WOLVERINE STRANGER OF LYCORIS   作:織姫ミグル

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第5章

 

 

歴史というのは繰り返される。

 

人の命はどの時代においても重いもの。何かを対価にして得ようとしても手に入れることはできない。

 

命を手に入れることはできない······が。

 

()()()()()()()()

 

 

『··········ッ』

 

 

いくつもの時間を渡り歩いてきた。それを何度も思い出す度に、自分の罪と向き合わなければならなくなる。

 

気が遠くなるほど歩いてきた。もはや彼は、何時間どころか、何百年歩いてきたのかも思い出すことができなかった。

 

我々人という生き物は、この世に生まれ落ちたその瞬間から何かを奪い続けるようにできている。生きる限り、屠り、殺し、奪い続ける。

 

生きるために生き物を殺し、食す。

 

生きるために植物を殺し、環境を破壊する。

 

生きるために他人を殺し、身を守る。

 

 

生きるということは、奪うということ。

 

 

それは幾度も繰り返され、いつしかそれは当たり前になっていった。

 

それを彼は、何度も繰り返してきた。

 

 

『ジーン!! 目を覚ませッ!!』

 

 

ある世界では、自分の愛した仲間が敵に操られ世界を滅ぼそうとした。いくら呼び掛けても答えてくれず、彼女はただ『私をこの苦しみから救ってほしい』と願った。

 

愛を知ってしまったが故に、それを奪った時に感じたのは死ぬよりも苦痛だった。

 

 

『ビクタァァァアアアッ!! 何故殺したッ!!』

 

 

ある世界では、自分と同じような能力を持って生まれてきた兄弟とも言える存在と戦った。自分とは真反対の性格で手を取り合うことはできず、最終的には互いに奪い合う関係になってしまった。

 

憎しみを知ってしまったが故に、それを奪った時に感じたのは虚しさだけだった。

 

 

『殺らせないでくれ······俺にこれ以上、命を奪わせないでくれ』

 

 

ある世界では、長く生きすぎてしまった結果人の命の重さを知ってしまった。目の前で虫の息となっているものを見て、その苦しみから解放してやった。

 

命を奪う苦しみを知ってしまったが故に、それを奪った時に感じたのは悲しみだった。

 

長く生きれば生きるほど、その苦しみを繰り返す。奪うことを繰り返す。

 

その記憶を、死ぬその時まで思い出すことを繰り返す。

 

 

『ジェームズ』

 

『ッ!!』

 

 

ローガンの声が震えていた。

ついに見知った顔と再会してしまった。一刻も早くここから逃げ去りたいと思った。それでいて、会えたことが嬉しいとさえ思った。

 

 

『ジーンッ!!』

 

 

赤くて長い髪が特徴的な女性だった。

 

彼女は真っ白なワンピースを着た格好で後ろに立っていた。周りには何もない。ただ平坦で真っ白な世界が広がっているだけ。遮蔽物もない、何も彼を縛り付けるものもない世界の片隅で。

 

駆け寄り、慌てたように彼女の体を抱き締める。

 

 

『行かないでくれ』

 

 

彼女に必死に懇願する。

悲痛な想いを胸に、自分の気持ちを彼女に伝える。

 

だが。

 

 

『······それは無理よ』

 

『ジーン!! 俺を許してくれ!!』

 

『······いいのよ』

 

『俺は誓った、君も他の誰も·······傷つけない。そう、誓ったんだ』

 

 

抱き締めて耳元でそう伝える。

届く距離で、自分の想いを吐き出す。それはどこか八つ当たりにも見えた。強引に理解させる、もしくは自分を慰めるような口調だった。

 

それを彼女はちゃんと聞いていた。

 

聞いて、彼と同じように耳元でこう囁いた。

 

 

『······()()()()()()

 

 

もぞもぞと、腕の中で彼女が身じろぎするように弱々しく動いていた。そして、どういうわけか彼女はにっこりと笑いながら目だけを動かして視線を下に落とした。

 

何をしているのか、気になった彼は一度離れて視線を下へと落とした。

 

それが間違いだった。

 

 

生暖かい湿った感触が、手から伝わってきた。

自分の指の付け根から伸びている爪が彼女の腹へと刺さって、そこから流れ出る血が自分の腕に巻き付いていた。

 

 

『あ······あ······?』

 

 

一瞬。

何が起きたのか彼は理解できなかった。

 

しかし彼は知っていたはずだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『ぅぁ、ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!???』

 

 

強烈な寒気が背骨を伝って上半身全体へと襲いかかってきた。

 

体の末端から力が抜けていく。

 

それがまずかった。

 

その瞬間一緒に自分の爪も彼女の体から抜けてしまい、蛇口ができてしまった彼女の体から溢れるように赤い鮮血が流れ出てくる。

 

白いワンピースが真っ赤に染まっていく。

 

 

『ジーン!! ジーンッ!!』

 

『······隠れても無駄』

 

