WOLVERINE STRANGER OF LYCORIS 作:織姫ミグル
五月の夜空の下の事だった。
桜はすっかりと散り、日中は次第に暑くなり始めて夜までその温度を保つ頃合いの、まさに初旬の事だった。
「······はぁ······はぁっ!!」
裏社会には独自のルールがある。
まず、住むところは大抵都会のどこかにしろというものだ。木を隠すなら森というわけである。よって、彼女はこの東京に潜伏し、その手に通じる道で生きてきた。
裏で行われる闇取引、それを商売として彼女は今まで飯を食べてきた。
「·······ちくしょー!」
それが今ではお尋ね者となってしまった。
元からダミーとなる家をアジトとして登録していたため、今まで住んでいた場所は無事だったが、それでもいつかはバレる。そうなる前にこちらから動き、早めにまた姿を消す作戦だ。
「ッ!!」
狭い街路樹を抜ければ、春が終わって夏へと向かっている夜空は四角く切り取られているのがわかる。
その小柄な少女はVRゴーグルをかけて常に地図を把握し、そして黄色いスーツケースを抱えて逃亡していた。
歳はせいぜい十二かそこらだろう。小学生か中学生か、その中間の年代だと思われる。腰まで伸ばしたセミロングの黄色い髪に、フード付きのぶかぶかの大きめなパーカー。もうこの時期に着る服ではないだろう、逆にその格好によって目立つと思うが彼女にとってはそれが迷彩服のつもりらしい。
ゆっくりと、息を吐く。
少女は、つい先ほどあった会話を思い出す。
『アラン機関とは!! 世界的に展開する謎の支援組織だ!』
今でも思い出す忌まわしい声。
思い出すだけでも虫酸が走る加工された声が鼓膜にこびりついている。
その言葉は少女の心を追い詰めていく。
『個人か組織かもよくわからんが、貧困や障害などを抱える天才を探しだし、無償の支援を施している! スポーツや文学、芸術、医療や科学など───』
『そんな子供でも知ってるようなことを聞きに来たわけじゃない』
典型的な無駄な会話だった。
時間を無駄にし、無理やり追い詰めるような話し方に彼女はうんざりしていた。
『······つまり~、殺しをやるような連中ではないということだ』
『しかし奴がボクを消そうとしたことは事実だ······問題は何故ボクのマンションを特定できたかだ』
『あー! 最近あった高級マンションガス爆発事故!! ドッカーンッ!! と派手にいったね~?』
『······よく知ってるな』
『そうだろう? このためにドローンを新調して詳しく調べたからな』
『······』
『今いる場所はダミーじゃないんだろう? “ウォールナット”?』
裏社会では有名な通り名だ。
しかし彼女は答えない。裏の人間がそのことを口にすれば、それだけで自分が裏の人間関係者であることを露呈させてしまう。
だがもう遅かった。何もかも手遅れだ。
表でも生きている人間に手を貸してしまったのだから、表の人間からお鉢が回ってきても仕方がない。
よって、彼女の答えは決まっていた。
『やはりお前だったのか······ボクの居場所を奴に売ったのは』
もちろん、誰が誰に依頼したかを知られないように何人もの仲介人を挟んで取引をするのが基本だが、複雑に関係性を組み立てすぎたことで逆探知されてしまったらしい。
パズルのピースをはめていくようにして、居場所が割れてしまった。
無知は慈悲と言うが、彼女の場合は無知ではいられない主義だ。なので、身を滅ぼす結果となってしまった。
「······」
完全に自業自得だった。
所謂門前払い状態の少女は、誰にも知られず誰も知らないところに逃げるために夜逃げという作戦を実行した。
そこまでしなくてはならない何かを彼女は隠し持っているのだが、それが何なのかは本人しか知らない。たとえ全てを失っても、それだけがあれば生きていける。それほどの価値がある『情報』を、彼女は誰にも譲らず所有していた。
「······」
狭い街路樹で大きく息を吸う。
生きるんだ。
どんな方法を使っても、生きなければならない。
生きるために、必ず奴に会うんだ。
「ボクの期待にどうか応えてくれよ······“ウルヴァリン”」
✕✕✕✕✕
管理報告ファイル五月一日。
ジェームズ・ローガン・ハウレットの経過報告をここに記す。
