WOLVERINE STRANGER OF LYCORIS   作:織姫ミグル

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第13章

 

 

レイブン・ダークホルム

 

通り名は、ミスティーク。

 

かつて、X-MENと敵対していた組織『ブラザーフッド・オブ・イビルミュータンツ』に属していたミュータント。

 

その能力は、肉体変化。

 

人型であれば何にでも身体を変えられる力を持つ彼女の能力は極めて厄介。

 

例えば、その能力を使って敵対する組織へと潜入し敵の戦力情報を盗んだり。

 

時には、奇襲をするために相手の知人に擬態して暗殺をしたり。

 

または、追い詰められたら良心を利用するためにその人にとって大切な存在の姿に変わって隙を見せた所を反撃するなど。

 

人を欺くにはうってつけの能力だ。

 

そんな彼女の経歴はほとんど謎に包まれており、過去に何があったのかは誰も知らない。

 

しかし、実は彼女はローガンと似た能力を隠し持っている。

 

メインではないのでローガンほどではないが、彼女はその肉体変化ができる能力によって、ある程度『老化』を防止できる。

 

ローガンは『とある事情』によって昔の記憶が消えているが、ミスティークと彼は一九二一年のメキシコにて、魔女裁判にかけられたことがある。

 

つまり、彼女と彼は古い知り合い。

 

ただし、敵対という関係であるが。

 

時には、人から化物と迫害されたミュータント集団を率いて救いの手を差し伸べる存在にもなっていたが、基本彼女はヴィランとして暗躍し続けている。

 

そんな彼女は、十年前のミュータント同士の争いに参加して命を落とした。

 

はずだった。

 

 

「ッ!!」

 

 

ローガンは訳がわからないという顔をしている。

 

息が詰まり、目の前の光景が幻覚なのではないかとさえ疑い始める。

 

 

「何で、生きているッ!?」

 

「質問ばっかりね。少し考えればわかるでしょう? あの時、あなただけが生き残ったわけじゃない。ただそれだけのことよ」

 

 

彼女はつまらなそうに目を細めて答えると、

 

 

「と言っても、私自身あなたの前には現れたくなかったわ。人間社会に潜伏して、そのまま忘れ去られて平凡な生活を送るのも悪くないって思ってたから。だから、チャールズが世界の認識を変えてくれたのはこちらとしても好都合だった」

 

 

でも、と一拍置くと彼女は口角を三日月のように歪める。

 

 

「だとしても、完全にミュータントの痕跡は消えたわけじゃない。隠蔽工作をどれだけしても、察しのいい連中が何かの拍子に気付いてしまうことだってある。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そうこうしている内に、ミスティーク改めてレイブンから見えざる殺意が吹き荒れる。

 

何度も味わったその気迫。

 

ヴィランとしての彼女は、まだ健在のようだ。

 

 

「ああ、そうかよ」

 

 

その殺意に呼応するかのように、ローガンは怒りに満ちた目をして立ち上がる。

 

彼女とは何度もぶつかり合った。

 

彼女が属していたミュータント組織は、自分達こそがこの星に生きるに相応しいという考えを持っていた利己主義集団。

 

ひ弱で何の特殊能力も持たない旧人類達こそ滅びるべき存在であり、我々こそが新時代を生きるべき存在。

 

そんな己の傲慢さを歪めて民間人に全て吐き出すような奴ら同士手を組んで、人間達を滅ぼそうとした。

 

だから立ち塞がった。

 

ローガン達、『X-MEN』が。

 

結果、勝ったのはローガン達だったが、それと同時に多くのミュータントも亡くなった。

 

かろうじて、その組織を率いていたマグニートーを撃ち取ることには成功したが、何人もの優秀なミュータントもまた死んでいった。

 

後にまた、新たな敵が現れては仲間達が死んでいき、ついには自分一人だけとなった。

 

はずだったのに。

 

