綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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#75 格差社会

 

 

シャワーを浴びたい。

 

鬼龍院先輩のそんな女の子らしい提案に俺は頷いた。

その後すぐに、脇の下までぐっしょりだよなんて執事やメイドに小一時間説教を受けそうなことを、俺を揶揄うように言うが自分の失態を隠すカモフラージュだ。

施設内を逃げ回って掻いた汗と言うより、巨躯な男に手首を掴まれ粟立った体から噴出したものだからだ。

 

俺を匿う作戦は失敗に終わったとはいえ、彼女には感謝しかない。

だがそれは、失態を犯したと思っている彼女にとって何の慰めにもならないだろう。完璧主義というのも厄介なものだ。

 

「ふぅ。さっぱりしたよ。ネカフェのシャワーは初めてだが星がつくホテルに見劣りしないものだね。公共の施設も侮れない」

「脱税に手を染める人間が増えるわけですね。若者を甘やかすことに教育とかこつけて税金を惜しまないんですから」

「遵法精神に欠けた発言だね。行く先がどこであれ国民が国に税を納めるのは当然だろう?」

「一般的な犯罪心理を言ったまでです。それに法が完璧でないことは先輩もご存知でしょう?」

「まあ、そういうことにしておいてやろう。君の言う事にも一理はあるわけだしね。法とは少し違うが、校則が絶対でないことはついさっき目の当たりにしてしまったばかりだ」

 

『外部との接触を断絶する』

この学校の教育方針の柱であるその校則は簡単に破綻した。

 

「それに知っていたんだね。私の家柄を」

「界隈は狭いですから。自分も似たようなものです」

「だろうな。政府管轄の学校に無理矢理関与できる存在は一握りさ」

 

ネットカフェの個室のフラットシートに上に並ぶ俺と鬼龍院先輩。

使い放題読み放題のパソコンも漫画も利用しない俺達は変な客そのものだろう。

店員から何をしにきた?と怪しまれたり、ナニをしにきたと勘繰られても、それは自然なことだ。

 

「もしかして、怒っていますか?俺が先輩を盾にしたことを」

 

俺と会話する時の先輩はいつも愉快そのものだ。

失敗による不甲斐なさから意気消沈しているのだと思っていたが、それだけではない気がした。

 

「可愛い後輩。それは最近の私の唯一無二の興味の対象でもある。そんな君からの頼みには一肌も二肌もカーディガンも脱ぐさ」

「カーディガン着てないですけど」

「水を差してくれるな。後輩」

 

蛙を睨む蛇にような目と険のある声でビシっと咎められる。

ツッコミを求めていたわけではないようだ。

 

「君が私ではなく私のステータスを求めたことが気に入らないのさ」

 

女版高円寺なんて一年生の一部から揶揄されているが違うのはここだ。

彼女は名家の令嬢であることを噯にも出さない。

 

「可愛いとこもあるんですね。先輩」

 

突拍子のない俺の答えに先輩の眉がピクっと動く。

 

「俺は先輩が進路調査の第一希望に浮浪者と書いたって慕いますよ」

 

「家柄も肩書きも関係ないです。俺は先輩しか見てないです」

 

ついでに言えば年齢も国籍も年収も関係ない。だが、性別と外見は関係ある。

流行のラブソングと現実は違うものだ。

 

「待て、君は私の家柄を利用して父親との接触を避けたんじゃないのか」

「あれは先輩を助け出す方便です。そもそもそんな計画的犯行が出来る訳ないです。親父が無理矢理介入してくる正確な日付が割り出せると思いますか?」

 

そんな芸当、担任教師が情報を漏らさない限りは不可能だ。

汚い手段を好まない鬼龍院先輩の想像力ではそこに及ぶことはできない。

 

「私の勘違いだったのか…」

「可愛いところもあるんですね」

 

俺の言い分に納得した鬼龍院先輩に復唱すると分かりやすくむっとする。

幼さと柔らかさを帯びたその表情はいつもの鬼龍院先輩の顔の一つだ。

 

