管丁字荘で起こり得るあーんなことやこーんなコト   作:浅間椎

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一階・うめ 入寮日「青木ひかる」「荒畑雄吾」

 

 管丁字荘。

 聖サンタビリア学院に通う生徒ならば誰もが知っているだろう、超格安の学生寮である。

 他のどの寮よりも安い寮費と、それに見合わぬバラエティ豊か且つ大盛の食事。個室の風呂も大浴場も完備と、寮なのか宿なのかわからない程の豪華さを持っている。

 ただしこの寮に住まうには一つだけ条件がある。

 それは、他の生徒と相部屋になる──つまりどの部屋も必ず二人部屋である、ということ。それを飲めないのならば入寮することはできない。

 

 でも、正直言ってあまりにも緩い条件だった。

 だからだろう。毎年毎年、管丁字荘は満室だ。

 一フロア三室の三階建て構造。食べ盛り成長盛りな十八人の生徒を抱え、管丁字荘を切り盛りするのはたった一人の管理人。料理が上手で、お世話も上手なみんな大好き管理人さん。

 

 果たしてどんな人物がこの寮を経営しているのかと言えば──。

 

 

 

「オイまーたプラトニックラブで終わるのかよ嘘だろ……?」

 

 

 

 内情、下心オンリーで寮を開いた超ハイスペック厄介お姉さんである。

 

 

 * * *

 

 

 今年も管丁字荘に六人の入寮があった。

 寮という性質上、学院を卒園したら最高学年は抜けて行く。寮生は繰り上がり形式で部屋を変え、入寮生は必ず一階になる、という形を取る。

 

 一階。「うめ」と書かれた木札の扉。

 そこを開けば、左右に分かれた二人部屋。どちらにも備え付けベッドがあって、その他化粧台やクローゼットと言った生活に必須なものが置かれている。

 もしこの時点で「おかしさ」を感じることができる生徒がいたら、その生徒は入寮をやめるかもしれない。

 

 片方は暖色系の、もう片方は若干寒色系のコントラストのある部屋。

 両側、向かい合うようにあるウォークインクローゼット。巨大とは言えないがそれなりの量を置ける本棚。開封の可能な棚。何ならトイレも別々に用意されている。

 

 そこへ──二人。入って来た。

 初々しさ全開の二人。制服ではなく私服な、未だ始業式前の学生二人。

 

 集中する。

 

『こ……これから三年間、よろしくね、青木さん』

『ええ、よろしく。荒畑君、だっけ?』

『あ、うん』

 

 ……掴みは、良い。まずは良い。

 管理人はグッと拳を握る。集中する。何にって、耳に付けたイヤホンに。

 

『じゃあ、私はこっち』

『うん、僕はこっち』

『……ほんっとに凄い。これ全部好きに使っていいとか』

『ね……。流石は伝説の寮というか。どうやって採算採ってるんだろ……』

『えー、荒畑君ってまずそういうとこに目が行くんだ』

『えっ、何かおかしかった?』

『ん-ん。思ったより現実的なコだなって思っただけ』

 

 良い。良いぞ。

 管理人はさらに拳を握る。やはり管理人の目は正しかった。ちゃんとどの部屋にどの子を入れるかは選んでいる。事前調査したプロフィールと性格や態度、素行。それらを加味した上で、最も"合う"二人を相部屋にする。

 

『あ、これが仕切りのカーテンか。とりあえず分けちゃっていいかな?』

『分けなくてもいいんじゃない? 今からやるの、支度だけでしょ。流石に着替えの時は仕切るけど、それ以外は開けっ放しの方が良いでしょ』

『青木さんがそれでいいならいいけど……』

『なにー? もしかして荒畑君、何か私に見られちゃマズいことする気だったりして……』

『し、しないよ! って、あ、だ、大丈夫かな。隣とか上に聞こえてないかな』

『防音完備って言ってたし、大丈夫でしょ。それよりからかってごめんね、まだ距離感掴めてなくて。こういうの嫌だったら言ってね。それで雰囲気悪くするとか、しないから』

『ああうん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから』

 

