WOLVERINE STRANGER OF LYCORIS 作:織姫ミグル
生物の進化の過程で起こるアクシデント、『突然変異』。
その中でも、『X遺伝子』を持って生まれた人間は『ミュータント』と呼ばれている。
『X遺伝子』を持つ人間は普通の人間とは違い、『特殊能力』を持ってこの世に生まれてくる。
その能力は様々だ。
相手の思考を操り、高速飛行で周囲の気温を変化させて風を操り、日光を体内に取り入れ両目から赤い光線を発射したり、動物的な身体能力で超人的な怪力と瞬発力を持ち合わせて感覚機能が人よりも優れた能力など。
たった一人でも軍隊と対等に戦える程の力を持った新人類、それが『ミュータント』だ。
『ミュータント』は、その特殊な能力が故に人間社会から迫害されることがしばしばある。
そんな『ミュータント』達を救済するために、あるミュータントの一人が立ち上げた組織、『エグゼビア機関』。そこでは、ミュータントの子供達を理不尽な人間社会から守ると同時に、その能力を人間達を守るためにも使うように指導してきた。
人類との共存を目指し働いてくれる選りすぐりのミュータントチーム、『X-MEN』達と共に。
だが、現在その『エグゼビア機関』も『X-MEN』も、もうない。
理由は簡単だ。
それは十年ほど前だったか、『X-MEN』の壊滅を目論む無法者のミュータント集団、『インナー・サークル』との間で繰り広げられた激しい戦いで、多くの優秀なミュータント達を失った。
組織を創立した、“プロフェッサーX”までも。
人々を救済した『X-MEN』の活躍は、感謝と共に世に語り継がれていたが。
いつしか、ミュータント達の数が減ると共にその感謝の心も薄れ、ミュータント達の存在は記憶の果てへと葬られた。
『彼』は、他のミュータント達と違って『不死身の肉体』を持っていたが故に、その激しい抗争でも生き残った。
年を取らない彼は、二つの世界大戦や冷戦を経験し、アメリカ政府の極秘計画に参加して、骨格と自身の持つ武器に破壊不可能な『特殊合金』を身に纏った。
剣で斬られても、警棒で叩きつけても、核爆弾で体を焼かれても、ましてや銃弾を眉間に撃ち込んだとしても、彼は死ななかった。
その超回復する能力と特殊合金によって、不死身の兵隊となった。
しかしそれは、彼にとっては呪いそのものだった。
死ねないというのは、見方を変えれば一生苦しみを味わい続けることになる呪いだった。周りは年老いて死んでいくのに、自分は死ねない。それがどれだけの苦痛か、常人には理解できないだろう。
誰も殺すことができない、倒せない、死ぬことが許されないと言われたそのミュータントには、一つの通り名があった。
その不死能力に呪われたミュータントの名は。
“ウルヴァリン”
✕✕✕✕✕
『貧困時代の山田選手を見出だし支援したのは、今や国名支援の代名詞である“アラン・アダムズ”という謎の人物。まさに人の善意によって、この度の歴史的快挙がもたらされたのです』
『またしてもですか。人の善意が歴史を作ったわけですね』
「······」
風が流れ込んでくるビルの中で、ノイズまみれの声が聞こえてくる。時々ザザッという不快な音が紛れ込んでいるのを見ると、その声の出所はテレビではなく、おそらく床に置かれているラジオだと思われる。
それも、長く使い古されたものだ。
いつ壊れてもおかしくない。
『アランの支援を受け······共通点は、この“フクロウのチャーム”のみ。スポーツ選手以·····にも、研···者や芸····など、世界中で様々な······』
ざざざガガがりがりガガガガジジジジジザザザザザザガガリリザザザザザザザザザっっっ!!!
