WOLVERINE STRANGER OF LYCORIS 作:織姫ミグル
「もう~! たきなってば乱暴に扱いすぎだよ!」
「こうした方が手っ取り早かったからそうしたまでです」
「一応保護対象なんだよ~この人~?」
「命令では身柄を取り押さえるようにと書いてました」
彼女達の仕事は悪い奴らをやっつけることだ。
まるで絵本やおとぎ話にしか出てこないようなアバウトな職業だが、実在してるんだから仕方がない。しかも独立組織とはいえ政府との協力関係を結んでいる組織に所属しているため、彼女達は案外公務員級の安定した収入を得ているとかなんとか。
そのため、常人には理解できないような活動をしているわけだが。
「これじゃなんか誘拐してるみたいになっちゃうじゃ~ん。ゆっくりお話したら素直についてきてくれたかもしれないよ?」
「あの精神状態では無理だと思います」
もう~、と千束は猛牛のような声で頬を膨らませる。たきなはそんな千束を見ても特に何とも思わない。まるでお面のように表情を一切変えなかった。
現在、彼女の心はとある事情によって深く閉ざされている。合理的な判断をしたと自分では思っているようだが、一般的に見れば彼女のした行為は許されるものではなかった。
ついさっきの任務でもそうだった。
護衛任務をしている真っ最中、護衛対象を囮にして、犯人達を無力化しようとした。確かに手っ取り早く終わらせるのなら、護衛対象を囮にして犯人達の気を逸らせたところで鎮圧すれば即終わっていたかもしれない。
が。
その過程で護衛対象が死んでしまっては意味がない。殺される可能性は低いと彼女は言っていたが、それはあくまで可能性だ。九十九パーセントありえないとしても、一パーセントの確率でそれが起きる可能性だってある。もしそうなった場合、彼女に振りかかる責任はすごく重くなる。罰だけでは済まされない。
そんな行動ばかり取っていたら、そのうち最悪上から死に値するとか言われるかもしれない。
すると、千束はため息をつきながら携帯電話を取り出し、どこかに連絡をする。
「あ、もしもし。またクリーナーお願いしまーす······うん? 人数? 全員で四人。ううん、誰も死んでないよ。あ、でも一人重傷状態だから······あ、はーい。じゃよろしくお願いしまーす」
「······またクリーナーですか。DAに引き渡せば」
「そうしたらこの人達殺されちゃうでしょー」
「でも彼らは───」
「『命大事に!』だよたきな! 今時そんな『ガンガン行こうぜ』スタイルは流行らないって」
彼女の心は固く閉ざされている······のだが、人間というのはどこまで闇に落ちたとしても人間としての心は見失われない。自分の心を一つの感情だけで固めておく事の出来ない生き物である。
根本的な人格そのものが修復不可能なレベルまでねじ曲がらない限り、生来の義理や情は案外ひょっこりと顔を出してしまうもんなのだ。
何が言いたいのかと言うと、千束にちょこっと説教されたたきなは、どこかシュンと肩を落としたのである。
彼女にも、それなりに優しさというものがあるのがわかった瞬間である。
人としての心は完全には失われていない。
「さて、この人どうやって連れていこう?」
本題に戻ろう。
現在、目の前には気を失った中年男性が絶賛地面と合体中である。
確かに、たきなの言った通りあの状態では話を聞いてくれていなかったろう。あの様子からして酔っている事も窺えるし、極めつけに一人で勝手にヒートアップして頭に血を上らせすぎたのもまずかった。
たきなは千束に提案する。
「命令ではDAに引き渡すことになっています。本部に連絡して連れていってもらえばいいのでは」
「そうかもしれないけど、この人をDAに渡すのは躊躇うと言うかなんというか」
うーん、と千束は腕を組んだ。目を細めて口が悩むように歪む。
彼女の中で何かがひっかかっているようだ。確かに命令では引き渡すよう言われているが、本当にそうしていいものか。あらゆる可能性が頭の中を過っていく。
千束は首を捻った。引き渡して処刑される可能性があるというのを捨てきれない······というのは些か考えすぎなのだろうか。
彼女は一度切り取られた夜空を見上げると、考える人のように顎に手を当てて真剣に悩み始める。
