やはり仮想現実でも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:鮑旭

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第45話 宴会の片隅で

 風林火山のギルドホームが存在する第62層の気候設定は、現実世界の四季と連動している。今年ももう10月に入り、長く続いた残暑も秋の風に押し流されるようにしてようやく過ごしやすい時節となって来ていた。この数日は天気もよく、絶好の行楽日和である。

 

 そんなある日のギルドホームに併設された広大な牧場。家畜も居らず、普段はギルドメンバーの戦闘訓練くらいにしか使われていないこの場所だが、今はその一角に様々な料理が用意されたテーブルが並び、即席のパーティー会場となっていた。

 会場には既に多くのプレイヤーが集まっている。風林火山の面々に加え、シンカーやユリエール、月夜の黒猫団、サーシャさんやその保護下の子供たちの姿もあった。

 全員の視線の集まる先、会場の前方に設置された台の上には柄にもなく真面目な顔をしたクラインが立っている。右手にはビールらしき液体が並々と注がれたグラスが握られており、軽く一礼をしてから挨拶を始めた。

 

「えー、この度は皆さんお集まりいただきありがとうございます。本日はお日柄もよく……」

「うわっ、クラインが真面目な話してやがる! 気色悪ぃ!!」

「堅苦しい挨拶なんていらねぇんだよっ!」

「そうだそうだ引っ込めー!」

 

 クラインの言葉を遮って、集まっていたプレイヤーたち――主に風林火山の男たち――の野次が飛んだ。俺の隣に座っていたトウジも「今日は赤口なのであまりお日柄もよくないですしね」などと冷静に呟いている。

 

「うっせーな! オレだってたまにはビシッと決めることもあんだよ! ……あー、もういい!」

 

 先ほどの真面目な雰囲気は何処へ行ったのか、ガシガシと頭を掻いたクラインは開き直るようにいつもの口調で話を始める。

 

「あー、今日はユキノさんとアスナの歓送迎会やらハチの快気祝いやらをまとめたパーティってことで、みんな楽しんでいってくれ。ホントはちゃんと別々にやりたかったんだけどよ、時間と予算の関係でまとめてってことになっちまった。勘弁な」

 

 言って、クラインは本日の宴席の主役である雪ノ下、アスナ、そして俺、比企谷八幡が並ぶテーブルへと視線を移した。

 クラインの言う通り、今日のパーティは2人の歓送迎会やら俺の快気祝いやらを兼ねた催しである。ダンジョン《虚ろの九天》を攻略してからの数日間、その疲労からずっと寝込んでいた俺だったが、先日ようやく槍を持って戦えるまでに回復した。そんな俺の快気祝いも兼ねているという話だが、まあ正直なところそれはおそらくオマケ扱いだろう。メインは雪ノ下とアスナの歓送迎会である。

 

 先日、正式に風林火山へと加入することとなった雪ノ下のことについては今さら補足することもない。今日のパーティにシンカーとユリエールが出席しているところを見るに、本当に《軍》からの脱退についてはなんの問題もないのだろう。

 対して、アスナはしばらく籍を置いていた風林火山から離れ、血盟騎士団へと戻ることになっている。始めから一時的に休養を取るためという名目でうちのギルドに預けられていたので、その期限がやって来たというだけだ。

 

 歓迎会と送迎会を同時にやるのってどうなの? と少し思わなくもないが、クラインの言っていた通りそこは時間と予算の関係でやむを得ずといったところである。娯楽の少ないこのSAOの世界では何かと理由を付けて宴会が開かれることが多いのだが、うちのギルドに至ってはあまり自由に使える金も時間もないのでそう頻繁にこういった席が設けれられることはない。

 

 その辺りのことをよく理解している雪ノ下とアスナの2人は、申し訳なさそうに頭を下げるクラインを見て首を横に振った。

 

「いえ、風林火山の皆さんがご多忙なのは承知していますから。むしろお忙しい中こういった席を用意して下さってありがとうございます」

「うん。私も、ここにいる間にもう随分よくしてもらったし……ありがとうね」

「ああ、そう言ってもらえると助かるぜ」

 

 2人のフォローに表情を軽くしたクラインが、気を取り直して右手のグラスを高々と掲げる。

 

