WOLVERINE STRANGER OF LYCORIS 作:織姫ミグル
「いらっしゃーい」
入ってきたお客様を見つけたのか、奥から陽気な男の声が飛んできた。カウンターの側に立っているのは、お客様よりも背低い男性だった。軽薄そうな顔立ちに、衣服はどこかの高級ブランドスーツ、ハゲ頭に黒サングラスをかけたいかにも怪しい男。
カッコつけのためか、それとも単なる彼の趣味か、ネクタイは敢えてせず、シャツのボタンを開けて胸板が丸見えだった。
店の主である彼は、カウンターに肘をつけながらこう言った。
「スッポンの粉末をお探しですかな?」
「何それどんな効果が?」
「男性機能向上、私も使っています」
「へぇ~いいねぇー」
お客がそう言うと、店主はニヤリと笑った。
「······ゴホン。さてと、お探しの商品はなんですかな? 武器、弾薬、催涙スプレーにあなたの心を癒す傷薬、欲しいものは何でも提供しましょう。しかし、近頃はネットやメールでの取引が多いので、あなた様のような直接訪ねてくるお客は珍しいよ」
「ありゃ、来ちゃ悪かったか?」
「いや、この程度じゃなんのリスクも起きないよ。むしろ、記念に何か高い酒でも開けていくかい?」
客は店主の奥にある棚に目をやり、陳列されている酒瓶を見てわずかに眉をひそめた。
「今は酔う気分じゃないんでね。そんなことよりも、さっさと買い物を済ませたい。金はきっちり払うからさ、どんな商品でも譲ってくれるんだろ?」
「そうでしたね。それで? お求めの品はなんでしょうか?」
「
は? と思うのも束の間、客はスボンのベルトから拳銃を抜くとなんの躊躇いもなく引き金を引く。
「!?」
拳銃を引き抜く瞬間を見た店主は慌ててカウンターの陰へ身を隠すが、立て続けに鳴り響く銃声に鼓膜がやられそうになる。
「ひゃっはー! バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバババババババババババババババババババババババババンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンッッッッッッ!!!!!」
銃声と共に口で発砲音の声真似をするお客はニヤニヤ笑いながら、ふざけた様子でこう訪ねる。
「ハハハッ! 何回言ったでしょう?」
「て、テメェッ!!」
店主は身を隠したまま、カウンター裏手に置いてあった防弾ジャケットやショットガンへと手を伸ばす。
ショットガンの持ち手部分を後ろにスライドし、弾薬を薬室に装填する。それでも尚も続く銃声にカウンター奥の棚にあった酒瓶が割れてアルコールの嫌な匂いがすぐさま充満していく。
そして、店主のいるところにアルコールが垂れた所で別の音が鳴った。
それはオイルライターを擦る音だ。
「なッ!?」
店主の喉が干上がった。
何かを言う前に客は火の点いたオイルライターをカウンターの奥へと投げてくる。
店主は何かを考えている暇もない。防弾ジャケットもショットガンもかなぐり捨て、とにかくアルコールが充満しているカウンターの奥から床へ飛ぶように遠ざかる。
オイルライターが床に散らばった酒のアルコールの水溜まりに落ちると、ボアッ!! と爆発を起こし、波のように炎が巻き起こった。
かろうじてその渦に巻き込まれなかった店主は、丸腰の状態であることに再認識し、そして自分は客人に拳銃を突き付けられていることに気付く。
「ま、待てよ!? テメェ一体何なんだよ!? こっちはまともに商売してんだ!! アンタそっち系の人じゃねぇのかよ!?」
「そっち系とかこの作品で言っちゃダメ! 良い子の皆が勘違いしたら困る。この作品はR―15指定だ。しかも一応二次創作なんだから。だからダメだよコカ───とか、───人誌は高校生から」
「な、なに言ってんだ········?」
怪訝そうな顔をする店主に、客人はあっさりと変なことを言った。
「もう客人とか店主とか、そんなのうんざり!! 俺ちゃんには俺ちゃんの呼び名があるんだから、ちゃんとそっちで呼んでくれよ作者!!」
······???