しばらく考えた後、彼女は手をポン! と叩くと、
「そうだよその手があったよ! たきな!!」
「?」
「気付いた、私は発見してしまった······そうだよ、DAにも文句を言われず、なおかつこの人を安全に監視できる方法が一つだけあった!!」
「······何を思い付いたんです?」
たきなは千束の思惑に乗ることにした。不本意ではあるが。
ふふふ、と不適に笑う彼女の意図に気付いて話を聞いてあげようとすると、彼女は『よくぞ聞いてくれた』とたきなの肩を両手で掴んで。
カッ!! と衝撃的な真実を告げるかのような表情でこう提唱した。
「この子家で飼おう!!」
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「······は?」
✕✕✕✕✕
同日、夜十時。
店内の内装は和を意識したものだった。外から中を見れないように窓ガラスは最低限に設置し、さらにその窓からもあまり中を見れないようにステンドグラスにしている。
お洒落を意識しつつ、外部からの攻撃にも対策できるようにちゃんと考え込まれて作られているカフェの名は『和喫茶リコリコ』と言う。
一人用の椅子と長テーブルカウンターが入り口前にあり、そこに二人の大人がなにやら会話を楽しんでいた。
「ったく千束の奴! シフトの交代をすっぽかすどころか食器まで割っていきやがってッ!!」
「ハハッ。まあいいじゃないか、あいつにもお泊まりができるほどの友達ができたんだからな」
「そういうことじゃねぇよッ!! 第一あれ絶対友達の家に泊まるとかそういう様子じゃなかったでしょうがッ!!」
日本酒が入った瓶を乱暴にドン! と置いて叫ぶおば······ではなく、お姉さん。かなり酔っているようで、頬が赤らんでいる。その女性の名前は“ミズキ”。元DAで情報部の職員をやっている。
しかし、目の前にいる大柄な男のマスターはそんな彼女をほっといて食器の後片付けにあたる。そんな彼を見ていると、強者っていう感じが凄いする。この喫茶店の管理者でもある“ミカ”は、食器を洗いながら彼女の愚痴を聞いていた。
当然ながら、もう閉店時間なので客は見当たらない。
だからミズキは堂々と喫茶店で酒を飲んでいるのだが、だとしても場所を考えてほしいものである。
ピーピーと喚くミズキにミカが聞き流していると。
カランカラン! と。
店の入り口につけているベルが鳴った。
「あ? お店はもう閉店ですよお客さん。明日また改めて来て────」
ミズキが閉店時間なのにやって来たお客を追い返そうと舐めた態度で接客しようとしたところ、
「た······だいまッ!」
「·······ただいま、戻りました」
何か苦しそうな声が二つ。
聞き覚えのある声だった。何故なら二人も、この喫茶店の従業員だったからだ。一人はまだ配属されたばかりでこれからだが、それでもメンバーの一人だ。
二人とも何か肩で息をしており、少し汗を流している。
その原因は、
「千束!? たきな!?」
「あ、先生。ただいま」
「すみません、遅くなってしまって」
「ああお帰り······って、たしかお前達今日は泊まってくるはずじゃ」
「ああ、それなくなっちゃった。任務はもう終わったから」
「なくなったって·······ん? それは?」
ミカが洗い物を中断し、二人の帰還に驚いていると、ある物に目が行った。
二人の間にいる、一人の男。
気を失っているのかびくともせず、脱力して下を向いているので顔はわからない。二人はそいつの腕を自分達の肩に回し、体を引きずるようにして連れてきた。
「······なんだ、ソイツ?」
ミズキがやべー物を見る目付きで問い詰める。ついでに二人もやべー奴だと思い始める。目が鋭くなったミズキに、二人はギクリとして後ずさる。彼女は一応情報部の職員。下手な言い訳をすると本部に通達される。
諸々事情があるのだが、良い言い訳が思い付かない。
千束とたきなは苦い顔で視線を交わすが、たきなは明らかにあなたが説明してくださいという目で見てくる。千束はほんのわずかに沈黙して、それからしばらく上を見上げていた。
しばし黙って、全員がそんな千束を見守っていた。
それから彼女は、ゆっくりとこう答えた。
「捨て犬?」
「元いた場所に戻してこい今すぐにッ!!」