ダンジョンで運命を変えるのは間違っているだろうか 作:ぺこぽん
「やああああっ!!」
どこか調子外れな掛け声が響いてる。
場所は星屑の庭。
その裏庭に位置する広場は、いつも訓練所として使用している。
各自、巡回などの仕事が終わり、時間が空けば自主鍛錬をする日課だ。
本当は、
だが、
中々、下層まで潜る時間もなければ、何より対人戦闘技術の獲得が急務だった。
「はああああっ!」
「らああああッ!!」
ネーゼとイスカは徒手空拳での乱取り。
ノインとアスタは盾を構えての、剣と斧の応酬。
リャーナとセルティ、マリューは少し離れたテラスにいる。
後衛の動きの確認と、魔法の詠唱の練習だ。
そして、アリーゼと輝夜、ライラが見守る先。
短剣を構えたテアが、リューに斬り掛かっていた。
「やあああっ!!」
「遅い。もっと敵をよく観察しなさい!」
「ぐは……っ!」
短剣はあっさりと軽く払われ、鳩尾に一撃。
テアは呼吸が止まり、膝から崩れ落ちる。
「はい。これで46回目~」
片目を瞑ったライラが、暇そうに欠伸をする。
「リオン、かなりのスパルタね! それに付いていってるテアもなかなか頑張り屋さんだけど」
「ああ。だがそれでいい。中途半端は何よりも毒だ。それをあの未熟者には骨の髄まで叩き込んだつもりだ」
アリーゼの満足げな笑顔に、輝夜は目を細めながら首肯する。
リューが更に、もう一回! と声を上げると、テアはよろよろと立ち上がった。
「う~ん、でもやっぱ違ったか。ダメだなありゃ」
ライラは、テアの動きを酷評する。
動きは素人そのものだ。
冒険者しての最低限の
だが、剣の腕はからっきしの様だ。
「他に試していないのは?」
アリーゼは台の上に並べられた数々の武具を見た。
全て、テアの為に用意したものだ。
記憶を失っているとはいえ、嘗てこの少年は冒険者であった筈なのだ。
到底信じられないが、その幼さで都市最強を名乗っても遜色ない程の。
「おっかしぃな~、どれかアタリがあるかと思ったんだけどなぁ」
「記憶はなくとも、体が覚えている。実際にそういう事起こり得るのだろうか」
ライラはがしがしと頭を掻き、輝夜が疑問をぶつける。
「案外、ありえるんじゃないかしら! 私、この前の朝、気が付いたらリオンのベットにいたもの! きっと眠っている間に移動したんだわ!」
「いや、それとこれとは微妙に違ぇだろ……」
「ついでにリオンの寝起きをたっぷり堪能させてもらったわ! 知ってる? リオンったら、ちょっと寝ぼけている時が一番可愛いのよ!」
興味ない、とばかりライラと輝夜が白い目を向ける。
「邪魔をするのはやめて下さい!」
そこで通算47回目。
テアが再び膝を付き、リューが声を上げた。
アリーゼを恨みがましい目で見ている。
「……気が散って鍛錬に集中出来ない」
ひとまず木刀を収めたリューだが、テアはその間に荒い息を繰り返す。
「み、水~……」
倒れ込みながら手を伸ばしてくるテアに、ライラは水筒を投げた。
「ちょっとそこで休んでな」
「あ、ありがとうライラ……。そうする」
テアは、よろよろとしながら木陰に入った。
ライラは入れ替わりテアの位置に行き、腰に両手を当てた。
「いいか、テア。お前は弱ぇ。まずは弱さを認めろ」
テアは素直に、こくこくと頷く。
それから剣を握っていた手を開き、不思議そうに見つめる。
数日前まで白魚の様だった手が、今では皮が破れ、血が滲んでいた。
「その上でだ。力がねぇなら知識だ。知恵だ。それで足りねぇもんを少しでも穴埋めするんだ」
ライラは指を一回鳴らし、テアを指差す。
「例えば、アタシらみたいな
ライラはそう言うと、腰の二対のブーメランを握った。
「リーチが足りねぇなら、アタシみたいな投合武器か」
ライラが投げ放ったブーメランが孤を描いて飛ぶ。
そのまま木製の木偶人形を、真っ二つに切り刻んだ。
鋭い音を立てたまま、ライラの手に戻ってくる。
「よっと」
風を切る音に、思わずテアは首を竦めた。
「ま、こいつはオススメしねぇ。練習で指を何度も飛ばす覚悟が必要だしな」
それは嫌だとばかり、テアは首をぶんぶんと振る。
「となると、一族の英雄
魔法。
テアは既に、スキルや魔法ついて教えてもらっていた。
というより、冒険者に関する全てをだ。
何やら自分には、魔法を使えていたかもしれない可能性あるらしいのだが……。
「でも、何も思い出せないんだけど……」
「じゃあ、しょうがねぇ。今度はコイツを試してみな」
そう言ってライラが、差し出されたのは木製の槍。
テアは立ち上がり、柄を両手で握った。
どうやら休憩はもう終わりのようだ。
「あれ……」
槍の構え方など知らない筈だ。
