やはり仮想現実でも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:鮑旭

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第24話 笑う棺桶討伐戦

 気付けば、暦の上ではもう春に差し掛かっていた。

 冬至を越えて既に2ヶ月ほどだ。日の出の時間も徐々に早くなっていたが、さすがに午前4時前の現時刻ではまだ空は暗闇に覆われている。もっとも、今はダンジョンの中にいるためにそれを確認することは出来ないのだが。

 

 第49層。南の鉱山地帯。《スターリングヒル大空洞》

 回廊結晶によって現れた光り輝くゲートを通り抜けた俺は、硬い岩盤を踏みしめつつ周囲を見回した。ここはプレイヤーの間では《大空洞》という略称で呼ばれており、その名の通り鉱山内にも関わらず巨大な空間が広がっている。ダンジョン内は岩壁そのものが光を放っているようで、不自然なほどの明るさに包まれていた。

 普通山の中にこんな空間があったらすぐに崩落が起こりそうなものだが、そこはゲーム仕様である。細かいことを気にしてはいけないのだろう。

 また、ここは《浮遊石》という特殊な石が採れる鉱山――という設定で、ダンジョン内にもそれを利用したギミックが存在する。簡単に言えば浮かぶ足場だ。ダンジョン入口から先は切り立った崖のようになっていて、無数に漂う浮遊石を足場にしながら先へと進んで行くことになる。崖の下は底が見えないほどの落差で、落ちればおそらくゲームオーバーだ。

 幸い1つ1つの足場はそれなり大きく設計されていて、特にモブが沸く箇所などは基本的に20メートル四方以上の四角形の足場になっている。さすがに縁に手すりなどは用意されていないが、気を付けて立ち回れば落下することはまずないだろう。

 だが、それでも即死級のギミックというのはプレイヤーに相当な恐怖を与える。ダンジョンの位置的に攻略には関係なく、狩場としても別段おいしいわけではないので、プレイヤーたちが足を踏み入れることはほとんどなかった場所だ。故に、未踏のエリアがかなり存在する。

 

「大空洞か……。言われてみれば、隠れるのにここほど適した場所もないな」

 

 周りを眺めながら独り言ちる俺。隣に立つキリトも無言で相槌を打っていた。俺とキリトも、ここは第49層攻略当時に少し散策をしただけだ。他の攻略組の面々も似たようなものだろう。

 そうして俺たちが周囲を伺っているうちに、後ろのゲートからプレイヤーたちがぞろぞろと現れる。聖竜連合の面々に、エギル、それと彼が纏めるプレイヤーたちが続き、最後にゲートから現れたのは血盟騎士団の団員達だった。最後尾からヒースクリフがゲートを潜り抜けると、風が吹くような音をたててゲートは消えていった。

 今俺たちが立っているのはダンジョンの岩壁に出来た大きな横穴の中だ。テニスコート2面分程度の大きさがあるので、攻略組のフルメンバーが集結してもまだ多少余裕があった。

 

「全員、揃ったな」

 

 先頭を歩いていたハフナーが崖の縁を背にして振り返り、この場に集まった50名弱のプレイヤーたちに目を向ける。少しは察しがついている者もいるようだが、未だ何のために集められたのか理解していない大多数のプレイヤーたちは困惑の表情を浮かべていた。リーダー格のプレイヤー以外には、ただ遠征としか伝えていない。

 

「これから我々は、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のアジトへと奇襲を掛ける」

 

 ハフナーの突然のその言葉に、プレイヤーたちは騒然となった。しかしその混乱をねじ伏せるように、ハフナーはさらに声を張り上げる。

 

「先日、奴らのアジトがここ第49層の《大空洞》にあることがわかったのだ。犯罪行為に手を染め、自らを殺人(レッド)ギルドなどと名乗る奴らを、野放しにしておくことは出来ない。これは攻略組である我々の責務である。異議のあるものは居るか?」

 

 そう言って、ハフナーはプレイヤーたちの顔を見回す。集まったプレイヤーたちも少しずつ状況を理解し始め、動揺は次第に収まっていった。そして異議を唱える者は居なかったが、高圧的なハフナーの態度に不満を抱いたプレイヤーは多かったようで、特に血盟騎士団のメンバーたちは憮然とした表情を浮かべていた。それをフォローするように、ハフナーの隣へと進んだヒースクリフが口を開く。

 

