やはり仮想現実でも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:鮑旭

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第7話 実戦

「ところで、その顔の痣はどうしたの?」

「いや、これはキリトに喝をいれられた時に……」

「なるほど……つまり、叩けば直るというわけね。今後の参考にさせて貰うわ」

「いや違うから。人を古い電化製品扱いすんな」

 

 別れ際にそんな馬鹿なやり取りを終えて、雪ノ下たちの帰宅を見送った後。

 自室に戻った俺は、早速キリトに連絡を取っていた。スマホ越しに、キリトの声が部屋に響く。

 

「あー、やっぱりハチの方もバグったか」

「やっぱりって、お前もか?」

 

 キリトも俺と別れた後からALOにダイブし、切りのいいところで戻ってきたらしい。俺がゲームを始めた途端に妙な場所に放り出されたことを告げると、得心がいったように頷いたのだった。

 

「ああ。ナーヴギアに残ってたSAOのデータが反映されたらしい。それで位置座標もバグって、スプリガンで始めた俺もシルフ領に落とされたよ」

「ってことは俺ら結構近くにいたのか……。つーか俺、サラマンダーで始めたからいきなりシルフの奴らに殺されかけたんだけど」

「あー、シルフとサラマンダーは仲悪いんだっけか? はははっ、ご愁傷様」

「お前、他人事だと思って……つーか、そもそもお前がナーヴギア押し付けたせいだろうが」

「結局死にはしなかったんだろ? それにナーヴギアのことは悪いことばっかりじゃないんだぜ」

 

 不満げな俺に対し、キリトは全く悪びれることなく言葉を続ける。

 

「アイテムの類はほとんど全滅だったけど、スキルはSAOと共通する奴ならそのまま使えるはずだ。俺なら片手剣、ハチなら両手槍とか」

「ああ、確かに。熟練度カンストしてた気がするな」

「一部は別のスキルに置き換わってたりしたし、探せば他にも使える奴はあるかもな。まあ完全にチートだからちょっと気が引けるけど」

「気持ちはわからんでもないけど、俺は使えるもんは何でも使うぞ」

「今回は事情が事情だからな。俺もそのつもりさ」

 

 言ってみれば今回俺たちがやっていることは、データの改ざんだ。まごうことなき不正行為(チート)である。キリトは根が真っ直ぐな廃ゲーマーなのでチートには忌避感があるだろうが、今回だけは容認してくれるようだ。

 

「それと、いい報告があるんだ。俺のアイテムストレージに保存されてたユイのデータを、ALOの中で展開出来たんだよ」

「……は? ユイ? ユイって、あのユイか?」

「ああ。今はナビゲーションピクシーっていう姿で俺と一緒にいる。早くハーちゃんとママに会いたいって言ってたよ」

 

 アインクラッド第65層。

 極寒の雪景色の中で出会った少女の姿を思い出す。

 共に過ごした時間は長くない。いや、長くないどころか、ほんの数日だったはずだ。だが、アスナと笑い合うユイの姿は本当の家族のようだったのを覚えている。

 SAOを管理する人工知能(AI)のひとつだったという彼女は、紆余曲折の末に物言わぬデータとなってキリトに保護された。死んだわけではないとは言え、ユイの消失は彼女に関わった全ての人間の心に影を落とした。

 中でもユイと最も繋がりの深かったアスナのショックは相当なものだっただろう。ユイが復活を果たしたとなれば、アスナは間違いなく喜んでくれるはずだ。

 

「……そうか。じゃあ早くアスナにも報告しないとな」

「ああ」

 

 久しぶりの吉報に、自然と頬が緩んだ。だが、まだ気を緩めるべきではない。俺は気持ちを入れ替えるように、ひとつ息をついた。

 まだまだ課題は山積みだ。それをひとつずつ片付けていくために、まずはキリトと情報交換をしなくてはならない。

 さて、何から話すべきか。そうした俺の思考を遮って、キリトが何かを思い出したように声を上げた。

 

