こんな感じのMr.5が見たかった
仕事に感情を持ち込むことは、二流以下のやる事。オフィサーエージェントとして、あるまじき行為。
ああ、当然だ。なんたって俺は、Mr.5。幹部の一人なんだから、猶の事。
「…………で?言い訳はそれだけ?Mr.5」
「ターゲットは始末した。それで十分じゃないか?」
「目撃者も消せって話だったでしょー?また、ボスにお仕置きされるわよ?」
「…………これも、俺の失態だ。ミス・バレンタインに被害は及ばせない」
「はぁ~……相変わらず、甘すぎるわよねぇ。そんな事だから
ため息を吐いても、美人は絵になるから得だな。
とはいえ、仕事は熟した。機密文書は塵にしたし、何よりターゲットも墓穴の下だ。
目撃者は…………いや、まだ子供だったから。具体的には、五歳前後の迷子だったから。一緒に親を探して街中を練り歩いたりもしたけれども。
バロックワークス。それが俺の所属する組織の名前だ。
ああ、俺の名はジェム。“国境のジェム”またの名を、Mr.5。
常々この仕事には向いていないと自覚している、二流以下の暗殺者だ。
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チリチリの黒いカーリーヘアにブラウンのロングコート。首元には桃色のスカーフを巻いた浅黒い肌のサングラスの男。
Mr.5。本名は、ジェム。ボムボムの実を食べた全身爆弾人間。
オフィサーエージェントとも呼ばれる彼は、しかしその実任務の達成度自体はそこまで高くは無かったりする。
「…………」
「ひっ」
二メートルに迫る長身である彼。それも、仕立ての良いロングコートのポケットに両手を突っ込んで無言で立っていれば、言い様の無い威圧感というモノがあった。
そんな彼の前で涙目となって喉をひくつかせるのは尻餅をついた幼い少女。
そして、彼のロングコートにはべっとりとソフトクリームがコーンごと張り付き、溶けて大きな汚れと成り果てていた。
周りも固唾をのんで見守るほかない。少なくとも一般人が割って入れるような雰囲気は無いのだから。
事態が動いたのは、少女の母親であろう女性が人垣をかき分けてこの場に飛び込んできた点か。
「す、すみません!すみません!どうかこの子だけは……!」
少女を抱え込んで頭を下げる女性。対して彼は、何も言わずにその場に右膝を折った。
「いや、こちらの方こそ申し訳ない。少し余所見をしていてな、その子が前に居る事に気が付かなかったんだ」
存外優しく、そして真面そうな声。同時に、コートの懐へと手を突っ込むと財布を取り出して、中身の紙幣を指で挟んで取り出した。
「これで、新しいアイスを買ってあげて欲しい。せめてもの詫びだ」
「え、あっ……で、でも、コートを…………」
「服の汚れなど、洗えば落ちる。しかし、奪ってしまったお嬢ちゃんの楽しい時間は取り返せないだろう?どうか、俺の我儘を聞いては貰えないだろうか?」
強面の顔と、紙幣を数度見比べて、女性は恐る恐る紙幣を受け取った。
そうして、女性が立ち上がり一つ頭を下げて小走りに去って行ったところで、彼はようやく立ち上がると、周りを見渡す。
「見世物は終わりだ。早々に散ってくれると助かるんだが」
手を二度打ち鳴らして促せば、蜘蛛の子を散らすように人垣は消えていく。
そんな中で、歩み寄ってきたのは金髪の女性だ。
「キャハハハ!あんまり目立つと、
「問題ない。アイツらの爆弾は、旨いからな。それに、ボスもこの程度の事では目くじらを立てたりはしないだろ」
相方であるミス・バレンタインは目を細めて、チリチリ頭を見やる。
常々思うのは、何故この男はオフィサーエージェント等という物騒な仕事をしているのかという点。
強い事は、何度も仕事を共にして知っている。能力と体術を併用した独自の技の数々は、本部の海兵や名だたる海賊が相手であろうとも引けを取らない。
しかし、その一方で任務の達成率という点で言うと、彼はオフィサーエージェントの中でも最下位だろう。加えて、仕事を選り好みしている。
基本的に受けるのは、モーガニアの討伐だったり、マフィアを潰したり。一般人への手出しは基本的に行わない。
本来ならば粛清、そうでなくとも降格は免れない、筈なのだがその実力からオフィサーエージェントの末席に収まったままだったりする。
「ねぇ、Mr.5」
「どうした」
「あなたって、何でオフィサーエージェントやってる訳?」
「……エージェント同士の詮索はご法度だろう」
先を行く背中へと追いつきながら、ミス・バレンタインの興味は収まらない。
「そうよね。でも、あなたの事が気になるの。あなたってさ、やろうと思えばどこでもやっていけそうじゃない?それこそ、海軍なんかでも」
「ふー…………」
相方からの言葉を受けて、Mr.5は口をへの字に曲げて鼻から長い息を吐く。
暇なのだろう、と頭では分かっている。隣の女はそういうタイプであるという事も知っている。
懐中時計で確認すれば、仕事の開始時刻にはもう少し余裕があった。
「…………まあ、俺は海兵には成れないのさ」
「成れない?」
「昔、少し大きな事をしでかした。結果的に、海軍に追われる事になりその道すがらにボスからのスカウトを受けた。流れは、こんなもんだ」
「海軍に?」
「正確には世界政府だが……とにかく、一人で逃げ回る事に少々辟易していた俺は、条件付きで良いなら、とスカウトを了承した」
「条件って?」
「堅気には手を出さない。任務に対する裁量権の委任。一応の所、俺はボスに説教を食らっているが、あくまでもポーズだ。周りに対する、な。極秘だぞ、ミス・バレンタイン。もし周りに知られれば、俺はお前を消さなくちゃならない」
言外にこれ以上追及するな、と釘を刺してMr.5は前を見た。
この世に生を受けてから、20と数年。戦いばかりの毎日だ。
自分の事を最強、等とは思っていない。この世界には、それこそ挑む気すらも起きない様な怪物と称される存在が多く居るのだから。
(転機があれば、この仕事も納め時か)
その折には、ミス・バレンタインの逃走補助でもしてやろう。そんな事を考えながら、彼は新たな仕事へと歩を進めるのだった。