「急な話で済まないと思っている。情報の漏えいを防ぐために、こういった形を取る他なかったのだ。諸君らの力を貸して欲しい」

「……私たちは従うだけです。団長はただ命じてくれればいい。なあ、みんな?」

 

 集合した血盟騎士団の中で先頭に立つ、顎ひげをもっさりと生やしたおっさんがそう答える。すると同意するようにその場の面々も頷き、ようやく場の空気が緩んだようだった。

 

「恩に着る。他の者たちはどうだね?」

 

 そうしてヒースクリフが未だ沈黙を保つ他のプレイヤーたちに水を向けると、ややあって彼らも首を縦に振ったのだった。

 さすがにここまで攻略を推し進めてきた歴戦の猛者たちだ。混乱はあったが、今さら殺人(レッド)プレイヤーに物怖じするものはいない。

 元より指揮系統などはしっかりと決められているので、その後はハフナーが中心となって奴らのアジトの位置の確認と、捕縛方法の確認などが行われた。最悪殺し合いになることも覚悟しておくように、とその場を締めくくり、ハフナーの先導で俺たちは笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のアジトへと向けて出発したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……妙な動きをした奴は居なかったな」

「ああ」

 

 列をなしてダンジョン内を進む攻略組。その最後尾で俺は呟き、キリトが頷く。

 笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のスパイが攻略組の中に紛れているのではないか、と俺はずっと警戒していたのだ。ジョーのような前例もある。それでも可能性は低いと考えていたが、万が一奇襲を悟られて逃げられてしまっては今までの苦労が水の泡だ。今も俺は最後尾から監視の目を光らせていた。そんな俺の視線に気付いたのか、キリトが諭すように口を開く。

 

「後はもう、なるようになるしかない。仲間ばっかり疑っててもしょうがないぞ?」

「癖みたいなもんなんだよ。ていうか、そもそもあいつら俺の仲間じゃないし」

「……なんか色々捻くれてるなぁ」

「うっせぇほっとけ」

 

 そんな軽口が叩ける程度には、気持ちには余裕があった。あるいは空元気のようなものなのかもしれないが、それでもないよりはましだ。しかしさすがに談笑するような雰囲気でもなかったので、その後俺たちは黙々と歩を進めていった。

 回廊結晶で登録した地点から、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のアジトまでは10分程度。大空洞には隠し通路や隠し部屋などが多く、奴らが根城にしているのは《忘れられた庵》と名のついた隠しエリアだ。セーフティゾーンではないそうだが建物がいくつかあるらしく、おそらく交代で見張りでも立てているのだろう。

 まずは2隊に分かれ、1隊は逃げられないように周囲を囲み、もう1隊は敵陣へと乗り込んで奴らへと打撃を与える手筈になっている。暢気に降伏勧告などから始めていては転移結晶で逃げられてしまう可能性があるからだ。ぶっつけ本番の作戦だが、そこは攻略組の実力でカバー出来るはずだ。

 ちなみに俺とキリトは先鋒組である。狭い室内での戦闘は長柄武器には少し不利だが、なんとかするしかない。幸いそう言った戦闘の経験がないわけではないし、キリトと一緒ならいくらでもやりようはある。

 

 脳内で作戦のシミュレーションをしつつ、周囲を警戒して歩くこと5分。目的地まではまだ少しあるはずだが、列の先頭の方からざわめきが起こった。俺とキリトが警戒心を引き上げつつ前方を伺うと、1人の小柄なプレイヤーがこちらに迫ってくるのが目に入る。

 

「敵か!?」

「ま、待ってくれ! 俺たちの仲間だ!」

 

 武器を構えようとするハフナーを制するように、キリトが前方へと走っていく。階段のように並ぶ浮遊石を駆けのぼり、たどり着いたのは一際巨大な浮遊石のエリアだ。30メートル四方ほどだろうか。途中の心許ない足場に若干ビビりつつも俺もそれに続き、列の先頭へと追い付く。

 

「ハチ! キー坊!」

 

 息を切らし、そこに現れたのはアルゴだった。こいつには笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のアジトの監視を頼んでおいたはずなのだが、何か異変があったのか、アジトへと向かう俺たちに気付いて接触を計ってきたようだ。アルゴは俺たちの目の前まで走り寄ると、深刻な表情で口早に話し始めた。

 