また目の前に、己の欲望のために世界を敵に回す奴が現れた。

 

私利私欲のために人様に迷惑をかけるような奴がまだ存在しているだけで虫酸が走る。

 

ならば、

 

 

「ハッ、過去の亡霊が今更起きてくんじゃねぇよ」

 

 

人間達を苦しめる存在は、大切なものを守ると決めたローガンにとっては邪魔な存在。

 

いつだってそうしてきたはずだ。

 

自分だけでなく周囲を仇なす者がいる限り、彼はその度に拳を握り締めて爪を解き放つ。

 

 

「蘇ったんなら仕方ねぇ、もう一回眠らせてやるよ。今度は、二度と起きてこれねぇようにな」

 

 

彼は逃げ出さない。振り返って背中を見せることもない。

 

ただその拳を握り、互いの距離をゼロにするために前へと駆け抜ける。

 

 

「うぉァァアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

ローガンは天に吠えるように走り出した。

 

拳を振りかざすようにして、そのムカつく顔面に爪をめり込ませる。

 

が、

 

 

「ほんっと、短気なのは変わってないのね」

 

「!?」

 

「だからあなたの攻撃はわかりやすいのよ」

 

 

彼女は最初から避ける気もなかった。

 

構わず両手でローガンのその無防備な両手を掴むと、腕を強引に開かせて腹に鋭い膝蹴りをぶち込む。

 

 

「がはっ!?」

 

 

ローガンの肺の中から強制的に息が吐き出される。

 

くの字に折れたローガンの体を気にせず、まるでお辞儀をしているような彼の背中にかかと落としを思いっきり振り下ろした。

 

バキンッ! と。

 

背骨がまた別の方向へと曲がる。

 

折れたわけではない、ただ元の位置に戻っただけだ。ただし、鋭い痛みを加えたことで脊髄がショックを受けてしばらくは動けなかった。

 

 

「が······あ·····っ!?」

 

「いつもそうね。わかりやすいのよ、あなたの攻撃は」

 

 

彼女は呆れた声で倒れ伏したローガンを見下している。

 

ローガンは何か策を考えて戦うタイプではない。むしろ、逆上して攻撃が直線的になりやすいタイプなのだ。

 

怒りに身を任せて力を振り絞るような戦い方は、状況を読んで次の一手を繰り出すようや相手とは分が悪い。

 

何より、彼女はとにかく体が柔らかい。

 

バレエに近い動きをして滑らかな攻撃を与えてくる彼女の体を捉えるのは、普段脳筋で戦うローガンには難しかった。

 

攻撃を加えれば紙一重で躱し、その隙を逃さずに反撃する。体全体を物理的兵器として自由に扱える彼女には、ローガンの戦闘スタイルは不向きだった。

 

動きが大振りなローガンに対し、レイブンは余計な動きを最低限に押さえて最大限の攻撃を繰り出す。

 

それだけじゃない。

 

彼と彼女には現在進行形で明確な違いがある。

 

 

「酒を飲んだのが仇となったわね。せっかくハンデとして飲ませたお水も効いてくれないんじゃ、何の意味もないわね」

 

「······ッ!!」

 

「まあ、こちらとしては都合がいいから助かってるけど」

 

「ぐっ!!」

 

 

アルコール成分はまだ抜けきっていない。

 

ローガンは動物的な鋭い感覚を有しており、嗅覚と聴覚が人並み外れて発達しているが、酒が回っていて全ての五感が鈍くなってしまっている。

 

動きもどこかふらふらで、攻撃を繰り出す際の動きは著しく単調であった。

 

攻撃が最大の防御を体現するローガン。

少ない動きで確実な致命傷を負わせるレイブン。

 

彼女とローガンでの戦力差は、見るに明らかだった。

 

 

「く、そが。ふざけんなよッ!」

 

 

ローガンは歯を食い縛って、

 

 

