WOLVERINE STRANGER OF LYCORIS   作:織姫ミグル

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第11章

 

 

 

「な、な······!?」

 

 

ロボ太は一部始終見ていた。

一瞬で命を刈り取られる場面を。

 

首元を鋭利な物で切断された日雇い部下の最後はあまりにも惨く、残虐的だった。死んだ遺体が所持していたアサルトライフルは辺り一面に乱射して激しい音を繰り返し響かせていた。

 

倒れた体はビクビクと痙攣するように動いていたが、それも数秒で収まった。

 

無様な芋虫。

 

そうさせた『怪物』を偵察用のドローンを通して目の当たりした。

 

 

「な、なんなんだ······あいつ!?」

 

 

ロボ太の全身から冷や汗が吹き出している。

 

切断された遺体を見た瞬間、彼の思考はグルリと回って一気に恐慌状態に陥った。

 

ロボ太は被り物の下で、ごくりと唾を呑み込む。

 

すると、

 

 

「!?」

 

 

彼の腰が震えた。

 

恐怖で体が震えていたというのもあるが、それは限定的で法則性のある振動だった。間隔を開けて振動していることから、これは自分の意思で震えているわけではない。

 

ロボ太はポケットに手を突っ込む。

 

そして振動の原因となっているもののボタンを押し、それを耳に当てる。

 

 

『おい』

 

「!?」

 

『予定の時間はとっくに過ぎてるぞー? 次の計画の話し合いをしたいのに、お前のせいでめちゃくちゃ遅れてんだけどー?』

 

 

声は飄々としていた。

 

ロボ太は眉をひそめた。こっちはそれどころではないというのに、空気の読めないその声に腹を立てる。ロボットの被り物がなかったら、ムカついた顔が見られたかもしれない。

 

電話越しの台詞は聞き慣れた奴のものだった。

 

彼は、こいつとは協力関係にあった。

 

 

「“真島”······!?」

 

『電話番号教えてもらったから今回はお前にかけられたけど、もし繋がってなかったら今頃お前の家に直接行って訳を聞いた後にドタマぶち抜いてた所だよー?』

 

 

ムカつく野郎だ。

 

脅すように話す共犯者だったが、こちらにもこちらの事情がある。

 

 

「それどころじゃないんだ真島!」

 

『あン?』

 

「今日僕は別の依頼人から仕事を受けてたんだが、とんでもない奴が現れたんだッ!!」

 

『なにその子供みたいな台詞。言い訳にしては苦しいんじゃないか?』

 

「僕は真剣だッ!! いいか、よく聞け!? そいつは手の付け根からなんでかわかんないけど鋭い爪を出して、僕の部下の首を切り裂いたんだッ!!」

 

『······なに?』

 

「それだけじゃないッ!! 残っていた奴がそいつに何発も銃弾を撃ちまくったのに、全然死ななかったんだッ!! 傷口もすぐ塞がるし、アイツなんなんだ!? ワケがわからないよッ!?」

 

 

ロボ太は焦りながらもスラスラと説明した。記憶が混濁しているのか、言葉の選び方がどこか子供ぽかった。

 

彼との約束も忘れているほど相当切羽詰まった声で話すが、どういうわけか若干刺のある言い方をしていた通話相手の声がピタリと止まっていた。

 

数秒の沈黙。

 

それに不審に思ったロボ太がどうした? と尋ねると、

 

 

『······おもしれぇ』

 

「え?」

 

『お前が受けた仕事ってさ、DA絡み?』

 

「え······あ、ああ」

 

『へぇ······どうやら、あの時武器商人達を殺した奴はDAの関係者だったみてぇだな』

 

「!?」

 

『良かったなー? あん時の汚名を返上することができて。あの時は結局調べきれなかったからこいつマジ使えねぇと思ったけど、ここに来てようやく役に立ったな』

 

「な!? 僕はいつだって優秀だッ!! あの時お前が知りたいって言ってきたものは一般人の誰かということしかわからなかったし情報も曖昧で、それだと何万人もの民間人から探し出さなきゃならなかったから、お前が与えてくれた期限だと調べ切るのは無理だっただけだッ!!」

 

 

ロボ太は声を荒げてすごく嫌そうな声で言ったが、電話の相手はあーはいはいと適当に受け流した。

 

 

『こっちだって今色々忙しんだからさー、そっちもきちんと仕事しろよ』

 

「してるわッ!!」

 

『まあいいや、そいつの写真とか映像とか撮ってるか?』

 

「え······う、うん」

 

『んじゃ、すぐにそこから解析してそいつが何者なのか調べろ。今度こそ期待してるぜ凄腕ハッカー様。言っておくけど、これでまた調べきれませんでしたとかなんとか言ったら、次こそお前の家に行って消しに行くから』

 

「なッ!?」

 

『そんじゃな~。会議は後でいいからしっかり仕事しろよ~?』

 

 

狂った笑い声と共に通話が切れる。ホントにあんなのがテロリストのリーダーで良いのか不安になる。

 

