キンゴ・オオタニ   作:ヤン・デ・レェ

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俺は今来たところ

駐車場に行くと、何故か俺より先にリツコが居た。早いな、随分と。

 

首を傾げながら悠々近づいていくと、香水の匂いがして、鼻を鳴らすとリツコがこっちに気づいた。

 

「あら、女性を待たせた挙句、会って早々に鼻を鳴らすなんてどうなのかしら?」

 

「いや、すまん。好きなニオイだったから、つい。他意はない。臭くないから安心しろ。」

 

頭を軽く下げると上から微笑が降って来た。

 

「ふふ、余計な一言がなかったら百点満点の回答ね。」

 

「そんなに褒められると照れる。」

 

「でも、女を喜ばせる気概はまだまだね。」

 

「そうなのか?」

 

百点の敷居が低すぎてリツコのことが心配になった。安堵も束の間、大学時代以来の男としてダメ出しを食らった。

 

「キンちゃんて自分の顔を鏡で見たことあるのかしら?」

 

「あるぞ。」

 

何言ってんだ?毎日見てるぞ。いっそ見飽きるくらいだ。

 

だが、俺の返答に不満があるのか、リツコは手の掛かる子供に漏らすみたいな溜息を吐いてから俺の頬を突いてきた。

 

いたいぞリツコ。痛くないけど。

 

「…あのね、その顔で無表情のまま照れると答えても、普通の女は貴方が嫌味を口にしたと思うわよ。」

 

「外見と中身に恵まれてることに気づいてるのかしら?」

 

ううん。そうだったのか。今気づいた…いや、どっかで聞いたことがある気もする。

 

…ドイツで酔ったリョウジに頭を齧られながら言われた覚えがあるな。

 

「そうだったのか…。今気づいた。」

 

「大学時代にも何度も注意してきたはずなのだけれど…」

 

「すまん、今後も世話を掛ける。」

 

また頭を下げた。感謝となんかごめんって感情だ。

 

「いいのよ、キンちゃんは日常生活が苦手なんですもの。普通の時ほど手が掛かるのに、いざとなったら頼れるなんて天性のギャップだわ。どんな相手もイチコロよ?」

 

「リツコもか?」

 

必殺なのか?殺傷能力高すぎないか?気になったので目の前の彼女にも聞かずには居られまい。

 

「でなきゃ私もミサトも毎日貴方の家まで片道一時間通ったりしなかったわよ。そもそもあのミサトに世話焼かれる時点でお察しね。」

 

うぅ…ぐぅの音も出ない。確かに俺は買った端から食器やらを割るせいで紙の皿と鉄の箸しか使えないが、だからってミサトに食事の世話までされるなんて…悔しいような嬉しいような…。

 

 

 

ミサトが来るまでの間、旧交を温めていると本当に熱くなってきた。主に羞恥というか何というかである。

 

「この話はここまでにしないか?なんだか汗が出てきてな。それより、この前は驚いたぞ。いきなり乗り込んでくるなんて。」

 

俺の提案に乗ってくれたリツコに指摘されたことで首を傾げると、「そういうところよ」と言われた。急いで首を戻した。

 

リツコとはこの前会ったのだが、ジオフロントに入って一番初めに俺を見つけたのがリツコだった。そりゃMAGIんとこに居たんだから当然と言えば当然だが。

 

隠密潜入してた俺が乗ってるエレベーターに態々偶然を装って乗り込んできたからびっくりした。

 

「ドイツの方でもさぞかし引く手数多だったのね、電話も手紙もくれないし。会えなかった腹いせね。」

 

「いや、面目ない。でも、あまりにも当然のごとく乗って来たから心臓が止まるかと思った。」

 

そういわれては何も言えない。「連絡は俺に任せろ」と言っていたリョウジの顔が浮かんだ。アイツ…。

 

「なら次から不法侵入はしないことね、母が真っ先に見つけて知らせて来たわよ?それに気づいたことがあるの、キンちゃんって驚くと目だけが見開いて円くなるから体は大きいのに小動物みたいな可愛さがあるわ。」

 

「え、そうだったのか。」

 

初耳すぎる。

 

「えぇ、年上には一番効くの。今も昔も衰え知らずだから私は純粋に心配になるわよ。キンちゃん、仕事以外だとコロッと人に騙されちゃいそう。」

 

「流石に引っかからないと、思うが…なぁ、まだ怒ってるのか?別に距離を置いてたわけじゃないし、近くにはリョウジもいたから、てっきりリョウジから話を聞いてるもんだとばかり…ごめん。忙しかったんだよ。」

 

白衣ってなんかお母さんみたいなイメージが俺の中にはある。だから、上品な服装の上に白衣を纏ったままのリツコに見つめられると、いたたまれなくなり謝ってしまった。

 

経験はないが、授業参観でドベやらかした時に心の中で母親に謝る子供の気持ちが分かった気がする。

 

「いいのよ、私は嬉しかっただけ。久しぶりに会えて意地悪しすぎちゃったかしら?」

 

 

 

