やはり仮想現実でも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:鮑旭

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第2話 鬱屈

 ――ねえ、あなた。どうして私の名前がわかったの?

 

 夢を見る。彼女の記憶を。

 

 ――その……お前っていうの、やめて。……アスナって呼んで

 

 誰よりも真っ直ぐで、あの死の世界を鮮烈に駆け抜けて行った彼女の記憶。

 

 ――もっと私たちを頼ってくれてもいいんじゃない? 仲間でしょ?

 ――ありがとう。ハチ君の言葉、嬉しかった。それだけで、私は頑張れるから

 

 彼女の側に立つに足る、そんな男になりたくて。

 

 ――じゃあさ、ハチ君。1つ、約束しない?

 ――現実世界に帰れたら……また、あっちで会いましょう。それから初めましてって言って、自己紹介するの

 

 彼女と交わした、その約束を守りたくて。その気持ちは、間違いなく偽りないもので。

 なのに、あの時、俺は。

 

 ――好き

 ――好きなの、ハチくんのことが。だから……

 ――死なないで

 

 何も、出来なかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、何か昨日の夜うなされてなかった?」

 

 リビングで少し遅めの朝食を取っていた時のことである。向かいの席に座る小町が、そんなことを尋ねたのだった。

 部屋の隅では石油ファンヒーターがごうごうと音を立てて熱風を吐き出していたが、それでも室内はまだ薄ら寒い。俺は温かいみそ汁を啜りながら、モコモコといかにも暖かそうなカーキ色のパーカーに身を包む我が妹に目をやった。そして口の中のものをゆっくりと飲み込み、惚けた表情を作る。

 

「ん? さあ、自分じゃよくわからんけど……。悪い、うるさかったか?」

「んーん。そう言うんじゃないけど……。最近、ちゃんと寝れてる?」

「別に、いつも通りだよ」

「ふーん……」

 

 端的に答えて、箸を進める。小町は腑に落ちない様子でじっとこちらを見つめていたが、俺はそれについてこれ以上言葉を重ねることはしなかった。

 

「……げ、もうこんな時間か。もう出るわ。昼は外で食ってくるから」

「あ、うん。いってらっしゃい」

 

 茶碗の飯を一気に掻きこみ、席を立つ。手早く食器を片付けて身支度を整えた俺は、逃げるように家を後にしたのだった。

 

 1月も下旬。もう2月に差し掛かろうかという時期だった。

 玄関を出た俺は雲一つない空を仰ぎ、肌を刺す冷たい風に煽られてすぐに身を縮こまらせる。何重にも巻いたマフラーに首を埋め、足早に駅へと向かって歩き出した。

 

 小町には、詳しいことは話していなかった。話しても気を遣わせるだけだろう。だから、極力その話題は避けていた。

 あの世界で、かつて共に戦ったアスナという名の少女が居たこと。

 そして彼女が、未だに目を覚まさないという事実を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれはSAOクリアから1ヶ月ほどがたった頃。未だ入院中の俺の病室に、キリトが訪れたのだ。既に当面のリハビリを終えて、つい先日退院したのだという。

 キリトは自らを桐ヶ谷和人と名乗った。再会を喜び合いながら自己紹介を交わすという奇妙な体験を経て、互いの近況などを報告する。話が尽きることなどなかったが、始終キリトの表情にはどこか陰があった。

 それについて俺が訝しんでいると、やがてキリトは1つため息をついて口を開いた。

 

「……その様子じゃあ、まだ知らないんだな」

「ん? 何がだ?」

「アスナが目を覚ましていないらしいんだ」

「は?」

 

 キリトの言葉が飲み込めず、俺は呆けた声を上げた。キリトは目を伏せ、悲痛な表情で言葉を続ける。

 

「《300人の未帰還者》の話は聞いてるだろ? その中に、アスナも居るんだ」

 

