綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
中間テストの日を持って、須藤は退学した。
全ては須藤が寝落ちしてしまったこと。
それが紛れもない原因だ。
と、クラスの皆はそう思ったはずだ。
だが、本当にそうだろうか。
須藤は前日配られた過去問を見て大層驚いたはずだ。
4日前から必死で堀北と勉強して身に付けた付け焼き刃では半分も点数が取れないことは明白だった。
須藤は危機感を覚える。
そして、もうこの過去問に頼るしか道は無いことに否応なしに気付く。
退学1歩手前の生徒がその状況下。
そして勉強が苦手な自分を十分熟知してるのに、1人で暗記に励む?
それは非常に難しいことは言うまでもない。
――テスト4日前――――
俺は、朝早くに起き、いつもよりだいぶ早い時間に部屋を出た。
そして、体育館前に赴く。テスト期間で部活は自由だが、朝練に励む須藤がいた。学力に余裕のある2.3年生も来ている。
上級生を相手にしているが、体躯に恵まれた須藤のフィジカルに上級生は苦戦しているようで、須藤は圧倒していた。
そして、それを窓の傍で見ているのが堀北という少女だ。
いつも、15分前に決まって登校してくる彼女がこの時間にここにいる事の理由は想像に容易い。
昨日、須藤は退学になっても構わないと言っていた人間とは思えない行動だな。どうやら、そこそこ俺の言葉にも意味があったらしい。
バスケットボールは神が悪戯したように堀北が見ている体育館の端の窓の方に転がっていく。
取りに来た須藤は堀北の存在に気付いたようだ。
「なんだよお前。」
堀北がここにいる事に、須藤も不思議に思ったようだ。
「悪かったわね。」
「あ?」
「昨日、私は君は幼稚な夢を見てる子供だと言ったわ。ブロバスケット?くだらないと侮辱したわ。でも、違った。今ではそれをすごく後悔してる。バスケットの難しさ、大変さを理解していない人間がその夢を馬鹿にする権利なんて無い。今は強くそう思ってるの。ごめんなさい」
須藤は知っている。
堀北はいつも人を見下しているような人間だと。
須藤は知っている。
堀北が自分の発言の非を認めるような人間ではないと。
だが、そこにいた堀北は須藤への無礼な発言を謝るためにわざわざ1時間以上も早く学校に来た。
その事実は須藤を動かすには十分な理由だ。
須藤は気付いていた。
自分が勉強から逃げているだけだって。
須藤は気付いていた。
自分が退学待った無しの成績で、それに対して手を伸ばしてくれる彼女らの手を払ったことを後悔してる自分が心にいることに。
「俺こそ。悪かった。」
須藤の不器用で短い謝罪を見て、俺はその場を後にした。
この後、須藤はテストまでの4日間。彼なりに必死に勉強するだろう。堀北もそれのサポートに回る。
その構図が頭の中で組み上がっていく。
――――テスト4日前の放課後―――――――
俺は平田主導の勉強会に変化を与えることにした。
変化を与えると言っても、俺が関わっている軽井沢グループのみ。
軽井沢グループの成長率が半端ないと噂になり、俺が担当する生徒は11人に増えていた。そこには松下もいた。
元々、櫛田、平田、俺の講師役3人で回してる以上、割合的には均等になったとも言える。
俺は担当してる生徒に対して簡易的なテストを作成する。
1つ5点20問で100点のテストだ。その中に中間テストの過去問を3割程度組み込んでおく。
これをテスト3日前、テスト2日前にも同じように別の問題を組み込んで置くことで、自然と過去問を9割網羅することになる。
そして、復習もその簡易的なテストを脳に刻みつけるように行った。
―――テスト3日前――――
このクラスにはもう1人懸念する人物がいる。
それは佐倉に他ならない。
堀北も話しかけていたようだが、大丈夫だからの一点張りで堀北を拒んだそうだ。
放課後になってすぐに帰っていく佐倉の背中を見る。
