ドマイナー地方でチャンピオンやってるけど質問ある? 作:鯖村
或る男の独白。
目が覚めた時、私は一人だった。
持ち物は何もなく、傍には誰もいなかった。
自分が何者なのか、どう生きてきたのか、何を成したのか、何も分からない。
ただ凍り付いたような心で、無気力な歩みで、到底生きているとは言えないような体たらく。
そして、今はまだ何者でもないと言う子供に手を引かれてこの地を歩いた。
剥き出しの命が吠えるのを聞いた。
血塗れの命が強く躍動するのを見た。
人に、心に寄り添うような優しさなど微塵も感じさせない命のぶつかり合い。
それはただ強く熱く鮮やかで、何もかも捻じ伏せ苛烈に輝く、私は生きた太陽を見た。
記録が要る。
書かねばならないと思った、そして、書いて、書いて、書き続ければ、
凍えた心が、凝り固まった魂が、世界が変わる気がした。
死ぬ為に生き抜く苛烈にして純粋なこの世界を、私は私の目を通して知りたい。
乱雑に積まれた紙の束の一番上、白紙のそこにペンを走らせた。
——ジュラ地方覚書。
昼間も鬱蒼と暗いジュラの森の奥深く、人は疎かポケモンの気配すらしない蔦に覆われた神殿のすぐ傍に奇妙な建物がある。
神殿と同じく蔦に覆われた小さな四角の掘っ立て小屋、中は殆ど何もなく狭い空間には地下へ続く階段だけがある。これが地下への階段を保護する為だけに建てられた小屋だとすぐに分かるだろう。
地下は文様の彫られた石と無機質な鉄が混ざりあう小屋以上に奇妙な場所だった。常に機械が作動している空間では耳を澄ませば稼働音が聞こえてくる。
モーターの回る音に混じって人の足音が聞こえてくる、跳ねるような足音は子供のものだろう。
地下の一室で書き物をしていた男が手を止める。
「おじさんおじさん!」
元気の良い声と共に部屋に飛び込んでくる出会った時から変わらない少年へと向き直る。
「これ、ゼットさんが作ってって!」
何が楽しいのか会うと大抵笑顔の少年はUSBメモリを押し付けてくる、少年の後ろではゼットさんと呼ばれる同種に比べて挙動が二割増しでおかしいポリゴンZが高速回転しながら汚い声を上げている。二割増しは控えめな表現だったようだ。
「君は、私を何でも屋だとでも思っているのかな」
「何でも屋とは思ってないけど、オレにできないことは大体できる人って思ってる」
「……口の上手い子供だ」
押し付けられたデータから設計図を確認する、ポリゴンZと繋ぐ専用のカメラと連動するVR受信機。そんなに難しいものではない。
「最近遊び回っているあれか」
「えっ、おじさん配信見てくれてるの?」
「…………」
失言だった。
視線を合わさないまま、摘まもうかと思って用意しておいた炒ったきのみを差し出す、食べ物を差し出されると大人しく食べだす習性を持っていて助かる。
「それで、それがどんな機械なのかオレ分かんないんだけど」
「ポリゴンZ専用のカメラと、そのカメラの映像をVR映像としてリアルタイムで受信できる機械だ」
「うん」
「…………ポリゴンZの視点でジュラ地方を歩く体験ができる装置だ」
「すげー!」
我ながらぬるい対応だとは思うが、それ以上にジュラ地方に来てからこの少年の世話になってもいるのだ。
当時、金銭もポケモンも名前以外の記憶すらなくジュラに辿り着いた男の命綱がこの少年だった。
ジュラ地方を歩き回る上で一般的な人間の基準に疎いこの少年に何度も死にそうな目に遭わされたがそれ以上に何度も何度も救われてきた、頭が上がらないと言えばそうかもしれない。
「あと、手紙来てたよおじさん」
「普通はそちらを先に出すんだ」
「はーい」
渡された手紙は数年前に関わったイッシュ地方の小さな出版社だった、以前書き連ねた文章をまとめて送りつけたのを覚えている。
「内容聞いていいやつ?」
「……以前書いた本の重版をしないかと」
「おぉー! いいね、お祝いする? あ、配信出る?」
「結構だ」
小さな太陽と共に、日常は廻る。
配信前、混乱。
ゼットさんの手腕によりなんと!
お散歩にゲスト連れてけるかもです!!
こ り い き
@thorn_Jura
どゆこと?
こ り い き
@thorn_Jura
何々ついに未開の地に人間が???