「どうにも奴らの動きが妙ダ。タブン、こっちの動きが読まれてル」

「……逃げられたのか?」

「いや、むしろあれは――フニャ!?」

 

 キリトと言葉を交わすアルゴ。話の途中で俺はその首根っこを掴み、思い切りこちらに抱き寄せた。アルゴが上げた奇声から一瞬遅れて、先ほどまでアルゴが立っていた場所にナイフが突き刺さる。

 

 ――くそっ。やられた。

 

 俺は内心でそう毒づいた。

 どこで悟られたのかは分からない。だが、完全に後手に回ってしまった。

 アルゴを左手で抱きかかえたまま、俺は周囲を見回す。

 

 左右の岩壁。先ほどまで何もなかったそこに出現していたのは、おそらく隠し通路だと思われる横穴だ。そしてそこからから這い出て来たのは、下卑た笑みを浮かべた大勢のオレンジプレイヤーたち。皆体のどこかに、 不気味に笑う棺桶のエンブレムがあしらわれていた。

 

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)!?」

「か、囲まれてるぞ!」

「何故だ!? 気付かれていたのか!?」

 

 攻略組に動揺が広がる。その間にも、移動する浮遊石のギミックで笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の連中が左右からこちらに近づいてきていた。想定よりも人数が多い。ざっと見ても俺たちと同数以上は居るだろう。各々、既に武器を構えて喊声をあげている。対話の余地がないだろうことは一瞬で見て取れた。

 

「狼狽えるな! 相手から出向いてくれたのならむしろ好都合だ。ここで一網打尽にするぞ!」

 

 タワーシールドと片手剣を構えたヒースクリフが檄を飛ばす。それによって浮足立っていたプレイヤーたちも少しは冷静になったようだった。

 そうだ。一番警戒していたのは、奴らとぶつかる前に逃げられることだったはずだ。予定とは違うが、ここで戦うのも悪い選択肢ではない。左右から挟まれる形になってしまったのは痛いが、いっそ乱戦に持ち込んでしまえば個々のステータスが勝るこちらが有利なはずだった。

 1つ息を吐き、心を落ち着ける。

 

「アルゴ、お前は転移結晶で街に戻れ。キリト、やれるな?」

「……ああ」

 

 アルゴを腕の中から解放しながら、キリトへと視線を向けた。頷くキリトは背中から剣を抜き、ゆっくりと正眼に構える。笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のけたたましい鬨の声に囲まれる中、その所作だけがひどく静かに見えた。

 

「……済まなイ。死ぬなヨ」

「任せとけ。自己保身に掛けては定評があるからな」

 

 珍しく殊勝な言葉を口にするアルゴにそう答え、俺も槍を手に取る。街へと転移するアルゴを背に、低く槍を構えた。

 

「総員戦闘準備! 向かってくるなら容赦はするな!」

「最低限パーティで纏まって戦え! 来るぞ!」

 

 ハフナーとヒースクリフの声が後方から響く。笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のプレイヤーたちが移動する浮遊石からこちらに飛び移ってきたのはそれとほぼ同時だった。

 普段の攻略では俺とキリトは基本的に余り物のパーティに組み込まれるのだが、今日はその限りではなく、2人だけのパーティだった。ボス戦などと違ってパーティ数の制限などがない為だ。

 まあ好き勝手動ける分、俺としては好都合だった。キリトとアスナの2人とならともかく、他人と足並みを合わせるのは苦手だ。

 

「キリト。先に突っ込む。カバー頼んだ」

 

 その言葉にキリトは目を見開いてこちらに視線を向けたが、返事も待たずに俺は駆け出した。

 おそらく、誰かが口火を切らなくてはならないのだ。奴らは人を殺すことに抵抗はないが、こちらはそうではない。しかし殺さずに、などと甘いことを言っていられる戦いにはならないだろう。追い詰められればこちらもいずれ容赦はなくなるだろうが、それまでに犠牲が出ないとも限らなかった。

 だが誰かが手を汚せば、自ずとそれに流される。「あいつがやっているんだから、自分も」と自分を正当化することが出来る。人とはそういうものだ。

 誰かがやらなければならない。ならば、それはきっと俺だ。この戦いが始まる前から、俺はそう決めていた。

 

