WOLVERINE STRANGER OF LYCORIS   作:織姫ミグル

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第12章

 

 

『俺はいつも通りのことをしただけだ。お前らが殺されそうになっていたから力ずくで止めた。間違ったことはしていないはずだと思うが?』

 

『でも、もしかしたらあの人達は強制的にやらされてたのかもしれないでしょ。誰かから脅されて、家族とか大切なものを守るために仕方なく─────』

 

『だったら、そのために他人が死ぬのは仕方ないってことか?』

 

『ッ!?』

 

『そいつらにやむを得ない事情があるから、黙って撃たれて殺されても仕方ないって言うのか?』

 

『ち、違っッ!!』

 

『お前の言いたいことはわかる。けど、あいつらは武器を持っていた。扱いにも慣れ、撃つことに何の疑問も躊躇いもなかった。つまりあいつらは、殺し慣れているということだ。実際人の命を奪おうとして、躊躇もなく引き金を引いたんだからな。だったら、自分が殺されても文句は言えない。やられたらやり返してやるのが普通だ。あいつらと同じことをして何の問題がある?』

 

『確かに、あの人達がやったことは許されることじゃない。でも! だからってこっちも相手を傷つけていい理由になんかならないよ』

 

『千束さん』

 

『? たきな?』

 

『私も、今回ばかりはこの人に賛成です』

 

『!』

 

『命大事にって方針、やっぱり無理がありませんか?』

 

『え?』

 

『あの時、二人できちんと動けてたら今回のような結果にはならなかったはずです。私達は、殺人が許可されています! 敵の心配なんてする必要は───ッ!!』

 

『あの人達も、“今回は敵だった”ってだけ。二人の言いたいことはわかるけど、目の前で人が死ぬのはほっとけないでしょ?』

 

『ッ!!』

 

『ほら、二人とももうやめろ。ローガンも、もう言いたいことは全部言えただろう。今回の件は、何も知らせていなかった我々にも責任がある。私達も、騙すような作戦をして悪かった』

 

『······フン』

 

『『······』』

 

 

 

✕✕✕✕✕

 

 

 

「······もう一杯」

 

 

と呟いたのは昼から飲んだくれている落伍者。今ではもう絶滅の危機に瀕している数少ないミュータントの生き残りである。

 

グラスに入ったカクテルをぐびっと一気に飲むと、カウンターに乱暴に置いた。

 

 

「お客さん、昼間から飲みすぎじゃないか? さすがにそろそろやめといた方が」

 

「ほっとけ、アンタには関係ないだろ」

 

「······やれやれ」

 

 

呆れたようにため息をついて最終的に諦めた店員は潔く引き下がる。

 

ローガンは行儀悪く卓上に肘をつき、カウンターの向こうで瓶に入った酒を棚から取り出している店員の頭上に設置されたモニターへ退屈そうに目をやっている。酒場なんだからプロ野球や競馬の中継が流れているのかと思いきや、放送されているのは『アラン機関』という組織が支援した天才達が、芸能人達と共に紹介されている番組だった。

 

興味がなさそうにしている彼は、つまんない番組だなと適当な調子で考えていた。こんなもの流すくらいなら明日の天気予報を放送してくれた方がよっぽどマシだ。

 

酒の肴にもならない番組に心の中でケチつけていると、注文の品を持ってきた店員がローガンのグラスに酒を注ぐ。

 

 

「あんた、この辺の人じゃないよな?」

 

「······だからなんだ?」

 

「別に。昼間からこんなに飲むなんて、どこのお金持ちだろって思っただけさ」

 

「······フン」

 

「つまみは頼まないのか? 酒だけってなんか寂しくないか?」

 

「いや、いらない」

 

「そ······まあ、ごゆっくり」

 

 

にっこりと笑って店員はカウンターの奥へと去っていく。

 

陳列している酒はどれもこれも高そうなものばかり。酒瓶に詰められたものが淡く光っているが、中に入っている原材料はどれも高級品。酒のことをあまり知らないものからすれば、水かお茶にしか見えない見た目をしている。しかし、マジな酒飲みからすればそこに並べられている酒は喉から手が出るほど欲しくなるはずだ。

 

ローガンはその中の一つを頼み、これでもう六杯目になる。

 

グラスへ唇を寄せるたびに、カランという冷たい音と共に容れ物のアルコールが波を作る。口に侵入した酒を奥へと押し流すと、喉が焼けるように熱くなる。普段から飲み慣れているローガンは、この程度の度数ではびくともしない。

