WOLVERINE STRANGER OF LYCORIS 作:織姫ミグル
夜の都会ってのは本当に明るくてまだ昼なんじゃないかと錯覚させられる。季節だってまだ暑くなり始めたばかり、太陽が沈むのはまだ遅い時期だ。
だとしても、夜になっても光が消えることはなく、街中人で賑わっている。
道路側の柵に腰を下ろしスマホをいじる者もいれば、他の友人たちと談話を楽しんだりしている。歩道を歩けばキャリーバッグやリュック、もしくは今は廃番となった一九七三年のエグゼクティブ・モデルを握った定年退職をするつもりはなさそうな高齢のサラリーマンが歩いている。
それを見て、ローガンは懐かしいと感じてしまう。
彼は今、閉店時間を過ぎた喫茶店を抜け、各自自由行動ということになったので一人酒を楽しむことのした。
(たまには一人で飲みたいしな)
いつも酒に付き合っているミズキにはうんざりしている。アイツは確かに一緒に飲むのには適した人材ではあるが、絡み酒アンド泣き上戸のダブルパンチで、熱気と湿気が凄くてこっちのテンションがついていかないから、ぶっちゃけアイツとの酒はマジ死にそう。
というわけで、今日は一人で飲みたいから思いきって店の外へと飛び出したわけだが。
(視線の数は変わらないな)
育ちに育ちまくったおっさんは都会をぶらりと歩き、『ある話』を知ってしまった以上、全ての人間の視線が銃口に見えてしまう。
あちこちにこんな時間になってもぶらついている女子高生達。ベージュ色だがあらゆる場所に配置し、こちらに熱い視線を送っている。気付かれないように普通の女子高生として立ち振舞っているが、千束達から『あの事情を聞いた』以上、嫌でもその視線は『監視』として受け取ってしまう。
千束達から聞いた、日本を秘密裏に守っている秘密組織『リコリス』。
犯罪を未然に防ぐために、親のいない子供をかき集めてエージェントとして訓練し、人知れず平穏な日々をもたらすために汚れ仕事を請け負つ集団。
聞いただけではなんかめちゃくちゃカッコいいダークヒーロー的な組織に見えてしまうが、ローガンはそうは思わない。
(全く······任務に忠実なこって)
子供に鉛筆よりも先に人の命を奪える武器を持たせて教育させる組織リコリス。
まるでクソだ。クソッタレだ。
いくつもの戦場を渡り歩いたローガンだからこそ、命の重みを知っている。確かに、日本を平和な国にするために犯罪を未然に防ぎ、それを表舞台に出さないのは良いことなのかもしれない。
が。
だからといって、先にこちらから手を出して良いものなのだろうか?
警察は、大体証拠という決定的な手札がないと動けないが、彼女達の場合はその証拠すらも飛び越えて動いている。説得したら止められるとは考えられないのだろうか?
しかし。
それでも。
今自分がいる喫茶リコリコのエージェントである、錦木千束は人の命に対して深く考えているため、非殺傷弾を使用して無力化し、絶対に他人の命を奪わないということをモットーにしている。
それを聞いて、ローガンは何故かホッとした。
あの、だ。
殺しに何の躊躇いもないローガンが千束が人を殺さないということを知って、安心してしまったのだ。
それは何故か······本人にも実はわからない。
だがまあ、確かにまだ二十にも満たない少女が命を奪うことにはどこか抵抗がある。学校の教師を長年やってきたせいだろうか?