 ふむ、まぁ、うん。 

 滑り出しは良い。これは出るか。ようやく出るか。

 この三年間で是非とも──。

 

「スる仲になれ、若い男女……!」

 

 

 管丁字荘。

 二人一部屋、相部屋であること以外は神がかったこの寮の、本当の条件。

 それは、()()()()()()()()()()ということだ。男女がひとつ屋根の下。そういうことに好奇心旺盛な男女が防音完備な部屋ですることなんて一つしかない。

 

 ない、はずなのに──なかった。

 付き合う、までは行っても。

 スる、までは行かない。最大で同じベッドで眠る止まり。勿論手は出さない。

 

 管理人はそれが我慢ならない。

 だってこの寮をこういう仕様にしたのは、学生同士の初心なアレソレを、そして最後には拙いおせっせを見る──そのためなのだから。

 だというのに、この寮に来る男女はなんというか、プラトニックラブの塊というか。

 三年間で付き合うに至ったとしても、寮内でスることなく去っていく者ばかり。

 

 燃えている。

 管理人は今燃えている。今年こそ、見たい。己が欲を満たすためなので撮影はしない。ただ覗き見ているだけだ。覗き見たいのだ。

 学生同士の、初々しい、拙く、恥じらいだらけのファーストラブを……!

 

 そのためならばなんでもする。毎朝夕の食事作りも、掃除も、そしてセキュリティ防護まで。

 超ハイスペックの名に恥じない彼女は、己が欲のためならなんでもするのである。

 

『ええと、青木さん』

『あにー?』

『改めて、これから三年間よろしくね。僕、頑張るから』

『頑張るって、何を? よろしくはもちろんよろしくだけど』

『……退寮させられないように、勉強を』

『あー』

 

 いいやわかっている。わかっているぞ少年。

 管理人は目に炎を宿し、拳を握る。

 その頑張るは勉強などではなく、「君を振り向かせられるよう頑張るから」だろう!? と。わかっているのだ。わかり手なのだ管理人は。

 

『落ち着いたら先輩たちへの挨拶とかもしといた方が良いのかな』

『真面目ねー。廊下でばったり会ったら、とかでいーんじゃない?』

『青木さんって案外……』

『ん-? 見た目に反して適当、って言いたかったりする?』

『あ、い、いや! そんなことは!』

 

 青木。青木ひかる。もうすぐ聖サンタビリア学院の一年生となる彼女は、黒髪黒目、メガネではなくコンタクトレンズを使用しているTHE☆清楚な少女である。

 ──が、それは仮の姿。管理人調べ、ここへ来る前の彼女はパツキンのルギャ。もとい金髪ギャル。素行こそ悪くはなかったが、長期休みとなればすぐに髪を染め、街でギャル行為を繰り返すヤンチャガールだった。

 ただし勉強もできるし気も遣える、オタクにも一般人にも優しいギャルである。

 それが髪を染め直したのには、やはり家の都合や何かしらの事情があるのだろうが、管理人調べではそこまで踏み込めなかった。踏み込まなかった、の方が正しいだろう。あくまで管理人が見るのは管丁字荘において彼女がどういうことをしそうか、しでかしそうか、の調査だけ。

 だから御家事情にまで首を突っ込む気は無いのである。

 

『そういう荒畑君はー……今のところ見た目通り』

『ガーン』

『おお、ガーンって口で言う人初めて見た!』

 

 荒畑。荒畑雄吾。

 視力が悪く、度の強い眼鏡をかけていることと低身長であることくらいが特徴の彼だけど、実は運動神経抜群……だったりもせず、学年一位を取るほどの秀才……ということもなく。平均して普通。平均しなくても普通。THE☆普通。

 特に過去いじめられていただとかそういうこともないのにおどおどしていて、ちょっとばかし自分に自信がない男の子。

 ただ非常に素直というか、思ったことをスルリと口に出す癖があって、感情表現も豊か。それゆえに可愛がられること多し。

 