「あ、そうだ! 文字化けしてるアイテムは全部削除しとけよ。エラー検知システムに引っかかるかもしれないから」

「げ、マジか」

「まだ持ってるなら早めにな。スキルの方はとりあえず他人に見せなければ大丈夫っぽい」

「わかった。じゃあこの後すぐログインしたいから、手短に現状報告だけしとくか」

 

 その言葉を皮切りに、お互いにゲーム開始からの出来事をざっと説明してゆく。

 驚いたことに、キリトも俺と同じような経緯を辿っていた。たまたま出会ったシルフの女プレイヤーの協力者を得て、街へと案内して貰いながら色々とレクチャーを受けたらしい。最終的にスイルベーンというシルフのホームタウンでログアウトしたようで、明日の午後にまた待ち合わせをして世界樹へと案内してもらう手筈となっているそうだ。

 

 コミュ力たけぇなこいつ……。前半はともかく、世界樹までの案内となるとかなり長い旅路になるし、ハードルが高いはずだ。それを初対面の女子プレイヤーに頼めるとは……これから心の中で、キリトのことをジゴロと呼ぼう。

 というか、SAO時代の初期とかキリトはもっとぼっち寄りだったような気がするんだが。いや、その頃からリア充の片鱗はあったか。

 割と単独行動を好む節はあるが、必要とあらば高いコミュ力で集団行動も出来る。こいつも小町と同じくハイブリッド型のぼっちというわけだ。

 俺も今回は途中までサクヤたちと同行していたのだが、正直なところ不審者として連行されたようなものである。

 

 本当はまだ色々と聞いておきたいことはあったが、先ほどのキリトの話を考えればあまりのんびりはしていられない。情報交換は早々に終了し、軽く今後のことを打ち合わせる。お互いの現在地、リュナンの村とスイルベーンは意外と離れているようなので、ひとまず合流は目指さずに別行動することになったのだった。

 

「じゃあとりあえず別行動で世界樹目指して攻略。アルンで合流を目指すってことで」

「ああ。またなんかあったら連絡する」

「了解。お互い頑張ろう」

 

 簡単に別れを告げて、電話を切る。スマホをベッドへと放り投げて、俺はフルダイブの準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 再びALOへとログインする前に、小町には一声かけておいた。

 またナーヴギアを被ることについてひとまず納得してもらったとは言え、やはりまだ不安は残るのか、小町にはなんとも言えない顔で送り出された。だが今回は晩飯までには必ずログアウトすることを約束したので、もうさっきのような事態にはならないだろう。今日の一件でつくづく報連相というのは大事なのだと思い知った。

 

 そういうわけで、今度は何の憂いもなくナーヴギアをセットしてALOへとログインする。

 宿屋の安っぽいベッドの上で目を覚ました俺は、ひとまずキリトに言われた通りにアイテムの整理に手を付けた。文字化けしているアイテムを選択し、削除する――というか、初期装備以外は全てバグっていたので結局丸々捨てることになった。

 そこにはSAO時代に手塩にかけて強化した装備品も含まれているはずなので、少し躊躇う気持ちもあったのだが、冷静に考えればバグってしまったアイテムなどもう無用の長物だ。そう自分に言い聞かせて、全てのアイテムを削除(デリート)したのだった。

 去来する喪失感を誤魔化すように、頭を切り替えてスキルのチェックをする。キリトの言っていた通り、SAO時代から見慣れたスキルと熟練度が並んでいた。両手槍1,000、武器防御1,000、体術962、料理463などなど。無限槍など一部のスキルはなくなっていたが、逆に見慣れないスキルも並んでいた。火魔法、飛行制御などがそれだ。SAO時代の何かしらのスキルがそれらに置き換わったのか、熟練度も軒並み900代である。

 

「こりゃマジでチートだな……。魔法は使えそうだし、そのうち試してみるか。……ん?」

 

 システムウインドウを弄っているうちに、俺はあることに気付いた。右上に表示されている数字。その桁が、えらいことになっているのだ。ユルドという単位になっているが、恐らくこれがこの世界の通貨だろう。