しかし、彼はそんなことはどうでもいいとばかりに全身を猛烈に震わせる。

 

 

「調べるも何も········わかりきってるだろ。こいつは────ッ!!」

 

 

怪物だ。

 

その言葉すら紡げなかった。それを言うことすら躊躇ってしまうほど、圧倒的な存在に喰われていた。民間人という枠に納めるにはあまりにも恐ろしすぎる。

 

本当の怪物を見たロボ太は、掌に挟まっていたスマホを落としてしまう。

 

それと同時に、知ってはいけないものを見たのだと自覚すると脳裏に嫌な映像が駆け巡る。

 

もしも、アイツが仮にDAと関わりがあったとして、今後そいつを相手にしないといけなくなったら······。

 

人の手には負えない奴を相手にするなんて、想像するだけでゾッとする。

 

爪を生やした人間。

 

どれだけ撃たれても死なない化物。

 

気性が荒く残忍さの塊のような怪物。

 

もしかすると、とてつもない規模の存在に自分達は手を出してしまったのかもしれない。

 

 

 

✕✕✕✕✕

 

 

 

ボサボサの緑髪男はビルの屋上によじ登っていた。

 

あちこちにビルが立ち並ぶ中、一つの建物を眺めて、そして呆れたような声をあげた。

 

 

「······()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

口の端を歪める。

 

男にしては少々似つかわしくない口調で話すそいつは、あるものを眺めていた。

 

今は廃墟となった食品売場。そこで行われた銃撃戦。少女二人はなんとか攻撃を凌いでいたようだが、肝心の護衛対象を守りきれなかった。

 

傷心しきった赤い少女に向かって、向かい側の建物に身を潜めていた男達は銃口を向けていたが、それを阻止するように“あの男”が現れた。

 

彼は自分の敵には容赦はしない。

 

相手が誰であろうと、自分と自分の周りに危害を加えようとする者は問答無用で狩り取る。

 

一人を殺害し、残りも始末しようとしたみたいだが、立ち直った赤い少女の手によって眠らされた。

 

 

「あのウルヴァリンがあんな女の子のためにわざわざ駆け付けるなんて······本当、女に甘いのね」

 

 

緑アフロヘア男は失笑する。

 

鼻で笑うと、皮膚が波打つように蠢くと共にその色が変色していった。

 

青、真っ青。

 

先程までの姿とは違って、どう見ても人間体には見えなかった。頭から指先まで全身が青く、緑髪から赤髪へと変化した。女の体に青いペンキをそのまま塗ったような女性の黄色く光るその瞳には、呆れたような感情が宿っている。

 

そんなアバターもどきの女性は鼻で笑って、

 

 

「久々の再会でも顔を見られるわけにはいかなかったから別の姿で会いに行ったけど、やっぱり私だって気付かなかったわね」

 

 

彼女は変装の達人だ。

 

いや、彼女の能力は変装というレベルではない。

 

変身。

 

自分の顔や体を別の誰かのものに組み換える能力は、遺伝子レベルでの変化も可能にする。生き物だけではなく、石像や銅像にも化けられる彼女は人を騙すことに長けている。

 

今回は、自分にとってどうでもいいと思った『テロリストの姿』を借りた。

 

十年前のある日、この国にある電波塔を爆破するために参加したテロ活動。その時一緒にいた内の一人の男の姿を覚えていた彼女は、十年くらい成長させた姿でローガンの前に現れた。彼女にとって、化けた相手がどうなろうと知ったことではない。よって、殺されても特に文句が言われないような奴の姿を選んでみたが、ローガンはこちらに危害を加えてこなかった。

 

車に知らない奴がいきなり乗り込んできたら普通身を守るために護身の構えになると思うのだが、どうやら彼には必要なかったらしい。

 

 

「ふふっ」

 

 

遠くにある風景を眺めながら、彼女は足元に置いてあった鞄から携帯を取り出した。現在彼は少女達によって呼び出された救急車に乗せられている。白いヘルメットを被った救急隊員の手によって担架に固定され、共にいた少女二人と着ぐるみを着込んだ遺体も乗せて、走り去っていくのが見える。

 

番号を入力して耳に当て、スマホのマイクへ口を近付ける。耳を当てると普通の呼び出し音は聞こえなかった。ワンコールもなく即座に相手に繋がったのだ。

 

 

「ハァーイ、ミスター・“吉松”。今忙しいかしら?」

 

『いいや、こちらも今片付いたところだ』

 

 

クリアな音質で声が聞こえてくる。

 

男の声が聞こえてくると同時に何やら車が通り過ぎるような音まで拾っていることから、おそらく彼は今車の中。運転中に電話に出ることは道路交通法に違反するので、多分後部座席に優雅に座っているんだろう。運転は彼専属の運転手に任せているといったところか。

 

 

「そう。あの“アラン機関”に属しているくらいだから手に負えないほどの量の仕事が回ってきていると勝手に想像してたから今日は繋がらないかな? って思ってたけど······優秀なのね」

 

