WOLVERINE STRANGER OF LYCORIS   作:織姫ミグル

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第10章

 

 

「廃墟の施設か」

 

 

武装した連中の一人は、今はもう使われなくなった食品売場を見て唇を動かした。

 

ここに、ターゲットが逃げ込んでいる。

 

ターゲット達が使っていた車は先程海の中へと沈んでいき、足を失くした奴らは迎え撃つためにこの場所を選んだらしい。

 

 

『全く、予定よりも遅れてるじゃないか。僕の完璧な計画をぶち壊すなんて、本当にお前ら役立たずだな』

 

「ッ!!」

 

『まあいい。奴らは確かにそこの廃墟に逃げ込んだ。武装した護衛もいる。何度もしくじるなよ~?』

 

 

スマホからの言葉に、言われた本人はムカついたように舌打ちをする。

 

安全な場所からただ見下ろしているだけの奴がうるさく言ってきて腹を立てているのだろう。彼はスマホを握っている手を乱暴にポケットに突っ込むと、後方に控えている同僚達へ指示を出す。

 

 

「護衛がいる、慎重にな」

 

「「「「おうっ!」」」」

 

「行くぞ!」

 

 

五人いた武装集団は二手に分かれる。

 

三人は施設へと突入し、他二人は裏口へと移動する。逃げられぬように両側から挟んで追い詰める作戦をマニュアル通りに進める。

 

どこかに立て籠った場合、ターゲットを逃がさぬように全ての出入り口は塞ぐというやり方は基本中の基本。

 

武装集団のリーダーは一度息を吸って、吐いた。

 

金はもらっているから給料分働くとはいえ、こちらにだって死への恐怖心はある。相手も武装している限り、こちらにも命の危機がある。そんな命を落としかねない場所に向かうのには慣れているものの、それでもどこか緊張してしまう。

 

彼にだって、家族はいる。

 

この仕事を引き受けたのも、生活のためだ。

 

よって、彼もまた被害者である。

 

家族との生活はいつもギリギリで、金を得るのにも一苦労だった。働いていた場所は最低賃金で、ついにリストラまで言い渡された。どうしようもなくなって鬱に近い状態にまで落ちてしまった彼はそれ故に、短時間で働いて高収入を得られるバイトというのに手を伸ばしてしまった。これらは世間的にはブラックを意味する。都合の良いような仕事があるからと、生活苦の連中を言葉巧みにこちら側へと誘い、そして二度と光を浴びれぬような闇の世界へと引きずり込む。普通の仕事ではなく、人の命や尊厳を踏みにじるようなものをやらされて、それでもやめることは許されない。

 

彼はこんなくそったれみたいな地獄へとやって来て、凄く後悔している。

 

鬱に近かったから精神状態も安定しておらず、自暴自棄になってついそういう手に引っ掛かってしまった。

 

命が関わる現場に出されるなんて、思ってもみなかった。言い訳かもしれないが、それでも心が弱っていたあの頃の自分には選択肢がなかった。

 

ただでさえ彼は窮地にいるのに、さらに魔の手が伸びる速度は増している。

 

ここにいればいるほど、抜け出せなくなる。

 

快感だからとかそんなプラスの方向じゃない。脅されて、仕方なくこの仕事をやるしかないのだ。裏切ったり拒否したりすれば、何をされるかわからない。

 

家族がいる。

 

守るべきものもある。

 

余裕はない。

 

だから覚悟を決める。

 

 

「上等だ」

 

 

結果、全てを受け入れた後に残ったのは、笑みだった。

 

どうしようもなく、全てを諦めたかのような、悲惨で残酷な笑み。

 

 

「金のためなら善人でも悪人でも、どんな奴でも相手してやる」

 

 

彼はもう、まともではない。

 

金を得て家族を守るためには、どんなに汚い仕事も引き受ける。

 

金、金、金。

 

そのための仕事が欲しい。

 

選択肢なんて権利、この業界に足を踏み入れてから既に失っている。

 

いつまでもこんな所で悔やんでいる暇は、彼にはない。

 

 

 

✕✕✕✕✕

 

 

 

バタバタという複数の足音が、廃墟の中に鳴る。

 

武装した連中だった。

 