「君の慕うとは先輩を揶揄うことなのか?」

「あれ?先輩、もしかして、怒ってますか?」

「怒ってないっ!!」

 

先輩はそのまま立ち上がってドリンクバーへと向かっていった。

本当に可愛らしいところもある人だ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ドリンクバー2杯で2000円だと?シャワーは無料だったはずだが?」

 

顔に剣幕を浮かべる鬼龍院先輩とそれに怯える店員。

スーツ姿の巨躯をもう見たくなかった俺は、二人の間を割って支払いを済ませた。

 

ぼったくりバーじゃあるまいし、黒服が出て来る訳もなければ警察を呼ばれるのは俺達の方だが。

 

「ネットカフェは本来漫画やネットを好き放題楽しむ場所なんですよ」

「それを先に言えっ!!ハンターハンターの続きが気になっていたのに!!」

「それは皆気になってますよ!!」

 

シャワーが浴びたいと言う彼女にネカフェを案内したのは俺だ。

俺の説明不足ということでこの場は収束した。

侮っていたが彼女の箱入り娘レベルは相当だ。世間知らずという分野では俺と同格かもしれない。

 

「…それはそうとして、これはどこに向かってるんだ?」

「予定通りなら、映画の上映が終わる時間です。お腹も空いたのでランチにしましょう。予約してるんです」

「ほぉ。中々計算的じゃないか。君にプランを一任した甲斐があった」

「ありがとうございます。次は待ち合わせ時間も一任してください」

「朝早くに目が覚めてしまったんだから仕方ないだろう。時間を無駄に出来なかったんだ」

 

時間を無駄に出来なかった。

中々聞かない表現だからこそ、そこに個性が表れている。

ストイックなのはいいが、それに巻き込まないで欲しいものだ。おかげで寝不足だ。

 

「…小路が何でここで出て来る訳っ!?」

「清隆君が頼りになることは伊吹さんも知っているのではありませんか?」

「は?どこがっ。てか、仮に1億歩譲って頼りなるとしてもこの状況は無理でしょ。この子、あいつの顔見たら泣くじゃ済まないわよ。多分、死ぬんじゃない?」

「一億歩となると約地球2周分の距離でしょうか。あまり動いていないのと変わりませんね。伊吹さんにも清隆君の魅力が伝わっていて嬉しいです」

「は?あんた馬鹿にしてる?帰ってもいいんだからね?」

「あれ、私何か間違えていたでしょうか…。ごめんなさい。謝りますから、この子のためにもそんなこと言わないでください」

 

…何やら聞き覚えのある声。そして嚙み合っていない会話。

俺の地獄耳が捉えた音源は目の前の角を右手に曲がった先。思わず立ち止まってしまった。

 

「どうした?急に立ち止まって」

「俺の面倒探知機が反応してしまって。…失念してましたが先輩、フランス料理が嫌いだったりしませんか?」

「っ!!そうじゃないかと淡い期待を抱いていたが君が予約したのはこの先のフランス料理店か。ああ、やはり君はいいセンスを持ってるな」

 

育ちのいい彼女はこの学校でジャンクフードに出会い、毒され、それしか愛せない偏食家になっている。

そんな俺の一縷の望みは絶たれてしまったようだ。

 

期待感に足を弾ませた鬼龍院先輩は案内役の俺を追い越して角に顔を出した。

 

「えっ、鬼龍院先輩…?」

「えっ、未成年者略取及び誘拐罪…?」

 

ひよりの驚いた声に鬼龍院先輩は刑罰の名前を返上する。

その名前はWikipediaの語感によく似たペドフィリアという単語と共に新聞の一面に飾っているのを目にしたことがある。

 

はぁ…。もう俺も先輩の後に続くしかないようだ。

 

「先輩、真っ先に浮かぶ可能性が他にあるでしょう」

「なるほど。隠し子か。最近の若者は進んでるな。日本の未来は明るい」

「いや、普通に迷子ですよ…。そうだろ。ひより、それに伊吹」

 

