オーバーロード 短編集:駆け出しの冒険者   作:Esche

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新人冒険者のペテルは、組合の受付嬢から紹介されたルクルット、ダイン、ニニャの三名とともに初めての昇格試験に挑む。
思いがけない難敵との戦いの果てに、彼らが手に入れたものとは――。



駆け出しの冒険者(1)

 リ・エスティーゼ王国の東部に位置する城塞都市〈エ・ランテル〉。古くから交易の要衝として発展を続けた街並みの一角に、剣と盾を模した意匠を掲げる冒険者組合の建物が存在する。

「――本当ですか!?」

 声を弾ませた青年の首元に、小さな銅級〈カッパー〉のプレートが揺れた。

「えぇ、日時は明後日になります。詳しいことはこちらに記載してありますので、良く目を通しておいてくださいね」

 柔らかな笑みを浮かべた受付嬢――ウィナ・ハルシアは、机下から取り出した一枚の書面を丁寧に青年へと手渡す。

「……えっと、昇格試験はチーム単位で行われるのですか?」

「はい、今回の同行するメンバーは組合の方で選定させていただきます。そのため、即席のチームで挑んでいただくことになってしまいますが、相応の難易度の依頼を設定させていただきましたので、ご安心ください」

 青年からの疑問の声に予め用意されていた答えを返し、「他にご質問はありますか?」とウィナは小首を傾げてみせた。

 腰の剣帯に真新しいブロードソードを提げ、鎧代わりとなる厚手の革服の上から最低限の備えとして胸当てを着込み、背中に小型のラウンドシールドを担いだ“駆け出し”を絵に描いたような金髪碧眼の冒険者――ペテル・モークが、今のうちに確認すべきことはないかと書面を真剣な表情で覗き込む。

 敢えて急かすような真似をせずに、ウィナは相手の理解を待ちながら手許の羊皮紙の束――エ・ランテルの組合に所属する冒険者たちの経歴書へと目を落とした。

 特筆した技能を持たない戦士職として登録されているペテルではあったが、誠実な人柄と年齢に似合わしくない堅実な仕事振りから、依頼で同行した先輩冒険者たちからの評価は上々だ。

 今後も順調に経験を積んでいったのなら、新人冒険者たちの良き模範となることも期待されており、既にいくつかのパーティから加入の誘いも受けているらしい。

 もっとも、本人に何か思うところがあるのか、今は特定のパーティに加入することを固辞しているようなのだが――。

「……指定場所が西地区の共同墓地ということは、想定されるモンスターには骸骨〈スケルトン〉も含まれますよね?」

 考え込んでいたペテルが、顔を上げてウィナに問いかけてくる。

「そうですね。今朝の巡回では強力なアンデッドの存在は確認されていませんが、動死体〈ゾンビ〉やスケルトンのような下級のアンデッドが出没する可能性は十分にあります」

 なるほど、と口許に手を当てたペテルの視線が、腰に差したブロードソードに向けられる。

 刺突と斬撃に対する耐性を持っているスケルトン種を相手にすれば、今の自身の装備では分が悪いと考えているのだろう。

 冒険者としての昇格試験が、そうした事前準備の段階から始まっていることを他人から言われずとも理解しているように見受けられた。

 やがて、本人の中で考えがまとまったらしく、一つ大きく頷いてみせたペテルは、ウィナを見据えて溌剌と言葉を紡いだ。

「――ありがとうございます。無事に昇格できるよう、しっかりと準備をして臨みたいと思います」

「はい、頑張ってくださいね。期待していますよ」

 意気揚々といった様子で踵を返した後ろ姿を見送り、ウィナはそっと口許を緩める。

 組合の者として、特定の冒険者を贔屓するような行為はできないが、試験が成功することを願うことくらいは許されるだろう。

「えっと、残りのメンバーは……」

 そうして、ペテルとともに昇格試験を受ける予定の冒険者たちに日程を報せるべく、ウィナは手許の羊皮紙をめくっていくのだった。

 

 *

 