不安で背中が丸くなっているように見えた。
「軽井沢。これ、今日の分の簡易テストだ。今日は少し用事があるから外す。夜の復習会はいつも通りやるから、これで勉強しておいてくれ。」
「え。ちょっと。」
軽井沢が何か言うが俺は無視して、教室を出る。
佐倉に部屋に逃げられては厄介だからな。
通学路を1人で歩いて帰る佐倉を見つける。
俺は走って隣に並び声をかける。
「佐倉。」
「え、は、はい!」
佐倉は驚いたような表情を浮かべる。
呼吸を乱しているので、俺は落ち着くまで話しかけない。
佐倉が深呼吸して、冷静を一応は取り戻した。
「な、何か用ですか?」
「ああ。中間テストの事だ」
「べ、勉強は大丈夫です。帰ってから1人で出来るので‥」
「その事で、実は相談があるんだ。聞いてくれないか?」
佐倉は一度、勉強会に顔を出している。
つまり、勉強をやる姿勢はある訳だ。
人付き合いの苦手な佐倉は人から何かしてもらう事に抵抗を感じる。
堀北の勉強を教えてあげるという姿勢も、
平田や櫛田の勉強会に入れてあげるという姿勢も、
彼女からしたら、受け入れ難い提案なのだ。
ならば、逆はどうだろう。
話を聞いて欲しいというのは、上から手を差し伸べる行為では無く、横から手を取って欲しいという懇願だ。
「そ、相談ですか?」
「ああ。ダメか?」
俺は佐倉の目を離さずにそう言う。
「分かりました。聞くだけなら…。」
ひとまずは第一関門を突破したようだ。
ならば、ここからは場所の選定だ。
もう、歩きながらここに来たのもあって、寮の目の前だ。
ケヤキモールは反対側にあるし、皆が勉強会にでている中、カフェなどにいるのもあまり外聞が良くないだろう。
「俺の部屋に来てくれないか?」
迷った末にそういう事にした。
「ふぇぇぇぇぇぇ――」
佐倉は後半、声にならない声をあげる。
一応、この提案をした理由を話した方がいいか。
俺は自分の部屋を選定した理由を話した。
「な、な、なるほど。分かりました」
「いいのか?」
俺は佐倉と目を合わせて聞く。
「はい。 ……綾小路くんは目が怖くないので。」
目が怖くない?
確かに死んで腐った魚の目のような見た目では無いと思うが特段普通だと思うぞ…。
「そうか。じゃあ行こう。」
俺は佐倉と並んで自分の部屋に向かう。
何か話題を振っても良かったが、振らない選択を取った。
俺は自分の部屋の鍵を開けて、佐倉を招く。
「お、おじゃましまーす」
「ああ、遠慮なく上がってくれ。何も無いが。」
佐倉が緊張しているのは俺から見ても、ひしひしと感じ取れた。
部屋に入って佐倉は驚いたような顔をする。
「言った通りだろ?」
俺は家具とかは一切買っていないため、最初にこの寮に来た時と何ら変わらない部屋の内装だ。
「うん。ちょっと懐かしいかもです…。」
俺は買い置きしていた、紅茶を2人分入れる。
「紅茶で良かったか?」
「うん。。ありがとうございます」
紅茶を佐倉の前に置くと、お礼を言われる。
それより、来客したのは佐倉が初めてなこともあり、色々と気付くことがある。
1つはクッションの必要性だ。佐倉をフローリングに座らせるのもあまり良くないだろう。
「佐倉悪い。俺の部屋何にもなくてな。良かったらベッドに座ってくれていい」
「え……」
佐倉は俺を驚いた目で見る。
「別に無理にとは言わないが、フローリングにそのまま座るのも痛いだろ?」
「うん……分かりました。」
戸惑いながらも、佐倉はベッドに腰かける。
俺は、この部屋に慣れていて、フローリングに座ってても気にならないので床に座る。
「別に俺に対しては敬語じゃなくていいぞ。いや、佐倉が敬語で喋りたいのならそれでいいが。」
「意識、してる訳じゃなかったんだけど変ですか?」
「別に変ってわけじゃない。だが、タメ口の方が親しみやすさは感じるんじゃないか?」
知らんけど。
「そうですよね。分かり……まし……分かった。頑張ってみるね」
「いや、無理しなくてもいいけどな。それに、俺も最初は敬語が癖だったし」
