魔剣凄春譚   作:桜餅

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第二話 壬生狼、便利屋と相見える!

 

 

 

 

 

 土方さん。

 総司は今、風呂に浸かっています。

 

 

 風呂といっても、土方さんが良順先生のススメを受けて屯所に拵えてくれた簡素な造りの風呂でも、江戸のいわゆる鉄砲風呂でも、関西で流行ってた五右衛門風呂でもありません。

 蓋を開けっぱにした棺桶のような、珍妙な形の風呂です。

 火もついて無いとゆーのに、半端()ねーあったかさです。

 どういう仕組みになってるのか、わたしを快く拾って下さったカヨコさんに話を聞いてみたんですが、どーやらカヨコさんも詳しくは知らない様子。

 まァ、わたしだって身の廻りの家具だの寝具だのがどーやって出来たのか説明してみろと言われたって、頭をかかえて困るしかありません。お手上げです。総司、お手上げ。

 それに、知った所でなにかができる訳じゃありませんしね。湯屋になるつもりなら話は違ってきますけど。

 や、そんな事はどうだっていーんです。

 問題なのは、わたしがこうして幕末から違う時代へと飛ばされるのは、これで二度目になるって事です。

 やってらんねーってカンジっす、正直。

 柳生さんと一緒に鬼を退治し終わった後、旗本奴と共に組を立ち上げて江戸市中の警護に就くことを四百石で持ちかけられるも、尻尾を巻いて逐電した所までは覚えてます。

 が、そこから先の記憶が、ぽっかり空いちゃってるんです。

 そうして気付けば、この街に──『きゔぉとす』なる面妖な街に辿り着いていました。

 物覚えは良い方だと自分では思っていたので、ちょっと凹んでます。

 なにはともあれ、辿り着いてしまった以上は仕様がありません。

 帰る手段は思いつきませんし、そもそも帰るといっても、江戸と幕末のどちらに帰ればいいのやら。

 でも、呼ばれたからにはきっと──ここで果たすべき役割が、沖田総司にはあるんでしょう。

 今のところはサッパリ見当つきません。けどまあ、時を超えて江戸へ来た際も、理由がわかったのは大分後になってからだったので、薩長相手じゃありませんが、とりあえず動いてみてから理由は考えたいと思います。

 このきゔぉとすという街は、あまり血風の匂いがしません。

 高そうな服を着た柴犬とか絡繰とかが人間みたく振る舞ってて、幕末よりずっと先にある技術で作られた鉄砲を乙女が刀のように持ち歩いていたりと、まともな街ではありませんが、それでも鬼はいなさそうで、ちょっと安心しちゃったりしてます。

 

 

 慣れぬ土地、慣れぬ風ですが──

 総司、なんとか活きてきます!

 

  

 □ □ □ □ 

 

 

 その頃、鬼方カヨコは沖田が合羽代わりにしていた陣羽織を、近くの洗濯屋に叩き込んでいた。

 ついでにコンビニに立ち寄り、男物の下着や服を買い揃える。突きつけられた好奇の視線は、普段は抑えている睨みを全開に利かせる事で黙らせた。

 

「……なんで私がこんな事……」

 

 心の底からそう思う。

 予想以上に重くなった袋を携えながら、カヨコは便利屋68のオフィスが設置されてあるビルの階段を上ってゆく。エレベーターを使わなかったのは、同じビルを使っている者に見られる事態を避けた為である。

 扉を開ける。他のメンバーが帰ってきている気配は感じられなかった。

 ほう、と安堵に胸を撫でおろし、次にどうしてこんなにも緊張しなければならないのか、と思う。

 すぐさま浮かんできた理由は、面白いほど明確であり、気まずくなるほど鬼方カヨコの自業自得であった。

 拾ってきたのは、捨て猫ならぬ、捨て人。

 もし見つかれば、確実にただでは済まないだろうということは、容易に予測できた。

 それは決して治安的な意味ではない自由と混沌を愛してやまないゲヘナの生徒達にとって、治安という健全な言葉は、一部を除けば即座にゴミ箱に放り投げられる程度の代物でしかないからだ。

 では、誰に見つかればまずいのか。

 それは他の誰でもなく、便利屋68の行動隊長及び突撃隊長を兼ね備えている、浅黄ムツキにであった。

 極度の悪戯好きである彼女の矛先は、一学年上であるカヨコに対しても容赦がない。

 そんな少女が、鬼方カヨコが人を拾ってきたことを知って、どう思うか、なにをするか。

 阻止しなければならない。なんとしても、絶対に。

 その時、きゅっと蛇口が締まる音がシャワールームから響いてきた。カヨコは思考を中断すると、沖田に諸々が詰まった袋を手渡そうと、扉を半開きにする。

 

「──ほんっとにあり得ないっ! 支給される装備があの量なのに、相手の規模があれ!? 足元見過ぎにも程があるでしょうがっ!!」

「くふふ! でも確実に仕事をこなす少数精鋭って売り込んだのはアルちゃんなんだしぃ? 当然といえば当然なんじゃなーい?」

「あ、アル様。アル様が望むのであれば、いまから依頼人の元へ行って、すぐにでも頭をブチ抜いて……」

「そ、そこまでしなくてもいいわ。今は信用を得る事が大事だし、報酬も危険なだけあってそれなりに良かったし──これでカップラーメン生活から卒業ね!」

「わーお、ハードルひっくーい」

 