『いいや、私はただの凡人さ。人から任された仕事をこなすことしか出来ないのであれば、それではそこらにいる一般人と何も変わらない。本当の優秀というものは、神に選ばれた天才達のことを言うんだよ。君みたいにね』

 

「神······ね」

 

『そうでなければ、【君みたいな存在】が生まれるわけがない。誇るべきことだよ、君のその能力は必ず世界の役に立つ』

 

「言っておくけどね、ミスター吉松」

 

『何だね?』

 

 

彼女は先程までと打って変わって、冷酷な声色で通話相手に言い放った。

 

 

「それ以上『私達』を侮辱してみなさい? 何も知らないくせに、神だの天才だの選ばれただの、無責任なこと言わないでくれるかしら?」

 

 

その言葉に、通話先からは笑みが返ってきた。

 

沈黙する彼女に、通話相手は語る。

 

 

『いやすまない。君を侮辱したつもりはないんだが、そう受け取ってしまったのなら謝るよ』

 

「別に気にしてないわ。元からあなた達に期待なんてしてないもの」

 

 

両者の間に沈黙が満たされる。

 

彼女も、通話相手も、しばらく何も言わなかった。

 

やがて、通話相手はポツリと呟いた。

 

 

『本題に入ろう。何の用かな?』

 

「何であなたが『私達』に興味を持つのか気になってね。私達のような人種は既に忘れられた存在なのよ? 生き残っているのも本当にわずか。数えても一桁しか生存していない、と言ってもいいくらいにね」

 

 

通話相手は、その言葉に顔をしかめた。

 

遥か昔の思い出を、懐かしく振り替えるように。

 

 

『私が天才というものを見たのはまだ十歳にも満たない子供の頃だった』

 

 

彼女は通話先から発せられる言葉を黙って聞いている。

 

 

『人を越えた存在に憧れていた。たった一つのイレギュラーが存在するだけで、世界は大きく変わってしまう。まだ夢も希望も持っていない子供が野球を見に行ってある選手がホームランを打ったのを見た時、その選手の存在に惚れて自分も野球選手を目指そうとなる現象があるだろう? 私にとって、それが【君達】だった。しかし今では君達のような存在は減ってしまった。それどころか、存在そのものを忘れてしまっている。せっかく生まれてきた天才達が忘れ去られるなんて、私には耐えられない』

 

「だからあなたは私達『ミュータント』に執着を抱いたってこと?」

 

 

頷く声と共に、否定するための言葉を先に呟くと、

 

 

『君達だけではない、類い稀なる才能を持った者達全員だ。天才はとても素晴らしい。彼らのその能力は世界に必要とされている。どんな才能でも、一人でも多く天才を支援するのが私の役目だ。だから私は、君達にも救いの手を差し伸べている。絶滅ということだけは絶対にさせはしない』

 

「······」

 

『天才は神からのギフトだ、必ず世界に届けねばならん······』

 

「······そう」

 

 

彼女は小さく笑ったようだった。

 

互いは会話しているように見えていたが、通話先の方が一方的な言葉を浴びせているだけだ。

 

彼女は話し終わった通話相手にようやく自分の意見が言えた。

 

 

「何であれ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今回も言われた通り、きちんと『同類』を見つけたわ。でも、忠告しといてあげるけどアイツに近付くのはおすすめしないわよ? アイツは自分の敵には容赦はしない。仲間である内は凄く良い男として振る舞っているけど、自分の居場所を奪う奴は誰であろうと問答無用で殺す。気性の荒いあの男に何かしたら、結局困ることになるのはあなたよミスター吉松?」

 

『忠告ありがとう、“ミス・レイヴン”。心配しなくても大丈夫さ』

 

 

笑みと共に、彼は言った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

それで通話は切れた。

 

単調な電子音が耳に入ってくる中、彼女はたっぷり十秒は固まっていた。

 

夕焼けへと変わっていく空を見上げながら、彼女は小さく息を吐いた。

 

 

「そう簡単にいくかしらね? 天才天才ばかり言うけど、案外人って普通を求めてるのよミスター吉松?」

 

 

彼女は遠くにいるローガンに目をやった。

 

ここからではもう見えないが、そちらの方角には走り去った救急車が今頃高速に乗っているはずだ。

 

 

「ていうか、()()()()()()()()()()()()()()()()?······もしかして」

 

 

言うなや否や、彼女は首を振ってその考えを否定した。あの超回復能力を持つ男が、今更“そんなこと”になるわけがない。単に疲れていたからたまたま効いたのだろうと、勝手に納得した。

 

スマホを仕舞うと、彼女は躊躇なく屋上から飛んだ。

 

群衆が街中を歩いている中へと落ちていくと同時に、その中で最初に目に入った奴に姿を変える。

 

人が空から落ちてきたとかなんとか群衆がどよめくが、それを無視して彼女は風景に溶け込む。誰かに見つかる前にまた別の誰かに変化する。

 

それを繰り返して、彼女はニヤニヤと笑いながらそこから消え去った。

 

 

彼女の目的はただ一つ。

 

 

一度でいいから、人間らしく普通に生きてみたかった。

 

 

 

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