 300人の未帰還者――そうだ、そんな言葉を聞いた覚えがある。しかしそれはSAOクリア直後のことで、サーバーの処理にともなうタイムラグだろうと誰かが言っていた。だから、さほど重要なことでもないだろうと、その情報はいつしか俺の頭の中から抜け落ちていた。

 しかし、それは間違いだったということなのか。既にSAOクリアからは1ヶ月ほどが経つ。それだけの時間が経ってもまだ目を覚まさないなど、明らかな異常事態だった。

 

「ゲームクリアのすぐ後、俺のところにSAO事件対策本部の捜査員が来た。俺はその男と取引して、SAO内部の情報を提供する代わりに、皆の情報を貰ったんだ。ハチに、アスナに、クラインに、トウジに、まあギルドメンバーは大体だな。それで、アスナだけまだ目を覚ましてないことを知った」

 

 間の抜けた表情で、俺はキリトの話を聞いていた。300人の未帰還者。未だ眠り続けるアスナ。徐々に、事態が飲み込めてきた。同時に頭から血の気が引いてゆく。

 まさか、と思った。

 キリトによれば、俺たちの中で目を覚ましていないのはアスナだけだと言う。ならば、その原因はなんだ。1つだけ、思い当たることがあった。ゲームクリアのあの瞬間、あの状況。

 彼女の姿が、脳裏に過る。乱れた栗色の髪。儚げな瞳。俺の頬をなぞる、冷たい指先。そして、俺の腕の中、砕けて散ってゆく彼女の身体。

 

「まさか、あの時、俺を庇ったせいで――」

「それは違う」

 

 はっとして、顔を上げる。いつの間にか、キリトの力強い手が俺の腕を掴んでいた。その時、俺は初めて自分の身体が震えていることに気付いた。

 

「未帰還者は300人もいるんだ。SAOがクリアされたあの瞬間、その全員がアスナと同じ状況になったとは考えられない。だから、それとこれとは別問題だ」

「でも――」

「ハチのせいじゃない。だから、変なことは考えるな」

 

 キリトの言葉に、反論することは出来なかった。理屈は通っているのだ。300人ものプレイヤーが、SAOクリア目前のあの瞬間にゲームオーバーになったとは考えづらい。それは分かる。しかし、1度生まれてしまった疑念は俺の胸の内に留まり続けた。

 あの瞬間のゲームオーバーによって、アスナのログアウトに何らかの不具合が生じてしまったのではないか、と。

 それは、つまり、俺のせいだ。

 

「未帰還者の件については、SAO事件対策本部がちゃんと捜査してくれてる。俺の方でも、出来る限り調べてみるつもりだ。だから、ハチはひとまず自分のことに専念してくれ。リハビリを終わらせて、退院して、全部はそこからだ」

「ああ……」

 

 気遣わし気なキリトの視線を感じた。俺は、力ない頷きを返すことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ」

「おう」

 

 小町から逃げるように、家を出た後。

 駅前で待ち合わせていた俺とキリトは、顔を合わすなり雑な挨拶を交わし合った。自転車を押すキリトと並んで歩き、人通りが少ない場所まで出てから2人乗りで目的地まで向かう。

 

「たまにはハチが前で漕げよ!」

「悪いな、俺の後ろは小町専用なんだ」

「……色々言いたいことはあるけど、とりあえずそろそろ妹離れしろ」

 

 そんないつものやり取りを交わしながら、俺たち2人を乗せた自転車は進んで行く。

 目的地は埼玉県所沢市、郊外に建つ総合病院だ。その最上階にある病室で、アスナは今も静かに眠り続けている。

 俺とキリトは、こうして連れだってよく彼女の見舞いに訪れていた。俺が病院に行ったところで、何が出来る訳でもない。それは良く理解していた。それでも、何かしなければならないという焦りだけがあった。

 15分ほどキリトが自転車をこぎ続けると、目的の総合病院に到着する。見舞いの手続きなどは慣れたもので、もはやキリトとは顔見知りになったらしい守衛のおっちゃんからカードキーを受け取って――多分俺の顔は覚えられていない――病室に向かった。

