キンゴが去った今、無駄に広い執務室には冬月コウゾウと碇ゲンドウの二人だけが残された。
「いやはや…流石は将来は国連軍最高司令官に嘱望されただけの逸材だな、覇気が違った。」
「だが…碇、本当にあんなことを確約してしまってよかったのか?例え口約束だとしても、大袈裟が過ぎやしないか?」
冬月の疑問には共感を覚えるのが当然だ。何故ならゲンドウの発言が実現すれば、それは右も左も分からない新入社員がいきなり親会社との巨大プランの陣頭指揮を任されるようなことだったからだ。
だが、ゲンドウは珍しく慎重に言葉を選びながら冬月の<誤解>を解き、その上で自身の真意を伝えるべく言葉を紡いだ。
「冬月、大谷キンゴの資料は読んだか?」
「?いいや、まだだが。それがどうかしたのか?今日は言ったばかりの新人だぞ?勿論優秀であることは理解しているが…。」
ゲンドウはデスクの上で厳重に封印されていたであろう、生体認証キーまで付いたアタッシェケースに納められたファイルを冬月に手渡した。
「何かねこれは?」
「大谷キンゴの表向きの経歴だ。」
「ほぉ…こ、これは凄まじいな…。」
ゲンドウに促されて資料を読み込み始めた冬月は驚嘆の声を上げた。その驚嘆は嫉妬の念すら浮かばない程の、戦争という概念に対するキンゴの非凡さへの畏敬の念すら混じっていた。
………
……
…
名前 大谷キンゴ
生年月日 1986年6月28日
年齢 29歳
性別 男性
身長 189cm
体重 101kg
血液型 O型
経歴
・10歳で自衛隊に志願し、卓越した身体能力等を考慮し極めて異例ながら幹部候補として訓練に参加。
・11歳で幹部候補の過程を修了とする。
・12歳で教導団に所属。<三尉>として原隊経験を積む。
・史上最年少13歳で<米国特殊作戦群隊員>の資格を取得
・2003年9月13日に起きたセカンドインパクトにより重傷を負い昏睡状態に陥ったため、闘病中の13歳後半から17歳までに目立った経歴はない。
・18歳の時に<第二東京大学>に進学する。当初は学生身分だったが、国防や軍事の知識経験を見込まれて安全保障・地政学・建築学・機械工学などに関する非常勤講師を務めた。
・在学中に国連軍<大尉>に昇進。<統合作戦参謀本部>に所属。
・19歳の時に単身ドイツへ軍事留学。高度な技術将校としての腕を買われ国連軍欧州方面軍で<技術少佐>として数カ月間勤務した。
・20歳の時に戦略自衛隊第三新東京市方面教導団へ<二佐>待遇で所属、直属の<対人機動戦大隊>を組織する。
・22歳の時に戦略自衛隊第三新東京方面の<作戦部長>に就任。直下大隊の機動運用による<電撃的戦略拠点占拠>に関して研究。
・23歳の時に国連軍極東方面軍の<中佐>に昇進。統合作戦参謀本部の<戦略・戦術研究室室長>に就任。<極東有事>に際し、空母を中核とする敵攻撃艦隊並びに日本列島への大規模上陸作戦を想定した戦争要綱に関して提言。<日本本土防衛>と<日本本土制圧>両方の可能性を考慮したダブルプランを立案する。
・24歳の時に再びドイツへ、この際は軍事顧問として招聘を受ける。
・三年間ドイツで技術部門並びに<質的に同等な戦力同士の戦争において有効な戦術>研究の責任者として勤務する。
・27歳で国連軍欧州方面軍最高司令部の推薦を受けて<大佐>に昇進。この時、上層部からの強い後押しにより30歳での少将昇進も確約される。
・同年、国連軍極東方面軍の全権参謀として第三新東京市方面軍に移動。同総司令部の作戦部作戦局を統括する。
・28歳で戦略自衛隊<一佐>に昇進と同時に第三新東京市方面教導団一個師団の総司令官に就任する。
・29歳の時に内務省からの指名で戦略自衛隊に新設される<特殊急襲戦隊>の総司令官に就任する。この部隊は前述の対人機動戦大隊が前身となっており、命令系統上優先される席順がより高位に移動したことを示す。