『やめてくれッ!! 頼むッ!!』

 

 

必死に押さえた。

流れ出る血をこれ以上出させまいと手で押さえる。

 

しかし、彼女はそれを許さない。

 

 

『逃げられはしない』

 

『よせ頼むッ!!』

 

『あなたは死ねない』

 

 

よろよろと、自分の愛した女性が言葉と共に吐血する。真っ白な世界がどんどん鮮血に染まっていく。純粋な赤ではなく、赤黒い海が出来上がる。

 

罪と罰の洪水。それが全てを埋め尽くした。

 

その中に引きずり込もうと、彼女の手がローガンに絡み付く。

 

 

『あなたが生きている限り、()()()()()

 

『よせやめろッ!! やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!』

 

 

 

✕✕✕✕✕

 

 

 

「······ハッ!?」

 

 

ローガンは目を覚ました。

無意識の中で激しく息をし、自分の精神を整えようとする。

 

そして、無意識の中で自分の指の付け根から生えていた爪を引っ込める。

 

 

「はぁ·········つッ!!」

 

 

安堵と共に、小さく舌打ちをする。

 

 

「くそ······寝ちまってたのか」

 

 

寝るのは嫌いだ。いつも悪い夢を見るからだ。生まれてこの方、まともな夢を見た記憶はない。

 

小さい頃は戦争やら争い事なんて日常茶飯事で、それでいて体が弱かったせいでよく風邪を貰ったりした。そのせいで熱に苦しみ、苦しむ夢しか見なかった。

 

ミュータントとして覚醒した後も、戦争に参加して多くの命を奪ったせいでその時の記憶が脳に焼き付いて離れず、それを夢としていつも思い出してしまう。

 

悪夢しか見なくなった彼は少しでも夢を見ないように、寝る時はいつも酒を飲むようになってしまった。

 

アルコールを大量に体内に入れれば、その分血液に回ったアルコール成分が頭脳に到達した時に脳を麻痺させることができ、思考を鈍らせて夢を見るという機能をある程度遮断できる。

 

しかし、どうやら今回は寝る前に酒を飲むことはできなかったらしい。

 

理由は何故か、その時の記憶が思い出せない。

 

 

「······?」

 

 

というかここどこだ? と、クリアな春の空気を通して匂うほのかな香りに眉を潜め、それから起き上がり、周囲を見渡す。

 

見慣れない光景が広がっていた。

 

建物の中ではあるようだが、中の電気は点いておらず、よくは見えない。だが、鼻に侵入する香りの正体は、『挽いたコーヒー豆』のようだった。それがわかると、周囲に置いてある道具を見て自分の知識と照らし合わせて何処なのかの特定作業を始める。

 

カウンターテーブルの奥には挽いたコーヒー豆を入れておく瓶が複数と、カップや皿が数枚並べられている。そして現在自分の居るところを見る。畳の上に座っており、自分の体の上には毛布が一枚かけられていた。

 

 

「なんだ、ここは?」

 

 

見慣れない場所に自分が佇んでいる事、その理由に心当たりがなかった。

 

 

(俺は確か、仕事を探すために紹介所に行ったが断られて·······それからどうした?)

 

 

直前の出来事が曖昧に思い出される。

 

当時朦朧としていた事もあって、そもそもとして正常に記憶することすらできなかったのかもしれない。

 

しかし、現状を分析するごとに、今自分の置かれている状況の異様さが追い付いてくる。

 

和を感じる空気が鼻を通して頭の中で匂いの成分を分析すると共に、疑問が頭の中を過る。

 

自分は何故こんな所にいるのか。

 

分析したところ、今いる場所はおそらくどこかの街にある『喫茶店』だ。彼にとっては縁もゆかりもない場所だった。コーヒー自体は好きだが、わざわざ足を動かして、なけなしの金を使ってコーヒー飲みに行くくらいなら、そこらの小洒落たバーに浴びるように酒を飲みに行った方がいいと考えるタイプだからだ。

 

では何故こんな所にいるのか、理由が全く思い浮かばない。

 

 

(そういや······あの時誰か女の声がしてたよな)

 

 

彼は少し考え、

 

 

(ソイツらが何か叫んでたのはわかるが、その後の事が思い出せない)

 

 

まだ酔っているのかもしれない。

 

酒が回って、思考を鈍らせる状態が今もなお続いているのだと彼は考えた。

 

 

「······」

 

 

ローガンは胡乱な瞳で周りに目をやった。

 

すると、彼の体のバランスがふらりと崩れる。倒れるというよりかは、重さに引っ張られるというものに近いかもしれない。お酒を飲むと自分の体の重さを支えきれずにふらふらとしてしまう。

 

これは完全にまだ酔ってるな、と定まらない思考の中で確信した。

 

実際に頭が痛いし、目の焦点すら定まっていない。アルコール成分がまだ完全に抜けていないのに、悪夢を見てしまったようだ。彼はまた舌打ちをし、気分を正常にするために水で自分の顔を洗おうかと思い、畳から立ち上がる。