「舐めやがってッ! 何の目的で俺を狙うんだッ!? 平穏に暮らしてぇなら俺のことはほっとけよッ!!」

 

「ふ~ん、この期に及んでまだ質問ばかりするのね。別に私自身はあなたなんかとは会いたくなかったってさっき言ったでしょ?」

 

 

レイブンの声が、心底馬鹿にしたように聞こえた。

 

わざわざ狙っておいて蔑むような言葉を投げ掛けられて、気にしない人間などいるか。

 

 

「クソッタレが·······そもそも、何でテメェはまだ生きてんだッ!? 俺は確かに見た!! お前の遺体を!! マグニートーの一味は全員残らず倒したはずなのに、何でお前だけ生きていやがるッ!?」

 

「何で同じことばかり聞いてくるのかしら。まあ、どうでもいいことだから教えてあげてもいいけど」

 

 

レイブンは下らなそうにため息をついて髪の毛をいじりながら流暢に喋り出す。

 

 

「簡単な事よ。私は何にでも姿を変えられる力を持つミュータント、()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。死亡確認時も瞳孔を開いて息も心臓も止めてたし、傷口も本物に見せた。つまり、単に騙されたってことよ。あなた達みんなね」

 

「ッ!?」

 

 

彼女は人型であれば何にでも化けられる。石像や銅像、時には壁といった背景にも擬態できる。

 

それは、遺体だって例外ではない。

 

戦いで死んだと思ったが、そう見えるように彼女は死体の姿に擬態したのだ。わざわざその時負った傷口も完璧に再現し、自らの意思で仮死状態になってまで死亡確認をやり過ごした。

 

要は、超高度な死んだふりに、皆気付かなかったわけである。

 

それによって彼女は未だに生きている。

 

老化も防止されていることもあって、彼女はあの時の姿のままローガンの前に現れたというわけだ。

 

 

「······小賢しい野郎だな。そうやって仲間も裏切って自分だけのうのうと生きてるわけか」

 

「生きるためにはずる賢くなくっちゃね。よく言うでしょ? 裏切りは女のアクセサリーみたいなもの、って」

 

「ッ!!」

 

 

ローガンの噛み締めた奥歯が砕けそうになる。

 

散々勝手なことばかりしておいて、いざとなったらピンチになっている仲間をも欺いて自分は助かろうとするその身勝手な態度。

 

こんな人間には、会話は通じないと思う。

 

何を言われても、不快でしかないと思う。

 

ローガンは拳を握って、再び立ち上がる。

 

そんな彼を見て、レイブンは哀れむように静かに笑ってこう言った。

 

 

「やめといた方がいいわよ。酒でふらついているあなたじゃもう話しにならない。そもそも、別に命を狙ってるわけじゃないわ。単についてきて欲しいだけ。たったそれだけなのに、なんで抗うの?」

 

「うるせぇな。お前みたいな奴に従うなんてまっぴら御免だ。そんなことになるくらいなら死んだ方がマシだ」

 

 

ローガンは決して、彼女という存在を侮っているわけではない。

 

自分と同じミュータントの力を有している存在にねじ伏せられるのが嫌なだけだ。勝手な都合でこちらに迷惑をかけるなんて、ふざけているにも程がある。

 

立ち上がる理由なんてそれだけで充分だ。

 

酒で頭がよく回らない中、彼はふらっとした足取りで起き上がる。

 

 

「······そう」

 

 

笑みが消えた。

 

子供みたいなどうでもいいプライドで立ち上がる彼を見て、共感性羞恥に似た感覚を感じた彼女は、極めて不快そうに、

 

 

「ならさっさと落ちることね。その馬鹿みたいな口を今すぐ閉じさせてあげる」

 

 

彼女の姿が視界から消えた。

 

まっすぐに見ていたローガンの視界に死角になるように、ムーンサルトを決めたレイブンの飛び蹴りが真上から差し込まれた。

 