「じゃあそろそろ始めるか! みんな、グラスは持ってんな? じゃあ、カンパーイ!」

 

 クラインの声に応じるように、プレイヤーたちがグラスを掲げて声を上げる。そうして風林火山主催の立食パーティーが始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――人の中にいるときには孤独を感じるが、自然の中を歩くときは寂しいとは思わない。

 

 ある海外の作家が残した言葉である。これはぼっちの真理を的確に表している格言だと俺は思う。人の中にあってこそ、ぼっちはぼっちたりえるのである。

 

 危機的な状況を除き、周囲に誰もいない環境を心細いと感じるのは未成熟な子供だけだ。多くの人は1人で過ごせる時間こそを安らぎと感じているだろうし、それでなくともどんな人間にも1人になりたい時というのは存在するものである。仕事の昼休憩などは1人で過ごしたほうがストレス値が下がるとテレビで偉い人も言っていたし、これはつまり多くのぼっちが行っている便所飯というのは医学的に見ても非常に理にかなった行為だということ……かもしれない。

 

 まあそんなわけで1人で過ごす時間というのは決して悪いものではないし、それを孤独とは呼ばない。真の意味での孤独とはもっと社会的で抽象的な孤立である。人の中にあり、そして相容れぬ他者と対面してこそ、人は本質的には自分が独りであるということを思い知らされるのだ――と、小難しい言葉を並びたててはみたものの、今ここで俺が言いたいことは至極単純だったりする。

 

「……帰りたい」

 

 パーティ会場の端っこで身を縮こまらせながら、俺はため息交じりに呟いた。

 少し考えればわかることだったのだ。青空の下で立食パーティーなんて言うリア充を絵に描いたようなイベントに、俺が馴染めるはずもないということに。

 別に誰が悪いということでもない。自然と人の輪から外れてしまうからぼっちはぼっちと呼ばれるのである。この世界で過ごして多少マシになったとは言え、未だぼっちを自称する俺も例に漏れず人の輪から外れていた。

 

 パーティー会場の端っこで1人寂しくチビチビとグラスを傾ける俺はまさに壁の花……いや、雑草か。そもそも適当な野外会場だから壁も何もないんだけど。なんてくだらない思考で暇を潰しながら、ただただ時が過ぎるのを待つ。

 余りの手持ち無沙汰にシステムウインドウを開いてみるが、そこに表示された時間を見るとまだパーティーが始まってから10分ほどしか経っていなかった。マジかよ……体感じゃもう1時間以上1人で突っ立ってた気がするんだけど……。

 

 そうして打ちひしがれる俺の足元に、不意に影が差す。顔を上げると、もう随分と見慣れた童顔の少年、キリトと視線が合った。キリトは手に掴んだ鶏肉をもっしゃもっしゃと咀嚼した後に飲み下し、こちらに声を掛ける。

 

「辛気臭い顔してるな、ハチ。食わないのか?」

「いや、なんかあっち人多いし……」

「何言ってんだ。みんな今さら知らない仲じゃないだろ」

 

 キリトが呆れたような目でこちらを見る。いや、確かにその通りなんだけど、それはギルドでの事務的な付き合いがほとんどだし、俺が個人的に話が出来るかどうかはまた別問題というか。自分、仕事とプライベートは分けるタイプなんで……。

 まあそれとはまた別に、俺には人混みを避けている理由があった。今少し会いたくない相手と言うか、気まずくて顔を合わせたくない相手がいるのだ。先日ちょっとした事件が起こり、以来俺はその人物との接触を避けている。

 そんなことを考える俺の後ろから、不意に大きなため息の音が響いた。

 

「あなた、よくそんな調子でギルドになんて入れたわよね」

「あ、ユキノさん」

「――ぶふっ!?」

 

 ちょうど今頭に思い浮かべていた人物がそこに現れ、驚いた俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

 振り返ると、いつの間にか俺のすぐ後ろに立っていた雪ノ下雪乃と目が合う。俺は気まずさからすぐに目を泳がせたが、対する雪ノ下は特に思うところもなさそうで真っ直ぐにこちらを見つめたまま再び口を開いた。

 

「あなたが好きそうなものをいくつか見繕ってきたわよ。食べる?」

「え? あ、お、おう?」

 

