

 

「私と綾小路君がベッドで寝て、床では歯軋りを立てて櫛田さんが寝るということ?」

「現状、そうなるな。鈴音はいやか?」

「いきなり押しかけた身だもの。家主である綾小路君が言うのであればそれに従う他ないわ」

 

現状を変えるには先ほどの鈴音への発言を撤回して、三人で川の字になって寝るというルートに戻るしかない。

勢い余って出てしまった暴言を謝ることに葛藤する余り、好き放題言う鈴音に反論する余裕もない。

 

「あんた、本気で言ってる?」

「ああ。マジと読む奴だ」

「…そんなことになったら夜中にフライングボディアタックするけどいいの?」

「速攻で破門するけどな。二度と俺の部屋に踏み入れることは許されない覚悟でやってくれ」

これ以上に嬉しくない『親方、空から女の子が』合ってたまるか…。最悪の目覚めだ。

 

「私を硬い床で寝させることに罪悪感ないの?」

「それが嫌なら自分の部屋に戻って寝ればいい」

「そんなの……。…あんた、絶対するじゃん」

「本当にそう思っているのか?」

「……」

 

ここ2週間弱、下着姿で寝る櫛田に一度も手を出していないこと。

鈴音が俺と一度同衾しているのに、彼女が未だに未経験であることを知ってしまったこと。

 

今の櫛田はその安易な結論に逃げているだけだ。

 

「…酷いなぁ綾小路君。ほんとは一緒に三人で寝たいに決まってるじゃん。売り言葉に買い言葉で酷いこと言っちゃってごめんねっ。堀北さん。私、堀北さんのことほんとは好きだからっ」

「私は嫌いだけどね」

「うんそうだよね。でも、まだ私たちやり直せると思うんだ。まだ仲良くなれる余地はあると思うの。綾小路君。どうかな?」

 

便利な性格の使い分けで何とか乗り切ったか。

嘘で塗り固めたものではあったが謝罪の意思を汲んで公正の余地ありと判決を下すとしよう。

 

「及第点。その意味が分かるよな?」

「努力義務が発生してることでしょ」

「分かってるならいい。あと、次からそれは無しだ。」

「別にいいよ。もう抜かりなくやるし」

 

俺が合格を伝えた途端に表の櫛田が姿を消して、裏の櫛田が顔を出す。

むしろ、そっちの方がいい。

表の櫛田が今更、鈴音と仲良くやろうなんて不可能だからだ。

 

彼女が仲良くできる余地があると言うのなら、そこに努力義務は発生する。

それだけ約束だけ取り付けれれば、大きな問題はない。

 

「堀北さん、だいっきらい」

「ええ、私も」

「俺は鈴音も櫛田も嫌いじゃないけどな」

 

「「好きじゃないと意味ないから。あんた(貴方)は黙ってて‼︎」」

 

ひぃぃぃぃ。

 





響けユーフォニアムのサファイアちゃんの動物例えシリーズ結構好きでした。

それに比べて、堀北は猫っぽい、櫛田は犬に見せかけた捨て猫っぽいという安直なものしか出てこなかった。

そもそも、動物そんなに詳しくなかった
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