「······」
ソファに寝転んでいる彼はふらふらとした手つきで床に置いてあるラジオを手に取ると、乱暴に叩く。バンバンと叩いてみるも、そのラジオから発せられる音は砂嵐のみ。
「······っ」
男は床に唾を吐く。
ついに壊れたラジオに忌々しげに舌打ちすると、彼はふらふらとした足取りで部屋を出る。外に設置された階段を一段一段ゆっくりと降り、朦朧とした意識の中で目的地に向けて歩き出す。
向かう場所はコンビニ。
彼が今根城としている廃ビルからは二百メートルほどの距離しかなかったが、それだけを歩くのがすごく面倒くさい。
ついでに息もくさい。
店内に入る。
コンビニの広さはそれほどでもなかったが、様々な棚が縦横無尽に置いてあり、正常ではない思考でそれだけを見ると圧迫感がある。が、これはおそらく思考が鈍っているせいであり、きっと気のせいだ。
何気ない風景にこうも不思議に感じてしまうのは、彼の体にアルコールが回っているからである。コンビニに来た理由は買い込んでいた酒がなくなったから。だから彼は苛立ち、眉間にシワを寄せたような表情をしながらコンビニまで歩いてきた。
時間帯が深夜であるためか、店内にはほとんど客がいない。
コンビニという特性上ずっと店を開けていないといけないのだろうが、正直店員を見るとさっさと閉めてベッドに潜りたいと顔に書いてあるようだった。
ウィスキーとつまみ······それと、小型ラジオ。
最近のコンビニには防災用グッズが置かれているため、こういう時にはとても助かる。
腕に下げている買い物かごに不貞腐れたような動作でラジオを投げ込み、定まらない足取りでレジへ向かう。
財布を開けると小銭しか残ってなかった。
ここ最近酒につぎ込んだせいだと思い出したのは少し経ってからだ。これを買えば、おそらく金は底をつきる。多少余るかもしれないが、それでも何かを買うとなったら多分何も買えないだろう。
「······ああくそっ」
ボソッと呟くと、レジの奥に立っていた店員が体がわずかに震えた。別に店員にキレたわけではないのだが、その男から発せられるオーラが危険すぎた。
老いた髭ヅラの冴えない男の風貌の裏には、とてつもない殺意が隠されていた。それは誰に向けるものでもなく、周りへと発散させるためのただの癖みたいなものだった。苛立ちから来る副作用程度だと思ってくれればいいだろう。普段はそれを表に出さないように無意識でも隠しているのだが、酔っている状態だと甘くなるらしい。
ちょっと八つ当たり気味に財布の中をいじる様子を見ていた店員は、今にも気を失いそうな作り笑いをその顔に浮かべている。どんな時でも笑顔を絶やさないその仕事スタイルは、称賛に値する。
店が混んでなくてよかった、と思ったのも久しぶりかもしれない。小銭だけで支払う人がいた場合、金を合わせるために時間が掛かって、最悪後ろに長蛇の列を作ってしまい、早くしろと急かされてお客様同士が争い合うというトラブルが発生してしまう事例はいくつもある。
そんな状態にならなくてよかった、と思えただけでも幸運かもしれない。
彼は五百円玉と十円玉を数枚取り出し、レジに放り投げるように置いた。
店員は口から心臓が飛び出しそうな顔で必死に接客をする。おつりを震えた手で渡すと、彼は干からびた声で『ありがとう』と言ってきた。その一言で、店員の表情がわずかに緩んだ。見た目によらず、不器用な大人だと思われたのかもしれない。
代金は何とか小銭だけで済んだが、またどこかで金を手に入れなければいけなくなった。さもないと、食事に困ることになる。
別に『不死身』なんだから食事については心配することはないと思うものもいるだろうが、最低限の食事はしないといけないし、何より腹が減るとその分苦しみを味わうことになり、空腹に耐えきれずストレスが貯まっていく。
働くというのも一つの手だが、
彼は店から出ると、街灯に照らされたコンビニの袋を持ち上げた。そのまま根城にしている場所に帰るのかと思いきや、それとは反対のルートを歩き出した。
歩みを進めるごとに、どんどん人気がなくなる。古くなった電柱の防犯灯が点滅している。人の目でも視認できるほど点滅する速度が遅く、一呼吸分の時間を感じさせるほど静まり返っていた。
だがしかし、彼は気付いていた。
「······」
獲物が釣れた。
そう思った彼は口角を僅かに上げる。気付かれていないと思っているようなら、とんだ大間違いだ。彼は普通の人とは違って、感覚機能が異常なまでに優れている。動物的な鋭い感覚と反射能力は、敵の気配を察知するのにうってつけだった。人間離れした嗅覚に聴覚をもってすれば、例え相手が透明になったとしてもすぐに見つけられる。
