ダンジョンで運命を変えるのは間違っているだろうか   作:ぺこぽん

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運命

 夕暮れの道なりをリューは歩いていた。

 一人の影を落とす道なりに、もう一人が重なる

 

「テア。付いてこなくていいと言ったはずだ。帰りなさい」

 

「でも……」

 

 テアは俯いた。

 

 あの日から。

 神エレンとの問答の後。

 リューの様子がおかしい。

 ライラに聞いても、よくあることだからほっとけよと言われる始末。

 だけど。

 

「放って置けないよ……」

 

 呟きがリューに届く事はない。

 自然とテアの足並みは遅れていった。

 リューに掛ける言葉が見つからない。

 

 いつもの様な。

 真っすぐ前を向いた彼女に戻って欲しいのに。

 でも、自分ではどうする事も出来ない。

 

「おやおや! そこの少年、だーれでしょう!」

  

 いきなり目を手で塞がれた。

 ついでに、髪越しの背中に何やら柔らかいものが押しつけられる。

 ようは誰かに、全身で飛び付かれていたのだ。

 

「わっ……、アーディ!?」

 

「せーいかいっ!よくぞわかったね!目を瞑っていてもファミリア内じゃ、ガネーシャ様の次に存在感あると言われたアーディだよ!じゃじゃーん!」

 

 アーディが満面の笑みでそこにいた。 

 弾けんばかりの笑顔である。

 

「どうしたの、そんなに暗い顔して?」

 

 アーディはきょとんと首を傾げている。

 

「えっと。リオンが元気がなくって、悩んでるみたいなんだ。それをどうにかしてあげたいんだけど……」

 

「う〜ん。よし!お姉さんに任せなさいな!」

 

 アーディはぐっと親指を立てる。

 それから、いたずらっ子の様に舌なめずりをした。

 そろりそろりと、リューの後ろから近づく。

 

 そして飛び付いた。

 あっという間の早業であった。

 二人のじゃれ合いの声がテアまで届く。

 

「凄いな。アーディは……」

 

 テアでは出来なかった事。

 いつものリューに戻すという事を、アーディはあっという間に叶えてしまっていたのだ。

 

 

 アーディがリューの悩みを聞いてる。

 テアはその傍で、二人と同じ様に座っていた。

 

 ―――正義とは。

 

 あの日。

 テアが身勝手にも簡単に訪ねてしまった事をリューは未だ、悩んでいるのだ。

 神の児戯でしかない問掛けだというのに。

 それに彼女らしく大真面目に。

 

「……正義って難しいよね」

 

 いつも朗らかに笑っているアーディでさえ、やはり答えは持っていない。

 それでも、アーディは願っている。

 

 ―――誰もが笑顔で、幸せになれる世界を。

 

「だから、こんな風に悩んで立ち止まっちゃう時、私は自分に正直になる事にしてるんだ」

 

「アーディ? い、一体何をっ―――?」

 

 アーディは笑顔を再び浮かべ、リューの手を取る。

 

「ほら、テアも立ち上がって!」

 

 それからテアにも手を伸ばした。

 

「リオン、テア。踊ろう!ここで!」

 

 アーディは、次にテアとリオンの手を握らせた。

 あっという間に三人で輪が出来てしまう。

 

「回って、回って!」

 

 アーディが弾ける笑顔で、二人をぐるぐると回す。

 衆人環視にリューが顔を赤くする。

 

「アーディ、待って下さい!どうしてこんな事!?」

 

 リューの混乱などアーディはおかまいなしだ。

 

「テアも笑ってないで止めて下さい!」

 

「あははは!」

 

 自然とテアも、アーディに釣られて笑っていた。

 アーディが演劇の様に巧みに語る言葉に。

 リューがそれに巻き込まれる道化役みたいな様に。

 

「いいぞ、姉ちゃん達とその妹!」

 

「冒険者様、きれー!」

 

 慣れない動きにテアは直ぐに目を回してしまった。

 眩暈に襲われて、ふらふらと座り込んだ。

 

 アーディとリューは今度は二人だけで、手を握り合って踊りだす。

 それが何だか嬉しくて。

 

「あはははっ、ははは」

 

 テアは、くすくすと気持ちの良い酩酊と共に、笑い声を零す。

 

「リオン、テア!―――『正義』は巡るよ!」

 

 そして、アーディがそう告げた。

 リューに、そしてテアに向かって。

 

「巡るって?」

 

 テア知らない言葉だ。

 リューと共に踊り続けるアーディは答える。

 

「自分が受け取ったものを人から人とに渡していくの!真の答えじゃないかもしれない。間違ってるかもしれない。でもそうする事で世界はもっと良くなると思うんだ」

 

「…………あ」

 

 テアは呟きを漏らした。

 笑顔がふっと固まった。

 まるで何か大事な事を思い出した様に。

 

 問掛けに対し、ずっと出てこなかった答えがふと出てくる事がある、

 そんな感覚だ。

 

