WOLVERINE STRANGER OF LYCORIS 作:織姫ミグル
ウルヴァリン。
確かに少女はその名を口にした。
ローガンがその事実に気付くまで、数秒の時間が必要だった。
“クルミ”、という名を口にした少女が自分のかつての通り名を知っている。それを理解するのに、さらに数秒の時間が必要だった。
「な、に······!?」
ローガンは驚愕に満ちた目をして、階段を降りてくる彼女を追うように視線を移していく。
クルミと呼ばれた少女の顔に、変化はない。
あくびをして、全ては何事もなかったかのように平然とした態度で階段を降りると、こちらに近付いてきてローガンの顔を眺めている。
「う~ん·······資料で見たやつと大分違うな。ボクが調べた限りで出てきたのは、なんか『プロレスラーみたいな黄色い服』を着た男だったんだが、まあでも確かにさっき爪を生やしてたし、本人で間違いないか」
何もかもが淡々としていて、単なる作業みたいな口振りだった。ローガンは呆然と突っ立ったままぶるぶると体が震えていたが、やっぱりクルミは何も気にしていない。
千束達は、一体何のことなのかわかっておらず、置いてけぼりにされて時間が停止したように、二人のやり取りを硬直したまま傍観している。
下手に会話に介入するべきではないと感じたのだろう。聞き慣れない単語をいくつも言い放つクルミに、ローガンを除いた四人はよくわからない顔をしている。
そして彼女は、自分の声にローガンが応えてくれないことに気付くと、容赦なく知られたくない真実を勝手にベラベラと喋りだす。
人の尊厳を踏みにじるように。
恐れることもなく。
「ボクの調べでは、ミュータントの最後の生き残りはお前だけということだったんだけど、今日見たあの青い女もミュータントなのか? 彼女は一体何の能力を持ってるんだ?」
それが、ローガンの感情を爆発させた。顔色を変えず、当たり前のように語りかけてくるその態度が、ローガンにとっては不快だった。
「~~~~~ッッッ!!!!」
ローガンは勢いよく前へと出ると、目の前に近付いてきた少女のパーカーを掴み上げた。
「ちょっ!? ローガンさん!?」
「ローガン!?」
「「!?」」
周囲にいた皆が驚きの声を上げるが、彼は構わず掴んでいるパーカーを引きちぎるくらいの強さで握りしめる。
ブチブチと嫌な音が聞こえ、パーカーの細かい部分が痛みだす。
「······随分と喋る口だな」
怒りのあまり、思わず爪を立てそうになる。ベラベラと回転の良いその舌の根を、自慢の鋭い爪で切りたくなる。
それを最後で押し止めたのは、やはり彼の裏側に隠れている善人性だった。
しかし、今にも手が出そうになる。その感情を何とか止めているものの、いつその拘束が解かれるか自分でもわからない。そのトリガーが引かれるかどうかは、彼女の言葉次第だ。
下手すると胸倉を掴んでる手の根本から、感情次第で誤作動を起こし、凶器が勢い良く飛び出てクルミの胸元から喉元の間を貫通してしまいそうな構図で、声を震わせながら問い詰める。
「お前か·······ッ!?」
「お、おい? ちょっと落ち着けって·······」
「俺はこの十年間、誰とも関わらずに隠れて静かに生きてきた。それなのに突然わけのわからん連中の争いに巻き込まれたと思ったらッ!! 次の日から全てがめちゃくちゃになったッ!!」
「な、なんのことだ?」
「面倒事に巻き込まれるのはまだいい、不幸なことが起きるのはいつものことだからな! でも! 俺を知っている連中が現れるのだけはどうしても我慢ならないッ!! もう俺を知ってるって連中がお前を含めて三人ッ!! 一人は知らない男、一人は死んだはずの女ッ! それで次はガキときたッ!!」
「だか、らッ!! 落ち着い·······ってッ!!」
「どう考えても誰かが俺のことを教えたとしか思えないッ!!