頬肉を直撃し、その衝撃で口の中を噛んだローガンは後退る。

 

血の味が不愉快だった。頬を押さえて態勢を立て直した矢先、止まらない攻撃が彼の反対側の頬を狙う。一気に距離を詰めた彼女はローガンの髪を掴むと、大きく外側へと向かわせた彼女の拳が勢いよく彼の横顔を殴る。反動で反対側に顔が吹き飛ばされると、彼女は殴った方の手を入れ換えて髪を掴み、掴んでいた方の手を握り締める。

 

今度は小さな動作。

わずかに後ろに引かせた拳が、ローガンの鼻を襲う。

 

何度も何度も殴られて意識が朦朧としていく。

 

朦朧とする頭では彼女の攻撃を見切って反撃を加える事など考えられない。

 

が、

 

いつまでもやられている彼ではない。

 

 

「ッ!!」

 

 

彼はうっすらとした意識の中で、彼女のその手を掴んだ。

 

ガシッ! と。

 

拳を止められた彼女は何の問題もないようにもう片方の手で攻撃を加えようとした。

 

しかし、それすらも彼は掴み取る。

 

至近距離にわざわざ近づいてきてくれた彼女の両手を掴んで固定し、逃がさないように自慢の筋肉に力を入れる。

 

そして、

 

 

「ァ、ァァアアアアアアアッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

手を繋いで社交ダンスみたいな格好になったことで身動きを止めた彼女の頭に、向かい側にいるローガンの重い頭突きが振り下ろされた。

 

ガゴンッ!! と。

 

 

「がッ!?」

 

 

金属が思いっきり激突する音に、レイブンの足が滑りそうになる。

 

ローガンの骨格全体には、破壊不可能と言われている『アダマンチウム』が浸透している。

 

そんなものを身に纏っているローガンの硬い額は、無防備な彼女の頭蓋骨のてっぺんを強打する。

 

コンクリートブロックに強固な釘が刺されたような衝撃だった。

 

彼女の頭蓋骨に収められている脳ミソが不安定に揺れる。今度は彼女の意識が朦朧とする。脳ミソを揺らされた彼女の体は力を失って、それでも倒れることはない。

 

わずかな意識を足に集中させて、ふらついて後ろに倒れるのを防いだ。

 

 

「ッ!! なんて······野郎、なのッ!?」

 

 

紳士の欠片もない。

 

レディの顔に傷つけるなんて男がやることか、と思った。

 

だが、それをするのがローガンだ。

 

男? 女?

 

知ったことか。

 

『化物』相手に人間の常識を当てはめる方がどうかしている。

 

反動で思わずぐらりとよろめいたローガンだったが、彼女を倒すまでには至らなかった。

 

むしろ、

 

 

「この、野蛮人がッ!!」

 

 

ふらつく足取りを利用して、レイブンは体当たりを仕掛けた。朦朧としている同士の中、最初に動いた奴が勝者となる。

 

よって、チェックメイトを取ったのは彼女だった。

 

 

「ッ!!」

 

 

酔っ払いのようなおぼつかない動きをするローガンの胸倉を掴むと、そのまま腕を振り回し、彼の背中を路地の壁へと激突させた。

 

鈍い音が炸裂し、がはっ!? と情けない声が溢れる。

 

レイブンはローガンを壁に押し付けたまま、片足を上げると彼の首目掛けて鋭い蹴りを差し込む。

 

 

「ごほッ!?」

 

「さっきと逆ね、皮肉なことに」

 

 

気管に彼女の足裏が食い込む不気味な感触に寒気を感じる。

 

壁と足、二つに挟まれた首は急速に彼の意識を奪っていく。

 

酔っ払って、更には攻撃によるダメージもあって、彼の意識は既に限界だった。このままでは締め落とされてしまう。

 

爪を出そうとしても、それを司令するための頭脳に酸素が送り込まれない。困惑して半分パニックになっている彼は、尋常ではない力で押さえ付けているレイブンから何とか逃れようとして、

 

 

「······ァッ!?」

 

 

見た。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

勢いよく、ブゥーンというモーターの音を響かせた黄色い機体がこっちに飛んできていた。

 

レイブンは彼を押さえ付けるのに集中しているため、背後から迫ってきている物に気付いていない。

 

よって、

 

 

ガンッ!!