酔いが回っていても、交戦準備は怠らない。元軍人である彼は戦闘のプロフェッショナル。挑むだけ無駄だということを奴らは知らない。
彼は誘導するように、わざといつもの道を外れ、更に人気のない場所へと歩いていく。
✕✕✕✕✕
その数分後の出来事だった。
深夜の路地裏で、絶叫と悲鳴が炸裂した。
コンクリートとコンクリートに阻まれた細長い直線のような場所で、何人もの不良達が息を巻いている。呻き声を漏らし、その周囲には血が飛び散っていた。
その近くで、先ほどコンビニで買い物をしていた男が何かを物色していた。彼は染みのついたクシャクシャの紙幣を上着のポケットに入れると再び歩き出す。
人だけでなくナイフや警棒、催涙スプレーが転がる中を通りすぎ、路地裏を抜け出す。
彼と正面から戦ったのだ。息をしているだけでも奇跡と言っても差し支えない。後ろを振り返ると何人もの不良達が倒れていたが、少なくとも死者はいない。
五体満足でいられることすら難しいかもしれない。彼と真っ正面から戦うのなら、腕の一、二本失くなるのは覚悟しなければならない。
そして、彼にとってこういうのは日常茶飯事だ。
深夜にコンビニに行き、酒を買って帰る途中で人気のない場所に偶然迷い込んだらたまたま不良達に襲われた────だから返り討ちにした。
というサイクルを送っていた。
彼の状態を一言で表すなら、荒んでいる。
その原因は彼の過去にあるのだが、今となっては説明するほどの価値もない。
と、しているうちに大通りから脇道を逸れて、さらに細い路地を何本か通り抜けると、高層な廃ビルへと戻ってきた。周りにあるビルが全て十階以上の高さを誇るので、そこだけ湿った闇に包まれているような錯覚がする。コンクリートの芯まで湿気が染み込んでいるような、そんな感じの建物だ。
打ち放しの階段を上がっていき、七階まで登るとぽっかりと開いた入り口を通り抜ける。
窓はひび割れ、道具や持ち物と呼べる物がない部屋。
良くて、棉が飛び出しているソファが一つと大量に転がっている酒瓶だけだった。
彼は土足のままで自分の家へと踏み込み、靴底がガラスの破片をバキンと踏み潰す。徹底的に廃墟となった場所を見ても彼は特に何も思わず、棉と埃だらけのソファの上へ寝転がった。
本来、彼はここにはいてはいけない存在だった。
彼は所謂不法居住者であるため、警察なんかに目をつけられたら命取りになる。
しかし彼は特に気にしない。そうなったとしても、彼は素直に受け入れる覚悟でいる。自暴自棄になっている彼に、恐れるものは何一つなかった。
「······」
彼はぼんやりと天井を見る。
何かを思い出しているようだが、しばらくするとその思考が気に喰わんとばかりに固く目を閉じた。
暗闇の中、風が通り抜ける音が聞こえる。埃っぽい空気にはもう慣れたものだ。
「······」
彼は今や忘れられた存在。
一八三二年に彼はこの世に生まれ、それから二五二年も生きてきた。
百年に渡って数々の戦争を生き抜いてきた。一八六一年の南北戦争では北軍に、一九十四年の第一次世界大戦では連合軍に参加した。一九四五年には第二次世界大戦において日本の長崎で捕虜として捉えられたが、原爆投下によって逃亡に成功。
それからというもの、生まれ故郷のカナダを放浪としていた頃、『プロフェッサーX』との接触によって、彼が率いるミュータント組織『X-MEN』に参加した。
かつて世界を救い、人々から英雄として称えられ、そのミュータント組織は伝説として語られていたが、時代が進むごとにその出来事は闇へと葬られた。
仲間達と共に無法者のミュータント達と戦い、多くの仲間を失ったことをきっかけに、この数十年間で新たなミュータントは一切生まれておらず、彼らの存在は絶滅の危機に瀕している。
だが、それでいいのかもしれない。
ミュータントのような存在は、世界からして見れば『治安を乱す害虫』だ。神の手違いでこの世に生まれ出た存在など、いなくなった方が世界のためだ。仲間を失ってただ一人となってしまった彼はその状況を受け入れ、誰にも知られない場所でひっそりと暮らすことに決めた。
今では、彼の方が無法者だった。
ミュータントと人類の共存を目指して戦い続けた組織、『X-MEN』が壊滅した後、彼は。
“ジェームズ・ローガン・ハウレット”は。
誰とも関係を持たず、ただ孤独に闇へと紛れて過ごしていた。
✕✕✕✕✕
大きな街が動き出す前の静けさが好きだった。
「ん~! 今日も天気で私も元気···ありがたい~!」
彼女の朝は早い。
とは言っても、さすがに午前六時十分ではいささか早すぎる気もする。小鳥の鳴き声もようやく聞こえ始めるような時間帯では、住んでいるマンションもまだ静まり返っており、車もそれほど走ってない時間帯であろう。