 そうか、金もバグってるのか……。まあこれもそのまま使えそうだし、ありがたく利用させて貰おう。

 SAO時代、俺はあまり金を貯めこむ質ではなかったし、最終決戦に向けた準備でそれなりに消費もしたが、それでもまだかなりの額が残っていた。店売りの装備品くらいなら武器から防具まで一式揃えることは出来るはずだ。

 サクヤによればこの村にはいくつか武器防具を扱う店があるらしい。同じ村に複数の店があるということは品揃えや値段などが変わってくるということだろう。とりあえず適当に見て回って、自分に合った装備を見繕うとしよう。

 そうと決まればもたもたしている時間はない。晩飯までタイムリミットは3時間ほどだ。装備を揃える以外にも色々とやりたいことはあるし、早速出かけるとしよう。

 システムウインドウを閉じて、宿屋を後にする。現実ではまだ夕方ごろだったが、ゲーム内時間はもう深夜1時を回っているようだ。すっかり夜も更けた村の中を、俺は足早に散策し始めるのだった。

 

 

 

 その後、装備品を見繕うのにあまり時間は掛からなかった。

 わかりやすく前衛重装備の店、前衛軽装備の店、後衛魔術師の店とそれぞれ別れていたのだ。俺はSAO時代と同様、バランス型の軽装備アタッカーでいくつもりなので、当時と同じような装備を選べばいいだけである。

 槍はぐるぐるとぶん回すような使い方をすることもあるので、ひらひらした防具は邪魔になる。マントやコートをはためかせて戦うのにも憧れはあるのだが、如何せん邪魔くさいのだ。そういえば某ゲームの槍使い(ランサー)もピチピチの青タイツ着てたな。あれは実用性があったのか。

 そんなわけで、さすがにタイツとまではいかないが、少しタイトな防具類を選んでおく。余談だが、試着室で鏡を見てみたらやはりアバターの目は腐っていた。これがアトラクタフィールドの収束か……。

 幸い、髪の色はサラマンダーにしてはかなり落ち着いた感じのダークレッドだった。真っ赤な髪とかキャラじゃないしな。長さはリアルより少し長くなったくらいである。髪色に合わせて、防具の色彩も暗色系の赤にしておいた。

 防具は割と適当に決めたが、武器選びには少し拘った。重さ、柄の太さ、長さ、穂先の形状。一言に槍と言っても様々な違いがある。

 攻撃力が高い槍をいくつか試してみて、最終的に選んだのは青い槍だった。SAO時代、最後に俺が使っていた得物と似ている。穂先から柄まで青い色彩を放ち、ひんやりとした質感とずっしりとした重みが気に入った。

 そうして装備一式を揃え、店を出たところである。月明かりが照らす閑静な村の中、見覚えのあるプレイヤーが通りかかったのだった。

 

「おや、また会ったな」

「お前……」

 

 深緑の瞳と視線が交わる。瞳と同じ色の長髪を風に揺らしながらこちらへと歩いてきたのは、シルフの女プレイヤー、サクヤだった。

 周囲に他のプレイヤーの姿はない。ログアウト前はあんなに部下を侍らせていたのに、これはどうしたことか。そう思い、口を開く。

 

「ひとりか? 護衛の奴らは?」

「今はいないよ。内緒でログインしたんだ。いつもああして脇を固められていると肩がこってね」

「……あのフリックって奴が聞いたら卒倒するんじゃないか」

「ははは。まあ、たまの息抜きくらい大目に見てくれ」

 

 いたずらっぽく笑顔を浮かべるサクヤ。まあ護衛については俺には関係のないことなので、別に目くじらを立てるようなことでもないだろう。

 

「もう装備は整えたんだな」

「……ああ。その辺の店で適当に見繕った」

「ふむ。なかなか様になっているじゃないか」

 

 そう言って、サクヤが俺の立ち姿をまじまじと見つめる。装備の購入資金のことを突っ込まれたらどう誤魔化そうかと俺は内心冷や冷やしていたのだが、幸いサクヤはそれについて気にした様子もなく話を続ける。