あちこちに目を走らせているが、やがて獲物が潜んでいる場所にも気付くだろう。しかし、千束とたきなはともかく、リスの着ぐるみを着こんだウォールナットは武装した連中など気にも留めなかった。

 

何やら怯えた声を上げる。

 

 

『ちょちょちょッ!! 盾に使うのはナシだ!!』

 

 

たきなの判断は一瞬だった。

 

荷物を運んでいる最中に敵に見つかってしまった彼女は、即座に荷物のスーツケースの陰に隠れるようにその場に倒れた。

 

隠れるスペースが限られてるスーツケースなんかでしゃがんだりしただけでは被弾する可能性もある。よって彼女の取った行動は寝転んでスーツケースを壁とし、銃弾から身を守るという防御方法だった。

 

隠れて銃を構え、戦闘の開始の合図が来る前に、

 

バラララッ!! と。

 

連続的な破壊音が響いた。

 

 

『大事な物だって言っただろぉぉぉおおおッ!?』

 

 

護衛対象がなんか吠えているが、こっちはそれどころではない。

 

二つのアサルトライフルが火を噴いている。

 

一秒間に何発放ってるかわからないような高速射撃だ。盾にしているスーツケースが防弾仕様でなかったらとっくにあの世行きだったろう。

 

マガジンを銃に差し込み、反撃のチャンスを伺っていると遠くの方から千束の声が飛んでくる。

 

 

「たきなー! それなんかダメらしいよーッ!!」

 

「無理言わないで下さいッ!!」

 

 

こっちだって命懸かってんだ。

たきなはスライドを引き、銃声が鳴り止んだ瞬間を狙ってスーツケースの陰から顔を出す。寝転んだまま、棚に隠れている男の肩目掛けて一発お見舞いする。

 

バン! と乾いた音が店内に響き渡る。

 

たった一発。

 

その一発だけで、男に恐怖心を植え付けるには充分だった。

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

急所は外れた。

 

だがその一発によって体に蛇口ができ、そこから溢れるように赤い液体がこぼれ出てくる。棚の陰に身を潜め、肩に手を当てて怪我の程度を確認する。

 

手に生暖かい感触が媚びり付く。

 

 

「ッ!!」

 

 

それを見た男は必要以上に筋肉が強張る。

 

胃袋から喉の先まで、ぞわりとした緊張が一気に這い上がる。

 

心臓の鼓動が不気味に響く。

 

死。

 

改めてそれを実感した彼はそれに対しての恐怖心が増していき、無意識に震えていた。真っ赤な鮮血は今自分が生きている証だ、それを見ただけで今自分は生きていると確証を得られる。それと同時に、今自分は死と隣り合わせの状態でもあるという事実まで認識させられる。

 

痛みから来る生への実感。

血を目の当たりにした際に来る死への恐怖。

 

二つの現実が同時に襲ってきて、これから自分はどうなってしまうのかという不安が彼の体をその場に縛り付ける。

 

 

「くそッ!!」

 

 

彼は震える手を強引に押さえ、奥歯を噛み締める。

 

死への恐怖心を何とか振り払え、この恐怖心を植え付けた標的を探すために一度棚から顔を出す。

 

そこに、あのスーツケースも女もいなかった。どうやら、身を潜めている間に奴は移動したらしい。

 

あの荷物の大きさからして、そう遠くまで行っていないはず。入り口のドアから出ていった様子も見られない。まだターゲットは護衛と共にこの施設内を彷徨いていると確信した彼は、まだ弾が残っているにも関わらずマガジンを引き抜いてリロードする。残弾を使っていざ切らした時に、リロードするために隙を見せたりしたら即命は奴らに刈り取られる。だから弾を満タンにしといた方が安心できるという、彼なりのリラックス方法だった。

 

さらに五感に神経を集中させ始め、位置の特定をしようとした時、

 

 

ドッカァァァンッッッ!!

 

 

と、建物全体が振動する感触が、床に接地した足から伝わってくる。

 

同時に、何発もの乾いた破裂音が彼の鼓膜を揺らす。

 

 

(あそこかッ!!)