日本、ひいては世界全体に影響を与えるであろう超人間を扱うのは困難と断定。及び、殺処分することは極めて難しい。弾を撃ち込んでも死なないのであれば、どんな兵器も通用しないと見てまず間違いない。扱いには十分最善の注意を払うことを推奨。
その上で、特に注意すべき事を明記する。
彼を動かす原動力となるのは、感情ではなく善良性だ。よって、我々は彼に寄り添って成り行きを見守りつつ情報を得ようと試みている。
何をやっても死なない以上、情報を得るタイミングは必ずやってくる。
少しでも得るためには彼に寄り添って理解することを最優先にし、そこから信頼関係を得て自ら自分の事を話す機会を待つ。
しかし問題発生。
その問題は今後の活動に支障をきたす可能性もある故に、ここに明記して報告する。
彼は。
どこまで行っても一向に成長する見込みがない。
✕✕✕✕✕
得手不得手というものがある。
それがよく現れるのは、仕事場だ。
例えば、コミュニケーションがあまり取れない人が接客業をやることになったとしよう。極度に人見知りだったり恥ずかしがり屋だったりする人は接客業には向いてないかもしれない。
客は初対面の人ばかりであるため、初対面でも物怖じせずに適切な対応を取ることが求められる。コミュニケーションは別に苦手というわけではないけど、初めてのことで緊張してうまくできないという程度であれば慣れでカバーできるため問題はない。
だがしかし、初対面の相手と話すこと自体が苦手な人や、会話自体は得意でも相手のペースに合わせて会話することが好きではない人は接客に苦手意識が芽生えるもの。
苦手意識が前面に出てしまっては、自分が本来持つ能力を精一杯出し切ることは困難である。また、客からの感謝や評価にやりがいを感じない人も向いているとは言えない。感謝の気持ちではなく具体的な報酬、つまりは金に反映される仕事のほうが、やりがいを感じるという人もいる。
しかし。
しかし、だ。
問題はコミュニケーションだけではない。
喫茶店といった飲食店には、大抵接客マニュアルが置いてあるものだ。だが、実際に接客を行うとマニュアル通りにいかないことが多い。
毎日様々な客が訪れるため、その場その場に合わせて対応しなければならない。もちろん、店が決めたマニュアルや規定は守るべきことではあるのだが、時にはマニュアルに載っていない自分なりの方法で客の心情に寄り添った対応が必要とされる。
客はそれぞれみんな違う心情を抱いている。よって、その人その人に同じやり方でやっていっても満足してくれない可能性がある。
接客の本質はおもてなしだから、こちらの求めているものを本当に理解してるのかどうか判断つかない店員だと、こいつ本当に大丈夫なのか不安になってくるわけで。人との関わりが苦手な者からすれば、客の要求に答えるのは大変なのである。
何より接客業は、マルチタスクも要求される。
様々な業務を同時進行でこなさなければならない。物事を同時進行で進める器用さがないと、接客業で苦労を感じることが多い。
それと、従業員の性格も重要になってくる。
先も述べた通り、客はみんな違う心情を抱いているが、それは働いている人だって同じこと。
寄り添って接客をするのが基本だが、自分の性格がそれに適してなければまさに不得意の部類に入る。
客のペースに合わせて対応しなければならない接客業で、気が短い人やマイペースな方には不向きだろう。気の短さやマイペースさを客の前で出さないように努力する必要がある。
接客は、コミュニケーションが最優先の仕事だから、やはりある程度は人の心情を読み取って要求に答えることが大切なのだ。
これが出来ない人は、接客業では苦しむことになるかもしれない。
では、ローガンはどうなのか。
実はローガン、これまでそういった仕事は一度も経験していない。
彼がやってきた仕事を一部紹介すれば、森林伐採といった木を切って木材を調達するものや、作物を育てる農業といった、非接客業ばかりやっていた。
特殊なもので言えば、世界平和維持を最優先とした組織に属して悪と戦うという仕事をしつつ、その組織が運営する学校の教師として子供達に歴史を教えるというものもやっていた。
だが、それもある意味非接客だ。