 

 

という音と共に、迫ってきていた何かは地面に墜落する。

 

同時に。

 

押さえ付けていたレイブンの頭蓋骨は、その何かによって激しく振動した。

 

 

「ッ!?」

 

 

何が起きたのか、状況を把握する前に第二波が襲い来る。

 

またしても機械的な羽音が空から降ってくる。

 

すると、その機体は自ら地面へと激突し、周囲に一時的な火の手と黒い煙を発生させた。

 

 

「ゲホ、ゲホッ······な、なに!?」

 

 

爆風の煽りを受けたローガンが空気を確保するために咳き込んでいたが、爆発したことによって周囲の空気は焼失してしまった。

 

そうこうしている間に、黒い煙は煙幕となって全ての視界を奪う。

 

その音を聞き付けたのか、

 

 

「おい······さっきなんかすげぇ音しなかった?」

 

「······えっ!?」

 

「なんだなんだ!?」

 

「うわ!? なんかあそこ燃えてないかッ!?」

 

「嘘だろオイ!? 誰か早く消防車ッ!!」

 

 

周囲の人々は騒ぎを聞き付けたのか、野次馬のように人通りの少ない道へと集まってくる。

 

まだ安全地帯から危険を覗き見る程度なのでこちらには近寄ってこない。どこが安全で何が危険なのかもまだよくわかってないから下手に近付けないのだ。

 

 

「ッ!! ここまでね」

 

 

そんな騒ぎの爆心地で、彼女の声が聞こえた。

 

視界を奪われていて、それに臭いも燃やされて正確な位置を特定できなかったが、視界がゼロの中でも彼女の声だけは微かに聞こえた。

 

 

「今回ばかりは引くしかないわね、仕方ない」

 

「ッ!?」

 

「またねローガン。またいつか会いましょう」

 

 

待て! という一声を彼女は聞きもしなかった。

 

わずかな足音が聞こえてきたが、それ以上に燃えている音の方が勝っていたためにすぐに消えてしまった。

 

そして、遠くの方からサイレンのようなものがこちらに近付いてくる音が聞こえてきた。

 

騒ぎを聞き付けた連中の誰かが呼んだに違いない。

 

 

「くそっ!!」

 

 

結局、忌々しそうに路上の方へ目をやったが、彼は諦めたようにそこから背を向けて、すぐ近くにある路地へと飛び込んでいく。

 

屈辱的だった。

 

敵に背後を見せて逃げるなんて。

 

だが、何にしても助かった。

 

そして今日のことは一生忘れないだろう。

 

今日見た光景が、あまりにも鮮烈に焼き付いてて、同時に殺意まで増幅していった。

 

 

 

✕✕✕✕✕

 

 

 

この時期の太陽は、突き刺すような日差しを残して沈んでいく。

 

夏へと移り変わる前段階でも、その準備体操としてやや暑い空気が東京を包み込んでいる。その時間には人の姿もまばらで、犬の散歩をしているおじさんや帰宅をしている部活生ぐらいしかない。

 

そこかしこに帰路に着く様子が見られる中で、ローガンはぐったりとしながら歩いていた。

 

重労働を強いられた残業作業員にしては格好がおかしすぎるし、まだ帰ってくるのが早すぎる。

 

 

「ったく、なんだっていうんだ」

 

 

彼の着るシャツもズボンも所々に泥や焼け跡がついてて、まるで帝愛地下王国にある地下強制労働施設から外出券を使って出てきた借金男みたいに疲労していた。

 