 

「世界樹に向かうと言っていたが、すぐに出発するのか?」

「そうしたいところだけど……まだ随意飛行とやらも試してないし、とりあえず今日はこの辺で練習しようと思ってる」

「まあ、それが賢明だろうな。よかったらレクチャーしようか?」

 

 サクヤが自然にそう提案し、俺は言葉に詰まる。

 いつもなら条件反射的にお断りするところなのだが……この村まで案内して貰った段階で、こいつが悪い奴じゃないだろうことは何となく察している。この申し出も純粋な善意からだろう。面倒見が良すぎる気もするが、だからこそあれだけの部下に慕われていると考えれば納得もゆく。

 よしんば俺の見立てが完全に間違いで彼女が何か企んでいるんだとしても、現時点で失って困るものはあまり多くない。多少のリスクを負ってもこの提案に乗るメリットは十分にある。正直コントローラなしでどうやって飛べばいいのか全くわからない状態だし。

 そこまで考えて、俺は曖昧に言葉を返す。

 

「助かるけど、いいのか? たまの息抜きなんだろ?」

「いや、インしてみたは良いものの、ひとりではどうにも味気なくてね。ちょうど話し相手が欲しいと思っていたところだったんだ」

「……悪いけど、気の利いた話なんか出来ないぞ」

「ははは、安心してくれ。別に接待を期待しているわけじゃないさ」

 

 笑いながらそう言って、サクヤは周囲を見回す。

 

「じゃあ、フィールドの方に行こうか。月が出ているし、風も穏やかだ。飛ぶにはいい夜だよ」

 

 そう言って再びこちらに視線を戻し、次いで先導するように歩き出す。

 知り合って間もない女プレイヤーとふたりきり。SAO時代にかなり矯正されたとは言え、俺にはちょっとハードルの高いイベントだ。だが、四の五の言っている余裕もない。今は世界樹へと向かうことが最優先なのだから。

 そう腹を決めて、サクヤについてゆく。緩やかな風が、頬を撫ぜた。ふと空を見上げると、大きな月が中天に浮かんでいるのが目に入る。

 確かに、飛ぶにはいい夜かもしれない。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう。上手いじゃないか」

 

 槍を構え、上下左右に飛行する俺を地上から眺めながら、サクヤが口を開く。

 草原フィールド。リュナンの村から少し北に離れた場所で、俺たちは随意飛行の練習をしていた。

 練習を始めてまだ1時間ほどだが、彼女のレクチャーのお陰で俺は既にコントローラなしでもある程度飛べるようになっていた。彼女からは筋がいいと褒められたが、それ以上に彼女の教え方が上手かったのだと思う。

 肩甲骨の辺りに意識を集中し、動かす。サクヤに背中を触られたり(はね)をつままれたりしながらそれを実践しているうちに、(はね)を動かすという感覚が何となくわかってきた。それからは前進と停止を繰り返し、その次に後退。そして左右にスライド、旋回と、俺はサクヤが考えるメニューをこなしていった。

 彼女にレクチャーを頼んで正解だった。自力でここまで飛べるようになるためには、下手をすれば何日も時間を浪費していただろう。

 しかし順調に飛べるようになってきたからこそ、見えてきた課題もあった。

 

 しばらく適当に飛び回っていると、不意に飛行速度が落ちた。滞空時間の限界が来たようだ。この時間感覚も把握しておかないと、何処かでポカをやらかすかもしれない。そう思いながら、一旦サクヤの隣に着地する。

 

「何となく飛べるようにはなったけど……これで戦うってなると、やっぱハードル高いな」

「空中戦は急加速と急制動がミソだ。この辺りは反復練習するしかないだろう」

「飛んでると踏ん張りも効かないし、急加速とか言われてもあんまりイメージ湧かないんだけど」

「地上戦とは何もかも違うからな。まあ、安心していい。そのレベルで戦える奴はゲーム内にも滅多にいないよ」

 