 靴紐を解けないように固く結び、腰の剣帯に使い慣れてきたブロードソードと借り受けた小振りのメイスを留める。

 夜間活動のために初めての報酬で購入した外套を首に巻き付ければ、準備は万端だろう。

 ――本音をこぼすのなら、緊急時に備えたポーションの小瓶があると嬉しいのだが、現状の駆け出しに過ぎないペテルの稼ぎではとても手が届かないので諦めるしかない。

「……忘れ物はない、よな」

 確認を込めて呟いたペテルは、自室としている安宿の相部屋を後にする。

 冒険者登録を行なってから二ヶ月余り、ようやくと掴んだ昇格試験の機会だ。

 自然と高揚してしまう気持ちを落ち着かせるように、安普請の軋む階段をゆっくりと踏み締めながら降りていく。

「今日のために休息は十分に取った。携行食も用意したし、抜かりはないはずだ」

 初めての昇格試験を前に、どうしても不安な感情は拭えないが、いつも通りに行動することができれば問題はない……と思いたい。

 息を整えて階下に着くと、不意に酒場を切り盛りする強面の主人が奥から顔を覗かせた。

「お前さん、今日が初めての昇格試験だと言っていたな。……しっかりやれよ」

「あっ、はい!」

 思わず上擦ってしまったペテルの返事に、苦笑いを浮かべた主人が刈り上げた頭をかきながら言葉を続ける。

「……まぁ、最初は誰でも緊張するさ。だが、冷静さを失った者から脱落していくんだ。何よりも焦りは禁物だぞ、ペテル・モーク」

 口調は荒々しくも、こちらへの気遣いに溢れた金言に胸が詰まる。

 ありがとうございます、と元気に言い切り、ペテルは勢い良く頭を下げた。

 少しだけ気恥ずかしくもあったが、「しっかり頑張ってきます」と小さく握り拳を掲げてみせ、昇格試験の集合場所へと向かうのだった。

 

 毎年の戦場となるカッツェ平野に程近いエ・ランテルでは、多くの戦死者を埋葬するための巨大な共同墓地が設けられている。その規模は、三重の城壁に囲まれた都市の外周部の西側全域に及ぶほどの広大なものだった。

「えっと、集合場所は中門の手前……」

 受付嬢から手渡された書面を片手に、ペテルは墓地と居住区を区切る壁伝いに歩いていた。

 既に陽は傾きかけており、人通りも疎らとなった街路を進んでいけば、やがて見えてきた中門の前には、二つの人影。

 動きやすい軽装に身を包んだ痩身の男と対照的にがっしりとした体格に髭を蓄えた年嵩の男――どちらの人物も、首元にはペテルと同様にカッパーの冒険者プレートが見えた。

 組合の受付嬢から説明にあった今回の昇格試験を一緒に受ける仲間だろうと当たりをつけ、ペテルは軽く手を振ってみせながら傍へと歩み寄る。

「昇格試験を受けられる冒険者の方ですか?」

「――おうよ。アンタもそうかい?」

 気安い調子で応じてくれた痩身の男に向け、「はい、戦士〈ファイター〉のペテル・モークと申します。よろしくお願いします」と型通りの丁寧な挨拶を心掛ける。

 試験をともにするなら、第一印象は大切だと考えての振る舞いだったのだが、痩身の男からは「固いねー」と苦笑いを返されてしまった。

「まぁ、良いさ。俺の名はルクルット・ボルブ。見ての通り、野伏〈レンジャー〉だ。そんで、こっちの旦那が……」

「ダイン・ウッドワンダー。森祭司〈ドルイド〉として修行中の身なのである」

 背に弓と矢束を担いだ痩身の男――ルクルットに続き、進み出た髭面の男――ダインが微笑みを浮かべながら手を差し出してくれる。

「ボルブさんとウッドワンダーさんですね」

 よろしくお願いします、とペテルが握手に応じて笑いかければ――、

「なに、ルクルットで構わねーよ。同じカッパー仲間だ、気楽にやろうぜ」

「ルクルットに同じく、ダインと呼んでもらえたのなら、嬉しいのである」

 両者から軽く肩を叩かれた。これまでに交流を持った先輩冒険者とは慣れない接し方ではあったが、不思議と嫌な感じはしない。

「了解です。ルクルットさん、ダインさん」

 気を取り直すように一つ咳払いをして、改めて呼びかける。

 だから固いって、と笑顔をこぼすルクルットに向き直り、小さく肩を竦めてみせたペテルは取り繕うように言葉を続けた。

「ところで、昇格試験は四人パーティと聞いていたのですが――」

「今のところ、我々だけなのである」

「まだ集合時間になってないからな。そのうち……おっ、噂をすれば来たみたいだぜ」

 

 ひらひらと手を振ってみせたルクルットの視線を追った先、通りの角に小柄な人影が見えた。

 向こうもこちらの様子に気付いた様子で、足早に駆け寄ってくる。

 濃い茶色の髪に、理知的な青い瞳が印象的で小柄な“少年”だ。ざっと目につく装備は、手にした小型のスタッフくらいで、レンジャーであるルクルットよりも更に軽装だろうか。