俺への信用度が一部低すぎて俺は自信が無くなりそうである。

 

「俺が可愛いだとか、そういうのは置いといてだな。仕事、忙しくなかったのか?今日は早いじゃないか。」

 

「あぁ、最初に聴くのかと思って説明の準備をしてたの。無駄にならずに済みそうね。」

 

やっと聞きたかったことを聞けた気がする。リツコも話す気満々だったみたいだ。

 

「無駄とか言うなよ、後でこっそりリツコの方から教えてくれてもいいんだから。」

 

「そういうことじゃないのよねぇ…。まぁいいわ、そういうところが長所だものね?」

 

「?かもしれないな?」

 

無駄って言葉は好きくない。好きなリツコが使う無駄はもっと好きくない。

 

寂しくなってつい無理を言ってしまい、また笑われた。

 

顔に出ているくらい的外れな真剣さを発揮してしまったようだ。すこし恥ずかしさはあるが、泣かれるよりずっといい。

 

「ふふふ…笑っちゃったわ、ごめんなさい。えぇと、簡単に説明すると冬月副司令からの計らいかしら?」

 

「謀られたのか?」

 

俺は身構えた。咄嗟にリツコを背に庇って腰の銃に手を伸ばしたが、周囲に人の気配もない…よかった。

 

「多分そっちじゃないわ。」

 

「そうか、じゃあ気を遣ってくれたということか?」

 

冬月副司令は良い上司なのか?

 

「そうみたい…私たちと言うより、貴方とシンジ君に対してだと考えるのが妥当ね。」

 

「なるほど、それなら正直に言ってくれれば助かるのだが。」

 

ミサトとリツコと食事が出来る上に護衛対象をじっくり観察できる機会は貴重だ。是非にでも貰いたい。人となりが分かる方が守る方も必死に守る気になれる。

 

「そうね、確かに予定に書かれてたら立ち話じゃなくて、私のラボでコーヒーを飲みながら話してたでしょうけど。」

 

「あぁ、だから今度は館内放送で事前に教えてくれ。」

 

「無茶を言うわねぇ…。恐らくだけど、司令にも気を遣ったのよ。」

 

「ん?あ、そういえば碇同士か…親子仲が悪いのか?」

 

冬月副司令はなにかと気苦労が多いようだ。だが、幸いに俺には全く関係が無い類の話題だな。親子仲…実の親が居ないからわからないな。病院でも軍でもちやほやされて育ったし…いや、それが意味を為さないから今ここに居る訳だが。

 

「親子仲が悪いって単純な問題じゃないけど、でもそういうコトね…。」

 

「うむ。少し共感し辛いな。お互い大人と子供なのだから尚更。」

 

「ふふ…キンちゃんには縁が無い話よ…私もね…キンちゃんのお陰で共感せずに済んだのよ?」

 

何かしたかな?…わからない。でも、リツコはもう怒ってないみたいだな。母親を取られたと思って初対面で本気ビンタされた時のことがフラッシュバックして体がビクッとする。

 

なんだかムズムズする視線を感じてリツコを見ると、何だか楽しそうだった。俺はそっぽを向いてしまいそうになる。

 

なんかナオコみたいだと思った。優しく微笑まれてこそばゆい。でも温かいくていいな、これ。

 

 

 

「いきなり暇になったからこうして、殿方のエスコートを待ってた甲斐があったわ。リョウちゃんも来れたら揃ったのにね?」

 

「うん、そうだな。でも、アイツ酔うと俺に凄い構うんだよ。」

 

「惚れてるのよ。」

 

「まさか。」

 

「冗談よ。」

 

ちょっと変な、でも心地いい雰囲気に浸っているとリツコが言った。何を言い出すのかと思ったが、幸いなことに冗談だった。

 

腕時計を見る。もう15:30になっていた。屋内駐車場は時間の感覚が鈍るから苦手だ。薄暗くて少し怖いしな。

 

四時前にはNERVを出たいから…帰宅部のシンジ少年を待たせず急かさずに済むには…。

 

時間を逆算していると、腕時計を一瞥したリツコが車を指差して言った。

 

「そろそろミサトも来る頃ね、エンジンだけでも掛けておかないの?」

 

「そうだが…いや、ちょっと待ってくれ。ミサトも来てから三人で<じゃーん>をしたい。」

 

リツコには悪いが俺にも譲れないものがある。俺は車に懸かった黒いカバーを引っ張って<じゃーん>する振りをしてリツコに訴えた。

 

「それミサトの前で言ってあげたら?」

 

「やだよ、ちょっと照れる。」

 

「ふふふ…嫉妬しちゃうわ?」

 

「次は遅れてくればいい。あと三台は注文する予定だ。」

 

「天然なのか天才なのか…多分どっちもね。」

 

「?」

 

意地悪をまた言われてしまった。でも、今度はまた優しい目で俺を見つめてくる。

 

や、やめろぉ!その眼差しは俺に効くッ!

 

俺はミサトが来るまでの数分間、リツコの微笑から逃げるようにレストランで頼むものについて考えを巡らせた。

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