 

 

冷静になればなるほど、案外心は安定するものだ。この状態ならば、相手を前にしても何の問題もなく動ける。余裕を取り戻した、と錯覚していることにも気付いていない彼は店内の奥へと向かっていく。

 

だが、

 

その冷静さを取り戻させる事こそが、『彼女』の狙いだった。

 

それに気付かず、彼は非常口へと向かうためのドアを何の躊躇いもなく開ける。

 

彼がそうした時にはもう遅く。

 

バン! と。

 

自分の肩にもう一発、強烈な勢いで飛んできて。

 

自分でも自覚がない内に、思っていた以上に冷静さを一瞬で奪われた体は瞬間的に力を失い。

 

そして、

 

複数回の銃声を浴びて、彼はその場に倒れ込んだ。

 

 

 

✕✕✕✕✕

 

 

 

何で自分の意識はまだ残っているのか、自覚はできなかった。

 

 

「そのまま」

 

「······ッ!?」

 

「手当てする」

 

 

しかし、自分を撃った本人が近付いて来たことにより、前後の記憶が明確に思い出される。

 

痛みは、まだ残留している。

 

ドアを開けた直後、目の前にはすでに銃を構えた女子高生がわかっていたかのように待ち伏せていた。彼はそこに無様に飛び込んで行ってしまったせいで、彼女から何発もの銃弾を喰らう羽目になってしまったらしい。

 

撃たれた箇所が痛すぎて、全身に力が入らなかった。

 

 

「ほら動かない。血ぃ出てるでしょー?」

 

「グ······ッ」

 

 

もはや彼の意識は明滅していた。

 

目の前には互いに命を奪い合っていたはずの女の子が何のつもりか手当てを施している。気付いた時には、銃撃は止んでいた。

 

ボロボロ、と。一歩も動けない彼の耳に会話が聞こえてくる。

 

 

「敵の増援が来る前に脱出しましょう!」

 

「······少し待って」

 

「囲まれますよ!!」

 

「死んじゃうでしょ」

 

 

彼女は後ろを一度も振り向かず、男の手当てに集中している。止血剤のクリームを取り出し、傷口を塞ぐための医療用テープをビリビリと伸ばして引き千切る。

 

引き千切ったテープは一度彼女のふとももに付けると、止血剤の蓋を開けてクリームを多めに掌に乗せる。

 

そのまま、彼女は男の傷口へと優しく撫でるように塗り込んでいく。

 

 

「ッ!!」

 

「ほらほら、大丈夫だから」

 

 

慰めるようにも聞こえた。

 

掌で何かを描くように止血剤が傷口に塗られていく。痛みが少々全身を走ったが、次第にそれも薄れていく。空けられた傷口の痛覚も、曖昧になっていく。

 

 

『脱出ルートはまだ敵にマークされていない。今ならまだ行ける』

 

「私もすぐ追いかけるから、先行ってて」

 

 

そう言って彼女はようやく黒髪の女へと目を向けた。

 

微笑んで、安心させるように。

 

 

「······行きましょう」

 

 

納得していないような顔をしながらも、黒髪の子はマスコットと共に先へと進んでいく。

 

二人だけとなった空間には、気まずい空気が充満している。そう思っているのは男だけなのだが、その気色の悪い空気を一秒でも早く消し去るために彼女に話しかける。

 

残された赤い制服の女に、一体どういうつもりなのか尋ねる。

 

 

「何の真似だ?」

 

「見てわからない? 応急処置」

 

「やめろ! からかってるのか!?」

 

 

直後、頭蓋骨が微かに振動した。

 

 

「じゃあ死にたいの?」

 

 

こめかみに押し付けられた彼女の拳銃から伝わってきた振動だと認識した時には、彼は怯える子犬のように大人しくなっていた。

 

 

「や、やめてくれ」

 

「うむ、よろしい」

 

 

下手に抵抗したら次こそ命を奪われると思った男は素直に彼女の忠告に従った。彼女は手当てを施しながらこちらに話しかける。

 

 

「今日、夕飯は誰と?」

 

「······家族だ」

 

「いいねぇ」

 

 

何でそんなことを聞いてきたのかはわからなかった。

 

世間話をして、警戒を解かせようとしたところを狙い撃つという作戦かとも思ったが、そんな疑いはすぐに消え去った。

 

 

「······うッ!!」

 

 

遠くの方で、同僚がうめき声を上げた。

 

痛みで体を起こせないのか、腕を上げることすらも出来ていない。

 

だが、死んではいなかった。

 

彼とは違って、血を流しているわけでもなかった。

 

 

「ゴム弾か······」

 

