トキ・ガモウ   作:ヤン・デ・レェ

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トキ・ガモウその1

蒲生トキは小児科医だ。

 

 

 

昨日の事である。私の家の前で幼い女の子が野垂れていた。一軒家の前で野垂れる…のっぴきならぬ事情をお見受けした。

 

一人暮らしの男寡であるからして、また一人の小児科医としてこのままにするのは忍びない。抑々、人としての倫理に悖りかねない。

 

そう言う訳で、私はこの子を抱き上げて家兼診療所に収容したのだ。

 

人には親切にするべきである。不思議な体質の私は尚更である。発覚してから恐れられることは仕方なくても、発覚しても少なくとも見逃してもらえる。いや、これまで私は単に運が良かったのだろうが。

 

少女の体を触診したが…これと言って外傷は見当たらなかった。聴診器で音を聞いても、心臓は正常に動いている。

 

特に問題はなさそうだが、強いて言えば酷く痩せている。言うまでも無く大問題だな。

 

外科手術が嫌だから小児科を選んだわけで、これで盲腸とかだったら困る。しかし何もしないで触診しただけで放置するのはちょっと…いいや、大変身も憚られる。

 

結局、私は点滴を投与することにして、少女が目を覚ますまで傍で本でも読むことにした。服は脱がせて洗濯に出していた。今は薄緑の病衣を着せている。他の色もあったが、髪色に近いので安直だがグリーンにした。

 

病衣が似合う…不穏な響きだが、恐らく元の顔の造形が良いんだな。何でも似合う。そういうこと、にしておこう。

 

 

 

一時間後、少女が起きた。

 

飛び起きるや彼女は鼻を鳴らし始め、爛々とした目を私に向けた。

 

そして、顔を見るなり彼女はこう言ったのである。

 

 

「いただきます♪」

 

 

ああああああ……君もそっちかぁぁ……。

 

 

自己嫌悪。それから本の少しの諦観。あと素直な安堵。

 

一瞬で状況を完全に理解した脳に進んで思考を放棄させると、私は胸に飛び込んでくる彼女を受け止めるように両腕を広げた。

 

カラダが真っ二つにされるのを体感しつつ、どちゃっと床で散乱しながら首だけ動かす。彼女は私に背を向けているので気づいていないな。

 

どうやら私の太腿に齧り付いているらしい。夢中でむしゃぶりついている。おいおい、そうもがっつかれると上半身()が太腿に嫉妬しそうだ。

 

 

 

経験上、人間の体は下半身に筋肉が集中しているので、私の下半身も例に漏れず彼らには大人気である。

 

臀部や脹脛もとても好まれる傾向にある。出来れば分解してから食べて欲しいのが本音なのだが…というのも後始末が面倒くさいから…それでも彼女のように後先考える余裕が無い場合は、例に漏れずこのように床も壁も大惨事になる。

 

死にたくない。生きたい。その気力が湧いてきたなら、それは何より。私は嬉しく思うよ。診療所が滅茶苦茶になる点を除いてね。

 

お尻に齧り付きたい子も沢山いるが、睾丸や陰茎を所望されるのはちょっと困る。

 

股間部分を盛んに貪られるのだけはね、どうにも。何十年経っても慣れが来ない。

 

食べるにしても上で跳ねるにしても、意識と合意が無い状態の時は切実にヤメテ欲しい。

 

折角なら相手に向き合いたい。

 

「美味しいかい?」と、どうせならちゃんと感想を伺いたいものだ。

 

しかし…どこに熱狂しているのか理解に苦しむが、凄まじい人気を誇るせいで一人二人にお願いしても意味を為さないので大変困っている。

 

朝食に人間のペ〇ス?人間のペ〇ススープは生まれて初めて食べるのかい?

 

どうだい?「ご立派ぁッ!!」だろ?