「そ、そうなんだ。ちょっと意外です」
なんか、最初の頃の俺を見てる気分だった。
「ちなみに今、ですって敬語使ったけどな」
「え、え、ほんとだ。」
「まあ、そのうち慣れるさ。俺も今では茶柱先生にもタメ口だ」
軽く冗談を言うと、佐倉が今日初めて笑った。
俺は紅茶を一口含む。
佐倉も同じように紅茶を飲んだ。
「おいしい。」
「いや、市販の安い紅茶だぞ。これ」
「うん。でもなんかいつもより美味しかった」
そうか?俺はいつもと同じチープな味に感じたが…。
人それぞれだな感じ方は。
佐倉の緊張も少しずつ溶けてきたので本題に入ることにする。
「相談の前に1つ質問いいか?」
「…う、うん」
「中間テスト、自信はあるか?」
俺の質問に答えづらそうにする佐倉。
だが、この質問の先にしか本題は無い。
「…………少し不安です」
まあ、敬語も出てきてしまうくらいには不安なんだろう。
「少し近づいていいか」
「え…」
俺は佐倉が返事をする前に少し距離を詰める。
だけど決して近付きすぎない。
そして俺は過去問の画像を表示した携帯を見せる。
佐倉も俺の意図がわかったようで、それを覗き見た。
「こ、これは?」
「カンニングペーパーだ。」
「え、ええええええ」
「悪い嘘だ。これは先日、2年の先輩から貰った過去問だ。」
大人しい割にリアクションが派手だから、揶揄い甲斐があるな。
「あ、そうなんだ。良かった。でこれは?」
「今度の中間テスト、ほぼ100%これと同じ問題が出る。これを暗記するだけで退学は有り得ない」
俺は誇張して答える。そしてそのロジックも佐倉に説明した。
「そこで相談だ。俺は佐倉に退学して欲しくない。もし不安なら、今日からテスト当日まで、これを全力で暗記してくれないか?勿論、俺もフォローはする。」
「私に退学して欲しくない?」
「ああ、だって、俺たち友達だろ?」
「え、私たちって友達?」
「違うのか?……でも、もし違うなら今日から、友達になってくれないか。」
俺はそう言って、手を差し出す。佐倉は遠慮がちに手を取ってくれた。
そして、その後、俺の部屋で1時間と少し、佐倉と一緒に過去問の暗記に勤しんだ。
もうそろそろ、他の生徒も帰ってくる。ロビーが混雑する前に返した方が佐倉の為だろう。
「佐倉。過去問を送りたい。連絡先聞いてもいいか?」
「あ、うん。これ。」
そう言って佐倉はIDが表示された画面を見せる。
俺はそれを登録して、佐倉に過去問を送信した。
佐倉は自己紹介の場にいなかったので連絡手段がなかったが、これで連絡先も無事に獲得することが出来た。
「じゃ、そろそろお開きにするか。」
「うん。ありがとう。綾小路くん。」
「言っただろ。佐倉。お互い様だ。俺は佐倉に退学して欲しくない。実を言うと、俺の部屋に入った友達第1号は佐倉なんだ。」
「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ、今度は私の部屋に呼ぶね。私の部屋に来て第1号になって欲しいし。それに、綾小路くんの部屋と違ってクッションくらいはあるよ?」
佐倉はそんな冗談を口にする。だいぶ打ち解けきた。
それに、所々、どもり気味ではあるものの、会話はそこまで下手じゃなさそうだ。
「なら、明日、平田の勉強会が終わった後、行ってもいいか?」
「え、明日?な、なんで?」
「佐倉は今日渡した、過去問を暗記しておいてくれ。それを俺は明日確認しにいく」
「分かった。頑張って覚えておくね」
「ああ。期待してる」
俺は明日も佐倉との約束を取り付けることに成功した。
佐倉はコミュニケーションが下手なだけで、人と関わりたい気持ちを持ち合わせている子だ。だから、最初のハードルさえ超えてしまった今、佐倉との間にあった障壁は無くなった。
―――――テスト前日――――――
軽井沢グループの最後の過去問の暗記の復習会も終え、俺たちが試験に向けての準備は万全と言えた。