こ り い き
いやジュラ地方人住んでるから
未開じゃな・・・・・・ないよな?
未開じゃないですよね???えっ?
待って未開の地ってどっから未開の地
こ り い き
@thorn_Jura
落ち着いてソーン君
未開でも都会でも君は蛮族
こ り い き
詳しいとこはよく分かんないですけど
なんかこうゼットさんが色々してくれて
視線とカメラが繋がって受信機で疑似VR?
みたいな感じに出来るらしいです!
こ り い き
まぁ配信内容何も決めてないけどね
ゼットさんもこんなん出来るかも~って
教えてくれたの昨日だし
こ り い き
機械は知り合いが作ってくれる!
すぐ出来るっぽいので
一緒に歩く人募集してみる!
こ り い き
リーグに呼び出された( ; ꒪⌓꒪)
こ り い き
@thorn_Jura
知ってた
こ り い き
・ライブ
【第一回】あジュラさんぽ!あ
XXX人が視聴中・XX分前に配信開始
配信画面上では普段と違い緊張気味の固い表情のソーンがポツンと立っている。
手には主に市街で使われるポケモンの散歩用リードが握られており、その先には風船のように浮かぶポリゴンZが繋がれている。
傍にはホログラムウィンドウが浮かんでおり、黒い画面には“Unknown”とだけ文字が浮かんでいる。
「あのー、オレ、次は散歩でもしよっかって言ったじゃないですか」
・言ったね
・言ったね
・楽しみにしてたぞ
・許可おりなかった?
・中止?
・怒られたか?
「あ、散歩は大丈夫です今日は散歩企画です」
・わーい
・やったー
・よかった
・楽しみ
・リーグに呼び出されたって言ってたから心配してたよ
「いや、それでなんか……なんかぁ、同行希望がいっぱい来て……」
見る間に顔をしょぼしょぼとさせるソーン、見た目は落ち込む子供そのものだったがコメント欄に同情の声は無かった。
・そりゃそうよ
・残当
・あったり前なんだよなぁ!?
・予想してなかったのか
・流石にそれは
・予想しとけよそんくらい
・来るに決まってんだろ天然サファリパークがよ
・倍率ヤバいことになってそ
・実際に対応した職員さんにお礼言っとけよ
「超ビックリした、リーグ行ったらフィラムにリスト渡されて、知ってる名前の凄い人達がこう、いっぱい、ズラッとリストアップされてて、全部一緒に散歩に行きたい人ですって、いっぱいいたんだよオレも名前知ってるし皆も名前知ってる人達が!」
・ソーン君そんなオロオロすることあるんだ
・一般人みたいな反応するじゃん
・自分もチャンピオンってお忘れか?
・前から思ってたけど君わりと有名人にはしゃぐタイプだよね
「なんか誰が行くかで揉めてたらしいし、流れが分かんないまま誰が良いか決めてよって言われたのが今までで一番怖かった体験かもしんない」
・それは怖い
・最後の最後に丸投げかよぉ!
・確かに嫌だわwww
・多分錚々たる顔ぶれだったんだろな
・好きな学者を連れ歩こう(ガチ)じゃん
・ゲスト決まったの?
「それで、あの、はい、ゲストです……」
ソーンが手で示すと“Unknown”と表記されていたホログラムウィンドウがザザ、と揺れて画面内にシルエットが現れる。
『やあ。配信をご覧の皆さん、こんにちは』
特徴的な赤い髪、爽やかな笑みを浮かべたセキエイリーグチャンピオン・ドラゴン使いのワタルが手を振っていた。
・ファッ!?!?!!!?!
・!?!?
・wwwwwwww
・!!!!!
・まじか
・えー!!!!!!!
・予想外wwwwwwwww
・ワタルさん!!!!!!!!!
・まじ????
・流石に予想してなかったな
・ワタルキタ!!!
・なにやってんすかチャンピオン
・クッソワロ
・意外だ
・いうてジュラとソーンがバズった元凶だし納得っちゃ納得
・そういや著名人では最速で反応してたね
突然のワタル登場に沸くコメント欄に一つのコメントが投下される。
・シロナ:ジュラ地方を見たいと言った数多の研究者とトレーナー達の全てを笑顔と無言の圧で黙らせた男よ、面構えが違うわ
・!?
・シロナ様!?!?
・!?!!!?
・本物!?
・シロナさんじゃん!
・なにしてんすかシロナ様・・・・・
・いや何してんの筆頭は竜王だわ
・ソーンくんシンオウチャンピオンが!!
・シロナさんだ!
・ソーン君!シロナ様シロナ様!!!!