 前方。突出して駆けている刀装備の男と、それに続くダガー装備の男が数人。いずれも粗末な装備品を身につけている。幹部の姿はこちらにはないようだった。

 この程度の連中相手になら、駆け引きなど必要ない。俺はソードスキルを発動し、ぶつかった瞬間上段に刀を構えた先頭の男を薙ぎ払った。

 振り上げられた両腕ごと、男の首が宙に舞う。ガラス片となって砕け散っていくその体を突っ切り、さらに後方のプレイヤーの頭を俺の槍が貫いた。数瞬のラグの後、光を放って砕け散る。

 

 これは、ゲーム攻略などではない。

 純粋な人と人との殺し合いの幕開けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血に酔うとは、今のようなことを言うのかもしれない。

 槍を振るいながら、何処か冷めた心でそんなことを考えていた。

 血の流れないこの世界でも、訪れる死と恐怖は本物だ。死臭に塗れたこの戦場で、冷静な判断を下せる人間がどれだけいることだろう。

 皆、死にもの狂いで剣を振るっていた。そこに慈悲はない。それはキリトやアスナも例外ではなかった。だが、それを誰が責められるのか。殺さなければ殺されるのだ。自分だけではなく、その仲間まで。

 

 戦場となった巨大な浮遊石の上は、敵味方入り混じっての乱戦になっている。俺とキリトはお互いの背中を守りながらその中を駆け回っていた。

 戦況はこちらが有利だ。これだけの乱戦になっていてもはっきりと見てとれるほどに攻略組が押している。だが、俺は内心焦っていた。

 敵の剣を弾きながら、周囲へと視線を走らせる。多くの笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のプレイヤーは、黒いポンチョを羽織っていた。故に個人の判別が付きづらいのだが、それでも俺は必死になってある人物を探していた。しかし、一向に見つけられない。

 PoHが居ないのだ。そのことが俺の心にじわじわと不安を抱かせた。赤目のザザとジョニーブラックらしき人物は遠目に確認出来たが、肝心のPoHはその影も感じられない。

 奴だけは絶対に逃がしてはならない。殺人プレイヤーの象徴であり、この不毛な争いの元凶であるあいつを排除することで、ようやくこの戦いが終わるのだ。

 何処かでこの戦場を眺めているのか。既に優勢になったこの場は他のプレイヤーに任せて、俺はPoHを探すべきなのではないか。

 戦況を眺めながら俺はそんな思いを巡らせる。刹那、首筋にひやりとしたものを感じ取り、咄嗟に身を伏せた。紙一重でナイフが頭上を通り過ぎる。間髪入れずに繰り出される追撃を槍の石突きで弾きながら、転がるように距離を取った。再び槍を構えながら視線を上げると、子供のように笑顔を浮かべるそいつと目が合う。

 

「ヒャハッ! ヘッドに聞いた通りだ! 良い反応しやがる!」

「……ジョニーブラックか」

 

 苦々しく呟く俺の視線の先。右手に持った鋭利なナイフをひらひらと遊ばせ、遠巻きにこちらを伺うのは笑う棺桶の幹部の1人、ジョニーブラックだった。乱戦の中でも要注意人物としてマークはしていたつもりだったのだが、いつの間にか接近を許してしまったようだ。

 幹部の登場に後方のキリトもこちらに意識を向けたが、今は他の敵を捌くので手一杯な様子だった。一対一で戦うつもりで、俺は槍を握り締める。しかし当のジョニーブラックはおどけた動作でこちらから更に距離を取った。

 

「おっと、お前とマトモにやり合うつもりはねぇよ。俺はヘッドからのメッセージを預かってきただけさ。『俺を殺したきゃ、1人で来い。ショーはミッドナイトに』だそうだ」

 

 そう言って、懐ろから取り出した一輪の花をこちらに投げる。血のような赤に、特徴的な捻れた花弁。地面に転がったその花に、俺は見覚えがあった。あれは確か――

 

「さぁて、そろそろ潮時か」

 

 一瞬別の思考に陥ってしまった意識を、俺は慌てて引き戻す。そしてジョニーブラックへと視線を戻すと、その左手には青いクリスタル――転移結晶が握られていた。

 

「まだまだ遊び足りねぇけど、捕まるのは御免だからな。また会おうぜハチ!」

「逃がすと思って――」

「ヒャハッ!!」

 