 その声は、シャワールームではない入り口から聞こえてきた。

 裡に抱いた怒りを隠そうともせず、溢れ出る愉快さをあちこちにばら撒き、目的の為には手段を選ばない危ういそれらは、間違っても沖田の声ではなかった。その声の主達を、カヨコはよく知っている。

 便利屋68の面々が、帰って来たのである。

 

「ただいまー! って、あれ、カヨコちゃん? どーしたの? そんなところで固まって」

「……別に。ちょっと立ち眩みしただけ」

「大丈夫? 体調管理はちゃんとしないと。あなたは便利屋68に欠かせない大事な課長なんだから」

「……ん」

 

 案じるようなアルに相槌を返しながら、カヨコは後ろ手に扉を閉めた。

 沖田はまだ、シャワールームにいる。

 だが、まだ顔を合わせてしまったわけではない。取り返しは幾らでもつく。

 アル達がシャワールームに立ち寄らないよう動きつつ、なかにいる沖田に事情を説明。

 着替えを渡してから、隙を見計らって外に出し、詳しい事は後程伝える。

 一秒で導き出された解答に従おうとカヨコが動き出した刹那である。

 

「──カヨコさん! 良いお湯、御馳になりました!」

 

 扉をいきおいよく開けて、絞り抜かれた上半身を露わにした沖田総司が顔を出した。

 時間が、淀んだように動きを止める。

 

「──」

「──」

「──」

「…………」

 

 カヨコは思った。なにもかもが終わったと。

 だが、アル達はそうではなかった。

 依頼が終わってまだ気が昂っていたところに、半裸の男という明らかな不審者である。つい銃を持ち上げてしまったのも、無理ない話であろう。

 はじめに、アルの銃が跳ねあがった。勢いのままに、銃口を不審者へと向ける。

 それと同時に、沖田の足は床底から銃に目掛けて飛び上がっていた。ただし、狙ったのは銃その物ではない。銃の運搬や保持の際に使用されるライフルスリングである。

 沖田の足指は、まるで自我を持ったかのごとく流麗に蠢くと、紐を器用に絡みとる。そして血管を浮かばせながら、急激に重力が増したかのように地面に向かって落ちた。

 足の力は腕のおよそ三倍であると言われている。

 であるならば、三段突きなる無明の剣を放つ沖田総司のそれは、如何程の物か。

 その答えとして、アルが構えていたライフルは、沖田の足指の道連れとなって、ただの鈍らと化した。

 

「な……」

 

 次に動いたのは、伊草ハルカである。

 アルが銃を動かした瞬間には、追撃を掛けるべくコッキングを済ませていた。

 ショットガンの引鉄には指がかけられており、仮にも住まいでブッ放す事に一切躊躇いは無かった。

 だから沖田の手は、腰に巻きつけたバスタオルを握り締めた。

 褌一丁の下半身を隠す為に巻いていたそれを、剣を鞘から抜き払うような動きで振るう。

 即席の鞭と化したタオルは、音速のしなりを持って、ショットガンを持つハルカの手を強かに打ち抜いた。

 

「い──!」

「アルちゃんハルカちゃん! 退くよッ!」

 

 最後に動いたのは、浅黄ムツキであった。

 アルとハルカを引っ張りながら、既に後退を済ませている。その理由は、沖田の目前に放り投げられたハンドグレネードにあった。

 沖田の勘がぽつりと囁く。

 

 ──ありゃ、厄場(やべ)ーな。

 

 ゆえに、沖田の手は、カヨコが便利屋68から隠す為に持って居る菊一文字則宗の柄を求めた。

 きちんと構えている余裕など無い。束巻の感触を確かめると、逆手のまま伸びあがるような右切り上げの斬撃を奔らせる。

 一閃。

 冷ややかな残像が線を結んだと思った瞬間、真っ二つにされたハンドグレネードが、撃たれた鳥のように地面に落ちて動きを止めた。

 すかさず構え直し、沖田は戦闘態勢に入った三人の少女に、菊一文字の切っ先を突きつける。

 その形相は、かつて幕末の血濡れた夜を駆け抜けた新選組一番隊組長のものになっていた。

 

「──カヨコさん、ここはわたしに任せて。あなたは逃げてください」

「……あのさ」

「手短にお願いします」

「その人達、私の仲間」

 

 ぴたり、と沖田は動きを止める。

 ひどくぎこちない動きで振り返った表情は、完全にポカをやらかした人間のそれであった。

 

「…………マジすか?」

「マジだよ」

「……」

「……」

 

 そして、時間がまた淀む。

 さしもの沖田総司も、時の刻み方は知らぬらしい。膠着は暫く続き、ようやく事態が進展を見せたのは、数分も経ってからであった。

 

 

 

 

 

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