特務機関NERV/戦術作戦部作戦局第一課課長。階級は一尉である。
仰々しい肩書を持つこの人物の名を、葛城ミサトと言う。
「はぁ~なぁんだって、あたしが人事局の面接を担当するワケぇ~?」
メカメカしいNERVの廊下をとぼとぼと歩く彼女の背中には哀愁が漂っていた。
中間管理職としてエリートコースを歩んできた彼女は、重たい溜息を零しつつも、再三に渡り要請されていた新人の面接をすべく淡々とした足取りで面接会場となる、ジオフロント内の休憩室の一角に向かった。
「ジオフロントに入れちゃってる時点で合格は確定してるってことよね?なのに、なんで人事部があたしに泣きついて来るのかしら…面倒ごとにだけはなりませんように~…。」
「あら、ミサト、貴女まだこんなところにいたの?」
誰に向けてでもなく手を合わせるミサトに声をかける者が居た。
ミサトの親友である赤木リツコである。リツコは湯気の上がるコーヒーの入ったマグカップを片手に、ミサトの遅刻を茶化すように言った。
「なによ、まだ時間には間に合う筈でしょ?本来関係のないあたしに回されるなんて、十中八九厄介ごとよ!」
「案外違うかもしれないわよ?それと、向こうは貴女のことをもう一時間近くまえから待ってたみたい。なんでも間を持たせる筈の案内担当が逃げ出したらしいわ。」
「えぇ!?冗談でしょ?案内役が逃げるってどういうことよ…。」
「ふふ、会ってみればわかるわ。」
「?…はぁ、気が重いけどもう待たせられないわよねぇ。」
最近は何かと組織の対立が過熱ぎみであり、使徒襲来とその対処だけに全力を注ぎたいNERVと、利権や予算を手放したくない政府や国連軍、そして官僚組織があって初めて動く現状により、被害補填やエヴァの修復だけで、ここ最近は輪をかけて忙しかった。
寝不足で隈が隠せていないリツコが、何故か終始楽しそうだったことが良くも悪くも気がかりだった。
何事かの厄介の予感に辟易しながらも、ミサトは面接を待つ相手の元へ急いだ。
「なるほど、全て理解したわ。」
「久しぶりだなミサト…いや、本日はよろしくお願い致します葛城一尉。」
「…久しぶりね、キンちゃん。10何年振りかしら?あと仕事中を除いて、今まで通り呼んでくれていいから。」
「わかった。ありがとう。会えて嬉しいよ、今日は面接よろしく。」
覇気を放つ一角に覚悟を決めて来てみれば、そこに居たのは懐かし過ぎる顔だった。
あまりにも懐かしくてつい何と言葉を掛ければいいのかわからなかったミサトに対して、キンゴは最後に会った時から少しも変わっていない様子だった。誰から見ても覇気というか威圧感が強い。
お陰か周囲に人がいないのをいいことに、二人は軽い挨拶を交わしてから、互いを名前で呼びながら面接を開始した。
「はぁー、なるほどね。そりゃあ逃げるわよ。」
「何のことだ?」
ミサトは机の上に積まれたファイル資料を読んで、案内役の三尉ていどでは腰が引けて仕方なかっただろうと、気の毒に思った。
「あなたのことよ、ここまで案内してくれた人が居たでしょ?」
「あぁ、見えなくなってしまったが。」
「あ~あれね、キンちゃんの経歴にビビっちゃったのよ。多分ね。」
自覚が無いわけではなく、辞職済みの自分は完全にフリーだと思っているな…と、ミサトはキンゴにジト目を向けた。
無理もないだろう、幹部候補生を一年で修了し飛び級で卒業。13歳でアメリカに飛び、一か月足らずでグリーンベレーを最年少で獲得。既に異例尽くしだが、ここから更に毎年の如く昇進を重ねてつい昨日までは現役の国連軍大佐として第三新東京方面一個師団の指揮を担うと共に、戦略自衛隊でも実働部隊の領袖として辣腕を振るっていたのだ。
世が世なら世界大戦の総司令官や参謀総長を務めていてもおかしくない傑物である。そんな男が、使徒戦を鑑みて最も世のため人のためになる選択として、今までのキャリアを全て投げ捨てて、態々ゼロからNERVに自分を売り込みに来たのである。
ビビらない訳が無かった。例えるなら合衆国大統領に対して、高校生の政治マニアに政治を論じろと命じるようなものである。
「そんなことあるのか?」
「読み上げてあげましょうか?」
「いや、必要ない。今の俺は就活真っ最中の29歳だ。」
そんな訳があるか…手書きの履歴書だけを手に持って、いつの間にかジオフロントに侵入してしまう就活生がいてたまるか。
「あ、そお~…ま、いいわ。それで、どうして当社をご希望に?」