 ジョニーブラックは後退しながら、右手に持ったナイフを投擲した。俺を狙ってのものではない。青い軌道の先にあるのは、キリトの背中だ。

 瞬時にそれを悟り、ナイフを弾き飛ばす。腕に若干の痺れを感じながら、俺はすぐに前方のジョニーブラックを睨みつけた。そいつは頭陀袋のようなマスクの端から、にやけた表情を浮かべていた。

 

「甘ぇなァ! 転移、アブル――」

「逃がさないわよ!」

 

 ナイフを跳ね上げた体勢のまま前方を睨みつけていた俺の視界を横切って、颯爽と白い影が駆ける。

 恐ろしい速さでジョニーブラックへと肉薄したそれは、正確無比なレイピアの一撃で奴の持つ転移結晶を弾き飛ばした。次いでそのままの勢いで、その体へと無数の突きを浴びせる。ジョニーブラックはそれによってHPを大きく削られ、ノックバックを受けてダウンした。

 まさに《閃光》という通り名が相応しい。そんな惚れ惚れするような気持ちで、俺はその横顔を眺めていた。目の前に現れた栗色の髪の少女――アスナは、こんな殺伐とした戦いの中にあっても静謐な表情を湛えているように見えた。

 アスナの攻撃に続き、遅れて追いついた数名の血盟騎士団のプレイヤーがダウンするジョニーブラックを押さえつける。それを見下ろし、アスナは諭すように口を開いた。

 

「もう、降伏しなさい。これ以上は無意味よ」

「……ッ! クソがッ!!」

 

 悪態を吐くジョニーブラックを無視し、血盟騎士団のプレイヤーが専用のアイテムを使って手際よく拘束する。対犯罪者(オレンジ)プレイヤー用の拘束ロープで手足を縛れば、2時間は自由に動けなくなるのだ。

 気付けば、もう戦いも終わりへと差し掛かっていた。あたりを見渡せば、あれだけ大勢居た笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のプレイヤーたちが半数以下にまで減っている。既に無力化されている者も多く、残る敵も幹部であるジョニーブラックが負けたことで明らかに戦意を喪失していた。未だ激しく抵抗する者も、もう長くは保たないだろう。残る幹部のザザも、いつの間にかキリトを含む大勢のプレイヤーに囲まれていた。

 

「へッ! 偽善者ぶりやがって。気持ちワリィんだよ。テメェらだって一皮剥きゃあ俺らとなンも変わんないくせによォ!」

 

 押さえつけられたままのジョニーブラックが、アスナを恨みがましく睨みつけながら口を開いた。アスナは表情を変えず、相手を見下ろしている。

 

「……私たちは、貴方とは違うわ」

「一緒さァ! 気に入らねェヤツを殺したんだろ? 多いか、少ないかだけの差だ。可愛い顔してよォ……お前、今日何人殺したんだ?」

「――ッ」

 

 言葉に詰まるアスナを、ジョニーブラックがニヤついた顔で見上げる。

 血が、沸騰したような錯覚を覚えた。俺は辛うじて怒りを抑え、痛いほどに槍を握り締める。そして未だ何か口にしようとするジョニーブラックに歩み寄り、俺はその鼻先へと槍を突きつけた。

 

「黙れ。それ以上喋ったら首を飛ばす」

 

 その脅しが効いたのかどうかは分からない。しかしジョニーブラックは何故か楽しそうな笑みを浮かべた後、それ以上口を開くことはなかった。

 鳴り響いていた剣戟の音が、いつの間にか消えていた。攻略組の勝利である。しかし、勝鬨は上がらない。ハフナーとヒースクリフの指示の下、多くのプレイヤーは事後処理を黙々とこなしていた。

 

「ハチ君……」

「……今は、何も言うな。まだ終わってない」

 

 隣に立つアスナの顔を見ることが出来ず、俺はそう呟いた。

 この場でいくらでも耳触りのいい言葉を並べることは出来ただろう。だが、安い言葉で誤魔化したくはなかった。それに、まだ全てが終わったわけではない。この場は攻略組の勝利だが、大仕事が1つ残っている。

 地面に投げ出された、一輪の赤い花に目をやる。気障な男だ。

 

『ショーはミッドナイトに』

 

 PoHからのメッセージが頭に過った。いいだろう。受けて立ってやる。

 周りに悟られないように、赤い花をアイテムストレージに収納する。不意に、開いたシステムウィンドウの端の時刻表記が目に入った。

 午前4時16分。夜明けは、まだ先になりそうだった。


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