・マジかよワタルさん
「えっ、シロナさん見てるんすか、うわホントだ、え、マジ?」
・シロナ様も配信見てるのか・・・・
・ワタルさんの特性はプレッシャーだったか
・シロナさんによる容赦ない暴露
・でもそれシロナ様も黙らされてないでs何でもないです
・なにやってんのセキエイリーグチャンピオン
・ワタルさん死ぬほど大人げなくて草
・会議の様子滅茶苦茶見てぇ~
「オレ、その会議? 終わってから来たんで知らないんですけど、何話してたんですか?」
『気にしなくていいさ。誰に決まっても皆何が見たいどこに行きたいと言うだろうと思ってね、折角散歩と言っているのにそれじゃ自由がないじゃないか』
「は、はい」
『ソーン君が行きたい場所に行って好きなことをしてほしい、それが見たい、その方が 絶 対 に 面白い』
・お、おぉう
・よう分かっとる
・第一回に相応しいゲスト
・絶対面白い(確信)
・えぇぇwwwwww
・ワタルさんwww
・もしやこの人ガチ勢か
・ええ・・・・
・正直学者が来るより視聴者的には面白いです
・面白いっていうか愉快っていうか
「……と、というわけで、セキエイリーグチャンピオンのワタルさんをゲストにお迎えして第一回ジュラ散歩! 行ってきます!!」
『行ってきます』
・うぇーーーい!
・イエーーーーイ!!!!!
・いってらー
・ワタルさんニッコニコで草
・逝ってらっしゃい
・絶対事故るよこの放送
そしてやけくそ気味に叫ぶソーンとそれを笑顔で見守るワタル、チャンピオン二人による放送事故の予感に満ちた散歩企画は生配信の同時接続者数を加速度的に増やしていきながら始まった。
・おまけ
「ジュラ地方覚書」より抜粋
◇ルチャブル
釣りがしたいと言う少年に付き合い湖の畔に座って過ごしていた時、ばさりと翼を翻す音が聞こえた。
これはまた何事かと振り返るとルチャブルが構えを取っていた。
彼らは見た目や習得技など他の地方で見られるルチャブルと大きな差はないがそれぞれ独自の装飾品のようなものを身につけている、これらは他のポケモンやトレーナーに勝った証であるらしい。
正々堂々した戦いを好むわりに勝つと相手のウロコやキバなどの目立つ部位を強奪していく追剥のような性質を持っているようだ。
ジュラ地方に数多いる腕試しポケモンだが、ルチャブルに限っては「ルチャブルを見たら腕試しポケモンと思え」とまで言われている。
多くのジュラの住民にとって幸いなのはルチャブルが挑むのは試練の証を持つ人間か同じ腕試しポケモンだけという点だろう。
私がルチャブルの姿を書き留めている間に少年は手持ちのポケモンと共に勝利を収めていた、膝をつくルチャブルが頭部に生える一際立派な羽根を毟って少年に握らせている。
変わった習性として腕試しに負けたルチャブルは己の最も立派な羽根を毟って相手に渡す、どこから始まったのかは不明だが群れを作らず生きるルチャブル達が揃って同じことをしているのでこれはルチャブル達にとってのルールなのだろう、逆に勝てば相手に同じ事を強いるのもまた彼らなりのルールのようだ。実に闘士じみたポケモンである。
しかし、彼らに押し付けられた羽根の管理に困った少年が戦利品をまとめて羽毛クッションにしたことを知った時、ルチャブル達はどう反応するのだろうか。
ジュラ地方覚書の筆者こと記憶喪失おじさん、遠い場所から来た人です。
そしてずっと出したかったワタルさん。
ソーンのことはジュラリーグ設立時に色々な情報と共に通常のバトルや腕試しポケモン達との死闘等の動画を資料として視聴し知りました。
プラスでワタルとリーグ委員長や当時からジュラリーグへの異動が決定していたシラーなどの限られた数人のみ本来なら見れないソーンが挑んだ神の試練の映像等を見た為にワタル氏の中でソーンは推しトレーナーになりました。実は記憶喪失おじさんと同じような感想を抱いています。
2話でソーンのTwitterへの反応がやたら早かったりRTしたわりに引用内容が微妙にズレていたのはとりあえず自分が何か拡散したら話題になるかなという応援と親切心でした。
それでも一応3日は待ったし呟く内容もRTしやすそうなものを選びました。
この度読者の方からジュラのポケモンのイメージイラストをいただきました!
活動報告にて掲載させていただいておりますので是非ご覧ください!