 しかし病院の廊下を一歩一歩進むにつれて、俺は自分の足が段々と重くなってゆくのを感じていた。世界が色をなくしていくような、深い水の底に沈んで行くような、そんな感覚が体を支配する。

 やがて《結城 明日奈》と表記されたプレートの前に立つ頃には、両足は地面に張り付いてしまったように、それ以上先に進むことは出来なくなってしまった。眩暈と共に、嘔吐感が襲ってくる。

 

「……悪い。桐ヶ谷、やっぱり……」

「ああ。わかった。無理はしなくていい。ロビーまで付き添うか?」

「いや、いい。大丈夫だ」

 

 そこで俺は踵を返し、キリトと別れたのだった。必死に吐き気を堪えながら、ノロノロと病院の廊下を歩く。

 見舞いに訪れたものの、アスナの病室に入ることも出来ず、引き返す。このところ、俺はずっとそんなことを繰り返していた。彼女の病室の前に立つと、もうそれ以上先に進むことが出来なくなってしまうのだ。

 1度だけ、病室の中まで入ったことはある。初めてここを訪れた時のことだ。あの時は、悲惨だった。静かに眠るアスナを視界に収めた瞬間、俺はその場に嘔吐し、過呼吸に陥った。

 医者からはPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。それ以来、治療としてカウンセリングは受けているものの、結局彼女の病室に足を踏み入れることは出来ないでいる。

 我ながら、貧弱だと思う。

 アスナと向き合うことが出来ないのだ。

 

 彼女を見ると考えてしまう。

 もしあの時、アスナがゲームオーバーにならなければ。

 もしあの時、俺があと5秒でも長く耐えることが出来ていれば。

 もしあの時、アスナが俺を庇わなければ。

 もしあの時、アスナではなく――俺が、死んでいれば。

 

 そうすれば、アスナは無事に現実へと帰還を果たしていたのではないか。

 家族と再会し、今頃は穏やかな日常を取り戻していたのではないか。

 あの病室に眠り続けていたのは俺で、アスナは家族や友人と幸せな日々を過ごしていたのではないのか。あの、花の咲くような笑みを浮かべて。

 

 その全てを、奪った。俺が。

 

 いや、違う。俺じゃない。キリトも言っていたじゃないか。あの時のことは、未帰還者たちとは関係ないと。

 けど、本当に? 本当に関係ないのか。未だ原因はわからないという話だ。ならば、俺のせいだという可能性も、否定出来ないんじゃないのか。

 1度そう考えてしまえば、もはや思考の渦から逃れることは出来なかった。

 

「おや、確か君は」

「あ……」

 

 声を掛けられ 我に返った。エレベーターの前、鉢合わせたのは見覚えのある初老の男性だった。

 素人目にも価値が分かる、仕立ての良いブラウンのスーツ。オールバックにした頭髪には白いものが多く混じっていたが、精悍な顔つきには如何にもやり手と言った精力が満ちていた。

 アスナの父親である。似ている、というほどでもないのだが、どことなく品のある目鼻立ちに、彼女との血のつながりが感じられた。

 この人とは、キリトと一緒に何度か面識があった。レクトとかいう電子機器メーカーの社長らしく、自己紹介された時は隣でキリトが非常に驚いていたのを覚えている。レクトと言えば、そっち方面にあまり詳しくない俺でも名前くらいは聞いたことのある大手企業だ。

 

「比企谷君、だったね。またお見舞いに来てくれたのか。娘も喜ぶよ」

「あ、いえ……はい」

 

 俺は曖昧に頷いた。実際には病室にも入れず、こうして引き返して来ている。しかし、わざわざそれを説明する気にもなれなかった。

 

「社長、比企谷君というと、彼が?」

 