 差し出されたプレートには、確かに俺の好きなものが盛られていた。まさか俺のために取ってきてくれたのかという驚きと、子供舌で割と分かりやすい好みをしているとは言え、あの雪ノ下が俺の好物を把握しているという事実に、俺は戸惑いを隠せなかった。

 

「何を驚いているの? 私、こう見えて好きな相手には案外尽くすタイプなのよ」

「え、好きってどういう……」

「ちょっ、おま……!? こっちこい!」

 

 恐ろしいことを口走った雪ノ下に、キリトが反応する。しかし俺はそれを振り切って雪ノ下をその場から連れ出したのだった。

 パーティの人の群れからさらに離れ、人気のない場所で雪ノ下と向かい合う。俺の恨みがましい目線に気付いたのか、こちらが文句を言う前に雪ノ下が口を開いた。

 

「別に隠すようなことでもないでしょう」

「お前ってそんな男らしい奴だったっけ……」

「そう言うあなたは女々しいわよね。そんなところも嫌いじゃないけれど」

「……」

 

 ずけずけと物を言う彼女に圧倒され、閉口してしまう。べ、別に照れてるわけじゃねぇし……。

 

「まああなたが知られたくないというのならなるべく黙っておくわ。私もあえて言い触らそうとは思わないし」

「……ああ、そうしといてくれ。俺の精神衛生のために」

 

 一拍の間を置いて、そう返すのが精一杯だった。妙な疲労感にため息を吐きそうになったが、一息いれる間も無く遠くのクラインがこちらを呼ぶ声が届く。

 

「うぉい! なに2人でイチャイチャしてんだよ! オレも混ぜろー!!」

 

 普段からうざいほどのテンションで絡んでくるクラインだが、今日はそれにさらに輪をかけて喧しい。あいつ、早速酔ってやがるな……。

 先ほどとはまた違う意味でげんなりとしつつ、俺は今度こそ大きくため息を吐いた。

 

「じゃあ、戻りましょうか」

「……ああ」

 

 頷いて、踵を返す。雪ノ下の柔らかい眼差しから目を逸らしながら、どうしてこうなってしまったのかと、俺は先日の出来事について想いを馳せていた。

 俺たちの関係を決定的に変えてしまった、あの日のやり取りを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、あなたのこと好きみたい」

 

 ギルドホームのダイニング。雪ノ下が風林火山へと加入することを告げたその日、そのまま彼女は衝撃の言葉を口にした。

 空になった食器を持って席を立とうとしていた俺は、妙な体勢のまま身体が固まってしまう。対面に座る雪ノ下の頰は、仄かに赤く染まっていた。沈黙の中、お盆を持つ手が震え、乗せられた食器がカチャリと音を鳴らす。

 

「一応誤解のないように言っておくけれど、異性として、という意味よ。多分、ずっと前から惹かれていたのよ。似た者同士だと思っていたはずのあなたが、私にはないものを沢山持っていたから……。あなた自身は気付きもしなかったでしょうけど」

 

 呆気に取られたまま、話を聞いていた。ぽかりと口を開けたまま硬直する俺は雪ノ下の目には相当間抜けに映っただろうが、彼女はちらりと俺の目を見たかと思うと、恥じらうように目を伏せるだけだった。……え、なに、この可愛い生き物。

 多分、雪ノ下もいっぱいいっぱいなのだろう。そう思い至ると、少しだけ気が落ち着いてきた。そうして多少冷えた頭で、ゆっくりとこの状況について考える。

 

 ――私、あなたのこと好きみたい。

 

 耳から離れない、雪ノ下の言葉。

 何かの間違いだろう、と思った。俺と、あの雪ノ下雪乃である。釣り合いが取れるはずもなかった。

 彼女の言葉を疑おうというわけではない。罰ゲームか何かで嘘告白なんて、あの雪ノ下がやるはずもないことは俺もよく分かっている。雪ノ下は俺が信用できる数少ない人間だった。

 だが、それでも。

 

 ――それでも俺は、恋愛というものを信じることができない。

 

「……安心して。別にあなたの返事が欲しいわけじゃないの。少なくとも今は」

 