まぁ、彼女にとってはそれが普通だった。
平均的な身長と体重に、やや豊満かもしれない体型。ショートボブヘアの女の子、“錦木千束”は窓から流れ込む日光を浴びて背伸びをし、眠っている体を起こす。
「お?」
と、その時だった。
千束の携帯電話がプルルルと着信音を発した。携帯電話全盛のこの世の中、人類はこれがないと生きられないようになってきている。そんで何気にこんな時間から電話が鳴るのはちょっとレアだったりする。
こんな時間から電話がかかってくるなんて、なんか緊急の連絡網かも······などと思った千束は急いでスマホを取る。
表示されているのは、『先生の番号』。
「はいはい~千束ですよ~。おっはよ先生」
『千束、すぐ来てくれ』
「えー、まだ約束より大分早いんですけど」
『······トラブル発生だ』
「トラブル発生!? わ~かったすぐ行く!!」
急に態度を変えた千束。
その後、家を出たら千束はどこへ向かえばいいのかを教えてもらった。位置についてはスマホにメールで送る、との事だった。
彼女はスマホの通話を切り、送られてきたメールに目を通す。
目的地は、廃墟となったビル。
「よし! 行ってきます!!」
誰もいないのに、千束は自分の家に挨拶をしてドアを開ける。案外、その何気ない言葉が好きだったりする。
日常で使う言葉を言うと、なんとなく生きてるって感じがするからだ。
だが、同時に複雑な気分にもなる。今の彼女にとって外界との繋がりは、極秘となる部分が大きい。それどころか、彼女の人間関係は全て『無』であると言ってもいい。
それは、見方を変えればとても寂しいことだと思う。
しかし、どうしようもない。生まれた時から一般人としての権利を剥奪された彼女には、そうやって生きるしかなかった。
だが悲観することはない。
世の治安を維持するためならば、自分に課せられた使命は受け入れる。最低限のモラルを持って、依頼された任務にあたる。
そうしながら彼女は生きてきた。
自分の運命を胸に刻みつけた。
彼女は、大切なものを守るためなら自分さえも犠牲にする人間だ。
“不殺の誓い”を立てて、今日も彼女は元気に任務に繰り出す。
✕✕✕✕✕
その日は朝から騒がしかった。
彼はその騒音に叩き起こされる。
痙攣にも近い感覚の中でゆっくりと。
ゆっくりと。
瞼は徐々に徐々に開かれていく。
それでいて、昨日の酔いが残っているのか思考は定まらず、数秒は視界が確保されなかった。目では見えていても、景色を具現化させるための頭脳がまだ目覚めてなかった。
フォーカスの遠近が揺らぎ、ようやく湿気った天井らしきものを脳が認識する。
「······?」
耳に入ってくる音は曖昧で、何を言っているのかはわからないが、少なくとも人を不快にさせる騒音だったことは確かだ。
バン、バンッ!! と破裂した音がしばらく鳴り響いていたと思ったら、今度は誰か男の声が連続で聞こえてきた。
震源地は、すぐ下だった。
床を通して、誰かの怒号が飛んでくる。
『オラ! 聞いてんのか!? 畜生、仲間をこんなに殺りやがって······ッ!!』
『ざけやがって! JKの殺し屋だとぉ!?』
『十秒だ!そっから出て来い!!こいつぶっ殺すぞ!!』
早口で焦燥だらけの口調。
聴覚が人よりも優れた彼にとってそれは、不快なノイズでしかなかった。鼓膜を通り抜けて頭に届いた時、彼のイライラメーターが急上昇していく。
『司令部! 司令部! ······くそッ!! 』
『フキ! このままじゃエリカが······ッ!!』
『わかってる! でも命令は······待機だッ!!』
『でも······ッ!!』
それだけじゃなく、少女達の声まで聞こえてくる。二人の少女が言い争いをしているみたいだが、いちいち状況を考察しようだなんて思わなかった。
こめかみに青筋が浮かぶ。
脈が破裂しそうなほど膨張する。
「······ったく、うるせぇな」
彼は奥歯を噛む。
酒を飲みすぎたせいか、彼の声はガラガラだった。それだけでなく、酔いがまだ残っているせいで頭の中がガンガンする。鳴り響く怒鳴り声と炸裂した音が、彼の頭を悩ませる。ローガンは、脳みそを揺らすその叫び声に耐えきれず無言で部屋を出て、そしてブツブツと文句を呟きながら階段を降りた。
そこから先にあるのは、闇の世界だとも知らずに降りていく。
しかし、何の問題はない。
隣人トラブルなんて日常茶飯事。
よって、彼はいつも通りに人様に迷惑をかけるガキ共に説教をしにいく感覚で、再び闇の奥へと無意識に落ちていく。
光も届かない、這い上がれないほどの深い闇は争いに満ちている場所。
今まさに、治安を守るために人知れず行われる戦いが、始まろうとしていた。
表舞台を守るための、大きくて小さな戦いが。