学校といっても特殊能力を持つ子供達で、将来的にはもしかしたら悪人達の命を奪うことになるかもしれない組織のエージェントに育て上げることが目的だった。
しかし、本質は世界を守ること。命を奪うことは教えてない。
もちろん、手を掛けてしまうこともある。
だが、そうならならないように自分達教師陣が命の大切さを教えてきた。
出来れば、千束達のいる組織もそうなって欲しいが、その組織は自分が生まれた時代と同じくらいの時期に設立したらしいので、今更変わることは難しいだろう。
なんにしても、千束だけはこう言っていた。
『命を大事に! たとえ悪人でも、相手は私達と同じ人間。今を生きている人達の人生を奪っていい権利なんて誰にもないんだから、ちゃんと大切に扱ってあげなきゃね!!』
それを聞いたローガンは、わずかに口角を上げた。
全ての説明を聞いて納得したローガンは、それを知った上で黙認し、今でも喫茶リコリコの一店員として働かせてもらっている。
歩道を歩いている最中、ベージュ色の服を着た女子高生がスマホをいじりながら意識だけこちらに飛ばしてくるので話しかけるか否か迷ったが、今声かけたら不審者に見られるのは確実なのでやめておくことにして、とりあえず適当な飲み屋に入ることにした。
時間は限られているので闇雲には動けない。
監視対象ということを忘れていないローガンは、さっさと気分を落ち着かせるために、椅子のないバーテンに置かれている灰皿付きの机に肘を置き、酒とつまみを頼む。
かわいいお姉さんが注文を聞いて、酒とつまみを用意している間、ローガンはポケットに入れておいたタバコ箱から煙草を取り出すために指でトントンと叩き、一本出てきたのでそれを口にくわえてライターで火をつける。
そんな動作をしている間に、あっという間に机の上に頼んだ料理が運ばれてきた。
「ごゆっくり~!」
「·······」
店の雰囲気からわかってはいたが、ここは陽気な人が来るような店だ。
さすがに、こんな場所には女子高生はいない。
いたらまず目立つ。
ここには、大学生を中心とした、やや遊びに徹底したファッションに身を包んだ若者達がうじゃうじゃといる。その誰もが話し合って笑っていた。
そんな中でも彼は気にせずに煙草から発せられる煙を肺へと送り込み、気分を落ち着かせる。
どこにでもあるいつもの酒場だ。裏でお前らよりも年下の奴らが平和のために命を奪うという言葉の信憑性が薄れてしまうくらいに。
(······ほんっと、嫌になるぜ)
せっかくの酒なのに、考えれば考えるほど気持ちが沈んでくる。
やはり、自分の経歴を明かすんじゃなかった、と今更ながら後悔している。ローガンは気分を更に変えるために頼んだつまみを一口放り込む。
バリボリッ、と上下の顎を動かして、そしてまた煙草を咥える。
と、
ブルルッ、と腰が震えた。
後ろポケットに入れてあるスマホからだとわかったローガンはスマホを取り出してみると、いつの間にかメールの着信が数十を越えていた。
そのどれもが錦木千束。
もう戻ってこいという件かなと思ってメールを開こうとしたが、今は酒を楽しみたい気分なのでゆっくりと電源をオフにするボタンを長押しにする。
面倒なことは後にしようとスマホをしまう。
つまみを口に含み、酒を飲み干す。
そして、まだ煙草の火の長さは残っているというのに、もう十分だと判断したのか、灰皿に擦り付けて鎮火させる。
ローガンはそのまま店を出ると、また視線を注がれる。
ようやく出てきたか、みたいな顔をする奴らが数十名。そんな暇があるなら勉強すればいいのにご苦労様、と思いながら口元に嘲笑の笑みを浮かべて暗い裏路地へと入っていく。
終電を過ぎていたこともあって、一時的に外に出ていた若者達は並みのように姿を消していた。だから目立つ、ベージュ色の制服は。職務質問とかどうなってんだ、って思うが都会の警察も疲れてるんだろう。お店から流れる有線放送やラジオだけが、ほとんど無人となった暗い街に鳴り響いている。
客のいないコンビニで、フリーターらしき人が退屈そうに廃棄する商品を選定している姿が見えた場所に、
キキーッ! と。
一台の車がローガンの少し前に止まった。そしてその車の助手席から、身に覚えのある顔がひょっこりと飛び出してきた。
「よう、一人酒は楽しかったか?」
「······まあな」
「でもそろそろ自由時間は終わりだ、早くしないと千束に怒られるぞ?」
クルミ。
最近喫茶店で保護することになった天才ハッカー。
そして。
自分の正体を勝手に見抜いた奴でもある。
「酒とつまみを摂るのは構わないが、時間だけは守らないとな」
「いつでも俺を監視してるとはいえ、得意のハッキングで居場所を特定するのはさすがに引くな」
「ん? ボクは特定なんかしてないぞ? 単にお前が行きそうな所を勘で当てただけだ。ハッカーでも、そういう第六感とかは必要不可欠なスキルだからな」
「······はぁ」
ローガンは屁理屈を並べているクルミを放っておいて、ガードレールを跨いで道路側に足を踏み入れると、後ろの座席に乗り込む。
ドアを開け、一瞬車の中のライトが光ったが、閉めたと同時に暗転する。
そして気付いた。
なんか運転席にいるミズキは何故か歯ぎしりをしている。車を動かすために酒が飲めなくてイラついているのだろうか?