「はい。貴社への入社を希望したのは、今日の情勢を鑑みた際に私の能力を最も有効に活用するためには、人類防衛の最前線たるNERVへの所属が不可欠だと考えたからであります。」
お手本のような志望動機。しかし、ミサトに顔は渋かった。
「マジメねぇ…。まぁわかってると思うけど、ここまで入れて貰ってるからには合格は確定してるんだけど、この希望の部署が警備課の要人警護班っていうのは何の冗談かしら?」
一点を除いて、あらゆる点が完璧。寧ろ頭を下げて迎え入れたい人材だった。しかし、問題は肝心の希望部署が基地施設や個人を護衛する部署だったということだ。
ミサトとて優秀である。ここまでくればナゼ自分が呼ばれたのか理解できる。
要するに、目の前の人材を彼の希望通りの部署に配置していいのか、という判断をNERVの作戦指揮責任者に任せたいということである。
ミサトには、高度な戦術戦略の知識も経験も才能も揃っている人物が態々担うべき仕事だとは思えなかった。
だが、目の前の人間の事を深く知っているからこそ、彼の真意を聞いてみたかった。そして出来るならばその理由に納得して背中を押したかった。
「ねぇ、キンちゃん…どうしてこの部署が良いの?貴方は、こういうのは変だけど私より私の仕事に向いてると思うの。作戦や指揮に関わるような立場、そう成りたかったからこれまで頑張って来たんじゃないの?」
ミサトの言葉は少し重くなっていた。彼女の言葉を聞いて、キンゴは頷いた。それからミサトの眼をしっかりと見据えて自分の今の目標について語った。
「ああ、その通りだ。だが、今はもう違う。昨日の使徒戦を見て、違うのだと理解できた。」
「これまで俺は人間同士の戦いだけを追求してきた。より効率的に、より計画的に、より実践的に…俺は研究を重ねて来たつもりだ。」
「だが…もうこのままでは、何の意味もないことが理解できた。人間社会が残らなければ、俺が追及してきたものは何一つ役に立たないまま。そのまま世界が先に滅びる。」
「だが、俺自身にあの巨大人型兵器を操縦することはできない。そして、その道の専門家でもない。俺はあの使徒とやらに対して余りにも無力だった。唯一できたことは、誰一人死なせずに隷下部隊を撤収させたことくらいだ。」
「何かしたい。だが無力だ。既存のあらゆる対人戦争の戦略戦術の経験も才能も役に立たなくなった。こうなった時、俺には一人の兵士として、軍人としての自分しか遺らなかった。」
「だから、対使徒戦の指揮は取れない。既存の対人戦闘の偏見や傾向に俺の思考は染まりすぎているからな。」
「だから、俺達の代わりに対使徒戦争の核を担う<ミサト>や<リツコ>…そしてあの<子供たち>を同じ<人間>から守るために働くことにした。全てが終わった後で、俺はまた軍政家なり司令官なりに戻るさ。」
「…そう、なら私が止める理由もなかったかぁ…。」
「そういうことだ。可能なら明日からでも務めさせて欲しい。」
「キンちゃんてマジメな割に無茶言うわね。うん、でも話は通しておくから…だから、これからよろしくね?」
「あぁ、よろしくお願いする。」
「全てが終わった後…か。」
席を辞して遠ざかるキンゴの背中を見つめながら、ミサトは呟いた。
考えたこともなかった全てが終わった後の事。ミサトはすくなくとも、明日のことを考えてはいる。何を食べたいとか、何をするとか。
でも、果たして何年も後の事を考えたことがあっただろうか。未来について考えたことがあっただろうか…。
いや未来も夢も、どこかで止まってしまったままの自分達には考えてもみなかったことだった。想像もしたことの無かったこと。
「キンちゃんは…やっぱり、大人だね。」
何か変えの効かないものを皆、失ってしまった。家族だったり、恋人だったり、ペットだったり、思い出だったり、自分自身だったり。
今、大人になってる人達のどれだけが、彼の様に大人になれたんだろう。ミサトは胸が苦しくなり、抑えた胸の中心で手を握りしめた。手の中で確かな冷たく硬い感触があって、いつもみたいに安心したかった。
けれど、どうだろう。安心、していいのかな。今まで自分が向き合ってきた方向、そこに本当に自分が欲しかったもの、失った何かの補償が待っているのかな。
ミサトには、まだわからなかった。
面接は合格。希望通りの部署に配属し、基本的なジオフロント内部での事務を覚えて貰ってから個人の警護や施設の警備体制に関する顧問として働くことになった。
約束通り明日から、大谷キンゴは特務機関NERV警備部警備局警務課の要人警護班班長としての肩書を得た。