 

嫌なことがあったらやっぱりお酒! とでも言うかのように、昼間から酒場に入り浸っている彼は高級カクテルを飲み干す。

 

 

「もう一杯」

 

「またかよ。お客さん、もういい加減に」

 

「金ならちゃんと払う、それで文句はねぇだろ?」

 

「そういう問題じゃ」

 

「いいから頼む。今は、飲んでないとやってられないんでな」

 

「······ったく」

 

 

店員は渋々ローガンのグラスに再び酒を注ぐ。

 

立ち去る際に、これで最後だからなと念を押すことを忘れない。強めな口調で言っていたことから、これ以上頼んでも彼は断固として拒否するだろう。

 

店員の気遣いには感謝するが、だがしかし彼は今とにかく体の中にアルコール成分を入れて思考を鈍らせたかった。何百年も飲み続けているとアルコールに耐性がついてしまうから、これだけではまだまだ酔わない。

 

嫌なことがあった後に飲む酒は美味しいとは言い難い。だが、アルコールを摂取することによって生まれる何とも言えない多幸感に包まれるのは気持ちが良くて落ち着くのだ。

 

酒は百薬の長。

 

古来から言い伝えられている言葉のように、何か嫌なことがあったり、むしゃくしゃして落ち着かなくなったら、お酒を飲むことで溜まったストレスを解消したくなる時もある。

 

では、一体ローガンに何があったのか。

 

それは昨日のことだった。

 

 

「······俺は何も間違っちゃいない」

 

 

ちょっと呂律が回りにくくなり始めてる声でそう言った。

 

事の発端は、千束との口論。

 

昨日、見知らぬ男が勝手に車に乗り込んできてわけもわからず銃を向けられ、最後に意味不明な言葉と写真を残して去っていった。

 

そこに写っていた写真には、千束とたきなの二人がドローンに襲われている様子が収められていた。

 

何でこんな状況になったのか、何故この写真をあの男が持っていたのか、そんなことを一々考えるよりもまずローガンは車を発進させ、千束達の元へ助けに向かった。

 

現場に着いた時には何やら終息間際の雰囲気が漂っていたが、撃たれた遺体を見つめて呆然としている千束が向かいの建物に潜んでいた武装集団に襲われそうになっていたのでそこに乗り込んで無力化させた。一人が油断していたところを背後から攻め、痛みを感じる暇もなく首を切断し、残っている奴をさっさと駆除しようとした。同情も事情も、余計なことは考えずただ目の前にいる男を消そうとした所に、いつの間にか再起していた千束が麻酔銃を使って自分を眠らせた。

 

というのが、昨日起こった出来事。

 

何が何でそうなったのか、ローガンは詳しくは聞かなかった。

 

しかし、喫茶店で目が覚めると、待っていたのは説教だった。

 

千束からは一応まず感謝はされたが、敵の命を奪ったローガンに彼女は言いたい放題言いまくった。『命大事に』という事をモットーにしている彼女ではあったが、それについて思うことがあったので反論したところ、口論はますます激化していって、ついにはたきなまで介入しだした。

 

ミカが止めてくれなかったら、その口喧嘩は喉が干からびるまで続いていただろう。

 

三人はもう何も言わず、黙ってそのまま帰路についた。

 

後に聞いた話だが、今回はとあるハッカーの護衛をすることになっていたようで、千束達はその任務にあたっていたそうだ。けれど、その裏でミカ達が別に動いていて、依頼主をわざと殺させてこの世から完全に消し去ったと世間に認知させるために、千束達には内密に事を進めていた。

 

結果依頼主は死んだと思われ、これ以上狙われることはなくなったが、千束と口論になってしまった原因はミカ達が何も言わなかったことが原因ということで、彼らはローガン達に誠心誠意頭を下げた。

 

その依頼主が今どこにいるのかはローガンは知らない。

 

あの後ローガンはすぐにふて寝したし、朝になったら店が開く前に街へと繰り出した。

 

理由を素直に言えば、千束と顔を合わすのが嫌だった。

 

仕方なかったとはいえ、千束と言い合ってしまったし、今更どんな顔で会えばいいのかわからなくなってしまった彼は気まずい気分をリフレッシュするために酒場に酒を飲みに来た。

 

話が長くなってしまったが以上の事により、彼はいよいよ八杯目に突入しようとしていた。

 

 

「······もう一杯」

 

