異世界日記~ファンタジーはいらない~   作:kohet(旧名コヘヘ)

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63日目 机の下で蹴り合う系の密談

冒険者ギルドエクステーロ支部のギルド長室前に一人の女性が待機していた。

彼女の名はハンナといい、種族はエルフ。

艶麗と評される華やかさの中に気品を感じさせる大人びた雰囲気の持ち主である。

…最近はとある問題児によりイメージが壊されまくっている被害者でもある。

 

ハンナはエクステーロ支部の副ギルド長であり、ただの一冒険者が出会う機会はまずない。

常識をぶち壊し続ける件の男は遂にギルド長ヨナ・パルムと直接面会を果たしていた。

 

きっかけは男が冒険者ギルドの慣例を無視した昇格への異議申し立てする等と騒いだせいだ。

 

大した実績もなく、また所属して半年も経たずにC級へ昇格させるというのは冒険者ギルドとしても騒がれると困った。

…要は男に騒がれると非常に迷惑だった。男が冒険者ギルドに居座っているだけで他の冒険者からもクレームが続出することになる。

最もクレームを入れようとする冒険者は男に磔にされてしまうので誰も見て見ぬふりをしている。

 

しかし、これが何も知らないで帰還した高位冒険者が磔にされると大変不味いことになる。

冒険者ギルドの面子に関わる大惨事である。

 

そして、件の男は常識的なレベル差を完全に無視していた。

この世界ではレベルが絶対ではない。格上殺し等良くあることだった。

それでも、レベルが10も違えば普通は逆らえないはずである。

素で躊躇なく高位冒険者達を磔にしている男は理不尽そのものであった。

既に『名前を呼んではいけない例の冒険者』という言葉がエクステーロ全土に普及する程度には恐れられている。

 

だが、ギルド長ヨナはレベル100を超える逸脱者の一人だ。男でも磔にできるはずがない。

ハンナとしてはヨナに迷惑をかけるが、男に世の理を理解させて欲しいと思っていた。

 

ギルド長室内から凄まじい音が響き渡るまでは。

ハンナは臨戦態勢に切り替え、即座にギルド長室のドアを開いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ハンナが冒険者ギルド長の部屋のドアを開けると、砕け散った大理石が目に入った。

…ヨナの様子から大理石で出来た机を叩き壊したのがわかった。

 

男は机が破壊される前に避けたのであろうカップ二つを持っていた。

二人が話し出す前にハンナが淹れたコーヒーはヨナの分がまだ残っていた。

男は入室してきたハンナを一瞥することもなく、ヨナのカップを溢さないようにひじ掛けへ置いた。

 

沈黙する中で男が口を開いた。その手には空の自身のカップがあった。

 

「Se pluvus,oni neprus post la tempeston.」

(雨が降れば必ず嵐になるだろう)

男のカップに水がどこからか静かに注がれる。

ハンナは無詠唱の初級魔法の類だと看破した。

 

そして、水はカップの縁ギリギリまで注がれ、こぼれる寸前で止まった。

 

「Se ne pluvus,ni ne sidus en la cambro.」

(雨が降っていなければ、我々は部屋に引き籠ることもないだろうに)

男は顔を上げないヨナに対してそう言い切ると、喉が渇いたのかカップの水を飲み切った。

ハンナは状況がわからないながらも男を取り押さえられるように身構えていた。

 

しかし、

「…Cu gi estas sarkasmo?」

(それは皮肉か?)

ヨナはハンナに警戒を解くように合図を出しつつ、男へ言葉を返した。

ハンナは一先ず警戒を解いた。状況はわからないが、ヨナの顔は真剣そのものだった。

ヨナが外交の為幼子のように振る舞う顔ではなかった。

ハンナ以外の他者へ取繕うこともしない。…それは非常事態を意味していた。

 

「Mi lasas gin al via imago.」

(ご想像にお任せします)

男はヨナの言葉にそう返した。

ハンナは一瞬、男の無礼な言葉に詰め寄ろうとした。

しかし、男の目はある種の敬意を抱いている者の目だった。ヨナも男の態度に対して咎める様子はない。

二人の目が交差し、ハンナは一瞬、だが長い沈黙を感じた。

当事者ではないが、過去の、戦士としての勘が邪魔してはならないとハンナに囁いた。

 

「…ハァ」

ヨナがため息をついた。

同時に先程の破壊音に気が付いた他の職員がギルド長室へ駆け寄る足音が聞こえて来た。

 

「ハンナ。人払いを」

ヨナはギルド長として副ギルド長へ命じた。

 

