通常の事務仕事の研修を受けること三日で修了。
今日から改めて、要人警護官として初任務の日である。
直属の上司がミサトになっている点は、恐らくミサトが気を利かせてくれたのだろうが…何か推薦でも書いて「なら君がやれ」的なことを言われたんだろうな…。
俺にとっては願っても無い好条件である。ともかく思ったよりも円滑にここまで事が運んだのだ。
俺以外は保安要員という言い方らしいのだが、そう言った面々と顔合わせしつつ、いきなりミサトの一声で「今日から俺が君たちの班長だからよろしく」なんて言っていいものかと不安だったが…案外上手くいった。
不本意ながら前職の権威をそのまま尊重してくれる方々が多く、寧ろ前班長は気が楽になったと言っていた。そんなわけで、俺は班長としての各種事務処理もこなしていた訳なんだが…急遽、退院した護衛対象との面会の場が用意されることになったのである。
企画者はリツコとミサトだった。二人の口から直接聞いたので間違いない。
…二人は俺に何を期待しているんだろう?
学校に迎えに行って、そのままレストランで食事会…ここには何故かリツコも来る。
いや態々…有給の出汁に使わなくても普通に休んでくれれば良いのに。手が足りないなら俺に任せてくれよ…こう見えてナオコには結構好かれてるんだ。流石に専門のリツコには叶わないが、俺が非番の時は情報技術将校として使ってくれてもいい旨電話しておこう。
食事の後はミサトの家に送り届けて、それから一晩実地検分させて貰う。周囲の状況だとか、警備上の問題だとか…色々だ。あと翌日からの通学時の経路の選定と、緊急時の脱出通路も見つけておく必要がある。
ここら辺はコンピューターがあればそれこそ一瞬で経路の選定は終わるんだが…そこで終わらないのが俺の仕事だ。何十回何百回と同じ道を走行し、信号の間隔を時間も距離も頭に叩き込む。
人流の頻度も考慮して、特に早朝はどれだけ短時間で安全に学校に到着するのかが腕の見せ所だな。信号に捉まらず、事故があってもスムーズに経路を変更できて、なおかつラッシュアワーに絡め取られない。この三つが鉄則になるだろう。
学校に通ってる最中は待機だが…正直暇だ。本部に戻るにしても遠いから億劫だし…当面は暇潰しの為に頭を使うことになりそうだな。
腕時計を見ると時間は15:00をちょうど回った頃。そろそろミサトとリツコと一緒に<サード・チルドレン>こと碇シンジを迎えに行こうか。
覚えたての事務仕事を一週間分熟してから、デスクの引き出しを開錠した。
そこには二つの車のキーと二丁の拳銃があった。それぞれ支給品と俺の私物。
支給品は国産車の黒いセダンで非防弾仕様だった。これじゃ普通の高級乗用車と変わらないな。銃は保安要員に配られるのと同じ物、H&KのUSP自動拳銃である。
いや、<USP拳銃だけ>である。これ以上の自動小銃レベルの小火器の装備は非常時に限定されているとかどうとか…仮にも準軍事組織ならもっと重装備でもいいはずだ。結局、ここからは先日碇司令から申しつけられた自由裁量を早速行使することになった。
俺はこれまで使う機会の無かった貯金で初めて私物として銃を購入した。戦自技研やら、極東軍から放出品を融通してもらい型落ち品を自力で改装したり、或いはコネのある銃器製造企業に直接連絡して売って貰った。
車は防弾ではないなど論外であるため、ドイツで技術顧問をした大手高級車メーカーに特注で作らせたものが昨日届いたばかりである。
予算が乏しいことにそもそも問題がある気がするが…まだ今は何も言うまい。ダメ出しはジオフロント全域の調査が終わってからにしよう。
結果、用意できたのがこちら。主兵装がH&K社XM8アサルトライフル、補助がFN Five-seveN(FN57)拳銃である。ねじ切り済みだが肝心のサプレッサーが保安上の理由で上に足止めされている所為でまだ届いていない。だが、撃てればそこまで問題はない。
次に車だが、正直昨日届いて俺もまだ見ていない。カタログでしか見ていなかったので、これはミサトとリツコを乗せた時のお楽しみにしよう。
支給品を押しのけて私物だけ取ると、与えられた部屋を後にした。
時間までには駐車場に来るだろうから、俺は一足先に出口付近のベンチにでも腰かけて待っていようか。
司令部を通り越し、少しずつ上昇していくランプを見上げながら今後の事を考えていた。
地上が遠いのでエレベーターの中で装備を点検することは少なくない。XM8は向こうで車両の方に積み込んで貰ったから手元にはない。チェックすべきは生命線となるハンドガンだ。
「見取り図と言い、支給品といい…此処は急襲攻撃への緊張感が皆無だな。まずは人間を鍛えるところから必要になりそうだ。」
俺は思わず独り言を呟いてしまう。頼りなさといったら入ったばかりの頃の戦自の比ではない。
「…根本的に人間に攻められることを考慮していない、と言う事なのだろうな。」
独り言を零しながら作業を続ける。
正面が北側で真上から見た頭を中心に3時の位置、ローライドで外付けしたカイデックスホルスターからFN57を引き抜き、銃口を何も無い真横に向け、左手で上から掴んだスライドを反対に押す様に動かす。
カシンッ…と音を立ててスライドが完全に引かれると、使用弾薬であり名前の由来にもなった5.7mm弾が薬室に一発、マガジンからばねの力で押し出されて装填される。
スライドを戻したら安全装置を外したまま、腰のホルスターに戻す。いざとなったら数秒で片が付いてしまう。死ぬ間際に安全装置を外すのに手間取って後悔したくない。これで、何時でも撃てる。
普通の顔合わせだと言うのに、本来なら一人の護衛対象が三人も一堂にかえすとなると何となく緊張を覚えた。首元の無地の黒のタイを緩めた。今日は黒づくめだから少し熱い気もする。シャツも靴もスーツも、あとパンツも黒だった。
チーン!と気の抜けるエレベーターの音がした。考え事をしていると、地上までさほど遠くない物かと勘違いしてしまうな。