「······お客さん、最後にしなって言ったろ? 酒はもう終わりだよ」

 

「俺がどうしようと勝手だろ。金出すから同じのを頼む」

 

「金の問題じゃないよ。さすがにこれ以上はお店的にも飲ませられない。何か嫌なことがあったからそんなに飲むんだろうけど、もう充分だろう? 今日はもう終わりにして、さっさと家に帰った方がいいぞ」

 

「なんでてめぇに指図されなきゃいけねぇんだ。いいからもう一杯」

 

「いや、だからもう────」

 

 

という口論を引き下がらず続けているローガンだったが、

 

 

「彼にお水をお願いします」

 

 

不意に後ろから、真っ直ぐな声がローガンを貫いて店員へと飛んでいった。

 

 

「ええと······君は?」

 

「彼の付き添いです。ローガンさん、家にいないと思ったらここにいたんですか。昼間からこんなに飲むなんて、一体何を考えてるんですか?」

 

「······あ?」

 

「いつどこで酒を飲むのかはあなたの自由ですが、さすがに飲みすぎです。酔いを覚ますためにも今すぐ水を飲んでください」

 

 

自己紹介しながら勝手な注文をする。

見た目は黒い髪を背中と腰の間まで伸ばした高校生くらいの少女だ。紺色の長袖制服に、背中に背負うタイプの鞄。

 

酔いが回ってきていて回転の悪いローガンの頭がようやくこいつが誰なのか理解しだす。

 

ローガンは隣に近寄ってきた少女に、酔ってショボショボした目を瞬かせ、

 

 

「あ~、確か······井ノ上って言ったか?」

 

「はい」

 

「······何でここにいる?」

 

「あなたを連れ戻すように言われたので。それに、あなたは一応監視対象でもあります。昨日みたいに勝手な行動を取らないように、常に私達が見張っていなければなりませんから」

 

「仕事熱心だな。それに、昨日の今日で随分と態度が違うな。昨日は俺の意見にあんなに賛同してくれてたのに」

 

「······それはそれ、これはこれです」

 

「監視対象が問題を起こしたからお偉いさん達から苦情でも来たのか? ハッ、ご苦労なこったね」

 

「······」

 

 

ガラガラになった声でローガンが煽るも、たきなは気にも止めずにただ彼を隣で見つめている。多少不機嫌そうな顔つきをしているが、ローガンの方も何とも思わず彼女のことを笑っている。

 

険悪ムードの酒場の空気が、周りにいるお客さん達を引かせている。

 

すると、カウンターの奥にいた店員がジト目で二人を睨みつつ、

 

 

「おい、何だか知らねぇけど喧嘩すんなら外でやってくれよ」

 

「喧嘩じゃありません」

 

「だそうだ」

 

「はぁ······何でもいいからさ、迎えに来たんだったらさっさと連れて帰ってくれよお嬢ちゃん。他のお客さんに迷惑だ」

 

「その前に、彼に水を」

 

「はいはい」

 

 

面倒臭そうな足取りで別のグラスに水を注ぐと、ローガンの前に持ってくる。これ飲んだら連れて帰れよと目線だけで伝えると、たきなは無言で頷く。

 

そして、無言の圧力で見られているローガンは、目の前に置かれた水を渋々といった感じで口に含む。

 

ローガンは酔いがまだ残っている眼をこすりながら、突如やって来たたきなに彼は言う。

 

 

「で? 俺はどうしたらいいんだ?」

 

「おとなしく私についてきて家に戻ってください。あなたがちゃんと帰るまで、私も同行致します」

 

「······ハッ」

 

 

彼女の言葉に、ローガンは鼻で笑って、

 

 

「なんだ? 家までついてくるって、俺に気でもあるのか?」

 

「なっ!?」

 

「悪いけどなお嬢ちゃん、俺はお前くらいの年齢は対象外なんだ。十年後くらいに出直して来い」

 

 

酔いがまだ回って平淡になっているローガンの声に、たきなの顔が瞬時に怒りに染まる。

 

 

「そんなわけないじゃないですかっ!! 適当な事を言ってからかわないでくださいッ!!」

 

「はいはいわかったわかった。そういう照れ隠しはいいから先に出てるぞ」

 

「ちょっ!? 待ってください! さっきのセクハラとも取れる発言を撤回しないままスルーしないでくださいッ!!」

 

 

そんなこんなで、テンションの落差が激しい中年と女子高生は騒ぎながら店を出ていった。

 