ローガンは歯を食い縛って、さらに一歩前に進む。
抑えが効かなくなっている彼はいよいよ手を出す寸前だった。彼は何を言っても納得しない性格、そもそも常に頭に血が上っているような奴なんだから会話というものは通じない。
世界大戦時代を生き抜いてきた彼は拳で語り合うタイプ。長く生きてきたせいで何国の国の言語を話せる彼ではあるが、彼に通じる言葉は通常肉体言語しかない。
掴んでいる手を強く握りしめ、片方の手の筋肉がそれ以上に強張る。
しかしそこで、ローガンは妨害を受けた。
弱々しく、それでも守るために鍛えられた小さな手。
肩に置かれた手の正体は、千束のものだった。
「落ち着いてローガンさん!」
「黙ってろッ!! こんなに身の周りで馬鹿げたことが起きている時点でどう考えても誰かが仕組んだとしか思えない。日本は治安の良い国じゃなかったのか!? ただ普通に俺に合った仕事を見つけて、静かに暮らすためにわざわざここに来たっていうのに、何でこんな目に遭わなくちゃならないんだッ!?」
「いい加減にしてッ!!」
「ッ!!」
千束が思いっきり怒号を叫んだその時、思わず感情的になって掴んでいるクルミを揺さぶっていた手が止まる。
そして、少し冷静になったところで周囲を見渡した。
全員が全員、ローガンに敵意を込めた目を向けていた。凍りついたような冷たい瞳には、いつでも臨戦態勢になれるという強気な意志が宿っている。
たきなはいつでも抜けるように装填していた銃を構え、ミズキは特になにもしていないが酔いが覚めたような顔をしている。
ミカに至っては、ただ鋭い目付きをして威圧的な眼光をローガンにぶつけている。
クルミは揺さぶられて目を回しているので除外。
ただ、何もせずに敵意の目を向けてないのは千束だけだった。
「何があったのか知んないけど、それを人に当たるのはやめて。そんなの間違ってる」
「······ッ!! だったら、何でこんなにもわけのわかんないことが俺の周りで起きている!? そもそも、お前達と関わったのが全ての始まりと言ってもいいッ!! 結局お前達が何者なのか、何をしているのか知らないし、ここで働かせるとかいいながら本当は俺を陥れようとしてるんじゃないだろうな!?」
「ッ!! そんなわけ───ッ!!」
ない、とは言えなかった。
千束は自分が悪くないのに何故だか罪悪感に似た感傷を抱いてしまう。
しかし、それでも千束は何も悪くない。
平穏を与えているつもりではあったが、彼のその事件遭遇率は千束達の予想を遥かに越えていた。
だが、今の彼に何を否定してもそれ以上の否定をぶつけられて何も答えられなそうだ、と全員が思う。気が高まっている彼は聞く耳を持っていない。彼にとっては全員が容疑者、敵意の目を向けているのはローガンも同じだった。
もはや彼は、『不死』という体質からか、誰からの敵意も恐れなくなっていた。
何をされても、どうせ死ねないのだから。
「やめとけよウルヴァリン。ソイツらは本当に何も知らない。それどころか、お前を事件に巻き込まないように動いてたんだぞ?」
突然、目の前から声がした。
ローガンは目の前を向く。
クルミ。
彼女は掴まれているというのに何も恐れずローガンの顔を見据えると、
「ボクは無知であることが苦手なんだ。だから、知りたいと思ったらとことん最後まで詳しく調べるタイプでね」
「あ゛!?」
「ボクがお前のことを知ったのは本当に偶然だった。ある事情によって武装集団に命が狙われることになった時、匿ってくれそうな人達を探していた矢先にこの喫茶店の裏メニューにたどり着いて······でもまだ信用はできなかったんでな、本当に頼ってもいいのか確信するためにその喫茶店のメンバーを調べていったんだ。当然、お前のことも調べた。一人一人の経歴を調べている内に、お前の過去を偶然見つけて、興味深かったからこの喫茶店に匿ってもらおうと思って依頼を出したんだ」
