魔法と復讐の物語 作:叡智あい
徐々に光が薄明るくなり、漸く朝が訪れる時、広大な山脈に囲まれた小さな村はまだ眠っていた。
「私は目を覚ました。空が白み始めているのに気が付いたからだ。しかし隣で寝ていたはずの夫の姿は見えなかった。そして……私の傍には小さな赤子が一人眠っているだけだったのだ。」
「私はすぐに我が子を抱き上げ家の外に出た。すると外では大勢の村人達が何かを取り囲んでいた。」
「その光景を見た瞬間、私は全てを悟った。夫がどうなったのかを。」
「夫は死んでいた。全身から血を流して、無残な姿で……。」
「そうして私は思い知った。この世は弱肉強食なのだと。弱い者は強い者に喰われるしかないのだと言うことを。」
「それから私は誓った。我が子を必ず強く育て上げる事を。何者にも負けない強さを身に付けさせてみせると。」
「だから私は旅に出た。世界中のあらゆる場所に足を運んだ。時には命の危険に晒される事もあったが、それでも構わなかった。」
「そして私は遂に見つけた。最強の力を手に入れる方法を。」
「それが魔法だった。」
「魔法を使えば誰でも強くなる事が出来る。私はそれを知った時、迷う事なく魔導の道に進んだ。」
「しかしそんな私の前に現れたのは、一人の少年だった。まだ幼さが残る子供だったが、彼は恐ろしく強かった。剣の腕もそうだが、一番凄かったのはその精神だ。彼はどんな逆境に立たされても決して諦めたりしなかった。最後まで希望を捨てず戦い続けたんだ。」
「その姿を目の当たりにした時、私は確信したよ。彼こそ私が探し求めていた理想の男性だとね。」
「だからこそ私は決めたんだ。彼の子供を産もうって。」
「そしてその子供が今ここにいる。この国の王として君臨している。これ程までに素晴らしい事があるだろうか?」
「いや無い!断言しよう!今の私は世界一幸せな女だと!」
「私は自分の幸せの為になら何でもする。例えそれが神を敵に回す行為であったとしてもだ!!」
「その為にまず邪魔な奴らを始末しなくてはならん。だが安心してくれ。お前だけは殺さないでおいてやる。大切な息子である事に違いは無いからな。それに…………お前のお陰で、この国を守る為に必要な人材を集める事が出来た。感謝しているぞ、セクト。」
ルウはそう言うと俺の頬を撫でてくる。
俺はそんな彼女の手を払い除けると、ゆっくりと立ち上がった。
「ふざけんなっ!! 俺だってこんな国に未練なんかねぇよ! 親父のせいでどれだけ辛い思いをしてきたと思ってる!? 母さんが死んだ後もずっと馬鹿みたいに酒ばっか飲んで、挙句の果てには母さんの遺品を売り払おうとしたり! あんな最低な男なんて死ねばいいと思った事は何度もある! でも……どうしても出来なかったんだよ! 俺にとってたった一人の家族なんだ! それを簡単に捨てられるわけがないだろ!」
「ほぅ? ならば何故今まで我慢していたのだ?」
「それは……親父の気持ちが少しだけわかったからだ! 俺と同じ境遇なのに頑張ってる人達を見てたら、俺だけが楽になろうとする自分が許せなくなったんだ! だけどもうそれも終わりだ! 俺は絶対に復讐してやる! あの糞野郎どもに地獄を見せてやる! そして死んで詫びさせてやる!」
「ククッ……。なるほどなぁ。つまりお前も結局は同じ穴のムジナだったという訳か。」
「ああっ!?」
「フハハッ! 何とも浅ましいものだな。まあいいだろう。せいぜい頑張るがいいさ。私としてはお前のような雑魚など最初から眼中に無い。せいぜい足掻いてみせてくれ。」
「言われなくてもやってやるよ! 見てやがれ、クソババア!」
「おいっ! 誰がクソババアじゃと!?」「ぐえぇっ!?」
いきなり背中に強い衝撃を受け前に倒れ込む。