夜10時半過ぎ。俺の部屋に須藤が訪ねてきた。
酷く疲れきった様子だ。この4日間、慣れないなりに堀北のスパルタとも言える指導を受けてきた。それに加えて、朝練も参加してるのだから、体に疲労が溜まるのは当然とも言える。
「どうした?須藤」
「悪い。1人じゃ寝ちまいそうでよ。さっきまで池の部屋にいたんだが、山内と騒いでて集中出来ねぇんだ。悪いが一緒にやって貰えないか?」
仲のいい池や山内が駄目で、平田にも頼みにくい。
堀北も当然無理。となると、過去問を渡した俺に対して頼ってくる選択肢を取るのも不思議じゃない。
「分かった。だが、俺も勉強会で疲れてる。悪いけど1時間だけにしてくれ。それだけなら付き合う。」
「それでいい。頼む。」
須藤は俺の部屋に入って、早速勉強道具を広げる。
相当焦っているようだ。
俺はキッチンに行って、紅茶を入れて、須藤の前にそれを置いた。
「悪いな。迷惑かけて」
迷惑かけている自覚はどうやらあるらしい。
「あと暗記できてない科目は何だ?」
「今やってる社会と残りは英語だけだ。」
「そうか。十分余裕で間に合うレベルだ。俺は話しかけないでおく。集中が途切れても悪いしな」
「ああ、助かる。」
須藤を見ていて確信する。
勉強は明らかに不慣れで覚え方の効率も悪い。
しかも覚え方も適当だ。覚えやすい所だけ覚えてる。配点などを気にする様子もない。
明日、須藤は退学する。俺の中でそれは決定事項だ。
須藤に渡した飲み物は佐倉に渡した安い紅茶ではなくハーブティー。これは後押しの一手だ。
ノンカフェインで安眠効果の高いハーブは須藤の疲れきった体には丁度いいだろう。
須藤は集中力を欠けている自覚があるのか、時折、自分の顔面を強く叩く。
だがそれも余り意味をなさないまま、時間は過ぎていき、1時間はあっという間すぎた。
俺はその間に就寝準備を済ませていたので、須藤に声をかける。
「悪いけど、約束の時間だ。俺はもう寝る。部屋に戻ってくれ」
「あ、ああ。助かった。後は英語だけだ。部屋で詰めて明日は楽勝だぜ。」
須藤の強がった声もどこか眠気を帯びている。
「ああ、頑張れ」
心にもない言葉を口にした。
――――――――――――――――――――――――
テスト結果発表の結果は何度見ても変わらない。
講師の俺を含む軽井沢グループと俺が教えた佐倉は全員の平均が95点と高い点数をたたき出した。
佐倉は赤点組から一転して、上位への大出世だ。
今回限りだろうが…。
堀北が須藤のアクシデントに合わせて英語のみ点数を調整していたが、高い平均点はさほど落ちやしない。
跳ね上がった平均点と赤点ライン。
赤点を31点と想定していた須藤が痛い目を見るのは最初から決まっていた。
もし、俺が本気で須藤の退学を阻止するなら佐倉と同じく、3日前には過去問を見せて、それをフォローする形で身に付けさせていた。
過去問を念押しに前日に公開するよう、平田に言ったりはしない。
それに、赤点の基準についても教えただろう。
小テストの結果から、赤点のボーダーラインを計算することは容易く、それには堀北も気付いていた。だが、堀北は過去問の存在を知るよしも無く、赤点のボーダーラインもそこまで、上がらないと高を括っていたのだろう。
そして、俺が須藤が退学しやすい舞台を整えた理由は2つある。
1つ目は、堀北鈴音が辿り着いたやり方が甘いと、結果を持って理解させるため。
動き出しが遅いのも、実際の教え方にも難があった。
そもそも俺が過去問を与えていなかったら須藤は、勉強不足により為す術なく退学していただろう。
2つ目は――――。
――――――――――――――――――――――――
翌日。須藤健が座っていた席は無く、クラスメイトの心と教室には穴が空いた。
だが、須藤が退学して喜んでいる層がいるのも事実だった。その存在があの男にはいちばん辛いことだろう。
よほど、胸に空いた穴が深いのか平田は、相当傷心気味だ。