 深い思考の渦に沈みかけた俺を、雪ノ下の声が引き戻した。顔を上げると、彼女は何かを諦めたような表情でこちらを見つめていた。

 

「あなたの言いそうなことくらい予想がつくもの。どうせ吊り橋理論だとか、一時の気の迷いだとか言って認めないつもりでしょう?」

 

 否定の言葉は、出てこなかった。

 むしろこのタイミングでそれを疑うなという方が難しい。先日のキバオウによるポータルPK事件、その危機から脱した安心感と高揚感、それを俺への好意と勘違いしてもおかしくない。嘘や虚言を嫌う雪ノ下にも、思い違いはある。

 吊り橋理論、ゲレンデマジック、その類の現象だ。よしんばそうでなかったとしても、既に2年近くもSAOに閉じ込められているというこの異常な状況下で、こと恋愛という繊細な問題に対し今の俺たちが正しい答えを出せるとは思えなかった。

 

「私は一時の熱に浮かされているわけでも、感謝と好意を混同しているわけでもないわ――なんて口で言っても、あなたは納得出来ないのでしょうね」

 

 言って、雪ノ下は目を伏せて立ち上がった。右手で髪を耳に掛け、その場で姿勢を正した彼女はやがていつも通りの凛とした視線をこちらに向けた。

 

「だから、今は返事はいらないわ。これも現実世界に帰ってから、また落ち着いて話をしましょう」

「え、あ、ああ」

 

 有無を言わさぬ雰囲気の雪ノ下に圧倒され、頷いた。

 しばらくこちらを見つめていた雪ノ下は、やがて空気を変えるように1つ息を吐くと、呆然と立ち尽くす俺の横へと歩み寄り「私が片付けるわ」と口にして食器の乗ったお盆を手に取った。そして彼女は自分の使っていたティーカップもその上に乗せると、そのままこちらに背を向けて厨房へと向かって行ってしまう。

 

「ああ、でも」

 

 しかし何か思い出したように声を上げて、雪ノ下は扉の前で立ち止まった。ゆっくりとこちらに振り返りながら、言葉を続ける。

 

「ここに居る間、もう何もしないというわけではないわよ」

 

 瞬間、目が合った雪ノ下が笑みを浮かべる。その笑みは好戦的で、嗜虐的で――それでいて、蠱惑的な妖しさを纏っていた。

 

「私がどれだけあなたのことを好きなのか……。嫌と言うほど、分からせてあげるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ハチ君と何かあったんですか?」

 

 宴もたけなわを過ぎ、人もまばらになったパーティー会場。そんな中、アスナは周囲に人の居なくなったタイミングを見計らってユキノに問いかけた。

 以前から気になっていたことである。最近、ユキノに対するハチの態度は明らかに妙だった。ダンジョンからユキノを救い出した直後は2人とも普通に言葉を交わしていた覚えがあるので、それ以降に何かがあったのは確実だとアスナは思っていた。

 

 そうは気付いても、普段のアスナならば不用意に他人のプライベートに踏み込むような質問はしなかっただろう。ユキノとはそれほど親しい間柄というわけでもない。

 それでも今日この問いを口にしてしまったのは、嫉妬や焦燥、自身の心の底に巣くうそんな仄暗い感情を理解しているからだった。そんなものを1人で抱え続けるよりは、正面からぶつかってしまった方がよい。ギルド異動のごたつきのせいでしばらくユキノと話す機会に恵まれなかったが、このパーティならばどこかでタイミングがあるだろうとアスナは意気込んでいたのだった。

 

 そうして前々から胸に秘めていた彼女の問いかけに、しかしユキノはとぼけるように首を傾げた。内心しっかりと心当たりはあったが、つい先ほどハチに釘を刺されたばかりである。嘘を吐くつもりはないが、べらべらと聞かれたこと全てに正直に答える気もなかった。

 

「何かって?」

「いえ、なんだかハチ君、最近ユキノさんに対してよそよそしい気がして……。ごめんなさい、こんなこと聞いて」

「別に構わないわ。けど、よく見てるのね。彼のこと」

「い、いえ、そんな……」

 