「お、お待たせしてしまい、申し訳ありません」

 慌てるように告げられた声音は、どこか幼さを感じさせる甲高さを孕んでいる。

 十代も半ばほどにしか見えない顔立ちを思えば、まだ声変わりをしていないのかも知れない。

「なーに、十分前行動なら上出来だろ。何の問題もないぜ」

 軽い口調で答えたルクルットが、流れるように簡単なメンバーの紹介を済ませてくれる。

「よ、よろしくお願いします。僕の名前は、ニニャです。魔力系の魔法詠唱者をしています」

「ニニャ!? もしかして、術師〈ザ・スペルキャスター〉のニニャさんですか?」

「えっ、あ……はい。一応、そんな呼ばれ方もしていますね」

 思わずと大きくなってしまったペテルの問いかけに、少しだけ頬を紅潮させたニニャが、照れ隠しのように小首を傾げた。

「ん? なんだ、ニニャは有名人なのか?」とルクルットが下から顔を覗き込む。

 ダインの方は“術師”の二つ名を耳にしていたらしく、一歩後ろで腕を組みながら小さく頷いているのが見えた。

「いえ、そんな大層なものじゃないですよ」

 ルクルットに距離を詰められながら、謙遜の言葉を口にするニニャの困り顔を見遣り、ペテルは噂でしか知らずに漠然と抱いていた人物像を修正する。

 生まれながらの異能〈タレント〉と個人の持つ資質とが噛み合った稀有な存在として、“術師”ニニャの名前は冒険者の中でも良く話題に挙がっていた。

 魔法詠唱者を目指す者ならば、誰もが欲するであろう〈魔法適性〉という恵まれたタレントを持っており、本人も若くして優れた魔法詠唱者としての才を発揮しているという評判だった。

 とある憧れから冒険者を志しながらも、特別な能力に恵まれなかったペテルからすれば羨ましい限りであり、もっと自信に溢れた気位の高そうな人柄をイメージしていたのだが――、

「すみません、私が余計なことを言いました!」

 ペテルに詰め寄られているニニャを庇うように割って入り、ペテルははっきりと謝罪を口にする。

 内心ではルクルットに倣って、噂のニニャに色々な質問をしてみたい思いもあったのだが、本人が困惑しているのならば話は別だ。

「……いえ、大丈夫ですよ。それより昇格試験、一緒に頑張りましょうね」

 革服の裾を整えたニニャが、ペテルに向けて微笑みかけてくれる。このような対応では、どちらが年長者なのか分かったものではないが、今は乗らせてもらうのが正解だろう。

「えぇ、ありがとうございます。絶対に皆で合格しましょう!」

 

 *

 

「あー、先ずはあの小屋だな」

「うむ、そこを拠点に見回りをするのが、今回の依頼なのである」

 薄暮に包まれた墓地は、立ち並ぶ墓標が織りなす奇怪な陰影に飾られ、どことなく不気味な雰囲気が漂っている。

 墓地へと続く扉を警備していた兵士の一人に、冒険者の依頼である旨を告げて入場したペテルたち一行は、事前の取り決めに従って拠点となる墓守の建物を目指していた。

 冒険者組合から課された昇格試験となる依頼の内容は、共同墓地の夜間巡回であり――、日が暮れてからと深夜、そして夜明け前という都合三度の見回りを行い、アンデッドなどのモンスターに遭遇した場合には、速やかにこれを討伐することが求められている。

 冒険者向けの依頼としては一般的なものであり、組合のクエストボードにも同様の依頼が張り出されていることは多い。

 カッツェ平野においては、敵対する国家であっても協力し合ってアンデッドの討伐を行っているように、弱いアンデッドだからと放置してしまったのなら、より強力なアンデッドが呼び起こされる危険がある以上、定期的な巡回と討伐を欠かすことはできないのだろう。