「迎えを寄越さなくったって、最初から帰るつもりだった」
「そうでしょうよ!! けどこっちはストレス発散のための精神安定剤を摂取せずにアンタを迎えに来てやったんだから感謝しなさい!!」
少し臭い息を吹き掛けられて、思わず体を引かせてしまうローガン。なんというか、常日頃から飲んでる人って、たとえ今飲んでいなくても残留するものなのだろうか。
「そいつは悪いことをしたな」
「別にいいわよ、気分転換にはなるから」
言いながらミズキは苛立つ指先でカーナビのボタンを操作した。目的地まで十分ですという女の音声が流れると、車はゆっくりと走り出す。
「なんでお前まで来てるんだ?」
「ボクはお前に興味があるからな。特にその爪」
助手席に座っているクルミはそれだけを言うと何も言わなくなった。その発言にちょっと血が上ったローガンはタバコ箱から煙草を取り出そうとすると、クルミが後ろも向かずに後方へと手を伸ばして掌を上にして言う。
「さすがに育ち盛りの子供の前で堂々と煙草を吸うのは良くないと思うぞ? それに、車の中で吸うと煙が充満して受動喫煙になる。ボクはあまり頭を悪くしたくないんだ、出来れば控えて欲しいな」
「········ッ」
正論言われて顔をしかめるローガンは、渋々タバコ箱をクルミに渡す。よろしいと言わんばかりに笑ったクルミはタバコ箱を預かると、前へ向き直す。
「······面倒な組織に捕まっちまったなぁ」
前にいる二人から視線を外すように、ローガンは頭を後部座席につけ、視線を窓の外に向ける。
やはり。
こんな恐ろしい秘密組織に保護されるよりも、ホームレスで生活保護受けてた方が何倍もマシだったかもしれない。
✕✕✕✕✕
結局、店に戻ってきたのは午前一時くらいだった。
こんな時間までふらついて、千束は怒っているのだろうか、と内心少し嫌な予感がして落ち着かないローガンではあったが、もうついてしまったので仕方がない。
彼はcloseと裏返された看板がかけられたドアを開けようとすると、
バァン!! と勢い良く開かれ、その衝撃がローガンの顔面に直撃する。
その衝撃はすぐに回復したが、なんかわけのわからん言葉が飛んできた。
「パ・ン・ツ! 買いに行くの!! あ、制服着てくんなよぉ? 私服ね私服」
「······」
絶対に男が聞いてはいけなかった。
千束は店を出ると同時に呑気に言うと、ドアを閉めながら中にいるたきなに笑いかける。
一◯代後半の少女は、ドアの前にいるローガンにようやく気付き、
「あ! ローガンさん!! 遅かったねぇ? 一体何してたの? うちは最低でも十一時くらいが門限だって言ってたはずだけど?」
「·······酒を────」
「はい罰としてローガンさんも明日の買い物付き合いに来ることにけってーい!! 拒否権はないからねぇ? ちゃんと明日朝起きるんだよぉ!!」
そう言って通りすぎていく千束。
ローガンは眉をひそめながら店のドアを開けると、たきながボーッとした顔でこちらを見つめてきていた。
ミカは腕を組んで遠い目をしているが、一体何がどうしてさっきの話になったんだろうか。後ろにいるクルミとミズキを見ても素面状態であり答えてくれそうにない。
するとたきなは、帰ってきたばかりのローガンに対してこう訊ねてきた。他の三人にも聞こえるように。
「女がトランクスを履いているのはおかしいことなんですか?」
「「「「······」」」」
そんなこんなで世界で一番治安の良い日本の意味不明な夜が更けていく。