世間知らずの彼女が、本気で言っているのか冗談で言っているのか。

関わりの深い俺にしか分からないだろう。

すぐに俺は『今のは彼女の冗談だ』と補足した。

 

「なんであんたがここにいるわけ?」

「こっちの台詞だ。お前の素行の悪さだとこの店は入店することすら難しいぞ」

 

伊吹ならフランス料理店でちゃぶ台返ししそうだ。

フランス本土なら出禁どころか射殺されてもおかしくない。

 

「ふふ。やはり仲がいいですね。ですが、清隆君少し外れです。迷子じゃなく、預かっているんです」

「どこが仲良いのよっ!!」

「ふふっ」

 

伊吹を受け流すひよりが預かっていると言っていた子は背丈から4、5歳くらいだと推定できる。

フランス料理の食品サンプルが並ぶショーウィンドウに顔を張り付けるかのように見ていた。

 

「こらっ。くーちゃん。それベタベタ触っちゃダメってさっき言ったでしょ」

「やぁぁぁやぁっ~!」

 

ひよりがくーちゃんと呼ぶ子供を抱き抱えると名残惜しそうに食品サンプルに必死に手を伸ばして泣き叫ぶ。

ひよりがよしよしと必死にあやしているが、その意味は薄そうだ。

 

「伊吹。状況を説明してくれ」

「は、なんで私がっ。…椎名に…。…一回しか説明しないからね」

 

今のひよりにそんな余力はない。

もし、ひよりが説明に回れば自分が子供の面倒を見ることになる。

そのことに気付いた伊吹は素直に説明し始めた。

 

昨夜の話である。

ケヤキモールで働くとある女性従業員の元に一本の電話が届く。

 

『明日の土曜日。午前中だけで構わないから働いてくれないか』

 

なんでも職場で大きなトラブルが発生して深刻な人手不足らしい。

だが、女性従業員には子供がいた。それがくーちゃんだ。

託児所も空いていない休日。子供を置いて仕事に行くわけにもいかない。

 

だが、女性職員にはそんな思いと同居するように別の思いもあった。

子供の事情で何度も仕事を放り出す私を嫌な顔一つせず送り出してくれる職場。

そんな職員のピンチ。力になりたいという強い思いだ。

 

『午前中だけなら』

 

葛藤の最中だったはずなのに、気付けばそう返事をしていた。

力強いありがとうという返事を聞いてしまえば、口からでた言葉を取り消すことはもう出来なかった。

 

その後の彼女の行動は早かった。

学校の校長に直接電話をして掛け合い、『明日の午前中、ケヤキモールで子供の面倒を見てくれる生徒を募って欲しい』と。

 

校長は快諾した。

そして、一人の生徒に白羽の矢が立ったのだ。

 

それが椎名ひよりである。

彼女の面倒見の良さと母性を見抜いていた校長は慧眼と言えよう。

 

「ってわけ」

「何ともこの学校らしい案件だ。普通の学校では有り得ない」

「ですね。ですが人選は完璧です。俺が太鼓判押します」

 

ひよりの腕の中で暴れ回るくーちゃん。

初対面ははずで人見知りの一つでもしそうなものだが、ひよりに対しての遠慮は一切感じられない。

彼女とくーちゃんの間には既に絆が生まれている。

 

「…待て、伊吹がここいる理由は?」

「それは、私が呼んだんです。子供の面倒が見れて休日に暇してそうな友達が伊吹さんくらいしかいなくて…」

「ってわけ」

 

鳶は鷹を生まないが、鷹は鳶を生む。

慧眼の校長が人選したひよりは節穴だった。最悪の人選だ。

ひよりに褒められている部分だけを都合よく聞いてドヤ顔を浮かべる伊吹を鬼龍院先輩は鼻で笑った。

 

「状況は全て理解した。そのくーちゃんとやらが神饌を前にぐずり出して成す術がなくなってしまったわけだ」

 