 キリトなら一足飛びにそのレベルに達しそうだな。

 サクヤの言葉に耳を傾けながら、そんなことを考える。あいつは意外と大雑把で感覚派だから、こういうのは得意だろう。「時には、歩くより、まず走れ」を地で行く奴である。

 対極的に俺は慎重派なので、地道にひとつひとつこなしていくしかない。

 

「ちょっと実戦もやってみたいな。ここってモンスターは出ないのか?」

「出ることは出るが、この辺りはまだ村も近いし遭遇率は低いな。戦いたいなら古森の方に戻るか、少し進んであの山の麓まで行った方がいいだろう」

「森だと空中戦は難しそうだな……じゃあ、山の方に――」

 

 不意に、妙な気配を覚えた。言葉を止め、辺りを見回す。

 草原のど真ん中だ。起伏もなく、一見すると周囲に気になるものはない。口を閉ざせば、風が草花を撫ぜる音だけが耳に届く。

 しかし、SAO時代に散々鍛えられたこの感覚は勘違いではない。近づいてくる。段々と気配が強くなる方向へと目を凝らすと、小さな影が6つ、こちらへと飛んでくるのが目に入った。

 

「どうした?」

「あっちから何かくるぞ」

「何か?」

 

 訝し気に、サクヤが西に目を向ける。しばらくじっとそちらを見つめていると、やがて呟くように口を開いた。

 

「プレイヤー……だな。あれはケットシーか? きみ、よくあの距離で気付いたな。サーチャーでも放っていたのか?」

「サーチャー? いやよくわからんけど……って、おい。なんかあいつら真っ直ぐこっちに来てるぞ」

 

 言いながら、嫌な予感を覚えた。杞憂であってほしいと願いながら、俺はサクヤに問いかける。

 

「……なあ、このゲームって他種族のPK推奨なんだよな?」

「ネットではそう言われているみたいだな。まあ、流石にそこまで殺伐としているわけじゃないんだが……」

 

 そんな会話をしている間に、遠くにいたプレイヤーたちはどんどんとこちらに近づいてくる。男ばかりの6人パーティ。サクヤの言葉を信じるなら、あれがケットシーという種族だろう。全体的に小柄で、猫のような耳と尻尾が生えている。

 男の猫耳とか、何処に需要があるんですかね……。そういうのは戸塚だけにしてくれ。

 街の酒場でサクヤに聞いた話によれば、ケットシーとシルフは貿易も盛んで種族の仲は悪くないらしい。サラマンダーとは領地も少し離れているから、その関係は可もなく不可もなくといったところだろうか。さすがにシルフとサラマンダーのように出会ったら即PvPとなる可能性は低いはずだ。

 しかしその予想に反し、俺たちの目の前に降り立ったプレイヤーたちの態度は友好とは程遠いものだった。

 

「おっ、ラッキー! 女がいるじゃん! しかも美女アバター! こいつ俺の獲物な!」

「バカ、そこは早いもん勝ちだろ」

「シルフとマンダーか。珍しい取り合わせだな」

 

 武器を構え、ケットシーたちは好き勝手に騒ぎ出した。野卑な雰囲気だが、猫耳の野郎どもがやるとちょっとシュールな光景だ。

 

「悪いな、異種族狩りって奴だ。まああんたらもたった2人で中立地帯をうろうろしてたんだ。覚悟は出来てるだろ」

「へへっ、アイテムと装備全部置いてくなら、そっちの男は見逃してやるぜ?」

 

 やはりというか何というか、プレイヤーたちの目的はPKだったようだ。そんな彼らのあまりに型にはまった子悪党っぷりに、俺とサクヤは呆れた表情で顔を見合わせる。

 

「……まあ、時にはこういうクズな連中もいる」

「何処の世界にもいるもんだな、こういう奴ら」

「女を殺すのが趣味なのさ。反吐が出るね」

「倒しちまっていいんだよな?」

「問題ないが……大丈夫か?」

「まあ、やるだけやってみる」

 