散々な一日だった。

 

酒を飲みに行っただけなのに。

 

まさか死んだと思っていたかつての敵が生きていて、その挙げ句襲ってくるなんて。更にはわけのわからん何かが介入したことによって騒ぎの中心人物になるところだった。

 

それら全てから逃げてきて、人目を避けてアジトである喫茶店へと向かっているわけだが、

 

 

「······ようやく戻ってきた」

 

 

実際にはここを出て半日も経っていないのだが、ローガン的には数年ぶりに帰ってきた我が家のように感じられた。

 

短時間の戦いで死んだ魚の目をしたローガンは疲労と酔っ払った頭で体をずるずると引きずるように、既に閉店と書かれた札を無視して喫茶店の入り口へと入る。

 

瞬間、

 

 

「いらっしゃいませアンド遅かったですねぇ~ローガンさんんんんんんんッ!!!??」

 

 

店の奥から少女の甲高い叫び声が飛んできた。

 

ドアを開けるなり、先に戻っていた千束が放った一言にローガンはため息をつく。

 

銃弾装填準備完了いつでも行けますとばかりに真っ赤な制服を着こんだ彼女の拳銃の銃口がこちらを覗いているのが結構怖い。

 

ローガンは疲れた顔をしながら、

 

 

「······あ~、今日は店を早めに閉めたのか?」

 

「ちょい待てコラ!? あんなに危険な目に遭ってたのに最初に出てくるのがその台詞なの!?」

 

 

目を鋭くして叫ぶ千束だが、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。

 

 

「······何で知ってる?」

 

「彼女のおかげだよ」

 

 

彼女? とローガンは千束の代わりに答えてくれたミカを見て、店の奥へと視線を向ける。

 

奥には、銃の手入れをしているたきなと日本酒を抱き枕にしているミズキしかいないが。

 

 

「······お帰りなさい」

 

「お~! 遅かったなぁ。こっちはもう閉店してるから日本酒に甘え放題だよぉ~!」

 

 

目線を持っていったらその視線を受けて応答する二人。

 

ミズキはどうでもいいとして、たきなの方を見てローガンは告げる。

 

 

「お前は······本物だな?」

 

「? どういうことですか?」

 

 

こっちの話だ、と言うとローガンは質問する。

 

 

「お前が俺の状況を把握したのか?」

 

「いえ違います。私ではありません」

 

 

たきなが別の方をチラリと見たが、ローガン的にはどこの誰が自分が危険な目に遭っていたと突き止めたのかさっぱりわからない。

 

とりあえず、この場にいる全員そんなオーラはなさそうだ。

 

ローガンが陥った状況は皆知っているようだが、誰が一番最初にそれを知ったのか誰も名乗り出ないから結局ミカが言った『彼女』が誰なのかわからなかった。

 

すると、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「?」

 

「本当なら昨日の夜挨拶する予定だったのにすぐ寝たから何も言えなかったし、そしたら朝すぐ出ていくから結局自己紹介する機会が遅くなってしまったな。それどころか、すぐにでも会いたくて居場所を突き止めてたら全身真っ青な女に襲われてたから本当に焦ったぞ。ま、ボクがすぐにドローンを飛ばして援護したおかげで助かったんだから、感謝しろよな」

 

 

かつん、という足音があった。

 

店の階段から聞こえてきたからそちらを見上げると、一段高い二階からこちらを見下ろし、睥睨するかのように。

 

 

「そう、彼女だよ」

 

 

ミカが言う。

 

そして目撃する。

 

ぶかぶかのパーカーを着込んで、おでこ辺りにVRゴーグルを引っ掛けた少女を。

 

 

「昨日千束達に助けられたハッカー『ウォールナット』改め、“クルミ”だ。お前に会えて本当に嬉しいよ、“ウルヴァリン”」

 

 

 

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