神饌て…。

鬼龍院先輩はフランス料理を神格化するのではなく、フランス料理を食す自分を神格化していた。

 

「で、伊吹くんだったかな?子供の面倒見が得意な君はどうする?お前にはB級グルメがお似合いだと1階のスーパーの惣菜焼きそばでも口に突っ込んでみるか?案外大人しくなるかもしれないぞ」

 

子供に謝れ…いや、突っ込むは比喩か…。…惣菜焼きそばの生産者に謝るべきか?これは。

 

「は?てか、あんた誰よ。いきなり」

「さっきから言いたかったんだが、子供の前で剣幕を出すな。大人が怖い生き物だと知るにはまだ青すぎる」

 

伊吹は鬼龍院先輩に苛立ちを露わにするも、それはすぐに窘められる。

子供の面倒見の良さを褒められたことに泥を塗りたくないのか、案外素直に聞き入れた。

 

「伊吹。彼女は先輩だぞ。それに表現は回りくどいが、要は子供の面倒見役に抜擢されたことに胸を張れる活躍をしてからドヤ顔をしろってことだ」

「…分かったわよっ。泣き止ませばいいんでしょ。泣き止ませばっ。見てなさいよっ」

 

ひよりが抱きかかえるくーちゃんに伊吹は近付いていく。

伊吹の隠し切れていないオーラは泣き喚いていたくーちゃんを黙らせた。

そして、伊吹はそれに蓋をするように両手で顔を覆い、

 

「いないいな~いばぁ~っ」

 

その掛け声と共に両手を開き、引き攣った全力作り笑いを披露した。

 

「きゃははhahah…」

 

その伊吹の努力は報われた。

…よかった。いや、ほんとよかった。

 

くーちゃんのどこかぎこちない笑い声を聞いて鬼龍院先輩は俺の手を引いてフランス料理店の扉を開けた。

 

「努力賞だな。やればできるじゃないか」

「…ふんっ」

 

鬼龍院先輩からでた誉め言葉に伊吹が鼻を鳴らす。

 

「鬼龍院先輩。ありがとうございました。それと清隆君も。良い休日を」

「椎名、あんな先輩にお礼なんて言わなくていいって。ほら、フランス料理を思い出さないうちに行くよ」

 

対極にいる二人だが、子供を通じて案外仲良くなったりするかもしれないな。そう思った。

 

伊吹に押されるようにして3人は去っていった。

 

「ふっ。子供が愛想笑いを覚える瞬間だったな。子供の成長速度に驚く親の気持ちが分かったよ」

「…同感です。フランス料理、食わず嫌いにならないといいですけど」

「全くだな」

 

あれはトラウマ級のいないいないばあっ!

フランス料理は食えなくなるし、他の人のいないいないばあにも反射で愛想笑いが出てしまうだろう。

 

『ようこそ。いらっしゃいました。こちらの席へどうぞ』

 

その後、店員の畏まった挨拶で迎えられた俺達はフランス料理を堪能した。

 

ほんと、これが食えないなんて勿体ない。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

日曜日。恵達と猫カフェに行く日である。

 

俺+恵グループ9名の10名での予定だったが、それは大規模な変更を余儀なくされた。

 

「猫カフェ?いい響きね。それで、当日は何時にどこ集合かしら?」

「あんた、あたし猫派って言ってたの覚えてたんだ。記憶力が良いのは取柄なんだね。あ、もう軽井沢さんに私も行くって連絡したよ」

 

土曜日の帰宅後。明日の予定を聞かれてそれを話した途端に二人増え、

 

「あたしと佐倉さん以外、土曜日に食べた鳥刺しに当たってお腹やっちゃったぽい。とてもじゃないけど無理だって」

「何やってんだよあいつら…。むしろなんで二人は無事なんだ」

「あたしは生肉系無理。グロいし。佐倉さんは誘ったんだけど遅れてる分勉強したいって断ってた」

 

佐倉の健気さに全俺が泣いた。

佐倉、俺がお前を絶対スターにしちゃるさかい!!