 でも、それが何なのかは分からない。

 分からなくても、とても大事なものだという事は分かった。

 

「……正義は巡る」

 

 この光景を。

 アーディがくれた言葉を。

 テアは決して忘れたくなかった。

 

 

 

 ―――そして運命の日が訪れる。

 

 

「テア君。これを見てください。いいですか、貴方は眠くなる。眠くな~る」

 

 マリューがテアの前で語っている。

 テアの前には紐にぶら下げた輪が揺れている。

 テアは、左右に揺れるそれを目で追っていた。

 

「さあ、奥深くに涼んでいくほど、貴方は段々と昔の事を思い出しま~す」

 

「……あの、マリュー。これって本当に効果あるの?」

 

 テアは首を捻った。

 

「あはは、えっと。本にはそう書いてあったんですが。うまくいきませんね」

 

 マリューは苦笑いしながら頭を掻く。

 

「やっぱり、一度思いっきり殴ったら記憶が戻るんじゃない?」

 

「脳筋発言はやめろ、アマゾネス。余計に記憶を失ったらどうする」

 

 ネーゼが拳を打ち鳴らしたイスカを戒める。

 

「俺で遊ぶのやめてくれないかな……」

 

 何か思い出しそうだと、皆に相談したのが間違いだったのかもしれない。

 

「皆、出発の用意は出来たかしら!」

 

 アリーゼは声を掛けた。

 闇派閥の拠点の一つに攻め込むに辺り、ガネーシャ・ファミリアとの打ち合わせが終わったのだ。

 全員が戦闘衣装に着替えているのはその為だ。

 

「それじゃ、出発進行!あ、テアはお留守番ね!」

 

「何で……俺も皆と行く!行きたい!」

 

 テアは声を張り上げた。

 

「駄目よ!テアにはまだ早すぎるわ!今日、行きのは闇派閥の拠点よ。罠があるかもしれないし、新人は連れていけない!」

 

 テア拳を握りしめた。

 

「もう痛いのは嫌なんだよ!なんでわかってくれないんだ!」

 

 痛くて痛くてたまらない。

 そんな痛みを皆に感じて欲しくない。

 それだけだというのに。

 

「だから、誰も痛くならねぇようにアタシらが行くんだろうが。さくっと終わらせて帰ってきてやるよ」

 

 ライラが不敵に笑いながらそう言う。

 

「自分の実力さえ判らぬ様なひよっこ助けなど誰が必要とするか」

 

 輝夜が眼光鋭く告げた。

 

「テア。貴方はここで待っていて下さい。私達は必ず戻ってくると約束します。だから、その時は出迎えをお願いします」

 

 最後にリューに言われ、テアは押し黙るしかない。

 槍の訓練だってずっと続けている。

 その特訓の成果をリューだって知っているだろうに。

 

「テア。ここで皆を見送りましょう」

 

 アストレアがテアの両肩に触れた。

 

「……っ」

 

 何故、皆わかってくれないのだろう。

 

 

 皆が出発した後、幾ばくかの時が経つ。

 うろうろとテアは獣のように行ったり来たりを繰り返す。

 

 どうして皆は耐えれているのだろう。

 立ち向かえるのだろう。

 

 こんなに痛くて痛くてたまらないのに。 

 世の中にはこんなに痛みが溢れているというのに。

 

 名前もなかった頃。

 痛みに叫ぶ事しか出来なかった自分とは大違いだ。

 

 それが正義というなのだろうか。

 リューはいつか自分だけの正義を見つけて欲しいと言ってくれた。

 

 夕日の中に浮かぶアーディの姿。

 

 ―――『正義』は巡る。

 

 そうだ。

 決してその言葉を忘れたくはない。

 そう言ってくれた彼女を失いたくはない。

 

 

「アストレア様」

 

 テアは声を掛けた。

 覚悟は決まっていた。

 

 後でどやされそうが、殴られようが、女装させられようが。

 決めたのだ。

 

「アストレア様。お願いです」

 

「なにかしら、テア?」

 

 アストレアはわかっていた様だ。

 こちらを向く視線は心の中を射抜かれる様で。

 自然とテアも激しい鼓動が落ち着いてきた。

 

「行かせてください。俺は、行かなきゃいけないんです」

 

 アストレアはゆっくりと目を伏せた。

 

「そう。……わかったわ。でも無茶だけはしないで。あの子達の事をお願いね」

 

「はい!」

 

 テアは頷き、飛び出した。

 アストレアはその背中を見送りた。

 

 

 

 場所はわかっていた。

 激しい戦闘の跡が残っている。

 

「やあああッ!」

 

 飛びかかってきた白ローブの敵を叩き伏せる。

 鍛錬成果だ。

 

 冒険者でない相手ならばテアは負ける事はないだろう。

 

「……この人も」

 

 違和感だらけだ。

 どうしてアーディと同じ様な痛みがあちこちに感じるのだろうか。

 