店員はやっと出ていったかと安堵すると共に、二人が出ていく様子を少し微笑みながら見送っていた。

 

嫌なことがあったと思っていたが、あんな男にも気を遣って近くにいてくれる人がいるんだなぁ、と慈愛に満ちた目で、二人が仲良く出ていった扉を見つめていた。

 

 

 

✕✕✕✕✕

 

 

 

まだお昼になって間もない。

 

普段であればたきなのような女子高生は学校にいるはずだが、彼女の属している組織にはその制約はない。治安を守るために、常に自由時間を与えられているのだ。

 

だとしても、こんな時間に女子高生が酒を飲みまくったおっさんと彷徨いているのは一般的に見ればおかしいわけで、

 

 

「見送るにしても、さすがに距離を置くべきだと思うが?」

 

「あなたを監視するためです」

 

 

頑固な彼女はローガンの隣を歩く。

 

幸い、空模様が次第に雨雲へと変化していっているのが原因なのか、道行く人は少なかった。それに加えて、人通りが少ない道を敢えて選んで歩いているから人に見られる可能性は極めて低いだろうが、逆に今ここで誰かに見られたら即警察やらに通報されて問答無用で署までご同行願いますと言い渡されるのは確実だろう。

 

これだけ治安が良い国なのだ。

 

あらゆる所に正義の目が潜んでいるに違いない。

 

実際、その目を宿した人が隣にいるわけですから。

 

肌を刺すような視線を常にぶつけてくるたきなに、ローガンは話しかける。

 

 

「お前らって、学校行かないのか?」

 

「······私達は治安を守るために組織された集団ですので、常に街を見張っている必要があります。学校に行く暇はありません」

 

「勉強は? 治安を守るためにも法律とか社会とかの知識がいるだろ? 話すための国語、計画を立てるための計算、そういったものをいつ学ぶ?」

 

「そういうのは子供の時に既に終わらせていましたから、問題ありません」

 

「今でも子供だ。お前達のような子供は普通に学校行って、普通の人生を歩むために勉強をする。ごく普通の幸せを手に入れるための必須科目を受けずに、こんな手を血で染める仕事をしてお前は満足なのか?」

 

「······私達は、普通じゃないので」

 

 

隣を歩く少女は不機嫌そうに目を細める。

 

ローガンにはよくわからないが、彼女達には彼女達なりの生き方があるのかもしれない。

 

 

「······学校は、嫌いか?」

 

「興味ないですね」

 

「何故?」

 

「·······そんなの、行く理由が────」

 

「気を付けろ? 俺は元教師だ。納得するような理由じゃないと俺を説得するのは難しいぞ」

 

「もう充分な教育は受けているから、それだけです」

 

「······そうか」

 

 

僅かに語尾を強調したのを見て、ローガンはそれ以上は何も言わなかった。

 

不愉快そうにしている彼女を眺めて、ローガンはこう思う。

 

彼女達の組織が具体的に何をしているのかは聞いていない。銃を持つことを許可されて、そして危険な場所へと赴く。普通に考えたらおかしな組織にしか思えない。子供に銃を持たせるとか、彼女達を管理している奴らの頭はイカれている。

 

本来、彼女達のような子供がこんな道を選ぶはずがない。

 

事情があるのかもしれないが、だとしても自分達からわざわざそこを目指すというのは考えにくい。おそらく、誰かに勧誘されたんだろう。それこそ、あの時会った楠木という女かもしれない。

 

たきなや千束の様子を見るに、強制的にその道に引き込んだというわけではないだろう。

 

しかし、その道に進めるように選択肢を与えたのは間違いだと思う。

 

ローガンは気性が荒く敵には容赦はないが、身内や仲間には優しい一面を見せる。

 

実際、まだ知り合って間もないのに彼は千束達が危険な目に遭っているとわかった瞬間即座に駆け付けた。結局、千束には怒られてしまったが、自分的には間違ったことはしていない。

 

大切なものを守るために、彼はいつだって戦ってきた。

 

だからこそ、彼は冷酷に徹する。

 

たとえ世界の全てを敵に回してでも、誰かが自分の大切な人を奪うというのならば、容赦はしない。

 

そして、そんな大切な人達が危険な目に遭うのは耐えられない。

 

なので、彼は彼女にこう聞いた。

 

 

「一つ聞いていいか?」

 

「? はい?」

 

 

聞かれたたきなは立ち止まる。

 