「そ、私が撃った人は大丈夫」

 

 

その時確信した。

彼女はとんだお人好しであると。

 

敵である自分を奪わず非殺傷弾を使用して戦っていたという事実を知って、彼は奥歯を噛み締めた。

 

手加減されていた。

 

それを知った彼のプライドは深く傷ついた。

 

こっちは命懸けで戦っていたというのに、あちらは本気すら出していなかった。その上命まで奪うつもりもなかったのが悔しくてたまらなかった。

 

彼女は何も思ってなさそうだった。

 

その程度は当然の所業だとばかりに、むしろそんな事すらできなかった自分を蔑むように手当てをしている。

 

それに耐えられなくなった男は一刻も早くどっかに行って欲しいという思いを込めながら言う。

 

 

「もういい、行けよ早く」

 

 

同時に、彼の優しさが表面に出てきた瞬間でもあった。

 

人間としての常識をまだ見失っていないということがわかった千束は、優しい笑みを浮かべて、

 

 

「わかった、鉄分取れよー」

 

 

ポツリと呟いて彼女は立ち去る。どこまでもお人好しな彼女に、思わず呆れるようにため息をついた。

 

が。

 

その前に立ち去るための出口へと向かう彼女を男は引き止める。

 

 

「そっちはやめろ」

 

「?」

 

「うちのハッカーが、ドローンで見ている。待ち伏せしているぞ」

 

「!?」

 

 

そこまで聞かされて、彼女は勢いよく地面を蹴って駆け出した。

 

まだ脱出ルートは確保できると思わせることが、奴らの狙いだった。標的が凄腕のハッカーなら、常に周囲の状況を把握しているはず。なので、それを逆手に取って奴らは見えない位置に隠れ潜んでいる可能性が高い。

 

警戒を敷き直そうと、先に歩いていったたきな達に伝達しようとしたが、その前に一つの音が鳴り響いた。

 

 

バン! と。

 

 

その衝撃を受けたのは、『護衛対象』だった。

 

マスコットが持っていたタブレットにはヒビが入り、それを貫通して着ぐるみの中へと弾丸が撃ち込まれた。

 

それが、合図。

 

施設外のあちこちで、銃声が連続で響いていく。

 

それに応じて、さらに多くの鉄の匂いが充満した。

 

 

 

✕✕✕✕✕

 

 

 

ロボットの頭を被っている男の全身から歓喜が吹き出した。

 

彼は今回の事件を指揮していた人間だ。遠隔操作で空中探査型ドローンを操って常に状況を把握し雇った奴らのサポートを行っていたのだが、

 

 

「ひゃっほォォォォオオオオオオオオオッ!! 死んだ!! とうとう死んだ!! 忌々しいウォールナットをついに殺ってやったぞォォォォオオオオオオオオオッ!!」

 

 

座っていた椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がって勝利のポーズを取るハッカー、“ロボ太”。

 

両手を上にあげて快哉を上げている彼は、つい最近まではウォールナットの下位互換と言われていた。プライドが誰よりも高いこいつは数字の順番が無茶苦茶コンプレックスで、一番でないと気が済まない性格だ。

 

いつもいつも比べられて、それに嫌気が差した彼は運のいいことに、『とある依頼人』から史上最高のハッカーの居場所を特定して始末して欲しいと頼まれた。

 

彼はもちろん喜んで引き受けた。

 

邪魔なアイツを正式に消し去るチャンスがやって来た彼はやる気満々で特定作業へと取り掛かった。居場所を特定するのに一ヶ月は掛かったが、それが今ようやく報われた。

 

ついに殺った。

 

その事実を確認した彼は、すぐさまキーボードを操作して誰かに連絡を取る。

 

 

「聞こえますか! 言われた通り殺ってやりましたよ!」

 

 

パソコンに繋いでいるマイクへ口を近付けてそう言った直後、プツッというスイッチの切り替わる音が聞こえる。

 

音質がクリアになり、そこから誰かの声が飛んでくる。

 

短く、彼に対する反応は薄かった。

 

 

『······そうか』

 

「ヒヒッ! この僕の手にかかれば楽勝でしたねー! これで、僕は日本最高のハッカーとなったわけだ!!」

 

 

笑い転げるロボ太に、通信先の男は何も言わない。

 