『ね、荒畑君。お願いがあるんだけど』

『な、なに?』

『もー、そんな怖がらないでよ。ただ起こしてほしいってだけ』

『えっと……?』

『私、基本的に時間を守ることはできるんだけど、朝だけはダメでさー。ケータイのアラームもだけど、ほら、いっぱい目覚し持ってきてて』

『うわ、え、大荷物だなって思ってたけど、まさか全部目覚まし時計?』

『でも多分これだけ有っても起きないと思うから、その時は起こしてほしい、ナ♪』

 

 そう!

 管理人は拳を握る。強く握る。

 それこそが青木ひかるの最大の特徴──『朝が弱い(Lv.100)』!!

 相部屋の人間に起こしてもらうでもしなければ、休眠中の彼女の脳は目覚まし時計の音を全てスルーしてしまい得る凄まじい処理能力を持っている。なお管理人調べ特に低血圧だとか鬱病症状だとかいったアレソレはなく、ただただ単純に朝が弱いだけの少女。

 あ、ちなみにこの数の目覚まし時計があっても寮の外、及び上隣どちらの部屋にも音は漏れない。近所迷惑や寮内での騒音トラブルがどんな揉め事を引き起こすかくらいは理解している管理人である。なお、仮に何かがあった時のために、管丁字荘の両隣の建物は管理人が所有している。

 

『そ、それ大丈夫なの? 寝起き姿って、女の子は見られたくないんじゃ……』

『勿論そうだけど、それを押してでも起きれないからお願いしてるの。荒畑君が起こしてくれるなら、この目覚まし時計たちもいらないし。あ、荒畑君も朝弱かったりする?』

『いや、僕は目覚ましなくても起きれるよ。……その、時間通り、ぴったりに』

『えナニソレ! つまり荒畑君は私の目覚まし時計ってこと!?』

『なにがどうつまりなのか全く分からないけど抱き着いてくるのは流石に驚き!』

『全部言うじゃん……!』

 

 これには管理人も驚きだ。それは調査してもわからないことだった。

 ただ管理人は寝起きの少女とおどおど男子のあーんなことやこーんなこと、そしてあわよくば寝ぼけた青木が荒畑をベッドに引きずり込んで抱き枕扱いするとかそういうラッキースケベ狙いだったのに、まさかのスキルだ。

 いや、仮に彼が機械に頼らず時間通りに起きることができる人間であっても、その寝ぼけイベントは発生し得る。諦めるな管理人。

 

『まぁ、その、青木さんがいいなら、いいよ。着替えとかお化粧にかかる時間を教えてくれたら、それ込みで起きる時間決めるから』

『天使?』

『い、いや……あ、そうだ。じゃあ僕からも一個お願い良い?』

『お、来たね! 何々、えっちなこと?』

 

 そう! と思わず立ち上がったのは管理人。

 しかしモニターの向こうの荒畑君は違うらしかった。

 

『違うよ……。その、本当にたまにでいいから、僕の料理を食べて欲しいんだ。も、勿論この寮の料理には遠く及ばない味だと思うんだけど』

『別にいーケド、なに、荒畑君料理するの?』

『うん。その、言い方悪いけど……実験台、というか。僕じゃ僕の好きな味しかわかんないから、青木さんに食べてもらって、忌憚のない感想を貰いたいな、って』

『いいよー。ダークマターとかじゃなければ食べる食べる』

『作れるならむしろ作ってどっかの研究機関に売りつけるかな……』

 

 管丁字荘の朝夕食は、月から土までが定食で、日曜日だけビュッフェ形式となる。その日であれば食べる量もセーブできるだろうし、荒畑の願いも叶うだろう。

 問題があるとすればキッチン周りだが、管理人としては何も問題なく貸し出す準備ができている。というより過去にも似たような要望があったために、学生が使う用のキッチンも用意してある完璧仕様。いつでも使えるように掃除もしてあるため、衛生面も問題なし。