ローガンは無表情のまま、彼女より一歩前に出ると、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「!?」

 

 

瞬間。

 

容赦も遠慮もなく、いきなりローガンはたきなの首元に自慢の爪を突き付ける。真ん中の爪だけは引っ込めて、拳の両端にある二つの爪が彼女の首を挟む。

 

近くの建物の壁まで追いやったローガンは彼女の体には一切傷つけず、そして身動きが取れないように二つの爪を壁に突き刺して固定したところで、彼は再び話し出す。

 

 

「間合いを詰めるなんて、常に俺を警戒しているくせに基礎がなっていない。爪が届かないようにいつもなら俺の三歩後ろにいるはずなのに·····お前にしてはリラックスしすぎじゃないか?」

 

「ローガン、さん?」

 

「そのローガンさんってのもお前らしくない。いつものお前なら俺のことを『あなた』だの『この人』だの、他人目線の呼び方で呼ぶだろ。それに、俺が住んでるところを『店』じゃなくて『家』と言ったり、どこで寝泊まりしているのかさえも把握してなかった。ここまで間違えておいて、単に忘れてましたって言い訳するんだったら、几帳面なお前にしてはおかしくないか?」

 

 

そう言うと彼は残っていた真ん中の爪をゆっくりと出して、先端を喉元に突き付ける。

 

下手に動けば、彼女の首から大量の鮮血が放出される。

 

それをいいことに、彼は笑って告げる。

 

 

「大方、俺が今住んでいる場所でも特定して、後に襲撃とかしようとしてたか? 考えが甘いな」

 

「······」

 

「最後に改めてもう一度だけ聞くぞ·······()()()()()?」

 

 

声を鋭くして問い詰めても、たきなは顔を変えない。

 

喉を押さえつけられたまま、一人で勝手に盛り上がっているローガンを眺めて、

 

 

「随分と冷静に判断してますね······さっきまで酒を飲んでいた人とは思えません」

 

 

彼女はそう評した。

 

その直後、

 

 

()()()()()()()X()-()M()E()N()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

目の前の少女が顔を歪めた。

 

顔だけじゃない、声色や髪色、体の全てが唐突に変化した。

 

彼女の瞳が眩い光を発する。

 

黄色く、邪悪な目。

 

体のラインが青く染まったのが見えた時、バキッ!! という壮絶な足音が辺りに木霊した。

 

その足音の発生源は、彼女から出たものではない。

 

ローガンの足。

 

目の前にいたローガンの足の指を彼女の足が踏み潰した音だった。

 

 

「ッ!?」

 

 

足に釘を打たれたような激痛に後ろへ下がろうとするが、足が本当に地面に釘打たれたかのように動かない。

 

何が起きたのかを把握する前に、第二波が彼を襲う。

 

視界がブレた。

 

目の前から音がしたと思ったら、ローガンの横顔目掛けて横殴りの鋭い足首が通過していった。

 

吹き飛ばされたローガンは何度も地面に叩きつけられて、近くに会った道路反射鏡カーブミラーに激突してようやく止まる。

 

根元がくの字に曲がって、そこから上が大きく傾く。これでは、この道の道路は運転席からは見えない車や歩行者の存在を認知させられず、ドライバーの死角をカバーすることは出来ないだろう。

 

車一台分がギリ通れるような道で行われた唐突な戦闘。

 

 

「あの男の姿になった時は全く気付かなかったのに、何で自分の知っている人間になったら気付いちゃうわけ?」

 

「て、め······ッ!!」

 

 

激昂するローガンは、蹴られた頬を押さえ込んだまま立ち上がる。

 

目の前にいる女はへらへらと笑っている。

 

見覚えのある顔だ。

 

しかしおかしい。

 

ありえない。

 

ミュータント達がかつてないほどの争いを起こした際に、自分以外の全てのミュータント達は絶滅したはず。

 

そんな彼の目の色から心の声でも読み取ったかのように『井ノ上たきな』だった別の誰かは口の端を歪める。

 

全体が青く、黄色の瞳を宿したミュータント。

 

その風貌に呆気を取られたローガンは、足指と頬の激痛を必死に堪えながら眩む頭で考え、相手の名前を紡ぐ。

 

 

「何でまだ生きていやがる······“ミスティーク”」

 

「私としてもあなたに会うのはお断りだったんだけど、依頼主がどうしても会いたいって言うから仕方ないじゃない。だからまぁ、悪いけど大人しくついてきてもらうわよローガン」