人を守るために戦うのに客はいない。民間人を救助するのに、会話など必要ない。人を助けることを最優先とするため、一々無駄な会話をする必要もない。
学校の教師も、授業中は子供達は黙って聞いているからマイペースに進められた。自分が話している最中皆は授業に集中しているので、そんなにコミュニケーションは必要なかった。ある程度は気を配らなければならなかったが、それでも感覚的には非接客に近いかもしれない。ローガンの性格上、子供達一人一人に語りかけるということはしなかった。意識は教室全体に広がり、自分一人がそこで話しているという認識しかなかった。
どちらかと言うと力仕事が得意なローガンからすれば、人と接する機会が少なかったために会話やコミュニケーションが重要となる接客業をやるのは難しかった。
つまり何が言いたいのかというと、ローガンに喫茶店の従業員は向いてなかった。
「ローガン、これらをいつもの場所に届けてくれるか?」
「ああ······わかった」
「それが済んだらちょっとおつかいも頼む。卵と野菜が足りなくなってきてな、その他にも買ってきてもらいたいものをメモしておいたから、帰りに頼めるか?」
「ああ、任せろ」
ミカにいくつもの紙袋を渡されて、ローガンはそれを受け取るとでっかいリュックに詰める。
ローガンの主な仕事は、外仕事だ。
リコリコは喫茶店だから接客業が主な仕事ではあるが、それ以外にも活動している。保育園で未就学児とのお遊戯、語学学校での外国人への日本語指導、そして挽いたコーヒー豆をお得意様に届けるといったものまで、喫茶店に関係ないような仕事もしている。
今回は、店ご自慢のコーヒー豆を指定の場所に届ける。たったそれだけの仕事だった。
何故外仕事をローガンはしているのか、理由としては、彼の接客がマジで洒落にならなかったからである。
『お待ちどうさま······』
『······あの、私パテじゃなくてパフェを頼んだんですけど』
『······なに?』
『あー! 失礼致しましたお客様ッ!! すぐにご注文の品をお持ち致しますのでッ!! 』
客の注文は忘れたり聞き間違えたり。
『あらあなた、初めて見る顔ね! 新人さん? 今何歳? どこの国出身なの? 彼女とかいる?』
『······ご注文は?』
『あ······えっと、その』
『ローガンさぁぁぁんッ!? もっと愛想良くしてっ!!』
話しかけられたら無愛想な態度になったり。
『あ······!』
『あっつゥゥゥウウウウウッ!!!?? 何してんだアンタッ!? 気を付けろよッ!!』
『ああ······すまない』
『大変申し訳ございませんお客様ッ!! 今拭くものをお持ち致しますのでお許しくださいどうかッ!!』
品物を運んでいる最中に何もないところで躓いて転んで客の頭に熱々のコーヒーを思いっきりぶちまけたり。
『おっと······』
ガシャーンッ!!
『しまったッ!!』
『ローガンさん! もっと慎重に片付けてッ!?』
後片付けをしているとついうっかり食器を割ってしまったり。
『ドリッパーにペーパーフィルターを隙間がないように入れて、ここに粉を入れればいいのか? これくらい入れれば丁度いいか?』
『ちょいちょいちょいちょいッ!? 入れすぎだよそれじゃッ!! ちゃんと計量スプーンで量を測ってよッ!?』
本格的なコーヒーなのにインスタントでも作るかのように高級コーヒー豆の粉を大量に投入したり。
『おいてめぇ! 聞いてんのか!? こんな苦いコーヒー出しやがってッ!! 俺は苦いのは駄目なんだよッ!! もっと甘くして出せよッ!!』
『はあ······』
『なんだそのふざけた態度は舐めてんのかッ!? ああそうか! 外国人だから日本語わかんねぇのかッ!? こんな使えない奴を雇うなんてこの喫茶店どうかしてるなッ!! そんな店だからこんな不味いコーヒーしか出せな─────』
『五秒やるから今すぐその汚い口を閉じろ······でないと』
『オーイ! 気持ちはわかるけど爪を立てようとしないでお願いだからッ!?』
質の悪い客が来たら凄い形相をして睨み付けた挙げ句に爪を出しそうになって危うく店内が荒れてしまいそうになったりと。
何だかもう色々とヤバい事になったのだ。
千束はその光景を見たときは絶句していたが、たきなと二人で息を合わせてサポートに回ってみるもののローガンの方が一枚上手で、どれだけ指導しても手伝っても改善される見込みはなかった。