一見、能力に穴がないように見えた平田にもDクラスに配属された理由が見えてくる。
堀北も少しは責任を感じているのか、いつもより元気が無い。
お通夜のような空気の中でも、授業は進行していく。
そして、須藤健が退学になった事実は、赤点を取れば退学するという現実に他ならないもので、他の生徒の尻に火をつけた。
成績下位の生徒達の授業に取り組む姿勢は格段にレベルアップした。
俺は昼休みにもなっても、席から動こうとしない男に声をかける。
「平田。」
「あ、綾小路くんか。」
「少しいいか?」
「悪いけど、今は1人にしてほしい。」
「悪いが、それは出来ない。立て」
俺は無理やり平田の腕を持って立たせる。
そして、教室から連れ出して人気の少ない特別棟に引っ張っていく。
「平田。お前らしくない。お前の望んだDクラスはこのお通夜のような空気なのか?」
「僕らしい、か。綾小路くんは須藤君が退学したのに平気なんだね」
「須藤の退学は須藤の自己責任だろ。それに、退学しただけだ。」
「退学しただけ……か。」
「平田、お前だって本当は分かっているんだろ?この学校で退学することは珍しいことじゃないって、」
「だけど、、須藤くんが……。僕は何も出来なかった……」
平田は自分の無力さに打ちひしがれる。
「お前だけじゃない。俺もだ。俺も何も出来なかった。そして、皆もだ。」
「だが、この事実を無駄にするな。平田。」
「え?」
「言ってただろう。このDクラスは、不良品が集まる最後の砦だと。ここでリーダーのお前がそんな状態では退学者はどんどん出続けるぞ」
「それは……」
平田は頑なに俺に対して目を合わさない。
「平田。こっちを見ろ」
平田の顔を無理やり掴んで、俺と目を合わさせる。
平田が、俺を見る目は怯えてるように見えた。
「二つに一つだ。このクラスから退学者が出ていく様を見守るか。心を強く保ってみんなを引っ張るか。」
「それは、どっちもしんどい選択だね。」
「ああ。それは否定しない。後者を選べば今のお前のように、退学者が出た時、責任感は重くのしかかるだろう。だから、その時は俺を頼れ。俺も平田と同じ分だけ背負ってやる」
「綾小路くんは不思議だね。熱が無いように見えるのに、熱を与えられた感覚になる。」
「不思議と言えば、俺は最初、平田が自己犠牲を払ってまでDクラスのまとめ役をかって出てるのが不思議でならなかった。でも、この件で俺は分かったよ。何かあるんだろ?お前にも。学力、身体能力、協調性、全ての能力、標準以上の平田がDクラスなのにも、納得出来るだけの理由が。俺は今までその理由になんて興味が無かった。けど、今は違う。平田のこと聞きたいって思ってる。良かったら話してくれないか」
「ほんとに不思議だ。僕は墓までもって行こうと決めてた事なのに、今は綾小路くんに聞いて欲しいって思ってる」
それは、楽になりたいからだろう。
誰だって求めているのだ。
心の底をぶちまけても隣で入れる関係を。
綺麗な理性の内側にある醜い欲望をぶつけられる相手を。
そして、その先でしか俺の目標は得られない。
これは俺のリハーサルだ。
これが俺が須藤を退学するように仕向けた2つ目の理由。
誰よりも、そして何よりも、クラスメイトを大事にする平田。須藤の退学によって俺が壊した心は、俺によって今から再生される。それが成された時はもう既に俺の物だ。
「ああ、洋介。話してくれ。」
俺はずっと呼んでこなかった名前をここで呼ぶ。
洋介は滔々と過去を語り始めた。
小さい頃から仲良かった友達が、中学に入ってから虐めの対象になってしまったこと。
そしてそれを平田は見て見ぬふりした末、その少年は平田の前で飛び降り自殺した事。
そして何より恐ろしいことは、飛び降り自殺があったにも関わらず虐めは終わらなかった。
平田のクラスメイトの1人が標的となってしまう。
二度と同じ過ちを起こさないために平田は恐怖で支配しようとした。平田は躊躇なく本気で人を殴ることで恐怖を与えていた。中々できることじゃない。