「まあいい。とにかくまずはこいつの悪行を説明しよう。こいつは何人もの悪人に逃走用の車やら武器やらを密売している極悪人だ。だから銃を突き付けられても誰も文句は言わない。というわけではい、ここで俺ちゃんの紹介ヨロシク作者!」
銃を突きつけている奴の姿をここで説明しよう。
自作なのか、赤を基調にしたタイツスーツを着ている。マスクは目元が白く、目の周辺が黒で塗り潰されている。伸縮性ありの合皮、シリコン、ゴム、ポリ系生地素材で出来ており、スーツの腰にはガンホルスターが二つ、そのホルスターをつけてるベルトの真ん中には自身の顔を象徴するマークがつけられている。
そして背中には✕印になるように背負わされた刀がある。
明らかに普通の客人ではない。
全身の身を隠すように着られたスーツは、返り血を浴びても全然目立たないように設計されている。つまり、殺人に特化したスーツということだ。
「あー、良く言われるよ。パンツでも被ってるのかってね。一昔前まではこんな格好の奴ばっかりだったのにね」
さっきから地の文に反応しているこいつは何なのか。端から見ている店主は今誰に話しかけているのか全くわかっていない。
店主は怯えた様子でそいつが何者なのか訪ねる。
「お前······一体なんなんだ·····ッ!?」
その問いに、待ってたぜと言わんばかりに銃を突き付けながらニヤニヤとした笑みを浮かべている。
そして、そいつは全ての常識を無視するようにしてこう宣言した。
「“デッドプール”。俺ちゃんこの作品に派手に初登場だぜ!」
表面に見える以上の圧倒的な殺意に襲われた店主は震えた足で出口に向かって走り出す。しかし、デッドプールは構わず舌舐りをしたまま店主へと突撃していく。
肉が裂けて骨が砕ける音と、単なる絶叫以上の悲鳴が雄叫びのように炸裂した。
✕✕✕✕✕
「あー、ごめんね。場面転換の間に終わらせちゃって」
五分後。
血だるまになった肉塊をブーツの爪先でつつくデッドプールは、くだらなそうに刀と拳銃をしまった。その身に傷は一つもない。彼は“不死身の肉体”能力を持っているため、どんな攻撃でも全部なかったことにできるからだ。
そこへ、新しい足音が聞こえた。
それも一つじゃない、足音は複数ある。
「デッドプール······ウェイド・ウィルソン。お話がありますがよろしいですか?」
飛んできた声は女の声だった。
この惨状を見てもなんとも思わないのを見ると、どうやらこの女もこういう日常を送っている側なのだろう。
デッドプールが目を向けると、店に数人の人間が入ってきた所だった。シルエットは一般的な女性よりも高身長。表面は非金属素材を利用しているようで、首から足の裏まで覆っていた。
パワードスーツか?
どっかのスポーツマンなスーツを着込んだ女性は、後ろにいる黒服のエージェント達を待機させ、一歩前に出てデッドプールに近付いてくる。
鬼太郎分けにしたピンクの髪型に、左目の下にほくろがある。
そいつはデッドプールを観察し、無言のまま見つめてくる。
そんな彼女にデッドプールは一言。
「ん? どっかの親玉の部下らしき人がそのまた下の部下を待機させ会話を試みようとするこの展開、どっかで見たことあるな」
「あなたの評判は聞いていますよウェイド・ウィルソン。いえ、デッドプール。貴方に「依頼があります、大人しくついてきてください」·······」
「そう言うと思ったよ、ロザリアもどきちゃん」
デッドプールは女の言葉と合わせるようにして声を発した。二つの声が交差しても、女は顔色一つ変えなかった。
「その反応、確かに俺ちゃんの評判は聞いてるようだな」
デッドプールは鬱屈そうな表情で告げた。
「でもお断りだね! こんな評価もさほどされていない二次創作作品でそんなことしたら原作に迷惑がかかるでしょ!!」
プイッ! とデッドプールは首を横に振って後ろを向く。
「大体おたくらの組織がどんな奴かよく知らないし、知りたくもないね。どうせ才能こそが~とか、そんな風にしか考えれない思考停止野郎共の集まりでしょ。そんな奴らの依頼なんて引き受けたくないね!!」
デッドプールは唾を吐き捨てた。