それが昨日の任務。
昨日起きた任務の詳細を一つ一つ丁寧に説明していくクルミだが、ローガンはその度に眉間を強く寄せている。答え方次第では確実に殺す、そう訴えかけているみたいだった。
止まっていたローガンの手に、力が戻っていくのがわかる。
服の皺が強調されて、前へと引っ張られて背中が少々窮屈になる。持ち上げられてるせいで首も重力によって後ろへと向き、前にいるローガンを見るのが一層難しくなる。
着ているぶかぶかのパーカーに窮屈そうにしながら、それでもクルミは息を呑んで、
「だ、だからミカ達はお前のことなんて本当に知らない。単にボクが知りたくて深く調べすぎたんだ·······ッ!!」
「俺の情報は全て消されたはずだ。なのになんでお前ごときが俺のことを調べられるッ!?」
「ボクは······世界一のハッカーだから」
「答えになってないッ!!」
怒りがおさまらない。
何に対しても納得がいかないローガンは、どんな理屈を並べられても否定してしまう。怒りというたった一つの感情がデフォルトのローガンは、自分にとって不都合なことが起きると脳が萎縮してしまう体質だ。
彼は常人よりも長く生きているというのもあり、いろんな障害を抱えている。
肉体的障害じゃない。
精神的な、心と脳そのものの障害だ。
彼の持つ能力の治癒能力は、精神面にも効果があるとされているが、近頃の彼は『とある事情によって』効果が次第に薄くなっていっている。
彼の肉体に埋め込まれている、『アダマンチウム』
究極兵器とするために投与された最強金属のそれは彼を更に強化したわけだが、代償は大きかった。宇宙から飛来したと言われる隕石、それを人間の体に投与すればどうなるか、たとえ常人とは程遠いミュータントの肉体に埋め込んだとしても、その隕石特有の毒性は新人類であろうと、地球人の体質にはどうにも合わないらしい。
アダマンチウムは彼の体を次第に蝕み、治癒能力が弱まっていっている。
なので、本来麻酔すらもあまり効かないというのに、千束に射たれた時は効果を発揮した。
ミュータント遺伝子のほうが強かったから毒性には打ち勝っていたのに、知らない内に政府がミュータントを絶滅させるために、極秘で食品会社などに依頼をし、水や食品にミュータント抑制物質である『キュア』を少量混入させていたため、常人には何の異常もないが、ミュータントにとっては致命的だった。
匂いや目ではわからぬほど薄めた薬品。
探知スキルに長けたミュータントでも見抜けなかったことによって、知らずのうちに『キュア』を接種し続けたミュータント達は、弱体化していった。
それはローガンも例外ではなく、アダマンチウムが与える悪影響が超回復能力を越えてしまったせいで、彼はより一層怒りやすく、精神面も不安定になりやすくなった。
だから今頭には血が上って、沸騰するくらい熱くなっているわけで。
人とのコミュニケーションを取ることや、会話のキャッチボールをすることが脳的に出来なくなりつつある。
現在の彼の状態をわかりやすく説明するなら、『怒られ過ぎた子供』みたいなものだ。
怒られ過ぎた子供は自尊心が深く傷つき、そして自尊心が傷つくと自分のことも、他人も信用出来なくなり、何を信じたらいいのかわからなくなって、もろく崩れやすくなってしまう。そこで、自分を守るために、自分を傷つけようとする者に近づかれないように、周りに対して攻撃的な態度になってしまう。
攻撃的ではなくても、冷たい態度になることがある。
ADHDや自閉症の行動に非常に類似している状態のローガンを落ち着かせるため、この中で唯一、敵であろうと人の気持ちに寄り添えることができるエージェント。
千束は少し声を低くして、しかしどこか優しげな態度で話しかける。