ローガンの尻拭いはいつも千束が請け負っており、さすがに困らせすぎて申し訳なさが募っていったのか、実はこういう仕事には慣れていないと千束達に弱音を吐いたところ、彼女は『バカヤロー! 仕事というのは熱意だ! 誰だって失敗はあるんだからめげずに頑張って行こーローガンさん!』と、渇を入れるように励ましてくれたが、それ以外の意見は違った。
たきなからは『あなたはもう何もしないで』とでも言いたげに睥睨してきて、ミズキはいつも仕事終わりに酒を飲むため、その副作用として泣き上戸になって『お金が、お金だけがどんどん減っていく·····』と泣きながらぶつぶつと呟いていた。
よって、そんな彼の仕事スタイルに見るに見かねたミカが外仕事を主に任せることにしたのだ。
喫茶店の備品調達をしたり、小銭が足りなくなったら銀行に行って両替しにいったり、食材を調達するために食品売場に買い物に行ったりと、そういうおつかいのような仕事を彼にさせている。
フロアも裏方も無理だと判断して、もう彼に任せられる仕事はそれしかなかった。
何をやらせても損害ばかりが増えて金だけが減っていく。ならば彼にできることは最低限の人との関わり。注文の配達やおつかいならば口数が少なくても問題はない。
というわけで、ローガンはミカが挽いた粉をこれからお得意様達に届けに行く直前なのだが、
「おりゃああッ!! お待たせー! 千束が来ました!!」
出ていく寸前で良かった。
丁度入り口の間合いに入ってなかったローガンは、勢いよく飛んできた千束の乱暴なドアの開閉に巻き込まれずに済んだ。
「あ! ローガンさんこれから外仕事?」
「ああ」
「そっかー! じゃあ私も行こっかな~」
千束がローガンの姿を確認すると一緒についてこようとする。
しかし、カウンターの奥にいるミカがそれをやめさせる。
「千束、事前に連絡して仕事を頼んだのを忘れたか?」
「ああ! そうだったー! 先に仕事頼まれてたんだったッ!! というわけでごめんなさい! 外仕事お任せしますー!」
「······ああ」
流れるように話す千束だが、むしろ彼女を連れていく方が危なっかしいと思っていた。でも余計な口出しはしない方が身のためだと思ってやめておいた。
もちろん、千束は優しい女の子であるということは理解している。だが、世界における常識がローガンを受け入れないので、彼女と一緒にいると彼女にまで危険が及ぶ。この喫茶店に住み込んで一ヶ月近く経つローガンが面倒な事を起こしてばかりなのを考えると、彼は自分でも疫病神なのではないかと思ってしまうほどだった。
客だけでなく、千束達にまで迷惑をかけてしまっている。
これらのことを踏まえて、ローガンは自分一人で行動した方がいいと判断した。ミカから任せられた仕事も好都合なものばかり。無論、彼女達が嫌いなわけではないので最低限は一緒にいることを頭に置いているが、仕事中はあまり関わらない方がお互いのためだとも思う。
「それじゃあ行ってくる。そっちも仕事を頑張ってくれ」
ローガンは時計を見ながら急いだ調子で言った。
「あ、ローガンさん!」
「?」
「行ってらっしゃい! 気をつけてね~!」
「······ああ、行ってくる」
千束のその何気ない言葉に、ローガンはとても素直な笑みを浮かべた。
ローガンはその千束の笑顔を見るのが嬉しかったが、同時に複雑な気分になる。今の彼にとっては幸せな時間になっているだろうが、いつかはそれも終わる。
彼と彼女達の時間の流れは、大きく異なっている部分がある。
普通の人間の寿命は長くて百か九十だ。しかし、彼の場合は永遠とも言える。いずれは彼女達も歳を取り、老いによってその命を終わらせる運命にある。だが、ローガンはその命を終わらせる手段がない。皆が歳を取っていくのに対して、こちらは何も変わらずに止まった時間の中を永遠に彷徨うことになる。
それは、見方を変えたら残酷な事だった。
また知り合いが先に死んでいく。自分を知っている人がまた先にいなくなる。それが彼にとってどれだけ苦痛か、常人には理解できないだろう。
「······さて、仕事をするかジェームズ」
結局、何も変わらないとわかったローガンは自分に言い聞かせるようにして前へと踏み出す。