やる気のないデッドプールは口を3の口にして口笛を吹く。
そしてそのまま立ち去ろうと、女の横を通りすぎて背中を向けたまま手を上げてこう言った。
「気が変わったらハグでもしに行くよ。それじゃあねロザリアもどきちゃん」
「······そうですか」
そう言った直後だった。
後ろに控えていた黒服の男達は腰に差していた拳銃を引き抜いた。
その銃口は全てデッドプールの脳天に向けられている。だが、だとしてもデッドプールは平常心を崩さない。それは女も同様。そんなの無意味だと二人とも知っているからだ。
だからこそ、交渉のための材料を用意する。
「“アラン機関”という組織についてはご存知ですね」
「“アラン機関”とは、あらゆる分野の天才を探し出し、無償の支援を行っているという、謎の支援機関だ。あー、何度聞いても新規の人が入りづらい設定······ア◯ンジャーズの方がよっぽど入りやすい」
「······」
さっきの知らないという設定はどこへ行ったのか、どこか上の空のように天井を見上げるデッドプール。
すると女は指をパチンと鳴らし、男達の銃を下ろさせる。そして、一人の男が頑丈なアタッシュケースを持ってくると、それを女に渡す。
そして。
そして。
女はポケットにあった、ネックレスケースを取り出すとそれを開ける。その中には『フクロウのチャーム』が入っており、それをデッドプールに差し出して言う。
「依頼を引き受けていただければ、貴方のために用意した支援金を無償で譲渡致します。貴方にはそれだけの価値がある、その印としてこのチャームをお渡しします。それと同時に、支援金の前金もこの場でお渡し致します。いかがですか?」
「······額は?」
すると、女は手に持っている大きなアタッシュケースをデッドプールのいる方へと軽く放った。デッドプールは手慣れた手付きでアタッシュケースの中身を確認するためにロックを外すと、ケースの開いた口から百万円の束が十個ほど綺麗に整頓されていた。
それを見たデッドプールは真顔で女を見つめて、
「ロザリアもどきちゃん」
「?」
そしてハグするようにして抱きつき、こう言った。
「三千か「やめてください」······で、依頼内容は?」
「
✕✕✕✕✕
休暇をもらったので、今日はフリーダム。
だが散々な一日になりそうだ。
ある日の北押上駅前にて。
ローガンはあちこちで友人なり恋人なりが合流しては遊びに出掛ける中、一人の女子高生と共にもう一人の待ち合わせ人を待ち続けるのは結構しんどい。
(なんでこうなった?)
ローガンの服装はよくある赤いブロックチェック柄のシャツとスリムフィットジーンズを穿いている。その隣では、白のショートパンツに黒のシャツの上にロング丈のアウターを着ている千束がいた。
背丈もあってか、不釣り合いな二人組だ。
明らかにデートカップルには見えない。どこからどう見ても娘の買い物に付き合う羽目になったお父さん的な風景だ。
ローガンの服装が気に入らなかった千束は不満を洩らす。
「ねぇローガンさん~? 女の子と出掛けるんだからさぁ~、もっといい服で来ない普通~?」
「服なんてなんでもいいだろ。お前達の買い物に付き合うだけなんだから」
「むぅ~!!」
不機嫌な猫のような唸り声を上げる千束だが、ローガンは相手にもしない。子供の買い物に付き合うだけなんだしおしゃれなんてしなくてもいいという、ファッションセンスの意識が低いローガンは睨み目で見てくる千束を無視してポケットに手を突っ込んでただ突っ立っている。
そんなやり取りをしている時、
「お待たせしました」
と、いきなり話しかけられる。
声がする方に顔を向けると、私服姿のたきながいた。
が。
「······たきなもか」
「問題ないですか?」
ローガンに負けず劣らず、THE普通の部屋着でやって来たたきなに、千束は呆れたように目を細める。
だがそれだけが問題ではないらしい。
たきなは問題ないか訊ねてくるが、彼女の背中には薄っぺらい学生鞄があった。つまりはそういうこと。休みの日だってのに、こいつは武器を所持したままやって来たのだ。
千束は笑みを浮かべて、そして声を低くして指摘する。