 サクヤの返事を聞いて、俺は槍を低く構える。敵との距離は10メートルもない。既に間合いの中だ。

 隣に立つサクヤはとりあえず手を出すつもりはなさそうで、のんびりと佇んでいる。

 そんな俺たちの態度を見て、ケットシーのひとりが茶化すように口笛を吹いた。

 

「カッコいいねぇ。この人数相手に余裕だよ」

「もしかして俺ら舐められちゃってる?」

「まあいいじゃねえか。抵抗してくれた方が楽しめるしよ」

「だな。久しぶりのPKだし、すぐに終わっちゃつまんな――へ?」

 

 刹那、大きく踏み込んだ。反応する間もなく、青く澄んだ槍の切先が敵の額を貫通する。槍を引き戻し、勢いのまま横薙ぎに振るった。隣に立つ2人のケットシー。青い一閃は、2人の首筋を正確に捉えた。

 次の瞬間、傷を負ったケットシーたちの身体から橙色の炎が噴き出す。それは全身を溶かすように燃え広がり、間もなく小さな灯火(ともしび)だけを残して消失した。

 派手な死亡エフェクトに紛れて、一旦距離を取った。感覚を確かめるように槍を握り直しながら、呟く。

 

「……やっぱ、あんまり気持ちのいいもんじゃないな」

 

 本当に死ぬわけじゃないとわかっていても、どうにもSAO時代のことを思い出してしまって気が滅入る。当時のことは既に俺の中で折り合いがついているのでトラウマというほどのものではないのだが、そもそもPvPに苦手意識もあった。

 驚愕の表情を浮かべる残りのケットシーたちと目が合った。俺は気を取り直して口を開く。

 

「で、どうする? まだやんのか?」

「お、お前……!?」

 

 一気にパーティの半分が倒されたのだ。ちょっと脅かせばここで撤退してくれるかもしれない。

 そんな期待を持って少し高圧的に問いかけたのだが、逆に挑発になってしまったようだ。顔を真っ赤にしたケットシーたちが、武器を構える。

 

「くそがッ! 舐めんじゃねぇぞ!!」

「おらぁ!」

 

 両手剣を振りかぶった男と、短剣を構えた男が並んで突っ込んでくる。残ったメイスを持ったケットシーはその場で呪文の詠唱を始めた。

 舌打ちしながら、槍を構える。先ほどは不意を突けたからあっさりと3人を討てたが、こうして戦いが始まってしまっては同じようにはいかないだろう。連携されればかなり厄介だ。

 そうして警戒心を強めた俺だったが、駆け出した前衛の2人の動きには冴えがなく、思った以上に単調だった。というかそれ以前に、デバフでも掛かっているのかと疑うレベルで動作が遅い。最低限後衛をカバーしようとする動きはあるものの、そもそもここまで練度が低ければ話にならない。

 拍子抜けしながらも、俺は迎え撃つべく駆け出した。前衛2人とすれ違いざまに、槍を2度振るう。武器を打ち合わせるまでもなく、槍の切先はケットシーたちの急所を貫いた。2つ、橙色の炎が燃え上がる。

 あっさりと倒された仲間たちを目の当たりにして、動揺からか後衛のケットシーは呪文の詠唱を失敗した。魔法というのは呪文を噛んだり間違えたりすると失敗するようだ。

 俺はそのまま最後のひとりに槍を向けようとして、ふと足を止めた。そういえば、空中戦の練習をしておきたいんだった。

 (はね)に意識を集中し、身体を浮かせる。いまだ呆気に取られている敵に向かって、俺は上空から飛び掛かった。

 足腰が安定せず、槍に上手く力が乗らない。俺は顔を顰めながら、敵の頭上から拙い刺突を浴びせかけた。相手は持っていたメイスで攻撃を弾こうとしたが、2合と持たずに崩れる。直後、頭部を貫かれたケットシーが傷口から橙色の炎を噴き上げて倒れた。

 俺は燃え上がるケットシーの横に着地し、周囲を見回す。そうして安全を確認してから武器を納めた。

 