だが自然とテアは足を開き、持ち手を広げて構えていた。
「お。今度こそアタリか?」
ライラは嬉しそうに笑う。
「では、行きます!」
リューは、再び鍛錬の開始を宣言した。
リューの木刀の一撃を、テアは木槍で受け止める。
「うわっ……!」
受け止める事が出来たテアの方が驚いている。
それを見て、さらにリューの攻撃が苛烈になった。
「どう思う?」
「どうもこうない。やはりあれはどう見てもLv.1。精々Lv.2に成り立てといった所だ」
「だよなぁ」
成程、テアの動きは先ほどよりは大分ましだ。
何らかの覚えがあったのか、剣よりは扱いに慣れている。
だが、それだけだ。
我流と言ってもい槍捌きの動きには、無駄があり過ぎる。
「アタシとしちゃ、ギルドがテアの捜索を打ち切ったってのが不思議でならねぇ」
あっという間に吹き飛ばされたテアを見て、ライラは言った。
「そもそもギルドが今この時に、Lv.7なんて代物知ったら、喉から手が出る程欲しがるはずだぜ」
「確かに、余りにも露骨すぎる程音沙汰がない。あのギルドの豚が使いの一つもよこさないとは妙だ」
ライラと輝夜は、目を合わせないまま言葉を交す。
アリーゼはテアの応援で、先程から無駄に大声を張り上げている。
「何者かの意図を感じるぜ」
「あるいは神か……」
両者の考えは、ギルドの奥深くで祈祷を捧げる神に至る。
かの神ならば迷宮で起きた事を全て知っている筈なのだが。
だが、主神にすら知りえなかった事に二人で辿りつけるはずもない。
やはり、今はこの少年を観察する以外他なかった。
「がッ……!」
「テア!?」
嫌な音と共に、アリーゼが心配げな声を上げた。
見ればリューの木刀がテアの顔を激しく打ったようだ。
「しまった……。やりすぎてしまった」
リューは後悔する様に額を抑えた。
テアが倒れたのを見て、全員が集まってくる。
「大丈夫、テア!? かなりいい音がしたと思うけど」
アリーゼがテアに駆け寄る。
「だ、大丈夫」
そう言って立ち上がるテアだが、鼻から血が出ていた。
だらだらと鼻血を出しながらも、まだ槍を構えようとしている。
「鼻血、鼻血! 出てるから!」
「鼻血……? あ、ほんとだ」
「痛くないの!? もう! さっきから見てるけどやりすぎよリオン!」
血に触って初めて気が付いた様に、不思議そうに顔を傾げた。
リャーナとノインがリューに抗議の声を上げる。
「いきなりテアの動きが良くなって、つい力を入れ過ぎてしまった」
「見てたぜ。足払い決まればいい手だったが、隙があり過ぎたな」
リューの弁明にとれる言い方に、ライラが乗った。
「テア。貴方の動きは無謀すぎる。それでは敵に心臓を差し出しているようなものだ」
リューはテアから視線を逸しながらいった。
だが、謝りはしない。
これは鍛錬であり、教える側が遠慮していては相手の為にならないからだ。
「テアは鼻血が止まるまで、休憩よ!」
アリーゼはぐっと背中を伸ばした。
「私も見てたら疼いてきちゃった。輝夜、勝負しなさい!」
「いいのか団長。新入りに無様な姿を晒してしまっても」
輝夜はアリーゼに挑戦的な笑みを浮かべた。
「フフン! これでも通算勝ち越しよ! テアはそこで見稽古ね! 見てなさい、華麗なる団長が勝利を収める所を!」
「言ったな団長。吠え面を掻かせてやる」
獰猛な笑みを浮かべ輝夜は、広場に進み出た。
アリーゼも少し離れた場所に進み出ようとして振り返る。
「あ、そうだ。リオン、テアに膝枕をしてあげなさい!」
「な、なぜその様な事を……!」
「これは団長命令よ!」
アリーゼはずびしと、リューに反論を許さなかった。
「それに申し訳なく思ってるんでしょ」
そう見透かされてしまってはリューは何も言い返せない。
「テア、遠慮しなくていいので座りなさい」
リューは一呼吸、息を吐くとテアに声を掛けた。
鼻血を止めてもらった後、右往左往困っていたテアは恐る恐るリューに近づく。
「痛みますか? 私は貴方をかなり痛めつけた筈だ」
膝にようやく頭をつけたテアにリューは聞いた。
「……そっか。これが痛いって事なんだ」
ちぐはぐな返事を返すテアに、リューは緊張を解く。
不思議な子だ。
エルフである自分がこうして肌に触れるのを許してしまっている。
「テア……? まさか寝ているのですか?」
気付けばテア規則正しい寝息を立て始めていた。
これでは動くに動けない。
やはり、自分はやりすぎてしまっていたのだろう。
「貴方はまだ幼いのでしたね……」
謎はあれど、リューとってテアは見た目は守るべき相手だ。
顔に掛かった艷やかな黒髪を手で払ってあげる。
その際、意識せずそのまま頭を撫でてしまった。