 不意に、割り込むように声が響いた。そちらに視線を向けると、アスナの父親の後ろ、秘書のように控える1人の男が目に入る。

 長身痩躯にダークグレーのスーツ。やや面長の顔に、高そうなフレームレスの眼鏡を掛けている。薄いレンズの向こうに覗く瞳は、糸のように細かった。

 

「ああ、君とは初めてだったか。紹介しよう。比企谷君、彼はうちの研究所で主任をしている須郷君だ」

「よろしく、須郷伸之です。君が、あの風林火山のハチ君か」

「……比企谷八幡です」

 

 差し出された手を握りながら、軽く頭を下げる。

 一見、人の良さそうな男だった。顔に張り付けたような笑みは何処か胡散臭さも覚えるが、まあ俺には関係のないことだ。今後、この男と深く関わることなどないだろう。

 《風林火山のハチ》という言葉には苦い思いが過ったが、聞き流した。本来SAOの内部事情は口外禁止ということになっていて、当然俺のことを知っている人間もそう多くないはずだった。それを知っているということは、この男も関係者ということなのだろう。

 SAO事件当時、レクトという会社はサーバーの維持を委託されたり、事件解決のために捜査に協力したという話を聞いている。そこの会社の研究所主任というのなら、SAO内部のことを知っていても不思議ではなかった。

 

「私たちは今から娘の病室に行くつもりだが……比企谷君は、帰るところかね?」

「はい。桐ヶ谷は、まだ病室にいると思いますけど」

「桐ヶ谷君……キリト君か。SAOを終わらせた英雄2人に立て続けに会えるなんて、今日は運が良いな」

 

 俺は、英雄なんかじゃない。

 須郷が口にした言葉に咄嗟にそう返しそうになり、堪えた。ここで口を出したところで、意味のないことだ。

 

「……じゃあ、俺は先に失礼します」

「ああ。引き止めて悪かったね」

「またね、比企谷君。機会があれば、君の武勇伝も聞かせてくれ」

 

 にこやかな顔で、須郷は軽く手を振った。俺は会釈をして、エレベーターに乗り込む。

 最後の言葉。須郷という男の、あの視線。俺を持ち上げる言動とは裏腹に、その目には俺を蔑むような、侮るような、そんな意識が見て取れた。

 あの男とはもう関わりたくないな。そう毒づき、下ってゆくエレベーターの中、俺は1人ため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院のロビーでマッ缶を啜りながら、人の流れをぼんやりと眺めていた。黄緑色のフェイクレザーのソファに浅く腰掛け、項垂れるように脱力する。

 どれだけの時間そうしていただろうか。ふと、右手に持つマッ缶が空になっていることに気付き、小さく息を吐く。俺は最後の一滴まで味わうつもりでそれを大きく呷り、ゴミ箱を探しながら立ち上がった。しかしこちらに向かって歩くキリトの姿が目に入り、足を止める。

 

「悪い、待たせた」

「や、別に……」

 

 むしろ謝るべきは別行動をとった俺の方なのだが、まあどちらにしろ形式的なやり取りだ。俺は適当に言葉を返すだけにとどめた。

 しかし、確かにいつもよりも時間が掛かった気がする。ちらりと腕時計を確かめ、キリトの顔を見る。その時、俺はキリトの表情がいつもより硬いことに気付いた。まるで、湧いてくる怒りを必死になって押しとどめているようだ。俺は眉を顰めて、キリトの顔を伺う。

 

「何かあったのか?」

「……ああ。後で話す。とりあえず、ここを出よう」

「ん、わかった」

 

 キリトの言葉の端々には、やはりどこか怒気が滲んでいた。こいつがこれほど不機嫌さを露わにするのは珍しい。その詳細が気にはなったが、ひとまず疑問は飲み込んで頷いた。

 キリトは足早に病院を後にしようとしたが、俺は一声待ったを掛けて、空になったマッ缶を通路脇のゴミ箱へと放り込む。そうしてキリトの元へと戻ると、少し毒気を抜かれたような表情のキリトと目が合った。