 空中戦についてはまだまだ課題が残ったが、久しぶりのまともな戦闘だったし、まあこんなものだろう。そんな反省をしながら一息ついていると、目を見開いて固まっているサクヤと視線があった。

 

「……驚いた。強いなきみは」

 

 そんなことを呟きながら、サクヤがこちらに歩み寄る。

 

「初めて会った時の立ち回りから何となく察してはいたが……まさかここまで速いとは」

「あーいや、まあ、前にやってたゲームはそれなりに長いことやってたしな」

 

 人に褒められ慣れていない俺は照れ臭くなり、頬を書きながらサクヤから目を逸らした。そして周囲に揺らめく灯火に目を向けながら、話題を変える。

 

「ところで、あの残ってる炎は何なんだ?」

「ん、ああ。あれはリメインライトというやつだ。プレイヤーが死亡しても1分間はあの炎が留まって、アイテムや魔法を使えば蘇生出来る。あれがある間はプレイヤーの意識もそこに残っているから、あまり迂闊なことは口走らない方がいい」

「あの状態でも見たり聞いたり出来るってことか?」

「そういうことだ。この会話も聞かれているだろうから、彼らも自分を倒したのがリメインライトのことも知らない初心者(ニュービー)だと理解したはずさ」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら、サクヤが皮肉を口にした。俺は顔を顰めて言葉を返す。

 

「そういう煽るようなこと言うなよ……。粘着されたら嫌だぞ俺は」

「強いくせに弱気だなきみは。その時はまた返り討ちにしてやればいいだろう」

 

 サクヤの強気な発言に苦笑しながら、俺は周囲に散らばるリメインライトとやらに目を移す。蘇生可能時間である1分が過ぎていたようで、既に最初に倒したケットシーの灯火はなくなっていた。その後を追うように、周囲の灯火もひとつずつ揺らめいては消えてゆく。

 残された最後のひとつが消滅すると、それを待っていたようにサクヤが「さて」と声を上げた。

 

「彼らが脱領者(レネゲイド)でなければもう自領で復活しているだろう。ケットシー領はすぐそこだから、下手をすれば仲間を連れて報復に来るかもしれない。今のうちに場所を移した方がいいな」

「だから煽るなって言ったのに……」

「ああいう奴らはどんな対応をしても変わらないさ。まあ、今回のことで少しは懲りてくれればいいんだがな」

 

 言いながら、サクヤが(はね)を羽ばたかせて飛翔する。低空でホバリングしながら、南へと視線を向けた。

 

「とりあえずリュナンの村に戻ろう。完全な安全地帯というわけじゃないが、村の中なら色々と自衛手段もあるんだ」

「ん、わかった」

 

 小町と約束した時間まではあと一時間程度だ。ここから先に進んでもログアウトのタイミングがなくなってしまうだろうし、今日のところはサクヤと一緒に村に戻るのが賢明だろう。

 俺の滞空可能時間があまり回復していなかったので、その後は途中ランニングも挟みながらリュナンの村へと戻ることになったのだった。

 草原の中、隣を走るサクヤに目を向ける。長い髪と着流しの袖を風になびかせながら月明かりの下を疾走する姿は妙に様になっていた。両手をだらりと後ろに回して格好良く忍者走りする彼女にちょっと感動を覚えつつ、すぐに頭を切り替えて先ほどの小競り合いの最中から気になっていたことを口にする。

 

「なあ、なんかあいつら妙に耐久力低くなかったか? みんな大体一発か二発で死んでたけど……あんなもんなの?」

 

 あのケットシーたちはよくPKをしているような口ぶりだったし、俺のように初心者(ニュービー)ということはないだろう。ぱっと見た感じ装備もしっかりしていたし、それがあれほどの紙耐久だというのには違和感があった。

 サクヤはちらりとこちらを一瞥し、走る速度を緩めることなく俺の質問に答えた。

 