 

 

 

✕✕✕✕✕

 

 

 

丁度その時。

 

結局仲直りの機会を逃し、不貞腐れて頬を膨らました千束と熱心に質問内容を書き留めているたきなを乗せた列車は、雨の中を走り抜ける。

 

生憎と、東京よりやや離れたDAの本部がある地域は天候がよろしくない。

 

それもあってか、さっきから千束の調子もよろしくないようである。

 

 

「ぶぅーっ!」

 

「······いつまで不貞腐れてるんですか?」

 

「だってさぁ~!」

 

 

千束は座席の肘掛けに肘をつけて不満を零す。

 

 

「ローガンさんとちょっと言い合いになって気が落ち込んでるって時に限って、ライセンスの更新のためにこんな山奥に健康診断と体力測定とかさぁ~! ほんっとついてないよぉ~っ!!」

 

「ずっとサボってた千束さんが悪いです」

 

「むぅ~っ!!」

 

 

不機嫌そうに口を尖らせる千束。

 

たきなは構わずメモを書き続けているようだが、千束はやることがなくて嫌な考えばかりが頭の中を過る。

 

 

「はぁ~、やっぱり昨日は言い過ぎたかなぁ~? 朝来た時にはもういなくなってたし、先生もミズキもどこに行ったのか知らないって言うし、“クルミ”が街中の監視カメラをハッキングして探しとくなんて言ってたから大丈夫だとは思うけど、出ていったのは絶対私のせいだよねぇ······どう思うたきな?」

 

「······何とも言えませんね」

 

 

はぁ、と千束は疲れたように肩を落として、

 

 

「でも、何の関係もないローガンさんを巻き込むわけにはいかなかったし」

 

「······実はそのことについて疑問に思ったことがあるんですけど」

 

「うん?」

 

 

たきながそう言うと、ため息ばかりついている千束はふと子供のように首を傾げる。

 

メモ帳から一旦目を離したたきなは、千束の目を見つめて、

 

 

「昨日の任務についてあの人には知らせてなかったはずですよね? なのに、何であの人はあそこにいたんでしょうか?」

 

「え? ······そういえば、何でだろ?」

 

「あの人は外回りの仕事を任されてたはずです。コーヒー豆を指定の場所に届けた後そのまま食材を買いに行くために食品売場に向かったのならば、方角が逆ですしあそこにいたのは不自然です。偶然いたにしてはおかしすぎます。一体何であの人は私達がいるところがわかったんでしょうか?」

 

「う~ん······わからん」

 

「憶測ですが、おそらく誰かが手引きしたんではないかと考えています。あの人が独自で捜査して居場所を突き止めたなんて考えられません。よって、何者かが彼に情報を提供したんではないかと、私は思います」

 

「······」

 

「そんな第三者から情報を入手するような人を、信じていいんでしょうか。何より、手から爪を生やして不死身の肉体を持つ人を近くに置いておいて大丈夫なんでしょうか。私はどうしても、あの人が危険に思えて仕方ありません。昨日は彼の考えに思わず賛成してしまいましたが、やっぱり信用して良い人物なのか私にはわかりません」

 

 

たきなは頭の中にいっぱい疑問を抱えているようだが、千束は彼女の言葉を黙って聞いていた。

 

何者かがローガンに情報を提供した。

 

たきなは連続的にその言葉を使って彼の事を否定的な方向へと持っていっているが、千束はそうは思えない。

 

やり方はともかくとして、彼は自分達を救ってくれた。納得したわけではないが、千束的には彼が悪い奴だとは思わなかった。

 

そもそも、たきなの言う何者かというのもただの憶測だ。

 

よって、千束はたきなにこう言った。

 

 

「あの人は、多分悪い人じゃないよ」

 

「?」

 

「ただ·······ちょっと不器用なだけなんだよ、あの人は」

 

 

千束は窓の外を眺めながらそう言った。

 

丁度その時、列車中に次の駅の案内をする放送が流れる。間もなく目的地の駅だということがわかった二人は降車準備に取り掛かる。

 

その時には、ローガンに対する疑問は消えていた。今そのことについて考えても何もわからないから、その件に関してはまた後日考えればいいと二人は無意識の中でそう思った。

 

実際、彼が何者なのかをいくら考えたところで答えが出ることはない。

 

自分が一体どういう状況にいるのか、本人自身ですらよくわかっていないのだから。

 

 

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