ダンジョンで運命を変えるのは間違っているだろうか   作:ぺこぽん

7 / 8
短めです。


問掛け(エレン)

「さあ―――炊き出しよ!」

 

 アリーゼ達は北のメインストリートに来ていた。

 日頃の陰鬱さを吹き飛ばすような晴天が広がっている。

 

「リオン!テアも行きましょう!」

 

 各自散らばり、それぞれ手伝いを始める。

 二人はアリーゼに誘われ、一緒に行く事となった。

 

「本当に活気がある……とても信じられない」

 

「活気?」

 

 リューは道行く人々笑顔を見回した。

 

「ええ、テアは知らないでしょうが。以前は毎日がこうだったのです」

 

 リューは隣を歩くテアの様子を見た。

 今日は一段と周囲に怯える様に、あちこちを見回している。

 

「これだけ人がいれば、もしかしたらテアの事を知っている人がいるかもしれません」

 

「そうそう!だから、そんな顔してないで、テア!明るく笑顔でいましょう!」

 

 アリーゼは励ますが、一層テアは顔を暗くするだけだった。

 

「……ここにいちゃ駄目だ」

 

 テアはひどく訴える様に、リューの手を引っ張った。

 

「何故?」

 

「だって……痛いから」

 

 それは……どういう、と聞こうとしたリューの言葉は搔き消された。

 豪胆なドワーフが威勢の良い声で現れ、アリーゼと旧知の友の様に話し始めたからだ。

 

「炊き出しはお主等の様な可憐な娘達から、貰った方がいいじゃろう」

 

 警備に来ていると言ったガレスは髭を撫でる。

 

「残念、おじ様!この子は男の子よ」

 

「なんと。それはすまん事を言ったな、坊主。……見かけぬ顔だが新入りか?」

 

「ええ!新しいも何も入りたてほっかほっかよ!」

 

 ガレスは手を伸ばして、テアの頭に触ろうとした。 

 テアは何故か逃げなかった。

 それどころか逆に安心した様に、頭を撫でられるままにしている。

 

「何も起こらんとは言えぬが、わし等がおる。そんな顔しとらんで今は楽しめ」

 

「……うん」

 

 テアは口元に少し笑顔を浮かべた。

 ガレスは満足げに頷いた。

 

「わお!さすがおじ様!」

 

 アリーゼは、ばしばしとガレスの広い背中を叩いている。

 それとは別にリューは覆面の下で訝しんでいた。

 

 ―――この子が怖がる人と怖がらない人、何の違いがあるのだろう、と。

 

 

 

「いやあああああああっあああああああああ!!」

 

 突如、悲鳴が聞こえた。

闇派閥(イヴィルス)が現れたのだ。

 

「どいつもこいつも殺っちまいな!」

 

 殺帝(アラクニア)の異名を持つ闇派閥幹部が殺戮を始める。

 魔剣の爆発を合わせ、阿鼻叫喚の地獄が始まった。

 

「悲鳴!?それに爆発!……まさかっ!!」

 

「行くわよ!リオン!テアはそこにいなさい!」

 

 アリーゼとリューは共に走り出す。

 

「え、だって俺も……!」

 

「テアは避難してくる人の手助けをしてあげて!」

 

 テアが追い付けるはずもなく、二人は行ってしまった。

 

「俺も……アストレア・ファミリアの仲間なのに」

 

 呟く言葉を聞いてくれる人は誰もいない。

 抑えようもなく震える手を握り、テアは唇を噛み締めた。

 

 

 

「こっちに来るっす!怪我人には手を貸してあげて下さいっす!」

 

 大勢の人が雪崩のように逃げ延びてくる。

 誰も彼も怯えた表情で、幾人も怪我をしている。

 その人々を誘導する様に、テアより少し上の少年が声を張り上げていた。

 

「痛いよぉ……!」

 

 その中、一人の少女が泣いていた。

 テアもその冒険者に倣って、救助活動をする事にした。

 

 戦闘音はいつの間にか止まっている。

 アリーゼ達もどうやら手助けに来た様だ。

 

「大丈夫?」

 

 少女に声を掛けるも、どうしたらいいかわからない。

 膝から血を流しながら泣き叫ぶ少女に、取り敢えずテアは笑顔を浮かべる事にした。

 自分が誰かからされたように、優しく少女の頭を撫でる。

 

「安心して。もう大丈夫だから」

 

 そうだ、とテアは思い出した。

 腰のバックから回復役(ポーション)が入っているのだった。 

 万が一にと渡された物で、使い方については、既に教えてもらっていた。

 

「馬鹿野郎!そんな怪我に使ってんじゃねぇ!」

 

 そこにライラの怒声が届いてきた。

 いつもとは違う雰囲気に、テアはびくっと硬直する。

 自分は何か間違ったのだろうか。

 

「ほら、泣いたら駄目だよー。この布を傷口にぎゅっと当てるんだ」

 

 混乱しているテアをよそに、いつの間にか隣に人が表れ少女の手当てを始めていた。

 黒髪のどこか頼りなさげに見える男。

 

「……神エレン……」

 

 リューがその男性―――男神の名を呼ぶ。

 初めて会うアストレア以外の神だが、なんと雰囲気が違う事だろう。

 テアが目を丸くしている間に、エレンは応急処置を済ませてしまっていた。

 

「そこの君。この子を避難所まで連れて行ってくれないかな?それぐらいなら出来るでしょ?」

 

「……」

 

 エレンは決して馬鹿にしたようでもなく、自然にテアにお願いをしてきた。

 テアは困った様にリューとエレンの顔を交互に見てしまう。

 

「神エレンの言う通り、その子を連れて避難所まで行きなさい。回復役(ポーション)はこちらで預かります」

 

「……わかった。立てる?行こ」

 

 テアは少女の手を貸し、ゆっくりと歩いていく。

 

「テア。ライラは決して怒った訳ではないのですよ。後で状況に応じての回復役(ポーション)の使い方の勉強をしましょう」

 

「うん」

 

 リューはテアを気遣う様に、最後に声を掛けた。

 テアもライラがする事には意味があるのだとわかっているので、もう気にしてはいない。

 

「神エレン。ありがとうございます。……手を貸して下って」

 

 後ろからリューとエレンの会話が聞こえてきた。

 殆どの内容は自分にとって難しいものだ。

 だが、いがみ合っているという位はわかってしまう。

 だから、リューの怒声が聞こえ、思わず肩越しに振り返った。

 

「黙れぇぇぇぇ!!」

 

 それから、エレンの問いかけが聞こえる。

 

「君達の『正義』とは、一体なんなんだ?」

 

 リューが怒っていた。

 今まで一度も見た事がない表情で。

 

 自分が聞いた時には確かに答えてくれた筈の問い。

 それを何故、彼女は言わないのか。

 

 ―――何故言えないのか。

 

「お兄ちゃん?どうしたの。行こうよ」

 

「……っ」

 

 テアは不安気に瞳を揺らす少女に視線を向けた。

 

「大丈夫。君は痛くならないから」

 

 テアは少女に優しく笑い掛ける。

 

 正義とは、テアには今でも何かはわからない。

 でも、こんな子供が、あの街の人々があの笑顔を失っていい筈がない。

 リューにあんな顔をして欲しくはない。

 

 絶対に間違っている。

 高潔で正しく理想を目指そうとする彼女を。

 

 ―――ひどく穢された気がした。

 

 




ちなみにテアの一人称が俺なのは、数日リヴィラで過ごしたからです。
男は俺と言うのだと学んじゃいました。
流されやすいタイプなんです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。