「ALOではHPがほとんど伸びないんだ。装備で防御力は上がるが、鎧の隙間を狙えばクリティカル判定でダメージが跳ね上がる。まあそれにしたって普通なら一撃で倒せるようなものではないんだが……」

 

 息を継ぐように1度言葉を止め、サクヤは再びこちらに視線を寄越した。それでも足を止めることはなく、つらつらと話し始める。

 

「与えるダメージの総量は互いのステータスとクリティカル判定、あとは攻撃のスピードで決まる。このスピードというのが曲者でね。重量による制限で動きが遅くなることはあっても、逆に敏捷性を上げるような装備はこのALOにほとんど存在しない。だから基本的にスピードの優劣を決めるのは、純粋にプレイヤー自身の運動能力だということだ」

「運動能力か……それってそんなに差が出るもんなのか?」

「ああ。単純な走力だけで言っても、実力差があれば二倍以上差がつくことも珍しくない」

「マジか」

 

 現実世界ではありえない格差に、俺は思わずそう漏らした。速さが二倍以上ともなれば、戦力差としてはそれ以上だ。白兵戦ではもはやチートレベルの存在である。同数の敵ならまず負けないし、集団を相手取ったとしても布陣や地形で有利を取られなければかなり戦えるだろう。

 思えば、2倍とまでは言わないにしても、さっきのケットシーたちと俺の速度にはかなりの差があった。あのレベルの相手なら、2ー30人を一度に相手にしても勝てる自信はある。まあさっきの戦いでは相手がミスで魔法を不発にしてくれたから助かった部分もあるので、一概には言えないが。

 しかしこれは嬉しい誤算だ。個人でこれだけ戦えるのなら、キリトと2人での世界樹攻略も現実味を帯びてくる。

 

「まあ、要するにきみは凄いということさ。あれほどの速さのプレイヤーを、わたしは今まで見たことがない」

「……そりゃあ、どーも」

「ん? なんだ、照れているのか?」

「い、いや、別にそんなんじゃねーし……」

 

 からかうようにしてこちらを覗き見るサクヤから視線を逸らし、俺は気恥ずかしさを誤魔化しながら大きく跳躍する。そのまま翅を羽ばたかせ、草原を這うように飛行を始めた。すぐにサクヤも飛び立ち、俺の後方にピッタリとくっつく。

 練習のつもりで思い切り翅を動かし加速すると、冷たい夜風が強く体を打った。そうして頭を冷やしながら、考えを巡らせる。

 サクヤは手放しに俺の強さを褒めてくれたが、それを簡単に鵜呑みにするほど青くない。単純にお世辞ということもあるだろうし、サクヤだってまだ実力を全く見せていないのだ。少なくともここまでの疾走を見る限り、先ほどのケットシーたちよりも彼女の速さは数段上だろう。

 魔法という不確定要素もあるし、油断は禁物だ。上には上がいるしな――と、変態的な反応速度を誇る黒の剣士を思い浮かべる。あいつSAOじゃ軽戦士アタッカーのくせに敏捷性を上げないで持ち前の反応速度でゴリ押すとかいう意味わかんないスタイルだったからな。命懸けのゲームでSTR極振りビルドとかマジで頭おかしい。

 ALOでは持ち前の運動能力が強く反映されるというのならば、キリトの強さはSAO当時以上のものとなるだろう。世界樹の攻略で、俺が足を引っ張らなければいいのだが――そこまで考えて、はっとした。

 

 また、キリトやアスナに助けてもらうつもりなのか、俺は。

 いや違う。そうじゃないだろう。今度は俺が、俺自身の手で、助けなければいけないのだ。

 ヒースクリフに敗れた、無力な自分。アスナはそんな俺の身代わりになった。もう、あんな思いは絶対にごめんだ。

 だから俺はもっと強くならなければならない。ヒースクリフにも、キリトにも負けないくらいに。

 

 羽ばたく翅に、いっそう力を込めた。月明かりが照らす草原に、赤い燐光が煌めく。後ろを飛ぶサクヤは、少し遅れて付いてきていた。


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