 

恵グループ。軽い食中毒で7名ダウン。

 

俺、恵、佐倉、鈴音、櫛田の5名は俺の部屋に時間通りに集結した。

 

「集まってもらったのは他でもない」

「はい待って。あんたのその感じ。滑る前兆だから普通に話して」

「うぃっす」

 

緊急で動画まわしていますくらいの面白くなさを感じ取った恵は俺をすぐに制してくる。

思えば俺が滑っている時、恵は毎回その場にいた気がする。

 

「皆、着替えは準備したよな?」

 

各々頷く。心配性の佐倉は鞄まで開けて再確認し始める。

それを隣で笑顔を浮かべる櫛田は表のようだ。

一番本性を知られるとまずい恵がいるからだろう。

 

慎重に鞄の中を確認する佐倉をよそに櫛田は元気全開で挙手をした。

 

「はい、先生っ」

「…なんだ?」

「玉葱はおやつに入りますか?」

 

『恵の前でどこまで尖った発言ができるか』そんなyoutuberの企画みたいな遊びしてないよな?こいつ。

定番の質問をちょっともじったノリだが、遠足先は猫カフェだ。不謹慎すぎる。

 

「先生。彼女は猫の精神衛生上、ここに置いていくべきだと思います」

「一考したいところだが、これ以上人数が減るのは避けたい。経過観察とする」

 

無論、本当にその類を持っていた時には硫化アリルの刑に処して泣いて詫びてもらう。

 

「ぷっ。堀北さんほんと変わったよね。前はこんなノリ、2chを見るような目で蔑んでたのに」

「そうね。でも、変わったのは私だけではないわ。蔑んでいるなんて言葉が貴方の口から出てくるなんて、綾小路君は教師冥利に尽きるわね」

「あ、そういうとこは変わってないんだ。なんか安心した」

 

恵をたてる恵グループとは180°違う。

壮絶な主張のぶつかり合い。

それはディアルガパルキアダークライの三つ巴を彷彿とさせた。

 

「あっ…」

 

…彼女は鞄を慎重に漁っていたはずだ。

それは、それは、価値の高いポケモンカードを丁重に扱うように。

 

こういう事故が起きないためにだ。

 

だが、それは不運にも起こってしまった。

もうそういう星に生まれた人間として処理するしかない。

 

「ご、ごめんなさいっ」

 

佐倉は焦った手付きで鞄から漏れたそれを拾い上げて鞄にしまう。

 

それでも、淡いピンク色の下着(上)(でかい)は4人の目に焼き付いてしまっていた。

 

「せんせーい。下着の着替えまで用意させたのって先生の趣味ですか?」

「そんな教師がいたら越権行為を超えて逮捕だ」

 

櫛田のその追い打ちに佐倉は顔を淡いピンク色に染めた。

さっきの下着をつけていたら上下セットどころか、上中下の三位一体となっていただろう。

 

「わ、忘れてください…」

 

「「忘れられるかっ!!」」

 

櫛田と恵が二人揃って大きな声でツッコむ。

声には出していないが、俺と鈴音も同じ意見だった。

 

とんだ伏兵がいたものだ。

ダークライなんて目じゃないダークホース。

…いや、黒じゃなくて色々ピンクだが。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「予約した綾小路です。電話でお伝えした通り、5名になりましたがいけますか?」

「えぇ、何も問題ございませんよ。トレーニングウェア・シューズの借用は希望されますか?」

「お願いします。」

「はい、ではこちらの紙に希望のサイズをご記入ください」

 

つつがなく事務的な受付作業を終えて、俺は皆の元に戻る。

 

「じゃ、まずはこれを記入してくれ」

「…あんた、騙したわね」

「今なら、あのアトラクションの数々も待ち時間なしで乗り放題だ。まさに夢の国だろ?」

 

この学校はトレーニングジムも超一流だ。

豊富な器具と施設が揃っている。

 