「······ローガンさん」
「あ゛?」
「気持ちはわかるけど、本当に少し落ち着いて。このままじゃ何の話も出来ないから」
善意で言ったつもりだ。
出来る限りの、落ち着かせる声色で、怒りを収めさせるように。
しかし、ローガンの感情は全然止まらない。
いつまで経っても、彼は怒りに支配されていた。
千束の善意を無駄にするように、全ての不満をぶつけるように。
「······お前に俺の気持ちがわかるわけがあるか」
「え?」
「
ローガンはギリッ! と奥歯を噛み締めながら、叫ぶように言葉を連射銃の如く言い放つ。
「
「「「「ッ!!!??」」」」
その言葉に、千束だけでなくたきな達全員が驚愕した。
そしてローガンは、抑えきれなくなった感情を全面的に吐き出すように問いかける。
忘れていた記憶、失われていた記憶。
そのままずっと消えていて欲しかった、彼の過去。ある日を境にそれらを思い出してからというもの、更に生きるのがしんどくなった。
それまで経験してきた辛い気持ちを、八つ当たりするように千束に叫ぶ。
「
「······っ!!」
「何も知らねぇくせに、知ったような口を聞くなッ!! 俺がどんな思いで今まで生きてきたか知らないくせにッ!!」
「だったらさぁッ!!」
「ッ!?」
遮るように、千束は強く叫んだ。
しかし感情的にではなく、笑いかけるように。
頭に血が上って本来隠さなければならないことを思わず言ってしまったことに気付いていないローガンは、その千束の笑みに目を見開いて、鉄で塗り固められたみたいに骨の一本一本が固定されて動かなくなる。
本当なら、千束自身も感情的になって返したかった。
だが、堪えた。
堪えなければならなかった。
怒りっぽい人の対処法は、相手の考え方や態度を否定するのではなく、ポジティブな言葉で対処する。
否定的な表現で対処すると、怒りっぽい人は完全に周囲の人間を敵視してしまい、人を傷つける可能性がある。そして、自分はその気がないのにお前が悪いと言われている感じになって、自分が悪者にされているような気分になってしまう。
怒っている時に怒らないように言っても、この状態だと周りの言葉を聞く余裕なんて持ってないのだ。
自分の気持ちなんてどうせ理解してくれない、ローガンは何度も自分達にそう言ってくる。
それはつまり、裏の意味を考えれば、本当は理解してほしいというのが本音なのだろう。
ならば、彼が望んでいることをしてあげよう。
「ローガンさんが抱えているものを全部話して。さっきも言ってたけど、私もあなたも、お互いのことを何一つ知らないままなんだよ?」
「!」
「だから······この際だからローガンさんが抱えてるものを全部吐き出してみてよ。そしたら私も······
「「!?」」
その言葉に驚愕したのは、同僚のたきなとミズキだった。
当然のことだった。
守秘義務を強要されている治安維持部隊に属しているものからすれば、それは許されざることだ。自分達の組織の詳細を話してしまえば、世間に自分達の存在を知られてしまう恐れがある。
日本の闇を影から守る組織が、表に出ることは許されない。
無論、二人は反対するように、そしてどういうつもりなのかという意味も込めつつ、千束の名を叫ぶ。
「おい千束!?」
「千束さん!?」
しかし、千束は聞く耳を持たない。
むしろ、自身の師であるミカに視線を向けて無言で何かを訴える。
「······」
ミカも何も言わない。
だが、彼女の気持ちを汲み取って、ただただ頷いた。
同意は得られた。
故に、千束はこう続ける。
「ネガティブな思考ってさ、自分だけで抱えて悩めば悩むほどそれが脳の中で強化されていくものなんだよ。だから、何か辛い思いをしていても誰にも言わなかったらどんどんどんどん強まっていくだけなんだって」