 

 ソウイウイベントを起こすためならなんでもやる。

 それが管丁字荘の管理人だ。

 

『それじゃ、早速今日の夕食まで寝るから、お願いして良い?』

『いいよ。むしろ目覚まし時計いっぱいはナシの方向で』

『おっけー』

 

 ……管丁字荘一階うめ部屋。

 青木ひかる、荒畑雄吾。

 

 管理人は握る。勿論拳を。

 

「この二人は──有る!」

 

 彼女の頭にはそれしかなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「わぁ……!」

「すっご」

 

 夕飯時。

 大食堂へやって来た青木と荒畑が見たのは、旅館もたるや、という長机に並べられた料理の数々。奥の厨房からは今尚料理をしているらしい火の熱さが感じ取れるし、恐らく高学年なのだろう、管丁字荘に元より住んでいる少年少女らは料理の前で仲睦まじく談笑していた。

 一階・うめ、と書かれた席に座る二人。

 

「これは、あれ? いただきます、をしないと流石に?」

「お祈りは必要なのかな。学校の外だけど」

 

 聖サンタビリア学院は神学やらお祈りやらの入った学院だ。二人は勿論それを知っていて来ているけれど、実は何も毎回毎回お祈りをして食べ物を食べているとかそんなことはない。

 家族とか、誰かの前とか、ちゃんとした場とか。そういう時だけだ。

 日本全体がそういう文化に包まれているわけではないことを知っているから、空気を読んで祈ったり祈らなかったりする。

 

「あ、あなた達あたらしい子?」

「おい由香、またそういうお節介を……」

 

 そわそわキョロキョロ周りを見渡していたからだろう。

 先に座っていた男女が声をかけてきた。

 真っ白なワンピースを着た少女……というよりもう女性と表現したほうがいい程大人びている女の子と、メガネをかけた気難しそうな少年。

 

「あ、はい。一階のうめ部屋に入りました、荒畑です。こっちは青木さん」

「あらぁ、しっかりしているというか、気配り上手というか。また面白い子そうね?」

「……まぁ、ここに入ってくるやつだ。何かしらの特技はあるんだろうが」

「それで、そう! ご飯は好きに食べていいのよ。お祈りも自由だから。手前のお料理が基本的には自分の料理で、真ん中の列の大皿は好きに取っていい奴だけど、追加のご飯もあるからね~食べ過ぎ注意、カモ?」

「別に残しても何を言われるということはないがな。ただ、追加の料理に好物があった時に後悔するというだけだ。品書きはあそこにある。気になるなら見ておけ、新人」

 

 気難しそう、という印象は、しかしすぐに変わる。

 ただぶっきらぼうなだけだと。

 

「あ、そうそう。私は三階のたけ部屋に住んでる水原由香って言いまーす」

「……同じ部屋の本堂だ」

「よ、よろしくおねがいします」

「おねがいしまーす!」

 

 じゃあ、と言って……水原と本堂は席に座り直し、なんとも普通に「いただきます」と言って食事を始めた。祈ったり祈らなかったりしていいなら、楽な方を選ぶ……というのはまぁ、二人にも理解がある。

 

「じゃ、僕らも食べようか」

「うん。いただきまーす」

 

 なお。

 その後続々と来た寮生らもまた、そのほとんどが祈りを上げずに食事を始めていた。ちゃんと祈りを捧げていたのは一組くらいである。流石に学院内での昼食時はこうも行かないだろうが、縛られ過ぎていない、というのは気楽なものである。

 

 青木も荒畑も、互いに「ね」と顔を見合わせて。

 

「ごちそうさまでした!」

「あら、まだデザートあるけれど、いいの?」

「今日はお前たちの入寮祝いの特別なものだ。食べきれなかったら部屋に持ち帰ってもいい。それでも帰るのか?」

 

 ごちそうさまは撤回した。

 


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