「アトラクションね。言い得て妙。間違ってはないわね」

「それを楽しめるのはドのつくマゾヒストくらいだけどね~」

「マゾヒストにフランス貴族のミドルネームをつけるなんて、日本人も中々気性が荒いわよね」

「あはは~。堀北さんおもしろーい」

「ふふふ。無知って怖ーい」

 

鈴音と櫛田は俺がそんな素敵なデートプランを提供するなんて思っていなかったのだろう。

受け入れて、スラスラと記入していく。

悪口もスラスラ出ていく。

 

「うわ、結構乗り気…?佐倉さんは私側だよね?ってあれ佐倉さんは?」

「佐倉なら、もう着替えに行ったぞ」

「はやっ。なんでっ?」

「ダイエットみたいなものだよね?って言ってたな」

 

それを聞いた恵は自分のお腹に目線を落とす。

 

「う~。やればいいんでしょ。やればっ!!」

 

そうヒステリック気味に叫ぶのだった。

だが、俺は知っている。

 

ここはダイエットみたいなものだと舐めているものから、根をあげる世界なのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「鈴音が一番か。佐倉が最初に着替えに行ったはずだったが…」

「…服のサイズは合っているはずなのに、何故か着ることできなかったの。ミステリーね」

「小説化したらジャンルが変わりそうだな…」

 

この世界は多数派に合わせて作られている。

左利きが少し不便なように、佐倉のような規格外の体型に合うものは中々ないのかもしれない。

 

「いい度胸ね。私を前にして他の女の胸ばかりに気を取られるなんて」

「邪な気持ちは一切なく、格差がない平等な世界を祈ってただけだ。それと、しれっと度胸と胸をかけるな。分かりにくい」

「……格差?……カクサ?KAKUSA……?」

 

やべっ…。言葉の威力が高すぎたようだ。

単体で見れば小さい部類に入らない胸をペタペタと触っている。

鈴音、悪くない。相手が悪かった。それだけだ。

 

だから放心しながら、自分の胸触るそれやめてくんない?

 

「…この女。何してんの?」

「格差社会に一石投じてる」

 

櫛田も着替え終わったようだ。

人見知りの佐倉には恵が同伴しているのだろう。

櫛田と佐倉が二人きりになったらどうなるか分からないし、正解の選択だな。

 

それより櫛田だ。

……何か胸、デカくないか?

サイズ的には鈴音とさほど変わらなかったように思っていたが、何というか迫力が違う。

 

「目線分かりやすすぎ。やめてよ。着替えの下着足んなくなっちゃうじゃん」

「…おい。部屋のテンションで喋るなよ。誰が聞いてるか分かんないんだぞ」

「あんたがエロい目で見てくるからじゃん。知ってるでしょ?私、着痩せするタイプなのっ」

「そんな局部的な着痩せを聞いたことないし、なんなら変わらないタイプだろお前」

「はい、自分で言っときながら部屋のテンションで喋った〜。罰ゲーム。柔軟手伝って」

 

櫛田がマットの上にお尻を落として、脚を開く。

 

「早く押して」

「仕方ないな。手加減しないからな」

「いらないよ。知ってるでしょ?私の体が柔らかいことも」

 

…こいつ、さっきからラインギリギリかつ、疑問形にして言い訳できる余地を残した言葉で仄めかしてきやがる。

もう、その手には乗らない。

 

俺が容赦なく押すと、櫛田は膝を曲げずに床に体がついた。嘘偽りない柔軟性だ。

 

「貴方、騙されてるわよ。もっと数学的思考を養った方がいいわ」

 

放心状態から我に戻っていた鈴音が隣でストレッチを始める。櫛田に負けず劣らずの柔軟性だ。

それにやり方も理屈に基づいていて、様になっている。

毎日、正しい柔軟方法を調べて実践していることが伺えた。

 

…それより数学的思考って何の話だ?