そういうのをテーマにした映画を見て得た知識を述べているだけではあったが、ローガンはその言葉に耳を傾けていることから、一応効果はあるみたいだ。
「ローガンさんが今までどれだけ辛い思いをしてきたのかは知らないけど、そんなに辛いなら打ち明けてみてよ。どうせわかってもらえないからって最初から自暴自棄になって諦めるよりも、相談するだけでも気が楽になると思うよ」
「······」
「クルミがさっき言ってた意味不明な単語のことは気にならないって言えば嘘になるけど、言いにくいことなら今じゃなくても別にいいよ。でも、ローガンさんが今の現状に対して辛いと思うなら、私的には話して欲しいかな? 少しは力になれるかもしれないし。それに、最初からこっちは話す覚悟も出来てるし。私達が何者のか、一体どういう組織なのか。全部打ち明けるつもりだから、まずは冷静になって?」
普段の彼女はお調子者で、こういう喋り方はしない方だと思う。少しふざけて冗談交じりな言動をしたり、時々感情が高ぶると不良みたいに口調が悪くなるのが彼女だ。
しかし、今回はマジで真剣なのか、人間らしい接し方で語りかけてきた。
千束は、意外と感情的になるタイプの方だ。
切り替えが得意な方ではあるが、時と場合によっては自身の感情を優先して動いてしまう。
だから、怒りっぽいローガンにつられて自分も感情的に会話するかと思いきや、冷静に判断したためか、そうしたら状況は悪化するだけだと察したらしい。
ヒューマンドラマ映画で学んだが、怒りっぽい人の接し方は、誰が正しくて誰が悪いのか二極化させるのではなく、もっと柔軟な考え方もあると知ってもらうことが大切なのだ。
怒りっぽい態度が目立つタイプの人には、出来るだけ冷静に、それでいて理解して優しく寄り添ってあげることだ。
ローガンの本質を見抜いていた千束は、彼の良心に訴えるように語りかけた。
彼は仲間思いで、本当は優しい性格。あなたはそういう性格なのだから、イライラしていると損するよということを、心から心配して思っているという姿勢でアピールしてみた。
首を少し傾けて、体の後ろで両手の指を組んで手をひっくり返し、少々上半身を曲げて口角を上げて、ニッ! として笑いかける。信頼を得るための戦略だ、と思ってしまうのは彼が怒りやすくそれでいて疑い深い性格だからだろうか。
しかし。
しかし、だ。
彼はその言葉で僅かながらも頭が冷えたのか、胸倉を掴んでいた手が少し弱まる。
よって、
「いでっ!?」
ぱっ! と。
唐突に手を離されて尻から落ちたクルミは、尾てい骨を床に強く打ち付けてしまい痛みがしばらく取れないのか、その小さな手で涙を浮かべながら摩る。
ちくしょ~! みたいな目をしてローガンを見るが、そんなクルミなど見向きもせず、彼はため息をついて、千束が提示した提案についてこう語る。
「話しには乗ってやる。だが必要最低限なことしか俺は話さない。実際、俺にだってわからない部分もあるからな。全てを話すことは無理だ」
「!」
そう言うと、彼は先ほど手を離したクルミを見下すようにして目を向けると、眼光を強くして睨み付ける。
それと、と付け加えて、
「お前が何をどこまで知っていたのか、後で正確にすべて教えろ。俺は元々軍人で、捕虜となった奴らから有益となる情報を引き出すための術も心得てるからな、人よりも数倍五感が優れてるのもあって、嘘でもついたりしたらすぐにわかるぞ。ちなみに、俺のことに対して他人に口外したり、ネットにでも公開した瞬間、たとえどこまで逃げたとしても必ず見つけ出して、お前を消しに行くからな?」
「!」
かなりの殺意を込めて言ったつもりだ。
当然だ。人のプライバシーを踏みにじるようなことをするような奴に、新たに自分の隠してきた情報を明かすのだから。下手したらどっかの組織にその情報が売られてしまう危険性がある。その覚悟を持って彼は自分自身のことを話そうとしているのだ。
