異世界日記~ファンタジーはいらない~   作:kohet(旧名コヘヘ)

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50日目 冒険者ギルド長胃痛の始まり

ノルド王国エクステーロ支部の冒険者ギルド。

グリオス公国との国境、エクステーロ辺境伯領内にある冒険者ギルド支部である。

人類対魔王軍とも言うべき状況であろうとも国が違えば戦争も起きる。

 

エクステーロ支部長ヨナ・パルムは冒険者ギルドの長として相応しい人物だった。

妖精のような可憐な容姿で庇護欲を掻き立て国の争いに中立を保つことを許してもらう。

本人は姑息な手段と唾棄するが、表面上は完璧に役を全うするアイドルそのものだった。

 

…そんな彼女の元にどう考えても怪しい新人の知らせが舞い込んできた。

多少の厄ネタは許容しつつ、人類の為に消耗させる。

そういった汚れ仕事も冒険者ギルドの存在意義だとヨナは考えている。

とはいえ、『多少』ならばギルド長まで報告は来ない。

だが、今回の人物はわざと厄ネタですと自らアピールしに来たとヨナは確信した。

 

冒険者ギルド長室の椅子に座る美少女、否、幼女は引き寄せられる炎のような髪を手で掻き毟るようにしていた。

表の顔を知る者なら目を疑うような顔をしていた。

愛らしい顔に一点の曇りというべきしかめっ面ともいうべき表情だ。

 

ヨナはとある筆記試験を読んでいた。今回の厄ネタである。

…それはエラーノ語の読み書きの可否を判断するための試験だ。

冒険者ギルドに所属する者がエラーノ語を使用可能と申告した場合に行われる。

自分の名前しか書けないのに公共語となるエラーノ語の読み書きができるという者達を弾くのが目的である。

口頭で話した内容をエラーノ語として書けていれば合格である。

最後にエラーノ語による自由回答欄があり、出来が良ければ多少心象が良くなる程度で合否には繁栄されない。

それは全員に伝えられており、ただでさえ面倒な試験に際して書く者は少ない。

自分に学があることを示す為に有名な偉人の言葉を書いて来たりする者もいる。

そして、今回の人物はそのキャパシティを超えていた。

 

「Tri tera agronomio…三地農学か」

ヨナはどう考えてもアカデミーの学術論文を読まされていた。

内容自体は回答者がこの論文の前文に書いたように目新しいことはない。

 

三地農学、三地農は人類中心圏とも言うべきところで行われている農法の一つだ。

800年前に勇者認定された偉人が伝えた農法であり、この農法のお陰で人類の人口が増え魔王からの全滅を免れたとも評される裏方の最高峰の偉人の伝えた技術である。

こうした裏方はマイナーな偉人として扱われる中で、農民達から神の如く扱われる勇者の一人である。

 

「農民出身で書いてみたというのですが、その…」

如何にも困りましたという表情で儚げな美女がため息をつく。彼女の名はハンナ。

エクステーロ支部の副ギルド長である。

その仕草だけで誰もが息を飲むであろうが、それを見る者はこの場には誰もいなかった。

 

美幼女な外見のヨナと対比し、透き通るような美女であるハンナの組み合わせは男冒険者の心のみならず口うるさい貴族をも虜にする。魅了特化とも言うべき要所への配置だった。

 

エルフ族であるハンナは50年程ギルド運営に携わっていた。

そんなハンナでも10分足らずで学術論文を書き上げる異質な冒険者等知らなかった。

エクステーロ支部の副ギルド長であるハンナはあまりに異質な回答にギルド長に報告することにした。

 

「わかっている。なんとまあ…あからさまな」

ヨナはハンナを制するように言った。

 

ヨナから見てこの新人は明らかにおかしい。

掃き溜めに鶴とも言うべき能力を発揮していた。

冒険者ギルドでなくとも、文才だけで幾らでも仕事がある逸材だ。

ありふれた題材で論理的に書かれた文章を書ける。

それだけでも危険な冒険者にならずともC級以上の身分は選び放題だった。

それだけならまだしも、それだけではないのだからヨナは頭が痛くなった。

 