 

「分からないの?ミステリーの続きよ」

 

鈴音はそう言いながら上半身を仰け反り、胸を強調する。

櫛田には分からないように隠したメッセージは伝わった。

 

そして、謎は解けた。

櫛田のミステリーの答えはこれだ。

 

「ち、ちょっ、やめてよっ……」

 

俺は櫛田の首元を捲り、服のサイズを確認した。

これを数学的思考法と呼ぶには些か幼稚すぎたトリックだ。

 

「…櫛田。着替えてこい。バレた時に恥ずかしいのは自分だぞ」

「あ、あんたの目を引こうしただけじゃん、事実見てたじゃん」

「それだけじゃないだろ。もう一つの理由をここで明かされたくなかったら、早く行け。…それに、そんなことしなくたって見てたよ」

 

機嫌を損ねられても面倒だ。

俺は櫛田の努力が無駄だったといい意味で受け取れるように補足しておいた。

 

「もう一つの理由って?」

「ミステリーだな」

 

櫛田と鈴音。胸囲で言えば櫛田の方が勝る。

しかし、そこに引き締まったウエストの細さとの対比を加えて、相対的に見れば錯視効果で鈴音の方が大きく見える。

 

その意図を鈴音に伝えるのは流石に酷だろう。

 

「さて、全員揃ったところで始めるか」

 

紆余曲折あってようやく全員が揃った。

佐倉と恵の体の硬さが齢70歳平均値を下回る結果に絶望を隠せないくだりはあったものの全員ストレッチまで終わっている。

 

そして運動能力と相性を考えて、櫛田・鈴音ペアと佐倉・恵ペアに分かれて行なっている。

 

とりあえず前者の二人にはランニングマシンに乗らせて、有酸素運動させている。

 

既にランナーズハイなのか、ごちゃごちゃ言い合ってるのが聞こえる。

まあ、あれも切磋琢磨の一種だ。

 

「さて、こっちも始めるか」

「え〜、マジでやんの?だる〜。めんど〜」

 

いるんだ。たまに。

こういうトレーニングウェアだけ着れば満足するタイプが。

 

「恵。弱気発言は腕立て20回だ。佐倉数えてやってくれ」

「う、うん。わかった」

「は、ちょ、マジ…?……なに?佐倉さん?やる気?」

 

佐倉が俺の指示を聞いて、軽井沢を促すようにちょんちょんとつつく。

だが、恵はまだトレーニングに前向きじゃないようで渋っている。

 

…この怠け癖は徹底的に治してやらないといけないな。

 

「早くしろ。てか、軽く喧嘩売るな」

「ちょ、お尻叩いた!セクハラだ!」

「今ので分かったが、お尻の筋肉なんてどうせ排便ぐらいでしか使ってないんだろ。弛みすぎだ。見る人が見れば服越しにでもお前の堕落した私生活が丸分かりだ」

「セクハラに加えて、モラハラっ!?マジありえないんだけどっ!!」

「ハラハラって知ってるか?自分の都合の悪い事象全部をハラスメントと称して自己肯定に走る奴だ」

「ロジハラっ!!」

 

こいつ、俺の話を聞いてたのか?

…スポ根に近い何かに火がついできた気がする。

 

恵よ。悪く思うな?

これはお前のためを思ってやってるんだぞ?

 

ハラスメントという言葉がない時代に、問題視されていたコーチの見本がそこにはあった。

というか俺だった。

 

「まさにそれのことを言ってるんだよ。ハラハラ言う前に横っ腹と下っ腹をなんとかしろや‼︎」

「きゃぁあぁあぁあ―!」

 

俺が恵の贅肉を掴んで弄ぶと恵が事件性のある叫び声を上げる。

ちょ、こいつ馬鹿っ…。

何で、お尻を触った時より声が大きんだよっっ!!!

 

「お客様………。そういうのはちょっと……」

「「スイマセン」」

 

恵の怠け癖を直すためには荒療治では駄目なようだ…。

時代に沿った指導も大切だな。うん。

 

 





宣言しないといつまでもダラダラと続きそうなため宣言します。
#80までに2学期終わらせます。
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