 

……目の前で調理された挙句、心底美味しそうに完食される私の気持ちは誰にも伝わるまい。

 

 

 

内臓も大人気らしいのだが、私は嫌いだ。

 

理由を聞きたいか?だってウンコが詰まってるんだぞ?いや…正確にはウンコじゃないし、何だったら食べたものがそのまま発酵してるだけなんだが。でも、私は臭いじゃないか。君たちにはイイ匂いでも、私には好ましくないのだ。

 

そんな理由で、上半身を食い散らかしたら、その時ばかりは必ず散らかした人が自分で掃除するように言い含めている。

 

美食家気取りの輩は挙って心臓とか、あと肝臓とかを欲しがる。正直タダは癪に障るので、高い金をとっている。他の部位よりは…という頭言葉がつくけど。

 

それでもしょっちゅう注文が入る。その所為で私の体は休む暇もない。

 

 

お分かりだろうが、私は人間じゃない。それどころか喰種(グール)でもない。

 

死なない身体に、排便擬きの変態機能が備わっただけの、正体不明の人型生命体?である。多分。

 

誰も教えてくれないので自分で勝手にそう理解している。

 

昔から生きているが、記憶力は良い方ではないので100年も昔のことはサッパリだ。嫌なことや過ぎ去ったことは忘れるが吉だからね。

 

 

 

紅い瞳の少女が四散した私の肉片を口に詰め込み、時折むせる。そんなに焦らなくても…と思う。

 

顔も体も私の血で真っ赤にして、血を吸って重たくなった大き目の病衣が肩からずり落ちて肩が見えてる。

 

ふぅむ…かなり盛大に体を割られた所為で、喉を潤すための血が足りないのか。

 

すまないね、足が無いのでコーヒーを淹れてやることもできない。

 

胸を叩きながら、血が滴り骨が露出した肉片を次々に頬張る少女のことを見守っていた。

 

目に見えて顔色が良くなってきて、少し安心したよ。

 

 

 

人間も、それから彼女たちのような<喰種(グール)>も等しく腹を空かせる。

 

排便もするし、風邪…は引くのかな?でも衰弱するし、そうなれば死ぬのも同じだ。

 

私は高い志があって今の生業を選んだ訳じゃない。慈悲深いからこうして、何もせずただただ少女が自分を捕食する光景を眺めている訳でもない。

 

私は自分の人生を一度として悲観したことが無い。

 

ただ、摂理として受け止めてはいる。

 

いや、少しクサイ言い方だが、これが私が私に生まれた意味なんだと考えてる。

 

初めて<喰われた>時の事は覚えてない。でも、食べられる度に同じことを感じるから、だからその時も同じことを考えたと思うのだ。

 

私は彼ら彼女らを憐れんでいるわけではない。目の敵にして憎んでいる訳でもない。

 

後ろ指差されずとも食べられる、<私>というモノがあって、唯々よかった。そう思ってる。そう考えるようにしている。

 

私にとって人間も喰種も同じヒトなのだ。

 

恐らく私が生まれて来たのは、キリスト教の肉食的な思考を用いれば、神が地上に与え給うた喰種が食べる為の<糧>なのだろう。

 

その姿が人型なのは、或いは人間を食べることしかできない宿命と、そこにある罪と罰と祝福とを同時に自覚させるためだったりするのだろうか。

 

私は自分を人間ではないがヒトだと思ってる。

 

だが、このヒト科は私唯一人きりの孤独なヒト科であることは間違いないだろう。

 

だってずっと生きて来ていまだに同じヒトに会った試しがないからね。

 

でも、そうだな…喰われる側の私が許しているんだから、幸せを素直に享受すればいいと、私は思う。

 

生きることは食べることだ。

 

私は自分の存在を理屈で理解する為に神を弄したけれど、原罪を背負わされて生まれて来たヒトなんて、本当は誰一人いないんだから。

 

だから罪悪感を抱かずに、生きることや食べることを受け入れる機会があってもいいさ。

 

私が赦しマース!実際に喰われている私が赦しマース!

 

生きることは食べること。食べることは生きること。

 

でも、頼られた場合と、襲われた場合、あと私の好みだった場合限定だからね。良き生を営む上で、自分で選んだ相手を幸せにするために一肌脱ぐのは吝かじゃないんだ。

 

 

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