「よっと……何か、襤褸っちい建物だな」

 一番乗りしたルクルットの不満そうな声に、ペテルは苦笑しつつ、「まぁ、雨風を防げる屋根と壁があるだけでも、良しとしましょう」と軽く肩を竦めてみせた。

「そうですね、身体を休ませるだけなら十分だと思います」

「まさしく、その通りなのである」

 皆が冒険者として一定の依頼をこなしていることもあり、それ以上の不満は出てこない。

 野外での活動時には、外套を身体に巻き付けただけで地面に直接寝ることも珍しくないため、否応にも慣れてしまうのだろう。

「へいへいっと……なら、ちゃっちゃと手持ちの整理をして、一度目の見回りと行こうぜ」

 背嚢を放り投げたルクルットが、気を取り直すように大きく伸びをする。

「えぇ、時間も丁度良い頃合いですしね」

 ルクルットの言葉に同意を示し、ペテルは部屋の隅に荷物を下ろした。

 携行食などは小屋に残して、できるだけ身軽になっていた方が良いだろうと考え、いくつかの包みを取り出しながら自身の装備を改める。

 宿を出るときにも固く結んだ靴紐をもう一度強く結び直して、背負っていたラウンドシールドの持ち手の具合を確かめていく。

「……随分と使い込んだメイスだな。メインの武器はそっちなのか?」

 不意の質問は、またもルクルットからだった。

「あぁ、いえ……このメイスは昇格試験のために、先輩冒険者からお借りしたものなんですよ」

 以前に、荷役〈ポーター〉として依頼をともにした伝手を頼ったところ、相手が装備を新調していたこともあり、昔の装備であればと快く応じてくれたものだ。

「なるほど、スケルトン対策ということであるな」

「はい。スケルトンを相手に、こっちのブロードソードでは分が悪いですからね。もっとも取り回しの問題があるので、とりあえずの急場凌ぎといった感じではありますが……」

「事前に対策を考えていることが重要なのである。スケルトンについては、できるだけ自分が請け負うようにするのである」

 髭面に気持ちの良い笑みを浮かべたダインが、自身の大振りのメイスを掲げてみせる。

「適材適所、ってやつだな。斥候役は俺で、ペテルが前衛。ダインとニニャは後方からの支援を中心にしつつ、スケルトンが現れたときだけ位置を入れ替える、ってことでどうだ?」

「えぇ、良い考えだと思います」

 ルクルットの提案をニニャが即座に肯定し、ダインも一つ大きく頷いた。

「わ、私も問題もありません」

「くくっ、お前がパーティの壁役になるんだぜ。しっかり頼むな」

 遅れて返事をしたペテルの肩に、ルクルットが意味ありげな笑みとともに手を置いてくれる。

「はいっ、頑張ります!」

「だから、固いんだってよ」

 そうして、すっかりと夜の帳が下りた共同墓地の片隅には、一行の楽しそうな笑い声が響いていた。

 

 *

 

「ゾンビが三体とスケルトンが一体、か……案外、大したことなかったな」

 ひらひらと手を振りながら戯けてみせるルクルットに、小さく溜め息を吐いたニニャとダインからの小言がこぼれる。

「油断は禁物ですよ」

「その通りなのである」

 大袈裟に肩を竦めてみせたルクルットだが、初めての昇格試験で緊張する皆の不安を上手い具合に軽くしてくれているようにも思える。

 どこまでが狙っての振る舞いなのかは分からないものの、実際にペテル自身はとても助けられたように感じていた。

「何にせよ、一度目の見回りはこれで終了ですね。とりあえず、小屋に戻って身体を休めましょうか」

 反対の声が上がるはずもなく、一行はペテルを先頭にして墓守の建物へと足を向ける。

「それにしても、ゾンビを仕留めたニニャさんの魔法は凄かったですね」

「そんな……初歩的なものですよ。それに、ペテルさんが前衛として、しっかりと敵のモンスターを引き付けてくれていたお陰ですよ」

 気恥ずかしそうに頬をかくニニャを見遣り、ペテルは口許を緩めながら言葉を続ける。

「私にできるのは、皆の盾になるくらいです。ダインさんにかけてもらった補助魔法もありましたし、ルクルットさんがいち早く危険を知らせてくれますからね」

「へへっ、パーティの目であり耳である、このルクルット・ボルブ様にお任せを……ってな」

 わざとらしく胸を張ってみせるルクルットに向けて、「期待していますよ」と声をかけたペテルは、ニニャと顔を見合わせて小さく笑みを交わした。

 闇を塗り固めたような黒い夜空には、いつしか姿を見せた下弦の月が茫洋と浮かんでおり、頼りなく大地を照らしている。

 そうして、閑静な墓地の中を抜けていき、小屋へと戻って腰を下ろしたなら、途端に装備の重みがペテルの両肩にのしかかってきた。

 最初の調査で遭遇したモンスターは、最下級に属するゾンビやスケルトンばかりではあったものの、やはり相応に気力を消耗してしまっていたらしい。

 小屋に置いていた背嚢から水筒を取り出して、そっと口に含む。

 夜気に冷えた水が疲れた身体に心地良く、ペテルは思わずもう一杯と水筒を傾ける。

「飲み過ぎると身体を冷やしてしまうから、程々にしておくと良いのである」

「……そうですね。ご忠告、感謝します」

 ダインの柔らかな物言いに笑みを返し、ほぅっとペテルは息を吐いた。

 常に落ち着いた雰囲気を崩さないダインは、ドルイドとしての信仰系魔法以外にも、近接役を担える優れた冒険者だった。

 落ち着いた雰囲気と豊かな口髭を目に止め、ふと何歳くらいなのだろうか、という興味がペテルの中に生まれるが――若くして注目を集めているニニャがそうであるように――冒険者としての仕事振りに年齢は関係ないのだろう。

 余計な思考を払うように小さくかぶりを振ったペテルは、気を取り直すように口を開いた。

「……では、次の見回りまでは、交代で休息を取ることにしましょう」

 

 

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