振り向くとそこにはエクリアがいた。
「痛てててててて……」
「ちょっと、大丈夫かい? まったく、あんたはどうしてこうもバカなのかねえ。」
「仕方ないだろ、考え事してたんだから……」
「ふん、言い訳とは見苦しいのう。」
「うっさい、黙れ。」
「はぁ~……なんだい、その態度は。せっかく心配してやったっていうのに。」
「はいはい、ありがとうございますー。」
「なんじゃその言い方は。本当に腹立たしい小僧じゃの。」
「うるせー、こっちは色々考えて疲れてんだ。ほっとけ。」
「何を言っておるか。貴様ごときに考える事なぞ必要ないわい。」
「おいコラ、喧嘩売ってんのか。」
「当然じゃろうが。」
「よし、表出ろ。ぶっ飛ばしてやる。」
「望むところじゃ。返り討ちにしてくれるわ。」
そうして睨み合っていると、ルウが大きな声で笑い出した。
「ふははははははっ! 相変わらず仲が良いな、お前たちは。」
「どこがだよ。」
「こんな奴、別に仲良くないわい。」
「息ぴったりじゃないか。」
「「違うっ!!」」
「うむうん、やはり親子だな。」
「「だから違うっての!!」」
「はいはい、そういうことにしておくよ。」
「ったく、なんで俺がこいつの相手しなきゃいけないんだ。」
「それはこちらの言葉じゃ。」
「あ、そうだ。ところで話は変わるけど、この前話したアレ、どうなった?」
「ああ、それならちゃんと用意してあるぞ。ほら、受け取れ。」
そう言うと、彼女は俺に小さな箱を手渡してきた。
「おお、マジか。サンキュー。」
「礼には及ばんさ。」
早速開けてみると中には指輪が入っていた。
「綺麗だな。これってまさか……」
「勿論婚約指輪だ。ちなみに私とお揃いのデザインだぞ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「…………」
「…………」
「…………それだけか?」
「え? 他に何かある?」
「はぁ、全く……お前という奴は。」
ルウは呆れた様子で溜息を吐いた。
「そんな事より、早く嵌めてくれよ。」
「ま、待て。今ここでするのか!?」
「当たり前じゃん。」
「そ、そうか。では、いくぞ……。」
ルウは緊張気味に俺の手を取ると、薬指にゆっくりと指輪を通した。
「これで良し、と……。」
俺は左手の甲を掲げて眺める。
すると、何故か急に涙が出てきた。
「え……あれ……?……おかしいな……どうして……泣いてるんだろ……全然止まらない……何なんだ……この感じ……一体何なんだよ……ちくしょう……!」
「セクト……?」
「ぐすっ……!ぐずっ……!……俺さ、実はずっと不安だったんだ。いつか親父が母さんの事を忘れて、新しい女を作るんじゃないかって。」
「………………セクト……」
「でも違ったんだな。親父は母さんの事、ずっと愛してくれてたんだ。俺のことだって大切に思っててくれたんだ。それがわかって……すごく嬉しくて……」
「……」
「こんな嬉しいこと、生まれて初めてだ。ありがとな、父さん。」
「セクト……。」
「なあ、一つだけ頼みがあるんだけどいいか?」
「ん? 何だい?」
「これからも父さんって呼んでいいかな?」
「もちろんだとも! お前は父さんの子なんだから!」
「良かった。ありがとう。父さん。」
俺は溢れる涙をそのままに、精一杯の笑顔を浮かべた。
「セクト、こっちに来るんじゃ。」
「ん? 何だよ、いきなり。」
「良いから早うせい!」
「わかったよ。」
俺は言われるままにエクリアの隣に立つ。
「目を瞑れ。」
「はぁ? どうして……」
「良いから閉じろと言うておろうがっ!!」
「はいはい、わかりましたよ。」
渋々目を閉じる。その直後―――唇に柔らかいものが触れた。