しばらくすると通信先の相手がスラスラと話し出す。感情に起伏を入れずに。

 

 

『一先ず、私は今忙しいから、詳しい詳細はまた後で聞くことにするよ。とりあえず先に伝えておこう、よくやったね』

 

「わかりました。それでは、その時は現場の映像もお見せ致しますのでどうかお楽しみに。すんごく面白い事になってますよーッ!!」

 

 

そんな彼に対して、相手は鼻で笑って楽しみにしているとだけ告げると共に通話を切る。

 

それを確認したロボ太は、現場にいる日雇いの部下達に命令する。

 

 

「オーイお前ら! 聞こえてるかー?」

 

『ああ! やったぞ! 十発は入れた!!』

 

『······』

 

 

銃弾を浴びせた内の一人がハッカーと同じテンションで答える。施設内で壁にもたれ掛かっているリーダーの男は何も言わないが、ハッカーは喜びを分かち合うように言う。

 

 

「ああ見てた! ほんっと最高だよ!! あのうざったいウォールナットが蜂の巣になった時はマジで笑ったよッ!!」

 

『どうする? 護衛の奴らも殺すか?』

 

 

それに対して、答えたのはリーダーだった。

 

 

『いや、必要ない········飯を、食いに行こう』

 

 

撃たれた箇所を撫でながら囁くが、んん? と退屈そうに咳払いする音が聞こえた。

 

今回の黒幕のロボ太である。

 

 

「オイオイオイオイ、何勝手に決めてンだ?」

 

『!?』

 

「殺すに決まってるだろ。ウォールナットの護衛とかしちゃってさ、ふざけてるにも程があるでしょ。この手の努力しちゃってる人とか見てると本当にうざい感じがしてイライラするからさ。とっとと殺しちゃってくれない?」

 

 

無線で繋がっているインカムから、肌寒い感情が部下達へと駆け抜けていく。

 

思わずリーダーの男が反発しようとするが、ロボ太はその前に命令する。

 

 

「そもそも生かしておく理由ないし、相手はあのリコリスだよ? 殺さず逃がしたら後に僕達の邪魔をされるかもしれないし、ここで殺しておく方が無難だよねぇ?」

 

『な!? でもこれ以上は───ッ!!』

 

「やれよ早くッ!! こっちは大金払ってンだぞ? 給料分働けやッ!!」

 

 

人を扱っているとは思えない口調だ。

 

リーダーの男からは息を呑む音が聞こえてくるが、それ以外のメンバー、主に外で待ち伏せしていた奴らは喜んで了解! という声を重ねた。

 

ほとんど相談することもなく、待ち伏せしてる連中は窓の外に銃口を伸ばす。

 

その様子を見て、ロボ太はウォールナットの亡骸を腑抜けたように瞳を潤わせて見つめているリコリスを見下ろして、

 

 

「じゃあねぇ~リコリス。そんな奴を匿ったのが間違いだったね」

 

 

引き金を引けという合図を送ると、部下達はそれを聞いて引き金を引く。

 

その直前で。

 

 

 

()()()()()()()()()?』

 

 

 

あ? と声を上げたのは現場にいる部下達ではなく、高みの見物をしているロボ太だった。

 

直後。

 

ブツッ!! と唐突に通話が切れた。

 

 

 

✕✕✕✕✕

 

 

 

一瞬だった。

 

銃を構えていた男よりも先に、ローガンの腕が男の首を通りすぎた。正確には、拳から一センチほど離れた部分が通りすぎた。

 

その間には、高温で一度融解してしまいひとたび加工もしくは固定してしまえば分子構造上、二度と破壊や融解はできなくなる性質を持つ金属。

 

最強特殊超合金『アダマンチウム』を纏った爪が、肉を引き裂いて通過する。

 

引き金を引かれるよりも早くローガンは腕を真横に振ると、その男の首がゆっくりとずれていく。

 

ボトッ、という重たい音を鳴らしながら男の顔が落ちると同時に、司令塔を失った体は膝から崩れ落ちる。

 

既に思考をするための頭はないのに、思っていた以上に力を入れていた体は勝手に反応し、引き金にかかっていた指の震えが一定値を超えていたために周囲に銃弾を撒き散らす。

 

首元に出来た通気口から大量の液体が溢れ出てくる。

 