喧嘩の仲裁に入った際には、両方に同じ痛みを与えた。結果的に、その学年は壊れてしまう。笑顔は消えて、ロボットのような無機質な毎日を送ることになり、学校側が強制的に全クラスを解体したらしい。その後は卒業まで厳しい監視の目が残り続けた。
思ったよりも相当ヘビーなものを抱えていた平田。
俺はかける言葉を慎重に選ぶ。
ここで失敗したら須藤の退学は報われないだろう。
微塵も思っていないことが頭に過り、少し思考が鈍るが、すぐに頭を振りその思考を取っ払う。
「洋介。いつまで夢を見てるつもりだ。」
「……!!」
「洋介。お前が見てるのは幻想だ。虐めを無くす。自殺を無くす。お前がどれだけ行動しようが世の中からこれらは無くならない。今もこの瞬間、どこかで虐められた人が命を投げ出してるかもしれない」
「そ、それは分かってる。でも、僕の目の前ではそんなことを起きて欲しくないんだ」
「須藤が退学して、喜ぶ人間がいるのは許せないか?」
「それは当然だよ。そんなことは間違ってる。」
「その考えこそ、夢なんだよ。須藤が反感を買うような言動を辞めさせて、皆の心情を上手いこと操作すれば平和だったかもな。でもそんなの、無機質なロボットと何が違う。人の考え方は多種多様で、善も悪もない。ただ、立場が違うだけなんだ。それを全部、自分の思うがままに統制しようなんてただのエゴだ。」
洋介は押し黙るように口を塞ぐ。
「それに、洋介は須藤の退学なんてほんとはどうでもよかったんだろ?クラスの平和が乱れたこと。そして、それが守れなかった自分への絶望。今のお前にある感情はそれだけだ。」
洋介はそんな事ないと言いたげな表情をするが、俺はそれを言葉される前に言葉を紡ぐ。
「そんなことあるさ。本当に須藤を助けたかったのなら、テスト1週間前まで放置するなんて有り得ないだろ。お前は実らない行動をして、頑張ったつもりかもしれないが、俺から言わせればそんなの本気じゃない。」
洋介は俺に言われた事実が胸に突き刺さる。
「胸に痛い言葉だね。それが綾小路くんの言葉なんだね。」
「洋介。それでも、お前が本当にその夢のような欲望をまだ持っているのなら、立ち上がれ。でも、これだけは肝に銘じておけ。洋介の欲望は理想だ。叶わなかった理想の積み重ねが現実なんだ。これからも、何度だって失敗する。それを背中に背負って前に立てるヤツだけが持っていい欲望なんだ。」
「残酷な……話だね。」
「最初にも言ったが、もしその選択をするのなら一緒に背負ってやる。」
「綾小路くんは……。こんな僕が前に立つことを許してくれるんだね。」
洋介。お前は勘違いしている。それはお前が望んだことじゃない。俺が望んだことなのだ。
「ああ。だから、下を向かずに前を向け」
もう、俯いた洋介は居なくなった。そして、これからも俯くことも立ち止まることも振り返ることも、弱音を吐くことも許さない。
その先には洋介の理想を実現する世界は無いからだ。
クラスのリーダーである洋介はクラスの女子生徒殆どから好意を向けられている。それら全てに答えているのに、周りはそれに違和感を感じない。
俺もこうなる必要がある。洋介は俺の教科書であり、あまり関わりの無い女子生徒のパイプラインでもあり、これからは俺の評価をさりげなく持ち上げてくれる広報大使となってくれるだろう。
だから、クラスのリーダーを下りられる訳にはいかないのだ。
――――――――――――――――――――――――――
教室に戻った洋介は、皆に声をかける。
いつもの洋介が戻ってきたと、そんな安心感が教室にたちこめる。
俺が洋介を連れ出した事実を知る生徒もちらほらいて、俺の方にも視線が飛んでくる。
ひとまずは表面上でもお通夜だった空気が回復した。
空元気かもしれない。
けれど、今はそれに救われる生徒も多い。
須藤の退学に向けて、綾小路がしていたことの種明かしと
平田の破壊と再生回です。
はやく、女の子とイチャイチャしたいです。