いずれは別れることになったとしても、束の間の幸せを感じるのも悪くない。
それが、彼にとっての唯一の慰めであり、希望だった。
✕✕✕✕✕
ローガンが仕事を終えたのは、丁度午後十二時になってからだった。
コーヒー豆を指定の場所に届けた後、当初の予定通り食材調達のためにデパートに足を運んでいた。地下一階にある食品コーナーを覗くと、卵安売りセールと書かれてラミネートフィルムに包まれた広告が目に入る。
彼は安いならなんでもいいと思ってそれを手に取り、会計を済ませて外に出る。
「······」
ローガンは両手に買い物袋を提げたまま、立ち止まって周囲を見渡す。
(千束達と同じ制服の奴らが複数······ベージュ色だが明らかにあの楠木とか言う奴の部下か)
背景に溶け込むように、千束とたきなの色違いのような少女達が群衆に紛れて街を観察しているのが目に入ってくる。
観察というより、見張っているという感じか。
平然とした女子高生を演じるように周囲に溶け込んでるが、全員時々視線を人々に向けて何かを伺っているようにも見える。
(······裏で世界を守る組織、か)
ローガンは以前、ミカの言った世界を守る組織という単語が耳にこびりついていた。
世界を裏で守る組織。人知れずに戦って表の世界を守るのを最優先にした組織は、その実態が謎だらけ。ローガンでさえもその正体が未だによくわかっていない。
ミカも千束も、その組織の事をあまり話したがらない。自分の正体も伝えていないのだし、お互いに秘密を明かさない関係でバランスを保っている状態だ。
あっちはあくまで、こちらのことは『手から爪を出して人よりも並外れた回復力を持つ人間』としか認知しておらず、それ以上の事は知らない。
一方でこちらも、あちらのことは『裏で誰にも知られないように動き、治安を乱す輩から世界を守る事を最優先にした組織』という事しか知らず、それ以外の情報は何一つもない。
互いに深入りしないので、それ以上の事は知られていない。知りたかったらこちらから何か相応の物を差し出すか、先にあちらからこちらが知りたがっている情報を明け渡すかのどちらか二つだ。それをしない限り、互いに何も干渉しない。そういう暗黙のルールを、いつの間にか作り出していた。
「······ふん」
馬鹿馬鹿しい、そう言うように彼は鼻で笑った。
何もわからない状態で何かを考えたところで、答えは出ない。こっちに干渉しなければこっちも何も手は出さない。したがって、彼はそのことについてはもう気にしないことにし、ミカに頼まれていたおつかいを終えるために、デパートの大型駐車場に停めてある車へと向かう。
ミカから借りた車に乗り込み、事前に買っておいたお茶を飲んで気分を切り替えてハンドルを握り締める、その直後の事だった。
ガチャンッ!! と。
後部座席に誰かが乗り込んだような音が聞こえてきた。
突然真後ろから不穏な気配を受け取ったローガンは、不審に思いながらゆっくり振り返る。
緑色のボサボサ頭をした男が当たり前のようにそこにいた。
何の問題もなく、まるで普通の事だろとアピールするかのように平然とした様子で勝手に乗り込んできた。
疑問を放つ前に、そいつは喋り出す。
「コイツはびっくり仰天だ······
「!?」
「今じゃ専業主夫か? かつての英雄様も忘れ去られたらそんな所まで落ちちまうのか?」
何やら気さくに話しかけてくるが、別に仲良しでも何でもなく、この好意的な視線は一方的なものだ。
········そもそも、そんなことはどうでもいい。
聞き捨てならない単語が聞こえてきた。
その名前、もはや捨てたと言ってもいい通り名を聞いたローガンは。
みしり、と手の中のハンドルが軋んだ音を立てた。
あまりにも予想外すぎて、頭の血管が切れるかと思った。
ローガンの瞳孔が大きく動く。ざわざわとした感情の渦が、彼を中心に周囲一帯にばら蒔かれる。
その感情の正体は、敵意。
「······誰だテメェ」
「ん~? 日本のデアデビル、弱者の味方をしているヒーローだよウルヴィ?」
殺意を抱くのに十分な単語だった。
男はそれに気付いているにも関わらず首をコキコキ鳴らすと、懐から拳銃を取り出した。
ジャキッ、と銃口がこちらに向けられる。
「聞かせてくれよ、アンタのヒーロー話を」