「レベル20かつレンジャー関連のスキル持ちの農民はなぁ…」

流石にギルド長のヨナのレベルよりは低い。

だが、エクステーロ支部でも上位に入りそうな新人である。

 

ついでに中級商人エボロ氏による冒険者ギルドの推薦状付である。

…普通ならば中級商人推薦というだけでそれなりに優遇するのだが、それが霞んでしまっている。

商人の名で保証するというのは何かあった時、その商人の名誉に傷がつくということになる。

故に、確実に見込みのある冒険者にしか推薦状を書く者はいない。

エクステーロに来た経緯的にはおかしくない。命の恩人に推薦状を書く者はいるだろう。

だが、件の新人はそれでは足りないと思い、論文を書いて冒険者ギルドへ寄越していた。

 

「…一先ず、富農の出ということにして様子見にする」

ヨナは冒険者ギルドの来る者を拒まずの方針を通すことにした。

富農の息子ならば一応説明できると自分に言い訳した。

 

その日、冒険者ギルドはとある新人をD級として認定した。

貴族でもないのに破格のスタートである。

だが、レベルとスキルで言えば既にC級以上であるという事実で有象無象を認めさせた。

 

なお、件の新人は冒険者ギルド登録初日に突っかかって来た先輩冒険者達を磔にし、冒険者ギルド前に並べた。

…その日のうちに新人の悪名は街中に轟くことになった。

 




・ノルド王国エクステーロ支部の冒険者ギルド
人類同士が内紛しかねない地域にあるギルド。
北方のノルド王国とグリオス公国の国境にあり、街の中央に川が流れており水運を活かした経済活動も活発な都市エクステーロ付近が管轄。
ノルド王国かグリオス公国に支部を置くかで戦争が起きかけた経緯もあったりする。
グリオス公国が家督争いで弱体化した為、ここ10年はある意味平和でもあった。
教会の支部はグリオス公国に置く等して組織の枠を超えた配慮している。

魔王の脅威があるのに人類で内紛することも多く、置かれる人材は優秀であり冒険者ギルドが中立維持できるだけの才能が条件。他の冒険者ギルドもそうだが、エクステーロ支部のような支部は特に能力主義の傾向が強い。

・ヨナ・パルム
ハイエルフと妖精種の混血であり、突然変異種でもある。
かなり高貴な生まれであるが、同時に盛大な厄ネタなので冒険者ギルドに所属している。
千年の寿命を持つ美少女であり、炎のような赤い髪とオッドアイが特徴。
300年は生きており、面倒事にも慣れている。
年下の部下ハンナの方が年上に見られるのが不快だが隠している。

・ハンナ
姓無しのエルフ。冒険者ギルドで成り上がった女傑。
50年以上前は勇猛果敢で知られた女騎士であるが、人類の大半が人間なのと別の地域で活躍したのでエクステーロ支部では知られていない。
困ったことは年上である先輩であり上司のヨナに相談するが、逆だと周囲から思われている。

※人類以外にも様々な種族はいるが、魔王に従う者は魔族としている。
ダークエルフやダークドワーフ等もいるがそれらは人類では纏めて『魔族』扱いである。

・Tri tera agronomio
この世界で普及していた三圃式農法を学術的に評価した論文。
基本的に農業、農民は見下される傾向がある為に間違いなくキチンとした論文は他に存在しない。
現在普及している人類の農業は、過去の勇者が伝えた農法である。
なお、ノーフォーク農業等はとある事情により普及させなかった。

どこぞの野郎が商人との会話で農村の農業を把握して書かれた物。
エラーノ語の読み書きが出来れば農民になれるよう懇切丁寧に説明されている。
だが、エラーノ語の読み書きが出来る人材はどこでも不足しているのでこの論文が読める人間が農民になることはまずない。
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