「皆っ……!」

 

 向かう先は最も痛みが強い場所だ。

 きっとそこにいる。

 

「テア!お前、そこで何やってる!」

 

 建物の上から声が聞こえた。

 ネーゼにテアは見つかってしまったのだ。

 

「誰かその子を捕まえて!」

 

 テアは捕まる前に走り抜けた。

 向かうは通路の奥底だ。

 

 

 

「ナイフを捨てて!戦っちゃダメだ!」

 

 アーディの声が聞こえた。

 その声を掛ける相手は少女で。

 テアは大きく息を吸い込んだ。

 

「やめろおおおぉっ!」

 

 叫び、少女に激突する。

 二人はそのまま揉みあったまま転がった。

 

「テア!?」

 

 この子にも痛みはある。

 その痛みほんの一瞬で驚くほど小さく、その理由が判らない。

 でもなんとか止めたくて。

 

「やめてっ…………神さま」

 

 テアは少女を羽交い締めにしようとして気付いた。

 その子が握っているものを。

 

 でも、それが何なのかは最後まで分かる事はなかった。

 

「――――――――――――――――!!!」

 

 

 爆発音が響き渡った。

 

「え……テ、ア」

 

 呆然とリューは呟いた。

 さっきまでテアと少女がいたその場所。

 

 全てが吹き飛んでしまっていた。

 何もかも。

 跡形もなく。

 

 

「うそ…………」

 

 駆け寄ろうとしていたアーディが呆然と呟いた。

 その手は飛び散ってきた血に濡れている。

 

 それが何なのか。

 理解が一向に果たされない。

 したくない。

 

「あのガキッ!邪魔しやがって!!」

 

 答えを持つのは首謀者。

 ヴァレッタは苛立たし気に声を上げた。

 

 アーディが膝から崩れ落ち、震える両手を抱き抱える。 

 

「いや……そんな、うそだ……」

 

 全員が同じ気持ちで呆然とする中

 ただ一人、ライラだけが立ち直り、声を張り上げた。

 

「逃げろッ!吹き飛ぶぞ!!」

 

 倒れ伏した敵兵が一斉に動き出す。

 最後のたったの一動作。

 

「まあいい!今だッ!やっちまえぇ!はははははははッ!!」

 

 純粋極まりない力が、冒険者を襲う。

  

「アーディ!今は立って!」

 

「貴様もだ!」

 

 アリーゼがアーディの肩を。

 輝夜がリューの首元を掴み上げた

 

「だって、あの子が……ッ!まだあそこに!」

 

 足はもつれ、前に進む事などできようもない。

 

 何度あの子の手に触れただろう。

 リューにだけ何故か懐いてきた少年。

 

 短い間ではあったけれど。

 寝食を共にし、語り合った。

 

 ―――守るべきはずだったその子がもういない。

 

「……っ」

 

 アリーゼも、輝夜もライラも同じ気持ちだった。

 それでも今は現実を受け入れ、動くしかない。

 

 心折れている時間など許されなかった。

 

「やっべぇ、崩れるぞ!!」

 

 爆発によって建物が崩壊し始めていた。

 

「―――全員、脱出しろッ!」

 

 シャクティが出口まで先導を開始する。

 

「……テア!どうして……ッ!」

 

 リューは、引きずられるようにして手を伸ばす。

 その姿を痛まし気にアーディが見て、視線を逸らした。

 

「……っ、私があの子を助けようとしたから」

 

 声にならない叫びはアーディの身体を鈍らせた。

 今はその一瞬が命取りにと繋がる。

 

 最後の爆発が連続して起こった。

 

「リオン!ごめんね……」

 

 間に合わないと悟ったアーディは、一歩リューに詰め寄る。

 それからその体を思いっきり押した。

 

 出口まであと僅か。

 

 リューは出口の外に、反動でアーディは一歩遅れた。

 そして、建物は崩壊し、最後に優しく微笑みを浮かべた少女を押しつぶす。

 

「あ……ああああああああッ!!」

 

 さっきまで後ろにいたアーディがそこにはいない。

 岩の隙間から少しづつ赤黒い血が滲み出てきている。

 

「アーディ……?」

 

 先頭で振り返ったシャクティが呆然と呟いた。

 

「ああ……あああぁぁ……」

 

 悲劇の連鎖は止まらない。

 そういう運命だったのだとばかり。

 

 

 

 

 ――だが、それは未だ絶望の始まりに過ぎなかった。

 

 都市に訪れるは破壊と殺戮。

 君臨する嘗ての二大派閥の亡霊。

 

 都市に幾つも並び立つ光柱。

 

 ―――その数は全部で()()

 

 恐怖と絶望がオラリオを包み込む。

 

 そして紡がれるは、絶対悪の宣言。

 

「滅べオラリオ―――我等こそが『絶対悪』!!」

 

 




なんでモチベってすぐ死んでしまうんでしょうね。

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