ダンジョンで運命を変えるのは間違っているだろうか 作:ぺこぽん
「さあ―――炊き出しよ!」
アリーゼ達は北のメインストリートに来ていた。
日頃の陰鬱さを吹き飛ばすような晴天が広がっている。
「リオン!テアも行きましょう!」
各自散らばり、それぞれ手伝いを始める。
二人はアリーゼに誘われ、一緒に行く事となった。
「本当に活気がある……とても信じられない」
「活気?」
リューは道行く人々笑顔を見回した。
「ええ、テアは知らないでしょうが。以前は毎日がこうだったのです」
リューは隣を歩くテアの様子を見た。
今日は一段と周囲に怯える様に、あちこちを見回している。
「これだけ人がいれば、もしかしたらテアの事を知っている人がいるかもしれません」
「そうそう!だから、そんな顔してないで、テア!明るく笑顔でいましょう!」
アリーゼは励ますが、一層テアは顔を暗くするだけだった。
「……ここにいちゃ駄目だ」
テアはひどく訴える様に、リューの手を引っ張った。
「何故?」
「だって……痛いから」
それは……どういう、と聞こうとしたリューの言葉は搔き消された。
豪胆なドワーフが威勢の良い声で現れ、アリーゼと旧知の友の様に話し始めたからだ。
「炊き出しはお主等の様な可憐な娘達から、貰った方がいいじゃろう」
警備に来ていると言ったガレスは髭を撫でる。
「残念、おじ様!この子は男の子よ」
「なんと。それはすまん事を言ったな、坊主。……見かけぬ顔だが新入りか?」
「ええ!新しいも何も入りたてほっかほっかよ!」
ガレスは手を伸ばして、テアの頭に触ろうとした。
テアは何故か逃げなかった。
それどころか逆に安心した様に、頭を撫でられるままにしている。
「何も起こらんとは言えぬが、わし等がおる。そんな顔しとらんで今は楽しめ」
「……うん」
テアは口元に少し笑顔を浮かべた。
ガレスは満足げに頷いた。
「わお!さすがおじ様!」
アリーゼは、ばしばしとガレスの広い背中を叩いている。
それとは別にリューは覆面の下で訝しんでいた。
―――この子が怖がる人と怖がらない人、何の違いがあるのだろう、と。
「いやあああああああっあああああああああ!!」
突如、悲鳴が聞こえた。
「どいつもこいつも殺っちまいな!」
魔剣の爆発を合わせ、阿鼻叫喚の地獄が始まった。
「悲鳴!?それに爆発!……まさかっ!!」
「行くわよ!リオン!テアはそこにいなさい!」
アリーゼとリューは共に走り出す。
「え、だって俺も……!」
「テアは避難してくる人の手助けをしてあげて!」
テアが追い付けるはずもなく、二人は行ってしまった。
「俺も……アストレア・ファミリアの仲間なのに」
呟く言葉を聞いてくれる人は誰もいない。
抑えようもなく震える手を握り、テアは唇を噛み締めた。
「こっちに来るっす!怪我人には手を貸してあげて下さいっす!」
大勢の人が雪崩のように逃げ延びてくる。
誰も彼も怯えた表情で、幾人も怪我をしている。
その人々を誘導する様に、テアより少し上の少年が声を張り上げていた。
「痛いよぉ……!」
その中、一人の少女が泣いていた。
テアもその冒険者に倣って、救助活動をする事にした。
戦闘音はいつの間にか止まっている。
アリーゼ達もどうやら手助けに来た様だ。
「大丈夫?」
少女に声を掛けるも、どうしたらいいかわからない。
膝から血を流しながら泣き叫ぶ少女に、取り敢えずテアは笑顔を浮かべる事にした。
自分が誰かからされたように、優しく少女の頭を撫でる。
「安心して。もう大丈夫だから」
そうだ、とテアは思い出した。
腰のバックから
万が一にと渡された物で、使い方については、既に教えてもらっていた。
「馬鹿野郎!そんな怪我に使ってんじゃねぇ!」
そこにライラの怒声が届いてきた。
いつもとは違う雰囲気に、テアはびくっと硬直する。
自分は何か間違ったのだろうか。
「ほら、泣いたら駄目だよー。この布を傷口にぎゅっと当てるんだ」
混乱しているテアをよそに、いつの間にか隣に人が表れ少女の手当てを始めていた。
黒髪のどこか頼りなさげに見える男。
「……神エレン……」
リューがその男性―――男神の名を呼ぶ。
初めて会うアストレア以外の神だが、なんと雰囲気が違う事だろう。
テアが目を丸くしている間に、エレンは応急処置を済ませてしまっていた。
「そこの君。この子を避難所まで連れて行ってくれないかな?それぐらいなら出来るでしょ?」
「……」
エレンは決して馬鹿にしたようでもなく、自然にテアにお願いをしてきた。
テアは困った様にリューとエレンの顔を交互に見てしまう。
「神エレンの言う通り、その子を連れて避難所まで行きなさい。
「……わかった。立てる?行こ」
テアは少女の手を貸し、ゆっくりと歩いていく。
「テア。ライラは決して怒った訳ではないのですよ。後で状況に応じての
「うん」
リューはテアを気遣う様に、最後に声を掛けた。
テアもライラがする事には意味があるのだとわかっているので、もう気にしてはいない。
「神エレン。ありがとうございます。……手を貸して下って」
後ろからリューとエレンの会話が聞こえてきた。
殆どの内容は自分にとって難しいものだ。
だが、いがみ合っているという位はわかってしまう。
だから、リューの怒声が聞こえ、思わず肩越しに振り返った。
「黙れぇぇぇぇ!!」
それから、エレンの問いかけが聞こえる。
「君達の『正義』とは、一体なんなんだ?」
リューが怒っていた。
今まで一度も見た事がない表情で。
自分が聞いた時には確かに答えてくれた筈の問い。
それを何故、彼女は言わないのか。
―――何故言えないのか。
「お兄ちゃん?どうしたの。行こうよ」
「……っ」
テアは不安気に瞳を揺らす少女に視線を向けた。
「大丈夫。君は痛くならないから」
テアは少女に優しく笑い掛ける。
正義とは、テアには今でも何かはわからない。
でも、こんな子供が、あの街の人々があの笑顔を失っていい筈がない。
リューにあんな顔をして欲しくはない。
絶対に間違っている。
高潔で正しく理想を目指そうとする彼女を。
―――ひどく穢された気がした。
ちなみにテアの一人称が俺なのは、数日リヴィラで過ごしたからです。
男は俺と言うのだと学んじゃいました。
流されやすいタイプなんです。