「銃持ってきたな、貴様·······」
「駄目でしたか?」
「抜くんじゃねぇぞ······」
「千束、その衣装は自分で?」
「衣装じゃねぇ。ローガンさんといいなんで私の周りはこうも意識低いんだ?」
完全に二人に呆れている千束は肩を落とす。
千束はこの時こう思った。
こいつらに何かを期待してはダメだと。
✕✕✕✕✕
千束は二人を大型ショッピングモールへと引きずっていく。ローガンはあまりこういうところに来たことがないからかやや警戒している。
ピカピカに磨き上げられた床や壁を、蛍光灯や発光ダイオードを束ねたLED電球が真昼のように照らし出している。通路に面した喫茶店や洋服店などはガラスをふんだんに利用していて、実際の面積以上の開放感を演出していた。
千束は周囲を見回して、
「う~ん、たきなに合いそうな店は······」
「私は動きやすければなんでも······」
と言ったところで、たきなの視線は別の所へと向けられる。そこにはベージュ色の学生服を着た少女が、自分と同じ学生鞄を背負いながらスマホを打っていた。
「······」
やはり、自分はこういう日常は似合わない。とでも思っているのだろうか。たきなは少し表情を暗くしている。
すると、たきなの腕を千束が掴みくいっと引っ張って意識を洋服店に向けさせる。
「ほらたきな! あっちの服とかかわいいよ! 行ってみようぜ~!」
彼女は細い指で店舗の一つを指差す。
そこは女物の洋服店であり、ちょうど千束達の背丈に合いそうな服ばかりが並べられている。
「·······」
ローガンは不服そうな顔をする。
そりゃそうだ。自分は男。買い物に付き合うとは言ったが、一緒に入るのだけは御免だ。ローガンは適当に理由をつけて、千束達とは一時的に別行動を取ることにした。
「悪いが俺は別のところで待って────ッ!?」
そう話しかけようとして別のところへ移動しようとしたローガンは、そこで思わず後ろへ下がりかけた。
理由は単純。
千束様の目が据わっていたからだ。
ローガンはとても嫌な予感がした。
「ローガンさん·······私昨日なんて言ったっけ?」
「······」
「門限過ぎた罰として買い物に付き合ってもらうっていう話だったよねぇ?」
「─────」
なるほど、千束はこれが狙いだったのか。
いかにも居づらそうな場所にローガンを縛り付け、周りから冷めた目で見られるという罰を受けさせるつもりだったのか。
意外にも冷酷な千束に、ローガンは俯き気味に頷く。
「そうと決まればローガンさんもたきなに合いそうなのを選んでね! ほら! 男視点からの感想も聞きたいからさ!!」
拒否権はねぇ、と言われた気分。
数秒後、ローガンは気まずそうな顔をしながら女物の着物が飾られている洋服店へと足を踏み入れた。
✕✕✕✕✕
数分間、女物の洋服店に縛られていたローガンは疲れたようにして近くのベンチに腰掛けていた。
もうなにもかも嫌だった。
たきなと千束が服を選んでいる間、それを見守っている中年男性のローガンは周囲の人達からヒソヒソと何か言葉を交わしていた。
聴覚が優れていたローガンは彼らがなんて言っていたのか丸聞こえで、聞くたびにメンタルが抉られた。
どんなことを言われたかって? そんなの想像すりゃわかるだろう。
数秒経つ毎にローガンの顔から血が引いていくのがわかった千束はさすがにやりすぎたか、と反省したのか、次はたきなの下着を見てくるからローガンさんは休んでてと言われたので、彼は重いため息をついて預けられた買い物袋を見守る。
「はぁ······ったく」
ため息混じりで、自販機で買った二◯◯ミリリットルの小さなペットボトルの烏龍茶を飲んでいた。
今は一人きり。
時間がありすぎるので暇だった。
「早く終わって欲しい」
ローガンはまたため息をつきつつ、携帯電話の画面に目をやった。ショッピングモール内なのでわかりにくいがもう午後一時だ。
帽子だのグロスだの靴だのと色々買い漁ったわけだが、やっぱり時間がかかったなー、というのが素直な感想である。
と、ぐったりとしているローガンの元へ千束とたきなが帰ってきた。
「おっ待たせぇ~! ローガンさん!」