・同年、使徒襲来に伴い国連軍第三新東京方面軍並びに特殊急襲戦隊の中枢で指揮を執る。N²兵器使用に対しては消極的姿勢を示し、結果的に使用予定時刻を15分間保留させ、その間に民間人と隷下国連軍及び戦自部隊の完全撤収に成功している。
・同年、使徒襲来の翌日に辞表を提出。全キャリアを中断する。
・同年、辞表提出の翌日。NERVに面接を取り付け、プレゼンテーションとして単身無断侵入を告知。これを有言実行する。
・同年同日、面接に合格。面接官は葛城ミサト一尉。配属予定は警備部警備局警務課要人警護班。その経歴を鑑みて一尉待遇として警護班班長へと推薦する旨、葛城一尉より具申あり。
特記事項
・最終階級
:国連軍大佐 国連軍極東軍 第三新東京市方面軍司令部 作戦部 作戦部長
:戦略自衛隊一佐 第三新方面教導団 及び 特殊急襲戦隊 総司令官
…
……
………
「いや、はや…本当に、否、予想をはるかに超えて来たな。本当に凄まじい経歴だ。」
冬月の声に対して、しかしゲンドウは不満げに答えた。
「冬月、違和感はないか?」
「違和感?…14歳から17歳までの経歴が含まれていない…ということくらいか?それ以外は完璧すぎるほどだ。」
「そうだ、そこだ。」
「…セカンドインパクトと何か関連があるとでもいうのかね?」
空白の約4年間。そこが違和感の源だとゲンドウが肯定すると、冬月の表情に緊張が浮かんだ。
セカンドインパクト…その大災害により人類社会は滅亡の危機に晒された。未だ記憶に新しい忌々しい悲劇である。有史以来の謎多き大事件への関係、その一点に限定したとしても、超越的な傑物という評価に留まっていた大谷キンゴへの警戒心が冬月の中で膨れ上がるのは当然のことだった。
彼らにはそれだけの謎を共有しており、その謎にセカンドインパクトは深く関係していたからだ。
「…わからん。だが、逆を言えば<わからない>と言うことが判明した。これは大きな収穫だ。国連の上に居座る老人達が、挙って大谷キンゴに御執心だった、というだけでも調べる価値はある。」
大谷キンゴが何を知っているのか。何を知っていないのか。それどころか、欠落した資料の存在にすら今初めて気がついたのである。
冬月は先ほど実際に会った時に感じた覇気や泰然自若な雰囲気に、一種の不気味さを追加した。第一印象で飲まれていたのは自分たちの方であった。そのことを当人が居なくなった後でようやく理解できたのだ。
「…スパイか?」
「いいや、違う。寸鉄帯びずにジオフロントに不法侵入するほどの男だ。もしもするつもりなら最初から何も言わずにやっている。暗殺も、な。」
「ああ、そうだろうな。」
冬月はゾッとした。十分にあり得る話だったからだ。
なるほど、使徒以外にも人間にもまだまだあれほどの可能性を秘めた突然変異種がいるのだな、と自身の見解を修正した。
「それで、碇、君はどうする?調べるにしても、あの男に頼むのか?それとも、自分で上に探りを?」
「…まずは鈴を鳴らす。それから老人の反応をみてから判断する。もしも、釣り針に引っかかればそのまま引くもよし、釣り上げずに泳がせるも良し。我々は我々の計画の為に、まずは大谷キンゴに十分に働いてもらうとしよう。それだけの実力はある筈だ。」
「そして、何より老人の手で育てられた牙が彼らに向かう状況を、君は楽しんでいるんじゃないかね?」
ゲンドウは手を顔の前で組み、隠した口元でほくそ笑んだ。言葉を使わずとも、人の悪い笑顔で付き合いの長い冬月は容易に察しがついた。
その笑みを見て何かを思い出した冬月はため息を呑みこんで、それからさり気なく声を掛けた。
「なるほど、概ね賛成だが…結局、息子には会わんのか?」
「……デッキで会った。十分だろう。」
「……父としては落第だな。」
「………」
あんまりな返答に今度こそ冬月のため息が漏れた。
冬月からの呆れに満ちた直言にもゲンドウは何も言わず、ただ僅かに顔を顰めたのだった。