「はい」

ハンナは他職員が来ないように認識をズラす魔法を周囲に無詠唱で展開した。

ハンナは本職ではないので同格程度に効果はないが、他の職員に対しては十分だった。

 

「これは白魔法ですか?仲間が使う魔法に似たようなのがありましたが」

男はハンナの魔法を見て尋ねた。

男はヨナに合わせたのかエラーノ語で喋るのを辞めていた。

 

「そういうのは無知なのだな。お前は」

ヨナは男に対して意外なことを発見したかのように呟いた。

 

「知らないことは知りませんよ」

男は当たり前のことを言う。

実際、ハンナの使用した魔法は最低B級以上が使える魔法であり、経歴が短い男が知らないことはおかしくはない。

 

「知らなくても予想はしていると見た」

ヨナは男を見つつ、男から渡された自分のコーヒーを受け取った。

ハンナは経験則でヨナが男の背景を推理しているのだとわかった。

 

「先程の話だが、お前から見てどれくらいあると思っている?」

ヨナは男にハンナがいない間にしていた話を振った。

コーヒーを飲む微笑ましい少女の姿に見えるが、ヨナの目は笑っていなかった。

 

「…3割くらいですかね。一番欲しかった情報の確認が取れなかったので」

男は少し考えた末に言葉に出した。

ハンナは信ぴょう性に乏しい情報をギルド長に伝えたのかと思わず問い詰めそうになった。

 

だが、

「根拠が3割もあれば十分だ。…私の手持ちの情報と合わせれば整合性が取れてしまう」

ヨナは男の情報に納得した様子で呟いた。

ハンナとしては気になるが、ヨナがここまで自分に対しても言葉を濁すということは聞かない方が良い話だと確信できた。

 

「仲間の件は重なることもある。こちらでどうにかしよう。…それでいいか?」

ヨナは男に確認するように尋ねた。

ハンナはヨナが演技をする必要がない相手として男を扱っていると見て取った。

 

「ええ、副ギルド長にも同席した上での約束にこれ以上は求めません」

男はハンナを見つつヨナの申し出を快諾した。

ハンナは少なくとも男の仲間に関係する事柄、ただ主題ではないことだと推測はできた。

 

「わかった。…お前はもう帰れ」

ヨナは男の承諾を見て、これ以上話は不要だというのを露骨に態度で示した。

ハンナから見て、ヨナは男が帰ってくれることが心から嬉しい様子であった。

 

「ええ、何かあるはずなのでまた来ます」

男は帰れというヨナの態度と言葉に満面の笑みを浮かべ、また来ることを宣言した。

…今度は冒険者ギルドの正面から来るとでも言い出しそうである。

 

「ハンナ。今すぐこいつを仲間に返してこい」

ヨナはハンナに男を仲間の元へ押し付けて来るように言い切った。

ヨナは一切演技をしていなかった。早く返してくるようにハンナに命令した。

 

「…はい」

ハンナは少し沈黙した後に承諾した。

ハンナは男とギルド長の間を取り次ぐような未来が来ない事を願った。

 

「では、また失礼します」

男はヨナへ優雅な礼をし、『また』というのを強調してハンナの案内を促した。

ハンナは誰かに喧嘩を売る選択肢しかないと思われる男に対して心の中で泣いた。

 




・逸脱者
レベル100以上の人類の総称。
本当の人類最後の砦であり、指で数えられる程度しかいない。
魔族もレベル100以上はいるが、それは別の呼称がある。
ヨナ・パルムは200年前の勇者のパーティだった経緯もあり、レベル100超えを達成している。
200年前の勇者はレベルの上限値まで到達し、レベルスカウター等の冒険者ギルドの機材は限界まで測定可能。だが、それ程の面々だろうと魔王には勝てなかった。

・ヨナ・パルム
エクステーロ支部ギルド長にして200年前の勇者パーティ所属のエンチャンター。
レベル1の雑魚でもレベル20相当までに能力を上げることが出来る。
故に魔王軍もノルド高原を超えて襲撃することはない。
森が何とかなれば話は別であり、人類同士が潰し合う等もそれに含まれる。
故にノルド王国とグリオス公国との間に戦争を起こさせるわけにはいかない。

どこぞの野郎の推理が前提条件を吹き飛ばす厄ネタであった。
ヨナの持つ機密情報を合わせると整合性が取れるので99%当たっていると確信した。
野郎の仲間が持つ厄ネタも人類全体の前には些事なので処理することになった。
駄々をこねる男を脅すつもりが恩を売られてキレそうになっている。胃が痛い。
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