 アスナは否定するように手を振って、気恥ずかしげに目を伏せた。その様子を見ていたユキノは腕を組み、思案する。ただの好奇心で聞いているわけではないということは明確だった。そんなアスナの態度に思うところのあったユキノは、ややあってぼそりと呟くように口を開いた。

 

「そうね……。あなたには話しておくべきなのかもしれないわ。この世界で、彼と一緒に死線を潜り抜けてきたあなたには」

「え? えっと、それはどういう……?」

 

 言葉の意図を汲み取れずに聞き返すアスナに、ユキノは真っ直ぐな視線を向ける。

 

「私、この間彼に告白したの」

「ええっ!?」

 

 アスナの上げた大声に、一瞬だけ周囲の注目が集まった。周りの視線に気付いたアスナは恥ずかしさに顔を伏せて沈黙したが、やがてほとぼりが冷めた頃に軽く息を吐き、今度は声を潜めて問いかける。

 

「あ、あの……それじゃあ今、2人は付き合っていたりするんですか……?」

「いいえ、返事は保留して貰っているわ」

 

 ユキノの返事に、アスナは知らずほっと息をつく。そして同時に、最近のハチが挙動不審だった理由にも納得がいった。同性のアスナから見ても魅力的であるユキノという少女にアプローチをかけられては、ただでさえコミュニケーション能力が高いとは言えないハチがたじたじになってしまうのは仕方のないことだろう。

 

「大方、あの男のことだから恋愛に関して何かトラウマでもあるのでしょう。人の好意を真っ直ぐに受け入れることが出来ないのよ。この世界に来てから多少はマシになったみたいだけど……友人としてならともかく、恋愛関係となると彼の中ではまだまだハードルが高いみたい」

「な、なるほど……。確かに、ユキノさんが言っていること、わかる気がします」

 

 ハチと信頼関係を築くこと、その難しさを身をもって理解しているアスナにとって、ユキノの言葉はすとんと腑に落ちた。ハチとの関係は、今でこそ共に戦う仲間というポジションに落ち着いているが、ここまでも紆余曲折を経てようやくたどり着いたのだ。さらに恋愛関係に発展させるなど、一筋縄ではいかないことは容易に想像がついた。

 

「彼はきっと、好きという感情を理屈で理解したいのよ。理解して、証明して、勘違いでも偽りでもないと確信して、前に進みたいの。けど、恋愛感情ってそういうものじゃないでしょう? 言葉を尽くすことは出来ても、それで理解出来るのはほんの上辺だけ。本質は伝わらないわ。彼でなければならない理由なんて、私の心の中にしかないのだから」

 

 常に凛とした雰囲気を纏った、隙のない女性。ユキノに対してそんなイメージを持っていたアスナは、物憂げな表情で胸に手を当てる彼女を見てハッとした。今アスナの眼に映っているのは、恋に悩むひとりの少女だった。

 

「言葉以上に彼の心を揺さぶる何か……きっと、それが必要なのよ。けど、今の私では彼の心に届かないわ。だから、ゆっくりと攻めて行くことにしたの」

 

 先日のダンジョンでの一件から、ハチがユキノを大切に思っていることは間違いなかった。そんな彼女の言葉ですら、まだ彼には届かない。

 では、自分はどうなのだろう。この気持ちは彼に伝わるのだろうか。考えても、アスナにはわかるはずもなかった。

 

「本当、面倒な男よね。性根も眼も腐ってるし、シスコンだし、根暗だし、オタクだし、未だに専業主父になりたいだなんだと戯けたことをぬかしているし……。時々、あんな男に付き合っている自分が虚しくなるわ」

「ほ、本当にハチ君のこと、好きなんですか……?」

 

 散々な言い草に、ついアスナは尋ねてしまった。普段はアスナ自身大概な言い草でハチを罵っているが、こうして人の口から聞くと思うところはある。

 しかし対するユキノは全く迷いを見せることなく頷いた。

 

「ええ、これが惚れた弱みというやつなのかしら。もうどうしようもないくらい、彼のことが好きなのよ」

 

 恥ずかしげもなく言い切るユキノに、アスナは面を食らって押し黙る。そんな彼女に畳み掛けるように、ユキノは真っ直ぐな視線を向けて言葉を続けた。

 

「多分……あなたが彼を想う気持ちに、負けないくらいにね」


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