信じられない様に自分の手を見てしまう。
──そうか妹、いや弟がいればこの様なものかとリューは納得した。
「汗かいたー。お風呂入りたーい!」
イスカが両手を上げながら叫ぶ。
「や、やるわね輝夜。この私とここまで粘るだなんて見直したわ!」
「団長こそ、無理をしているんじゃないのか。いつもより元気がない様に見えるぞ」
アリーゼと輝夜はぼろぼろになりながら、よろよろと戻ってきた。
あの後、ずっと広場を占拠したまま決着はつかなかったのだ。
「おかえりー」
途中で飽きたライラは、一人先に戻っていた。
机の上で武器の整備をしていたようだ。
「輝夜! 帯を緩めるのはやめなさい! はしたない!」
「こう暑くてはしょうがないでしょう。誰か男の目がある訳でもございませんでしょうに」
輝夜は着物を崩し、最終的にはさらしと下着が見えてしまっている。
それをいつものごとく、リューは戒める。
「この子がいる!」
テアは視線を逸していた。
なんとなく見てはいけない様な、見ていたい矛盾に駆られながら。
「お、いっちょ前に、顔赤くしてやがるぜ」
ライラのからかいに、リューはテアの目を手で塞いだ。
「あの様な品位に欠ける者が、ファミリアの一員である事が恥ずかしい。テア、見てはならない。貴方が穢れる」
輝夜は鼻を鳴らし、堂々と胸を反らす。
「テア、そんな堅物朴念ポンコツエルフからは離れてこっちにいらっしゃいな。一緒にお風呂に入りましょう」
「良いわね、それ!」
「本気か?」
「いいんじゃない」
反対する者と賛成する物。
だが、
「私の目が黒いうちは、そんな事は許されない!」
「二度風呂を沸かす必要なく、経済的でしょうに」
「駄目なものはダメだ!」
まっすぐほぼ裸体で歩みよってくる輝夜。
テアを離さまいと体に押し付けるリュー。
「うあああああっ!!」
柔らかいものの感触と視覚に支配されたテアは混乱の極みに至った。
結局、困惑する声を上げて逃げ出してしまった。
槍を振るう。
何度も何度も。
「……何だろう」
噴水のそばでテアは一人呟いた。
槍を振るえば振るうほど、何か引っ掛かる。
嘗てなぞった線をもう一度引くような感覚だ。
「テア、ここにいたのですか。お風呂が空きましたので、貴方の番です」
風呂上がりのリューが呼びにきてくれた。
先程の事を思い出し、少し気恥ずかしい。
「分かった。でももうちょっとだけ」
「無理は禁物だ。何事も継続してこそ意味がある」
「むぅ、わかったよ。リオン」
テアはむくれた様に槍を止め、噴水に腰掛けた。
ふと頭上を見上げれば無数の星々が覗いていた。
「ねえ、リオン。聞いてもい?」
「ええ。私に答えられる事なら」
リューはテア隣に腰掛け、同じ様に星を見上げた。
「どうしてリオン達はこんな事をしているの?」
「こんな事……ああ、昼間の見回りや鍛錬の事ですね」
何も知らないテアからしたら不思議な事だらけだった。
「私達は正義を行っているのです」
「正義?」
「はい、無償に基く善行。弱きを助け、悪を挫く。それこそが私の正義です」
テアは眉間に皺を寄せた。
「でも、こんな辛くて痛い事をしててリオンはしんどくないの?」
「……時には挫けそうな時もあります。しかし、正義を貫き通した先にはなにものにも代えがたいものがある」
リューが浮かべるのは淀みのない真っ直ぐな瞳。
深い蒼穹の様な瞳がテアの白銀の瞳色を付ける。
「じゃあ、俺もアストレア様の眷属なんだから、リオンの言う正義を目指してみるよ」
テアがそう決意したの対し、リューは首を振った。
「テア、貴方がそう思ってくれるのは嬉しい。しかし、まだ子供である貴方が私が掲げる正義を背負う必要はない」
リューはだから、と前置きした。
「テア、いつか貴方だけの正義を見つけて欲しい」
「わかった。……期待して待ってて」
正義。
テアにはそれが何なのかは未だわからない。
でも、はっきりと目指すものは感じられるのだ。
──皆、痛くなくなればいいな。
それが一番の願いだとはわかっていた。
「さあ、風呂に入って疲れをとりなさい、テア」
「やっぱ入らなきゃダメ?」
「可愛らしく首を傾げてもダメだ。全く、その仕草。きっとライラが教えたのですね」
「だって髪を洗うのが大変で……そうだ、切ってもいい?」
「アリーゼと輝夜が許さないでしょう」
「リオンはどう思ってるの?」
「私は別に……いえ、やはり伸ばしている方が好ましい」
「じゃあ、そうするー!」
二人はそんな言葉の掛け合いをしながら、戻っていく。
それを満点の星々が見送っていた。
主人公がただの舞台装置にならないように気を付けてます。
ヨシ! 後は巻いていこう。