「お待たせしました」
「······あぁ」
疲れた顔で答えるローガンを見た千束は彼の背中を叩きなだめるように笑いかけた。
「ほらほら! 大の大人がこの程度でへばってちゃダメでしょ!! これからお昼食べに行くから早く立ってローガンさん!!」
無理やり立たされたローガンは悩む暇もなく、ずるずるずるずると千束に引っ張られてショッピングモールから出ていく。
✕✕✕✕✕
「フランボワーズアンドギリシャヨーグレットリコッタダッチベイビーケイクとホールグレイハニーカムバターウィズジンジャーチップスと·······ローガンさんはどうする?」
「酒を────」
「ねぇよそんな選択肢」
「······任せる」
「じゃあ私と同じので!」
「かしこまりました」
水を運んできたウェイトレスさんに向かって注文を済ませると、たきなはこの店の食事について思ってたことを素直に述べる。
「名前からしてカロリーが高そうですね。」
「野暮なこと言わない。女子は甘いものに貪欲でいいのだ」
「······俺は男だけどな」
「細かいことはいいんだよローガンさん!」
「寮の食事も美味しいですけどね。」
「あの料理長、元宮内庁の総料理長だったらしいよ」
「それってすごいんですか?」
「え? すごいだろ? でも、スイーツ作ってくれないからなぁ~。永久にかりんとうだから」
「私あのかりんとう好きです」
「そりゃあなた、最近来たからだよ。ず~っとあれだけは飽きるよぉ~?」
なにやら複雑な料理事情が彼女達にはあるらしい。
元宮内庁の総料理長ってことはガチの皇族に料理振る舞ってた人ということだ。つまり、リコリス共は天皇皇后両陛下たちと同じ食事を食べているということになる。
羨ましい限りだが、ローガンは別に気にしなかった。
そんな会話をしていると彼らの元に料理が運ばれてくる。他のお客さんが少なかったのか思ったよりも早く運ばれてきた。
ローガンの元には千束と同じフランボワーズアンドギリシャヨーグレットリコッタダッチベイビーケイクが置かれる。
「ふぁ~! 美味しそぉ!!」
「········」
糖質の塊だ。
たきなもそう思ったのかボソッとした声で言う。
「これは·······糖質の塊ですね」
「たきな!!」
そう言うたきなに千束は軽く頭をぶつける。
「人間一生で食べられる回数は決まってるんだよ。全ての食事は美味しく楽しく幸せであれ! いただきま~す!」
「美味しいのは良いことですが、リコリスとして余分な脂肪はデメリットになります」
「その分仕事で働く! その価値はこれにはあるよほぉ!」
口に頬張る千束は、美味しさのあまり笑みを浮かべて頬に手を当てている。
対して、甘いものが得意ではないローガンは、恐る恐るといった形でナイフとフォークを取る。ゆっくりとした手つきでアメリカ発祥のパンケーキに切れ込みを入れていく。
一口サイズにまで切ったローガンはフォークの先端をケーキに突き刺して、怪訝な顔で口に入れる。もにゅもにゅと噛んでみると、やっぱりすんごい甘みが口の中全体に広がっていく。
「·······ッ!!」
思わず咳き込むローガンは急いで水を飲み干す。やはり口には合わなかったようだ。
「あー······大丈夫ローガンさん?」
千束はそんな様子のローガンが心配で紙ナプキンを一つ取ってそれを渡そうとする。するとローガンは無理やりな笑みを浮かべ、
「だ、大丈夫だ。問題ない」
どうやら彼は、甘みが苦手で無様に自爆したことそのものをなかったことにしたいらしい。再び千束に向けたローガンの顔は何もなかったかのように平静を装っている。ただしそれは表面上の話で、よほど甘みが効いたらしく、唇を引き結んで目尻に涙が浮かびそうになるのを必死にこらえていた。
その肩もブルブルと震えている。
「む、無理そうなら私が食べるよ?」
「む、無理じゃない! ちゃんと食える!!」
そう言って投げやりっぽい感じで切っては食べ、切っては食べを繰り返した。
その数分後。
「う、うぷ······」
顔が青くなったローガンがトイレに駆け込むことになるまで、あと数秒だった。
何度も言うが、やっぱり今日は散々な一日になりそうだ。