 

ここは喫茶店のようだから、食器を洗う水道がどっかにあるだろうと思ったのだ。

 

が。

 

 

「ぶっ!?」

 

 

急に視界が歪んだと思ったら顔面に激痛が走った。

 

どうやら自分のいた場所は靴を脱いで上がってお茶をする所だったようで、段差に気付かずに歩いた結果踏み外して落ちてしまったようだ。

 

顔から落ちてしまったが、治癒能力のおかげで特に怪我をすることもなく、というよりしたとしてもなかったことにできるからよかったよかった。

 

 

「くそっ!!」

 

 

苛立ちながらも鼻を押さえて立ち上がった。

 

店の中に電気が点いていないせいでよく見えなかったのが悪かったのかもしれない。完全に暗いというわけではない。窓から光が射し込んでいるのが見えるので、おそらくは今太陽は出ているみたいだ。

 

が、その光はまだ弱いため、太陽はまだ東の地平線から顔を出し始めたばかりの時間帯だと思われる。しかも、ここの店の窓は全てステンドグラスで出来ており、物の輪郭がわずかに判断できるぐらいの明るさしかない。

 

手を前に出して壁を伝って店の中を歩いていく。

 

と、ドアらしきものに手をついた。

 

おそらくその先にお手洗いでもあるのだろうと考えた。大体喫茶店にはお手洗いがあるもの、カウンターテーブルの近くにドアがあるということは、多分お客様がすぐ行けるようにという配慮の元でこの場所に設置したんだろう。

 

ところが実際にそちらのドアを潜ると、そこはお手洗いではなくただの短い廊下だった。向かい側に、もう一つドアがある。

 

なんだ? トイレをしているのを見られないように更に壁を分厚くするという盗撮対策なのか? と、ローガンは対して考えもせずに、お手洗いへ繋がるそのドアを開ける。

 

そこに。

 

 

「···············え?」

 

「······?」

 

 

疑問を放つ声が聞こえてきた。

 

酒がまだ残っているとはいえ、少しくらいは思考が戻ってはいたのだから案外冷静に考えていたとは思うから、自信を持ってドアを開け放ってみたのだが、その先にあるのはお手洗いではなかった。

 

 

目の前に広がるのは、細長い木製のロッカーが三つほど並べられた空間だった。

 

 

そして何か甘い匂いがする空間だった。

 

 

そんでもって、()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「······あ、あら?」

 

 

と、むしろキョトンとした声を出したのは、目の前にいる少女だった。和服を着ようとする最中で、まだ前を止めるための紐も縛っていない。

 

しばし、お互い無言を貫く。

 

現状を理解できなかったのだ。

 

数秒も経って、少女の方はようやく今何が起きているのか状況を掴めてきたのか、その顔から火が出そうなくらい真っ赤に染まる。

 

ローガンの方はまだ酒が回っているため思考が追い付いていない。

 

が、こうは思った。

 

そういや日本の建築文化ではドアに鍵をつけないんだっけ? 人と人との信頼で案外プライバシーは守られてるから、ドアは今も江戸時代から変わらずスライド式なんだっけ?

 

何てことを考えていると同時に。

 

 

「おはようございます。千束さんが先にお店に行くって連絡が来てたんで私も早めに出勤して来ました·······って、あの人がいるから静かに入ってくるように言われてたんでした」

 

 

カランカラン! と後ろにある店の入り口のドアが唐突に開け放たれ、ロングストレートヘアの少女が新たに侵入してきた。声を出した瞬間に何かを思い出したかのように慌てて口に手を当てて塞いだ。

 

すると彼女は言われた通りこの店の制服に着替えるためにロッカールームへと向かう。つまり、こっちに来る。

 

 

「······え?」

 

 

信じられないものを見たような顔をする。

 

というか、見てはいけないものというか。

 

信じたくなかったんだろう、今目の前で起きている光景を。彼女も現状にしばらく理解できていなかったが、徐々に徐々に理解するごとに気が動転して、自分の背中に背負っている鞄に手を伸ばす。

 

わなわなと震えた口で、手つきで、ジャカッ!! と何かを取り出す音を店内に響かせる。

 

 

しかしそれよりも先に、目の前にいる少女の方が早かった。しばしの間無言でぶるぶると顔を真っ赤にさせて震えていたのだが。

 

 

決意を固めたのか、その右手を固く閉じると、彼女は勢いよく走り出す。

 

 

世界を狙えるほどの右手を目の前にいる中年に炸裂させる。

 

 

そして絶叫が迸った。

 

 

「おじさんのエッチィィィイイイイイイイイッ!!」

 

 

ローガン。

 

 

彼は異国の地にてジャパニーズスキンシップをその身で体験する。

 

 

アニメがこの国では神的伝統文化になっていることを忘れていた彼は、その後に来るお決まりの展開を生まれて初めて鋭い痛みを通して経験した。

 

 

 

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