それ相応の覚悟をもってもらわねば困る。
都合良く、彼には死ねない体がある。どれだけ時間がかかったとしても、必ず見つけ出せるほどの余裕はたっぷりある。
なのに、彼女は特に表情を変えることなく一度頷いただけで終わらせた。
フフン、と上等だとでも言うかのように鼻を鳴らしやがったのが殴りたいほどムカついたが、それを堪えてローガンは千束の方へ向き直す。
相変わらず露骨に嫌そうな顔をして、でもどこか落ち着いた表情で見つめると、聞く覚悟があるのかどうか最終確認をする。
「話すと長くなるぞ?」
「大丈夫! 私はこう見えても映画を何本も徹夜して見れるタイプの人間だから!」
「「「······」」」
それはお前だけだよ、という目をしているたきなとミズキ、ついでにミカ。たとえどんな内容であろうと、聞くには集中力がいる。
それに、内容次第では自分達の精神面にも悪影響を及ぼす恐れがある。
人の命を扱うことを生業としていても、ローガンの表情から見て、生半可な覚悟で聞けるような内容ではないのは確かだ。
下手をすればトラウマになってもおかしくないくらいのレベルの内容なのかもしれない。
よって、ローガンは念のためもう一度確認する。
「本当にいいのか、後悔しても知らないぞ? 知ったが最後、明日からの生活は更に過酷になると思った方がいい。それくらい、俺の送ってきた人生はヤバイからな。前にも言ったが、俺と関わった奴は必ずと言っても良いほど死ぬ奴が多い。俺を狙う研究機関はたくさんいたからな。真実を知れば、お前らに及ぶ危険性が今まで以上に大幅に上がるぞ? それでもいいのか?」
どこか大袈裟で脅迫染みたような注意喚起に思えるが、ローガンの表情が真剣だと語っている。
すると、ローガンのその言葉に対して千束以外の面々も神妙な顔で互いの顔を見つめ合っていた。しかし、目線だけでしっかりと話し合ったのか、全員が覚悟の灯った瞳をした。
ミズキは常に携帯している好物の酒瓶を畳の上に転がし、クルミは先程の発言に少々後悔というか罪悪感が湧いているのか苦笑しながら黙って座布団の上に大人しく正座し、ミカはふっと目を細めて微笑みながらカウンターへと戻るとリラックス効果が強いブルーマウンテンの豆を挽いて人数分コーヒーを淹れ、たきなは一度店の出入口へと向かって『OPEN』と書かれている看板を『CLOSE』と書かれている方へと裏返す。
千束は普段と変わらず、平常運転な態度でにっこりと純粋に笑いながらローガンを見る。
「······そうか」
全員の覚悟が決まったことがわかった。
互いに言葉も発してないのに、状況を理解したローガンは、全員が聞く体勢が整ったのを確認し終えると、
「まずは、俺がなんなのか説明しておこう」
「「「「······」」」」
案外、全員何のリアクションもせず静かなものだったが、聴覚が人一倍発達している彼の耳元に、緊張して息を呑む音が聞こえてきていた。
その音は誰からのものなのかは一々気にしなかったが、そんな状態でこれから話すことをちゃんと受け止めてくれるのかどうかが不安になった。
しかし、話すと約束してしまったのだ。
覚悟を決めた彼は、自身のこれまで生きてきた中で起きてきた出来事を話すために、まずは渇いた喉を潤す。
ミカに渡された淹れたてのコーヒーを一口すすって、
「俺は·······」
苦い味を、気持ちと共に押し殺すように飲み込んで。
これまで起きてきた悲惨な歴史を生徒達に語る教師のように、彼は常人には到底理解できないであろう非現実的な真実を語りだす。
「
最近、自分の書いてるこちらの作品とバットマンのリコリス二次で似た展開や文章表現と配置の作品を見かけたと匿名で報告がありましたが、投稿日を見ればわかる通りこちらが先ですのでご注意ください。