流れ出る波が安定していくと同時に、司令塔を失った体も活動を停止し、誤射しまくっていたアサルトライフルも止まった。

 

 

「·······なッ!?」

 

 

理解が遅れたもう一人の男は後退る。

 

だが、怪物はそんな人間を前にしても同情の目で見ることはない。

 

暴れ狂う心臓の鼓動、不規則極まりない呼吸、明滅し混乱する思考。

 

その一つ一つは、これから自分は目の前の奴に狩られるということを証明する恐怖心そのものだった。

 

目の前から迫る外国人。

 

本当に数メートルもない距離まで接近しているローガンは、

 

 

「次はお前だ」

 

 

狭い部屋の中での宣言。怪物相手に逃げる場所もない小さな部屋の中で、その怪物が放つ殺意に圧倒されていた。

 

武装しているにも関わらず、彼は引き金を引けない。引き金に指はかかっているのに、震えて指が滑ってしまうのだ。

 

 

「あ······あぁ······ッ!!」

 

 

銃口を向ける。

 

向けているのに、彼は構わず近付いてくる。

 

冷酷に満ちた瞳でこちらを見つめる外国人の顔には何も浮かんでいない。もはや彼の頭の中には目の前の男を消し去るということしかなかった。同情もせず、残虐にこの世から消し去る。それだけしか考えていなかった。

 

これから命を刈り取られる、それを自覚した彼はようやく動く。

 

 

「ぅぁ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

 

手に構えたアサルトライフルの銃口はその冷酷な空気を解凍するように火を噴く。何発も放たれる銃弾は正確にローガンの頭を射貫く。

 

炸裂音を響かせて、数ミリの弾丸が急所へと叩き込まれる。

 

だが。

 

 

「······そ、そんな······ッ!?」

 

 

男の体が凍り付けにされたように固まってしまった。驚愕に染まり、背筋に悪寒が走り抜ける。

 

アサルトライフルから放たれた弾丸は少なくとも金属製の物にはめり込むくらいの威力はあった。人間の体ならば問答無用で貫通する威力なのに、ローガンの頭からガン!! という金属製の物を弾く音が鳴り響いた。

 

撃ち抜いた部分の皮膚はめくれ、そこから頭蓋骨が一瞬見えた。

 

しかし、そこにあったのは白い骨ではない。

 

銀、銀一色。

 

彼の手から飛び出している爪と同じ銀色の金属。

 

その頭蓋骨は撃たれた衝撃で表面に飛び出していたが、しばらくすると次第にその穴は塞がっていった。

 

 

「ひ、ひぃッ!?」

 

 

男の体がよろめく。

 

壁まで追い込まれた男はとっさに壁へ手をつこうとした所で足がもつれ、力が抜けた膝から地面へと崩れていく。

 

そのままずるずると地面へと崩れ落ちた所へ、ローガンは到着した。

 

見下ろすようにして睨み付けるローガンは低い声で、

 

 

「人の命を奪おうとしたんだ、自分も殺される覚悟は出来てるんだろうな?」

 

「あ······あぁ········」

 

「······恥を知れ」

 

 

男の股から熱いものが流れ出ているのを無視したローガンは、腕に全体重をかけて男の頭蓋骨へと突っ込もうとする。

 

男の顔から生気が抜けようとした瞬間、

 

 

「······やめて、ローガンさん」

 

 

パシュ! と。

 

静かな音が背後から聞こえた。

 

発射音すら掻き消したピストルには、サイレンサーが取り付けられていた。強力な麻酔針が装填されているその銃は、ローガンの体を貫通はしないものの、刺さることには成功した。

 

 

「······がぁッ!?」

 

 

ふらり、とローガンは首元に刺さった何かに触れると、その体が後ろへと揺らぐ。

 

そのまま何の抵抗もなく床に転がってしまった。

 

それと同時に、ローガンの意識も完全に失われる。

 

それを確認した千束は、ローガンの元へと歩み寄って囁く声でこう言った。

 

 

「あなたに人は殺させない。私がそんなことはさせない」

 

 

耳元で言っても、彼は全く反応しない。

 

意識を失った彼に、体を動かす術はない。

 

それでも。

 

ローガンの手から伸びていた凶器は。

 

ゆっくりと。

 

ゆっくりと。

 

手の中へと収まっていった。

 

 

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