異世界日記~ファンタジーはいらない~ 作:kohet(旧名コヘヘ)
二つの月が明るく光る深夜の森の一角で男は本を読んでいた。
…有害なモンスターばかりの危険地帯。何も知らない異国の者と自称する何者か。
人間も魔族も近寄らない、大国の要所にして不干渉地帯。
そんな場所に暮らす人間等いるわけがない。
だが、教会上層部の密命により派遣されることになった原因は平然と暮らしていた。
「…Cu vi lernas legenda miajn librojn?」(…我らの聖典は読まれたか?)
軽装騎士が本を読んでいる男に話しかけた。
だが急所となりえる部分を守る為、ヘルム越しである。
…騎士は普段ならば自慢の白銀の長髪もここでは収納に面倒と感じていた。
「Dankon. Mi jam tralegis ciujn librojn, kiujn mi ricevis de vi.」
(ありがとう。あなたから受け取ったものは全て読み終わりました)
男は目の前の騎士に礼を言いつつ、本を閉じた。
昨日の粗雑な言葉とは違い、神聖な人類共通語であるエラーノ語で返答していた。
「…Cu vi ne bezous interetiston?」(翻訳(通訳)はいらなかったか?)
騎士は一瞬戸惑うも警戒して聞き返した。
先程まで野蛮なジャーポ語を話していた男が数時間でエラーノ語を覚えたとは思えない。
男がエラーノ語は読み書きできないというのは嘘だったのかと暗に聞いていた。
「Vere estas,ke tiu ci lingvo genas min…」(言葉が私の邪魔になっているのは事実です…)
男は面倒臭いと言いたげな表情で返答してきた。
実際のところ、男は日本語を話すと野蛮人扱いされるのが面倒臭かった。
本の内容と騎士達の会話から人類圏の高級語らしきエラーノ語を覚えただけであった。
フランス語と英語を混ぜて簡単にしたような言語であり、約二時間で習熟できた。
…
森のボス的な存在に苦戦していた騎士達。謎の男が森のボスを後ろから刺した。
教会からの密命はこの男の保護であると騎士達は解釈した。
理解したが、お互いがお互いの距離を測りかねていた。
以上が大体の経緯である。男が異世界転移して21日目のことだった。
なお、世界の常識では魔界より修羅な森で20日間暮らす、生存確率はゼロに等しい。
瘴気で満たされ、耐性のあるエクソシストしか入れない森に入る奴は自殺希望者であった。
男と話している女騎士エリーナを筆頭とした退魔部隊は、教会上層部から魔の森の奥地にいるはずの人間が生きていたら保護しろと命令されていた。
教会上層部が受け取った神託、目の前の男の諸事情等は知らされていない。
エリーナはこの命令を訝しんだが、退魔部隊は大概説明不足で派遣されるので深く探りはしなかった。
大よそ闇の大物が希少なスキル持ちを森の奥地に監禁していると解釈した。
二十年程前にそのような事件があったと先代の隊長から聞いていた。
由緒ある王族の短剣も失われたらしいが、王家との関わりを絶ったエリーナからすれば関係のない話であった。
他方、教会側としては説明したくてもできない事情があった。
自分達が崇める女神が招いた勇者の転移を間違えた。
もう死んだ…殺してしまったかもしれない。
そんなアホなことを教会上層部はエリーナ達に言えるはずがなかった。
長い教会史においても理解できない神の誤りである。
他の神ならわざと落として修羅場を経験させるというのはあるにはあるが、女神は本気で焦っていた。
正直、女神の威厳を守る為に勇者には既に死んでいた方が有難いかもしれないと思っている。
ちなみにもし万が一生存していたら掌を返す準備はできていた。
…
勇者として教会上層部に認識されている男は自身を野蛮人扱いしてくる騎士にイラついた。
そして、何かしらで無礼者達相手にマウントとりたかった。
聖騎士っぽいので聖典を貸せと適当に交渉し、彼女らの言う『神聖な』言語とやらを覚えた。
言語を覚えたが、これって相手の不信感を増しただけではと気づいた。
男は21日目の日記に『面倒なことになった』と短く書いて、目の前の課題に関して明日考えることにした。
5日目に埋葬された簡易墓地を確認し、男は明日またここでとだけ言い女騎士から逃げた。
退魔部隊としては保護対象に何かあれば不味いと追いかけたが、完璧に撒かれてしまった。
危険地帯をそれ以上捜索するわけにもいかず、そのまま明日まで待つことにした。
客観的に考えて森で暮らしていて貧民等が使う言葉で騎士に話しかけて来る男は野蛮人であるのだが、男は明日の自分に問題を丸投げした。
ジャーポ語
言葉の羅列が適当でも通じるので農村等で話される共通言語。
大体の知的生物に通じるが、騎士等上流階級相手に話すのは田舎者扱い。
しかし、異世界の勇者の言語でもあるので大なり小なりは覚えている。
そんな存在は御伽噺なので信仰深い人間でもまず考えないで田舎者と認識する。
なお、ジャーポ語の書き言葉は難解であり教会でも上位層しか基本的に知らない。
エラーノ語
元々の現地の言語を過去の勇者が調査し、纏めた言語。
言語学系知識チート転生勇者がガチで作った言語であり、尊い言語として認識されている。
現地人ではエラーノ語の読み書きができないと測量等のスキルは習得不可能に等しい。
実は測量スキルだけで一生食うに困らない程度にはどこにでも需要がある。