 

「……また、アレ飲んでたのか」

「ん? ああ。埼玉でマッ缶売ってるの珍しいしな。ここの病院は良い病院だ」

「病院の判断基準そこなのかよ」

 

 キリトは苦笑し、歩き出す。それからキリトの放っていた怒気は多少和らいだが、表情は硬いままだった。

 

「須郷って男、会ったか?」

 

 病院の自動ドアを潜ったところで、キリトが口を開いた。歩を進めながら、頷いて返す。

 

「ああ。今日、病院の廊下ですれ違ったぞ。結城の父親に紹介された」

「あいつ、相当食わせ者だ。……ああ、くそッ。思い出しただけでイライラしてきた」

「……いや、ホントに何があったんだよ」

「アスナが、あいつと結婚するらしい」

「は?」

 

 つい足を止めて、呆けた声を上げた。今のアスナの状態に全くそぐわない言葉に、一瞬頭が混乱する。しかし俺はすぐに我に返って、かぶりを振った。

 

「いや、結婚って……。不可能だろ。第一、あいつの意思確認はどうすんだ」

「俺もそう言ったよ。実際に結婚は出来ないから、須郷を結城家の養子に入れて、それを結婚の代わりにするって話らしい。須郷と結城家は家族ぐるみの付き合いで、元々結婚の話はあったみたいなんだ。今後アスナの目が覚めるか分からないから、せめて綺麗なうちにウエディングドレスを着せてやりたいんだとさ!」

 

 話すうちにその時の怒りが蘇ってきたのか、最後の言葉は強く吐き捨てるようだった。立ち止まったキリトは項垂れて、強く拳を握りしめている。荒くなった息を軽く整えてから、言葉を続けた。

 

「彰三さんが居なくなった途端、厭味ったらしくべらべら喋りだしたよ。須郷は、アスナの昏睡状態を利用して結城家に取り入るつもりなんだ。アスナに意識があれば、きっと結婚を断られるから……」

 

 訥々と語るキリトの背中を、俺はただ黙って見つめた。俺たちの間を、冷たい風が通り抜けてゆく。

 この歳で、親の決めた結婚。時代錯誤のドラマのようだ。まるで現実感の湧かない話だったが、アスナが俺たちの手の届かない場所へ行こうとしていると言うことだけは分かった。

 

「あいつは、それを正当な権利だって言ったよ。今、SAOサーバーの維持を委託されてるのはレクトのフルダイブ技術研究部門――須郷の部署だから」

 

 ふと、アスナの肌に触れる須郷の姿が脳裏に過る。いつの間にか、ドロドロとした暗い感情が腹の底に溜まっていた。風は緩やかに吹き続けていたが、俺は身動(みじろ)ぎもせずに立ち尽くした。

 

「彰三さんは、あいつの本性に気付いてない……部外者の俺たちじゃ、手を出せない」

 

 この感情の正体が怒りなのか、妬みなのか、自分でもわからない。どちらにせよ、それを誰かにぶつけるのは筋違いだと思えた。

 あの時、何も出来なかった俺に、そんな資格があるはずがない。

 

「……実際どうしようもないし、よそ様のうちの事情だろ。他人が口出していいようなことじゃない」

「ハチ……お前、それ本気で言ってるのか」

「……」

 

 キリトの鋭い視線が、俺を射抜いた。真っ直ぐなその瞳に耐えられず、俺は目を逸らして沈黙する。

 ただの、負け惜しみだ。何も出来ない自分の惨めさを誤魔化すために、嘯いただけ。しかしそれを自覚すると、惨めさは増すばかりだった。

 そんな俺の内心を見抜いたのだろう。キリトは小さくため息をつき、呆れたような、険の取れた目で俺を見た。

 

「ハチ、一戦やるぞ」

「……は?」

 

 やがてキリトの口から突然飛び出した言葉に、俺は首を傾げた。


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